Episode55/愛のある我が家(後)
(92.)
いつもより瑠璃と瑠衣を監視しながら過ごした放課後、僕は急いで愛のある我が家に出向いていた。
瑠衣と瑠璃を引き連れて……。
既に室内には、沙鳥、舞香、朱音、翠月、瑠奈、六花、赤羽さん、大海さん、ありす、刀子さんと大勢が揃っていた。部屋が狭く感じるほどだ。
そこに私と瑠衣、そして、腑に落ちない表情をしながらもついてきてくれた瑠璃も加わる。
「緊急事態です。なにやら“真実の愛”なる敵対組織が現れたことが発覚しました」
緊急事態……普段なら別の組織ができたことくらいでは一々騒がないだろう。
けれど、今回は愛のある我が家と敵対しているのだと沙鳥は暗に言っていた。
瑠衣と瑠璃まで狙われていると知ったから、致し方なく二人を一番安全な場所だと思える愛のある我が家のアジトまで連れてきたのだ。
「ちょっとちょっと、豊花? あんたどうしてこんな場所に私を連れてきたのよ?」
瑠璃は命を狙われている側だと自覚すらしていない……と思いきや。
「それに関しては、貴女自身ご存知なのではないでしょうか?」
「うっ……」
「え? どういうこと?」
沙鳥は事情を説明してくれた。
どうやら、瑠璃は昨日、危うく命を落とすところだったという。
瑠衣と共に出掛けている最中に人目を気にせず見知らぬ覆面を被った男が襲いかかってきた。
偶然居合わせたありすが暴漢を撃退してくれたから九死に一生を得たらしい。
なら、文句が言える立場じゃない。
理由も何となく察せられる筈だ。
「どうして私が狙われなければいけないのよ? 愛のある我が家の敵対組織なんじゃないの?」
瑠璃は疑問を口にした。
それに対して赤羽さんが答えた。
「言いにくいんだけどよ。金沢の弟を殺したうちの娘。それを助けたのは豊花ちゃんと愛のある我が家だ。そして、金沢弟を裕璃が殺すはめになったトリガーである豊花ちゃんにも個人的な恨みがあるらしい」赤羽さんはつづけた。「金沢弟を殺した犯人をわざわざ救出して保護している愛のある我が家に敵対心を燃やしているんだ」
「待ってよ。それじゃ、私たちが狙われる理由になっていないわ……なっていませんよね?」
「瑠璃ちゃんは一見無関係に見えて、瑠衣ちゃんの姉ということでターゲットになっちまったんだろ。瑠衣ちゃんは金沢弟が裕璃を集団強姦しようとするのを邪魔したんだ。それで瑠衣ちゃんと、姉の瑠璃ちゃんのことも金沢姉ーー金沢叶多が逆恨みしているんだとよ」
弟をそこまで溺愛していたのだろうか?
いや、普通に考えれば親族を殺した奴は皆恨めしいだろう。
だけど、だけど!
最初に罪を犯したのは金沢だ!
相手だって騙して凌辱して犯罪行為を平然としている。
たしかに、強姦と殺人の罪はイーブンじゃない。
三人を殺害した裕璃を助け出したうえ匿っている私たち愛のある我が家は、金沢の姉ーー金沢叶多からしても、法治国家からしても、許されざる行いだろう。
だとしても、恨むなら愛のある我が家だけじゃないと筋が通らない。
瑠衣は凌辱されかけた裕璃を助けただけ。
加害者である金沢たちを少し凝らしめたけど、過剰防衛にあたるか否か議論になるレベルで済む話。
さらに、単なる姉なだけの瑠璃まで狙うのは逆恨みを通り越して意味不明だ。
「厄介なのは善河だ。どうしてあいつが新成組織に属すことになったのか意図が不明だ」
「もしかしたら利害が一致したのかもしれません」
刀子さんの問いに対して沙鳥は推測を述べた。
「あいつと何の利害が一致すれば同じ組織に属することになるのかが理解できん」
思考しろーー。
僕は誰にも聞き取れないレベルの声量で『思考』と唱えた。
瑠衣や裕璃に恨みがあるのは金沢叶多。金沢の姉だ。
弟が加害しようとしたのを防いだだけで大空静夜に暗殺を依頼して、瑠衣と瑠璃の殺害を試みたほどの人物。
あの時点から姉の瑠璃も纏めて始末しようと考えていたのだろう。
教育部併設異能力者研究所に隔離させ幽閉した憎き裕璃を救出した愛のある我が家には、当然恨みを抱くことが容易に想像できる。
そして利害の一致ーーたしか善河という男と遭遇したときに発言した内容を精査するなら、刀子さんや沙鳥の殺害が目的だったのだろう。
叶多も愛のある我が家に対して恨みがある。
そこで、叶多は善河と組むないし依頼し、共に愛のある我が家を狙う真実の愛という組織を結成したのだろう。
おそらく構成員は愛のある我が家や瑠衣たちに恨みを持つ人物と、金銭で雇われた者達だ。
「たしかに、金沢紅一を裕璃がバラバラにした経緯は瑠衣が発端だけど、実際に殺したのは裕璃じゃない! どうして私や瑠衣の命まで狙われなければならないのよ?」
瑠璃は至極真っ当な疑問を投げかける。
しかし、『逆恨み』以上の回答は誰も口にしない。
いや、気持ちはわからなくはない。
もしも私が裕希姉を殺されたら、殺した犯人の家族を殺して同じ目に合わせてやるーーと怒りだけで無関係の家族にまで矛先を向けてしまう可能性だってある。
相手は冷静じゃないんだ。
合理的に考えて行動する組織ではないだろう。
「それだけじゃねぇ」大海さんが口を開く。「相手は最神一家直系の竜宮会も絡んでいやがる。俺がかき集めた情報だ。間違いねぇ」
「これでは最悪、全面的な抗争が勃発しますね」
沙鳥は神妙そうな表情を浮かべる。
「くそっ、俺の娘を犯しといて、逆恨みもいいところだぜ」
赤羽さんはギリギリと歯を噛み締めている。
舞香は口を開く。
「こうなったら迅速に解決へ持ち込むしかないわね。それでも、判明している構成員が叶多と善河と竜宮会だけってなると、どうしても上手く事を運べないでしょうけど」
「赤羽。とりあえず、しらみつぶしに今判明している相手の情報を深く掘って探るぞ。他にどんな味方がいるかわかったもんじゃねぇ」
相変わらず大海さんは舞香の言うことに弱い。
「では、しばらく安全であるここに瑠衣さんと瑠璃さんは隠れていてもらいます」
「隠れていてって……私がそんなに非力に見えるわけ?」
瑠璃は文句を口にすりが、その体は微かに震えていた。
異能力者保護団体のしがらみで叶多と面識はあるんだろうけど、ヤクザまでバックについているとなると話は変わってくる。
「瑠璃さんと瑠衣さん。あと私と朱音さんは愛のある我が家で待機。護衛として、刀子さんと舞香さんもこの場に残っていてください」
「私は異能力犯罪死刑執行代理人であって、愛のある我が家の味方ではないんだがな?」
刀子さんは愚痴を漏らす。
しかし、異能力犯罪死刑執行代理人は異能力者保護団体と繋がっている国の特別の機関だ。
愛のある我が家と裏では繋がっている同盟関係。愚痴を吐きながらも素直に指示に従うつもりらしい。
「どうして私まで……」
瑠璃は未だにごちゃごちゃ言っているが、こうなったら仕方ない事。安全な場所に身を隠していてくれたほうが私としても安心できる。
少なくとも舞香さんと刀子さんが居れば、万が一にアジトが攻められても撃退可能だろう。
「大海組は叶多の居場所と相手の仲間を特定するために人員を割く。翠月はこっちに協力しろ」
「はいはーい」
翠月は案外素直に大海さんに従った。
「大海さんと赤羽さんは情報収集をお願いします。で、豊花さんと瑠奈さん、六花さん、ありすさんは、敵対する極道『竜宮会』の戦力を削いできてください」
「え……戦力を削ぐ?」
思わず聞き返してしまった。
「ええ、最神一家直系の竜宮会は、いわば叶多さんとの協力関係にある連中です」沙鳥は目をギラリとさせる。「こちらの戦力を削らないで、相手の戦力を軒並み潰しておくのです」
「殺しはなしでいいの?」
ありすは疑問を問いかける。
戦力を削ぐだけなら、殺害するまでいかなくてもいいと思ったのだろう。
「わりぃが半殺しで済ませてくれ。こっちも総白会の直系だが、殺したら向こうもカエシをしなきゃなんねぇとなり収まらなくなる。争いが大きくなりゃ総白会にまで迷惑がかかることになる。そうなりゃ総白会と最神一家の全面戦争だ。大海組の名前は出していいからよ。だから」
ーー大海組と竜宮会の内々でケリを付けてくれ。
大海さんはそう言い終えると、赤羽さんの肩を叩き、翠月さん含め三人で先に愛のある我が家の一室から出ていった。
「竜宮会組長を脅して吐きそうなら、叶多さんの居場所や仲間に関して聞き出してください。組員は殺さないように。ただし、叶多さんが居たら容赦せず殺害してください」
おっかない。
こういう思考をする人だからリーダーが勤まるんだろうか?
とはいえ、相手はヤクザ集団。あまり関わりたくはないのが本音だ。
「豊花! やめておきなさいよ、そんな危ないこと!」
瑠璃の言うことも正しいけど、防戦一方では話にならない。
私は異能力者であり、愛のある我が家の構成員なんだ。
役割は果たさなければいけない。
「まあ……その、ほどほどにするよ」
瑠璃にそれだけ返事をすると、僕は沙鳥から指名された仲間と一緒に玄関から外へ出た。
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