Episode73/-生きる意味-
(115.)
風邪を引いたみたいだ。体が怠い。残念ながら今日は学校に行けそうにない。
私は雪見先生に連絡を入れて、今日は休むことを伝えた。
おそらく、昨日寒いなかワンピースなんかで出掛けたせいだろう。
ーー嵐山沙鳥には連絡しなくていいのか?ーー
ユタカに言われ思いだし、沙鳥にも連絡をいれた。
『まったく、自己管理もできない人間は本来組織に向かないのですが……仕方ないですね。本日は休暇といたしましょう』
沙鳥はしぶしぶといった感じで了承してくれた。
これが学校と職場? の違いなのだろうか?
私が休んでいる間になにが起こるのか、それは私の知ったことではない。
(??.)
古いビルのなか、両腕が治癒してある女性ーー白と、無表情の殺し屋の静夜が20メートルの間を空けて向かい合っている。
「彼氏を……偉才さんを殺したのは兄貴だったのね……!」
「……」
静夜は無言でため息をつき、頷きそれに返事する。
「どうして!?」
「犯罪者を妹の彼氏にさせていたら、亡くなった両親に顔向けできないだろう?」
「!? ……そんなことで、偉才さんを殺したの?」
白は震える声で問いかける。嘘であってほしいという返答は、静夜の頷きによって掻き消された。
「っ!?」
白は片手を静夜に伸ばす。
「異能力者でない俺になにができる?」
「はは……はははっ! 兄貴は私を守るためにそうしたんでしょ!? なら、それを壊してやる!」
「!?」
静夜は初めて表情を強張らせ、白に全力で駆け寄る。
しかし、白は伸ばした片手を自分のからだに向けた。
「やめろ!」
「はは! さよなら、兄貴……」
炸裂。辺りに血漿が散らばり地肉さえ残らない。
「……ああ……あああ……俺は……俺は何のために……」
白が暴走して愛のある我が家にひとり突入した時点から予想はできていた。
静夜は白を守るためだけに生きてきた。それ以外は心を無にして依頼を遂行してきた。それがいま、失われた。
「……」
ーーこれでは自身も生きる意味はない。
静夜は小型のアイスピックを取り出し首に向けた。
「おや? きみはそういう自害を選ぶのかい?」そこに、ニヤニヤした顔つきの陽山が姿を現した。「それもいい。だが、きみには妹がもうひとりいなかったかい? 血の繋がっていない妹が。僕は彼女が死んでさらに絶望したきみの自害が見てみたいな」
「……なにが言いたい」
「ほら、妹の登場だ」
静夜の問いに、陽山の背後からありすが現れた。
「なにやってんのさ、静夜兄ぃ……」
「ありす……」
どうして陽山とありすがここにいるのか、そのようなことどうでもよかった。
「僕としては今きみがここで自害するのを見届けるのも楽しいのだけど、もっと絶望させてから死ぬ様を見たいものでね。追いかけてきたんだ」
「……お袋も、親父も、あの飛び降り異能力者事件で死んだ! 唯一マンションにいなかった俺と白だけが生き残ったんだ。だから俺は決めた。白さえ守れればいいと。愛のある我が家のおかげで白は助かった。なのに俺はしくじった! 自分が殺したと言えばこうなることがわかっていたからだ!」
静夜は柄にもなく喚く。
「静夜……いや、静夜兄ぃを助けてくれたのは誰? 白を助けるための力を身につけてくれたのは誰? 思い浮かべてみなよ。師匠を……そして」
私を。ありすは言の葉を紡いだ。
「守りたいものがなければ作ればいいじゃないか。きみにはそれができないのかい?」陽山はニヤニヤと笑みを浮かべながら呟く。「きみの妹弟子であるありすは、血が繋がっていないとはいえ妹のようなものだ。きみの師匠だって、きみにいろいろと教えてくれた。きみはまえに言っただろう。師匠には借りがある。だから協力するのだと。聞き間違いだったのかな?」
「……っ」
静夜は唇の端を噛み血を滲ませる。
「……俺の妹はひとりだ。だが、守るべき人間はまだ二人もいる。それを生きる糧にしよう」
静夜はアイスピックを地面に落とし廃ビルを後にした。
「さて。二人が死んだときの彼の絶望を見るのが楽しみだ」
陽山は相も変わらずニヤケた面でしたなめずりする。
「陽山、おまえとはやっぱり相容れない。私は死ぬことはないから」
ありすも静夜の後を追うようにビルを出た。
「もう行った?」
影から月影日氷子が姿を現した。
「ああ。とりあえず白の絶望は絶景だったよ。きみもいつ死んでくれるのかな? 様々な死に様をきみに見せてあげよう」
月影は舌打ちしながら、異能力者保護団体から住みかを提供しつづけるのが困難になった今、仕方なく陽山と行動を共にしているのだった。
なぜ月影を陽山は殺さないのか、なぜ月影は陽山を殺せないのか、それが自分でも理解できないまま……。




