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Episode41/善と悪(後)

(69.)

 休日の土曜日、僕は異能力者保護団体に呼ばれた。

 どうやら研修があるらしい。

 ということで、僕は学校に行く時間よりも少し早めに家を出て駅へと向かった。

 駅についたら、駅前で少し立ち往生をする。

 もうすぐ十月だというのに、さらに曇天だというのに、未だに暑さを感じてしまう。


「待った?」


 道の奥から聞き慣れた声がして、僕はスマホから顔をそちらに向ける。

 そこには、昨日も学校にいなかった瑠璃が歩いてきていた。

 ぼ、僕の恋人である瑠璃が……。


「いや、いま来たところ」


 実はナンパ紛いなこともされたが、待ち合わせ中だと言ったら素直に引き下がってくれた。だから言わずとも何ら問題はないだろう。


「それじゃ異能力者保護団体に向かいましょ。まったく、休日だっていうのに面倒臭いわね」


 瑠璃は本当に面倒くさそうに呟いた。

 まえは意識していなかったのに、瑠璃の髪から漂ってくる甘い香りに意識が向いてしまう。

 恋仲になったからだろうか?

 いけないいけない。

 話に集中しなければ……。


「ご、ごめん」

「どうして豊花が謝るのよ?」

「いや、だって……僕の研修のために呼ばれたんでしょ?」

「まあ、そりゃそうだけど。豊花と一番関わりあるのは私だからね。そこは仕方ないわ。それにほら、恋人なんだし」

「恋人……」


 瑠璃も心からそう思ってくれているのか。

 それだけで歓喜乱舞してしまいそうな気持ちになる。

 でも……あの口づけ以来、これといって恋人らしいことはしていない気がする。

 それに、瑠衣みたく純粋な好意とは違って、なにか企みを孕んでいる気がしてならない。

 いやな予感だ……。

 僕の考え過ぎだろうか?


 でも、今までの経験上、僕の異能力の中で直感に関しては、他の感覚や思考等より正確に機能する割合が高い。

 この嫌な予感だけは当たってほしくない。

 純粋に瑠璃とカップルになってイチャイチャしたいし。


「それじゃ、さっさと電車に乗って向かいましょ」


 改めて見るまでもなく、瑠璃は顔立ちといいスタイルといい整っている。

 性格だって、少し違和感のあるところを除けば、しっかり芯があり主張することはきちんと主張する勇気のある、ある種では憧れも抱ける人格者だ。


ーー豊花、そんな惚けていてどうする。これから向かうさきは、もしかしたらきみの敵対する組織になるかもしれない場所なのだが? 異能力者保護団体と愛のある我が家、瑠璃と裕璃を比較して、どちらが大切なのかよく考えることだ。ーー


「う、うん」

「ん?」


 あ、ヤバい声に出しちゃった。

 ユタカとの会話は未だ慣れない。

 僕だけには普通に聴こえるから、脳内で返事するよりつい声に出して答えてしまうときがある。


ーーだいたい、きみは葉月瑠璃や瑠衣のことを美人や可愛いと評するが、自らも省みたらどうだ? 贔屓目を除いても、端から見たらきみのほうが遥かに美しくかわいい。もうちょっと、特に男性(異性)に対して警戒心を強めたほうがいい。ーー


 うっ……。

 わかっているよ。

 でも、どうしても自分のことを可愛いと認めるのは、まだ抵抗感を覚えてしまう。

 最初の頃は、まだ自分自身という認識がどこかふわふわしていたから、男だった僕視点で自分好みの容姿になれたやったー! って気分だった。


 だけど、長いーーかはわからないけど、こうやっていろいろな事件や事案に巻き込まれるたびに、自身のこの体躯や顔立ちに慣れてきちゃって、この見た目に慣れてしまったんだよ。

 女になった僕視点からだと、自らを可愛いと認めるのは、自意識過剰というか、なんというか、ナルシストな感じがして……ちょっと気恥ずかしい。


ーーならば、その格好はなんだ。瑠璃は制服なのに、きみは可愛らしいワンピースタイプの衣服を身に纏っているではないか。たしか校則ではアルバイトに向かう際は学校指定の制服だと決まっていなかったか?ーー


 ぐっ……それは……ちょうど制服をクリーニングに出して予備もなかったから、仕方なく裕希姉のお古を借りたんだよ。

 第一、あんな奇怪な校則を律儀に守っているのなんて瑠璃くらいしかいない。


「あのさ、さっきからなに立ち止まっているのよ? きょうは豊花の研修なんだから、もうちょっとしゃんとしなさい」

「あ、ごめん。いま行くよ」


 僕と瑠璃は雑談しながら電車に乗り、異能力者保護団体へと向かうのだった。





(70.)

「よく来てくれた。昨日ちょうど異能力者になったという者から連絡を受け取った。今からやって来る。葉月、おまえが診てやれ。杉井は後ろでクリップボード片手に、瑠璃に言われたことを項目の欄に書いていけ」


 異能力者保護団体についてから、真っ先に大人姿の未来さんから言われた第一声はそれだった。


「またですか? こんな頻繁に異能力者が現れるなんて今までほとんどありませんでしたよね?」


 近場のソファーに座りながら、瑠璃は未来さんに疑問を呈した。

 僕にはなんとなくわかる。

 このあいだも、異能力者数名が刀子さんや舞香さんたちによって殺害された。

 異能力者が亡くなっても、異能力霊体はいなくならずに辺りに拡散する。

 そして新たな宿主を探して、言い方は悪いかもしれないけど、寄生する。

 そして、その人物の心の穴を塞ぐのに適した異能力が発現するのだ。

 それはたしか、瑠璃も学んだはずだ。


「ああ、ちょっといろいろあってな」

「いろいろーーあっ」


 瑠璃も事情を察したらしい。

 おそらく僕と同じことを考えているだろう。


「ほら、杉井」

「ん?」

「新規異能力者のデータを記入する紙だ」


 僕は未来さんから、意外と細かな項目が沢山見受けられる用紙と、それを挟み固定して、手に持ちながら紙に記載するためのクリップボードを渡された。


「葉月は杉井が記入漏れをしていないか、記入する箇所が正しいか、しっかりチェックしてやれ。あくまで研修のひとつだからな」

「わかりました」


 瑠璃は素直に頷いた。


「もうそろそろ来ると思うから、さきに検査室で待っていろ。案内は私がする」


 自分がここに初めて来たときと同じ流れなんだな。当たり前だけど。

 うう、なんだか緊張する。用紙に余計な事とか記入間違いしないといいけど……。


ーー緊張するな。記入欄に必要ことを言われたとおりに書いて埋めればいいだけだろう?ーー


 たしかにそうだけどさ……。


「ほらほら、緊張しない緊張しない。これから異能力者保護団体で働いていくことになるんだから。慣れていかなきゃいけないのよ?」

「これから異能力者保護団体で働くーー」


 ーーはたして、本当にそうなるのだろうか?

 もしも、もしも愛のある我が家側に加担してしまったら、この研修も無意味になってしまうんじゃないか?


ーー深く考えるな、豊花。両方の言い分を考えて決断を下せばいい。今から悩んでいたって意味はないだろう?ーー


 それもそうか……。

 瑠璃がソファーから立ち上がり、検査実に向かう。

 僕はゆっくりとした足取りでついていくのだった。




 検査室と書かれた扉の中には、三名の人物が居る。


「えーっと、確認するけど、名前は山本健一(やまもとけんいち)さんね?」

「あ、はい。そうです」


 見慣れた検査室の中、僕が受けた最初のときと同じように瑠璃は椅子に座り、対面には僕や瑠璃と同い年ーーさきに渡された用紙に記載されていたーーの男性、山本が座っている。

 違う点といったら、僕が瑠璃の少し後方に突っ立っていることだけだ。

 いや、あのときも見知らぬ看護師風な服装を着た女性が居たっけ。


「あの、能力は片手が刃物になるっていうものでして、自由に変化できるんです」


 山本は同年代が検査員だからか、少し戸惑いを見せている。


「一応事前に聞いているから言わなくても大丈夫よ。だいたいどんな異能力者なのかは事前の連絡で把握しているからね。豊花、一応チェックシートに記載されている項目を確認してみて。そこに書いてあると思うから、内容に齟齬がないか確かめて」


 瑠璃に言われて、渡されている紙に目を通した。

 たしかに、そこには『片手を刃にすることが可能。能動的に発動可能で元にも自在に戻せる』と記載されていた。


「これから私がする質問に答えたり、簡単なチェックをしたりするからよろしくね。豊花、あなたは私がチェックしていく内容を、項目の欄に記入していって」

「あ、うん。わかった」「わかりました」


 山本と僕は同時に返事する。

 瑠璃は相手が患者というのか異能力者変容被害者というのか、正しい言い方はわからないけど、言い方が丁寧じゃなく砕けた、というより普段と変わらないんなんだな。


「幽体とは別に異能力霊体も見えるから異能力者というのは確定ね。豊花、異能力霊体に項目に陽性のチェック、異能力霊体の姿の項目には10代前半の男性と記入して」

「え、あ、えっと……ここに書けばいいのか」


 言われたとおり、さまざまな項目がある欄の一部にそう記入した。


「侵食率はステージ1にチェックして。さ、あとは神経や精神の検査をするから。豊花もやったことあるわよね?」

「あ、うん……」


 多分、あの指を視線で追ったり、言葉につづけてなにかを話す検査だろう。あれで侵食率が把握できるとはあんまり思えないんだけど、美夜さんみたいな第一級異能力特殊捜査官じゃなければ、いろいろしなければ判断できないのだろう。


「豊花は逐一検査の結果を書いていってね?」

「うん、とりあえずやってみるよ」


 そして、僕が異能力者になった際に瑠璃が行ったのと同じ検査を山本に対しても始めた。

 僕はその結果を、記入欄がある場所に逐一結果を記入していく。

 ……こんな研修して、何になるのだろう?

 こんなことしているあいだにも、裕璃は苦しめられているのかもしれないのに。


「ーーちょっと豊花! 聞こえてる?」

「え、ああ、ごめん」


 少し考え事をしてしまった。

 最近はどうもダメだ。

 いくら裕璃に恋心はないといえ、自分が原因の一端を担ってああなってしまったと思うたんび、どうにかして助け出したいという思考に支配される。


「はい、書いた用紙をデータベースに登録するから移動するわよ。いったん一階に戻って山本さんを送ってから一緒に登録に行くわ。本来なら豊花ひとりでやる仕事なんだけど、豊花はまだ研修中だしね」

「あ、うん……」


 そういえばこれで終わりじゃなかった。

 たしか僕のときは、看護師風の格好をした助手らしき女性が、ひとりでデータベースに登録しに行っていたな……。


「山本さんには最後に指紋認証をしてもらったりするから、今から最終登録室まで案内するわね。そしたら異能力者保護団体申請修了証明書を渡すから」

「はい、ありがとうございます」





 その後、山本を一階にある最終登録室まで連れていき指紋を認証してもらい、異能力者保護団体申請修了証明書なる僕も財布に入れている物を山本に譲渡し、山本の検査は終了した。


 山本が帰ったあと、僕は三階に連れていかれることになった。

 来たことない階だが、やはり人気は薄くほとんど誰もいない。

 瑠璃に連れられ三階にある『情報登録室』と書かれた部屋に入ると、そこには幾つかのパソコンが並んでいた。


「じゃあこの席に座って。記入した名前と情報、最終登録室で承認した指紋を統合してデータベースに上げれば完了よ」

「何が何やら……とりあえず、言われたとおりにやってみるよ」

「べつに難しいことなんてなにもないわよ。ただ、データベースは全国共通だから、アップする情報に誤りがないように注意してね」

「そう言われると、なんだか緊張しちゃうんだけど」


 強調されると無駄に気が入ってしまう。

 記入漏れがないかなど不安にもなってくる。


「データベースに上げるまえに私が確認するから、そんなに滅入れなくても大丈夫よ」

「わかった……それなら安心できる。とりあえずやってみるよ」


 瑠璃に言われるがまま、まずはパソコンに予め用意してある異能力者の情報を記入するテキストを開き、一欄に先ほど記入した用紙の情報を移して書いていく。オーラ視、陽性。異能力霊体、10代男性ーー異能力霊体にも性別ってあるのか。

 いや、ユタカは女の子なんだし当たり前か。


 神経、精神、共に異常なし。

 ステージ1と推定。

 本人に悪意は見当たらず。

 異能力、片手を自由に刃物に変貌させたり戻したりすることが可能。

 身体干渉系……と。


 こんな感じかな?


 あれ、脅威度?


「この脅威度っていうA~Dランクまである記入欄はなに?」

「ああ、それは国が判断するから空欄でいいわ。例えば瑠衣は脅威度C判定とかね。豊花は調べたことないけど、多分、女の子になるだけだからD判定でしょうね」


 女の子になるだけじゃないんだけどなぁ……。

 まあ、わざわざ訂正する必要はないか。

 というか、瑠衣のあの異能力で脅威度Cなのか……はたしてAやBはどんな異能力者なのだろうか?

 おそらく舞香さんなんかは脅威度AないしBに当てはまると思う。

 ただ、異能力者保護団体にわざわざ登録しに来ないだろうけど。


「さてと。ちょっと変わって?」

「あ、うん」


 肩を捕まれ椅子を退かされる。

 ……何気ない軽い接触なのに、なんだろう?

 まえよりどぎまぎしてしまう。


「うん……大丈夫そうね。さっきから上の空のときがあったから心配したけど、大丈夫そうじゃない」

「え?」


 上の空だった?

 ああ、たしかに今と無関係なことを時折考えてしまっていたけど、瑠璃にもわかるほど顔に出ていたのか。


「もしかしてーー」瑠璃は間をおくと、少し瞳を鋭くした。容易にはわからない程度に。「裕璃のこと、まだ考えているわけじゃないわよね?」

「え……?」


 な、なんで……。


「私は豊花の彼女になったんでしょ? 裕璃にはもう恋もしていないのよね? さらにあの子は自業自得で犯罪者になった。その子について、どうして豊花はまだ気にしているの?」

「う……き、気にしてないよ、べつに」


 嘘だ。

 第一、異能力霊体に取り付かれたりしなければ、僕があの日声をかけていれば、助けた瑠衣に対して怖がった裕璃に罵倒なんかしなければーー裕璃はあんな事件を起こさなかった筈なんだ。

 異能力者になるのは自業自得じゃない。

 なのに、この国は異能力者になったというだけで法律の扱いも何もかも厳し過ぎるんじゃないか?

 なにかがおかしい。

 間違っている。


「気にしていないのならべつにいいけど……お願いだから、変な考えはおこさないでね。これは恋人としての頼みごとだから守ってよ?」

「……」


 僕はそれに、すぐには返事ができなかっー。




 きょうの研修は終わり、瑠璃と共に自宅に帰る。

 なんだろう。瑠璃はたしかに僕のことを大切に思ってくれている気がするけど、恋人という言葉を盾に、僕の行動に制約を設けている気がしてならない。


 異能力者保護団体という善の団体。

 愛のある我が家という、悪の組織。


 僕は瑠璃には内緒で、未だにどちらとも繋がりがある。

 今日も僕はそれを言わず、白状せず、日常に返る。


 そして、なにもない日曜日を終え、いつもどおりの月曜日がやってくる。

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