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Episode92/覚醒

(129.)

 夜の風俗街を練り歩く少女ふたり。

 場違いにもほどがあるだろう。

 屋台の食べ物の香りが鼻孔を擽り、少しだけなにか食べたくなる。

 冷たい風が頬を切り、少しだけ肌寒く感じた。


「……次は……どこですか……?」


 鏡子は弱々しそうな声で訊ねてくる。

 まだ中学生には大人の世界は刺激が強かったらしい。顔を赤らめ、なるべくパネルに顔を向けないようにしていた。

 視点はこっちが握っているから、私がバッチリ見ちゃっているけど……。


 というより、鏡子はいつまで私と手を繋いでいるつもりだろう?


 ファミレスから出てからも、ずっと私の手を握りしめたままだ。

 もしかしたらさつきという親友に裏切られたせいで、友達という存在に飢えているのかもしれない。

 そう考えると可哀想で、無理やり手をふり放す気には到底なれない。

 話を聞くかぎり、小野寺さつきは人生で唯一できた友達だ。その子に裏切られたのだから、その衝撃は計り知れない。

 場合によっては瑠衣より酷い。瑠衣はまだ、ありすという友達がいるのだから……。


 沙鳥に示された店舗を探す。

 と……。


「ああ、さっきの店でもう全部だ。もう帰っても大丈夫だろう」

「……本当ですか……?」

「一応、沙鳥に連絡してみるね」


 私は携帯電話を取りだし、沙鳥に電話した。


『もしもし、豊花さん。どうしました?』

「沙鳥に言われた店舗、すべて周り終えたよ」

『そうですか……では、少し愛のある我が家に帰宅してくださいませんか。またしてもトラブルが発生しそうになりました。いえ、ビッグトラブルが発生してしまいました……』

「へ……?」


 GCTO、裕璃問題、教育部併設異能力者研究所、真実の愛、異能力の世界と、ここ数ヵ月でさまざまな問題と直面してきたというのに、またしてもトラブルが舞い込んできたのか!?

 いいや、瑠衣の暴走、金沢問題、裕璃の発狂、殺し屋に付け狙われた問題、異能力者保護団体を抜け出すことにした出来事……様々な問題が、まるで私に狙いを定めて向かってきているみたいじゃないか!

 不幸体質なんてレベルじゃないぞ!?


「わかった……とりあえず鏡子を連れて愛のある我が家に戻るよ」

『お待ちしております』


 沙鳥との通話を切り、私は鏡子に頭を下げた。


「ごめん、きょうもまだお家には帰させられない! 実家に連絡してもいいから、愛のある我が家まで付き合ってくれない?」

「……わかりました……豊花さんのせいじゃないですよね……豊花さんが謝る必要はありません……」


 こうして、私と鏡子はーーなぜかーーカップルみたく手を繋ぎながら愛のある我が家まで帰ることになった。







(130.)

 愛のある我が家に戻ると、そこには結愛以外の面々が全員揃っていた。

 特に朱音は深刻そうな表情を浮かべている。


「まずいことになりました。朱音さん、豊花さんと鏡子さんに説明を行ってください」

「わかったよ……まずさきに謝っておく。ぼくの不手際で大変な事態になった。場合によっては国家存亡の危機かもしれないレベルで」


 こ、国家存亡の危機ィ!?

 いやいやいや、それだけの問題って、なにをやらかしたらそうなるんだ!?


「ぼくがこの世界と異世界を移動しているっていうのは、アリシュエールの魔女は周知の事実だったんだ。最初こそみんな協力的だった。だけど……リアリティー帝国との終戦以降、戦争好きな魔女たちが、今度はこっちの世界を侵略しようと考え始めてしまった」

「で、その方たちは朱音さんが力を使わなければ異世界には飛べないのを知っていましたから、人質に裕璃さんを用いて、無理やり三人の戦争好きの魔女をこちらの世界へと送るハメになってしまったのです。あっていますよね?」

「うん……くそ! ぼくがもっと気をつけていれば……!」


 どうやらルーナエアウラさんがいないときを見計らい、裕璃を拐われ人質にされてしまったらしい。

 裕璃とお前が殺されたくなければ、我々三人を異世界に連れていけーーそう脅された。

 普通に考えれば、たった二人の命と地球、比較するまでもない。朱音自身、自分だけが脅されたなら反抗しただろう。


 しかし、実際は裕璃を人質に取られてしまった。


 致し方なく、朱音は命じられるままに異世界への扉を開き、こちらの世界に連れてきてしまったそうだ。

 連れて来られたアリシュエールの魔女は全員序列持ち。


 一人目は、羽咲・辻・アリシュエール∴フェンリル。氷の精霊操術師であり、アリシュエール帝国一の実力を誇る最強の魔女。


 二人目は、マリア・ホワイト・アリシュエール∴イフリート。火の精霊操術師で、こちらも魔女序列二位の実力者。ルーナエアウラでさえ敵わないとされる強敵だ。


 三人目は、セレナ・リュナ・アリシュエール∴ジン。こちらは前者二人とは異なり実力自体はルーナエアウラより下のものの、普通の現代兵器ではとてもじゃないが太刀打ちできない。


 それぞれがバラバラに散り行動することにしているため、また、居場所が特定できないこともあり、澄ひとりでは対処できないという。

 いや、澄が本気を出せば対処できなくはないが、もしも本気を出したら日本地図の地形が変わるのを覚悟しなければならないらしい。


「ど、どうするのさ!?」

「今頃、辺りで奪略行為を働いているかもしれない。迅速に止めなきゃ異能力者の評判が大変なことになる」


 それは理解できる。

 意味不明な力を目の当たりにしたとき、人は異能力者だと判断するだろう。

 それが犯罪を好き放題繰り返したら、政府だって黙ってはいない。最悪、異能力者というだけで隔離するような法案さえ作られかねない。


「そこで、緊急事態宣言を発令します。鏡子さん、本作戦の要はあなたです。あなたの目を使い幾重もの人たちの視界を次々にジャックし、明らかに髪色や行いが普通ではないひとを見つけ出し居場所を割り出してください」

「……やってみます……」


 鏡子は私の手を握りながら、異能力を使うことに集中したのか、その握る力が弱まる。


「み、味方はいないの? アリシュエール側に」


「あれから呼び出した魔女がいる。アリーシャは残念ながら正面戦闘には向かないから待機してもらっているけど、ルーナエアウラは上空から飛んで探してくれてるよ……ただ、セレナはどうにかなっても、マリアには三対七で向こうに分がある。さらにいえば羽咲と遭遇したら絶望的だ。現状、彼女に勝てるのは澄以外に存在しない」


 朱音は暗い表情のままそう告げる。

 そのときーー。


「……ああ……ぁああああ……あああああああ!!」


 鏡子が唐突に頭を抱えて叫び出した。


「鏡子! いったいどうしたの!?」

「あああああああ! 頭が、頭が痛い……一斉に! ……皆の、みんなの視界が入り込む……!」


 なにが起こっているんだ!?


「たしかステージ4でしたよね? おそらく異能力が成長したのだと思います。自覚できる人とできない人がいますが、鏡子さんは成長した異能力の内容を自覚できますか?」

「……はぁはぁ……は……はい……疲れますが……これなら見つけられるかも……」

「能力の内容は?」

「……説明します……」


 鏡子の言う通りなら、異能力は非常に強力な成長をしていた。

 以前ありすから訊いた夜々とまではいかないが、並の成長ではないレベルだ。


 まず、触れた相手の視界を同時に見ることが可能で、頭のなかで同時に確認できる。どういう原理かは不明だが、頭がパンクしそうだ……。


 また、対象をひとりに絞るのも全体に広げるのも自由自在。

 さらに、触れた対象が触れた相手、その相手が触れた人間にも、感染のように永遠と視界盗撮が可能になったという。

 つまり、瑠衣が瑠美さんに触れれば、瑠美さんの視界もジャックでき、さらにいえば瑠美さんが大輝さんに触れたなら、大輝さんの視界までのぞき見できるようになれたというのだ。


 まだある。周囲にいる対象を指定して、自身の見ている(盗撮盗聴の)映像を、指定した対象にも見せることが可能になった。

 凄まじい成長だ。

 私の異能力の成長ーー男に戻れるようになれるぅ!ーーとは天と地ほどの差があるくらい、強力な異能力へと変質していた。


「その異能力で対象を見つけられませんか?」

「羽咲は白髪で赤い瞳、肩まで揃えた髪で衣服も白を好んだ姿をしているよ。マリアは赤色の長い髪、瞳は黒色、服装は来たときはロングスカートだった。セレナは銀色の長い髪、独特な髪の結びかたをしていて、衣服は来たときは黄色のミニスカートに左右非対称のオーバーニーソックスを履いていた。これくらいの情報しかないけど、見つけられないかな?」


「……試して……みます……はぁはぁ……」


 疲弊しているのか、無理にでも異能力を使っているのが窺える。


「……それらしきひとをひとり……見つけました……皆さんに映像を……送ります……」


 握っている鏡子の手が強く震えているのが伝わってくる。

 よほど恐ろしい存在なのだろう。

 次の瞬間、脳裏に警官ひとりが見ている映像と音が流れ込んできた。


『と、止まりなさい! その人たちから離れろ!』


 目の前には、死体となった人々の山が数体と、傷まみれの人間がひとり、失禁しながら座り込んでいる映像が流れる。

 その隣にはひとりの少女がいた。

 白い髪で赤い瞳をしており、まだ14歳程度でしかない年齢の、白い衣服に身を包んでいる少女が、嘲笑いながら佇んでいる。

 聞いた情報と照らすと羽咲で間違いないだろう。

 左右には仲間らしき警察官も数名、八人ほどいる。


『止まりなさいですか? 私に命令する気ですか、そうですか。貴方たち程度、私にかかれば十秒足らずで殺せますよ、ええ殺せます』


 羽咲はゆっくりとした歩みで警官に近づいていく。

 片手には、透明な氷でつくられたような剣を握っている。


『は、発砲を許可する。撃て!』


 警官がまとめて羽咲に拳銃で発砲する。

 しかし、弾丸は見えない壁に遮られ、当たる直前ですべて地に落ちた。カランカランと弾丸が転がる音が響くだけ。


『そんな玩具で私を止められると思ったのですかそうですか。この世界の人間と私のいた世界の人間ではレベルが、いや、次元が数段階異なるようですね、そのようです』


 特徴的なしゃべり方をしたあと、羽咲は凄まじい速度で隣の警官に駆け寄り真っ二つに切り裂いた。上半身と下半身が真っ二つに綺麗に別れてしまった。

 続けざまに手のひらを向ける。その線上にいる警官二名は一瞬のうちで氷付けにされ、バラバラになり崩れ落ちた。


『ひ、ひぃいい!』


 警官はがむしゃらに発砲するが、それらもまるで貫通しない。


『なんて弱々しい玩具ですこと、ええ、玩具ですこと』


 透明な剣を、視点を借りている警官の首もとに当てた。


『今すぐ上官と私を繋げなさい。異世界と言えどもその程度の知識はあるんですよ、ええあるのです』


 警官は慌ててパトカーに乗り込み、無線を取りだしどこかへ繋げた。

 それを命じられるままに羽咲に渡した。


『ご苦労様。私の命令を聞く人間にはやさしいんですよ、ええ私はやさしいのです』

『……君は何者かね? いきなり現れて一般市民を無差別に殺害して……異能力者は基本的に異能力を使ってはいけないという法律を学ばなかったのか?』

『異能力者? ああ、朱音みたいな人たちのことですねそうですね。私は精霊操術師、異能力者じゃないです、ええ異能力者じゃありません。今から宣誓します。この国は、今日から私たちの物になります。私たちが支配し国家を変えて、世界に戦争をしかけ最強の国を目指すのです、ええ目指すのです』

『ふ、ふざけるな!』


 応援の警察官らが十数名現れた。

 対象を確認するなり、尋問もせず隙を突いて発砲する。


 だが……。


 すべて当たる直前で、見えない壁ーーいや、よくよく見るとガラス、いや氷の壁が現れてすべてが阻まれてしまう。


『国家の秩序を守っているのが警察なのでしょう。ええそのはずです。そのはずです。ですから、まずは邪魔なあなた方を全員殺処分しますね』


 羽咲は駆けつけた警官らに向かい軽く手を振るう。

 20メートルは距離が離れているというのに、それだけで駆けつけた警官は足元から凍らされていき、ついには頭部までカチカチに凍り全員地面に真っ直ぐ倒れ伏した。


『……目的はなんだ?』

『ですから言っているでしょうええ言っています。この国の支配だと』


 無線を剣で切り裂くと、命令どおり無線を繋げたはずの警官に歩み寄る。


『ま、待ってくれ!』

『私は私の命令を聞く人にはやさしいんです。ええやさしすぎるほどに。ですから、苦しむ間もなく殺してあげます、はい、殺しましょう』


 氷の剣が首にめり込む。

 直後、映像は消え風景が愛のある我が家に戻る。


「想像以上にまずい事態になっていますね……警察にいる内通者の方々の安否も気になります。和枝木警部も無事だといいのですが」

「はぁ……はぁ……はぁ……ううっ……」

「鏡子!」


 鏡子は強く疲弊したのか、ひどく息切れをしながらソファーに倒れてしまった。


「ひとまず、愛のある我が家に矛先はまだ向かっていませんね」

「ああ。だけど、警察官や異能力者保護団体やらを襲ったら、次の対象にはなるとぼくは思うよ」

「でも、あんな見た目に反して狂暴な女の子、早く止めないと大事件にまで発展しちゃうよ」


 鏡子をしっかりソファーに寝かせ、薄い布団をかけながら意見する。


「ですね。ですが今日はもう遅いですし鏡子さんも疲弊しています。明日、なるべく早い段階で三名の居場所を特定して澄さんに対応してもらいましょう。ルーナエアウラさんもいることですし、セレナの居場所が特定できればルーナエアウラさんにはそちらを対処していただきます」


 全員がそれに頷く。

 瑠奈は元は異世界に一時期居たこともあるからか、羽咲やマリアの恐ろしさが理解できているらしい。

 今回ばかりは、ルーナエアウラが来ていることに関してなにも文句を言い出さない。


 ひとまず解散ということで、私は帰宅することにしたのであった。


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