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Episode39/日常?

(66.)

 あれから学校ではかなりの騒動となり、登校は水曜日以降までしてはいけなくなった。

 保護者の心配もあるだろうし、各所対応に忙しかったのだろう。


 そして本日、木曜日。

 水曜日まで特に何事もなく登校日はやってきた。

 いつもどおりプリーツスカートを履いてブレザーを斬るーー女子用制服に着替え、頓服として処方された薬、アルプラゾラムを飲む。


 どうしても頭にちらついて不安感が増してしまっているからだ。

 ふたつのことがーー。


 ひとつは、裕璃が教育部併設異能力者研究所に連行されたこと。

 そしてもうひとつは、る、瑠璃が僕の恋人になり、接吻を交わしてきたこと。


 これで、本当に彼氏彼女の関係になったのだろうか?

 あの日、瑠璃の表情を見る限り、これから付き合う恋人同士の表情には、僕には思えなかった。


 なにか、なにか大切なひとを守る決心がついたような、勇ましい表情を浮かべていたのが気がなる。


ーーユタカ、早く学校に行ったらどうだ?ーー


 ユタカに言われなくてもわかっている。

 僕は鞄を持ち、「行ってきます」と親に伝え家から外に出た。



 学校に到着すると、あんな大惨事があったというのに、生徒の大半はいつもどおりに登校している。

 皆、気にしないのだろうか?

 あんな、バラバラ殺人があったというのに……。


 なかには、敢えて遠回りをして、バラバラ死体があった箇所を迂回している生徒もちらほら見かける。


 ーーああ、そうか。


 あの現場は、なにも全員が見たわけじゃない。

 現場を見ていなかったひとや、既に清掃されそこに死体(アレ)があった形跡が無くなったことで気にしないひとは気にしないし、諸に現場を見てしまい気になるひとは迂回しているのだろう。


 異能力者が現れてからというもの、学校の管理も杜撰になっている気がする。


「おはよう、豊花」


 と、背後から瑠璃の声が聞こえてきた。

 振り返ると、いつもと変わらない笑顔をした瑠璃の姿があった。


 そうか……。

 瑠璃は死体とかに慣れているのかもしれない。

 流石は第2級異能力特殊捜査官……その名は伊達じゃない。


 その隣には瑠衣の姿もあった。

「豊花~」と言いつつ抱きついてくる。


 ちょっと待ってくれ。

 僕は今、瑠璃と付き合っているのに。

 ……瑠璃はどう思っているのだろう?

 ちらりと瑠璃の様子を窺う。


「こら、豊花が困っているでしょ?」


 あれ?

 恋人がべつの女の子に抱きつかれても嫉妬とかしないの?

 それは逆に悲しいような……。


「す、杉井さん!」

「へ?」


 前方から歩み寄ってきたネクタイの色からして後輩の男子生徒に、いきなり声をかけられた。


「どうしたの?」

「あの、そのーーぼ、僕と、付き合ってください!」


 ……why?


「いや、あの僕は元々おと」

「どうして無理なんですか? 顔ですか? 性格ですか?」


 これはもしや、ありすの言っていた告白しようと企んでいた男子生徒の一味かな?

 いやいやいや、僕は元々男だったんだけど……。


「ご、ごめん。もう付き合っているひとがいるから……」


 嘘はついていない。だって、僕はもう瑠璃と恋人同士なんだし。


「あ、そ、そうですか。やっぱり僕なんかじゃ相応しくないですもんね……」


 男子生徒はとぼとぼ歩いて校舎に歩いていく。

 その生徒の友達らしき男子二人に慰められていた。


「やっぱり無理だって」

「あんな美少女。普通なら彼氏いるって」


 のっぴきならない言葉が聞こえた気がするのは、気のせいであってほしい。既に彼氏がいて付き合っているだって?


 僕は同性愛者(ゲイ)じゃない!

 彼氏なんてつくる気にもなれない!


「流石にモテるわね、そんな容姿してちゃ」


 瑠璃におちょくられる。


「まさか、会話すらしたことのない相手に告白されるとは思いもよらなかったよ」


 トホホ……な気分と、謎の罪悪感に苛まれながら、僕らはそれぞれの教室へと向かった。




「なんだか久しぶりに豊花ちゃんの顔を拝めた気がするぜ」


 教室の騒がしいなか、開幕一番声をかけてきたのは、唯一のーーいや、今は唯一じゃない、瑠衣もいるもんーー友達、宮下であった。

 席が近いからっていうのもあるけど。


 女の子になったからといって、クラスメートに冗談半分で話しかけられることもあるけど、未だに友人と呼べるのは宮下と裕璃だけだ。

 その裕璃は学校から姿を消している。


「その、豊花“ちゃん”はやめてくれないかな?」

「なんか異能力捜査官になるからって急に休んだり、まさかの裕璃が殺人事件起こしたりで、ほとんど会ってなかったじゃねぇか」

「それは、まあ、たしかに」


 裕璃、今頃どうしているのかな?


 ーーダメだダメだ!

 どうしても裕璃を助け出せないかという思考に取りつかれてしまう。

 僕は首を振り、その考えを振り払う。


「はいは~い。朝礼がはじまるから、みんな静かにね~」


 担任の雪見先生の声と共に、喧騒が次第に止んでいく。


「おい、きょうの放課後」宮下は小声で僕に語りかける。「ゲーセンにでも行って気分転換しようぜ? おまえ変な格ゲー得意だったろ?」

「得意ってほどじゃ……」それに、瑠璃と帰りたいし。

「じゃあ、決まりな。授業終わったら近場のゲーセンに行こうぜ。どうせ俺たち部活とかしてねーんだし」

「え、あ、うん……」


 あまり乗り気じゃない。

 裕璃の問題も僕のなかで解決できていないし、瑠璃や瑠衣と帰りたいし。


「まあまあ、気分転換でもしたほうがいいぜ? おまえ顔色悪いし。もしかして生理か? なら無理にとは言わないけどな」

「いや、周期的にはまだの筈だけどーーって、デリカシーのないこと言わないでくれない?」


 元々は男子高校生だからといって、今の性別は紛れもなく女の子。体躯も150cmない華奢な容姿だ。


 でも、不思議と宮下から言われるのは嫌悪を感じない。

 爽やかな容姿と明るい性格だからだろうか?

 もしも、見た目が暗いーーそれこそまだ男だった自分の姿をした同級生に言われたら不快感に襲われたに違いない。


 見た目の格差は時に理不尽だ。

 いや、親しい間柄だからって理由もあるだろうけど。


「そこ~先生言いましたよね~うるさくしないって」


 宮下のせいで雪見先生に怒られてしまうのだった。




「え、きょうは、一緒に、帰らないの?」


 昼休み、瑠衣の居る教室。

 事情を話したら、瑠衣が開口一番そう訊いてきた。


「ごめん。友達にゲーセンに誘われちゃってさ……本当は二人と帰りたいんだけど」

「いいんじゃない? たまには息抜きも必要だしね」

「え、あ、うん」


 恋人になった筈の瑠璃は、特別止めてはこなかった。


「裕璃のことを忘れる機会にでもなればってね」

「……」


 瑠璃は、未だに無意識下で裕璃に執着している僕が気に入らないのかもしれない。

 でも、いくら一時的に思考しないように心がけても、どうしても考えてしまうんだ。


 今はまだ怪我の治療を受けているとしても、それが終わったら地獄の始まり。

 多少は間に合わなくてもいい。


 でも、裕璃は幼馴染みに違いない。

 せめて、日常生活が送れなくなっても、噂では地獄のような環境である教育部併設異能力者研究書から救い出したいと思ってしまう。


「それは無理よ?」


 瑠璃は僕の心中を覗いたかのように、それをハッキリ否定した。


「あそこに従事している異能力者や異能力捜査官は多勢いるし、銃やライフルなんかの対異能力者用として自衛の武器も揃ってるのよ。豊花ひとりでどうにかなる事じゃないの、わかる?」と、瑠璃は自分が食べるのに使っていたフォークでミートボールを刺し、僕の口に向けてきた。「はい、あーん」

「……」

「どう、恋人っぽいでしょ?」


 今の話の流れからどうしてそうなる?

 ありがたく頂くけど……。

 僕は瑠璃に差し向けられたミートボールを口にする。

 うん。おいしいけど。


 このフォークには瑠璃の唾液がーーいけないいけない。

 心頭滅却すれば間接キスに一々意識しない!


「彼女のお願いとして聞いてよ。言いたいこと、伝わってる? もう、金輪際、危ない事には首を突っ込まないって」

「え、あ……うん。いや……どうかな……」


 断言できない僕がいた。

 だって、事実として、まだ僕には愛のある我が家にツテもあるし、裕璃を助けたい気持ちがある。


 と、瑠衣が隣から瑠璃の見よう見まねで僕にあーんさせようとしていた。


 ーーあっ、ミートボールが落ちた!


 しばらくそれを眺めた瑠衣は、何を思ったのか、それを箸で突き刺すと、再び僕に向けてきた。


「三秒、ルール」

「三秒以上経ってるから!」


 そうこうしているうちに、昼休みは終わりを迎え、午後の授業が始まる。

 そのまま授業を受けて、放課後がやってきた。






(67.)

 陽の光が落ち始めているなか、学校から一番近いゲーセンへと僕と宮下は足を運んでいた。

 もうそろそろ秋だというのに、まだ残暑が厳しく少し汗をかいてしまう。


「この近辺のゲーセンでいいよな?」

「あ、うん」


 宮下の言葉に頷く。

 裕璃の問題は解決していない。


 それに、瑠璃との問題は解決したといえるのか?

 なんだか、何らかの目的を果たす為に無理やり僕と恋人になったとしか思えない自分がいた。


 裕璃に関してはなにも解決していない。

 どころか、刻々と悪化の一途を辿っているだろう。

 そんななか、ゲームセンターで格闘ゲームなんて、やっていてもいいのだろうか?


「ほら、おまえの好きな女の子しか登場しない格ゲー。片方の席空いてるぜ?」


 ゲームセンターに入るなり宮下が促した方向には、マジカルハート、という登場キャラクターが女の子しかいない格闘ゲームが置いてある。


「う、うん……」


 男時代、好きだけどプレイするのは人目が気になってしまい、自宅でネット対戦メインでやっていたくらいだ。

 女の子になってから恥ずかしさは緩和されているかもしれない。


 ……と思っていたけど、男性しかやっておらず、周りに男性しかいない格闘ゲームを対面でプレイするのは、尚更恥ずかしい気持ちが強まっているのを自覚した。


 いったいなんでだろう?

 無意識から意識に羞恥心が下りてきている気がする。

 理由はわからないけど。


「でも、あれだな。こうして一緒にいるとデートみたいだな」

「気色悪いこと言わないでくれないかなぁ……僕は元男なんだし」

「それはわかってるって。いくら可愛くなっても、男だった頃の豊花ちゃんの姿が脳裏にちらつくし」


 脳内で色々な思考がぐるぐる回る。


 瑠璃や裕璃のこともさながら、教育部併設異能力者研究所や異能力者保護団体のこと。刀子さんとかいう謎の殺し屋、陽山やらのこと。

 僕は、立ち塞がって来た問題を、しっかり解決できているんだろうか?


 問題を解決している途中で次なる問題に巻き込まれて、ひとつひとつの事柄を完全には解決できていない気がする。

 

 まあ、今は息抜きに集中しよう。

 考え過ぎても、なにも問題は変わらない。


 マジカルハートの台に座り、対人戦を久しぶりにやることにした。

 選ぶキャラクターは、大剣を持ったメイド服のキャラクター。


「おまえそいつ好きだよな。自分の身体を見てみろよ。幼女キャラを選ぶべきだろ」

「そこまで幼女になったつもりはない! 一々うるさいなぁ」


 レディーファイトーーという音声と共に対戦がはじまった。


 相手は投げ主体のセーラー服のキャラクター。

 迂闊に近寄るのは危険だ。

 大剣を振りあえて牽制して、投げ技を透かしてすかさず特攻。

 小パンから中段を入れて相手のガードを崩し、そこから繋げてフルコンボをお見舞いする。


 起き上がりのぶっぱ技は先読みして防御。

 反撃確定な相手に再び小攻撃からフルコンボを入れる。


 体力ゲージが減りギリギリになった相手に、ディレイをかけながらちまちま隙のない小攻撃を与えて、相手が痺れを切らしたところに攻撃が命中して勝利した。


「よし」

「相変わらずえげつねぇな……ん?」


 宮下の言葉になんだろう、と振り返ると、妙にギャラリーが増えていた。


「こんな可愛い子が、こんな強いだと?」

「女の子でもマジカルハートやる子がいるだなんて見たことない」

「仲良くなりてぇ」


 と、密かに呟く男たちが背後に並び観戦していたのだ。

 ううっ、やっぱり恥ずかしい。


 僕は男だ。

 なんて言っても通用しない見知らぬ他人……。


「ごめん。勝ったし、もうゲーム放置する」


 慌てて僕は外へと逃げ出した。


「あ、おい待てよ豊花ちゃん!」


 宮下の言葉も聞かずにゲーセンから出てしまった。

 どうしたものかと辺りをふらふらしていると、三人組のチャラそうな男たちに絡まれてしまった。


「きみかわいいね~。俺らとお茶しない?」

「てか、もっといいことしない?」


 この身体になってから、生理以外のデメリットに初めて遭遇した!

 男性のひとりに肩を触られようとしたところを、隣まで駆けてきた宮下がその手首を掴んで止めてくれた。


「やめろよ、嫌がってるだろ。てか、おまえらロリコンかよ。こいつまだ子どもだぜ?」


 いや、たしかに子どもだけど宮下くんと同年代だよ?

 身体年齢は14歳、しかも14歳にしてはチビの方に含まれるけど。


「はあ? 風守高校の制服着てるじゃねーか」


 帰り道に寄ったから学校制服のままだった。


「てか、生意気だなてめぇ。ちょっとこっち来いよ?」


 宮下が三人組に連れられて、ゲーセン横のひとけのない路地裏に連れて行かれてしまった。

 宮下は余裕の態度を崩さず素直に付いていく。


 いくらなんでも三人相手は無謀だろ!

 しかも、相手は宮下より歳上……少なくとも他校の高校三年生、上級生だ。

 バカなのか自信があるのかわからないけど、一応僕も宮下についていくことにするのだった。




「よくも舐めた口聞いてくれたな、おい」


 不良のリーダー格らしき男が宮下を威圧するよう言葉をかける。

 しかし、宮下はニヒルな笑みを浮かべたままだ。


「ロリコン三人組が、よくもまあ、そんな古風な言葉遣いできますね? てか一人に対して群れちゃってダサくないっすか」


 宮下はわざとらしく不良達を挑発する。


「あ? このやろう舐めやがって!」


 不良のしたっぱらしき男が宮下に殴りかかる。

 それを宮下は右手で防ぐ。

 一瞬痛みからか表情が歪むが、宮下は笑みを崩さず腹部を殴り返した。

 不良ひとりがくぐもった声を上げ、腹を抱えながら後退する。


「てめぇ!」


 もうひとりの不良が宮下の顔面に殴りかかろうとする。それを宮下は、冷や汗を飛ばしながらもギリギリ避けて、カウンターパンチを入れた。


「ちぃ!」


 リーダー格らしき男は刃物らしき獲物ーーナイフを取り出す。


「ちっ!」


 さすがの宮下も焦ったのか、一歩たじろぐ。

 危ない気がしてならない!

 僕は地面の石ころを拾ったあと、宮下の前へと躍り出た。


「豊花ちゃん!?」

「なんだよおまえ、俺らの言うことを聞く気になったなか?」

「違うよ。おまえひとりなら僕だけで十分って言ってるんだ!」

「んだとクソガキ!」


 リーダー格の男は挑発に対して激昂し、刃物で僕の腕を切ろうとする。


 ーー遅い。


 舞香さんの蹴りよりも、あの廃ホテルで遭遇した危ない奴よりも、俄然遅い!

 刃物が当たる直前で避け、石を刃物の柄に思い切りぶつけた。


「ッてぇ!」


 一発じゃない。

 相手の刃物を握る手が緩んだのを確認し、数回石で殴り付ける。

 ついにはナイフを手放し、その男の鳩尾に宮嶋が拳をめり込ませた。


 唖然として立ち尽くしている不良の仲間の股間を蹴り上げ悶絶させる。

 腹部を抑えている最後の不良の顔面を、宮下が思い切り殴り倒す。


「や、やめてくれぇ……」


 命乞いの様な真似をする男。

 裕璃がこれから味わう苦しみはこんな程度(もの)じゃないんだーー。

 屈んだ不良のリーダー格に、さらに石を握った拳で殴り付けようとする腕を宮下に掴まれる。


「おい、豊花ちゃん! いや、豊花! もうやめろ。それ以上やる必要はない。さっさとずらかるぞ!」

「……宮下」


 宮下に言われ、ようやく現状を理解した。

 今、僕は、いくら不良相手とはいえ、一般市民に対して直感の異能力を使って過剰防衛に当たりそうな行為をしようとしていた……?


 宮下の言葉により冷静になると、不良達には既に闘争心がないことが窺えた。

 石を手放し、僕達はその場をあとにした。




 宮下と二人で歩きながら、しばらく無言の時間がつづいた。

 開口一番に言葉を発したのは、宮下だった。


「おまえ、そんななりして案外、あれなんだな。逞しいと言うか、なんと言うか……」

「う、うん……」


 なんとも不思議な一日を過ごすことになってしまった。


 宮下の意外な面も知れた。

 同時に、僕自身が内包する暴力性も自覚したのであった。

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