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Episode86╱異能力者?(2)

(122.)

 なぜか私は護衛という名目で、鏡子から一番近い位置に陣取られていた。

 室内には澄も沙鳥も舞香もありすもいるというのに……。


 結愛は早速覚醒剤依存症回復プログラムに取り組むといい結弦の元に帰ってしまったらしい。ゆきは……四階でお食事中だ。


 瑠奈は煙草が切れたからと一階のコンビニまで調達中だ。

 あの年齢からヤニギレって、瑠奈がどのような大人になるのかが気になって仕方ない。いや、あれでもアラサー。25~34歳なのは自他共に認めているけど、私からしたら中学生にしか見えない。よくて子どもっぽい高校生だ。


 私と鏡子と並んで歩けば、皆一様に同年代の友人同士に周りからは見えるだろう。背が低い・童顔なだけなら世の中に沢山いるが、いくら童顔でもその年齢になればシワがあったりどこかしら大人と言われたら納得できる部分があるはず。それがまるでない。あれで化粧もしていないというのだから驚きだ。


「豊花さん、なにを考えているのか筒抜けですが、もうあれを大人と認識するのはやめておいたほうが都合が良いです。私より年上なのに中身は子どもそのもの。いくらかわいいからといって、中身は同性愛の肉欲主義者。隙を見せれば今度は豊花さんが被害に遭いますよ? 駄々をこねるガキとでも考えてください」

「あ……はい……」

「それより、どうですか鏡子さん」


 鏡子は盲目の瞳に両手を宛がうとしばらくそのまま動いていない。


「どこかへ向かっていま……! ……この建物に向かっています……!」


 一気に全員に緊張感が走る。

 味方を皆殺しにした時点で愛のある我が家を敵認定するのは仕方ない。

 だがしかし、たったひとりで本部に乗り込もうとするのは無謀ではないか?


「澄さんは一階のコンビニ周辺で待機、先ほど述べた風水氷河の特徴に合う人物がいたら話しかけてください。愛のある我が家のリーダーだけどなにか用かと」


 リーダーは沙鳥の筈だが、澄をリーダーとして扱うようにし、恨みを澄に集める。そこで反撃してきた相手を一気に叩き潰す作戦だ。


「……コンビニの周囲をぐるりと回って……入り口を探しています……」

「澄さん、頼みます」

「ふむ、さっさと終わらせるとするかのう」


 澄は玄関から出るのではなく、マンションのベランダから一気に地上に飛び降りた。

 私は鏡子から離れ、ベランダの下を覗く。

 そこには、ちょうどロン毛の成人男性が歩いている最中だった。

 二階のベランダから下に聞き耳を立てる。


「てめーも愛のある我が家の一員か?」


 風水氷河は苛立たしげに問いかける。


「左様。いや、リーダーといえばわかりやすかったかのう」

「なるほどなるほど。なら、テメーを倒せば仲間の恨みを晴らせるってことだな? 裏切り者への制裁もしなくちゃならねーんだ。時間が足りねぇ」


 鏡子がビクッと反応する。舞香はここにいれば大丈夫だからと背中を擦る。

 風水氷河と澄の言い合いがはじまる。

 そのとき、ちょうど瑠奈が室内に戻ってきた。


「どうしてあのコンビニ、ロンピが売ってないのさ。代わりのピースアロマロイヤルしかなかったじゃんか。値段高いしヤニは少ないし……」


 こんな緊張感ある場面なのに、ぶつくさコンビニに対して愚痴を言っている。

 なんてノンビリしたやつなんだ。


「瑠奈さんの頭には煙草と女しかないのですか? もはや舞香さんと同じように依存症になっているのではないでしょうか。いっそ、禁煙外来にでも行けばいいのに」

「煙草は合法。覚醒剤は違法じゃん。ぶつぶつうるさいんだよみんなさぁ」


 室内にも関わらず煙草に火を点ける瑠奈を見て、沙鳥はベランダから離れ瑠奈の煙草を引ったくった。


「いい加減にしないと容赦しませんよ? ルールぐらい守ってください。煙草を吸うならせめて外に出てください。特例で許しますから。ベランダでも通路でも構いません。ですが、室内で喫煙するのだけは一歩も譲らず許しません。私たち全員がその煙で被害に遭うんですよ? 理解できていますか? お酒も覚醒剤も本人が被害に遭うかもしれませんが、煙草は周りにも危害を加えると理解できていないのですか?」


 ひくひく眉を動かしながら、沙鳥は瑠奈を結構真剣な表情で睨む。いまにでも説教がはじまってしまいそうだ。

 路上の出来事よりも、瑠奈と沙鳥の煙草論争に気が向いてしまって集中できない。


「わかったよ……ベランダで吸えばいいんでしょ、ベランダで吸えば。煙草ぐらいでぶつくさぶつくさうるさいもんなぁまったく」


 ベランダに出てきて私の隣に並ぶと、瑠奈は煙草を口に咥えた。そのまま澄たちを見学する。


「ねぇ豊花ちゃん」

「……なに?」


 一触即発の現場を真面目に観察しているというのに、瑠奈は呆れるぐらい無関係の話題を持ち出した。


「豊花ちゃん……豊花も沙鳥ってうるさいと思わない? 煙草一本であれだよ。自分で覚醒剤を売り捌いているくせに、お酒だって飲むくせに、なにが副流煙なのやら。お酒だって吐けば周りの迷惑だし、覚醒剤なんて違法じゃん。なんで煙草だけ悪者かのようにしちゃってるのさ。意味わからなくない? 豊花ちゃん的にはどう思う?」

「ええっと……」


 今それを訊くのか……こっちは両者立ち止まり相手の動きを見定めている二人に意識を集中したいのに。


「喫煙所とかで吸うならいいと思うよ? ただ、ほら、リーダーの沙鳥が言っているんだし……」


「豊花もそっち側なんだ……はぁ、喫煙者の肩身が狭くて仕方ないったらありゃしないじゃん」


 ぷかーと煙を吐き出す。

 うっ、煙がこっちにまで……ゲホゲホッ!


「自分が飲めるお酒はOKで自分は吸わない煙草はNGとか、自己中そのものだとは思わない?」

「わかったから……あまりこっち向いたまま煙吐き出さないで……」


 と言った瞬間、風水氷河がまずは仕掛けた。

 いきなり全速力で真正面から澄にナイフを向けたまま走り出したのだ。

 澄はそれを避けると同時に、真後ろから見えない相手に殴られる。

 だが、澄は飄々とした表情のまま、今度はなにもない真後ろへ蹴りを放つ。

 目の前にいた風水氷河が消えたと思ったら、澄が蹴り抜いた位置に現れた。


「……まあ、流石はリーダーとは誉めておこう。情報は筒抜けですかそうですか……鏡子め……洗いざらい話しやがったな」


 再び鏡子がビクッと反応した。そのたんびに舞香がもう大丈夫だからと鏡子を宥める。


「五感すべてを奪い取ったらどうなるか、おまえで試してやるよ」

「いいや、その必要はないな。たしかにお主は強いが、上には上がいることを胸に刻んでおけーー血界」


 瞬間、辺りの風景が真っ赤に染まる。建物の外壁も、地面も、草花も、植木もすべてが朱色に変色した。空も夕方より赤赤としていた。


「こんな錯覚がどうした? おまえの感覚すべてを狂わせてやる!」

「残念じゃが……」澄はふっと姿を消したかとおもえば、いつの間にか風水氷河の真後ろに現れていた。「この世界では、残念じゃがお主は無力だ」

「……なぜ倒れない? どうして聞こえている? なんで普通に立って歩けているんだ! それに正確な俺の居場所のほうに飛んできやがって……テメー何者だよ?」


 たしかに、風水氷河の情報以上に進化していれば、相手の姿は見えないわ立って歩くことすら困難になるわ、まわりの雑音すら聴こえなくなっていなくてはおかしい。

 それなのに、澄は普段どおりの表情のまま、風水氷河をただただ見つめている。


「この血界にはな、選んだ対象の異能力を無効にすることができる能力じゃ。まあ、それ以外にも様々な能力はあるがの。わしはお主ら異能力者とは違う。例えスナイパーライフルで唐突に狙撃されようとも、わしには無意味じゃ」


 ようやく恐怖が伝わったのか、風水氷河はじわじわと距離を取ろうとする。


「さて、一瞬であの世に送ってほしいのか、徐々に死んでいきたいのか、特別に選ばせてやろう」

「ふ、ふざけるな……! テメーを殺す以外に選択肢はない!」


 風水氷河は狂ったようにナイフを振りかざした。そのまま澄に向かって振り下ろしたが、刃がパキンッと折れてしまった。

「な!?」

「じゃから言ったろうに。仕方ない、痛みなく一寸の刻で終いにしよう」


 澄は風水氷河を見つつ、『血壊』と口にした。

 寸刻、辺りの赤赤が一気に風水氷河に集まっていく。次第に風水氷河はからだが膨らんでいき、やがて膨張、最後に炸裂した。辺りに赤黒い粉塵が舞い飛ぶ。


 この粉々になる結末ーールーナのときとまったく同じだ。

 鏡子は視点がなくなったことにより私の瞳から情報を得ていたのか、気持ち悪そうに口許を押さえている。今にも吐きそうなほど顔色が悪い。


「鏡子さん、ああなりたくなければ心変わりして裏切るなどという真似はしないことです」

「はい……ううっ……」


 顔面蒼白の鏡子に対して、私はなにかできないかと考え冷蔵庫から水を取り出し鏡子に渡した。

 鏡子はすぐにそれを飲み始める。

 無理もない。私だってはじめてあれを見たとき、最悪の気持ち悪さを体験しているからだ。


 風に乗って、粉末は辺りに飛び散っていく。

 これでは誰の死体かわからないだけではすまない。そもそも人間、いや生物由来の粉なのかすらわからないほど粉々にされてしまった。


「澄が裏切ったらわたしたち一瞬で全滅だね」


 瑠奈は煙草の煙を吐きながら不吉な言葉を呟く。

 そんな末恐ろしいことぼやかないでほしい。


「鏡子さん、異能力の未来に所属していた残りのメンバーは、風水氷河ただひとりだけですよね?」

「……はい……私の知る限り……これで全員です……私の知る範囲……ですが……」

「ありがとうございます。では、普段の仕事に戻りましょうか」


 空は既に青空へと塗り代わり、外壁なども戻っている。

 何事もなかったかのように澄も室内に帰り、こうしてひとつめの騒動は収まったのであった。


 今ある他の問題は、ただひとつ、小さな問題。


 結愛の大切なひとーーたったひとりのマスターとも呼べるひとが覚醒剤に依存してしまい、性格が豹変してしまったこと。

 これに関しては、なるべくなら結弦と結愛の間で完結してほしい。ほしいのだが……。


 私の勘は告げている。

 そう易々とは終わらせてくれない、と……。

 

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