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Episode44/準備(前)

(70.)

 日曜日が終わり、普段通りの朝がやってきた。

 僕はもう着なれた女子用の学校制服に裾を通し、スカートを履く。

 昨日……なにか不思議な夢を見た。

 おそらく、あれはただの夢じゃない。なぜなら……。


ーーそうだ。あれがただの夢なわけないであろう? 私が体験した、以前のからだの持ち主だ。ーー


 今朝からユタカがこの調子だからだ。


「……行ってきます」


 ぐだぐだ未だに悩んでいる僕の心情とは裏腹に、空は雲ひとつない快晴。陽射しが暑いくらいだ。

 ユタカが体験した、まえのからだの持ち主?

 最後に見た光景……あれは、たしかにこうなるまえの僕だ。つまり、ユタカ視点の記憶を夢に見たということか。

 ……だとしたら、教育部併設異能力者研究所ーーあそこのやっていることは、かなりどす黒い事だとわかってしまう。

 なら、裕璃を助けるのは可能なかぎり早いほうがいいだろう。

 でも今の僕にはなにもできない。沙鳥さんには待機を命じられた。なら従うしかないじゃないか。

 いや、できることはある。たしかありすに戦闘指南だかを受けてみてはと提案されたんだった。しかし、ありすは絶賛骨折中。瑠衣に……でも、瑠衣に頼むのもなんだかなぁ……。

 登校しながらついつい唸ってしまう。


「豊花? おはよう」


 と、背後からツンツン背中をつつかれた。

 振り向くと、そこには珍しく瑠衣がひとりだけ歩いていた。


「あれ? 瑠璃は?」

「姉さん、きょう、緊急の仕事」

「なるほど……」


 無理もない。異能力者が結構頻発しているはずだ。なら僕も呼んでくれればよかったのに。まあ、おそらく僕はまだ戦力にカウントされていないのはわかるけど。次の出社日は土曜日。休日しか出ていないということは、研修生から昇格していないんだろう。


「なにか、悩み事?」

「あ、うーん……ねえ瑠衣?」悩みながらも頼むことにした。「ありすから戦闘指南を受けたいんだけど、ありす大丈夫かな?」

「? 大丈夫じゃないけど、わかった、頼んでみる」


 まあ、大丈夫じゃないよね……。

 瑠衣はスマホを取り出しありすにメールを始めた。

 両手で操作している。なんだか意外でかわいい。


「でも、どうして?」


 瑠衣は首を傾げて問う。


「いや、ちょっとやりたいことがあってさ」


 僕は迷いつつ言葉を濁した。






(71.)

「あぁああぁああああああ!」


 元気になったありすを見ながら、瑠衣は珍しく悲鳴をあげていた。

 なぜかOKだと返事を貰えた僕は、瑠衣と一緒に葉月家へお邪魔することにした。瑠衣に連れられて部屋に入ると、そこには骨折のこの字も見当たらないほど怪我が快復したありすが準備運動をしていたのだ。


「あ、ありす? 骨はもう大丈夫なの?」

「大丈夫じゃない、朝、家出たとき、まだ、バキバキだった!」


 ありすの代わりに、瑠衣が両手をわきわきさせながら答える。


「いやー、やっぱり十体満足だと清々しいねー」


 それを言うなら五体満足では?


「いやいや、そうじゃなくて。なにがあったの?」

「ちょっとね。ちょうど旧友が近場にいるっていうから、ついでに治してもらっちゃった。杉井が稽古つけてほしいっていうのとタイミングがあってさー。いや、よかったよかった」


 治してもらった?

 異能力者だろうか?

 そして全然良さそうじゃないひとが隣にいるんだけど……。


「ありす! 看病!」


 瑠衣がありすに飛び付こうとするが……。


「ほい、もう治ったから大丈夫」


 ありすは容易く受け流し、瑠衣を背後のベッドに転がした。 


「かんびょ……」

「瑠衣の看病はいやー凄まじかった。生きた心地がしなかったよー」


 それはなんとなく想像できる。


「でも、どうしてもっと早く治してもらわなかったの?」

「んー、だからたまたま近場に来てるって連絡が来たからついでに治してもらっただけだから。彼女、北の大地の異能力者保護団体に所属してるから、普段はあまりこっち来れないんだよ」

「ありすに……私以外の……友達……」


 いや、瑠衣めっちゃ悔しそうだけど、瑠衣だってありす以外に友達いるじゃん……僕とか。あと……僕とか。


「大丈夫、旧友って言っても、たまにしか遭遇しないから。瑠衣とのほうが付き合いは長いよ?」

「ありす!」


 瑠衣が抱き付こうとするのをありすは寸でで止めながら、僕の方を向く。


「さて、戦闘指南って言っても、私に教えられることは少ないよ? 師匠に頼めばいいのに」


 うっ……今回のことで刀子さんに頼るのは無理なんだ。


「ま、なにか事情がありそうだし、べつにいいよ」


 ありすはゴム製のナイフを投げて寄越した。

 慌ててキャッチし握る。だけど……。


「僕はひとを切りたくないよ……」

「そんな甘いこと言ってたら、自分か味方を失うことになるよ? 瑠衣、ちょっと離れてて」


 ありすもゴム製のナイフを逆手で構える。


「こんな風にね!」


 来る!

 ナイフの突きが降り下ろされるのを察知し、僕は背後に下がり避けた。


「油断していると思ったんだけど、さすが静夜兄ぃの初撃を察知しただけあるじゃん。やるね?」

「……なんか、僕の異能力は女になるだけじゃないみたいなんだ」


 僕は自分の異能力について、新たに知ったことをありすに説明した。


「へえ……なるほど。じゃあ正攻法では無理かな?」


 ありすはナイフを順手持ちに変え、スッと前に出てきた。

 横切りが来る!

 僕は再び背後に一歩下がり、ナイフを避ける。すぐさま次の切りが襲いかかる。それを予知して避けるが、避けた直後に再び太股に切りつけがやってくる。早い! 間に合わない!


「いっ!」


 ゴムが足をかすり熱を帯びる。

 痛がる間も無く腕を切られ、胴体もつづけて喰らう。


「本来なら肉を切りつけ弱ったところで」ありすはナイフを逆手に握り直す。「骨を断つんだけど」


 突き攻撃は寸でのところで回避できた。


「単なるゴムだからねー。致命傷は当てられないかー。ちょっとショックかな」

「うう……」


 こっちがショックだ。

 まさか、普通のナイフ攻撃が避けられないだなんて。

 たしかに舞香さんの蹴りよりナイフの一撃一撃は早い。直観で避けるまでのインターバルが短い。

 でも……。


「できれば、ありすの攻撃をすべてかわせるようになりたい。あと、傷つけない反撃方法も」

「ちょっと欲張り過ぎなんでない? それをされちゃ、私の異能力犯罪死刑執行代理人としての仕事ができなくなっちゃうよ」目に追えない早さでナイフが首を捉える。首にゴムがピタリと触れる。「杉井が犯罪者になったときに始末できなくなる。それは私のことを舐めすぎてるんじゃないかなー?」


 冷や汗が額から流れ落ちる。

 見えなかった……それに夢で見た光景。

 ありすはまだ奥の手を隠している。


「それでも……それくらいできなきゃ、僕は役立たずなんだ」

「……なにが目的かわからないけど、杉井のその異能力、避けるだけじゃ勿体ないよ。全て避けようとするから間に合わなくなる。受ける、攻める、避ける、そして逃げる。選択肢はいくつだって存在するんだからさ」

「受ける、攻める、避ける、逃げる……」

「そ」


 ありすは僕の首筋からナイフを離し距離を空けた。


「なにも相手の攻撃を全て避ける必要はない。来る場所が分かればナイフをナイフで弾く、受け止めることもできるし、受け流すこともできる」


 ありすはナイフを振るう。


「で、隙を突いて攻める」


 ナイフで空を突く。


「どうしようもなくなったら、すぐさま撤退。どの世界にも自分の手に負えない相手はいるもんだからね、師匠とかさ」ま、とありすはつづけた。「昔の私は退くことを知らなかったし、師匠の腕を知らなかったから、無謀な突進をかまして返り討ちに遭っちゃったんだけどね」


 ありすは窓から空を見上げ、懐かしむように呟く。


「ありすでも、刀子さんには勝てないの?」


 裕璃を救うことになったら、一番敵対しそうな相手が刀子さんだ。その強さはなんとなくわかるが、いまいち実感に乏しい。


「そりゃそうだよ。だから師匠なわけだし。あのひとの凄さは刀でも狙撃でもない。足さばきかなー。いくら立ち向かっても、するりとかわされる。攻撃を受け流したと思って反撃しようとしても、そこに隙が発生しないんだから、攻撃するのをやめてしまう。というより、やめなきゃ自分が命を落とす。師匠には逆らわないほうがいいよー?」


 表情に出ていたのか、忠告を受けてしまった。

 できるなら歯向かいたくない相手だ。けど、裕璃を助けだそうとするなら、間違いなく立ち塞がってくるだろう。愛のある我が家のメンバーなら勝てるだろうか?

 舞香さん……は、自分自身で勝てないと言っていた。

 沙鳥さん……は言うまでもない。戦闘方面では役に立つビジョンがまるで浮かばない。


 瑠奈は?

 あの恐ろしさは僕自身経験している。あのひとなら刀子さんに勝てるかもしれない。でも、協力してくれるだろうか?

 一度は敵対した身、救出を手伝ってくれるだろうか?

 ちょっと気になってきた……。


「ごめん、用事を思い出しちゃった。また今度鍛えてくれる?」

「うん、いいけど。用事って?」

「ちょっとね……瑠衣、また明日」

「ん」


 思ったが吉日、確かめに行こう。






(72.)

 記憶を頼りに愛のある我が家のアジトがあるコンビニまでやってきた。

 外はもう暗い。電話でもよかっただろうけど、訊く相手が瑠奈だということもあって、沙鳥さんの電話番号を知っていたのを忘却していた。

 コンビニに入り、前回同様『299番の煙草ください』とレジに頼んだ。ほかの客がいなかったこともあり、『どうぞ』とすんなりと奥に通してくれた。

 201号室の玄関の前に立ち、チャイムを鳴らす。

 間も無く鍵が開きドアが開かれる。


「はいはーい。あれ、可愛い子ちゃんじゃん?」


 そこに居たのは奇遇にも瑠奈であった。


「あの……瑠奈……さん」

「呼び捨てでいいけど、どしたのいきなり?」

「瑠奈さん、いや、瑠奈に訊きたいことがあって」

「ん? まあいいや、中に入りなよ」


 瑠奈に言われたとおり、僕は室内にお邪魔した。

 そこには沙鳥さんと舞香さんが座っている。いつもこのメンバーなのだろうか?


「あら、どうしましたか豊花さん?」

「ども……あの、裕璃の件で訊きたいことがあって」


 モミモミ……と瑠奈が隣から胸を揉んでくる。なんなんだこのひと……。


「なんでしょうか?」


 沙鳥さんが訊ねてくる。


「いや……裕璃を助け出すのに、瑠奈は協力してくれるのかと気になって……刀子さんが相手になるんですよね?」

「敵対するとは限らないわよ?」舞香さんはそう返事した。「さっきまで一緒にお茶してたしね。まあ、敵対したらしたで戦うしかないけど、できれば相手したくないわ」


 やっぱり、みんな刀子さんに畏怖の念を抱いているのだ。しかし仲が良いんだか悪いんだかわからないな……。


「わたしは協力する気でいるけど、刀子とはあまりやりあいたくないなぁ」

「え?」


 瑠奈は協力してくれるらしい。が、瑠奈でさえ刀子と戦いたくないという。意外だ。あの恐怖、ルーナエアウラさんや澄さんを除けば敵なしだと思っていた。


「真っ正面からぶつかりあえば負けることはないと思うけど、真っ正面から挑んで来てくれるほど甘くはない相手だからね」


 真っ正面以外にも戦い方があるのだろうか?


「前回は澄さんがいたからこそ相手はあまり抵抗してきませんでしたが、今回、澄さんは頼れません。あの方は独自の物差しで動くか否かを委ねますからね」


 沙鳥さんは、澄さんがいれば問題なく事が済むと言わんばかりに呟く。


「でも、話に聞いたかぎり、舞香さんを助けるのに苦労はしなかったんですよね?」

「ですから、あのときは澄さんがいたのでなんとかなったのです。あの方がいるだけで刀子さんは手出しするのを諦めてくれますから、部下も出さなかったのでしょう。あそこは要塞です」沙鳥さんはつづけた。「異能力者に対しては異能力を無効にできる異能力者が所属している」


 おそらく、あの男の子のことだろう。

 美夜さんと一緒に裕璃を止めにきた、場に相応しくない年齢の、あの子どもが……。


「そして、暴力には重火器で応戦できるし、相手だけは異能力も使える。前回は不意討ちに等しい速度で襲撃したから応戦するだけの異能力者保護団体所属の異能力者はいなかったのだろうけど、それに懲りて対策もしてるだろうからね」


 舞香さんが補足した。

 なんだか本当に救い出せるのか心配になってきた……。


「まあ安心してよ。並の相手ならわたしひとりでどうにかなるし」


 瑠奈がこちらの心配を汲み取ったのか、安心させるように言い聞かせてきた。……胸を揉みしだきながら。

 なにやら「わたしよりある……いや同じくらいかな……」とぶつぶつ呟いている。


「瑠奈さん? 安心してください」沙鳥さんはつづけた。「瑠奈さんの胸にあるのは虚乳ですから」

「きょ、巨乳? えへへそうかな~? 朱音もわたしの巨乳にたじたじかな?」

「ええ、虚乳です。言い換えるなら壁です。そこにはなにもありませんから安心なさってください」


 瑠奈が吠えたのは言うまでもなかった。



 結局、本当に助け出せるのかモヤモヤとした不安は取れず、その日は終えたのだった。




 

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