Episode76/神(前)
(110.)
人気の少ない河川敷には、既に四十人ほどのヤンキーや不良がたむろしていた。
たしかに、人数的には圧倒的にこちらが不利だ。
「怖じけずいて来ないかと思ったぜ?」
相手のリーダー格らしき男が総長を見て失笑する。
川から来る冷たい風が頬を横切る。
「人数の多さでしかカバーできないドラゴンが。こちとら少数精鋭なんだよ」
こちらもこちらで、宮下がメリケンサックを着けていたり、空さんは鉄板入りのカバンや鎖、柊もナイフを片手に握っている。
ええと、私の武器は……その辺に落ちている砂利や石を手に取った。
一触即発の空気がしばらく流れる。さすがは秋、河川敷にいると多少は寒さを覚えてしまう。風邪引かないといいけど……。
「んじゃ、てめーらぼこぼこにして、ここらで一番強ぇ族がどこなのか教えてやるよ」
敵側のリーダー格は鉄パイプを握っていたり、部下は木材やメリケンサックなどを装着している。中には柊みたく刃物を持っている人もいた。
これじゃ、たしかに負け戦と総長が言ったのも納得できる。人数の差が倍くらいあるのだ。
「じゃあ始めるか! 言っとくが女子どもにも容赦しねーからな!?」
「ああ、本気で来い」
相手の族長を空さんは平然と挑発する。
宮下をチラリと見ると、爛々と目を輝かしており、普段からこういうことに関わってきたのかがわかる。
やがて、数刻の時が流れたのち、向こうは大勢でいきなりこちらに向かってきた。
それに相対するため、宮下や空さん、柊も前に出る。
そうして始まる乱闘。出遅れた。
一見強そうに見える空さんも宮下も、相手を殴ったりしているが、同じぐらい殴られている。
たしかに空さんや総長は強い。ひとりで既に二人も殴り飛ばしてしまった。
慌てて私も乱闘に参加した。
一見不利に見える戦いだが、確かに、空さんや宮下、柊はかなり強い。ひとりでひとり以上を相手に立ち回っているのだ。
けど、やはり何発かは拳を喰らっているのを見て、宮下が口から血の混じった唾を吐き出した姿を見て、私も積極的に前に出ることにした。
「おい、豊花ちゃん!」
宮下は焦って、そっちはまだ五人くらい固まっていると忠告したのだろう。
でも……んー、正直負ける気がしなかった。
背後から不意討ちとばかりに木材が叩き付けられるが、それを直観で理解していた私は数歩避け、木材が地面にぶつかるのを確認した。
そいつの腕を捻り木材を奪い取る。
「てめー!」
相手の仲間の不良が、私が空さん並みに厄介だと予測できたのか、二人がかりで木材を奪い取ろうとする。それを私はすんなり避けてみせ、二人に対して木材でフルスイングを決めた。出血した相手は地面に倒れる。
いまだかつてないほど勘が冴え渡っている。まるで背後に目があるように、相手の鉄パイプの一撃を避け、持ち手を全力で木材を叩き付ける。さらに弱った片腕を曲がらないほうに曲げようと力を入れた段階で、相手は鉄パイプを手放した。
私はそれを拾い木材を捨てた。
直感、直感、直感なのか?
苦戦している宮下の敵の背後から鉄パイプを降り下ろした。
「た、助かったぜ豊花ちゃん……後ろ!」
わかっている。背後から殴りかかって来た相手を振り上げた胴体目掛けて鉄パイプを右から左へと振り抜き、腹部に先っぽを強く押し当てた。
相手は情けなく背後へと倒れた。
空さんは善戦しているが、やはり四、五人に囲まれていて不利以外の何者でもない。
そんな空さんばかりに目が言っていると危ないですよーーと教えるばかりに辺りの不良数人に次々鉄パイプで殴打する。頭に殴りかかってしまった奴がぶっ倒れるけど、死んではいないだろう。
「まててめーら! そのガキかわいいなりして一番やべー奴かもしれねー! 取り押さえろ!」
数人、さらに数人とこちらに向かってくる。
それを阻止するためにひとりは宮下がメリケンサックで腹部に殴り付けた。
余った十人弱に囲まれるが、なんだこれ?
単なるガキ同士の喧嘩にしか思えない。
ーー直感。
集まってきた不良の群れの攻撃順序が感覚ですらわかる。
相手の攻撃手段が嫌な予感のおかげで、すべて手に取るように理解していた。
もうこの時点からおかしかったらしい。
私はひとり、またひとりと不良を鉄パイプで殴り付けていく。出血している相手もいるが気にならない。
ーー気にならない。
ーー本当に、直感なのか……?
「あ、ああ……ぁああぁあああああぁあああああああああアアアアアアッ!」
突如、私は悲鳴をあげた。
頭が割れそうなほど痛むからだ。
意識を失いそうになるほど痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
私は目に映るすべての敵を次々殴り付けていく。回避し、弾き飛ばし、相手の攻撃はまるで当たらない。そのまま敵のリーダー格の頭を鉄パイプでフルスイングした。
呆気なくリーダーは地面に倒れ伏せ、出血しながら私に畏怖の瞳を向ける。
だけど、それどころではない!
「やめろ! 豊花ちゃん! もう人数比的には勝っている!」
「ぁああぁあああああぁあああああああああ!」
なにかが見える。
なんの映像だ!?
私と同じ姿をした少女が「私は神だよ」という言葉と姿が脳裏で流れる。
ここにいない澄がついに動き出すような映像。世界の終演に向けて……。
さまざまな映像が頭に次から次へと流れ込み、その濁流に耐えきれず周りの暴走族相手にひたすら暴力を振るい、相手の戦力をひとり、またひとりと削っていく。
「ぁああぁあああああぁあああああああああ!」
やがて、世界は崩壊のときをはじめた。脳内でだけど。
なんなんだ、なんなんだよこれ!?
いつの間にか敵陣営に立っているものはいなくなっていた。
だが痛みは止まらない!
なんとかギリギリ立ち上がったヤンキーを鉄パイプを振り下ろし殴る。
ふと気がついたときには、私は敵陣営のど真ん中、辺りは死屍累々。敵は皆、虫の息だった。
「ぁああぁあああああ……ぁあああああああああ!」
じゃあ次は味方か!? 味方をやろうか!?
「豊花ちゃんやめろ!」
柊と空、総長が私の体を押し止めて、宮下が私を説得する。
「おい宮下、こいつはいったいなんなんだ! たったひとりで三十人近くをぶっ倒しているぞ!? こいつは危険すぎる!」
空さんが異様な状況に混乱しながら、説明を要求する。
「落ち着け、落ち着くんだ豊花!」
「ぁああぁあああああぁあ……はぁ、はぁ」
宮下に言われ、少し冷静状態を保ててきた。
な、なんなんだ今の感覚は?
直感が鋭くなり周りが畏怖するほどの強さを見せつけた……だけでは済まなかった。これは、能力の暴走? いや、それともなにか別種の……。
あのとき私の目で見た世界の終わりはなんだったんだ?
ーー豊花、お前のそれは直感の異能力のレベルで済む話ではない。表すなら、そう、未来予知だ。いったいどうなっているんだ?ーー
「あ、ああ?」
辺りを見渡すと、私が殴りまくった敵陣営の暴走族たち。
と、唐突に再度頭に濁流のように無為な情報が入り込んで来て対処できなくなる。
「いやぁぁあああああアアアアア! 脳が熱い! 地球の終わりが! あれが神!? いや、いやぁああああああっ!!」
悲鳴。自分の声にならない悲鳴が音となり静かな川辺の辺りをつんざく。
「あ、おい豊花! 大丈夫か!?」
直後、私の意識は途切れてしまい、その場でぶっ倒れてしまったのだった。




