Episode59/暴走
(96.)
おそらく姉が働いているであろうハンバーガー屋の上空まで辿り着き、瑠奈と僕は地面に舞い降りた。
店内を外からサッと確認するが、どうにも姉の姿が見当たらない。
「訊いてみたほうがいいんじゃない?」
「うん……なんだか嫌な予感がするし……」
僕は妙な胸騒ぎを覚えながら、ハンバーガー屋の中へ客と共に入る。そのままカウンターに向かい、店員の前に立った。
「いらっしゃいませ。店内でお召し上がりでしょうか? お持ち帰りでしょうか?」
「いや、あの……すみません。こちらで姉ーー杉井裕希ってひとが働いていると思うんですけど、少し話をさせてもらえませんか?」
とりあえず伝えなければならないことがある。その意図で店員に頼んでみたが、店員は怪訝な表情を顔に浮かべた。
「裕希ちゃんの弟さん? それなら少しまえに二人組の男性がやってきて、不慮の事故で弟が大怪我して危篤状態になっているから、早急に来てほしいって言われたらしいから早めに帰らせたんだけど……」
「え……?」
不慮の事故で弟が大怪我しただって?
そんなことになっていたら、普通、まずは両親に連絡が来るはずだ。何より直接言いに来ること自体おかしい。
そもそも弟である僕は平然とここにいるじゃないか。
なぜ、そんなにもおかしなことだらけな状況を言われて、親に確認することなく、明らかに怪しい男二人組に着いていってしまったのだろうか?
「弟が入院してる病院まで連れていくからって、車で来ていたみたいよ。でもおかしいわ。あなた弟なんでしょ? それとも、もうひとり弟がいるのかしら?」
「いません……弟と呼べるのは、僕ひとりだけです……あの、ほかになにか言ってませんでしたか?」
慌てて店員に問いかける。このままでは姉が行方不明になってしまう。ヒントもなにもない状況で、助け出せるとは思えない。助け出そうにも居場所がわからないことにはなにもしようがない。
「そういえば、両親が来たらこれを渡してくれって頼まれてたわ。って、あら? おかしいわね。考えてみれば、その場で両親に連絡すればいいだけの話なのに……私ったらボケたのかしら?」
そう言われ、封筒を渡された。
封筒を開けてみると、二つ折りにされた紙が入っていた。
そこに書かれていたのは、携帯電話の番号と……『姉の命が惜しいならすぐに連絡をしろ。期限は今夜までだ』というメッセージ。
「なんなんだよコレ!?」
間違いなく誘拐された。拐われた!
しかも、目的は裕希姉ではなく、どうやら僕らしい。裕希姉が目的なら、こんな紙わざわざ残す必要なんてない。
「とにかく連絡したほうがいいんじゃない?」
瑠奈に言われずともそうするほか手立てがない。
急いで紙に書かれた番号をスマホに打ち込む。
数回のコール音が鳴ったあと、連絡は繋がった。
『よう、早かったじゃねぇか。ゲハハッ!』
「誰なんだよ! 裕希姉を返せ!」
耳に響くのは、やはり聞き慣れぬ男の声だった。
『まあ落ち着けや。姉貴を解放してほしかったらな、こっちが指定する倉庫までひとりで来い。誰も仲間は連れてくんなよ? ひとり、でだ。早くしないと傷物にしちまうからな~?』
厭らしい口調で男は要求を述べる。
まずい。これじゃ瑠奈のちからを借りられない。
しかし、姉を助けるには、ひとまず言われたとおりにしなければいけない。八方塞がりだ。
「わかった! 早く場所を言えよ!」
慌てて口調が乱暴になってしまう。
『おいおい、そんな態度でいいのか? 大好きなお姉ちゃんはこっちにいんだぞ? 少しずつ拷問してくから早く来ないと頭部だけとご対面だ』
冷や汗が額に滲む。
男の声以外に、背後から女の子が笑う声と、裕希姉らしき『許して!』という悲鳴の音が聴こえる。
『場所は川崎にあるタイエイ第二倉庫の中だ。鍵は掛かってないから小さな扉から入ってこい。シャッターは降りてるから正面に来ても無意味だぞ』
タイエイ……有名なデパートの名前だ。その川崎支店の第二倉庫にいるという。
場所は判明した。なら助けに行くほかない。例え無謀でも、ひとりで来いと言われたからには、仲間に頼ろうものなら裕希姉ぇの命が危険に曝される。
「今すぐ行くから解放しろ。だいたい姉は関係ないだろ!」
『はん、聴こえねぇな? ま、安心しろや。うちらのリーダーが一番重要視してるのは、テメェらの中じゃテメェなんだよ。素直に来たら姉の命までは取らねぇよ。ただし、来なかったら……あとは、わかるよな?』男性はつづける。『人間てのは逆さ釣りにされると一時間も持たないってのは知ってるよな? わかったら、さっさとテメェだけで来い』
そこまで言うと、男性は一方的に通話を切ってしまった。
「どったの? 顔色悪いけどなんか言われた?」
「……実は」
瑠奈に端的に事情を説明した。
瑠奈は連れていけない。ひとりで来いと言われた。相手はひとりじゃない。行かなければ姉の命が危ない……とまで伝えた。
「なら現場までは運ぶよ。相手もわかんないじゃん、送ってもらったかなんて。でもさ、最悪豊花ちゃんが殺されるだけじゃなくて、お姉さんも殺されちゃうんじゃない?」
「そんなことわかってるよ! わかってるけど……」
もはや行く以外に手段はない。
どうにか姉を解放すれば、最悪自分の命は捨てたっていい。その覚悟は既にできている。自分のせいで裕璃が捕まったときとは違い、今回裕希姉ぇは完全に無関係。なのに僕のせいで捕まり拷問紛いを受けられそうになっている。
逆さ釣りがどうとかも言っていた。時間がない……。
「瑠奈、タイエイの第二倉庫って場所、知ってる?」
「まあ、一応知ってるよ。有名な場所だし、あの辺りの倉庫のひとつでしょ?」
「そこまで早く送ってほしい。ただ、瑠奈は中には入らないでほしい。外から様子が見られそうなら見ていてほしい。二十分経っても出てこなかったら入ってきてかまわない。というか助けてほしい」
相手は本気だ。瑠奈がいるとわかったら、容赦なく裕希姉ぇを殺してしまうだろう。
ただし、僕が目的ということは、僕を釣るには生きている状態の裕希姉ぇが必要になる。僕が行くまで命の保証はあると考えてもいいだろう。
「おっけぃ。んじゃ、外でてひとっ飛びしよう!」
僕は瑠奈と共に店外へと急いで出るのであった。
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瑠奈に現場まで運んでもらい、港にある倉庫に着地する。
「じゃあここで待ってて。約束どおり二十分後に戻ってくるから、来なかったら中に入ってきて」
倉庫は外から覗けそうにないことを確認すると、倉庫の外で待っているように瑠奈に告げた。
「了解。でもやばそうなら戻ってきなよ?」
「うん……」
僕は頷くと、倉庫に近寄りシャッターが閉まった隣にある重苦しい扉を何とか開けた。
中に入ると、棚に足をロープにくくりつけられ逆さ釣りのまま揺らされている裕希姉ぇと、その左右に待っている屈強な男二名。そして、一見か弱そうな15歳くらいの女の子がひとりいた。
相手の男性ひとりは、右手に拳銃を握っている。もう片方はナイフだ。あの少女は異能力者かもしれない。
「素直に来たことは褒めてやるよ」
「裕希姉を離せ!」
裕希姉を見ると、殴られたような跡が顔にある。カッと頭に血が昇る。
「おいおいそんな態度でいいのか? これからおまえを拷問して殺すんだからよォ?」
男はぶら下げていたロープを切り裕希姉を無造作に地面に落とす。裕希姉は息も絶え絶えで身体中に生傷が増えている……。
「豊花……来たらダメ……」
「るせェ!」
そう言う裕希を男は蹴飛ばした。
男たちは嗤っている。
僕のせいでこの事態に陥ったーーどうしてなんでこいつらはこんなことして笑ってられるんだ僕は私は友達を助けただけなのに悪いのは金沢ただひとりだというのに逆恨みもいいところだそもそもどうしてこんな目に遭わなければいけないんだ裕希姉はなにも関係ないだろ関係ある金沢が殺されてどうして無関係な裕希姉がこんな目に遭うんだ僕のせい? 僕のせいか? 本当に?
「おら、早くこっちに来いよ!」
再び裕希姉は腹部を蹴られる。鈍い音が倉庫に響く。
僕のなかでなにかが切れた。
命令してきたナイフを持つ男に歩み寄る。
「よぅし、きちんと命令に従えば楽に殺してやる。ま、拷問するのは避けられねぇけどな? 楽には殺さないって約束したからな」
相手は油断してボサッと来るのを待っている。
どうせなら犯してから殺そうなどと考えているにちがいない。拷問? ははっ、拷問する理由がおまえらにはないだろ?
男の前に立つ。
「はん。おまえ、よく見たら可愛いな。ただ殺すのはもったいねぇ。おら、服を脱げ。死ぬまえに快楽を教えてやる」
気持ち悪い。僕は衣服を脱ぐ為に裾に手をかける。
そのままニヤニヤした相手の足が開いているのを確認し、股間に思い切り蹴りを穿つ。
「なっ!?」
相手の腕を曲がらないほうに思い切り曲げ踵をぶつける。相手は思わず手が緩み、その間にナイフを奪い取る。すぐさまそれを順手で構え男性の首筋に当てた。
「ふざけんじゃねぇぞ!」
激昂した男の仲間が拳銃をこちらに向ける。すぐさま僕を撃ち抜こうとするが、笑わせるな。おまえら雑魚ごときが扱う拳銃、怖くもなんともない。
痛みで呻いている男を前にし盾にする。相手は構わず発砲する。
ほらみろ、貫けない。当たらない。
教育部併設異能力者研究所にいた奴らより精度が悪い。
男が撃った弾丸が盾にした男性にぶつかった直後、背を低くして男性に駆け寄る。もう一発放たれるが、それも当たらない。相手をよく見ず発砲するからだ。
ナイフで拳銃を持つ手を切り裂き、血が辺りに散らばる。その手を強く叩き拳銃を手放させる。
「ぐっ、なんなんだコイツ!? おいミィ!」
拳銃を倉庫外付近に蹴飛ばし拾えないようにする。男が誰かの名前を叫んだ瞬間、感情が鈍くなる。
少女が僕を睨み付けていた。ああ、これが……異能力か……はは……。
ーー感情。
そのまま構わずナイフで幾度もからだを切り刻む。
「や、やめてくれ! ミィ! 異能力を使えって!」
「つ、使ってる!」
「相性が悪かったな、はははっ!」
やめてくれと懇願する男に対して、容赦なく切り刻む。10回は諸に命中しただろうか。返り血が顔に付く。
「裕希姉がやめてくれと言っても、どうせやめなかったんだろ?」
虫の息の相手の腹部に、止めとばかりにナイフで突き刺した。
「かはぁ……ぁぁ……やめてくれぇ……」
あまりの事態に少女は逃げようとする。
だが……女の子だから関係ないと思うのか?
少女の背後にナイフを思い切り投擲する。この重さ、回転する回数などを感覚で把握して投げたナイフは、当然のように少女の背中をかすり痛みで少し立ち止まる。
それを容赦なく押し倒した。
「うう……!」
少女は目をこちらに向けると、今度は思考や感情などの意識が途切れそうになる。思考、感情ーー。
なるほど、こいつの意識低下の異能力で、裕希姉やお店の店員の思考を曖昧にさせて命令に従えたわけか。こいつも協力者。
対抗して思考、感情と脳内で唱えたことにより、僕の精神はまだまともだ。
「どうして! 効かないの!?」
焦る少女の顔面を私は思い切り殴り飛ばす。
思考、
感情、
感覚、
直観ーーユ、ル、サ、ナ、イ。
「この異能力で姉をたぶらかしたんだな? おまえも笑ってただろ? なら、私も嗤ってやるよ、あははははは!」
少女の腹部を突き、顔面を往復ビンタし、髪を掴んで地面に叩きつけ、少し立ち上がり膝を腹部に直撃させる。少女はあまりのことに嘔吐するが、構わず顔面を何度も殴り続ける。
「ゆ、許して……」
少女は泣いていた。
でも、さっき裕希姉も泣いていたよな?
どうして自分だけが許されると思うんだ?
わからないなーわからないなーわからないなー!
近場にあったナイフの柄を握り、振りかぶる。
ーーもう相手に戦う意欲はない! やめるんだ豊花! 暴走気味だぞ!? 殺す気か!ーー
ユタカに制止される。
うん?
うん。
「当たり前じゃん。もう疲れたよ……こいつらを解放しても、どうせ復讐しに来るんだ。なら、面倒なことは要らない。歯向かう奴は皆殺しだ」
ーーやめろ!ーー
「ヤ、メ、ナ、イ」
やめる気がなかった。
私の家族に手を掛けようとした、こいつらが許せなかった。
少女に止めを刺そうとしたところで、手が掴まれた。カッとなり振り向くと、そこには動揺した表情の裕希姉がいた。
「私なら大丈夫だから……ゆった……凄い怖い顔してる……」
「ああ……はははっ……大丈夫だよ裕希姉……でもさ、こいつらは裕希姉や僕たちを殺そうとしたんだ。なら、殺さなくちゃいけない……」
「おかしいゆったー……そんなこと言う子じゃなかったのに」
と、瑠奈が外部から突入してきた。
「うわ! 倉庫の中血塗れじゃん!」
瑠奈が駆け寄ってくる。
「あの……だれ?」
裕希姉が警戒して瑠奈に問いかける。
「大丈夫、味方だよ。詳しいことは家に帰ってから話すよ……」
ふと、少女に意識を戻す。少女には、もう戦う意思はなくなっていた。怯えた表情を浮かべている。顔も血塗れでぼこぼこだ。
自分の拳からも出血していた。痛みが感じられない。ノルアドレナリンが過剰分泌しているせいだろいか。
男二名はとっくに絶命している。片方は血溜まりをつくるほど大量出血していた。僕が……二人もの人間を殺害した?
でも、何の感情も湧いてこない。
裕璃みたく発狂したり罪悪感を感じたりなどしない。
「これは……どういうこと?」
と裕希姉に説明を求められる。
「家に帰ったら説明するよ……瑠奈、悪いけど自宅まで送ってくれない?」
「いいけど、そいつどうするの?」
瑠奈は虫の息の少女を指差した。
「放置するのも面倒だし、そうだな……ここに放置しといて、未来さんに連絡するよ。犯罪者の異能力者として、教育部併設異能力者研究所送りにでもなってくれれば安心だ」
利用できる場所は利用してやる。
もう決めた。こいつらは言ってもわからない。なら、歯向かう奴らを全員返り討ちにすれば、いずれ収まるだろう。
もう、容赦はしない。
殺すのが怖い?
殺さなきゃ自分や自分の周りが殺される。
なら、こちらを害そうとするやつ、全員皆殺しだーー。




