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Episode84/児戯にも等しい

(119.)

 翌朝、九時前に愛のある我が家に到着すると、室内には大勢が集まっていた。

 沙鳥を始め、舞香、怪我したはずが治っているありす、瑠奈ーーではなくてルーナエアウラさんまでいる。赤羽さんはソファーに座っており、怒り心頭な様子で足踏みしている。舞香もだ。


「さて、豊花さんも来たことですし、行動を開始します。ルーナエアウラさんは居場所を見渡せる位置から合図したら相手だけ正確にいぬいてください」

「わかった。まさかまたこっちの世界に来るとはさ……アウラに伝えておいてよ? わたしはもうあなたを狙っていないから、代わりに恥のない生活をしてくれってさ……」


 ルーナエアウラさんは私をチラリと見ただけで部屋か出ていった。

 というか、ギリギリセーフな時間帯だったからまた説明を聞けなかった。


「刀子さんとは別の場所からになります。刀子さんは予備ですが、スナイパーの役割を果たしてもらいます。舞香さんは車を運転して私と豊花さんを現場まで運搬。ありすさんは舞香さんの付き添いをお願いします」


 二人が頷くのを見て、私はとりあえず合わせて頷いた。

 もう作戦実行ギリギリじゃないか……。


「舞香さんたちは保険です。では赤羽さん、留守番をお願いしますよ?」

「ああ……わりぃな。俺が戦えなくて」


 悔しそうに赤羽さんは歯ぎしりする。


「大海さんの報復は、訊いた情報によれば刀子さんが果たしました。聞いている情報が相手と被ります。報復は済んだものと考えて冷静に」

「私のオヤジでもあるんだけどね……相手の仲間皆殺しにしないと気が済まないわ」


 舞香は怒りを込めた口調で力強く言う。


「舞香さんの怒りももっともです。ですからこれから相手を叩きに行くのでしょう?」

「……まあ、そうね。直接殺せないのがムカつくだけだわ」

「では、行きましょうか」


 ぞろぞろ玄関へと向かう。


「豊花さんには昨日指示しましたよね? そのとおりに行動してください」

「うん……」

「……」


 沙鳥はジーっとこちらを見てくる。

 ウッ、あまり聴いていなかったと言い出しにくい雰囲気。


「はぁ……車内で説明します。ユタカさんにはいくら訊いたのですか? 脳裏に浮かべてください。あなたの解釈が間違いなければいいのですが」


 バレてーら。


「とりあえず車内に乗り込みましょう」







(120.)

 沙鳥の説明内容はユタカに訊いた範囲で間違いなかった。


 ただし、合図を出して相手のリーダーを無力化してからの反撃に抵抗するまではフレンドリーファイアされる可能性があるから、相手に無用に近寄るな、という事だった。


 私はあくまで相手に仲間が着いてきていたらの保険でしかない。しかし現場に来るため、危険性があるのは確かなようだ。


 敵のリーダーの名前は小野寺さつき、仲間の名前と異能力は主力はだいたい聞き出せたが、相手に会わないと嘘か真かわからないため、可能なかぎり会話で引き出す。

 危ない行為だが、沙鳥が前線に出る理由はそこにある。


 そして保険はいくらでも重ねているという。あの室内よりまえに現場を一望できる位置に陣取っている仲間もいるため、もしも被害を負う可能性があったら“心臓以外の位置で受けること”と強調された。

 まるで心臓を穿たれなければ亡くならないかのような発言。いくら煌季さんを呼んでいるからといって、それまでに死んでしまえば意味がないじゃないか。なのに、それを踏まえたうえで顔面でも腕でも構わないから心臓だけは守りとおせの一点張り。なにかあるのだろうか?



 公園付近で車から降りる。


 この近辺、なぜだかやけに静かに感じられた。

 こんなに静かなのはなぜだろう?

 仮にも公園があるのだから少しくらい人通りもありそうなものだけど、公園に着くまで一人も見かけなかった。

 そういえば、この公園のある通りに近寄る際、おかしな場所で検問をしていた。が、舞香が一言返すと何事もなかったようにスルーしたのだ。


「嵐山さんですか? これはこれは」


 と、中三くらいの女の子が近寄ってきた。

 ええ……こんな子どもがリーダー?

 沙鳥さんだって愛のある我が家のリーダーとしては若く思えるのに、見た目が幼いだけだろうか?


「そちらの方は?」

「以前話したとおり、仲間の杉井豊花です。杉井の異能力は性装逆転。こう見えても心は男性です」

「杉井さん、はじめまして。異能力の世界のリーダーを努めている小野寺さつきです。これからもどうぞお付き合いください」


 あれ?

 待って、もうひとつ肝心の異能力を言っていない。


「私は電話で話したとおり人の嘘を看破できる精神干渉系の異能力者です。今から手を組む相手として訊いていいですか?」


 嘘を看破できる異能力ぅ?

 読心術といえばいいのに、なぜそんな回りくどい言い方をするんだろ?


ーー沙鳥に聴こえているかはわからないが、言っておく。気を付けろ。隣に異能力者がいる。人形の留光型が少しだけ遅れた位置で見ている。あと、相手二人の、おそらく瞳から燐光型の光が広範囲に漏れているぞ。ーー


 ユタカが注意してきた。

 沙鳥の推測どおりだ。相手はひとりではない。護衛を付けている。


「どうぞ。ちなみに私の異能力は概念干渉型の身体の転移です」


 言っているとおりに捉えるなら、空間ごと転移させる舞香さんの劣化版みたいな異能力……なんと中途半端な。


「お仲間の異能力は電話で訊いたとおりですか?」

「はい、そのとおりですよ」

「……あなたはひとりで来ましたか?」

「! ……異能力を言ったのが迂闊でしたか。まあ、私と二人で来ています。仲間になるのですから互いに隠し事はなしですよね。身体を透明にする身体干渉の異能力者が付き添っています。ですからあなたが暴れようとしたら止めてもらう予定です」


 考えが甘すぎる。

 透明だから安全なのはさつきではなく透明人間だけだ。

 本人主張の異能力だとしたら、このまま合図と共に殺されるのがオチだ。


「ええ、隠し事はなしです。あなた方の人数は七人で間違いありませんよね?」

「……それより異能力者の未来について言い合いましょうよ?」


 話の逸らし方が下手……。私でも違うことがわかる。


「へぇ、その言わなかった異能力者が切り札ですか。異能力は?」

「…………さっきから聴いていれば、あなた少し無礼じゃないですかね? 嵐山さん、殺そうと思えばすぐさまあなたを処分できるんですよ。私も戦えますし仲間も戦えます。あなた方二名では役不足です」 

「それを言うなら役者不足……いえ、あなた方を知ると役のほうが不足してますね。訂正します。私たちでは役不足でしたね」沙鳥は右手を軽く挙手する。「まったく、こんな児戯にも等しい行いで殺された被害者が可哀想でなりません」


 沙鳥は挙げた手のひらをパタパタ羽ばたかせた。


「なにをーーっ!?」


 遠距離からの飛来物に吹き飛ばされ、さつきは思い切り血を噴出しながら真横に倒れる。見てみると右腕がスパリと切断されているのだ。

 ルーナエアウラさん、遠距離からでもこんな精度で風撃を放てるの?

 これなら確かに瑠奈には無理そうな役割だ。


「あっがぁああっ!?」

「うるさい、黙れよクソガキ」


 はぁー、と頭を片手で抱え、沙鳥は首を振るう。

 私は沙鳥の口調が豹変したことに驚きを隠せない。


「あんたらは大層な夢を持ってはいるが」沙鳥は、苦痛と恐怖で顔を歪めているさつきから離れた。「実力が伴っていない」


 再度、おそらく今度は刀子さんの狙撃によってさつきは血肉を辺りに散らす。

 弾丸とルーナエアウラさんの風撃によって相手のリーダーを無力化したのだ。いや、無力化どころか絶命させた。


「異能力を完璧な武器だと思ったら大違いだ。……大海さん、そして大海組の組員たちのご冥福を祈ります」


 沙鳥は真剣な顔つきで呟く。

 ふと危険を察し、沙鳥の前にナイフを振るう。

 それが相手の腕に当たったのか、なにもない空間から血だけ噴き出した。


「ぐぅ!?」


 男の声がそこから響く。


「逃げないとは……まあいいです。覗き見しているあなたに。いいえ、透明な貴方ではなく覗き見している貴女に言っておきます。」


 え?

 沙鳥は誰に対して語りかけているのだろう?

 再び、今度はこちらにナイフが来るのを予測し、それを弾き飛ばす。ナイフがなにもない空間から離れ地面に落ちた。


「豊花さん、逃がさないでください」

「と言われても……」


ーー正面! 前に踏み込み突きを放て!ーー


 直感とユタカの言葉に反応し、真正面に踏み込みながらナイフを突き刺す。


「がっ!」


 そこからついに男が姿を見せた。右手首と胸から血を流している。胸には今当たったのだろう。心臓には当たっていない位置だ。だが、出血量的に助かる確率は低い。

 一応左手も切り裂き、地面に倒れた彼に乗る。

 私より少し歳上の男の子ーーつまり、男状態の(ぼく)と近い年齢だ。


「三日月さん、しばらくそのまま維持してください」


 誰かに語りかける。

 三日月さん……?

 誰だろう?

 少なくとも聞いたことはない。聞いたら忘れない名前だろうし、愛のある我が家の面子は皆フルネームで知っている。


「覗き見している貴女に告げます。命が惜しくば今すぐ行動するように。貴女がまだそちらにいることに利益を感じるなら別ですが、そうでないなら丁重に扱いましょう」まだ息のある男を蹴り飛ばす。「こいつではなく、先ほどから覗いている貴女に告げています。この男とお仲間の命は消えますが、貴女だけは特別扱いしましょう。すぐさま目の前に現れるならですが……。ああ、来れない事情がおありのようでしたら、私に連絡くれても構いませんよ? あのガキのことです。貴女にも連絡先を教えているのでしょう? ……三日月さん、もう異能力、切って構いません」


 さっきから誰に言っているのか、サッパリ理解できない。

 三日月さんと、貴女と語りかけている相手、この男がそれぞれ別人だということは少し考えればわかる。

 だけど、この場には少なくとも沙鳥と私、死んださつきと息絶えそうな男の子の四人、離れた位置にいるスナイパーの刀子さん、同じく離れた高所から見守っているルーナエアウラさん、待機している舞香とありす。計八人しかいないはず。あれ?


 そういえば保険で既に現場付近にいるひとが居るとか言っていたな……。

 三日月なる謎の人物を追加すると九人になる。

 じゃあその保険が三日月?


 三日月さんとやらに声をかけた瞬間、男はすぐさま息絶えた。

 気味が悪いが、私は男から立ち上がった。

 その数秒後、沙鳥はスマホを取り出す。私にも聴けるようにと配慮してくれているのか、スマホを耳には当てない。


『……本当ですか? ……本当に私だけ見逃してくれますか? ……』


 震えているか細い女性の声が響く。

 誰だろう?

 聴いたことのない声だ。


「ええ。ただ見逃すのではなくこちらの仲間に加わっていただきます。異能力の世界とかいうちんけなガキの集団から抜け、私たち愛のある我が家に属すことを本音で誓うことが可能であれば、ですよ?」

『……本音で? ……』

「はい。私の異能力の解説がまだでしたね?」沙鳥は先程の異能力が嘘のように平然とつづけた。「私は真偽だけを判断できるなんて下らない異能力者ではありません。あなたがこれからさき裏切る可能性があるかどうかもすべてがわかる読心術、精神干渉系の異能力です」


『……私の存在に気づけた理由も? ……さつきさんが頭に浮かべていたからですか? ……喋らなかったのに……』

「はい、そうですよ。意図的にはぐらかしていることがわかりましたので、その仲間について探りを入れた断片の思考から読み取りました。大方、ありすさんや真中さんの居場所を探るのに利用したのでしょう? 接触したことのある人の視界、聴覚を覗き見できるあなたの異能力で……。身体干渉だか精神干渉だかはわかりませんが、似たような異能力者を殺したことがありますからね」


 惜しいと思っていたのです。と沙鳥は繋げた。


『……わかりました。……殺さないと約束するなら……でも私は歩くのに時間がかかります。普段から他人の目を借りて移動しているから……私盲目なんです……外の仲間に出るとこ見られたら、なんて言われるか……殺されてしまうかも……』

「少なくとも私たちと敵対するなら死ぬのは覚悟しておいてくださいね? 住所を言えますか? こちらの仲間を迎えに行かせましょう。貴女の仲間は今を以てして、貴女の敵になります。貴女の外見の特徴を教えてくれませんか?」

『……外見の特徴……』

「普段から他人の目で行動しているならわかるでしょう? 迎えに行ったのに殺してしまったら意味がなくなります。まあ、本来の目的は果たせますが、貴女が居場所をうたったことに対する義理が果たせなくなります」

『……女です……』

「……聴けばわかります」


 コントか。

 さっきまでの緊張感が、この会話から抜けてきてしまっている。

 相手の女性が怯えたままだからか、声が震えたままだ。沙鳥は本気で仲間にするつもりなのだろうか?

 沙鳥はイライラした口調で尋ねている。

 それで相手の居場所を引き出すつもりだったわけではなく本気だとわかる。


 もしも本気じゃなかったら、相手の居場所特定のためだけの探りだとしたら、もう少し慎重に会話をしているはずだ。だけど沙鳥はイライラして今にも通話を切りそうになっている。

 さつきの心を読んで相手の戦力を訊き、そのうえ最初は皆殺しにする予定だった。それを変えた理由は、相手の仲間のひとりに興味が出たからオファーを出したのだろう。


『……赤のリボンタイ、黒いジャンパースカート。……ミッションスクールに通っていた頃に無理やり仲間にされたのでそのまま制服を着ています。……あ、あとしばらくお風呂に入ってないから臭いかも……目は義眼が入っていますが焦点はあっていません……おそらく同じ姿の人はいません……』

「わかりました。もう少しリラックスしてください。私たちは今は貴女の取引相手であり、少なくとも会うまで仲間のつもりです。無理やり連れ去れた、風呂に入っていない、制服のままという点から、誘拐されたのでしょう。親友である小野寺さつきさんに唆されて」


 そんな深層心理を読心しないとわからないとこまで沙鳥は聴いているのか。


『……住所を言いますね……神奈川県川崎市……』


 相手の住所を沙鳥は訊き、再度訊いたうえで、「では、また会いましょう。それまで本心から裏切ることなき事を祈っております。死にたくはないでしょう?」とだけ言い残し通話を切った。

 すぐに再び電話をし、今度はありすに繋げ、住所を伝えた。


「おそらく敵の本拠地です。ただしひとり殺さないで連れてきてほしい対象がいます。今から舞香さんと迎えに行ってください。異能力者全員の特徴に嘘はありません。風水氷河なる人物以外は下らない異能力、ありすさんひとりで対処できるでしょう。殺さない相手は黒い制服を着ております。赤のリボンタイとも……ジャンパースカートとやらは珍しいタイプの制服ですから、見ればわかるかと。女の子でしょうね。両目とも見えない全盲ですが、異能力により対象に触れることで視界を借りられます。ありすさんはその子に触れ、以後護衛しながら帰って来てください」


 伝えると、沙鳥は連絡を切った。


「さあ、異能力者保護団体の権力でも近場の封鎖はもう難しいでしょう。すぐこの場を去りますよ。守ってくれてありがとうございます」


 沙鳥はそう言うと、その足で公園を後にした。私もそれに引き連れられ現場を後にする。

 だからやけに物静かなのか……。


「以前から私たち愛のある我が家は索敵能力に問題がありました。それを補え、無理やり協力させられていたとする免罪符もある。これは仲間に引き入れるチャンスです」


 敵がここまで油断しているとは思っていなかったのか、沙鳥は心底ウンザリした表情をする。


「強力な異能力も使う人がアホなら脅威にはなり得ませんね」


 帰路、沙鳥はそんなことをぼやいたのだった。

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