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Episode43/-善人-

(??.)

 マンションの暗い一室の中を、窓から月明かりが差し込み弱く照らしている。

 リビングには、両手を背後に縛られて動けなくされた中年の女性。そして、片手に鉈を握る女が嗤って居た。


「どうして、どうしてこんな酷いことを!? 主人は!? 主人はどこなの!?」


 中年の女性は女に問う。


「安心しな。あっちの一室に閉じ込めてある。ただし、ペットは……」


 中年の女性は疑問を抱く。

 たしかに夫が隣室に連れていかれたが、なにかの嫌な臭いが部屋に充満しているのである。


 さらにいうなら、キッチンへとなにかを掴み連れていく女の姿を目にしていた。

 女が言うペットとは、恐らく飼っている愛猫のことだろうと予想がつく。


 嫌な予感がすると、中年の女性は、女が発する言葉のつづきを、息を飲み、ただただ待つことしかできない。


「じゃーん。カレーになっちゃいましたぁ」

「ーーは?」


 一瞬、女がなにを言っているのかわからなかった。

 理解したくなかった。

 女は、飼い猫がカレーになったと発言したのだ。


「い、いや、ぁぁ……ぁああ!」

「騒ぐなよぅ? 男も殺しちゃうぞ?」


 中年の女性は涙を流しながらカレーを見る。

 そこに在るのは、飼い猫だった肉らしき物体が多分に浮かぶ茶色い食べ物。


「はいはーい。今から選択肢を与えてあげまーす! いちっ! そのカレーを完食すること」

「そ、そんなひど」

「にぃ! 食べるの拒否して、愛する旦那を殺されるかっ!」

「……は?」


 ただただ中年女性は唖然とする。

 実質ひとつしかない選択肢を、女は二つだと言っているのだ。

 愛猫の肉カレーを完食するか、夫を殺され、おそらくは自身も殺められるか。


 そのどちらか選べと、ふたつの選択を示したのである。

 中年の女性は女を睨むがーー。


「おぃ~、今からバラバラ解体ショー開催しちゃってもいいんだぞぅ?」

「うっ、うっ……ッ……!」


 女は女性の腕に巻かれたロープを鉈で切って解放すると、スプーンを手渡した。


「ほら、さんじゅっぷんいないね~? よーい、どんっ!」


 嗚咽を漏らし嘔気を堪えながら、中年女性は辺りを汚しながら無心にカレーを口に掻き込む。

 可能な限り、味わわないように噛まずに嚥下する。


「ぉぇ……ぇ……ぐっ」

「おおー! はやいはやぁ~い!」


 しかし、途中で耐えきれなかったのか、中年女性は床に吐いてしまう。

 べちゃべちゃと汚ならしい音をたてながら、茶色い液体を床に散らばす。


「あーあぁきたないなぁ。ちゃーんとペロペロしないとね~?」


 我慢ならず、拘束が解けた事で、中年女性は唸りながらスプーン片手に鉈女に歯向かった。

 堪えきれなかったのだ。この惨状に。


 普通に暮らしていただけの幸せな家庭を壊したこの女を、許せなかったのである。


 しかしーー。


「……え?」


 気がつくと目の前には誰もいなくなっていた。

 と、背後から声がする。


「私の異能力はなんでしょーか?」

「うぅ……」


 女は後ろから嘲笑いながら問う。

 異能力者だとはわかっていた。

 この女が来たときも、主人が帰宅したのと同時にいきなりリビングに現れたからだ。


 しかし、それがなんの異能力かまでは理解できていなかった。

 異能力とは、こんなにもーーいや、異能力者とは、このような劣悪な連中ばかりなのか。

 中年女性はギリギリと奥歯を噛み涙を流す。


「便利だぞ~? ヒントは~、概念干渉の異能力だぞぅッ!」


 べちゃんっーーとフローリングに女性の頭がぶつかる。

 中年女性の顔に自身の吐瀉物が衝突する。

 いつの間にか後頭部を女が掴み、床に叩きつけたのだ。


「せ、い、か、い、は~」女がごしごし中年女性の顔面を床に塗りたくる。「時間停止でしたっ!」

「……え?」


 呆然しかできなかった。

 そのような現実離れした能力など存在してもいいのか。

 中年の女性は状況を忘れ、神に問いかける。


 ーーそのとき、隣室から『ニャー』と鳴く声が聴こえてきた。


「え……?」

「ああ、ばれちゃったかぁ。てへっ!」


 隣室のドアを女が開けると、肉となった筈の飼い猫が飛び出し中年女性へと駆け寄った。


「い、生きてたの、みーちゃん?」


 中年女性は安堵した直後、新たな疑問が頭に浮かぶ。


 ーーあの肉は、いったい?


 牛肉や豚肉の味ではなかった。

 その肉の正体。

 そして、この鉄と腐敗臭はなんなのか?


「ま、まさ、まさかーー」

「ごめんちゃい! 吐いたらもったいないぞ~?」

「い、いやぁああああッ!?」


 女性は発狂しながら隣室へ駆け込む。

 そこには、心臓や臓物を蒔き散らかした夫だった物の残骸が無造作に捨てられていた。


 それを泣き喚きながら必死に集め繋げようとする女性を見ながら、女は恍惚とした表情を浮かべて見守る。


「き、気持ちぃいいいい! 最ッ高だよ! 安心しな。あんたはじっくり殺してやるか」直後、強い衝撃。「ら!?」


 突如、女は背後から何者かに強く殴られた。

 思わず鉈を落とす。


 かと思いきや、正面の態勢が背後に振り向かせられ、首もとを強く強く握り絞められ上げ、女の足が地から離れ空中に浮かび上がる。


 それらを、すべて細小の動作でやってのけた人物が、鉈女の目前に居た。


「いや、いいね、嬢ちゃん。いい趣味してるよ。いや、よかったよかった。テメーが生粋な悪人で」


 そこに居たのは、180cm強は背のある茶髪のゴツい男。


「な……の……う……うっ!」

「はっはー、わからねぇか? まず異能力の発動には個人差はあれど、精神状態に左右される。唐突な衝撃と痛みには弱い奴が多い。だがよ、窒息しないように耐えてる現状を理解した今なら、異能力自体は使えるだろ?」

「うっ、ぐっ!」


 鉈女は足をぶらぶらさせながら異能力を発動する。

 しかし、手の力は強く、首を掴んだまま固定されて離されず、女はすぐに異能力を解除した。


「だがよ? 首絞められて鉈落とした状態じゃあ、時間を停止してもなぁ? 動作自体が固定されるんだよ。俺の手は嬢ちゃんの、いや、快楽殺人鬼の心愛(みあ)ちゃんのか弱い素手じゃ、離すまえに絶命すんのが落ちだ。なあ?」


 女ーー心愛は両手で男の腕を離そうと抗うが、男の腕力にはまるで歯が立たない。

 やがて、動きが弱々しくなり、心愛はほとんど動かなくなった。


「さてと。そんじゃまあ、最後に自身の悲鳴でも聴いて悦楽に浸れよ。あばよ」


 男は片手で腹部と喉を突く。


 思い切り放り投げると、まだ地面に落下していない心愛へ素早く拳を三発。後頭部、首、背骨に叩きつけた。


 心愛は地面に激しくぶつかり、呆気なく絶命した。


「助かったぜ、奥さん。あんたが発狂してくれなきゃ、いつ入るか悩んでいたところだ」


 男は背を向け、颯爽とその場を去ろうとする。


「あ、あの……あなたは?」

「気にすんな。旦那さんは残念だったな。そんじゃな」


 男は歩いて玄関から外へと出た。




「さてと」


 男は煙草を取り出し火を点けると、マンションの通路を歩く。

 明かりに照らされ、顔の古傷が晒される。

 携帯を取り出し、男は一服しながら誰かに電話した。


「おう、終わったぜ。後始末は任せた。あ? 次? もう次の話か。いいぜ。趣味と実務を兼ねたこの仕事に勢いづいて来たとこなんだ。誰だって殺ってやるよ。ただし、悪人ならな。で、次は誰を殺れって?」男は頬の傷を掻く。「はっはー。ようやくお出ましか。ん? 相手が違う? いやいや、俺はあいつを殺るためにこの仕事をやってるところもあるんだよ。で、今回の相手はあいつの仲間だろ?」


 男は煙草を落とし、踏み潰す。


「薬物ばら蒔いてる女版ヤクザの組長ーー嵐山沙鳥。あいつは必ずあいつと繋がってやがる。情報はこっちも得てんだよ、舐めた口聞かないほうがいいぜ?」


 通話を切ると、男は再び頬の傷を掻く。


「ようやく借りが返せそうだな? 清水刀子」






(??.)

 愛のある我が家の一室に、嵐山沙鳥、青海舞香、清水刀子が集まって談話していた。


「刀子さんの勝てない相手っているんでしょうか?」

「は? それならおまえの仲間にいるだろ」


 嵐山沙鳥の問いかけに、清水刀子はぶっきらぼうに返事する。


「いえ、澄さんは例外とした場合の話です」

「なぜ訊く?」

「なんとなくですが、気分を悪くされましたか?」


「いや」清水刀子は深く考えると、言葉を続けた。「事前情報ありでも、私の手に負えない奴がひとりだけいる。善河誠一郎(ぜんかわせいいちろう)ーー異能力者でも殺し屋でもないが、唯一、私が敗北した相手だ。もはや異能力とさえ呼べる強靭な奴でな。逃亡するのに手一杯だった」

「あら、刀子さんみたいな人が他にもいるのね。もう異能力ばかり恐れる世界は終わったんじゃないかしら? また戦ったら、どちらが勝つのやら」


 青海舞香は紅茶を飲み終えると、ふざけ半分で口にした。


「冗談じゃない。二度とごめんだ。いいか、おまえたちも奴に遭遇したら直ぐに逃げろ。青海、おまえもだ。あいつのタフさは異能力者なぞ容易く越えている。一瞬のうちに殺られてしまうだろう。まあーー」


 清水刀子は最後に宣言する。


「もし次があるとしたら、今度はきちんと最後まで殺るさ」


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