Episode90/慰安旅行~揺らぐ思想~
(126.)
結局、私の新たな仕事は決まらないまま数日の月日が流れた。
来る日も来る日も覚醒剤の仕分けばかり。こうして仕分けしていると、少し、ほんの少しだけやってみたい気持ちも湧いてきてしまう。
それを戒めるように、沙鳥からは『ぜったいにやるな』と言われ続け釘を刺されてきた。どれほど危険な薬物なのだろうか?
室内には珍しく、結弦さんを除いたメンバーが全員揃っていた。
「さて、仕事も一段落したようですし、慰安旅行にでも行きますか」
沙鳥はそのようなことを言い出した。
未だに犯罪者の慰安旅行とやらが腑に落ちない。
なんの慰安なのだ。
「参加メンバーは、現在断薬中の結弦さんの協力をしている結愛さんを除き、豊花さん、瑠奈さん、澄さん、ゆきさん、舞香さん、朱音さん、鏡子さん、そして私の八人です。本来なら毎年慰安旅行には愛のある我が家全員で行くのですが、裕璃さんは異世界におり、結愛さんは結弦さんを見張っていてもらわないといけませんからね」
それは妥当に思えた。結愛さんは現在結弦さんに付きっきりだ。裕璃には会いたいけど、このご時世、いまはまだこちらに顔を出す段階ではないだろう。
「まあ、とはいえ、そろそろ結弦さん一人でも覚醒剤に手を出さないかどうかテストするために、食事は結愛さんのみで買い出しに行ってもらうことにしますが」
室内にはそれぞれ呼ばれた八人に加え、結愛さんも同席していた。そんな結愛さんに視線を移すと、結愛さんは静かに頷いた。
「ここが正念場です。結弦さんは現在金銭を持ち得てないですが、まだ悪友とやらをとっちめてないので、万が一にでもここ周辺を嗅ぎ付けられたら容赦なく追い払ってください」
「うん、わかってる」
結愛さんは改めて決意を固めるように力強く頷いた。
「……あの……私もついていって……いいのですか……?」
鏡子は弱々しくそんなことを呟いた。
「もちろんです。貴女はもはや我々愛のある我が家の正規メンバー。親交を深めましょう」
鏡子は恥ずかしそうにモジモジする。
「場所はやはり身近にすることにしました。三浦三崎という場所をご存知でしょうか?」
「え、三崎町?」
それならば以前、瑠璃や河川さんと行ったことがある場所だ。神奈川県の東南にある、教育部併設異能力者研究所に近い場所にあるのどかな田舎町だ。……田舎というには栄えている気もするが、まあ、川崎から見たらの話だ。
マグロが有名で、以前は緊張で味がわからなかったから、今度はしっかりと味わいたい。
「そこに宿を予約していますので、一泊二日で帰宅しましょう。神奈川県内ですし、有事の際にはすぐに行動できます」
なるほど。近場に行く理由はそういう意味があったのか。
「煙草は吸えるの?」
瑠奈が何気なく質問した。
当然のように……。
「吸わせません。喫煙所があればそこでのみ許しましょう」
「かったるいな~煙草くらいで世間は騒ぎすぎなんだよ。そんなに害を訴えるなら違法にでもすりゃいいのに」
それは私も思う……けど、いい税収になっているのだろう。
煙草が違法になることはない気がする。
本当に瑠奈は女の子と煙草のことしか頭にないんじゃなかろうか?
「では、明日の土曜日、朝七時に集合して出発しましょう」
「し、七時……」
うう……起きられるか心配だ。休日は普段、ギリギリまで寝ているというのに。
「頑張って起きてくださいね。それでは本日は解散としましょう。明日に備えて早めに就寝してください」
まあ、いざとなれば私にはマイスリーがある。それで早く寝れば翌日起きられるだろう。あれは翌日に眠気を持ち越さない超短時間作用型の睡眠導入剤なのだから。
ーー無駄に睡眠導入剤の知識がついてしまったな?ーー
ユタカ……調べているうちにいろいろ無駄な知識がついちゃったんだよ……。
私が飲んでいるマイスリーの5mgが比較的弱めの薬だということも。
依存性がある薬だということも。現に眠れない日は頼りきりになってしまっている。
一度くらい、ベンゾジアゼピン最強と謳われているサイレースやハルシオンを飲んでみたい気もする。
いったいどれだけ入眠しやすいのか気になるのだ。
帰宅後、夕食を摂り普段通りの生活を送ったあと、私はマイスリーを飲んで布団に潜った。
両親には友人の家に泊まりがけで遊びに行くと伝えたら、父親はすんなりと了承してくれた。母親は疑いの眼差しを私に向けていたけれど、しぶしぶ了承してくれた。これであとは寝るだけだ。
犯罪組織の慰安旅行……いったいなにをするのだろう?
そんなことを考えているうちに、私は深い眠りへと誘われていった。
翌朝、すんなり予定時刻に起きられて、親には前日伝えた通り、友人の家に泊まりに行くと報告し外に出た。
そろそろ朝方も冷える季節だ。上着を着てきたほうがよかったかもしれない。
でも日中は暑いんだよなぁ……。
愛のある我が家に到着すると、すでに八人、みんな揃っていた。
「それでは、電車で三崎口まで向かいましょう。到着したら、本日はそれぞれ行きたい場所に向かって構いませんよ。くれぐれも旅館のチェックインの時刻には集合するように」
沙鳥はスマホで地図を見せてくれた。本日泊まる宿は海辺の近くらしい。
それぞれが準備をして、いざ三浦三崎へ!
なにも問題が起こらないといいなぁ……。
鏡子には私の目を貸して移動をし、電車を乗り継ぎ三崎口へ到着。ぞろぞろとバスに乗ると、目的地は三崎町へとなっていた。
先程から視線を感じる。もう見られることには慣れた。
けど、今回は美少女や美人も混ざった八人組だ。やけに目立つのだろう。
みんなで三浦三崎に到着する。
少し移動して広大な海を眺める。
やっぱり海はいいな~。
元々海を眺めるのが好きだった私は、幼い頃からよく海に連れていってもらっていた。
それが最近はなくなり、わざわざ川崎から海が見える場所に行くこともなくなっていたのだ。さっそく自由時間ということで夕方までバラバラに行動することに……なるはずだったのだが、そこに不審な男性三人組が現れた。
「なにか私たちに用?」
舞香はいつ買ったのか、ビールを飲みながら端から見ればナンパ男のような三人組に声をかける。
「てめーら、愛のある我が家って知ってるか?」
男はこちらを睨み付けながら怒声をあげる。
明らかにこちらが愛のある我が家だと知っていての質問だ。
「ええ、私たちが愛のある我が家で間違いありませんが、あなた方は?」
沙鳥は不思議そうな顔で問い返す。
すると、いきなり男のひとりが沙鳥の胸ぐらを掴んだ。
「俺たちはこの辺りを仕切っている半グレって奴だ。てめーら愛のある我が家なんて組織のせいで活動しにくくてしょうがない。活動するなら川崎市から出てくるんじゃねぇ!」
「それは無理な相談です。私たちは依頼があればどこにだって、47都道府県どこへでも馳せ参じますから」
「この!」
男が耐えきれず沙鳥を殴り飛ばそうとするのを、澄が片手で止めた。
「喧嘩を売るなら相手を選ぶことじゃな。いまここでお主ら全員を肉塊に変えてやってもいいのじゃぞ?」
「っ!?」
澄の手を払いのけ、男は距離を取る。
「いいか、ここらで商売はするんじゃねーぞ! このクソガキども」
と、のこのこ海岸から立ち去っていった。
「まったく、近頃はヤクザも半グレも異能力犯罪組織も質の悪い連中ばかりですね……」
沙鳥はため息を溢したあと、では全員時間まで好きなように行動してくださいと宣言した。昼食は好きな場所で食べてもいいと。
「なにかあったら連絡してくださいね」
舞香と沙鳥、瑠奈と朱音、澄とゆきで別々の方向に向かっていってしまう。私は必然的に鏡子と行動を共にすることにした。
……背後からやけに嫌な視線を感じる。
まさかさっきの奴らが付け狙っているんじゃ……。
ーー豊花の異能力があれば背後から一撃、などとはならないであろう。それより旅行を楽しめ。ーー
「うん……鏡子はどこに行きたい?」
「……わ、私は……海岸沿いを……歩きたいです……」
「じゃあそうしようか」
「……いいんですか……?」
元より寺や神社には興味ないし、お腹もそこまで減っていない。いきなりつれてこられて観光しろと言われて困っていたのもあるし、海岸は私も好きだ。
私は鏡子が倒れないように手を繋ぎ、二人で歩き始めた。
海を眺めながら考えにふける。
先ほどの半グレもそうだが、愛のある我が家を敵対視する組織は予想以上に多いのではないだろうか?
すると……。
「おい」
目の前に、いきなり先ほどの三人組が現れた。
「よくもさっきは舐めた口を聞いてくれたな?」
「強い奴は限られてるって知ってるんだよ。てめーらを人質にさせてもらうぜ」
急に手を掴まれそうになり、咄嗟に手を引いた。
「この野郎。ボスから愛のある我が家にケジメを付けさせろって命令されつづけて三ヶ月、偶然にしろ地元に現れてくれて感謝の言葉もねーぜ」
まずい。私はともかく鏡子を守りながら三人を相手にできるだろうか?
それにここは人通りも多い。万が一刃物でも取り出せば、逆にこっちが不利になるかもしれない。
「おいおいロリコン三人組が下手なナンパしてんじゃねーよ」
え?
振り向くと、そこには宮下がドラゴンと共に戦ったときにいたメンバーの二人がいた。
「なんだ? てめーらも愛のある我が家の手下か?」
「違うよ。俺たちゃ姉御の舎弟だ」
いつこの人たちを舎弟にしたんだ!?
全然記憶にないんだけど?
「どうしてここにいるの?」と訊くと、二人は「たまたま休日に遊びに来ていたら、姉御が見えたから着いてきた」らしいことがわかった。
おいおいおい!
助かったけど、このひとたちもストーカー紛いなことしているじゃないか!
「ふざけてんなら容赦しねーぞ!」
半グレのひとりが仲間(たしかメンバーとかいう暴走族だったはず)の顔面を殴り付けた。
「効かねーな」殴られたメンバーのひとりは血を唾と共に吐き捨てた。「こんなのが半グレだって? 俺たちだけで十分じゃねーか。姉御、下がっていてください」
言われたとおり、私は鏡子を引き連れ背後に下がる。
私はなんとかなっても、鏡子が狙われたら刃物を取り出さざるを得ない。
「おりゃ!」
メンバーのひとりが半グレの腹部を殴る。蹴る。反撃をさせないうちに顔面を殴り飛ばした。あっという間にひとりを片してしまった。
残りの二人とも乱闘になるが、たしかにメンバーも殴られたり蹴られたりしているものの、ダメージは明らかに相手の半グレに入っている。
半グレは満身創痍になり、「てめーらの顔は覚えたからな! せいぜい夜道に気を付けるこった!」と逃げ去っていった。
「すんません、余計な真似をしてしまって。あいつらなんて、姉御の手にかかれば一発なのに、マジで余計な真似してすんません」
と謝られてしまった。
「いや、手を出すのはなるべく避けたかったし、この子を巻き込むわけには行かなかったから助かりました。ありがとうございます」
と、私も礼を述べた。
というか、ドラゴンやメンバーの人員に共通して、私のことは姉御と呼ぶようになっているのだろうか。
なんだか複雑な気持ちだ。
ふと、なにかお礼ができないかと考え、鏡子に二人に触れるように指示した。
「? 握手でもするの?」
「いいぜ、この子かわいいし。いや、姉御のほうがもちろん美少女っすよ!」
なんて不要な付けたしまでしてくる。
羨望と畏怖の混じった所作はいい加減どうにかしてほしい。
沙鳥は索敵能力が不足していると言っていた。そしてこの二人に触れることで、多少なりとも索敵の幅が増えるはずだ。
それだけじゃない。
もしもこのふたりが先ほどの半グレからの逆襲に遭った際も、素早く行動できるようになる。居場所が判明できるだけで助け出すのは容易になるのだ。
だいたいメンバーもドラゴンも仲良くなったらしいし、このふたつの組織になにかあったときに助けに行きやすくなる。
せめてもの恩返しと、ドラゴンをぼこぼこにしてしまった罪滅ぼしのつもりでもある。
鏡子の謎な行為に疑問を抱く二人のメンバーを帰らせ、仕切り直しに鏡子と共に海を周り、ときには砂浜に出て遊んだ。
「私……盲目だから……一生こんな体験できないと思ってた……夢が叶いました……ずっと海が見てみたかったんです……きょうは、本当にありがとうございました」
と礼を言われてしまった。
海に来ることを決めたのは私ではないけど、それは然したる問題でもないか。
「いつか、もっと綺麗な海に連れていってあげるよ」
「!? ……本当ですか? ……ありがとう……ございます……」
そんなこんなで海辺で遊んでいると、いつの間にか宿に戻らなければいけない時間になっていた。
「ちょっとごめん、急ぐよ」
「え……あ、はい……」
結局、昼食はなにもとれなかったな……と思いつつも、沙鳥たちがいる旅館に到着した。既にチェックイン済みだということで部屋に案内されると、そこにはだらしない人々の光景が広がっていた。
私と鏡子の夕食が運ばれてくる。マグロには油が乗っており、野菜も新鮮なようできれいに並べてある。天ぷらも美味しそうだ。季節の刺身も早く食べたくなる。
……そんな料理から離れた横で、沙鳥と舞香はお酒を飲んだのか、顔を真っ赤にしながら抱き合っている。まるで普段の朱音と瑠奈みたいだ。
澄とゆきは見かけない。どこかへ出掛けているのだろうか?
瑠奈は煙草が吸えない腹いせか、目一杯ご飯を平らげている。
朱音はその隣で、気分悪そうにお酒を飲んでいる。アルコールに弱いのだろうか?
そこに混じり、私と鏡子もごはんを食べることにした。
……ーー美味い!
マグロにはやはり油が乗っていて、口に入れた瞬間蕩けていく。ワサビのピリッとした辛みもなくなるくらいマグロ一色に口内が彩られる。それに白米が合うこと合うこと。
野菜も新鮮でしゃきしゃきしていて素材の旨さが活かされており、天ぷらも具材の味を大切にしており、衣と海老のハーモニーが素晴らしい。小鍋も熱々のまま頂けて大満足な夕食になった。
こんな美味しいものが食べられるなら、毎日慰安旅行でもいいくらいだ。
そんななか血まみれの和服を着た澄とゆきがベランダから飛んで入ってきた。
「厄介な異能力者は粗方処分しといたぞ」
……せっかくの絶品料理が台無しになるところだった。
「ありがとうございます、慰安旅行の最中までお仕事を押し付けてしまい」
「構わん。元よりわしは普段から仕事という仕事をしていないからな」
ゆきは食べかけの夕食に手をつけた。
食べている最中に起きた出来事だったのだろうか?
そのとき、鏡子が顔を真っ青にして私の目を見た。
「ど、どうしたの?」
「……さっき……助けてくれた……メンバー? の人たちが……悪い人たちに捕まって、殴られたり蹴られたり痛め付けられてる……」
「!?」
鏡子が先ほど触れたメンバーの面々が、地元のヤンキーいや半グレに、今度は逆にイチャモン付けられて殴られていると、そう鏡子は口にした。
たまたま目線を借りて様子を見ていたのだろう。鏡子も鏡子であのふたりが心配だったらしい。
ど、どうしよう?
助けにいかなきゃいけない!
「メンバー……ヒック……心中を読めばわかります。助けに行きたいのでしょう?」
沙鳥はすべてを見透かしたかのように、私に問いかける。
「うん……さっき、私たちを助けてくれたんだ。そのとき念のために鏡子に触れさせたんだけど、まさかこんなに早く報復が来るだなんて……」
どうする?
場所は鏡子に訊くとして、ひとりで行ってもいいものか……。
「今の私と舞香さんは酔ってヒック……いて使い物になりません。澄さんやゆきさんまで行かせる必要はないでしょう。さっきから飯ばかりかっ食らってる瑠奈さんを付き添わせますので、空と鏡子さんからメンバーの囚われている位置を特定し、救護に向かってください」
ーーせっかく増やした目を減らしたくはありませんからね。と、最後に沙鳥は付け足した。
(127.)
話が早い。鏡子を引き連れ、瑠奈の飛行能力を使い現場を探す。半グレに連れられて入った倉庫らしき場所を鏡子が発見。
瑠奈は地上に舞い降り、それらしき倉庫の扉を……ダメだ。中から鍵が掛かっている!
瑠奈は風刃を用い、風の刃で倉庫のシャッターを真っぷたつに切り飛ばした
そこには、十人の半グレらしき野郎と、ぼろぼろに成り果てたメンバー二人とドラゴンが三名いた。
おそらく仲良く旅行に来ていたのだろう。
「姉御……! す、すんません、姉御……五対十じゃ勝ち目なくて……この様です……みっともない姿を見せちまってガチですんません」
メンバーのひとりーー私たちを助けてくれたひとりは、悔しそうな表情で、途切れ途切れにそう口にした。
きみらも倍の人数でメンバーに挑んでたよね?
ーーなんて口が避けても言えない。
いや、言わない。私の中は怒りで燃えたぎっていた。
「おいおい可愛い子ちゃん三人も呼んで許しでも乞うつもりか?」
「まあ三人とも上玉だ。好きにさせてくれるってんなら許してやってもいいぜ?」
女の子三人だけ……ということに油断したのか、半グレのひとりは瑠奈の肩を掴んだ。と思った瞬間、男はバランスを崩し地面に思い切り叩きつけられた。まるで、上空から空気の圧に押し潰されたかのように。
この人らは、倉庫のシャッターが真っぷたつになった現場を見ていないのだろうか?
「あー汚ない汚ない。ばっちいばっちい。雄の分際でわたしに触れるなよきたねーな」
煙草が吸えないイライラからか、普段より瑠奈はキレている気がする。
「ふざけんじゃねぇ!」
と二人がかりで瑠奈に挑みかかるが、今度は風を操る瑠奈の力で、倉庫外に吹き飛ばされ見えない彼方まで飛んでいってしまった。
「瑠奈……私も怒っているんだ。私にもやらせてくれない?」
悪い奴ら……メンバーやドラゴンなんかの不良も、よくよく付き合えば根は優しい奴が多い。それは実際に私も実感した。
でも、こいつらはクズだ。
勝ち負けが決しても拷問を続けるような、愛のある我が家に挑むとか妄言を垂れ流しておきながら、愛のある我が家と関係ない私の友人になれるであろう人たちを傷つけた、どうしようもないゴミクズだ!
容赦はしない。
瑠奈に懲りたのか、残りのうちの三人は私に向かってくる。
ひとりは鉄パイプ、ひとりはスタンロッドを握っている。
私はそれを避ける。鉄パイプを握る手を逆方向に捻り、股間を全力で蹴りあげた。鉄パイプが地面に落ちる。カランカランと音が鳴る。
スタンロッドの突きが来るが、屈んで鉄パイプを拾う動作で避けた。相手の手元に思い切り鉄パイプを叩きつけ、そのままの勢いで回転し、頭部を思い切り殴り飛ばした。
追い討ちとばかりに蹴り飛ばし、なにも武器を持っていない男に駆け寄る。舞香直伝のニーキックをかました。
普段から舞香に時々指導を受けているから、武器を用いない戦い方も心得ている。そのまま真上から真下に鉄パイプを降り下ろした。
私は残りの四人の男に近寄り、ナイフをスカートから取り出し順手で構え、威嚇する。
「ど、どうしやす?」
「ばか! とりあえず逃げるぞ!」
男たちはそれに対して畏怖を覚えたのか、先ほどの圧倒的な戦力に恐れをなしたのか、全員揃って逃げ出していった。
わざわざ逃げる男に見向きもせず、ロープで椅子に縛られているメンバーとドラゴンをほどいた。
「ひどい怪我……救急車呼びますか?」
「いや、大丈夫っす、姉御……」
見た目よりは軽症そうでひと安心した。
「鏡子、ありがとう。鏡子がいなくちゃ助けられなかったかもしれない。鏡子のおかげだよ」
「……私のおかげ……お礼を言われたのなんて……はじめてです……」
どんな酷い生活を送ってきたのかがわかるような、それほど酷い回答だった。なんて痛ましい……。
「ねぇねぇわたしは?」
「はいはい。瑠奈のおかげでもありますよ」
瑠奈には適当に返事する。事あるごとに自分の手柄にしたがるからだ。
「姉御……そういや俺たち、姉御の名前を知らねぇ。教えてくれちゃくれやせんか?」
「え、豊花。杉井豊花だけど」
「豊花の姉御! やっぱり俺たちゃ全員、あんたについていく! 今回でわかった! あんたは俺たちのヒーローだ!」
ヒーローと言われ、内心複雑な感情が芽生える。
ーーこのひとたちは知らない。
私が裏で、どんな悪どい商売をしているのかということを……。
どちらにせよ、まえ以上に暴走族からベッタリされるようになってしまった。
以前は敵対していたが、今回助けたことにより、よりヒーローに見えるようになってしまったのだろう。
「うーん、まあ、こっちからもなにか助けが必要になれば連絡するし、助けが必要になったら連絡してくれれば、行けるなら助けに行くから。それでいい?」
さすがに暴走族の先頭に立って暴走行為なんてことしたくはない。
「わかりやした!」
「あ、あと鏡子。さっき触らなかった人たちにも一応触れておいて」
鏡子は言われたとおり、メンバーではなくドラゴンのからだを一人一人触れた。
「それじゃ、またいつか」
「約束ですよ! 姉御、待ってますからねー!」
メンバーとドラゴンが見えなくなった位置で、瑠奈に頼んで空を飛んだ。
なんとか交わして宿に戻ったのであった。
宿の外に喫煙所があるのを発見した瑠奈は、猛獣かのような瞳でそこに駆け込み煙草を取り出し吸い始めた。
ふぅーと心地よさげに一服している。
あんな不味いもの、どうして瑠奈はおいしく感じるんだろう?
「一本どう?」と勧められるが、金輪際煙草など吸いたくない私は「二度と吸わない」と速決で断った。
鏡子にまで手渡すものだから、私はそれを奪い取り瑠奈に叩き返した。
「あの人たちはさ……」
あのひとたち?
ああ、暴走族の……。
「豊花がなにをしているのか、知らないんだよね……?」
「……」
罪悪感に蝕まれる。
なにがヒーローだ。
裏では犯罪行為に身を浸している極悪人と称されてもおかしくない事に荷担しているのに……。
このままで本当にいいのか?
その考えは日に日に強まっていく。
宮下やドラゴン、メンバーは知らない。瑠衣だって私がどれほど悪いことをしているのか正直理解していないだろう。
いくら人助けをしたって、被害者を出す仕事をしていることに代わりはないのだ。
善と悪の境界で揺れ動く。
そういえば、愛のある我が家で注射器の運搬がなくなったから別の仕事に変えようという話が挙がっていたはずだ。
それなら……せめて、悪人だと断じることができる奴を懲らしめる仕事をしたい。
澄みたく強い相手は無理だけど、異能力犯罪死刑執行代理人みたく悪いことをした異能力者をとっちめるような仕事をしたい……それが私に似合っている気がした。
そうと決まれば交渉だ!
私は鏡子を引き連れ、急いで宿の自室へと向かった。
そこには、酒で酔っぱらいべろんべろんの舞香と沙鳥がいた。もはやなにを話しているのかもわからないレベルで、二人でなにかを交信している。
血塗れの澄は着替えることなくそのまま鎮座しており、血の入ったドリンクをゆきに渡して、ゆきはそれをゴクゴク飲んでいた。
朱音は酒に弱かったのかテーブルに突っ伏して動いていない。
……なんて惨状だ。
こんな状況じゃ交渉もなにもあったもんじゃない。
翌日、愛のある我が家に帰宅後、みんなが正常になったところで交渉しよう。
舞香と沙鳥がイチャイチャしている横に布団を敷き、私はそうそうにまぶたを閉じた。
……舞香たちの宇宙語のような会話のせいでなかなか寝付けない!
私は念のために持ってきておいたマイスリーを飲み下し、布団に潜り込んだ。
楽しくて、トラブルもあって、散々な目にまで遭った、この慰安旅行。私が初めて愛のある我が家に入ってからの慰安旅行は、こうして終わりを告げたのだった。




