起源の章 真心
朝日が澄んだ空気に包まれた古寺を照らし始めた。
白蓮と玉藻は、無明と子供達のお骨を丁寧に埋葬して、一人一人のお墓の前に風車を供え手を合わせた。
(自らのお腹を痛めて産んだ子を捨てる母親もいれば、赤の他人でも障りを抱えている者を我が子の様に愛しむ慈愛を持つ者もいる。この子達は、短い生涯の中で最後に無明殿に会えたことは、せめてもの救いだったのかもしれない)
玉藻は、感慨深げに天を仰いだ。
浄霊の儀式を終えた白蓮が玉藻の側に寄ってそっと肩に手を当てた。
「玉藻殿、お手伝い頂き感謝致します。お疲れになったでしょう、庫裏の方で少し休まれるが良い」
白蓮の気遣いに感謝しながらも、玉藻は首を小さく横に振った。
「いえいえ、恥ずかしながら私は白蓮様のお側で見ていただけで、何の役にも立っておりません。それに、こう見えても私は九尾の妖狐。お気遣いは無用に願います。貴方様の方こそ休んでくださいませ。夜を徹して浄霊の儀式を行ない皆の御魂を天界に送り、お疲れになっている筈です」
白蓮も又玉藻の気持ちを察し、優しい眼差しを投げかける。
「御気遣い頂き感謝致します。しかしながら私も神獣の端くれ、一晩位寝ずとも大丈夫です。……ですが貴方の気持ちを無碍にする様な野暮はしたくありません。お言葉に甘えて暫しの間休ませて頂きますかな。それと、後生ですから貴方も休まれて下さい。そうでなければ私も立つ瀬がありません」
玉藻は少し俯き加減でコクリと頷いた
「白蓮様がそうおっしゃって下さるなら私もそうさせて頂きます」
二人は互いに顔を見合わせて微笑み、寄り添って庫裏の方に向かって行った。
庫裏に着き扉を開けて中に入った所で、白蓮が不意に軽いめまいを起こし、ふらついた足取りで座敷に辿り着くと、倒れそうになりながらも咄嗟に畳に両手を付いた。
「白蓮様!」
驚いた玉藻が慌てて駆け寄り、白蓮の腕を抱えた。
「…大丈夫です。唯、一度にこの様な多くの御霊を浄霊したのは初めてでしたので、思いの外霊力を使ってしまった様です。お恥ずかしい所を見せてしまいました」
白蓮が慌てて立ちあがろうとすると、玉藻が抱えた腕を引っ張り白蓮の体を引き寄せ、首を横に振った。
「いけません白蓮様!ご無理なさらないで下さい。もしよろしければ私の術で貴方様を癒させて頂きとう御座います。どうか私を信じて身を委ねて頂けませぬか」
透き通った美しい瞳を潤ませながら哀願する玉藻の姿を見て、白蓮は心配をかけて申し訳ないという気持ちと、愛おしさで胸が一杯になった。
「かたじけない。私の力不足故に其方に気を使わせてしまった」
玉藻は微笑みながら小さく首を横に振った。
「気になさらないで下さい。貴方様と私は互いに夫婦の契りを交わした身、互いを支え合うのは当たり前に御座います。それに、私にとって貴方様のお役に立てるという事は無上の喜びなのです」
嘘偽りの無い真心に心を打たれ、白蓮は感謝の気持ちから頭を下げた。
「私は果報者です。其方の好意に抗う道理などありません。玉藻殿にこの身を委ねますので、どうか心置きなく施術して下さい。お願い致す」
玉藻は嬉しそうに頷いた。
「それでは失礼致します!」
玉藻は白蓮の腕を取り、仰向けになる様に体を動かして自分の膝に白蓮の頭を乗せた。
「今から霊力回復の術を行います。目を閉じて深く息を吸ってゆっくり吐いて下さいませ」
玉藻は白蓮の額に手を当てて呪文を唱え始めた。
(妖狐の術の理を解きて我に力を与えよ!この者の霊力を測りて元の力を戻し給え)
呪文を唱え始めると白蓮の体が光に包まれて、その光がゆっくりと手を当てた額の所に吸い込まれ始めた。
(なんと暖かくて心地よいのだ)
白蓮は玉藻の膝枕の上で幸せを感じながら、深い眠りに落ちていった。




