Episode74/普通になりたい同好会
(106.)
結局、土曜日も愛のある我が家を風邪で休んでしまった。
愛のある我が家に悪いと思いつつも、体調の悪い日に出勤? というのかわからないが、出向いても仕事にはならないだろう。
そして、いつもどおりの月曜日の朝がやってきた。制服もついに冬服だ。こうして姿見で見ると、女子の制服は男子の制服と違って妙に可愛らしくデザインされている気がする。
「豊花、朝食どうするのー?」
「いまいくよ」
つい先日まで食欲がなかったが、今は風邪も治り復活した。
それに、真実の愛の問題も解決したことだし、悩みごともほとんどなくなったおかげもあってか、食欲も普通にある。
私が食卓に着くまえに、既に父は席に着いていた。裕希姉はさきに食べて大学に向かったのだろう。
そこに母親も着く。
母さんはなにか言いたげに迷ったそぶりを見せたあと口を開いた。
「豊花……その、まだ危ない人たちとつるんでいるの?」
「……」
答えにくい質問だ。が、隠し通す自信もない。私は素直に頷いた。
「やめなさい、そんな危ないこと!」
母さんは怒った口調で私を諌める。
「まあ待て母さん、豊花も考えがあってのことだろう。幼馴染みを助けるためだと言っていたし」
「貴方は黙ってて!」
夫婦喧嘩が始まりそうになってしまう。
でも意外だった。父さんは私の味方をしてくれているようだ。
「危ないことはたしかだけど、警察に厄介になることはしないよ」
「そういう問題じゃないの! あなたが危険な目に遭うのが心配なのよ!」
「母さんは豊花のことを少しは考えてーー」
「だから貴方は黙っててって言ってるでしょ!?」
説得できそうにない。昔から母さんは少し過保護気味なところがある。しかし、これだけの問題だ。どこの家庭でも同じ対応をされるだろう。
仕方なく朝食を素早く食べ終え、私は鞄を手に取った。
「ちょっと! 話はまだ終わってーー」
「これ以上は遅刻するから。行ってきます」
私は逃げるように家をあとにしたのであった。
いつもの通学路を通り登校する。思えば、この細道には曰くがいくつもある。ありすに助けられたこともあったし、叶多に襲われたこともあった。空き地では刀子さんと善河が仕合をしたこともある。
「おはよう、豊花」
ポンっと背後から肩を叩かれる。そこには瑠璃と瑠衣がいた。
「珍しく早いじゃない?」
瑠璃は珍しそうな表情を浮かべる。
それはそうだ。逃げるように家から飛び出してきたのだから。といっても、そんなことわざわざ言うことでもない。
「豊花、おはよ」
遅れて瑠衣も挨拶する。
「おはよう、瑠衣、瑠璃。きょうはちょっと早起きしたからね……そっちこそ早いんじゃない?」
「まあ、私たちも似たようなものよ」
雑談しながら歩を進める。
チラリと二人の冬服の制服姿を見る。
やはり似合っていて可愛い。自身もかわいいのだが、やはり今の自分を評価するのは気が引ける。
「そうそう、なにが起こるかわからないから、今後ユタカ化? とかいうのは使わないようにしなさいよね」
瑠璃にそう提言される。
「わかってるって」
だって、それはーー。
ーー私も明言しているからな。いやなに、自由に動ける体を手にするのも吝かではないが、私がもし女体化と口にしなければ、君は体の自由を奪われ記憶も曖昧なままだということを忘れないでくれたまえ。ーー
わかってるって。
でも、ユタカはそんなことしないと思うけどなぁ……。
そんなこんなで話をしているうちに、学校にたどり着いた。校門では学ラン姿に様変わりした宮下とちょうど会った。
「お、豊花ちゃんおはよう、きょうは早いじゃねーか。で、えっと……」
瑠璃と瑠衣の二人を見比べて、名前をかけようにも名前を知らずに口が止まってしまった。
「私が葉月瑠璃で、こっちが妹の瑠衣。よろしくね」
「おう、おはよう、瑠璃ちゃんと瑠衣ちゃん。俺は宮下賢治、豊花ちゃんの親友だ。よろしくな!」
宮下は私と違って明るい性格だ。二人ともすぐに打ち解けあえるだろう。ってあれ、親友?
「いつ私たちが親友になったの?」
いや、嬉しいけどさ。
「冷たいこと言うなよな~。俺はまえからおまえのことを友達以上だと思ってたぜ?」
と宮下が言うと、なぜか瑠衣が私の制服の裾を掴んだ。
「私のほうが、仲が、良い」
なぜなにどうして瑠衣は誰かと張り合いたがるの?
「仲が良いんだなお前ら。ちょっと羨ましいぜ」
宮下こそクラスメートの大半と仲が良い癖に、なにを言っているんだか……。
と、校門で談話していると、視界に柊ミミの姿が入った。
「お、おはよう、柊」
一応挨拶したが、向こうは不機嫌そうに「おはよ」とだけ言って校内に向かってしまった。
「なんだなんだ? 柊ちゃんと喧嘩でもしたのか?」
「え、宮下は柊のこと知ってるの?」
意外な繋がりがあった。宮下の顔の広さにはいつも驚かされる。
「まあ、ちょっとな。とりあえず教室に向かおうぜ」
宮下の意見に賛成し、私たちはそれぞれの教室へと向かった。
(107.)
午前の授業が終わり、昼休み。私は瑠璃に断りを入れて、とある部室に向かうことにした。
とある部活というのは、普通になりたい同好会だ。
以前見学させてもらったときに興味が湧いたのだ。
明らかに普通ではない私が普通になれるのか、愛のある我が家と関わるのをやめるとアッサリ捕まるだろうし、明らかに普通ではない私が、この部活に入ればなにかが変わるかもしれない。
そんな儚いわずかな希望から、少しだけ、ほんの少しだけ興味が出たのである。
普通になりたい同好会の門をノックし、扉を開けた。そこには、先週もいた五人の面子が揃っていた。
「何の用よ?」
不機嫌そうな表情を浮かべ弁当を頬張る柊は、机を指で叩きながらつっけんとした態度で訊いてきた。
もしかしたら、ありすや沙鳥から力不足、役者不足と言われたのが想像以上にショックだったらしい。
「いや、ちょっと見学に……よかったら、みんなが解決したい、普通じゃない部分を訊いてみたいんだけど、いいかな? 場合によっては入部させてもらうかもしれない。放課後は活動できないけど」
普通ではないとはどんなレベルなのか。異能力者はいるのか?
だから同好会に興味が湧いたのだ。
一応、本気で入る気はまだない。仲間がいないか探したいだけな気もする。だから見学だけして帰宅するつもりではあった。
金髪の美少女である楠瀬美里は、このまえどおり美少女とは正反対な、正直言って不相応な男子ーー伊勢原青の座席の横で仲良く弁当を食べていた。
「お、おまえの背後の先に悪霊がいるんだ! いるんだ!」
「え?」
悪霊が~と呟く上級生、田井中夕夜さんの言葉どおり振り返るが、誰もいやしない。
「見学したいというなら構わないが、きみも普通ではないなにかがあるのか?」
部長らしい、前回理不尽に戦った鎖使いの空 西岸さんがそう問いただす。
「はい。私、異能力者でして……元は男子なんですよ、こう見えても」
「はー!? あんたそれ本気で言ってるの!?」
柊がお茶を吹き出し驚愕する。
「なるほど、この学校に異能力者が二人いると聞いていたが、きみがそのひとりだったわけか」
「はい……」
ああ、そういえば異能力者は本校に二人。つまり、ここに私と同じ立場の人間はいないことになる。
どうしてそんな簡単なことに気づかなかったのか、と自分に落胆する。
「まあいい。それぞれ事情を話そう。まずは柊は……」
「あ、それはなんとなくわかります」
「なんでよ!」
だって、いきなりあんなことされちゃなぁ……。
「私は強い相手を見ると無性に歯向かいたくなるの! 強くなくても調子に乗ってる奴を見かけたら挑みたくなるけどね!」
なるほど。それでありすにぼこぼこにされたと。
「で、私はこう見えて中学の時はスケバンしていてな。地味になりたくて伊達眼鏡をしたり三つ編みにしている」
たしかに、外見上は地味な上級生にしか見えない。空さんは争いとは無縁な空気が漂っている。
第一印象は最悪だったけど……。
「あの……僕は友達がいなくて」
「私がいるじゃーん!」
伊勢原は楠瀬に肩を組まれる。
「違うんだ。僕らは本当の友達じゃない」
「えー、どこがー?」
二人が会話している隙に、空さんが耳打ちしてくれた。
「伊勢原は楠瀬に友達料金を払っているんだ……やめろと言っているんだがな」
なるほど、だからこんな凸凹のカップルみたくイチャイチャしているのか。納得がいった。腑に落ちた。
「あ、悪霊が窓から覗いてる! 俺は悪霊が見えるんだ!」
田井中さんは、その発言だけである程度わかってしまう。
私の背後やら窓ガラスやらに悪霊がいたら、校内中に悪霊がいることになってしまうだろう。
それぞれ事情を聞いて、皆も問題を抱えているんだなと理解できた。
しかし、結局は自分の抱えている問題ほどではない。
授業の予鈴が鳴る。
「入るかはまた今度決めます。きょうはありがとうございました」
「ああ、またな」
空さんたちに見送られながら部室を出た。
普通になりたい同好会……か。明らかに自身に無関係なのに気になってしまう。
もしかしたら、本当に入る日が来るかもしれない。
そう考えつつ、私は教室へと戻ることにした。
(108.)
下校時刻になり、私はそのまま愛のある我が家に赴いた。
「休んでしまい申し訳ありません……」
玄関を鍵で開けて、さっそくソファーに座っていた沙鳥に謝罪する。
二日も連続で休んでしまったのだ。日曜日も入れたら計三日だ。
「過ぎたことですし構いませんが、次からは体調管理くらいしっかりしてくださいね」
そう言う沙鳥の目の前には、大きい段ボール箱が置いてあった。
室内には沙鳥と瑠奈以外いない。皆それぞれの仕事に行っているのだろう。
「あの、それなんですか?」
妙に気になって仕方ない。
「ああ、これは注射器です。インスリン用の29G、ネタを打つ際の道具ですね。これを裏から買える薬局で仕入れて、倍以上の値段で売人に捌きます」
なるほど、これが以前言っていた注射器か。自分で買いに行くのかと思っていたら、意外と普通に郵送で届くんだな……。
「注射器は配達で届くうえ、見つかっても捕まるリスクは少ない仕事です。これが豊花さんの仕事のひとつめですね。売人さんに届けてもらいます」
「え……ひとつ目って、まだあるんですか?」
「当たり前じゃないですか」
いくらリスクが少ないと言っても、犯罪まがいなことをいくつもしたくはない。
「ちなみに覚醒剤は基本最低50gからしか売買しません。私たちは小売には対応していませんが、まあ、豊花さんがしたいのでしたらしても構いませんよ?」
「いやいやいや、いやいやいや」
そんな捕まるリスクを増やすような仕事なんてしたくない。
「まあ、豊花さんの仕事は、売人にネタを届ける仕事ではありません。届けるのは注射器なので瑠奈さんとかち合うかもしれませんが、他にやってもらうことができましたからね」沙鳥さんは言葉を続ける。「豊花さんは朱音さんの協力の元、異世界に赴いて裕璃さんから覚醒剤を受けとる係、それと量を計る役を担ってもらいます」
裕璃に……会えるの……?
「はい、本来は行く必要はないのですが、裕璃さんの精神状態の維持の為にも、定期的に会いに行ってもらいます」
裕璃と会える。二度と会えないと思いもした、裕璃と……。それは、うれしいような、うれしくないような……。だって、振った相手と再び会うなんて、なにか違うんじゃないだろうか?
いや、いや違う。
私は友達として裕璃に会いに行くだけだ。
「で、100g単位といっても、1パケに100gまるまる入れて持ち運ぶわけじゃありません。小分けにして1パケ1gをつめるようにひたすら作業してもらいます。これが一番手間ですが、室内でやってもらうので安全ですよ」
たしかに、一番安全な仕事かもしれないけど。
「まとめると」
一、注射器の売買
二、覚醒剤の譲受
三、覚醒剤の小分け
その三つが私の仕事になるわけだ。
「で、小分けにした覚醒剤は瑠奈さんが運搬します。注射器と共に依頼されたら瑠奈さんと共に向かうわけです。さて」と沙鳥さんは手を叩いた。「ちょうど覚醒剤の受け取りは明日の午後、ですから、今日はもう帰ってもかまいませんよ」
と、説明を受けて本日は終了らしい。
この程度なら、わざわざ電話でもいいのに……っと、読心術が使える沙鳥のまえでうかつなことは思えない。
「じゃね、豊花ちゃん! これからよろしくねん」
瑠奈は尻を触ってきたが、無視して「よろしく」とだけ言って、愛のある我が家を出て、私は帰宅したのであった。




