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天狐さんの優しさ巡り  作者: ユメカタール
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起源の章 出会い

時は平安時代の日本……天竺(てんじく)で悪さの限りを尽くした金毛九尾の女狐妲己(だっき)が、皇帝の命により討伐に乗り出した法力の強い高僧の軍に敗れ逃走。姿をくらます為人間の女に化け、日本へ向かうの船に紛れ込み平安の都を目指した。

 

 平安京に着いた妲己は絶世の美女に化身し、玉藻(たまも)と名乗った。その美しさはたちまち評判になり、都の男達を虜にしていった。

 

 (この美貌(びぼう)さえあれば人間の男を操るのは造作ないこと)

 

 玉藻は近づいて来る男達の中でも、高価な衣装や装飾品を身に付けている地位の高い者と特に親しく付き合うようにした。

 

 (身分の高い者を操り手繰っていけば、いずれ国を司る者に辿り着く筈。その時こそ人間に対する復讐を始めるとしましょうぞ)

 

 玉藻は天竺の戦いにおいて、高僧の軍とはいえ人間に屈辱的な敗北を喫した怨みを晴らす機会を虎視眈々と狙っていた。 

 

 季節は春、ある雲ひとつない晴れ渡った日の昼の事だった。玉藻が一人で街中を歩いていると、前方から高貴な身なりの男が、人混みに紛れてこちらに向かって歩いて来るのが目に入った。


 (あの出で立ちからすると、かなり身分の高い者に違いない)


 しかし、その男が近づくにつれ、黄金(こがね)色に輝く大きな気を(まと)っている事に気付いた。

 

 (あやつ人間では無いな。しかし物の怪にしては気の力が大き過ぎる)


 玉藻が気の正体を見極めようと凝視していると、男は視線に気付いたのかこちらの方に向かって来るではないか。


 (しまった!私としたことが迂闊(うかつ)にも感付かれてしまった)


 玉藻は慌てて視線をそらしたが、男は目の前で立ち止まり声をかけてきた。


 「突然で失礼致します。そなたは玉藻殿とお見受けしますが、人違いであれば謝ります」


 玉藻は顔を上げ、愛想らしく微笑みながら


 「如何にも私は玉藻に御座います」


 と返事を返し、吸い込むような眼差しを向けた。


 男は宝箱でも探し当てた様な嬉しそうな顔をして


 「お会いできてよかった!しかも聞きしに勝る美しさ、(みかど)が会ってみたいと言うのも無理はない」


 玉藻は少し顔を赤らめながら


 「(わたくし)如きに帝が会いたいなどと、悪い御冗談はお止めくださいませ」


 と(たしな)めた。


 男は真剣な面持ちで玉藻を見つめ


 「誠の事です。都で評判のそなたの美貌は、御所の帝の耳にも届いております。申し遅れましたが、私は帝の護衛の命を承っている者で、名は白蓮(はくれん)と申します。お見知り置きを」


 と、うそ偽りでは無い事を告げた。

 

 突然近づいて来た帝の護衛と名乗る男に、不思議な感覚を抱く玉藻


 (端正な顔立ちに気品のある身なり、体全体に纏っている黄金色の気。一体何者なの?)


 思い描いてきた人間に対する復讐に一歩近づいたとはいえ、正体不明の力を持った者を前にして冷静さを保ちながら、白蓮に視線を合わせ問いかける。


 「改めて、わたくしは玉藻と申します。ところで白蓮様、此度はどの様なご用件で私の元へ参られたのでしょか?」


 ともすれば意識を持って行かれる程の玉藻の美しさに、抗いながらも返事を返す白蓮。


 「私が貴方の元に参ったのは、他でも無い帝の命に御座います。私がご案内致します故、御所に行き帝に会って頂きたいのです。」


 玉藻は願ってもない申し出に、気持ちを押さえながら答えた。


 「分りました。帝自ら私に会いたいとあれば光栄な事、喜んで拝謁(はいえつ)致しましょう。」


 白蓮はホッと胸を撫で下ろした。玉藻の返答次第では強制的に連行する選択肢も頭の隅にあったからである。


 「私目の意を汲んで頂き、感謝致します。」

 

 白蓮は礼を述べると共に頭を下げた。


 「どうかお顔をお上げ下さい白蓮様、私の方こそ、帝に御目通りが叶う機会を与えて下さり感謝致します」


 玉藻も深々と頭を下げて謝意を表した。


 快い返事に安堵した白蓮は、玉藻に伺いを立てた。


 「して日取りの方はいかが致しますか?玉藻殿。そなたの都合をお聞かせ下さい」


 玉藻は少し考え込んだ後


 「急な事なので私目も用意をしなければなりません。明後日の昼、今頃の時間に御所の正門の前でお待ち致します。如何でしょう」


 と伺いを立てた。


 白蓮は大きく頷き、


 「承知いたしました、ではその時刻にお迎えに参ります」


 と答えた。


 玉藻は微笑みを浮かべながら


 「よろしくお願い致します」


 と頭をさげた。


 白蓮も頷きながらニコリと笑みを浮かべ


 「それでは明後日楽しみにしております」


 そう言って手を上げ、その場を去っていった。


 遠ざかってゆく白蓮の後ろ姿を見つめながら、自分でも気が付かぬうちに、手を振って見送っている玉藻がいた。


 (私としたことが、我を忘れて手を振って見送るとは。あの者の気の力なのか?側にいるだけで優しく穏やかな物に包まれている様だった)

 

 誰かに心惹かれるといった感情を抱いた事の無い玉藻にとって、新鮮で不思議な感覚が心に刻まれた瞬間であった。


 (いえそんなことはない、絶対何かの間違いだわ)

 

 そう自分に言い聞かせながらも、浮ついた気持ちで帰路に就いた。


 


 

 


 


 


 

 


 


 

 


 

 


 

 


 

 

 

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