Episode68/ひとつの決着
(108.)
翌日、本来なら一人で登校するところを、柊 ミミと登校していた。
どうしても負けたのが納得いかないらしく、仕方なく事情を軽く話して危ないのを警告したが、そんなおとぎ話のような話はまるで信じてはくれなかった。
校門で瑠璃と瑠衣とありすに出会う。
「その子はなによ?」
瑠璃に訊かれる。当たり前だ。いきなり見知らぬ少女と登校してきたとあっては、いろいろ言われるに決まっている。
こりゃ一悶着あるな。
「いや、昨日いきなり襲われそうになってさ……」
「はあ? そんな話信じろって言うの?」
ごもっとも。誰が聞いても信じてはくれないだろう。
事情を話しても信じてもらえないなか、ミミはありすを見て刃物を取り出そうとした。そんなミミを見た瑠璃は、え、まさか本当に? と顔に描いている。
咄嗟に私はその腕を掴み止めた。
「危ないから誰彼構わず襲うのをやめろ。ありすは私より強い。あっという間に負けて終わるよ?」と諭すが、聞く耳を持たない。
これまで空先輩とやら以外に負けたことがないのだろう。
そうだ、と思い出す。
「ありす、ミミにナイフ戦を教えてやってほしいんだけど」
少し真剣に告げる。冗談と思われないように。
「別にいいけど、その子を鍛えてどうするのさー?」
ありすにそう言われる。そりゃそうだ、理由を言っていない。
「いやさ……いずれ、愛のある我が家は下部組織、名前はえっと」THE豊花……なの嫌に決まってる!「豊かな暮らし、の一員で働いてもらうことにした」
「本当にあんたらダサイネーミングセンスだよねー」とバカにされながらも「了解了解。放課後、例の細道の空き地に来てよ。軽く指南するから」
と場所を指定される。確かに家の中と外ではナイフの使い方に違いが出るだろう。
本当なら叶多を倒したい。
いや……拷問したうえ滅多刺しにしたい気持ちを鎮め頷く。そっちは沙鳥が追っているんだ。落ち着け……落ち着け……。なんだか最近、暴力的な自分になってきている気がしてならない。
それを見ていたありすが、唐突に呟いた。
「元殺し屋が言うことじゃないけど、復讐は連鎖する。殺し続けたさきに本当に平和はあるの?」
そう言われ、言葉に詰まる。
それより早く学校に入ろう。そう提案して、みんなで学校に入った。
(109.)
昼休み、いつものように瑠璃たちの元に行こうとすると、ミミがいきなり教室に顔を出してきた。
「ちょっときなさい! 部活に顔を出せ!」
「え? ええ!?」
と言われ、半ば強引に連れていかれることに。昼飯まだなんだけどなぁ……。
部室? 空き教室?
そこには『普通になりたい同好会!』と書かれた部屋があった。
部室に入れられると、空先輩と、見知らぬ金髪の女子生徒、下級生だろうか? その隣に冴えない顔をした男子が座っている。その他に『また悪霊がぁああ!?』と呻く上級生、最後にミミを合わせた五人の面子が揃っていた。
金髪の美少女は「楠瀬美里、よろしく。こいつと友達」と正直美少女には不相応な男子の肩を組んだ。
悪霊が~と呟く上級生は田井中夕夜というらしい。自分では名乗らないからミミが名乗った。冴えない顔の男子は「い、伊勢原青といいます」と。
そして柊 ミミと空西岸、一応自分も名乗り終えると、いきなり
「入部しなさい!」と言われた。
「いやいや待って待って! そんな暇はないから! マジで今はそんな暇じゃない」と強めに断る。
「じゃあ問題が解決したら来てください……よ? ここはおかしな人たちが普通を目指す同好会なんです」
とひ弱な男子、青に言われる。
うーん、うまく回避できそうにないし、仕方なく「問題が全て解決したら」と頷き、ミミの手を引き離し部室を出て、急いで瑠衣の教室に向かった。
瑠衣と瑠璃は、なにやら遅れてきたことを気にしているらしく、少々気が立っていた。そんなに怒らなくても……。
「いや、昨日の謎の少女に謎の同好会に勧誘されただけだと」と告げた。
「本当なの?」
「本当。嘘だと思うなら沙鳥に訊けばいいじゃないか」
「あいつに頼るのだけはぜったいに嫌」
もちろん断ったけど、いつか、いつか本当の日常が来たときには入ることになるかもしれないなーー。そんなことを考えてみたりもする。
ーーそんな日が来るとでも?
自分はなにを思った?
今の事態が終わっても、人殺しに未来はあるのか?
第一、ミミには豊かな暮らしへ入団させるつもりだ。その上にあるのは愛のある我が家。そして、さらに上には大海組、総白組、総白会と繋がっている。
つまりヤクザだ。
裏社会に身を置いた自分に平和が訪れるとでもーー?
思わず肩を落とす。今まで考えないようにしてきただけだ。
きっと全部が終われば元の暮らしに帰れるんだと。でもーー帰れない。
もう二度と日の目を見ることはない。
歯をくいしばる。
だからなんだ。
平穏な生活?
そんなものどうでもいい。
家族と周りを守れさえすれば、私自身がどうなっても問題なんてない。心を殺せ。今の生活だって苦しいだけじゃない。そうだ、そうに決まっている。
震えている私を気にしたのか、瑠璃と瑠衣は僕に触れる。
「大丈夫だから……ははは」
もう覚悟は決めたじゃないか。ありすや静夜だって似た年齢で裏の道に入ったはず。でもこうしてありすは笑っている。なら、なら裏社会に身を落とそうとも、楽しい生活は待っているはずだ。
(110.)
『もう居場所は確保し追跡中です。豊花さんも合流してください。なぜかあなた方の帰宅路ですっ!?』通話が途切れた。なにかあった気配はするが、命の危険を察知するほどじゃないだろう。
いつもの細道を通り、ミミとは残念ながら別れ、瑠璃と瑠衣とありす、四人で帰宅していた。ここに叶多が来るならよし、来ないなら沙鳥たちに殺られていてもよし。復讐してやる。
帰宅路の最中、細道に入ったところで全身マントにくるまった怪しげな謎の女とすれ違った。
怪しいーーと思いつつも、結局自分にはなにもできなかったじゃないか、と愚痴を考えている。と、嫌な直感が遅れて発動した。
女が瑠衣の片腕をナイフで切り裂いたのだ。
「ちっ!」
女は片腕を切り落とすつもりだったのか、さらに瑠衣に襲いかかる。それをありすがナイフで受け止め、相手が数歩下がる。
「フードを取りな、叶多!」
瑠衣が傷つけられたことに激昂しているありすの言葉で、居場所はもう判明したんじゃなかったのかと沙鳥を疑う。
「沙鳥は?」
あの追い掛けていた沙鳥はどこに?
「沙鳥? あの女どもならあの筋肉質な男と眉墨が止めているはずよ! あんたたちを殺すまで私は死んではやれない! おまえたち全員を殺すため、やりたくもない悪人殺しまでしてきた。あの肉達磨を信用させるためにね!」
私も叶多に向かうが、急に催涙スプレーをかけられ身動きが取れなくなってしまう。なんだこれは、想像以上にきつく屈んでしまう。なんだこれは、キツいどころじゃない!?
「なかなか強いじゃん。よく短期間で鍛えたね?」
ありすとナイフで切りあい、未だに両者共に怪我を負っていない。
「私だって元は異能力者保護団体の班長。戦闘くらい心得ている!」
そこに背後から場違いのミミがいきなり駆け寄ってきた。待て! おまえにはまだ早い!
ニヤニヤしながら叶多に猛烈に駆け寄る。
「待て!」
という言葉が届くまえに、ナイフが叶多に避けられると、足払いをされ転けたミミの背中を刺される。
「邪魔をするな、雑魚が。瑠衣、瑠璃、豊花、おまえらが死ねば紅も報われる!」
瑠璃も特殊警棒を取りだし戦闘態勢に入る。私もようやく動けるようになり、ナイフを逆手に握る。殺す、殺す殺す殺す!
こいつはころさなければならない!
ーーそこに叶多の背後から、両者怪我まみれの両手が復活している善河と刀子、そして沙鳥が姿を表した。
「なるほどなるほど。善河さんは利用されていただけなんですね。でしたら、私を殺す理由は薄くなりました」
「ああ、まだ殺すつもりだけどよ。気を付けろよ、今は眼中にないだけだ」善河は叶多を睨み付ける「てめーよぉ、悪人じゃねぇやつも悪人と言って騙して俺を動かしていたらしいな? ああ?」
「だ、騙されるほうが悪いのではなくて?」
叶多は逃げようとするが、挟み撃ちの状態。私たち側に逃げようとするが、刀子のいつ抜いたのか見えない居合いで一瞬にして倒れる。
もはや虫の息の叶多を無視して、善河と刀子は言葉を交わす。
「さてよ、刀子? お前と決着をつけねぇとな? なあ? ああン?」
「わかっている。場所はすぐそこの空き地でいいだろう? なあ?」
二人は空き地に向かい歩き出す。
「殺す……殺す……よくも弟を……」
「弟がしたこと、忘れたの? 忘れたんだ?」
私は自分の口から出た冷たい言葉に寒気を覚えた。
私は血塗れの叶多を殴り飛ばした。何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も!
「豊花、怖い……」
瑠衣は呟く。
ははっ、はははっ、これで問題は解決した。
叶多はとっくに絶命した。
解決したのか?
豊かな暮らしとやらの組織はどうなる。
最後に叶多を蹴り飛ばし、絶命したのを確認してありすに掃除屋に連絡を入れてもらえるように頼む。
怒りが収まらない。なんなんだこれは?
今までの私となにが変わってしまったんだ?
それを横目に、刀子と善河は距離を置き、向かい合っていた。
「昔、悪人を守るためにてめぇは俺に怪我を負わせた」
「その悪人の基準はおまえの判断だ。おまえの判断だけで物事は回ってはいない」
二人の刀と拳が交差する。




