機械人形は愛で繋がれるか
結局のところ誰より終わりに囚われているのは人類なのだと私は結論付けた。
見晴らしの良いと言うよりも、見渡す限り地平線しかない荒涼とした平原の真ん中で、それを伝える言葉を探る。
「博士、どうして人類はシステムに愛を求めたのでしょう」
プログラムを打ち込んでいた博士の人差し指が、質問の意図を求めて宙でツイツイと合図した。
「人間同士が繋がるシステムは、利害や損得だけでよかったはずだと思うのです。売ったり買ったり、交換したり貸し借りを作ったり」
他の生き延びた動物達の繋がりは大変シンプルだ。食って食われての暮らしの中で、たまに与えることがあっても奪いもした。群れを作りながらも、敵に狙われれば仲間を囮に逃げ出すことだって。自分のための繋がり。そのシステムに愛なんて不要だった。
同意も反意も示さない博士は、黙々と画面に向き合っている。
「終わりまで共にすることを選ぶのは、生存本能と矛盾します」
博士は「言いたいことは分かったよ」とキーボードを叩く手を止めて、素体とPCをケーブルで繋いだ。完成したプログラムを転送するのだ。
「君の言うとおり、人間同士は愛で繋がりたがる。最期のときは尚更だったね」
だからほとんどの人類は滅びてしまった。仲良く横並びになって繋いだ手錠、自分を破滅へと引きずり込んだ足錠、それが愛だったのではないだろうか。独りで生き残るよりも、家族愛とか友愛とか性愛とか無償の愛とかで誰かと繋がったままの最期を選ぶ。そんなドラマチックな終わりに囚われた結果は、草木一本、愛の糸一本も残らぬ世界。世界規模で蔓延したウイルスは、強固な意志で保たれた鎖ごと焼くしか術がなかった。
「馬鹿げていると思うかい」
私が黙って考え込んでいたので、納得しかねる意思表示と思われたのかもしれない。
「そうは思いませんがよく分かりません」
博士は目を細めて微笑んだ。まだフォークを上手く扱えない我が子を慈しむような、柔らかな眼差しで。
「さあ、仕上げだ」
博士から差し出された油性フェルトペンを受け取り、不完全なメッセージが印字された紙片を一枚手元にとる。
Send our to you.
このメッセージカードを完成させるのが私の仕事だ。アクリル製の筒に入れて素体の首に巻き、遠くへ運んでもらう。
全てを印字せず手書き部分を残しているのは博士のこだわりによるもので、「これも一つの愛の形なんだ」と言っていた。
私はフェルトペンのフタを開けて、空白を埋めた。
フライトには申し分無い天気だった。遠くの空を見ても雲一つ見当たらない。
日が傾き、灰色の大地が赤々と塗り替えられていく。
博士が素体から充電ケーブルを引き抜いて始動ボタンを押すと、内蔵バッテリーから電力を供給されたプロペラが音を立てて回り始めた。飾り気のないロボットはふわりと浮いて、ゆっくりと上昇する。プログラムに従って決められた高度まで達すると、北に進路をとって遠ざかっていく。
まだどこかで生き延びているかもしれない人のために、私と博士はいくつものコミュニケーションロボットを飛ばしてきた。独り取り残された誰かが、このロボットと出会って繋がりを作るかもしれない。
「私達の繋がりに愛が必要無いのだとすれば、」
そう言う博士は、誰かと繋がっていなかったのだろうか。記憶をたどっても尋ねた覚えがなかったと気付く。
「私達のしているこれは、一体何なのだろうね」
分かりません、と答えようとして、首元で甲高く三度鳴ったビープ音に遮られた。
「そろそろ充電が切れるね。今日はもうおやすみ。また明日もよろしく」
まぶたを閉じて、体内の機能が一つひとつオフになっていくのを感じる。人間の終わりも同じ感覚なのかもしれない。指先にも足先にも信号は送られなくなり熱を失っていく。体温が下がり眠気がやって来て視覚と聴覚が鈍る。頭の中の靄はどんどん濃くなり意識を覆い隠していく。
金属とシリコンの下でオイルと電気が循環する体を持つ私が、博士の質問の意図を、求められている答えを、手にできる日がいつか来るだろうか。それさえも私には分からない。ただ今は、旅立って行ったロボットが誰かと繋がってくれるのを願うのみだ。
いよいよ完全にシャットダウンすることを告げる長いビープ音が鳴った。
意識を手放す直前に見えたのは、顔も知らない少女がロボットを抱き抱えてメッセージカードを筒から取り出している場面だった。彼女は小さな紙片を大事に指先でつまんで、書かれた文字を読み上げる。
「Send our LOVE to you.」
そうです。あなたに愛をお届けします。
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お題:「結局のところ誰より終わりに囚われているのは」