Episode62/覚悟
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ユタカがいなくなったことに際して、私は想像以上に落ち込んでいるらしい。それが顔に出ていたのか、なんなのか、六花はそれを察して、『なにかあった?』と訊いてきた。
六花に言ったところでどうにもならない。いや、誰に話したところでわかることはあるまい。私とユタカの関係は、私とユタカにしかわからないことだ。それをそうそうに悟り、とりあえずこれからどうするか話し合うため、一同を私の部屋に集めることにした。
裕希姉の部屋をノックする。
「はい、なに?」
「ちょっと私の部屋に来てくれない? 瑠奈と一緒にさ……どうしてこんな目に遭っているのかも軽く説明するから」
「まあ、いいけどさ……ゆったー、本当に妹になっちゃったみたいだよ、私だと」
今はこのほうが自然体で居られる。だから許してほしいと伝えながら自室に四人が集まった。
現状を詳細に説明した。改めて、先ほど話した内容をーー。
すると、裕希姉は私を軽くぶった。ぶたれたあと、怒られると思っていたが、私は軽く抱き締められた。
「すごいよ、ゆったーは。たしかにこんな状況になったのは酷いけどさ。私だって助けに行く。いや、私じゃ助けに行けなかったかもしれない。それを、よく幼馴染みを助けに行った。私はこんな弟がいて誇らしいよ。ゆったー」
裕希姉にそう諭される。
今まで責められることはあっても、褒められたことのなかった私は、柄にもなく泣きそうになる。辛かった。なにもかも、本当は投げ出したかったーー。
それが今、報われた気になる。
今まで自分のしてきたことは間違いじゃないのかと、過ちを重ねているだけじゃないかと、そう考えてきた。
無意識に、自分の責任だと。自分のせい、自分の責任、後悔、懺悔ーー私はつい最近まで、ただの高校生だったのに。なのに、なんの冗談なんだよ、と言いたくなるくらい、問題に巻き込まれつづけた。
異能力者になっただけで、だ。
でも、誰のせい?
考えるまでもない。
誰の責任でもない。
私が裕璃を助けた理由は幼馴染みだったから。それを助けてくれた友達、瑠衣。その瑠衣を紹介してくれた瑠璃。異能力者になれたからこその出会いだってあった。それに、ユタカもーー。
裕璃を助けに行こうとした勇気も容姿が変化し自信がついたからだ。
駄目だ。今まで溜め込んできたことが溢れだしてしまう。
ついに涙が瞳に滲み、流れ、頬を伝う。
それを裕希姉がやさしく抱き締めてくれる。
それに甘え、暫し身体を預ける。
ああ、もう、後悔はしない。
現実は常に過去の先にある。
私の行為に間違いはない。
そう思い続けよう。反省は必要だ。でも後悔は要らない。
さあ、今をはじめよう。
私は豊花。もう豊花でもユタカでもない。豊花なのだから。
涙を拭う。
もう泣かない。
涙は要らない。
最善を尽くそう。
現状を受け入れよう。
今は愛のある我が家のメンバーにして、二人のリーダーだ。
それに私はひとりじゃない。
豊花だ。
(101.)
さて、と現状に話を戻す。
泣いていたのは皆、見なかったフリをしてくれた。少し恥ずかしいが、今はそれどころじゃない。
敵対組織の全貌は不明。けれども防戦一方ではいずれぼろが出るだろう。
幸い、こちらには切り札ともいえる澄がメンバーにいるため、帰宅するまで耐えきれれば一転攻勢がしかけられると沙鳥は言っていた。
とはいえ、向こうもそれまでにこちらを片付けようと必死な筈。
自宅では六花が護衛してくれている分、数日の間、両親は大丈夫だろう。一応、なるべく宅配を装って入ってくる可能性もあるだろうから、外に出るときは六花と共にと釘を刺しておこう。
「裕希姉は……」
「ん? なにゆったー」
「いや、多分大丈夫。裕希姉には、おそらく愛のある我が家で戦闘力ならトップレベルの瑠奈が付き添っていてくれるから、比較的安全だと思う。第一、いきなり裕希姉を殺さなかった点から考えると、相手の真の目的は私だから、裕希姉は私を呼び寄せるための餌につかっただけだと思う」
「え? 瑠奈っちそんな凄いの?」
「へへー。もっと誉めて誉めて」
いや、褒めているというか、なんというか。災厄的な意味でもトップクラスなのが傷なんだけど。
とはいえ、それを踏まえると、いきなり狙撃でズドーン暗殺完了はい! とはいかないだろう。
で、だ。相手の目的である私がひとりで行動しておけば、危険は伴うけど、敵は近づいてくるだろう。相手はおそらく、私の異能力が美少女になることだけだと勘違いをしている。ありすや沙鳥、愛のある我が家メンバーくらいしか知らないだろうし。
それを逆手に打つ。私程度なら単なる半グレやヤクザだけでも捕まえられるだろうと油断しているはず。
さらにあいつらは拷問してから殺すとさえ言っていた。つまり、いきなり殺してきたりする可能性は低い。よくて痛め付けたあと誘拐、おそらく叶多とやらの居場所に連れていかれ、そいつのまえで拷問を受けさせる気だ。
また、学校に行けば瑠璃や瑠衣、ありすや瑠美さん(はいるかは不明だが)がいる分、戦力にもなる。登下校を共にすれば、身の安全も上昇する。
「特に改めて話し合う必要はなかったかも知れないけど、とにかく瑠奈は裕希姉を常に注視しててほしい」
「ん、わかった。ゆきりん、ささ、部屋に戻ろう!」
ひとまずやることを話終えたところーー。
「いや、あのさー……」裕希姉が急に片手を挙手した。「悪いんだけど、部屋変えを提案したいなーってさ」
「え? どうして?」
理由を訊くと、瑠奈はビクッとする。
あ、もうなんか察した。沙鳥じゃなくてもわかる。わかってしまう。
「瑠奈っちが隙あらば胸や下腹部触ってこようとするんだけど、それが嫌なんだよねー。残念だけど私はノンケなのさー、今は彼氏いないけど、絶賛彼氏募集中。彼女は募集してないんだよねこれが」
とのこと。やっぱりか。と瑠奈に目線を向けると、わざとらしく口笛を吹きながら視線を逸らした。
「わかった……じゃあ私が瑠奈と、裕希姉は六花と寝ることにしよう」
と部屋を変えることに。
ただし、とルンルン気分の瑠奈に、『私の胸とか揉んだら、瑠奈には父さんと母さんの部屋で寝てもらうからね? そうだなぁ、父さんの隣とかで』と脅しておいた。
「酷くない!? わたしそんなことしないし、そんなことしないし」
と焦りながら言ったあと、瑠奈は項垂れ、しぶしぶそれを承諾した。
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一緒に寝ようと言う瑠奈を床に敷いた布団に寝かせ、自分はベッドで仰向けになる。
ユタカ……本当にいなくなってしまったの?
……。
短い期間だったけど、ユタカと会話できない暮らしは、想像以上に寂しくて、空しく感じてしまうよ……。
ユタカ……ユタカ……ユタカ……。
いや、さっき決めた。
私は豊花になるんだ。
もう豊花でもユタカでもない。
いまここにいる。豊花も、ユタカも。
そう考えながら、私は浅い睡眠に堕ちていくのであった。




