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Episode91/美山鏡子

(128.)

 三浦三崎から帰ることにした一同。

 帰るときも、鏡子は私の手を握り離さなかった。不安なのだろうか?

 全盲とはいえ、今まで目が見えないなりに暮らしていけていたはずなのに。


「どうやらなつかれてしまったようね」


 なんて舞香が言った。が、なつかれるようなことをした覚えはない。

 たしかに、手を繋がないと危ないから誰かの手を握ったら、と提案したのも私だ。それで私が選ばれたのは、言い出しっぺの法則のようなやつだろう。


 愛のある我が家に到着後、さっそく私は沙鳥に交渉をもちかけることにした。


「仕事内容を善者に変わるような仕事にしてほしい。悪い奴を懲らしめるとか、そういうやつ。覚醒剤なんて被害者を生み出す仕事以外がしたい!」


 少々口調が粗っぽくなってしまった。

 だが、私は沙鳥にそう明言した。

 沙鳥は最初こそ渋ったが、鏡子をチラッと見ると「やってみる価値はありそうですね」と不吉な笑みを浮かべた。


「ちょっと待ってくれ! 鏡子を巻き込むのは無理なんじゃないか?」

「移動する際にはあなたの目を借りれば不自由ありませんし、今までもそうやって生きてきたはずです」


 たしかにそうかもしれないけど……鏡子まで危険な目に合わそうだなんて考えてはいなかった。


「働かざる者食うべからずーーこの愛のある我が家の理念をお忘れですか?」

「うっ……」


 そう言われてしまったら、なにも言い返せない。


「鏡子は大丈夫? 少し危険な仕事かもしれないけど」

「……多分……豊花がいてくれるなら……大丈夫……だと思う……」


 ハッキリしないなぁ。


「では仕事内容を説明しましょう。私たちが後ろ楯についているキャバクラや風俗店を周り、スタッフや従業員、キャバ嬢や風俗嬢にタッチしてきてください」


 どうやら、沙鳥が言うには、夜の町には危険な人物が増える。そして狙われやすいのも水商売の店だ。そこで予め鏡子がタッチをしておき、鏡子の普段の仕事は夜間限定の監視カメラのようになるとのこと。

 そこで危ない客がいたら私が向かって止めさせる。だからこの仕事は一蓮托生なのだとか。

 そもそもキャバクラが昼間にやっているのだろうか?


「豊花さん、法律で禁止されているのは深夜0時~朝6時まで。朝からやっているキャバクラ店や昼キャバなどもあるのですよ。さあ、さっそく皆さん、仕事に取りかかってください。休日はもうおしまいですよ」


 室内にいたみんながだらだらと室外に出ていく。瑠奈はいつもどおりだが、舞香は二日酔いが軽くあるのか頭を抱えている。澄とゆきはここに着くまえに何処かへ行ってしまっていた。

 そして朱音は……酷い二日酔いの真っ只中。時折トイレからげーげー音がしてくる。


「豊花さん。ただし覚醒剤の受け渡しだけは裕璃さんと豊花さんでやらなくてはなりませんからね? 裕璃さんの精神衛生上的にも」


 トイレでゲロをげぼげぼ吐いていた朱音がようやく出てきて、「それにはぼくも賛成だ」と言った。

 顔が真っ青だ。

 イッキ飲みのでもしたんじゃなかろうか、このひと……。


「それは……うん、わかった。それじゃあ外に行こうか、鏡子」


 鏡子は僕の右手を握った。

 ああ、倒れるのが怖いのか……今までよく平気だったな?




 さっそく近場にある、既に営業しているキャバクラに立ち入った。

 キャバクラボーイに止められるが、愛のある我が家があなたの店舗を守るのに必要な仕掛けをすると説明したら納得してくれた。


「鏡子、今ここにいる従業員全員に触れて?」

「……わかりました……」


 鏡子はひとり、またひとりとキャバ嬢やキャバクラボーイに軽く触れていく。これでこの店の監視は可能となった。


「ご協力感謝します」

「なにをされたのかはよくわかりませんでしたが、こちらこそありがとうございました。なにか有事の際はよろしくお願いします」


 頭まで下げられてしまった。

 まるで自分が偉い人間になったかのような錯覚に陥る。

 すごいのは愛のある我が家であって、私ではないのに……。


 次の店舗に向かう際も、その次の店に行く際も、鏡子は私から手を離さない。

 私の目を借りているのだから、少しくらい離れても問題ない気がするんだけど……。

 金銭で用心棒をやっている店舗は意外に多く、また、夜間しか開いていない風俗店などは後回しにすることになった。


「そろそろ昼時だし、ファミレスでご飯でも食べない?」


 そう提案すると、一寸の迷いなく鏡子は頷いた。

 なんだか鏡子の顔が少し赤い気がするんだけど、まえまえからだっけ?

 熱でもあるんじゃないだろうか?


「体調が悪かったらすぐ言ってね? すぐ沙鳥に連絡してきょうの仕事はやめさせるから」

「……大丈夫です……」


 鏡子は本当に大丈夫なのか意地を張っているのかわからない。表情にあまり出ないのだ。

 だから緊張しているときは震えたりしておりわかりやすいが、目を隠している分、表情からは感情を読み取れない。

 ファミレスに向かう途中、鏡子が昔はどんな子だったのかを訊いてみた。


「……小学校の頃は……よく……いじめられてました……そこから不登校になってしまって……」


 話を要約すると、いじめの問題で学校に行かなくなってしまった鏡子は、自分の目が見えないからだと自殺まで図ったらしい。

 そんなときに異能力が発現し、なんといじめっ子や触れたひとの視点が借りられる能力が発現し異能力の正体が脳裏に入り込んだという。


 ここまででは、普通の異能力者も体験する出来事だ。


 しかし……瑠衣もそうだったけど、いじめってなくならないものなんだな。かくいう私も小学校の頃いじめられていたし、裕璃が助けてくれなかったら悪化していっただろう。

 こうして触れた者の居場所わかるようになった。


 中学に登校してからは、さつきという同じ異能力を持つ友人ができて仲良くしていたという。

 それから三年の月日が経った頃、鏡子はさつきに誘導され、見知らぬ車に乗せられた。


『これからは、さつきさんの命令にしたがい、異能力が有利な世界をつくることに尽力するんだ』と黒塗りの車に乗った男に命じられた。さつきがなにも言わないことから、騙されたのだと、そこで初めて気づいたらしい。


「……親友だって……言ってくれてたのに……」


 鏡子は裏切られたのだと熱弁した。

 結局、数ヶ月後に愛のある我が家に壊滅させられ、現在に至ると……。


「それはなんというか……ごめん」


 親友だったさつきを殺害してしまった。その罪悪感からか、よくわからないままなんとなく謝る。

 が、鏡子は感謝していると告げた。


「……あの軟禁生活から……抜け出させてくれて……お風呂にも入らせてもらい……着替えももらったうえ……慰安旅行にまで連れていってくれました……仲間だと……断言してくれましたから……私は幸せです……」


 なんて不憫な子なんだろう。

 ひどい目に遭いすぎて、幸福のハードルが下がりすぎているのではないだろうか?

 二人で近場のファミレスまで到着すると、手を繋いだまま店舗に入りかけた。

 そのとき……。


「あんたたち、なにしてるのよ?」

「豊花、そのひと、だれ?」


 振り向くと、そこには瑠璃と瑠衣がいた。

 偶然遭遇してしまったらしい。私はなんとなく鏡子から手を離そうとするが、鏡子はそれを拒み手を離さない。


「……このひとたち……誰ですか……?」


 鏡子も訊いてくる。


「答えなさいよ」


 瑠璃にも詰め寄られる。


「あ、いや、これは愛のある我が家の仕事で」

「ふーん、仲良さそうに見えるけど」

「豊花は、私の友達、じゃなかったの?」


 ああもう、ややこしい。

 だいたい鏡子とはなにもないうえ、瑠璃とは別れたじゃないか!

 瑠衣に至ってはわけがわからない。友達が何人いたって構わないだろう?


「と、とりあえず店に入ろうよ、三人とも」


 とりあえずファミレスに入ることになり、なぜか四人席に案内された。

 もちろん、鏡子は私の隣に座っている。


「まず、この女の子は鏡子っていう名前で、最近愛のある我が家に入った新規の仲間。目が見えないけど、異能力で触れた他人の目を覗き見ることができるから移動可能なんだよ。この間は私が視線を貸していたから、私と一緒に行動していただけで」

「ふーん、じゃあなんで手を繋ぐ必要なんてあるのよ?」

「それは……転けたりしたら危ないから」


 いや、実際には私にもわからない。だって、今までは別に手を繋がなくても移動できていたのだから、わざわざ、それもずっと手を繋いだままでいる必要はないだろう。


「で、この姉妹は私の友人の、瑠璃と瑠衣。見分け方は……歯切れが悪いというか、特徴的なしゃべり方をするほうが瑠衣ね」

「……特徴的な……しゃべり方……わかりました……」


 鏡子は二人を見比べたのか、納得して頷いた。


「鏡子には、言われたくない、そっちも変」

「それは私も認めるからさ、喧嘩になるまえになにか注文しよう?」


 言い訳をいろいろとして、どうにかピリピリした雰囲気は収まりつつある。

 ふと思い立ち、鏡子に二人にも触れるよう指示を出した。


「……ちょっと……ごめんなさい……」


 鏡子は手を伸ばして瑠衣と瑠璃に軽く手を触れた。


「ちょっとちょっと! 私たちにまで異能力の範囲を広げる気!?」

「これは保険だよ。もしも瑠衣が危ない目に遭ったときとか、居場所がわかれば迅速に行動できるでしょ? 普段は覗かせないから安心して」


 どうにか二人を宥める。

 瑠衣と瑠璃は大切な友達だ。そんな友人が危機に瀕したときに助けに行けないとかなったら最悪じゃないか。

 常に最悪な出来事を想定して動く。愛のある我が家で私が学んだことのひとつだ。

 これでかなりの目を確保できただろう。


 まだまだ夜の街も練り歩くのだから、視点はこれからも増やせる。そうすればみんな助かることに繋がるのだ。

 覚醒剤の仕分けをしていたときとは、比べ物にならないくらいの充実感を覚える。 


 そこにウェイターさんが現れ、私たちは注文を口々にした。

 直後、瑠璃と瑠衣は立ち上がる。


「ドリンクバーに行くけど、ふたりはなににする?」


 瑠璃はもう鏡子に対して敵対心はないのか、私たちにそう問う。


「じゃあコーラで」

「……わたしは……お、お茶でいいです……」

「わかったわ」


 瑠璃と瑠衣はドリンクバーに向かった。


「……あのふたりと……仲が良いんですね……」

「え? まあ、そりゃ友達だしね」


 数少ない私の友達だ。

 ……数少ないは余計だから言わなかったけど。

 未だに瑠璃には恋心を抱いている。こうまで瑠璃に惹かれるのはなんでだろう?

 と、鏡子は座っているのにも関わらず私の手を握りしめた。


「私も……友達ですか……?」

「え? そりゃ仲間だし……」仲間だけど、友達とは呼べるのだろうか? 沙鳥を友達と呼べるのかすら疑問だし。でもーー。「うん、もちろん仲間だし友達でもあるよ」


 それを聞いてホッとしたのか、握る手を緩めてくれた。

 ちょうどのタイミングで、瑠璃と瑠衣が帰ってきた。


「はい、コーラとお茶ね」


 それぞれ私たちの前に差し出される。向かい側には瑠璃が自分で飲むらしいカルピスを置いた。


 あれ、瑠衣は?


 疑問に思っていると、瑠衣はこちら側にコップを置く。すると、そのまま瑠璃の向かい側、つまりこちらの席に無理やり詰めて押し座ってきた。

 鏡子と瑠衣のサンドイッチ状態になってしまう。


「ちょっ! 瑠衣やめて! 苦しいから!」

「私も、友達。鏡子ばかり、ずるい」


 なにがずるいんだ!

 瑠衣ってこんなことする子だったっけ!?


「鏡子が、あっちに、移ればいい」

「……どうしてですか? ……私は……最初からここに……座っていたのに」


 ピリピリした空気が収まったかと思ったのに、再び嫌な雰囲気が立ち込める。

 せっかく夜までここで待機しようと考えていたのに、これじゃこの店に居づらいじゃないか!

 そこにウェイターがやってくる。


「ええと……ハンバーグセットの方二名は……」

「あ、私です」

「ん……」


 瑠璃と瑠衣はそれぞれ手を挙げる。

 ウェイターは瑠璃のほうにさきにハンバーグセットを配置すると、瑠衣のほうを見て困惑した表情を顔に浮かべた。


「瑠衣! いいから早くこっちの席に戻りなさい! お店の迷惑でしょ!」

「うっ……これで勝ったと、思うなよ」


 瑠衣は渋々といった顔をしながら、瑠璃の隣へと戻っていった。

 瑠璃の采配のお陰で、どうにか緊迫した場面を収めてくれた。

 でも、どうして鏡子は反抗なんてしたのだろうか?

 鏡子の性格なら、謝りながら席を変えるくらいしそうなものだけど……。


 私は疑問に思いつつ、鏡子と共に夜に開店する風俗店を巡れる時間までファミレスに居座るのであった。

 

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