Episode66/敵対者?
(105.)
『真実の愛なる組織は新たにできた組織で、個々はネットを介して動いているようです』
トイレ休憩の最中、沙鳥にそう伝えられた。あまり電話の音が響かないようにコッソリと。
「それじゃ、相手の素性を掴むのは難しいんじゃ……」
「いいえ、リーダーである叶多を捕まえればことは収まります」と言う沙鳥。「あなた方は学生生活を謳歌しつつ、情報を集めてください」
まあ、リーダーにそう言われてしまっては仕方ない。
ふと、今しがた起きた出来事を沙鳥に伝えることにした。
「とりあえず、梅沢先生は敵対者だよ。しかも、私じゃなく瑠衣を狙った」
さらに沙鳥に、過去に瑠衣がやらかした悪事を伝えた。
『あなたの危機察知能力は我々の中では一番優秀なのですから。その直感……とやらを信じて行動してください。それではまた』
「あ、ちょっと待って!」沙鳥が通話を切りそうなのを慌てて止めた。
『はい、なんでしょうか?』
「きょうは私ひとりで帰ることにする。相手の情報を引き出せるもしれない。瑠衣や瑠璃にはありすがついているし」
『まあ、あなたなら大丈夫だと思いますが……』
「ありがとう」
学校でも気が休まらない。
いつになったら真実の愛とやらは姿を見せてくれるのか不安になってくる。
沙鳥は会話の途中、三原という異能力者を拷問し、沙鳥の異能力で情報を粗方探したという。
ーー反撃を開始します。私に嘘は通用しません。
沙鳥はそう言っていた。どうやら三原は遭遇した人間すべての目を借りることができる異能力者らしい。
だけど疑問が生じる。
澄が帰宅してから一転攻勢をしかけるという話はどこにいったのだろう?
まあ、あの人たちなら大丈夫か。
『あの方がいなくても我々に手を出す事、その恐ろしさを相手方に思い知らせてあげましょう』
今度こそ通話が途切れた。
自分にはなにができるのか考えた。
考えた末、今回は自分ひとりで帰宅することに決めたのだ。
自分を餌にするのだと。
「ちょっと! 危ないわよ、こんなときにひとりで帰るなんて。あなたに戦う力なんてないじゃない、わかないの!?」
校門で瑠璃に引き留められる。
ありすはそこまで心配していないようだが、瑠衣や瑠璃は納得していない。
それを無視して、僕は半ば無理やりひとりで帰宅することにした。
追跡されていないのを確認すると、ふぅっと一息。
途端に、背後から嫌な予感がして振り向く。
そこには、チェーンを腕に巻いた上級生の女生徒が歩いていた。隣にはナイフ片手にケラケラ笑っている下級生もいた。
だけどーーなんていうべきか。相手は殺し屋でも異能力者でもない気がした。
それに、いまいちありすや刀子さんのような不気味さは一切感じられない。
ナイフを片手に握る少女が前に躍り出る。こちらにも驚異は感じられなかった。
「お姉さん、いや、お嬢さんが風守高校最強のひと? あたしってさー、強い相手を見かけると勝負したくなっちゃうんだよね!」
「いやいやいなちょっと待ってくれ! 私は最強なんかじゃない!」
いつそのようなことが決まったのか?
いつそんな噂が広まったのか?
私には理解できずに否定するが、ナイフ少女はがむしゃらに突っ込んできた。
ーーん?
たしかに並みの人よりは早いけど、ありすと比べると屁みたいな速度や姿勢。
本当にこいつら、“真実の愛”の一員なのか?
少女はナイフを振ってくる。
それを軽く躱し、隠し持っていたナイフをスカートから取り出す。
そのナイフで再び振ってきたナイフに当て弾き飛ばし、格の違いを見せつける。
弱い……ありすと比べたら圧倒的に弱い。ナイフの握り方からなっていない。
「だから言ったのに……柊、そんなんじゃいつか殺られるぞ?」
チェーン女がチェーンを拳からほどかさせ、遠距離武器に変えた。
チェーンを振り回し辺りに展開する。
「あんたもかい! 常識的な奴はいないのか!」
最初こそ戸惑った。
が、チェーンの動作が見える。
チェーンの動きと流れを見切り、痛みの薄そうな箇所に当たるのを無視して潜り抜け、チェーン女に少しずつ接近する。
たしかに軽い傷跡はついたけど、かすり傷程度。痛くない。
チェーンを潜り抜けながらも、避けながらも、チェーン女の前まで近づいた。
女は慌ててチェーンを拳に巻き、それで攻撃してこようとする。
だけど、舞香の蹴りや、ありすのナイフよりかは遥かに遅い。
私はそれを避け、相手の腕を握り背中側に腕を回した。
二人は唖然としていた。
「さあ、真実の愛について情報を言え。言わなければ命はないと……」
脅そうとするや否や。
「真実の愛?」え?「なにそれ? 空先輩知ってる?」
「いや、初めて聞いたな」
じゃあなんで私を襲ったんだ!
そう怒り任せに問う。
「いやなに、柊ーー柊ミミは強そうな相手を見つけると勝負を挑まないと気がすまない質でな。私はやめておけと言ったんだが……」
柊は強そうな相手を見かけると勝負を仕掛けたくなる性質で、私はやめておけといったんだが……じゃないだろうが!
一歩間違えなくても犯罪じゃないか!
「それが本当なのかどうか。嘘発見器より優れた異能力者が味方にいるから、少し連絡させてもらうよ」
通話の結果、私は二人を引き連れ沙鳥の下へと連れていった。
(106.)
ひとけの薄い路地裏に、私たちーー風守高校の柊と、おそらく先輩だろう空という女性ーーの三人は集まっていた。
目の前には沙鳥と、隣には瑠奈が佇んでいる。
「ーー嘘はついていないみたいですね。奇っ怪な輩に絡まれたものです」
ガチの異常者じゃないか!
この柊って子と、空……先輩という人は。
「第一、なぜ路上で会う必要があるの? 相手の追跡は振りきったの?」
「ええ、拷問したらあっさり追跡能力を持つ者の居場所を教えてくださり、処分したところです」
処分したのか……ならまあ平気なのかな?
瑠奈もいるってことは、つまり裕希姉も近場にいる筈だ。
処分と聞いて昔なら嫌な気分になったのに、今ではもうなにも感じられない。
「処分……」「処分!」
空先輩は頭を抱え、柊はキラキラした瞳を浮かべている。
「どうやらあなたは、強い相手と戦いたいようですね。でしたら、愛のある我が家の傘下の組織を作る予定がありますので、そこに歓迎しましょうか? ここにいる人たちは私を除き強い者たちばかりで暇はしませんし。それに……豊花さんの仕事は決まりましたね」
沙鳥は柊から私の顔に視線を移す。
「へ?」
「豊花さんの仕事は、愛のある我が家のメンバー以外の身内ーー直轄の下部組織が欲しかったので、それを作りリーダーになることです。メンバーはまだ柊さんだけですが、いつになるかはわかりませんが決定事項です。よかったですね、こんなに早く。大任ですよ?」
「いやいやいや。いやいやいやいやいや!」
嫌がる私を無視して、なにやら決定事項になってしまったらしい。
「奇縁でも縁に変わりありません。異能力者じゃないので訓練は必要ですし、愛のある我が家には入れられません。まだまだ豊花さんに簡単に負けるようでは仕事も無理でしょう。そこら辺は学校帰りにでもありすさんに指南を受けさせてください。頑張って稼いで上納金を納めてくださいね? 瑠奈さんは……今のところは豊花さんの組織の仮構成員だと考えておいてください」
瑠奈はぶうたれている。
厄介払いされたのと、朱音と離されることになるからだろう。
そんな中、『じゃあそこのお嬢さんも強いんだ!?』と柊は隙有りとばかりに瑠奈に襲いかかる。が、皮膚に触れる直前にナイフの刃が弾け飛んだ。
「わたしに並大抵の物理攻撃は効かないよ」
瑠奈にそう言われ、先ほどまで明るかった柊の表情が固まる。
「そういえば、あんたらなんなの?」と柊は訊いた。
「特殊指定異能力犯罪組織ーー愛のある我が家。よかったですね。強い方ともこれからさき戦えるようになりますよ?」
柊は緊張しつつも喜んでいる様だった。
逆に先輩は「私は空だ。風守高校に通う三年だが、関わるつもりはない」とだけ答えるなり居なくなってしまった。
「年下の女の子に負けたのがショックだったんじゃない?」と柊は教えてくれた。
「さて、叶多の潜伏場所が判明しました。目の異能力と併せ大海組の情報を甘く見ないでほしいですね。ああ、一応新生組織のTHE豊花も愛のある我が家傘下に違いないです。柊さんは愛のある我が家一員ではありませんが、豊花さんの組織の一員であることはお忘れなく。ですが、豊花さんは愛のある我が家のメンバーのままですからね。大海さんが総白会の一員であるように。柊さんは愛のある我が家ではなくTHE豊花のメンバーになりますが」
「ちょっとちょっと! なんなのTHE豊花って……」
センスが酷すぎる。
「適当に決めただけです。あとで好きに名付けていいですよ。それでは帰ってもらって構いません」
さらなる問題ごとを抱えてしまった気がしてならない。
なんなんだあの柊ミミって少女。
ありすより遥かに格下なのに、闘争本能だけは本物だ。
思いもよらぬ収穫……とはいえない厄介事を得て、私は自宅に帰ることにした。
というか、どんだけ人材が足りていないんだよ……。
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