Episode57/行動開始
(94.)
「ちょっと豊花、大丈夫だったの?」
愛のある我が家に帰宅するなり、僕は瑠璃に心配された。
腹部を抑えていたからだろう。
善河にやられた痛みがまだつづいているのだ。
室内には大勢の人が揃っている。
僕を始め、沙鳥、舞香、朱音、瑠奈、ありす、六花、瑠衣、そして瑠璃の9名もの人間が集まっている。
「だ、大丈夫だよ……それより」
「それより半分は失敗した。削れた戦力は有象無象。金沢もいなけりゃ善河と異能力者が現れて逃走するはめに」
僕が言うのを遮り、ありすは沙鳥に起こったことを伝えようとする。
が、それを沙鳥は手を挙げ言葉を制止した。
「口で説明するよりも、起きた出来事を脳裏から読むほうが楽です。そちらのほうが手っ取り早いですしね」
「わかった。じゃあ想起ーー脳内で再生するから読み取って」
とありすは言い、想像しているのか、沙鳥に目を合わせたまま無言になる。
「はぁ……リスクマネジメントが不足していましたね」
沙鳥は悔しそうな表情をしながら、急いで携帯を取り出した。
リスクマネジメントが不足していた?
たしかに逃走するはめにはなったけど、こちらはほとんど損害がないじゃないか。損害があったのは竜宮会の組員が負傷しただけだ。
刀子さんは、あの多勢に無勢。少し心配するけど。
「襲撃したとなればカエシがくるのは当然です。ヤクザとはそういう生き方をしています」沙鳥は今一理解していない僕の心情を読んだのか、答えてくれた。「しかし、相手もバカじゃありません。無計画に襲ってもメリットのほうが大きいこちらとは違い、何の策も立てずにこちらに襲撃してきたら相手側は返り討ちに遭う、それは向こうも理解している筈です。ですから、何らかの策をこれから講じる筈」
それが何なのか僕には想像できないが、仕返しは当然来るものとして、これからの計画を立てたほうがいいーーと沙鳥は言った。
そういうものなのだろうか。
厄介な事になったのはたしかだけど。
そのとき、部屋のチャイムが鳴った。
刀子さんが帰宅したのだろうか?
「いえ、豊花さん、ちょっと玄関を開けてください」
そう言われ、仕方なく一番玄関から近かった僕が開けた。
そこには、意外な人物が立っていた。
「うふふ、みんな揃っているわね」
「ママ!?」
そこには、瑠璃と瑠衣の母親ーー瑠美さんがいた。
僕と瑠衣、それに瑠璃の三人はまとめて驚いてしまった。
瑠璃など大声を出して驚愕を露にしている。
「予め連絡しておきました。あ、もしもし? 大海さん、緊急事態です」
沙鳥は説明しながらも、僕達よりさきに部屋から出ていった大海さんに連絡を入れている。
沙鳥が瑠美さんを呼んだらしいけど、どういう繋がりがあるのかサッパリわからない。
「ふふ、久しぶりね? 舞香ちゃん」
舞香に視線を向けて、瑠美さんはそう言う。
そんな瑠美さんに対して、舞香は苦々しい表情を浮かべながら「久しぶりね……」と弱々しく返事をした。
「風香……姉が亡くなったのは当然の報いよ」
舞香はよくわからないことを呟くように言った。
それに対して、瑠美さんは特に興味がなさそうに「風香が亡くなったのは残念な事だけど、もう同僚でもないただの知人。今は何の興味もないわ」とあっさりとした感じで言い返す。
「え? ちょっとママ、どういうこと?」
「私が説明しましょう」沙鳥は大海さんとの通話を終えたのか、混乱する瑠璃に対して宥めるように言葉をかける。「瑠璃さんや瑠衣さんといった名前。若いのに異能力者保護団体の関係者。名字が同じ。そういった点から、もしかしたら……と前々から思ってはいましたが、やはり、瑠璃さんたちは瑠美さんの娘だったのですね」
沙鳥は話す。
なにやら、当時から愛のある我が家と異能力者保護団体は敵対関係だったらしい。
とある出来事を発端として、異能力者保護団体側を愛のある我が家側が襲撃をしかけ、そのときに舞香の姉である青海風香という異能力者保護団体の職員が亡くなった。
その異能力者保護団体施設襲撃の際に対峙した異能力捜査官のひとりに、瑠美さんも居たらしい。
あまり記憶力がよくないと勝手に僕が思っている沙鳥でも、流石に顔と名前を知れば思い出せたみたいだ。
「それにしても、叶多ちゃんがねぇ……」
今回の事件が元・異能力者保護団体職員の金沢叶多による独断と暴走だと聞いた瑠美さんは、叶多が元部下だったのか、妙に懐かしそうな顔をする。
「そんな馴れ初めはどうでもいいわよ。どうしてママまで呼ぶ必要があったの?」
瑠璃は疑問を口にする。
「敵対者が瑠衣さんや瑠璃さんに恨みを抱いているのなら、当然その家族である瑠美さんや大輝さんも狙われる恐れがあります。無用な危険に曝さないためにも、一時来ていただいたのです」
「え……じゃあ、パパは?」
瑠璃は新たに降ってわいた疑問を挟む。
「私の主人は教育部併設異能力者研究所にいてもらうから問題ないわ。現状一番問題なのは、竜宮会と敵対しながら、唯一なにも知らされていない豊花ちゃ……豊花くんの家族でしょうね」
「え……?」
瑠美さんに指摘されて、一瞬思考が固まった。
なぜ、なにも知らない無関係な家族が?
暴力団は一般人には手は出さないんじゃないのか?
さまざまな思考が入り混じり困惑してしまう。
「豊花さん。ヤクザがカタギに対して暴力を行使しないのは無駄なのと無関係だからです。デメリットばかりでメリットのない行動を取らないだけで、今回は事情が異なります」
「ちょっと待って、ちょっと待ってくれ! 事情が異なる?」
「叶多さんの恨みを抱いている相手の裕璃さんを最初に助けようとして、また、教育部併設異能力者研究所から助け出したいと願い愛のある我が家を動かしたのは豊花さんです。実際に助け出したのも豊花さん。なら、愛のある我が家以外で身の危険が迫っているのは豊花さんの家族も同じです」
待て待てちょっと待ってくれ!
いきなりそんなこと言われても、僕は家族に対して愛のある我が家に所属したなんて一言も伝えていない!
そんなこと知られたら、愛のある我が家がヤクザみたいな存在だと知られたら、うちの家族は全員卒倒しかねない!
「その家族の中でも、一番危険なのは兄弟や姉妹じゃないかしら?」
瑠美さんは言う。
どうして、裕希姉が一番危ないんだよ?
「リスクを評価していくと、裏社会に何の知識もない。同時に毎日大学やバイトのために外出して、それに女性で非力。叶多さんが敵視している人物の中でも豊花さんの家族は裏社会や異能力犯罪に一番無知です」沙鳥は続ける。「豊花さんの父親も同様に外出している立場ですが、お姉さんと違い男性です。それを比較していくと、現状一番危険なのは豊花さんのお姉さんーー裕希さんだと自ずと決まります」
「だからって……だったら早く何とかしないとまずいじゃないか!」
「裕希さんに対してなら、向こう側も襲撃に異能力者は不要かつ少人数の男性で済みます。拉致してしまえばそれだけで人質にできますからね」
沙鳥は瑠美さんに紅茶の入ったティーカップを手渡す。
瑠美さんはそれを飲まずに物思いに耽っている。
そもそも、どうして裕希姉の名前を沙鳥が知っているんだ?
いや、そんなの些細な事だ。
裕希姉も含めた家族は、何にも知らない。
愛のある我が家に所属したり裕璃を助けたりしたことなんて、一度たりとも伝えていない。
だからといって、僕はどうすればいいと言うんだ。
異能力者保護団体の職員になったと思ったら、知らず知らずのうちに敵対側の犯罪集団に属していたーーなんて聞かされたら、裕希姉や父さんはともかく、母さんは卒倒するに違いない。
「卒倒するか死ぬかなら、卒倒するほうが幾分マシですよ」
沙鳥は僕を説得しようとしているのか、そう告げてくる。
瑠美さんはティーカップの中身を溢さないようにしながら、瑠璃に近寄り、なぜか瑠璃の鞄に手を突っ込んでいる。
「わかってるよ……だったら早く伝えて、守りに行かなきゃダメだろ!」
僕は焦りからじっとしていられなくなり、慌てて玄関まで駆け寄り鍵を外して玄関を開けた。
ーーそこには、見知らぬ女性が佇み待ち構えていた。
だ、誰だ?
僕の目の前に立っている女性は、片手を前に差し出した。
手のひらを精一杯開き、それを閉じようとする。
直感が、やばい、というのを必死に伝えてくる。
ーーいきなり背後から、中身入りのティーカップがその女性にぶつかる。
瑠美さんが投擲したのだと遅れて理解した。
瑠美さんがティーカップを女性にぶつけたことで、女性は顔をしかめて一瞬だけ動作を止める。
そのまま瑠美さんが駆け寄ってくるなり、女性の伸ばしていた片腕に向かって特殊警棒を思い切り叩きつけた。
「ッ!」
瑠璃の鞄を漁っていたのは、瑠璃が持ち歩いている特殊警棒を取り出すためだったのか、と今さらながら気がつく。
『豊花さん、瑠美さんの背後に隠れてください。その女性は大空白。異能力者なら無条件で粉々に爆散できる脅威的な異能力の持ち主です』
脳裏に早口な沙鳥の声が流れる。
ば、爆散!?
僕は呆然としながらも、言われたとおり数歩後退した。
呆気に取られている間にも、大空白という名の女性の腕に向かって、瑠美さんは再び特殊警棒を強打した。
「ぐっ! く……そっ!」
「襲撃よ、豊花くん。ほら、ボサッとしないの」
瑠美さんは逃走を図ろうとする白の足に自らの足を引っかけるのと同時に、背中を強く押して転倒させ、うつ伏せの格好に押し留める。
「ありす、瑠璃、手伝ってちょうだい」
瑠美さん二人を呼びながら白の背中に完全に跨がり両腕を抑える。
「離せ! 離して!」
白はじたばた抵抗するが、瑠美さんの力に抗えていない。
ありすは言われるまえから行動していた。
瑠美さんが発言した直後には、既に白の片手に抑え、ナイフの刃を手首にあてがい、「暴れたら手首行っちゃうよー」と脅し、白が無理やり暴れないように忠告する。
しかし、瑠璃は状況に理解が追い付かず、なにもできないまま呆然と佇んだままだった。
「瑠璃、第2級異能力特殊捜査官かつ第2級異能力捜査員でしょ? ダメよ、咄嗟に最善を尽くさなきゃ」
瑠璃はただ突っ立っていることしかできなかった瑠璃に対して、瑠美さんは白を抑えながら、やんわりと叱る。
でも、僕には瑠璃を攻められないし、僕はもっと焦って冷静さを失っていた。
向こう見ずに玄関を開けて飛び出そうとして、無用にも仲間を危機に陥れるところだったのだ。
「どうして貴女を助け出した私たち愛のある我が家を襲撃しようとしたのですか?」
沙鳥は情報を得るためか、白に近寄りながら問いかける。
このひとーー白を助け出した?
以前、なにかあったのだろうか?
しかし、白は頑なに答えようとしない。
ただただ唸るだけで言葉は返ってこない。
「……はぁ。なるほど。真実を伝えられていないのですか。言っておきますが、貴女の彼氏を直接殺害したのは、貴女のお兄さんーー大空静夜さんですよ?」
「は? 兄貴が……?」
静夜……じゃあ、この女性はあの殺し屋の妹なのか?
「い、いや、あなたたちが殺したんでしょ……! どうして私の彼氏を、偉才を殺したのよ!?」
「リベリオンズを壊滅させたのは、同盟を破棄し愛のある我が家に奇襲を仕掛けて来たからです。ですが、同盟を破棄する原因をつくったのは、リベリオンズでも愛のある我が家でもなく、ただひとりの男の嘘ーー貴女の恨みはスジ違いも甚だしい」沙鳥は返事をしながらもため息を吐く。「どうやら直接叶多さんに協力しているわけではなく、一方的に偏った情報を聴かされて、真実の愛に属して行動している様ですね。残念ながら、この方から叶多さんの情報は追えそうにありません」
沙鳥は残念そうな表情をしながら、皆に視線を移す。
「このまま白さんを殺してしまっては、静夜さんと敵対関係になってしまいます。そうなるくらいなら、静夜さんと直接対話させて解決してもらったほうがいいでしょう」
沙鳥はそう言うと、静夜に連絡を入れるのか、スマホを取り出し耳に当てる。
しかし電話に出ないのか、沙鳥は苦々しい顔をして、再び白に目線を落とした。
「なるほど……お兄さんも真実の愛側に属しているのですね? なにを考えているのか本当にわからない兄妹です」
「わけがわからないのはあんたたちのほうよ!」
白は瑠美さんとありすによって、動きを完全に封じられながらも、唾が口から飛ぶほどの大声で喚き散らす。
「今から帰宅して、静夜さんと話をつけるなら解放いたします。ただし、こちらに牙を剥いたら、貴女を殺害して静夜さんも処分するハメになるでしょう」
「どうして!? 兄貴は何も関係ないじゃない!」
沙鳥は本日何度目になるかわからないため息をついた。
「やはり知らされていないのですか。それはそうですよね。静夜さんからはなにも知らされていないようですから。偉才さんを殺したがっていたのは静夜さんで、直接毒物を使い偉才さんを殺害したのも、間違いなく静夜さんなんですよ? 貴女を犯罪者である角瀬偉才の傍に立たせておきたくないーーそれが、静夜さんが犯行に至った動機です」
「嘘ばかり! あんたたちなんか信用できない!」
沙鳥はわざとらしく首を傾げた。
「おや? ですが貴女も疑問を抱き始めていますよね? 愛のある我が家が始末したという説明以外してくれない静夜さんに対して。今ので私が他人の心を読めるのは理解できたでしょう?」沙鳥の発言に白はまぶたを見開く。「静夜さんが偉才さんを殺したがっていたのは、静夜さんの記憶を読んだ限り事実ですし、先ほどの話も全て偽りのない事実です」
「……」
白は喚くのをやめた。
少なくとも、多少は沙鳥の言葉で感情が静まったのだろう。
「もう解放して大丈夫ですよ。瑠美さん、ありすさん。ありがとうございました。お二方のおかげで九死に一生を得られました」
沙鳥は瑠美さんたち二人に大袈裟に感謝した。
そして白の思考を読んだのか、沙鳥は二人に解放しても平気だと伝えた。
もう敵視する気持ちは薄れたのだろう。
少なくとも、静夜に会って確かめるまでは。
僕にはリベリオンズと愛のある我が家になにがあったのか知らないし、偉才とやらも、まえにありすから聞いた記憶がうっすら残っている程度で、知らないも同然だ。
だから沙鳥の発言が真実なのか偽りなのか、それは判断できない。
しかし、白の戦意が失われたことだけは、読心のできる沙鳥の発言から察せられる。
「いいえ。こういう輩は無力化しておいたほうがいいわよ?」
しかし瑠美さんは離れず、白の右腕の肩の関節をそのまま外した。
鈍い音が耳に届く。
「いっーー!?」
「ママ……いや、お母さん?」
そんな瑠美さんを見て、瑠璃は唖然とする。
その容赦のなさに僕まで驚いてしまった。
瑠美さんって、こういう感じの人だったの?
「瑠美さーん? 凄まじい治療の異能力者に心当たりがあるんだけど、異能力者保護団体に属しているのに連絡が取れないんだよねー。善河が味方に治療の異能力者がいるって言ってたし、能力が酷似してるんだよ。偶然とは思えないんだよ。もし敵側にあいつがいたら、殺さない限り、いくら負傷させても無意味なんじゃないかなー?」
ありすは相手に属しているメンバーに心当たりがあると言う。
そうか。
どんな傷もたちまち治してしまう異能力者ーーたしかに善河が言っていた。
過去にそのひとの力を借りて、ありすも骨折を治療したのだと思い浮かぶ。
あんなに短期間で完治させられるとしたら、それはありすの言うとおり凄まじい異能力者に違いない。
「どのタイミングなのかはわからないけど、一応敵対したって考えたほうがいいと思う。まったくさー……金沢といい煌季といい、異能力者保護団体に所属しているのに、身勝手に動きすぎでしょ」
ありすは煌季という異能力者ーー治癒能力者が相手側に与した可能性が高い、と沙鳥と瑠美さんに説明し終えた。
「あら、そうなの? 煌季星見ちゃんが? でも」瑠美さんは白のもう片方の肩の関節まで外す。白の鈍い悲鳴が上がる。「少なくとも、その異能力者に会うまで、異能力は発動できないようにしたほうがいいでしょう? なにかで心変わりしたとしても、治すまで無力化するのは、やらないよりはやっておいたほうがいいわ。リスク管理はしっかりしないとね」
瑠美さんようやく立ち上がり、白から退いた。
ありすもナイフの刃を白の皮膚から離し、自身のスカートを翻し捲り上げる。スパッツがチラ見えする。太ももにはホルダーのような物が巻き付いており、そこにナイフを最小の動作で綺麗にしまった。
「ううっ……」
白はありすの力を借りて立ち上がると、両手をだらんと下げてふらふらになりながらも玄関に向かって歩き始めた。
瑠美さんが手を使えない白の代わりに玄関を開けると、外に出るよう促した。
しばらく、突然の襲撃により呆然としていたが、現状を思い出してハッと正常な意識を取り戻す。
「ーー早く裕希姉や母さん、父さんに知らせに行かなくちゃ!」
今しがたの出来事から思考を離し、元々考えていた事柄を思い返す。
「待ってください」沙鳥は部屋から飛び出そうとしていた僕を言葉で制した。「一時普段の仕事を止めましょう。緊急事態ですし。ここに含む私たち全員で三チームに別れることにします」
瑠璃が疑問を抱いたのか、訝しげな表情を浮かべながら口を開いた。
「どういうこと? それって私たちもやらなきゃいけないことなの?」
「ええ、もちろん」
沙鳥はそのまま説明を始めた。
「まずは豊花さんの家族を守る為に行動する班。真実の愛を壊滅させる為に行動する班。そして瑠衣さんと瑠璃さんを守りつつ日常生活を行えるようにする為の班。この三つの班にそれぞれ別れて行動しましょう。その間、愛のある我が家のこの住み処に戻るのは禁止します。今のように襲撃を受ける可能性が高くなりましたので」
真実の愛の指示ではなく白の独断専行だとしても、相手にアジトへの入り方や居場所は把握されていると考えるべきですーーと沙鳥は説明を続けた。
沙鳥はそのまま、誰に言うでもなく少しのあいだ、ぶつぶつとなにかを呟きながら、額に自身の手のひらを当てる。
ーー僕の家族を襲うのは、竜宮会組員か、可能性は低いけど、その上の人間ーー最神一家関係者になる可能性が一番高い。
しかし、異能力者まで動員する必要性はないに等しい。
瑠美さんや刀子さんのように異能力者に対応できる人たちとは違い、異能力者でもない。異能力者社会どころか裏社会についても無知も同然。
冷静に考えれば異能力者から襲撃させるリスクは低い。
瑠衣は異能力者、それに、そこそこ危険性の高い能力を持っている。
さっきの様子からだと頼りなく思えてしまうが、瑠璃も第2級異能力捜査員。特殊警棒の所持が法的に許されているし、いざとなったら武力行使ができる。
さらに、異能力犯罪死刑執行代理人のありすが二人の近場にいてくれるなら、リスクは大幅に下がる。
自宅に帰れば、先ほど予想外の異能力への対応力を見せつけた瑠美さんも居る。
それらに対して、真実の愛を解散させる為に動く班は、最もリスクが高いうえ人数を要するだろう。
「人員を割くなら、真実の愛>豊花さん>瑠衣さんたちになりますね。こちらの戦力を考えます」
沙鳥は紙に手早くなにかを書いて素早く計算し始めた。
覗き込むと、『杉井豊花、直感で危険を察知できるため危険察知能力は最大、しかし戦力としては不十分。A×C=B』と書いていた。
同じように、ここにいる面々と刀子さんや翠月たちもガリガリ急いで書き並べていく。
あくまで沙鳥主観のなにかの比較を。
沙鳥B×D=C
舞香C×A=B
朱音C×D-=D-
六花D×B=C
瑠奈D×A=B
ありすB×B=B
翠月(帰宅前)D×C=D
瑠璃C×D=D
瑠衣D×C=D
瑠美A×B=B
刀子A×A=A
大海組C×C=C
澄A×A+=A+
A=2
B=1.5
C=1.0
D=0.5
な、なんだこれ?
アルファベットが沢山記入してある。
「行動を共にしなければならない面々は、瑠璃さんと瑠衣さんと瑠美さん、そこにありすさんを加えて4点。私と舞香さんと翠月さんと朱音さん、そこに刀子さんと大海組を加え6点。余った瑠奈さんと六花さんを豊花さんに加えて4点。ちょうどいい配分になりました」
「え? どゆこと?」
いまいち理解が追い付かない。
沙鳥は紙に、以下の様に記入した。
豊花班(○豊花、瑠奈、六花)
瑠美班(○瑠美、瑠璃、瑠衣、ありす)
沙鳥班(○沙鳥、舞香、翠月、刀子、朱音、大海組、澄は帰宅後は一気に蹴りをつけるため沙鳥班に所属)
「なによ、この丸?」
瑠璃は困惑しながら沙鳥に問う。
「班の指揮官を示しています。現在はかなり不利な状況に陥っています。ですが、澄さんさえ帰宅すれば問題の解決は一瞬で済むでしょう。六花さん、澄さんに連絡を入れて、なるべく早めに帰宅してくださるように伝えてください」
沙鳥に言われて、六花はスマホをすぐに取り出した。
「私は刀子さんがどうなったのか連絡してみます。善河という輩に倒されていなければ幸いなんですが……以前聞いた話だと実力は五分の様でしたからね」
沙鳥は刀子さんへと連絡するためスマホを耳に当てた。
刀子さん、ひとりで大丈夫だったんだろうか?
まえに善河と刀子さんの争いを見た限りでは互角だった。
竜宮会には、あの謎の異能力者ーーたしか眉墨と呼ばれていた、あのストップだとかスリップだとか言いながらカードを向けて発動してくる厄介な異能力を使う女性もあの場にはいた。
さらにいえば、竜宮会の組長や幹部も当然あの場にいる。
果たして、無事なのだろうか?
あの場で刀子さんと力を合わせて、善河や眉墨、組長や組員を皆殺しにしてしまったほうが楽だったんじゃないか?
と思い至りかけて、僕は首を振った。
そもそも組員は殺さないようにと命令されていたんだった。
そうしないと、愛のある我が家(大海組)vs真実の愛(竜宮会)の範疇から飛び出して、最悪、総白会と最神一家の全面戦争に陥る恐れがあるのだ。
正式な組員の人数は知らないけど、大海組も竜宮会も、直系とはいえ二次団体のひとつでしかない。
だけど総白会と最神一家の争いとなったら、総白会や最神一家の本家組員が仕切る直系団体全てが抗争に参戦して、ひっちゃかめっちゃかの大騒動だ。
下手したら、いや間違いなく、一般市民にまで迷惑をかけてしまう。
「はい。はい、わかりました。すぐに合流しましょう」
沙鳥は刀子に電話が繋がったみたいだ。
通話を終えた沙鳥に声をかける。
「ど、どうなったの……?」
恐る恐る訊いてしまう。
とても無事だとは思えないんだけど……。
「しばらく戦って時間稼ぎはできたらしいのですが、現在は逃走中だと言っておりました。私たちの班はすぐに刀子さんと合流して、一時的に朱音さんの異能力で創造された異世界にでも身を隠すことにします。とはいえ、すぐに戻ってきますが」沙鳥は僕を一瞥する。「豊花班は豊花さんがリーダーとなって、瑠奈さんと六花さんに指示してください。豊花さん、貴女の班なのですから、貴女がリーダーですからね」
「へ?」
僕が、リーダー?
「同じく、瑠美班は瑠美さんがリーダー。私たち沙鳥班はいつもどおり私が指揮します。短い間ですが、私たちは音信不通になります」沙鳥は瑠奈や六花、瑠璃やありすに視線を移していく。「くれぐれもリーダーに逆らったりして統制を乱さないようにしてくださいね? 危機察知能力のある豊花さんや瑠美さんが皆さんの指揮を取ります。瑠奈さん、特にあなたは暴走しがちです。しっかりと豊花さんの指示に従ってくださいよ?」
沙鳥は瑠奈に対して強い口調で指示を下す。
いきなりリーダーになれと言われても困るんだけど……。
「豊花、豊花? 豊花ちゃん? しばらくよろしくね!」
瑠奈は僕の肩に手を回して、手をわきわきさせる。
六花も僕に歩み寄るとボソッと呟くように言葉を口にした。
「よろしく」
六花に関しては、これから正常にコミュニケーションが交わせるのか不安になる。
饒舌に語っている姿を見たことがない。
本当にこのメンバーで大丈夫なのだろうか?
「豊花さんは早急に家族の身を守るために行動してください。しばらく瑠奈さんと六花さんは、豊花さんの自宅に住まわせてもらってください」
え?
は?
ふぁい!?
いやいやいや!
それって家族になんて説明すればいいんだ!?
第一六花はともかく、瑠奈なんて僕の命令に従う姿が想像できないんだけど?
「瑠璃さんや瑠衣さん、ありすさんは瑠美さんの指揮の下で行動してください。さすがに学校を何日も休むわけにはいかないでしょう。大丈夫です。瑠美さんは実の娘のためなら、真面目に最善を考えて行動してくださります。ねえ、瑠美さん?」
「買い被りすぎねぇ……とはいっても、娘たちを守るためなら本気で取り組むのは間違いないわね」
沙鳥の急な提案に対して、瑠璃は未だに自分が巻き込まれてしまった理不尽な事態に納得していないのか、ムスッとしたまま瑠美さんの発言にもなにも反応を示さない。
「豊花さんは臨時とはいえリーダーの一人です。扱いは難しいかもしれませんが、上手く瑠奈さんや六花さんを利用して、家族と自分を守ってください。あなたの危機察知能力に関しては私も信頼していますから」
いきなりそんなこと言われても、明らかに自分より強力な異能力者二人に指示を出すなんてできる気がしない……。
「えへへ~、よろしく豊花~?」
瑠奈が僕の肩に手を回したまま、ついでに胸を揉みしだいてくる。
なんなんだこの状況……。
僕は瑠奈の手を払い、揉まれないよう少し距離を置いた。
「さて、各自行動開始です。豊花さんには酷かもしれませんが、家族には現状を全て伝えるべきです。例えお母様が卒倒しようと、怒られようと、命には変えられません。覚悟を決めてください」
もうそうするしかないだろう。
けど……家族に対して特殊指定異能力犯罪組織に実は属しているだなんて告げたら、卒倒、激怒、悲哀が巻き起こり、家族関係の崩壊に繋がる可能性大だ。
でもーーそれでも家族の命が危険に曝されるよりは遥かにマシだ。
それはきちんと理解している。
「豊花……未だに私は納得できないことばかりだけど……その、気をつけてね」
それはこっちの台詞だ。
瑠璃も瑠衣もーー僕の大切なひとたちが危険に曝されるなんて耐えられない。
本来なら、瑠璃たちを守るために僕も行動したい。
でもーー父さん、母さん、それに裕希姉。
家族の身の危険も心配なんだ。
もしも僕が暴力団染みた組織に属したとしったら、父は怒るだろうし、母は卒倒、姉も驚愕してしまうに違いない。
もう、僕には選択肢は残されていない。
「さて、行動開始」
沙鳥は手を叩きながら告げるなり、ソファーから立ち上がった。
舞香と朱音を引き連れ、玄関に向かう。
「豊花さんのやるべきことは、自身の身内を守ること。可能なら家族には自宅待機を命じてください。瑠美さんのやるべきことは娘たちの身の安全の保証。私たちはーー真実の愛の足取りを掴み、相手の組織を潰すことです。では」沙鳥はそれぞれのメンバーを見渡す。「逐一報連相は欠かさずにお願いします」
沙鳥たちはそのまま部屋から出て行った。
瑠美さん達と一緒に、僕も瑠奈と六花を連れて玄関から出て、以前貰った鍵で一応施錠する。
怒られるかもしれない。
卒倒するかもしれない。
ビンタくらいじゃ済まないかもしれない。
ーーそれでも、もう他に選択肢はない。
「豊花……もしなにかあったら、きちんと相談してよね?」
瑠璃に心配そうに言われ、僕は小さく頷く。
「そっちこそ、無理しないようにね。なにかあったらすぐ連絡してほしい」
そう告げて、僕は瑠奈と六花と共に我が家へ向かうのであった。
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