Episode58/暴露
(95.)
夕方過ぎ。辺りは既に夕暮れ時を過ぎようとしている。
普段、帰宅する時間帯より遥かに遅い帰宅だ。
瑠奈と六花を連れて、僕は自宅マンションまでやってきていた。
とりあえず、今は何より家にいる母の安否が心配だ。
急いで鍵を開けて、中に入る。
すると、すぐに母さんが駆け寄ってきた。
「ちょっと豊花! あなた最近いったいどこでなにしているのよ? 母さん心配したんだからーー」
説教が始まるまえに、僕の後ろに母の見知らぬ少女ーー瑠奈と、幼女である六花に母さんは目線を送るなり、困惑した表情を浮かべる。
「おっ邪魔しまーす」
「……」
そのまま母さんと僕を横目に、勝手に家の中に二人はぞろぞろと上がり込む。
「ほらほら、豊花。ちゃんと説明しなくちゃ」
瑠奈にそう急かされる。
言われなくてもわかっている。
僕が異能力者保護団体を抜けて、特殊指定異能力犯罪組織という犯罪集団に属したことを、今から伝えなければならない。
「あ、あら、お客さん? 今からお茶でも用意するから」
「そんなことはあとでいいよ。母さん、落ち着いて聞いてほしいーー」
僕は現状、自身が陥っている状況を素直に母さんに伝えた。
現実感がないのか、しばらく母さんは呆気に取られた表情のまま、僕の話を最後まで聞き終わた。
少し経つと、母さんはふらふらとよろめき、しばらく沈黙の時が流れる。
「え、それって、本当なの? ねえ、豊花? それは本当なの? エイプリルフールにはまだ早いわよ!?」
と、そこに瑠奈が口を挟んだ。
「ところがどっこい。夢でも冗談でも嘘でもないんだよね」
瑠奈は困惑している母さんに追い討ちをかけるような事を言う。
もう少し母さんが落ち着いてからのほうが良いと思ったけど、瑠奈がいるかぎりそうも言っていないらしい。
「ちょっとあなたー!? 豊花が、豊花が!」
母さんは父さんを呼び掛け夫婦の寝室に向かった。
たしかに父親は帰宅が早いが、きょうは普段より家に帰ってきた時間帯が更に早い気がする?
有給でも取っていたのだろうか?
寝室ではなくリビングに居たらしい父さんは、リビングから玄関の様子を見るため顔を出してこちらを覗いてくる。
それに対して、僕ではなく瑠奈が言葉を投げ掛けた。
「わたしたちは“愛のある我が家”っていう特殊指定されている異能力犯罪組織の構成員だよ」
「じょ、冗談じゃないのか? え?」
父さんは、僕が異能力者保護団体という善側の組織に属したと思ったままだったのだろう。
しかし蓋を開けてみたら、いつの間にか善とは正反対だと言っても過言じゃない犯罪集団ーー特殊指定異能力犯罪組織に所属していた事実を知り、困惑と驚愕をまぜこぜにした表情を浮かべ、あたふたしながらも父さんは瑠奈に問う。
「そんな、せっかく異能力者保護団体でアルバイトながら働くって言っていたのに、その真逆の組織に豊花が所属するとは到底思えないんだけど……」
「じゃ、証拠を見せよっか?」
父さんはリビングで吸っていた煙草を口に咥えたままだった。
その煙草に狙いを定めて、瑠奈は人差し指を一本だけ伸ばすと、居合いの構えになるなり、「いっせーのっ、せ!」と父さんの煙草に向かって人差し指で切るような動作をした。
煙草は綺麗な断面図が見えるほど綺麗に真っ二つに切断され、父さんは火種が点いている側の切られたほうの煙草をフローリングに落とすはめになった。
父さんは吃驚しつつも、まだ信じられないといった顔色で、瑠奈に食ってかかる。
「あ、ああ……異能力者だということはわかったけど、だからといって異能力犯罪組織とまでは断定できない。何かの嘘じゃないのか? 悪質なドッキリか? 本当に異能力犯罪組織とは、まだ信じるには足りないんだが」
父さんの言うことは最もだ。
しかし、今は父の現実逃避に付き合う時間なんてない。
母さんも父さんも、帰宅時間に両親が揃っていることは珍しい。
でもーー。
「裕希姉は?」
一番最重要の護衛対象が外出中なのに対して焦りを覚える。
いや、この我が家で一番帰宅が遅くなる率が高いのは、普段からそうだし、平常時には違和感や危機感を覚えないけど、今は事情が事情だ。
「大学帰りに今日はハンバーガー屋でアルバイトをしていると思うけど……」
父さんがリビングに居たことを知った母さんは玄関まで早足で歩いてくるなり、裕希姉のアルバイト先を伝えてきた。
それを聞いて、今すぐ自宅を出て裕希姉の様子を窺いに行くことを決めた。
「悪いんだけど、六花はここ、自宅で待機して両親の護衛を頼みたい。もし裕希姉に抱いている嫌な予感や危機感が正しかったとしても、ここに武力で対抗できるメンバーを一人でも待機してもらったほうが安全だ。六花には家族の身を守るために待機しておいてほしい」
六花は無言で頷くと、父母二人の家族の傍に歩いて近寄った。
六花の幼いーーまだ小学生にしか見えない六花に対して、両親は訝しげな表情を浮かべる。
「安心してほしい。六花は今の僕の姿よりさらに幼く見えるし、年齢だって僕より年下だけど、愛のある我が家の構成員では武闘派にカテゴライズされている存在だから、並み大抵の暴力団程度が相手なら迅速に制圧できると思う」
母さんは名前で困惑しているのか、現状に困惑し冷静さを失いつつも、普段より弱々しい言葉を六花に放った。
「たしか、六花さんだったわね?」
六花は無口で頷き肯定を示した。
それに対して、母は珍しい星の巡りでも感じたのか、今は重要でもないことを口にした。
「私の子どもーー姉のほうも裕希って名前よ。裕福の裕と希望の希と書いて裕希。貴女の名前は?」
「霧城六花……霧の城に六つの花で霧城六花。六と花で六花。読みにくい漢字でごめん」
六花と裕希は発音だけなら平仮名にすると、全く同じ名前だと勘違いしやすい。
でも、今はそんな些事を気にしている暇はない。
「忠告しておくけど、しばらく母さんと父さんは自宅から出ないでほしい。下手すると身の危険に曝される恐れがあるから……」
「ちょっと! まだ私は完全には状況が理解できていないのよ?」第一、と母さんは言葉をつづける。「犯罪集団に身を置くなんて、母さんは絶対に許せない! どんな理由があったとしても!」
「ごめん……でも、僕にはそうするしか手段がなかったんだ」
僕は瑠奈の方に振り向く。
「瑠奈。早急に裕希姉を探しに行こう」
と僕は瑠奈に告げた。
「豊花がリーダーっていうのは腑に落ちないけど、まあ、こうなったら仕方ないね。さっさと確認しに行こう。働いているハンバーガー屋はどこにあるん?」
「ここから近いハンバーガー屋だとは聞いていたから、まずはそこから向かおう」
背後を見ると、父は唖然とした表情のままで驚きから固まっており、母は急な実情や出来事を受け入れられなかったのかーー唐突過ぎるのも相成って密かに泣いていた。
母さん、父さんらごめんなさい……。
でも、皆の命を守るためには、もう後戻りはできないんだ。
いずれわかってくれる筈。それまで根気よく待つことにしよう。
裕璃を助ける為には、愛のある我が家に属さないと協力を申し出られずしぶしぶ組織に加入した経緯や、異能力者保護団体の綻び。
教育部併設異能力者研究所の酷い過酷な環境、人道に反する行いが平然とされている事実。
特殊指定異能力犯罪組織とは脅威度で特殊指定されるだけで、沙鳥曰く対等な取引を逸脱しないという組織理念。
それらを全て説明するには時間がかかりすぎて、いまは全てを全て説明できなかった。
そもそも問答で時間を浪費している暇はない。
最悪、裕希姉の命が危険に曝されている可能性もあるのだ。
嫌な予感がして収まらない。
この勘だけは当たってほしくない!
「もっと詳しい経緯を訊きたいなら、あとでいくらでも説明するから、いまはすぐ裕希姉のバイト先に行ってくる! 六花は自宅の警護ーー父母を守ってくれ!」
「あ、ちょっと豊花!」
母さんが僕を引き留めようとするのを無視して、僕は瑠奈を連れて、やって来たばかりの玄関から飛び出した。
「はいはい。豊花、わたしの精霊操術の有効域に入って来て」と、マンションの外に飛び出した直後、瑠奈にそう言われた。
以前みたいに空を飛んで目的地に向かうためだろう。
僕は素直に頷き、瑠奈との距離を縮めた。
次の瞬間、僕と瑠奈の空中飛行が始める。
もう慣れてきたと思っていたけど、やっぱり空高くを飛ぶのは未だに恐怖心を抱いてしまう。
こうして、自宅から一番近場にある裕希姉の勤めているハンバーガー屋に、瑠奈と共に飛行して急速に一直線で飛んで向かうのだった。
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