起源の章 娘御
…優しさと温もりで満たされた心地良い目覚めが訪れる…
ゆっくりと目をあけると、目と鼻の先に白蓮の笑顔があった。
「お目覚めですか、玉藻殿。癒しの術は上手く行った様ですね。随分と顔色が良くなって、以前にも増して美しくなられた」
玉藻は顔を真っ赤に染めて、おもわず白蓮に抱きついた。
「白蓮様ありがとうございます。身体や心の癒しだけでなく…心の奥底に在った忌わしい過去まで…」
白蓮もまた玉藻を強く抱きしめた。
「以前に私は、恵まれない環境で育った貴女を救いたいと申し上げた筈です。この様な機会が有れば出来るだけの事をして差し上げたいのです」
二人はしばらくの間見つめ合った後、互いの唇を重ね合わせた。
…幸せな時間が過ぎ、朝日が二人を照らしだす…
先に目が覚めた玉藻が明るい声で挨拶をする。
「おはよう御座います!白蓮様、わたくしは先に起きて身支度を整えて参ります」
目を擦りながら起き上がる白蓮。
「おはよう御座います!もうその様な時間ですか、私も急いで用意致さねば。こちらのお寺様には長居させて頂き大変お世話になった、名残惜しいが、もうそろそろ出立致さねばなるまい」
身支度を終えた二人は庫裡を出ると本堂の方へ向かい、自分達で手厚く葬った無明達の墓標の前で、黙祷を捧げた後 朝日に照らされ輝いている古寺を後にした。
木々が日差しを遮り、木漏れ日が差す山道を寄り添って歩く二人。
ふと歩みを止める白蓮。
「どうなさいましたか、白蓮様」
白蓮の様子を伺う玉藻。
「御所での事があって以来、二人で都を離れて幾日も過ぎましたが、帝の命で陰陽寮から私達に追っ手が放たれているやもしれません、そういった事を知る手立てが何かあればと……」
白蓮は少し考え込むと、稲魂の神の言葉を思い出した。
「稲荷を祀ってある神社か祠であれば、御神体に頼んでお師匠様に取り次いで頂ける筈。それが叶えば御所の動きを知ることが出来ます。先ずは稲荷を祀ってある所を探すとしましょう」
「分かりました、仰せの通りに」
意を汲んで頷く玉藻。
二人が再び歩み始めると、一里ほど進んだところで道が二手に分かれていた。
どちらに進もうかと互いの顔を見合わせてたときに、玉藻が何かに気づいた。
「白蓮様、向こうの方から人が歩いてきます」
玉藻が指差す方向に目をやると、歳の頃にすれば十四、五のまだあどけなさが残った少女が目に入った。
「ほぅ、珍しい。この様な山道を、しかも若い娘が一人で…」
都を出て以来玉藻と二人だけで過ごして来たので、生身の人に出会うのは久しく感じ、白蓮にとってはほっとする瞬間でもあった。
すると玉藻が白蓮の着物の袖を少しだけ引っ張って立ち止まった。
「白蓮様、あの娘ならこの辺りのことを良く知っているかもしれません。近くに稲荷を祀ってある所がないか尋ねてみてはどうでしょう」
白蓮も同意して頷いた。
「うむ、良い考えだ。早速尋ねてみる事に致しましょう」
二人は歩みを早め、娘に近づいて行った。
白蓮達が娘の側まで近づくと、目を逸らしてこちらを避けるよう走り去ろとしたので、白蓮が慌てて呼び止めた。
「待たれぃ娘御!恐れずとも良い、私たちは旅の者で決して怪しい者ではござらぬ、其方にただ道を尋ねようとしただけだ」
娘は振り返り、恐る恐る二人の方を見た。
「申し訳ございません!お二人とも立派なお召し物を着てらっしゃるから、きっと身分の高い方々だと思い、私の様な者が近付いてはいけないと思いましたので…どうかお許し下さい」
娘は深々と頭を下げて謝った。
「いや、謝らずとも良い。不躾な事をしたのはこちらの方だ、申し訳ない」
白蓮と玉藻が同時に頭を下げた。
娘は首を大きく横に振ると、安心したのか屈託のない笑顔を浮かべた。
「私のことなど気になさらないで下さい。ところでどちらに行かれますか?この辺りでわかる所ならご案内致します」
白蓮も和んだ表情で答える。
「私は白蓮と申す旅の者です。この辺りで稲荷を祀ってある所があれば教えて頂きたいのだが」
少し驚いた表情を浮かべる娘。
「そうなのですか!奇遇にも私もお稲荷様に向かっている途中なのです。白蓮様、宜しかったらご案内いたしますので着いて来て頂けますか」
娘からの申し出に謝意を表す白蓮。
「かたじけない!ところで其方は何用でそのよな所行かれるのですか」
すると娘は急に顔色を曇らせ俯いた。
玉藻はその様子を見て心配になって声をかけた。
「どうしたのですか、何があったか よかったら聞かせてもらえませぬか?」
思いもよらぬ温かい言葉に、娘は堰を切ったように溢れる涙を拭いながら、玉藻の胸に飛び込み顔を埋めた。
娘を優しく抱きしめ頭を撫でる玉藻。
「もう大丈夫、話してごらんなさい」




