Episode83/Over dose
(118.)
あれからしばらく時が経ち、再びあの時期がやってきた。
そう……生理だ。
なんとか日中は堪えて帰宅したが、辛さのあまり愛のある我が家には行っていない。
「うう……どうしてこんなにも辛いんだ……」
自室で唸りながら腰回りを暖めるため、ブランケットを巻いて布団に寝転がっていた。
瑠璃は『大袈裟』と言っていたけど、こんな辛いのに大袈裟だなんて、個人差はやっぱりあるらしい。
沙鳥に生理痛が辛いから休ませてほしいと伝えたら、呆れた声で『今回だけですよ? 生理ごときで……』と説教を食らってしまった。
生理ごときって……これのどこが『ごとき』なんだ!
女の子になれたはずなのに女性との壁を感じてしまう。
瑠璃は軽いほうらしいけど、沙鳥や他の面子は毎月やってくるこれは辛くないのだろうか?
部屋がノックされ、扉が開かれる。
「ゆったー、辛そうだね? わかるよ、私も辛いもん。はいこれ、鎮痛剤」
と、水と薬を裕希姉が持ってきてくれた。
「ありがとう……」
苦しいなか、なんとか起き上がり薬を水で飲み込んだ。
これで多少はマシになるはずだ。
裕希姉も辛いのか……つまり遺伝?
いやいや、瑠璃は軽くとも瑠衣は辛いとか言ってなかったっけ?
記憶もうすぼんやりしてくる。
裕希姉が部屋から出ていくのを見ながら、ふと思い出した。
今は男体化できるじゃないか!
つまり、生理の間だけ男として過ごせばいいことになる。
「男体化!」
少し大袈裟な声で唱えてみた。
……。
…………。
………………。
あれ?
意識が飛ばないし生理痛は収まらないし、そもそも……。
「女の姿のままだ……どうして急に使えなくなったんだ?」
自身の体を見下ろしながら疑問が口から漏れる。
ーーもしかしたらの話だがーー
ユタカが急に語りかけてきた。
ーー先ほど豊花が言った真逆の条件なのではないか?ーー
ま、真逆?
ーー生理が来ると強制的に女性になってしまい、戻れなくなる。あくまで男として過ごせるのは生理が来ていないときだけ……とかありえるな。ーー
な、なんだよそれ?
いよいよもってして男に戻る価値が消えてしまった気がする。
ユタカ化も私の意識がなくなるし、結局異能力が成長した利点とはなんだったのか? とすら言いたくなる。
そういえば、もはや不要になった抗不安薬のつくりは、睡眠導入剤と似ていると聞いたことがある。
少し調べてみよう……。
携帯を手に持ちそれらしきサイトを探し出す。
……私が今手に持っているのはベンゾジアゼピン系の抗不安薬らしい。そして睡眠導入剤の大半もベンゾジアゼピン系というみたいだ。
どちらも抗不安作用・鎮静作用・抗痙攣作用・筋弛緩作用が少なからずあり、抗不安薬は抗不安作用が強く作られており、睡眠導入剤は鎮静作用が強く作られているらしい。しかし、どちらも似た作用機序があるため、抗不安薬でも眠気が強く現れたり、逆に睡眠導入剤でも抗不安作用が強い薬もある。
……ソラナックスとレスタス……どっちもベンゾジアゼピンだ。
うーん、レスタスはあれからも一応毎日服薬しているが、ソラナックスは余っている。一錠じゃ眠気は来なさそうだし、ここは一気に飲むべきか?
ーー待て。早まるな。それは罠だ。いや罠でもなんでもない当然の事柄だが用法・用量を正しく使用しないとーー
いいから、大丈夫。どうやら自殺に使えないように作られているらしいし、多少おおめに飲んでも影響はないはず。いや、きっとない!
この痛みからとにかく逃れたくて、机からソラナックスをワンシート取り出した。それをPTPシートから全て取り出し10錠まとめて手のひらに乗せた。
ーー私には生理痛を味わう経験がないから辛さはわからないが、それはやってはいけない行為だと私でもわかるぞ!?ーー
口に全て放り込み、裕希姉が持ってきてくれた水で一気に飲み干した。
ふー……。
あとは眠気が来るのを待つだけだ。
鎮痛剤も多少効いてきたし、これなら大丈夫なはずだ。うん、耐えられる!
ーー普通に睡眠導入剤を処方してもらうのを強く推奨するぞ?ーー
次からそうするよ……薬局で買えるのかな?
ーーいや、このサイトにドラッグストアで購入できるのは睡眠改善薬だけで、きちんとした睡眠導入剤は病院でしか処方できないと書かれている。心療内科や精神科か……。いや、内科でも処方してくれたりするらしいな。ーー
近所にある内科で相談しよ……普通に生理痛で眠れないなんて言っても貰えないかもしれないから、不眠症でも装って……んん……まあ早いに越したことはないだろう……うん……今から近場の病院に…………。
ーー。
ーーーー。
ーーーーーー。
「杉井さーん」
私はボーッとしながらソファーから立ち上がり、呼ばれた受付へと行く。
あれ、ここ何処だ?
薬局?
「こちら頓服でマイスリー5mgを二週間分、14錠です。眠れないときにお使いください」
「はい?」
わけもわからず受け取り財布を取り出すと金を渡した。
ーー。
ーーーー。
ーーーーーー。
『ということで、明日は必ずいらしてくださいね? 向こうのリーダーを叩ければ有利に身動きできます。繰り返しますが最初は協力する体で望みますので、豊花さんもそれまでは手出ししないでください。厄介な異能力者だと大変ですから、必ず先手を打ちます。豊花さんは保険のような役割ですが、ありすさんが申すとおりなら』
え?
今まで何の会話を沙鳥としていたんだっけ?
まだまだ生理は止まないのに明日は必ず来い?
『透明化できる異能力者が近場に潜んでいるかもしれません。攻撃されそうになったときは直感でこれを防ぎ、迎撃してください。いきなりの大役、辛いでしょうが、頼りにしていますよ。それでは、明日の午前九時までに愛のある我が家で会いましょう。時間厳守です』
プツリ、と通話が切れた。
明日は土曜日、休日だ。だからといって、午前九時に集合だって?
ーー豊花……きみは本当に話を聴いていたのか? 先ほどからボンヤリし過ぎて口数も減っているではないか。私への返事もしない。ーー
え……。
時計を見た。
既に夜の11時だ。
はぁ!?
え!?
意識が飛んでいる?
いや、飛ぶってレベルじゃない。
もしくは記憶が飛んでいるのだ。
おかしい。ユタカ化とも唱えていない。
「ちょっ……あれ、いつ病院へ行ったの?」
入眠剤と書かれた薬が処方箋の袋が机に乗っているのだ。
うっ……股が気持ち悪い。そういやナプキンを変えた覚えもない。
急いでトイレに飛び込み、用を足すついでにナプキンを取り替えた。
「な、なにが起こっているんだ? 記憶が飛ぶ原因なんて……」
チラッと頭のなかにソラナックスが浮かんだ。
まさか……。
ーーそのまさかではないか? 豊花がボンヤリした眼で見ていたサイトに、過剰摂取をすると意識が飛んだり一過前性健忘という副作用が発現しやすいから危険だと書かれていた。つまり、なにをしたのか思い出せない副作用が働いてしまったのではないか?ーー
うっ……。
そういや薬について詳しく知らないから甘く考えていたけど、結構まえに美夜さんもなにか言っていた気がする。
強い薬は依存性がどうの陽気になったり奇行をしたりとかなんとか。
もっと注意すべきだったのか……?
ーー後悔先に立たず。ーー
……この時間帯ということは、既に夕飯は終わっているはずだ。
仕方ない。歯を磨いて睡眠導入剤をつかって早く寝て、少しでも早く明日の朝起きよう。
そして鎮痛剤を飲み、多少着込み、万全の態勢で明日に望もう。
というか、さっき私は沙鳥からなにを聴かされていたのだろう?
それすらも曖昧だ。
ーー……本当に記憶がないのだな……仕方がない。私から説明しよう。結構大変な役目を担わされているぞ?ーー
ユタカが要約するにはこうだ。
真実の愛みたいな新生の異能力犯罪組織ーー異能力の世界と名乗っていたらしいーーが異能力犯罪死刑執行代理人の真中というひとを殺し、同じく異能力犯罪死刑執行代理人のありすが怪我を負わされ危うく命を落としそうになり、極めつけは、愛のある我が家と繋がっている、上部団体ともいえる大海組が壊滅に追いやられてしまったらしい。
特に大海組の大海さんが殺された件に対して、舞香と赤羽さんは般若のごとき表情を顔に浮かべ怒り狂っているという。
そんな団体が愛のある我が家に協力しようと申し出てきた。
神奈川県にある暴力団と異能力犯罪死刑執行代理人全員を協力して潰し、教育部併設異能力者研究所を半壊させ、異能力者だけが得をする地域にして、ついでは日本中も、最終的には世界もそうすることが目的だという。
表面上協力するから内容を話す取り決めをして、明日の十時にとある人気の少ない公園で対面することになった。
沙鳥は念のために二人で行くとし、向こうはひとりで来るらしいが、おそらく護衛に件の透明になる異能力者を配置しているだろうと沙鳥は予想した。
そこで、透明でも直感や感覚で攻撃されたら対処できるであろう私が抜擢されたという。
合図により相手のリーダーーー名前はさつきと名乗ったらしいーーを一瞬で無力化し、もしも透明化した異能力者に反撃を受けたら私が受け止め追撃、あわよくば二人を一気に殺害するといった計画だった。
………………………………………………………………………………な…………なぜ?
ーー急すぎる出来事なのに、豊花は最初から無意識のまま快諾していたぞ? 沙鳥は瑠奈か豊花、どちらかと悩んでいたが、今回の作戦上、瑠奈の完全上位互換が加わるため、瑠奈は行くのを渋っていたらしい。だから今回は豊花が抜擢されたとーー
されたと?
……いまさら断れない。
きょうは不安で眠れないかもしれない。
ああ、そうか。
「睡眠薬があるんだった」
これで心配ないな!
うん……!
心配……ないな……!




