Episode04/異能力者(中)
(10.)
まだ夏の陽射しが暑苦しい九月中旬。僕は裕希姉から貰った女物ーーというより女の子用の衣服に着替えて家から外に出た。
とりあえず今は何でもいいかと考え、昨日試着したショートパンツと、昨日よりも丈が短いTシャツを選んだ。
まずは住民票か……区役所が近場にある点だけは幸いだ。
さすがに下着に関しては自分で買えと言われてしまった。パンツは昨日から履きっぱなしのピンク色の物を履いたままだ。
まあ、しょうがないだろう。
オーバーニーソックスに関しては、夏の暑さを考慮して変えてきた。
それについては大正解だった。
こんな薄着でさえ、身体中に汗をかいてすぐに蒸せてくる。
「そ、それにしても……はあ……苦しいなぁ……」
雲ひとつない晴天の真下だからか、女の子になっているからか、いつもどおり歩いているだけで、すぐに息が乱れてきてしまう。
やはり、この身体になっているせいだろうか?
元の身体のままなら、区役所に足を運ぶだけでこうも息切れを起こすなんてあり得ない。
男の頃のペースで歩いているせいだろう。
そうこうしているうちに区役所前までたどり着き、僕はすぐに時間を確認した。
ーー10時30分。
自宅を出たのが10時ちょい過ぎだったのを考慮しても、男のときの肉体なら25分前には既に到着していなければおかしいレベル。
体重は男時代より軽い。
というか、身長で比較しても痩せ気味に入る体重だと思う。
だからこそ身軽になって動くのに体力を使わないと思っていたけど、そもそもの体力や筋力が全て別人に成り代わってしまったんだろう。
背丈が縮み体重だけじゃなく筋力や体力も減少したのかもしれない。
手足が細くなったこの脆弱な体躯では、男時代と同じ歩幅や早さで動きつづけたら、すぐに限界が訪れてしまいそうだ。
区役所に入り、一階の住民票を申請できる窓口に、紙に必要事項を記載して提出した。
「すみません。住民票をくれませんか?」
「はい、わかりました。では、身分を証明できるものをお貸しいただけますか?」
「えっと……はい、お願いします」
僕はマイナンバーカードを渡した。
「あの、えっと、失礼ですが……男性ですよね?」
「え、あ、すみません。昨日、異能力者になったせいで、今は女の姿になっていまして……」
「ああ、承知しました。では、こちらから保護団体に連絡して確認させていただきます」
予め異能力者保護団体に連絡しておいて助かった。
向こうに情報が伝わっているだろう。
社会科の教師に『直ぐに連絡するように』といった内容を言われたばかりで、対処に困らず助かった。
単に住民票を発行してもらうだけでも、女の子になった弊害が早速現れる。
そもそも、これから先、マイナンバーカードや保険証などの身分証明書はこの記載のままで使い続けられるのだろうか?
さっきからなにやら視線を感じて気になるんだけど、誰かが僕のことを見ているのか?
周りに悟られないよう、静かに周囲を見渡してみた。
すると、椅子に座っている男性が、僕に熱い視線を送ってきていることに気がついた。
視線の先は、どうやら下半身。
股や尻、足を見つめていた。
な、なんか恥ずかしい……これはあれか、『胸ばっかり見てるでしょ?』って女子が言うのと同じ経験なのかもしれない。
うわー……見られる側になると、だいたいどこを見ているのかわかってしまうのか。
都市伝説みたいな類いの逸話だと勝手に勘違いしていたけど、実際に見られる側に立つとわかるものなんだ。
というか、いい加減に股から視線を逸らしてほしい。
そんな凝視されたら誰にでも勘づかれちゃうよ?
僕は足を閉じて、暗に見ていることに気がついているぞと伝えた。
男は理解したのか、慌てて視線を逸らした。
暫くすると番号で呼ばれ、窓口に向かうと住民票が差し出された。
「あ、ありがとうございます」
それをすぐに受け取り、さっさと視線から逃れるために外へと待避した。
時間は10時45分……まだ15分しか経っていないのに、やけに精神的に疲れた気がする。
(11.)
最寄りの駅から乗り継ぐこと1時間強。
横浜駅に降りたその足で、異能力者保護団体が設立されている場所へ住所を頼りに向かって歩く。
汗がベタベタしてきて気持ち悪い。
でも、なぜか男のときみたいな不快な臭いは放たれずに済んでいた。
汗の匂いが変わったーーこの身体になった利点のひとつかもしれない。
「うわ……意外と大きい」
異能力者保護団体に到着するなり、僕は思わず呟いた。
真っ先に抱いた感想は、予想より大きい施設だということだった。
区役所並みの範囲の土地を使っており、外見から察するに、おそらく10階以上の高さはあるだろう。
僕は施設の正面から中へと入る。
すぐに総合窓口のカウンターが視界の先にあり、その周辺には幾つかのソファーが置かれていた。
とはいっても、ソファーに座っている人は今は誰もいないので、こんなに座る場所は必要なのか?
と疑ってしまう。
自分より少しだけ背の高いカウンターにいる職員に近寄り、カウンターの上に住民票とマイナンバーカードを提出する。
「すみません、昨日連絡を入れた杉井豊花です」
「杉井様ですね? はい、承知しました。電話口でも担当させていただきました未来と申します」
「は、はい……」
どう見てもこの職員、僕と変わらない歳に見えるんだよなー。
顔立ちや体型を見ても、声質を聴いても、この未来というひとが成人しているとは考えづらい。
とはいえ、もしもそれがコンプレックスだとしたら申し訳ない気持ちになる。
若く見えるのは喜ばしい、女の子の姿になれたやったー!
ーーなんて考えている僕とは考え方が違うかもしれない。
受付に居るくらいだ。おそらく成人だ。
若く見られたい女性は実際多いだろうけど、ひとによっては嗜好や思想は異なるのだからーー。
僕はそう考え、とにかく未来さんの発言を待つことにした。
「では、これから2階に上がっていただき、異能力検査や登録手続きを行っていただきます。担当者が待機しておりますので、検査室で言われたとおりに従ってください。早速ですが、あちらの道を真っ直ぐ歩いた先にある西方エレベーターに乗り、二階に上がっていただき、エレベーターを降りて右の通路の奥まで進んだところにある『異能力検査室』までご足労願います」
そう言うと、未来さんは緑色のゴムのバンドの様な物を差し出してきて、手首に付けておくよう指示してきた。
「わかりました。ええと、ありがとうございます」
僕は若い職員ーー未来さんに見送られながら、言われたとおり道を進む。
通路を歩いていくと、『西方エレベーター』と書かれているエリアに出る。
エレベーターのボタンを押すとすぐに扉が開き、中へと入る。
乗り込んだら二階のボタンを押す。そのまま扉が閉じた。
うーん。
この施設、綺麗で整っていて、まるで病院のように思えるけど、なんだか違和感を覚えてしまう。
なんでだろう?
エレベーターはすぐに二階へと到着し、扉が開く。
たしか降りて右側の通路の奥だっけ……。
誰の姿も居ない薄暗い通路を歩いていく。
そして、ここに入ってから感じていた違和感が何なのか理解できた。
ーーここ、こんなに大きい施設なのに、人の気配がなさすぎないか?
人があまり見当たらない。
入ってから視認できたのは、カウンターにいる未来という人と、その後ろでなにかをがさがさと漁っていた職員二人、計三人だけ。
通路にもエレベーターにも二階通路にも、僕以外の姿は誰も見かけない。
それに気づくと、なぜだか妙に心細くなってしまった。
……えっと、この部屋のことかな?
進んだ通路の奥にあるのは、『異能力検査室』と書かれた部屋の扉だった。
一応ノックをして、そのままドアノブを握り捻る。
そのままそっとドアを開き、室内に入った。
「そんなビビらなくてもいいわよ? あなたが新しい異能力者の杉井さんで間違いないわよね?」
室内には二人の人物が待機していた。
声をかけてきたのは、高校生ぐらいのーーというより、高校制服を身に纏い、上から白衣を被った姿の少女だった。
二人目は20代の女性。
手元にクリップボードを携えており、おそらく検査結果などを記入する係なんだろうと推測できた。
「あ、はい、そうです。昨日いきなり異能力者になってしまって……」
「あーうん。とりあえず検査していくから、まずは椅子に座って?」
明るく朗な声質で指示される。
少女は可愛らしい外見をしており、髪は肩までの長さで綺麗に切り揃えられている。
僕は検査を担当すると思わしき少女の前に置かれている椅子に腰を下ろした。
男だったときの僕と同年代くらいに見える少女が検査するのか。と少し不思議に感じた。
部屋は意外と広い。
少なくとも病院の診察室よりは広いだろう。
ドアから入り目の前に進んだ奥に少女が座っており、その隣には成人女性。
少女の前には、これから診察を受けるひとが座るための椅子。
そこに僕は腰掛けたのだ。
単なる内科の診察室と雰囲気が酷似していた。
「あの、異能力は勝手に女になるというものでーー」
「あー、話は聞いてるから把握してるわ、どんな異能力者なのかは。異能力者保護団体に連絡してくれたときに説明した内容で間違いない? 能力は身体干渉、女体化で元の姿には戻れないで合ってる?」
少女は普段からタメ口なのか、年下相手に見えるからか、それとも同年代だからタメ口にしているのかはわからないけど、やたらとフランクな口調で話しかけてきた。
「はい、そうです」
「他にはなにも異能力を使えたりはしない? 女体化以外にはなにか特別な力を授かったとか、脳内に情報が流れてきたりはしなかった?」
僕は無言で頷き肯定する。
なにか忘れているような、記憶からすっぽ抜けた情報があるような気がしてならないけど、思い出せないということは重要な重要じゃないと思うし、わざわざ言う必要ないだろう。
「杉井さんは、これから私がする質問に答えたり、簡単なチェックをしたりするだけでいいから大丈夫よ」
「あ、はい……」
ふと少女の社員証?
首から下げている名札が視界に入り、そちらに視線が移る。
せっかく忘れようとしている裕璃を想起してしまった。
葉月瑠璃という似ている名前を見たせいで。
「とりあえず異能力霊体が幽体と重なって在るのは一目瞭然だし、女体化という能力も使えるから異能力者に当たることになるわ。話を聞いたかぎり、今の段階じゃ能動的に異能力を解くこともできないみたいね」
異能力霊体が幽体と重なって在る?
つまり、葉月さんには僕には見えない何かが見えている?
そういえば、ちょうど授業で異能力者だと判断される条件があるのを習っていた。
特殊な力なのか。
僕にはわからないなにかによって、葉月さんの瞳には幽体とやらと異能力霊体が見えているようだ。
「はい、間違いないです」
「それじゃ、ちょっと変な事をこれからするけど、貴女があなたのままなのか、それとも少なからず異霊体に侵食されているのか、判断する為だから勘違いしないでね?」
ーー元は男なんでしょ?
と葉月は補足した。
「は、はい……?」
変な事って、いったいなんだろう?
「ほら、私を見てて」
「はい」
葉月さんは自分の制服の裾を両手で握る。
「せーの」そのまま裾を両手で持ち上げた。「ほら」
「ちょっ! な、ななっ!?」
慌てて視線を逸らしてしまった。
僕の視界に緑色のブラジャーが現れたからだ。
「ちょ、ちょっと待って!」
「ーーうん、大丈夫みたい。まだステージは1のままかな? そりゃ昨日発現したばかりだものね」
顔に熱を帯びてあわてふためく僕を無視して、葉月は隣に居る女性に「侵食ステージは1です」と伝えた。
女性は言われたことを書いているのかーークリップボードに挟んだ紙になにかを記入する。
葉月は女性に伝えながらも衣服を正し、元の姿に戻った。
「じゃあ次。軽い認識テストね」
「あ、あの、待ってください。今の行為はいったいなに!?」
「やっぱり気になる? えっとね……異能力者って、異能力霊体、略して異霊体の侵食率っていうパラメーターがあるんだけど、知ってる? 異霊体侵食率は、異能力を乱用したり、マイナス感情ーー不安や怒り、悲哀などーーが激しく揺さぶられたりすると、上がっていっちゃうの、わかる?」
「え、あの、初めて聞きました」
どうやら、異能力者は異能力を使うたびに、幽体ーー精神の体が異霊体に侵食されていくらしい。
侵食率10%でステージ1、20%でステージ2、40%でステージ3、60%でステージ4、60%以上でステージFと区分されているという。
侵食率が上がるたびに異能力者は異霊体に支配されていき精神が変容し、性格や認識、意識が変貌する。
犯罪行為などに罪悪感を抱かなくなったり、ものの見方まで変化してしまうという。
葉月さんは端的にそう説明してくれた。
「まだあなたには、本来の杉井さんの男の認識が強く残っているから、私の下着に対して過敏に反応して恥ずかしがっちゃうのよ。つまり、まだ異霊体に侵食されている割合が低いとも言えるの、わかる?」
「な、なるほど。異霊体に侵食されたら目を逸らしたりしないってことですか?」
「あなたを霊視すると、やっぱり女の子の幽体が憑いているからね。もし侵食率が高まったら、同性の下着程度であんなに激しい反応は起こさなくなるのよ。じゃあ、次の検査をつづけるから、いい?」
「は、はい」
異能力を使うたびに異能力霊体という別人格の様な存在に意識が侵食されていく?
ーーって、じゃあ、常に異能力を使っている様にも思える僕は、これから先いったいどうなってしまうんだろうか?
「さあ」葉月さんは自分の目の前に人差し指を立てる。「杉井さんも人差し指を立てて?」
「こうですか?」
自分の目の前に真似をして人差し指だけ伸ばして立てた。
「そしたら、自分の鼻と私の人差し指を、杉井さんの伸ばした人差し指で交互に触って。できるかぎり早くね? ほら、やってみて」
「えっと……」
自分の鼻に人差し指を当てたあと、葉月さんの人差し指に触れ、再び自分の鼻を触り、葉月さんの指に触れるーーそれを可能なかぎり素早く繰り返す。
「次は、私の人差し指を、顔を動かさないまま視線だけで追って見て。左右上下前後に動かすから」
「わかりました」
葉月さんは自身の人差し指を立てたまま、自身の顔の前からゆっくり左側に移動させていき、今度は右側にスライドさせていく。
それを僕は、顔を動かさずに視線だけで追いかける。
下や上にも動かし、僕に向かって近づけたり、自分の方に戻したりする葉月さんの指を、ただただジッと目だけを動かして追いかける。
これには何の意味があるんだろう?
「うん、認識に異常なし。じゃあ次は、私が今から言葉を口にするから、それにつづけて、杉井さんが私の言葉に繋がる文章になるような事を、頭に思い浮かんだまま咄嗟に言ってね。私が言い終えたら、杉井さんが言葉を続けて補完する。そしたら、私がまたなにか言うから、再びそれに繋げる。これを繰り返すだけだから。直感で答えるのよ、わかった?」
「あ、はい。よくわかりませんが、とりあえずやってみます」
「じゃ早速。自分のお家はーー」
「ーー家庭的?」
「父親はーー」
「ーーおちゃらけてて明るい」
「母親はーー」
「ーーやさしいけど、過保護気味」
「命というのはーー」
「ーー大切なもの?」
咄嗟に思い付いた言葉を葉月さんの言葉に繋げ、ひたすら述べていく。
なにやら隣の女性が慌ただしいかと思えば、どうやら僕の言った内容を全て記入しているようだ。
「人生はーー」
「ーー大変だし辛いけど、楽しいこともある」
「はい、ありがとう。うん、大丈夫そうね」
「は、はぁ、ありがとうございます」
理解が追い付かず、とりあえず礼だけ口にしてしまう。
「あんまり深く考えないでいいのよ。異能力者になったのが発端で、神経がおかしくなるひとがいたり、精神に異変が見られたりする人もいるってだけだから。杉井さんには神経にも人格にも異常は見受けられないし、今のところは心身共に異変は見当たらないから安心して」
どうやら、認識がおかしくなっていないか。精神が病んでいないか。人格に異常がないか。
ーー等を今の一連の流れで確かめたらしい。
「これで異能力検査は終了よ。少しのあいだここで待機しててね」
隣の女性らしき人がなにかを紙に書き終えたのか、検査室から外に出ていった。
ちょうどいい、気になることがひとつだけあったのだ。
「すみません、あの、訊いてもいいですか?」
「うん、なに?」
「じゃあ……その、葉月さんが着ている制服って、川崎市立の風守高等学校のものですよね? 違いますか?」
白衣のせいで気づくのに時間がかかったが、途中から葉月さんの着ている制服が自分の通っている高校の女子の制服だということがわかった。
つまり、葉月さんも風守高校の生徒?
「え、そうだけど」
「あっ、自分も同じ高校に通っていますーーってだけなんだけど……まさかうちの学校に、異能力者に関わる仕事をしているひとがいるとは思ってなくて」
「え、なら、もしかしたら……」葉月さんはなにかを考える仕草をすると口を開いた。「私は二年の葉月瑠璃よ。一応、正式に『異霊体視認証明書』を持っているし、第2級異能力特殊捜査官なの。ただ学生だから準職員扱いでアルバイトの様なものね……学業もあるし。でも、こっちの仕事も大切。異霊体視認証明書を持つ職員ーー2級特捜の数は少ないし、1級なんてひとつの県に一人か二人くらいしかいないのよ。わかる?」
「は、はぁ……」
よくわからなかったけど、とりあえず異霊体を視認できるひとが稀少だということは理解した。
だから平日なのに駆り出されているのかも……。
「ちなみに、私によく似た妹も同じ学校に通っているんだけど、ここで働いてはいないわ」
「はあ、なるほど……」
今まで知らなかっただけで、こんな身近に異能力に関する仕事をしている人がいたんだなぁ。
異能力者になるまえは都市伝説に近い話だと思っていたのに。
実際になってみると、同じ学校の同学年に通う生徒が異能力者保護団体に従事していたのを早速知ることになるとは……。
「杉井さんは何年生なの?」
「僕? 僕も葉月さんと同じ二年生です」
「なんだ、タメじゃない。これからは貴女のこと杉井って呼び捨てにしていい? その代わり、私のことも呼び捨てでいいから。ね?」
「あ、うん、わかった。とりあえず、僕はこのあとなにをすればいいの?」
「たった今、メインの異能力検査が終わったから、別階で異能力者情報をデータベースに上げて、それが終わったら書類のコピーを持って指紋をとったり細々したことをしたりするだけよ。最後に『異能力者保護団体申請完了証明書』っていう硬いカードを渡されるから、それで終わりね」
「つまり、これが検査のメインだったんだ?」
なんだかよくわからないまま検査が終わってしまったせいで、他に本番となる検査があるんじゃないかと無用な心配をしていたみたいだ。
葉月にそう言われてホッとした。
「でも、まさか同じ高校、しかも同学年の生徒を診ることになるなんて、私もちょっと驚いた。ねえ、そんな格好になっちゃって学校生活大変よね?」
「ま、まあ……でも、多分大丈夫じゃないかな?」
たとえ大変だとしても、望みどおりの女にーーそれも美少女になれたんだ。
喜びはすれど、悲しむことはないと思う。
「大変だろうし、なにか困った事があれば、いつでも二年B組に来ていいわよ。といっても学校にいない日もあるけどね。きょうみたいに」
「B組ってことは」僕はA組だし。「隣のクラスだったんだ?」
「そうなるのかな? まあでも、私は昼休みに妹の教室に行くから、教室に居ないこともあるのよ。とはいえ、見かけたときは気楽に声かけてみて。なんでも相談に乗ってあげるわよ、特別に」
「ありがとう。なんだか心強いよ」
異能力の知識がふんだんな人が同じ学校に通っていると思うと、どこか心細かった気持ちも少し楽になる。
「データベースへの登録が完了しました。指紋登録の部屋の準備も済みました」
中に入ってきた先ほどの女性が葉月に伝える。
「ありがとうございます。それじゃ杉井、また学校で」
「うん。葉月さん、いや、葉月。また」
葉月に見送られながら、異能力検査室から今しがた入ってきた女性と共に立ち去った。
(12.)
その後、顔写真を撮影したり、指紋を機械に登録したりしたあと暫く一階で待機することになった。
やがて、異能力者保護団体側の用事が全て済んだらしく『異能力者保護団体申請修了証明書』という、保険証みたくサイフに入るサイズの硬い顔写真付きのカードを渡された。
検査自体は直ぐに終わったものの、待機時間は長く感じた。
本日の予定は終了。
ほかにも細々とした用紙を一緒に渡された。
内容は異能力者に纏わる法律などの事が書かれた資料の様であり、いちいち読む気にはなれなかった。
明日はついに、この姿になってから初の登校。
女の子になるのは願ったり叶ったりだけど、どういう扱いを周りから受けることになるのかは想像できず、気になって緊張してしまう。
……まあ、なんとかなるか。
いざというときに頼れる人物ーー葉月とも知り合いになれたんだし、友達の宮下は異能力者だからって態度を変えるような男じゃない。
どうにかなる筈。
僕は同じことをぐるぐると考えながら、自宅への帰路についた。
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