起源の章 人柱
娘はしばらくの間、玉藻の胸の中で泣きじゃくっていた。
その姿をみて、幼かった頃の自分に重ね合わせて、誰かにかけてほしかった言葉が玉藻の心に浮かんできた。
「ずいぶんと辛い思いをしてきたのでのですね、そんな時は気が済むまでおもいっきり泣くがよい。背負っている色々な思いが少しでも軽くなる様に」
少し落ち着いたのか娘は自分で涙を拭って、顔を上げ玉藻の顔を見た。
「ありがとうございます。人様からこの様な優しい言葉を掛けて頂いたのは初めてだったので、おもわず貴女様に甘えてしまいました。私の様な見窄らしい身なりの者が身分をわきまえずに…」
玉藻は頭を下げようとする娘を再び抱きしめた。
「其方の出立ちは、幼き時より苦楽を共にした着物を幾度も洗い直して大切に身に纏っているだけで、見窄らしいのではありません、胸を張って生きるが良い。娘御、よかったら其方の名を教えて下さらぬか?」
娘は恥ずかしそうに、コクリと頷いた。
「志乃と申します」
玉藻は優しい眼差しを娘に向けた。
「女子らしい良い名。志乃、私を信じてくれてありがとう。私の名は玉藻、真名は妲己と申します。真名を教えることで其方の護りに着くことが出来るようになるのです。それでは、其方の心の中の苦しみを包み隠さず全て私に聞かせて貰えませぬか?」
志乃は、なぜ名を教えてくれることで自分を護って貰えるのかよくわからないままでいたが、玉藻から溢れ出る不思議な気の力に圧倒されていた。
(この方は一体……、でもこの方達ならきっと私たちを救って下さるに違いない)
志乃は誰にも言えなかった心の内を語り始めた。
「実は、十年おきに山の大沼が枯れこの辺り一帯に飢饉が訪れ、その度に人柱が立てられるのです。そして今年が前の飢饉から丁度十年目にあたり、近隣の村の人達が集まり人柱の件が話し合われたのです。人柱には最初に罪人が選ばれ、次に知恵遅れや片端の人たちの中から選ばれていくのですが、村には罪人が一人もおらず、生まれつき言葉を話す事もままならない五才の私の弟が選ばれてしまったのです。私とお母さんは泣き叫んで止める様皆に頼み込んだのですが、何の役にも立たない弟がやっと人様の役に立つ時が来たのだ喜べと…。父さんが死んでから女手一つで一生懸命に働いて私たち二人を育ててくれたお母さんが、それ以来畑仕事も手に付かなくなって、まるで亡者の様に痩せ細った身体で弟をおぶって、毎日お稲荷様にお百度参りに行くようになったのです。辛くてお母さんのあの様な姿を見ていられない、このままでは育ててもらった御恩を返すことも、親孝行も出来ぬままお母さんがどうにかなってしまいそうで…。私が弟の身代わりになっても良いのでどうかお母さん達を助けてあげて欲しいのです」
玉藻は話を聞き終えると、大きく頷いた。
「よくぞ打ち明けてくれました、其方の心に秘められた思いは痛いほど良く分かりました。その小さな身体で……辛かったでしょう、でも安心して下さい、私達が必ず其方達家族を救ってみせます」
玉藻は志乃と目線を合わせる為に腰を落とし、頭を撫でる。
「さぁ今からお母さんの所に案内して下さい」
志乃の顔に明るさが戻り、張りのある声で返事を返した。
「はい!今からご案内いたします」
志乃は玉藻の手を取り嬉しそうに歩み始めた。
一行は志乃が歩いて来た道とは反対の左側の道に進んで行った。
見晴らしの良い景色の中をしばらく歩いて行くと、右手の方に背の高い木々に囲まれた小高い丘が目に入ってきた。
志乃が丘の中腹を指差した。
「あちらがお稲荷様です」
よく見ると木々の間から赤い鳥居の一部が見て取れる。一行は足早に稲荷神社に向かって行った。
お稲荷様への入り口に辿り着くと、鳥居の側に置いてある小石の数を見て白蓮が玉藻と志乃に申し出た。
「お百度参りを行なっている最中は雑念が混ざらぬ様お母さまには会わぬ方がよい、終わるまで私達は近くの木陰で待っていましょう」
三人は、幼い男の子を背負って裸足で境内と鳥居を何度も何度も行き来する母親の姿を見守っていた。
やがて鳥居の側に置いてある小石の数が百に到達し、母親が最後の祈りを捧げて戻ってきた。
志乃が目に涙を浮かべ母親と弟の所に走り寄っていった。
「お母さん、幸吉これをお食べ!」
志乃は襷掛けしていた布の袋から笹で巻かれた粟のお粥を取り出して二人に渡した。
「志乃、お前には苦労ばかりかけてすまない。本当にありがとう」
母親は幸吉を背中から下ろし、側にあった大きな石に共に腰掛けると、志乃の作ってくれたお粥に頭を下げ、息子と一緒に頬張り始めた。




