Episode88/日常?(3)
(124.)
結愛が愛のある我が家で暮らすようになってからよく翌日、私は普段通り通学路を歩いていた。
歩いていると、普段よりもやたらと視線が集まっている気がした。
周囲を見渡すと、そこには厳つい顔をしたヤンキーがまばらにこちらを見ているではないか。
このまえの復讐か!?
いや、それ以外に考えられない!
私は恐る恐る道を歩こうとすると、目の前にリーダー格らしき不良が手下四人を連れてぞろぞろと現れた。
私は咄嗟に護衛用のナイフをスカートから取り出す。
ん? この顔つきどこかで見たような……ああ!
倒したヤンキーの集団だ!
よく見ると頭に包帯を巻いたりしている。
「あ、あの、なんか用ですか?」
緊張しながら問いかける。
「俺らドラゴンはあんたらの傘下にくだりたい! 姉御! どうか俺たちを仲間に入れてください!」
「ください!」「ください!」
ヤンキーがまとめて頭を下げてきた。
あ、姉御~?
どう見たってこのひとたちのほうが年上だろうに。
「あなたの強さに惚れ、あなたの優美さに惚れ、俺たち、あんたについていくことにしました!」
「い、いきなりそんなこと言われても……」
困る以外のなにものでもない。
「いやいやいややっぱり無理」と断るが、相手は真剣な眼差しでこちらを見つめている。
私はため息をつく。
「わかったから、用があるとき以外に姿を見せないでほしい。用ができたら呼ぶから」
そう伝えて、リーダーらしき男と連絡先を交換した。
「それじゃ、待ってますから!」「すから!」
ヤンキーはぞろぞろとこの場を離れていった。
わざわざ私の為に待っていたのだろうか?
「さっきの人たち、誰?」
トントン、と背中を叩かれる。振り返ると、そこには瑠衣と瑠璃が並んでいた。
「ええと……」
なんだか正直に答えたらややこしいことになりそうな気がする。
とはいっても、他人、知らないひと、などという言い訳はもはや通じないだろう。
「知り合い……まあ、友達のような人たち」
迷った末、そう答えた。
「友達にしては人相悪そうな奴らばかりだった気がするんだけど、本当に友達? 愛のある我が家関係じゃなくて?」
「いや、それは本当に違う」
ドラゴンの存在と愛のある我が家に直接的な繋がりはない。こればかりは多分、保証できる。
問題は、敵対するチームである宮下にバレたときどう説明するかだ。敵側のドラゴンと仲良くしていたら、なにを言われるかわかったもんじゃない。
「豊花、豊花」
ツンツンと瑠衣が身体をつついてくる。
「なに?」
「呼んでみた、だけ」
何回目なんだよ、このやりとり?
瑠衣は私になにをしてほしいわけ?
なんやかんや雑談しながら校内に入る。
と、なにやらやけに視線を感じる。
いや、まえにもちょくちょく視線は感じられていたが、きょうは普段よりも見られている気がしてならない。
かわいいと見られているだけなら慣れたが、それに混じって、畏怖に対する目線、羨望の眼差し、敬意を表す瞳まで向けられてしまっている。
なんだなんだ?
私がなにをしたっていうんだ?
「よ! おはよう。豊花ちゃん、瑠衣ちゃん、瑠璃ちゃん」
背中から宮下が声をかけてきた。
「おはよう宮下……私の気のせいならいいんだけどさ、日に日に周りが私を見る目が増えていっている気がするんだけど……」
「そりゃそうさ。だって、たったひとりで暴走族のドラゴンを壊滅させたって噂が広まっていっているんだからさ」
な、ななななんですとー!?
「はあ!? 豊花、あんたまた危ないことに首突っ込んだわけ!?」
瑠璃にまでは噂が浸透していなかったのか、驚愕と怒りを露にする。
「まあ待てよ瑠璃ちゃん。豊花ちゃんは頼まれて仕方なくついてきてくれたんだよ。そしたらまあびっくり。たったひとりで敵対チームのドラゴンを千切っては投げ千切っては投げ……全滅させちまったんだからな」
「そんなの嘘よ! 豊花にそんなちからがあるわけない!」
「一緒にいた俺が保証する。まあ、豊花ちゃんのおかげでドラゴンとメンバーに訂正協定が結ばれて協力関係になれたんだから、豊花ちゃんには感謝しないとな」
瑠璃は信じられないといった瞳で私の顔を見上げる。
私自身信じられないのだ。あのときは思考が狂っていたから記憶も曖昧だ。
「豊花、すごい」
ただひとり、瑠衣だけは純粋に誉めてくれたのであった。
宮下と共に教室に行くと、私がひとりで暴走族を倒してしまった話が蔓延していた。
どうなっているんだ。まるで都市伝説が噂に変わり、噂が事実だと判明したかのように大騒ぎになっている気さえする。
「まさか豊花ちゃんがあんな武者、いや武者以上に強いとは思わなかったぜ。背後からの鉄パイプもすんなりかわして反撃して、相手の攻撃すべて避けてたじゃんか? 後ろに目でもついてんのか?」
宮下の発言にクラスメートがひとり、またひとりと集まってくる。
「あのときの豊花ちゃんすごかったらしいな!」と興奮ぎみの生徒。
「私にも護身術を教えて!」とすがり付いてくる女子生徒。
忘れてほしいのにも関わらず、クラスメート内ですら、既にここまで広がっていることに愕然とする。
「これからはおまえがこの学校の番長だな!」
などと冗談まで言われてしまう始末。番長だなんて冗談じゃない。
女の子が番長の学校なんて何処にあるっていうんだ。だいたい番長て……前時代にも程がある。
ようやく授業開始の予鈴が鳴り、皆それぞれ口惜しそうに自身の席に戻っていった。
こりゃ、早めに昼食は瑠衣の教室に行ったほうがいいな……。
ようやく昼飯の時間がはじまり、質問責めに合うまえに私は急いで弁当を抱き抱えて教室から飛び出した。
さすがに全員が全員知っているわけではないらしく、教室に比べれば穏やかに廊下を歩けた。
「失礼します」
と普段どおりに声をかけ、瑠衣と瑠璃の待つ席へと座った。
「散々だったみたいね?」
私の顔色を見て察したのか、瑠璃は慰めの言葉をかけてくる。
「うん……しばらくはあの話題で持ちきりそうになりそうだよ……」
ガックリしながら弁当を空ける。
すると、教室の隅からコソコソ話が聴こえてきた。
「うわ……異能力者同士でご飯食べてるよ……」
「ねぇ、知ってる? 葉月って中学生の頃、担任やクラスメートを異能力者でいたぶったらしいよ?」
「知ってる知ってる。酷いよね……もうひとりの先輩いるじゃん? あの異能力者の」
「うん」
「あいつも異能力で何十人もぼこぼこにしたらしいよ」
「マジで!? どうして退学にならないんだろう。異能力者なんて殺処分でいいのに、マジでなに考えてるんだろこの学校」
……話に尾ひれがついている。
いやな陰口を聞いてしまった。食欲が失せるじゃないか。
瑠衣はいじめっ子を対象にしただけだし、いじめなければそんな惨状も起きなかったというのに。
私だって、誘われなければ行かなかったし、相手だってこちらを傷つけようとしてくる連中だった。
なのに、どうして瑠衣や私ばかり責められなければいけないんだ。
「豊花、ストップ」思わず席を立とうとする私を瑠璃は止めた。「表面上ばかり見ているバカをわざわざ豊花が相手にする必要はないでしょ? いま豊花が行ったら、やっぱり異能力者って奴は……って話になるじゃない」
「でも、聞き捨てならないよ」
「豊花のクラスメートと比較してみたら? みんな豊花に好意は持ちつつも陰口なんて叩かれなかったでしょ?」
「……」
でも、こっちまで聴こえるくらいの声量で陰口を叩くせいで、瑠衣まで落ち込んでしまっている。
それがなにより許せなかった。
と……。
ドンッ! と強く机を叩いて、瑠璃は陰口を話していた二人に歩み寄っていった。
「言いたいことがあるならハッキリ言えば? それとも直接言う度胸もないの? 陰口を叩くなとは言ってない。ただ、こっちに聴こえるくらい大きな声で喋るなって言いたいの? わかる?」
「うっ……」
「わかったわよ……妹の悪口言われたからってむきになっちゃって……」
「まだわからないの?」
瑠璃は今まで誰にも見せたことのない眼孔で二人を睨み付ける。
「わかった……もう言わないからあっち行って」
「わかればいいのよ、わかれば」
さすがに分が悪いと感じたのか、陰口二人組はそそくさと教室から出ていった。
「ふぅ、ようやく昼食が摂れるわね」
「……ありがとう、姉さん」
瑠衣は柄にもなく瑠璃に感謝を告げた。
「ーー珍しいわね、瑠衣からお礼を言われるなんて。ささ、暗い話は忘れてごはんにしましょ」
三人仲良くモグモグ食べる。
ふと、伝えておいたほうがいいことを思い出した。
「あのさ、あらかた問題は解決したから、これからは警戒する必要はなくなると思う」
「え? まだなにか問題でも起きていたの?」
私は異能力の世界なる組織が異能力犯罪死刑執行代理人や異能力者保護団体を潰し異能力者だけが有利な世界をつくる為に活動していたことを端的に話した。
ただ、相手のメンバーは全員処分し、異能力者保護団体への危機は去ったことを伝えた。
「愛のある我が家もたまにはいいことするのね。ま、嫌いだけど」
「あっ」
話の最中、瑠衣がミートボールを床に落っことした。
ん?
なんか嫌な予感がする。
まえにも似たようなことがあったような……。
「はい、あーん」
やっぱりー!
瑠衣は私に向けて、落ちたミートボールをフォークで刺して私の口元に近づけた。
「それ床に落ちたやつだよね!?」
「三秒ルール」
「三秒過ぎてるから!」
瑠衣と必死の攻防を繰り広げる。
瑠璃は、ただそれを笑って眺めているだけだった。
……覚悟を決めた。
私はそれを口に頬張った。
これには瑠衣も瑠璃も予想だにしなかったのか、驚いた表情を浮かべる。
「こちとら命のやり取りをしているんだ。今さら埃ぐらい気にしないよ」
「変わったね……豊花」
瑠璃は嬉しそうな、悲しそうな、なんとも捉えられる表情を浮かべた。
「やった。豊花と、間接キス」
それとは裏腹に、すぐにそのフォークで新たなミートボールを食べながら瑠衣は、明るくそう言い放つのであった。




