Episode75/乱闘の舞台へ
(109.)
翌日の放課後、事件は起こった。
いつもどおりに帰宅しようとすると、校門に不良が溜まっていたのだ。
今日は瑠璃や瑠衣もいないため、あえて避けてとおりたいんだけど……その中には以前絡んできた不良の姿もあった。
私に関係ある……?
不良はザッと数えて10人は優に越える。生徒たちが怖がって通れなくなってしまっていた。
ため息を溢し、仕方なくその不良に自ら近寄った。
一番目立っている男に声をかける。
「あの、何の用ですか?」
「ああ? テメーら一般生徒にゃ用なんかねぇよ。おまえ、空西岸って生徒知らねーか?」
ありゃ?
私には用はないと?
以前ゲーセンで絡んできた不良を見ると、おろおろしている。
ああ、あいつらが私に復讐しに来たわけじゃないのはわかった。
偶然再会してしまっただけだ。
あの動揺している様子を見ればわかる。単純に偶然、私と再会して恐怖と焦りを抱いている感じに見える。
ん? 空西岸?
「あ、えっと……一応、知っていますけど……」
つい知り合いだと勘づき反射的に言ってしまった。
もしも空先輩に恨みを抱いている集団だったら、空先輩にも迷惑をかけるし、私まで巻き込まれるかもしれないのに。迂闊だった。
「マジか。なら呼んできてくれ。岸谷が表にいるってよ」
そのとき、背後から声が通り抜けた。
「それは不要だ」
振り返ると、空先輩と柊がこちらに向かって来ていた。そこには宮下もいる。
意外すぎる組み合わせだ。
「また喧嘩っすか?」
宮下が不良のボスらしき男ーー岸谷に問う。
「ああ。宮下や柊も悪いが頼む」
岸谷は頭を軽く下げた。
え?
喧嘩?
「まったく……今回だけだぞ。といっても、何度目の“今回だけ”なのか、片手の指では収まらなくなってきたぞ?」
「すんません。近くにバイク止めてあるんで、抗争相手と決めた河川敷まで運びます。面子が足りないんすよ」
「ちょっ……宮下? いったいなにするつもりなの?」
空先輩と岸谷ーー二人の会話が気になり宮下に小声で訊いた。
「多数対多数の喧嘩だよ。こいつらは暴走族で、喧嘩する際に昔のダチだった空先輩や俺らを誘ってるんだ」
うわぁ……まあ私には関係ないことか。
だけど宮下が心配になってくる。
普段から喧嘩していたから、以前も喧嘩っ早かったのか。
「新入りが三人いるけど、こいつらは味方だから気にしないでくれ。宮下はもちろん来るよな?」
「ええ、もちろん行きますよ。でもそいつら、このまえゲーセンで絡んできて喧嘩になったんすよね」
岸谷が新入りと示した三人に対して、宮下は指を差す。
「なに? 本当か?」
「すみません総長! まさか総長の知り合いだとは思いもよらず……マジすんません!」
三人の中で一番歳上らしきーー私がぼこぼこにしたヤツが土下座をし始める。
「別に俺は気にしてませんが、こいつに謝ってください」と宮下が私を前に差し出した。「こいつにしつこくナンパして気分を害してたんで」
「うっ……すみませんすみません!」
なぜか私に怯えながら三人は体を震わせる。
「いえ、こちらこそ何だかすみません。結局、私は一切怪我していませんし、その方を殴ってしまったくらいで……」
「は? おまえら年下の女の子にナンパしたうえ返り討ちにあったのか?」
「はい……あの、異様に強いっすよ……トラウマになりましたし」
総長ーー岸谷は私に顔を向けた。
「なに? おまえも戦えるのか? 柊や空さんだけじゃなくて、そんな喧嘩とは無縁そうな可愛い顔してるのに? チビなのに?」
「ええと、まあ、ちょびっとだけな「そいつは私や柊より強いぞ?」ーー!?」
空さぁぁん!?
なんだか巻き込まれそうな予感がしてきたから、なるべく関わらない回答をしようとしたのに、まさかのまさか、空さんに口を挟まれてしまった。
「マジかよ!? 空さんより強い奴がいるのか? なら頼む! 今から始めるのは負け戦並みに人数比が足りないんだ。こっちは二十人しかいないのに向こうは四十人近くいる。頼む。えっと……」
「……杉井豊花です」
「杉井、頼むよ! いや、杉井さんお願いします!」
「いや、呼び捨てでいいです。敬語も要りません」
まさかの総長にさん付けで呼ばれた末、懇願までされてしまった。
うーん……。
負け戦にわざわざ関わる宮下も心配だし、私が行っても負け戦なのは変わらない気がするし、いざ負けたら身の危険を感じる……けどーー。
ーーやっぱり宮下が心配。
正直、つい先日関わったばかりの空先輩や柊は心配するほどの仲じゃないけど、宮下が大怪我負わされたら、ここで無視してしまった事実が残り後味が悪い。
「ちょっと待っててください」
私はそう答えると、沙鳥に手早く電話した。
「すみません、急用で今日行けなくなってしまいました」
『またですか? ……はぁ、わかりました。明日こそはきちんと来てくださいね。それまでにしっかり体を治しておいてください』
なんだか風邪がぶり返したのだと勘違いしているみたいだった。
そっちのほうが都合はいいか。
「はい、失礼します」私は通話を切り携帯をポケットに入れ岸谷に顔を向けた。「わかりました。心配ですし、私もついていきます」
「おおっ! 助かる! 空さんがいればだいぶ人数差が縮まるし、柊や宮下も三人力の働きはする。さらに空さんより強いきみが味方してくれるんだったら勝ち目が出てきたぜ!」
総長は汗を袖で拭いながら感謝を述べた。
「おいおい豊花ちゃん。俺たちを心配してくれるのはうれしいけどよ、下手したら骨折したりするかもしれねぇんだぞ? さすがに死にはしないよう互いに気をつけてはいるけど、だからこそ豊花ちゃんが心配する必要はねえって」
「大丈夫、私もナイフは使わないよ」
殺し殺されの生活を送ってきたからか、最悪死にかねないのが当たり前だと思っていた。
なんだ。
死なないで済むのか。
ーー豊花、感覚が麻痺しているのではないか?ーー
心配しないで。私ひとりでも三人くらいは相手にできると思うよ。
ーーそういう心配ではないのだがな……。以前みたいに殺人は犯すのではないぞ。今は日常生活の範疇。愛のある我が家の後ろ楯もない。ーー
わかっているってば。
「それじゃバイクを停めてある場所まで行くぞ、てめーら」
総長は族の仲間に声をかけ、ぞろぞろとバイクの場所まで移動するのであった。
バイクがパーキングエリアに律儀に停めてある……。
みんなそれぞれバイクに跨がり、空さんや柊、宮下は別々の奴の後ろに乗った。
ええと、私は……。
「好きな奴の後ろに乗って構わないからな。他の連中とも後で合流する」
総長に言われ、せめて顔馴染みが良いと思い、このまえぼこぼこにした不良の後ろに乗ることにした。
「ひぃ! も、もう許してくれませんか? お、俺なにも知らなくて……」
「いや、あの、行くんですよね? 乗せてくれません?」
「わ、わかりました……」
私は落ちないよう不良の体に手を伸ばして強めに抱きつく。
うわ、超振るえている。ガタガタ振動が伝わってくるレベル。
そんなビビらなくてもいいのに……。
「んじゃ、てめーら喧嘩は人数じゃないってことをヤツらに教えてやるぞ!」
「「おおっ!」」
声で地鳴りがしそうだ。
みんな目が血走っている。それを隠すようにヘルメットを着けた。
これから戦争にでも行くような雰囲気を醸し出している。
そうして、近場の河川敷までバイクに乗らせてもらいながら向かうのであった。
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