起源の章 浄霊
外に出ると、仏殿の奥にある講堂の方から微かに声が聞こえてきた。
耳を澄ませて聞き入る玉藻
(よしよし、良い子じゃ、撫でてやろぅ。無明様ありがとうございます!いいな〜、わたしも!僕も!……)
「白蓮様、向こうの建物の方から、何やら楽しげな子供の声が聞こえてきます。それも一人や二人ではありません。何故この様な所に?」
隣を見ると、白蓮も声のする方向を凝視していた。
「うむ、どうやら子供達と共に無明も一緒にいるようだ。何の因果で子供達と無明が繋がっているのか分からぬが、放っておく訳にはいかぬ」
二人は真相を確かめる為に講堂に向かった。
講堂に着き、白蓮が入り口の扉を叩いた。
「無明殿、そこに居られるのか?」
中から無明が応える。
「いかにも私は此処に居ります。お待ちしておりました、お二人共お入り下され」
無明は全てを見通していたかの様に、二人を招き入れた。
「失礼いたします」
白蓮達が一礼して中に入ると、十人位の年端も行かない子供達が無明を囲んで、守るように手を広げていた。
「こっちに来ないで!お願いです、無明様を連れて行かないで!……」
子供達は口々に叫んで白蓮達を睨んでいる。中には白蓮や玉藻の脚にしがみ付いて歩くのを妨げようとする子もいた。
しかも一人一人をよく見てみると、目が不自由な子、片足だけの子、片腕だけの子、言葉を発することの出来ない子…皆何かしらの障りに苦しんでいる。
そして皆、無明と同じくこの世の者では無かったのである。
深い悲しみが白蓮達の心の中を覆い尽くすと同時に、この哀れな子達をなんとかしてやらねばという気持ちが込み上げて来た。
「心配せずとも良い。私達はお前達の大事な無明様を何処にも連れて行ったりはせぬ」
白蓮は、優しく子供達を諭すと、無明の方に顔を向けた。
無明の目からは乾くことの無い血の涙が溢れ出ている。
「無明殿!この子達の御魂は、何故貴方から離れずにこの世に残っているのですか?そして血の涙を流してまで彼等守っている訳をお聞かせ願いますか」
白蓮の真剣な問いかけに、無明が重い口を開く。
「この子達は生前障りを持って生まれ落ちた故に、間引きの風習の犠牲になる運命だったのです。そして私は生前、とある家に嫁いだのですが、子宝に恵まれず追い出され出家した身。たとへ障りがあろうとも、天から授かった大切な命を見捨てる訳にはいかず、母親から引き取って育てていたのです。最初は母親やお布施で生計を立てておりましたが、立ち行かなくなり、魔が差して盗みを働く様になってしまったのです。そんな事は長く続く筈はなく私は役人に捕らえられ、罰を受けたのです。私が留守の間この子達の面倒を見てくれる者もおらず、刑罰を終えて帰って来たときには皆仏様の像にすがりつく様に息が絶えていたのです。私は半狂乱になってこの子達の亡き骸を抱きしめて謝り続けた後自ら命を絶ったのです」
玉藻は女として、余りにも壮絶な無明の生き様に涙を禁じえなかった。
気がつくと無明に寄り添って抱きしめていた。
「辛かったでしょう。貴方は何も悪く無い、自分を責めないで下さい」
事の全てがあからさまになり、白蓮は無明と子供達を成仏させてやるのが自分の使命だと心に命じた。
「無明殿、貴方が私達を受け入れたのは何故ですか?」
無明は大きく頷いた。
「私は、この子達を苦しみから救い成仏させられる力のある方が来るのを、長い間待っていたのです。白蓮殿は天界人が持つ金色の気を纏っておられたので、藁にもすがる思いだったのです」
白蓮は納得した様子で頷き、無明の手を取った。
「貴方の苦しみも取らなくてはなりません、無明殿」
無明の目から本来の暖かい涙が頬を伝った。
「それでは、私達は浄霊の準備を始めます」
白蓮と玉藻は、仏殿に向かった。
無明の言った通り、仏像の周りを囲む様にして子供達は倒れていた。そして、仏像の正面には短刀で自害した無明の姿があった。
二人は手を合わせると、皆の亡き骸を運び出し、きれいに敷き詰めた藁の上に並べていった。
浄霊の準備が整い、白蓮が無明と子供達を呼んだ。
「無明殿!皆を連れてこちらに横に並んで下され」
子供達は不安そうな顔をして無明の顔を見た。
「無明様今から何が始まるのですか?」
無明は笑顔で答える。
「神様の許しをもらって皆天国に連れて行ってもらえるんだよ!」
白蓮は皆を見渡し深々と礼をすると、祝詞を唱え始めた。
「この世での不幸や障りを土に返し給へ、汚れのとれた魂は元の姿に戻りて天に帰り給へ…………」
浄霊の儀式を見ていた玉藻の目の前では信じられない光景が繰り広げられていた。
無明や子供達がみるみるうちに傷が癒え、生きていた時と同じような姿になり、さらに驚いた事には子供達の障りが全て消え五体満足な姿に変わったのである。
(これが天界の力!白蓮様の力なのですね)
子供達は微笑みを浮かべてゆっくり天に昇っていった。
(ありがとうございました………)
最後に無明が暖かい涙を流しながら、何度も頭を下げ、感謝の言葉を残して夜空に上がっていった。
(貴方方に会えて本当によかった、本当によかった。ありがとうございました)
白蓮達は皆の亡き骸に火をつけ手を合わせて祈り続けた。
(神よ、今度この者達がこの世に生まれてくる時は、五体満足で幸せな人生が送れます様お願い申し上げます)
全ての儀式が滞りなく終わったのは、夜が明けて辺りが明るくなり始めた頃であった。




