Episode65/密かな敵対者
(104.)
学校の教室に着いて、早速私は椅子に座った。
正直、瑠衣や瑠璃のことが心配でならない。
「どした? 浮かない顔してんな? なんかあったのか?」
と宮下に心配される。顔に出てしまっていたらしい。
考えてみなくても、裕璃と同じように、宮下だって昔の根暗な私と友達になってくれた数少ない友達だ。
裕璃と宮下は、私にとってすれば親友とさえいえる存在。裕璃はもう巻き込んでしまったが、宮下までは巻き込みたくない。
「いや、なんでもないよ」
心配する宮下にそう返事する。
「ならいいけどよー。豊花ちゃんになにか悩みがあればいつでも聞くぜ?」
「大丈夫だから……あまり深入りしてほしくはないんだ」
これ以上、犠牲者を増やして堪るものか。私は他愛のない雑談を宮下としつつ、やはり瑠璃はひとりで大丈夫だろうかと思案する。
瑠衣にはありすが見張っているから大丈夫だろうけど、瑠璃は単独行動。しかもいくら第二級異能力特殊捜査官とはいえ、今まで見てきた瑠璃の姿から、安心できる様子がない。
金沢の姉だから油断はならない。だけど、まさか学校で騒ぎを起こすほどバカじゃないと信じたい。
昼食は無論、あの三人と一緒に取り、仲良く食事しなければ……。
第一、学校に瑠衣を恨む人間はもういないはずだ。ならば安全のはず。
もはや授業など頭に入らず、昼休みを迎えた。
昼休みに入ると、さっそく沙鳥から連絡が入った。
『ひとまず追っ手は撒きましたから、なにかあったときは、こちらの携帯に電話かメールをください』
沙鳥に指示される。それはまあ、当然そうなるだろうけど……。でもなにかあったあとでは遅いのではないだろうか?
なにかなければいいけどーーしかし、私の勘は囁いている。
このまま何事もなく終わるわけがないだろうと。
昼休み、瑠璃と瑠衣、それになぜか制服姿のありすと共に昼食を食べることになった。
みんなそれぞれ緊張しているのか、あまり口数がない。
「とりあえずさー、現状解決すべき問題を羅列するね?」
ありすが言うには、瑠衣や私の家族の護衛は、あくまで後手後手の問題でしかない。こちらが現にやるべきことはーーとありすは現状の問題を羅列した。
一、善河誠一郎・眉墨・煌季の居場所を突き止め、場合によっては殺害。
二、大空静夜・大空 白の動向の把握。敵対するなら抹殺。
三、金沢叶多の協力者全体の把握。
四、金沢叶多の処分(これに関しては異能力犯死刑執行代理人からの指示の為、異能力者保護団体も場合によっては共闘関係になるらしい)
五、最終的には真実の愛の壊滅(こっちも澄帰宅後一転攻勢で潰しにかかるという)
要するに、澄が帰宅する前は防戦しながらの情報収集。澄帰宅後は、集めた情報で真実の愛を潰しにかかることになる。
「おい、葉月妹、ちょっと来てくれ」
と、いきなり教室の外から瑠衣が梅沢先生の呼び出しを食らった。
「は、はい……私、なにかした?」
怒られるようなことをした覚えがない瑠衣は、それにしぶしぶ付き合うため教室の外に出た。
相手は教師だ。大丈夫だろう。
そう考えている私に対して、嫌な悪寒が背筋に走る。
「……ねぇ、ありす」
「わかってるって……追うよ」
ありすは梅沢先生を見つからないように背後から追う。
私らもさらにその背後に付き添うようについていくことにした。
「あの、どこ、行くの?」
瑠衣の問いに梅沢先生は答えない。
なぜか職員室でもない人気のない空き教室まで瑠衣を連れていくと、梅沢先生は遠目でもわかるほど歪な笑顔を浮かべた。
「まさか、弟の仇のような存在を殺す依頼を受けるとは、な……。安心してほしい。いや安心してほしくはないのであるが……弟は未だにおまえに受けたPTSDに悩まされつづけている」
周囲に誰もいない、人気のない空き教室。そこで、梅沢先生は本性を露にした。
梅沢先生は物騒な物をポケットから取り出す。ナイフだ。
「る……!?」
「しー」
ありすは助けようとする瑠璃と私に対して、別の教師を連れてきて、と命じた。
ありすの思惑はわからない。
しかし、なぜかそれに従ったほうがいいと感じられ、急いで担任の雪見先生を呼びに行くことにした。
瑠璃は念のためここで見張っていてほしいと告げた。
私が急いで廊下を走っていると、雪見先生が『廊下は走っちゃダメですよ~』と呑気に注意してきた。
「それより! 梅沢先生が生徒にナイフを向けているんです!」
「……はいー?」
「いいから早くこっちに来てください」
空き教室にたどり着くと、そこにはナイフに対してカッターで応戦する瑠衣がいた。
「ちっ、これが俺の弟を苦しめた異能力って奴だな。やはり異能力者は害悪でしかない」
両者、未だに傷ひとつ負っていない。瑠衣が手加減したのだろう。
「はいはーい、ストップ。梅沢先生? 生徒になにをなさっているのでしょうか?」
ギリギリつれてこられた雪見先生が二人の間に割って入る。
「っ! 邪魔をするな。俺は弟の仇が取れたら捕まるつもりだ。雪見先生とて容赦はしない!」
梅沢先生が雪見先生をナイフで切りつけた。かに思えたが、ようやくありすが物凄い速度で近寄りナイフを弾き飛ばした。
たしか、梅沢先生の弟は、中学校教師で、瑠衣の異能力で怪我した張本人。逆恨みとはいえない。
けれど、だからといって安心を与える側の教師が生徒に手を出していいはずがない!
「私が助けてもよかったんだけどさ。瑠衣のナイフ戦は私が鍛えたんだよ? 一介の中年に容易く殺られるとは思わないようにね?」
ありすは飄々としながら雪見先生に歩み寄る。
「あとのことはお任せします。ゆ、雪見さんだっけ?」
「あらあらそうよ~。あなたも見かけない顔ね~?」
「それは今は置いておいてください」
憎悪の瞳を瑠衣に向けながら、梅沢先生は諦めて雪見先生に連行されていってしまった。
「瑠衣もよく頑張った」
ありすは瑠衣の頭を撫でる。ありすはふわふわした表情を浮かべつつ顔を喜色に染めた。
たしかに、瑠衣なら容赦なく相手を殺すことができたかもしれない。
しかし、それをすれば瑠衣が相手を殺したことになりかねない。だからこそ、ありすは途中まで手を出さずに他の教師を連れてこさせ、どちらが悪かハッキリさせようという魂胆みたいだ。
「ありす! ありす!」
「はいはい、瑠衣。よーく頑張って判断したね」
ありすに頭を撫でられるたびに、瑠衣ははしゃぐように喜んだ。
しかし……学校にまで真実の愛は潜み込んでいるのか。
もはや誰が敵で誰が味方かわからない状況になってしまっている。
恨みの連鎖がつづいていく。これもすべてなくせば、憎しみとは無縁になれるんじゃないだろうか?
「まったくさー。真実の愛はどこまで仲間を増やしているのか。さっぱりわからないよ」
ありすの言うとおりだ。一見普通の教師でも、味方と思っていた殺し屋にも、異能力者保護団体にも、敵対者はひそかに潜んでいるのだ。
「あ、昼休み、終わった」
瑠衣の言葉により、チャイムが鳴った。
ひとまずの情報を会話し整理したところで、それぞれの教室に戻ることになった。
「おいおい、今度は両手どころか三人も華があっていいよなー。俺なんて天涯孤独だぜ。まあ、豊花ちゃんは女の子だから、そんなに気にならねぇけどよ」
見られていたのか……宮下に茶化されながら、心中では、ユタカを失った悲しみは未だに収まらない自分がいた。
でも、だからこそ、これ以上は仲間を失いたくない。
宮下も大切な親友だ。絶対におまえを巻き込んでたまるか。僕の周囲の味方にはもう、誰にも危害を加えさせないと改めて誓うのであった。




