Episode37/暗転(後)
(62.)
空を飛んでやってきたのは、相模湖のごくごく近場にある廃墟となったホテルの目前。既に二つの死体が地面に転がっている。おそらく、異能力犯罪執行代理人ーー刀子さんたちがやったものだろう。
地面にふわりと着地する。ルーナエアウラさんの力のおかげだ。最初は空を飛ぶことが怖かったものの、本人が言うとおり、しばらくすると浮遊感にも慣れてきて恐怖を抱かなくなっていた。その空中飛行も、もうおしまい。
辺りには木々が鬱蒼と茂っており、薄暗いイメージが漂っている。風が吹き頬を切る。さきほどまで感じていたルーナエアウラさんの風と違い、じめじめした嫌な空気を纏っていた。
血の臭いが、まだ充満している。
「既に時刻は17時……少し遅れたわね。ルーナがちからを使えるようになるまえにけりをつけましょ」
青海さんはそう呟く。
「それじゃ、わたしは屋上から行くから、見つけたらよろしくね」
ルーナエアウラさんはそれだけ言い残すと、再び空を飛び屋上へと向かっていった。
うっ……やっぱり本番になると途端に緊張する。
「ホテルはおそらく8か9階建てですね……わたしは外から隠れながら中継役に徹します。お三方、頑張ってください」
「沙鳥も気をつけてね。ほら、ゆきも豊花も行くわよ」
青海さんたちはさん付けをしないのか、今やファーストネームを呼び捨てとなっている。
ゆきは無言で頷く。
この子はなにができるんだろう?
「ほう、君たちも来ているのか」背後から男声が聞こえた。「僕にとっては好都合だ」
そこにいたのは、まえに会ったことのある陽山月光。
「あら、どうして陽山さんがここにいるのかしら?」
青海さんはホテルの正面から堂々と歩み入りながら、僕らについてくる陽山に訊く。
「僕の今狙っている子が拐われてしまったと耳にしてね。助けに来たんだよ」
ん?
狙っている子?
まさか……。
「月影……日氷子さん!?」
「そう。まったく、困った子だよ」
どうして月影さんが拐われているんだよ?
あのひと少女って年齢ではないじゃないか。見た目もかわいいとまでは言えないし。
それにしても救助って……このひと、本格的に悪人かどうかわからなくなってきたな。
「さてと、一階からしらみ潰しに行くのもいいけれど、それだと刀子さんたちに追い付かないわね。ここは先回りをしましょうか」
「具体的には?」
陽山は青海さんに訊く。
「そうね……四階辺りから探索しましょ」
「なら、僕も付き合おう。バラバラに行動してもいいことはなさそうだ」
当然のように僕ら三人に混ざろうとする陽山に対して、特別青海さんも拒んだりしない。
朽ち果てた建物内の階段を駆けのぼり、僕らは四階へと到着する。
途中、三階の通路をチラリと見たら死体がひとつ転がっていた。もうそこは通行済みらしい。
と、青海さんの頬に一筋の傷。血が流れ、直後に銃声が聞こえた。
奥の通路に男性がひとり拳銃を構え、こちらを狙って佇んでいる。
「豊花! これ渡しとくから!」
青海さんにナイフを投げ渡され、慌ててそれをキャッチする。
すぐさま青海さんは動いた。
「青海さん! 相手は拳銃を」青海さんは隣から消えていた。「持っているから……?」
気づくと相手の隣まで移動していた。直ぐ様肩を掴む。秒すらかからぬ短時間の間、相手の体は真っ二つに分裂。下半身だけその場に残り崩れ落ち、上半身は血を噴出しながら背後にべちゃりと落下。
……あのひと、ひとりいれば十分なんじゃなかろうか?
と、背後に気配を感じて振り向く。
ーー!?
そこには二人の男性が現れており、一人は拳を僕に向けて振ろうとしている。
「ああ?」
僕はそれを背後に退き避ける。すると、男性は違和感を抱いたのか、声を荒げる。
「おい葛田、そいつら多分異能力者だ」
もう一人の男性が付け加える。
たしかに、そうだけど……こいつらもGCTOメンバーか?
「ああ? んなの知らねーよ! 殴って愛玩奴隷にするだけだ! おらおらおら!」ゆきと陽山を無視して、葛田という男は拳を振り抜く。「ああっ!?」
それをギリギリ交わし、たしかナイフは……順手で構え腕を切り裂く!
「ってぇ!?」
「おいおい大丈夫か? 葛田善治郎には手を出すなーー殴ってきたなら感謝を告げよーー行く道来たなら端に寄れーー女は股開け媚びらにゃ怖いーーだろ?」
一人の男性は唄うように告げる。
なんなんだその歌!
元男だった僕に股を開け?
気持ち悪いこと言うな!
「わかってんのかテメェ? 俺は葛田善治郎様だぞ!?」
「わからないよ!」
でも、手が震える。
はじめて私は人を切ったんだ。当然だ。
ーー私じゃない! 僕だ!
「うらぁ!」
青海さんに比べると全然遅い。これなら冷静に対処できる。
もう一人の男が僕に向かってくるがーー。
「おいおい、ほかの二人が目に入らないほど、この子がお気に入りかい?」
陽山が蹴りを放ち、それを退けた。
僕は葛田の拳を再び避け数度切る。
「ちくしょー! なんだ、テメェは!?」
「こいつらーー上にも仲間がいるし、下にも誰かいるぞ。逃げた方がよさそうだ」
異能力かなにかで察したのか、仲間の男は叫ぶ。
「待て誠二! 逃げんじゃねー!」
葛田の仲間らしき男は逃亡していった。逃げ足だけは早い。が……。
いきなり現れた青海さんに肩を捕まれ、さっきの男と同じように分解されてしまった。
うぐっ……血の臭いで吐き気が……。
「くそがぁあああ!!」
ううっ、切りつけられるけど、決まり手にかける……やっぱり逆手持ちにしたほうが良さそうだ。瑠衣から聞いた話だと、なにやら逆手持ちは殺す握りかたらしいし。でも、人殺しには勇気がいる。罪に問われたらどうしよう?
そう迷っている僕の脇をとおり、ゆきが葛田の腹部に手刀を叩き入れた。
そう、入れた。
「ぐぼっ!?」
葛田は血を吐きながら、その場に崩れ落ちる。
ゆきは血に染まった手をしゃぶるように舐めると、死体となった葛田に手をかけ、血をちゅうちゅう浴びるように吸い始めた。
「な、な、なに?」
「ゆきはね、血を吸えば吸うだけちからが湧くのよ」
ちからが湧くってレベルじゃねぇ!
どうしてこの人たちは、こう……今まで見てきた異能力者と格が違うんだ。
ーーだから犯罪者なのではないかな?ーー
かなぁ……私にはよくわからないや。
ーー私になっているぞ?ーー
急いで思考を訂正する。
ヤバい、なんだか時折自称が私に改竄される!
僕僕僕、僕僕僕……。
「なにしてるのよ? さきを急ぎましょ」
ホテルの扉をひとつずつ開けながら、急いで青海さんは行動する。
そのときーー。
「いやぁあああああっ!! ああっ!」
「!?」
月影さんの悲鳴!?
それを聞いた瞬間、陽山さんは悲鳴のあがったほうへと駆けはじめた。
声は407号室辺りから響き渡ってきた。
僕たちもあとを追う。
陽山は扉を開け放つ。同時に隠れて身構える。
「なんだぁ!?」
野太い男声が通路まで木霊してくる。
急いで扉の前に立ち奥を覗く。そこには、多数の手足が拘束された幼女や少女と、結愛さんの姿。
月影さんは片腕を金槌で叩かれたらしい。おかしな方向へと曲がってしまっていた。
その前に佇みこちらを見やる手に金槌を握りしめた強面の男性ーー。
「やれやれ、困るな。人の獲物を横取りするなんて」
そう口にする陽山は、明らかに声に怒りを籠めていた。
ここにはーー裕璃がいない……。
やっぱり犠牲者ではないらしい。つまり、ほかの場所か上の階にいるということ。
「ひ、陽山月光……!」
なぜか月影さんが声を荒げた。自分の状況を省みてほしい。
青海さんが動くまえに、既に陽山が動いていた。
「近づくんじゃねぇ!」
男は金槌を振り向け陽山を脅すが、陽山は差して気にせず男に歩み寄る。
「このっ!」
男が金槌を振り払うが、それを避けて蹴りを穿つ。それが腹部に命中し、男は背後に仰向けに倒れる。
「さて、君は死を選ぶのかな?」
「なに……を!?」
「うっ……」
陽山は男の片腕を奪った金槌で丁寧に叩き折る。
「はじまったわ。私たちは上に行きましょ」
「え……?」
青海さんはそう言うが否や、背中を向けて上に行こうと指示する。
「ここにはあなたの探す裕璃さんだかはいないんでしょ? ルーナもいないし……陽山の趣味がはじまったじゃない」
「趣味とは言わないでくれ。これは獲物を横取りしようとした奴に対する躾だよ」
陽山は男のもう片方の腕まで叩き割る。一度、二度、三度……。
「ぎゃああああ! やめろ! やめてくれぇ!!」
男は窓際まで這いずり、陽山から逃れようとする。陽山は窓を開けると、手を伸ばし窓へと男を誘導する。
「さあ、死ぬか生きるか、選びたまえ」
「あ、ああっ!? ぎっ!」男は右足まで金槌で思い切り叩かれる。「やめろぉおお!」
「生きたいなら耐えたまえ」
何度も何度も叩かれる肉体。そのたびに、骨が砕ける音が鳴る。
ううっ、なんか陽山、やっぱり怒っているんじゃ……。
「ゆき、あなたは陽山さんと残りなさい。犠牲者は発見できたって報告を沙鳥にお願い。私たちは」青海さんに手を引かれる。「上を目指すから」
ゆきは頷き、407号室に居残った。
僕は青海さんに腕を引かれながら上の階を目指すーー。
(63.)
六階にたどり着いたとき、ルーナエアウラさんと対面した。
「あれ、上の階にいるんじゃないの?」
青海さんは疑問を呈する。ルーナエアウラさんは頭を左右に振るう。
「いや、あらかた探したけど、ルーナはいなかったんだよね……三人ほどいたから処分しといたけど」
「ーー!? そ、そのなかに裕璃って子はいませんでしたか!?」
「いいや」ルーナエアウラさんはまたしても首を真横に振るう。「いたのは男三人だから違うと思うよ」
「よかった……」
けど、なら何処にいるっていうんだ。
三階までにいて、まさか、もう刀子さんたちが殺してしまったとか……。
いや、そんな筈がない。
僕は頭を振り嫌な思考を取り払う。
と同時に、階段を駆け上ってくる足音がホテルに響き渡る。
「あら、刀子さん」青海さんは刀子さんともう一人隣にいる女性に声をかけた。「上にはいなかったわよ? あらかた片付けたし、下の階に砂月楓菜ーールーナはいた?」
青海さんの問いに、「いや」と刀子さんは答えた。
「しくじった。先ほどまで三階でやりあっていたんだが、屋上に逃げられた。今から追いかけるところだ。そっちはどうなんだ。被害者は見つかったか?」
刀子さんは柄にもなく慌てた様子で青海さんに問いかける。
「見つかったわ。安心して。みんな生きてはいるから。今は陽山さんとゆきが見ていてくれているから」
「陽山? ……どうしてアイツがここにいるんだ」まあいい、と刀子さんはつづける。「仲間がひとりガキに殺られた。私のミスだ。油断してしまった」
ガキ……?
まさかーー。
「裕璃!?」
「おそらくそうだろうな。アイツらはルーナと女のガキ、それと野郎がひとり。そして微風の四人で行動していた。迂闊だった。もう少しきちんと教育しておくべきだった」
相手に容易に近寄るな、と。刀子さんはそう言い終えた。
「瑠奈ったら……ルーナと手を組んだのね」
「ん? ああ、まあ、今はそういうことにしておこう。だが、殺してはならないんだろう」
ん? おかしい……刀子さんはルーナのほうは殺す気でいるはず……なのに、なぜ微風のほうだけにはそんなことを……?
まあいい。それよりーー裕璃が……さらに人殺しを?
信じられない気持ちでいっぱいになる。
だって、金沢たちとは違い、刀子さんの仲間には何ら関係ないじゃないか!
「上にいるんだね? なら」
ルーナエアウラさんはホテルの一室を開けると、風弾を放つ。室内の窓ガラスが粉々に割れて吹き抜けとなる。そこまで一気に飛び込むと、こちらを振り向いた。
「私に近づいて。屋上までいっきに飛び上がるから」
「ああ。行くぞ、真中」
「はい、先生」
真中という女性と刀子さんは、直ぐ様ルーナエアウラさんに駆け寄る。どうやらルーナエアウラさんの存在は青海さんに知らされているらしい。
それに青海さんもつづく。
「ほら、豊花。早く行きましょ?」
「う、うん……」
裕璃が……屋上にいる?
今度こそ、無関係な殺人を犯した裕璃が……。
ーー今は余計なことを考えている場合ではないであろう? 早くルーナエアウラに近寄れ。ーー
ユタカに促され、僕も遅れてルーナエアウラさんの近場に立った。
瞬間、ふわりと空まで上昇。
一瞬で屋上まで飛び上がると、そこには四人の人間、言われたとおり、微風、屈強な男、ルーナらしき少女……そして、裕璃がいた。
外は既に夕焼け空で、月が多少見えている。
刀子さん、真中さん、青海さん、そして僕と着地。最後にルーナエアウラさんが地に舞い降りた。
じめじめとした嫌な風が頬を撫でる。
裕璃は、ふらふらとした足取りながらも、ルーナたち側についている。
「お待ちしておりました。ルーナエアウラさん。それにお仲間たちも」
ルーナは足を左右に交差しスカートを引き上げ、深々とお辞儀をした。
「本当だ! 本当にルーナさんの言うとおり豊花が来た!」
裕璃が狂った笑い声をあげる。
あんな裕璃の笑顔、いや、嗤い。はじめて目にした……。
「お前ら、ずいぶん余裕があるみたいだが、こちらは五人。勝ち目があると思っているのか?」
刀子さんは苦々しそうにルーナを睨み付ける。
「ええ、もちろんでしてよ。今はもう」ルーナは空に指を掲げる。「月が出ていますから」
「思い上がりも甚だしいな。青海、迂闊に近づくなよ。あの裕璃だかいうガキの周囲は危険だ」
「わかっているわ。刀子さんの仲間を殺った相手でしょ? 油断はしないわ」
数秒、間が空く。お互いに視線を交え、出方を窺っているようだ。
どうしても、僕は裕璃に目を向けてしまう。
「裕璃、どうしてこんなことしてるんだよ!? 今ならまだ間に合う! 投降してこっちに来るんだ!」
「そしたら、私のこと、好きになってくれるんだぁ?」
裕璃は嗤いながら問いかけてくる。
「待て。あのガキを生かすつもりは毛頭ないぞ。仲間がひとり殺られているんだからな」
刀子さんは容赦ない言葉を口にする。
「でも、僕の幼なじみで……」
「みんな殺して豊花ひとりにすれば、豊花は私を愛してくれるよね? ね!」
裕璃はケタケタ嗤いながら強気に声を発する。
「あの男の異能力も厄介だ。私はアイツを担当する。真中は私を援護しろ。ルーナエアウラ、おまえにルーナを任せられるか?」
「わかりました、先生」
真中は拳銃をリロードし構える。
「おっけー、任せてよ」ルーナエアウラは答えるなり吟いはじめた。「風の大精霊を地に招く 夜明けに吹いて 浄化の大気 風が全てを統べる刻 世界に満 やさしい風 シルフ」
なにもないルーナエアウラの隣に、ゲームなどで見るシルフが、以前同様に現れた。
微風がルーナの真横に立つ。
「微風瑠奈の名に於いて 風の精霊を喚起する 契約に従がい 今 此処に現界せよ シルフィード」
微風が呪文のようなものを唱え終えると、左に一人、羽を生やしたきらびやかな緑髪の少女が現れた。
あれも、まえに見たことのある微風の精霊、シルフィードーー。
「同体化!」
すると、微風に緑色が重なる。微風の髪が腰の辺りまで急速に伸びていき、一面美しい浅緑色に染まった。瞳も綺麗なティフニーブルーに輝いており、まるで魔法が出てくる異世界ファンタジーの住人らしき幻想的な姿へ変貌を遂げた。
周囲にはライトグリーンの小さな粒子が発光しており、微風の体を纏うように舞い飛んでいる。
ーー豊花、裕璃の周囲に現れる風は周期がある。ないときに狙えばあるいは。ーー
だからって、僕にはその蛍光とやらは見えない。第一、裕璃を手にかけるなんてできるはずないだろう!?
「シルフ様、ごめんね。ーー同体化」
シルフとルーナエアウラも重なる。姿こそ変わらないが、微風同様きらびやかな光の粒子を纏いはじめた。
青海さんは裕璃の様子を窺うと、ポケットから小石を取り出した。
「殺さないように捕獲って、想像より難しいのよね」
瞬間、小石が手元から消える。
「うっ!」裕璃の肩に小石がかすり出血した。
「裕璃……」
くそっ、この状況でどうすればいいというんだ!
刀子さんは、男に一直線に向かい刀を振り切る。
男に当たるが、少しの切り傷しかつかない。
「わが肉体は最強なり!」
男は拳を振り抜き刀子さんに向ける。それを刀で防ぎ、刀子さんは背後に数歩滑るように退く。男は刀子さんに凄まじい勢いで駆け寄ると、再び拳を叩きつけようとする。まるで、瞬間移動。
真中さんがそれに射撃。男はからだを貫かれないながらも半歩引き、攻撃が遅れた。その脇を通り、なぜか刀子さんはルーナへと方向転換。
「微風!」
刀子さんが叫ぶ。
あれーー?
「はいはいっと!」
微風は、なにやら大きなマントのような布を手にして、真上に一気に広げた。
「アウラ、あなたまさか!?」
ルーナは慌てるように声を荒げる。
そこに、刀子さんの突きが貫通。ルーナの腹部に刀が貫通した。
「ちょっとちょっと!?」
ルーナに飛び込もうとしていたルーナエアウラは飛行をやめて、立ち止まると微風に向きを変えた。
「許せ。微風は生きたいんだとさ」
「アウラ……あなた、最初から!」
男は慌てて瞬間移動をするが、ルーナは既に貫かれ、刀を引き抜かれたあとだった。
いったい、なんのためにあんな布を上空に投げて広げたんだ?
「ばーか! わたしが女の子の人身売買に付き合うわけないじゃん。最初からルーナ、あんたを殺すため手を組んだんだよ」
「だが、その男が邪魔だったから今まで手を出せないでいた。だな?」
微風は頷くと、マントを上空に上げたままルーナから離れた。
「貴様、ぁ!?」
再び銃弾に一発、二発、三発撃たれ、男は動きを止める。
「青海!」
「はいはい!」
青海さんは姿を消すと、瞬間移動ができなくなっている男にタッチした。すると、三度目の分解。男はものの見事に真っ二つに千切れる。
「ふ、ふふふ! あははははっ! わたくしに切り札がないとでも?」
刀子さんがとどめとばかりに刀で斬りつけるが、ルーナのからだを貫通しなかった。
「短い間ですが、わたくし」ルーナは神々しい輝きを放つ。「自身が月の女神の化身となれましてよ?」
「ちぃ!」
刀が弾かれた拍子に割れたのを見るや否や、刀子さんは背後に退きナイフを引き抜き取り出す。
「痛い痛い痛い!」
気づくと、裕璃は崩れ落ち地面に伏していた。
青海さんが数個石を転移させたからだ!
「青海さん! 裕璃が死んでしまう!」
「仕方ないじゃない。気づいていないの? あの子、倒れるまでにじり寄ってきていたのよ?」
青海さんはそう説得してくる。でも……!
「わたしが吸収するから、むしろルーナには死なないでくれて助かったんだけどなぁ……覚悟はいい? ルーナ、アウラ」
ルーナエアウラさんは微風に飛び付き、風で壁まで吹き飛ばした。すぐさまルーナに向かい風の槍を投擲する。
「この短時間で、あなたを倒しましてよ」
ルーナはそれを弾き霧散させると、ルーナエアウラさんに走り寄る。だけど……ルーナエアウラさんはすぐさま背後に飛び下がり、強烈な風撃を数度放つ。
人外だ……まるでファンタジー世界の戦いに、僕は今、身を浸している。
「青海さんとやら、外にいるリーダーさんには気をつけなくてよろしくって?」
ルーナは風撃を避けると、青海さんに嗤いかける。
「なにかしら……まさか……?」
青海さんは顔をしかめた。
「先ほどわたくしの仲間ーーたしか、リベリオンズとやらのひとりの生き残りが、復讐に走りましてよ?」
「なっ! 沙鳥に!? リベリオンズに生き残りがいたの!?」
青海さんは初めて焦った表情を浮かべ、建物の端に立つ。
「それは……こいつのことかのう?」
ーーいつの間に居たのか。
和服の童女が、青海さんの隣へと飛び降りてきた。片手には、顔面が潰れた人間がひとり。
「は……?」
ルーナは一瞬気をとられる。
なぜか、その童女の瞳を見た瞬間にゾッとした。
この子は、今まで見てきた異能力者とはなにかが違う。存在自体が、異端な気がしてならない。
「澄! あなた、どうしてここに?」
「ふむ、沙鳥から一応の連絡を受けてな? 急いで向かってきたんじゃ」
澄と呼ばれた童女は死体を放り捨てる。
「あなたも、ルーナエアウラの仲間でして?」
ルーナは言葉を発しながら駆け寄る。
「いや、違うな。わしは」澄は佇んだまま答えた。「愛のある我が家の一員じゃ。つまり」
ルーナは澄のからだに突きを食らわせるが……。
「どうして……?」
なにも起こらない。
「わしは、瑠奈や舞香、沙鳥の味方じゃな。ルーナエアウラ? そやつのことは知らぬわ」
澄はお返しとばかりにルーナを突き飛ばそうとするが、ルーナには攻撃が通じない。
「澄! 悪いけど、そいつは殺らないで捕獲して!」
青海さんはそう懇願するが……。
「いいや、断る。お主ら、なぜ仲間である瑠奈を消す奴の味方をしておる?」言い返すと。「手加減は無用じゃな。ーー血界」
寸刻ーー辺り一面が真っ赤な世界ーー血の色に染まる。なにも見えない。赤、朱、紅。
血の臭いが充満し、世界は一瞬のうちに赤色に染まってしまった。
「な、なんなの、これは!?」
「ここはわしの作り出した世界。ここでは、わしがルールじゃ」澄は再び拳をルーナに突く。「つまり」
「ぐぶっ!?」
ルーナの腹部に、刀とは別の大きな空洞が空く。
「お主の能力が何であれ、ここでは無意味じゃ」
そのまま蹴り飛ばし、すぐに追い付き蹴り下ろし。ルーナは地面にヒビを入れ、血肉を飛ばし地面の染みとなってしまう。
「ーー血壊」
澄が唱えた瞬間、周囲の赤がルーナに集まり、ルーナのからだが膨張して破裂。染みすら辺りに散らばって霧散してしまった。
あまりの惨さに胃液がこみ上げ、思わずその場に嘔吐する。こんなの、殺人じゃなくて殺戮だ……これが、異能力? ぜったいに違うと確信するほどの壮絶さ。
「さて、ルーナエアウラとやら。お主はまだ瑠奈を欲するか?」
「……」ルーナエアウラさんは頭を左右に振るう。「ルーナがいなくなったいま、片方だけを回収しても意味はないしね……それに……」
逆らったら、同じ目に遭うーー。
ルーナエアウラさんは、それを直感的に理解しているらしい。冷や汗を流していた。
「澄は……わたしの仲間でいてくれるの?」
微風は澄に恐る恐る問いかける。
「当然じゃ。なあ、舞香もそうじゃろ?」
「……はぁ。ええ、そうね。もうこうなってしまった以上、そうするしかないわね。元々は朱音の要望だし。ただし、これからは大人しくしておいてよね?」
青海さんはため息を吐く。
僕は、ただただ呆然と、その光景を眺めることしかできないでいた。
いや、僕だけじゃない。
真中さんも刀子さんも、なにも言えないで結末を目にすることしかできない。
裕璃はーー痛みを忘れたかのように、震えながら澄を凝視していた。次は自分かもしれない。そう思っているのだろう。
僕は自然と裕璃に歩み寄る。
「おい、おまえ……」
刀子さんが止めようとするが、僕は歩みを止めない。
「待ってください。裕璃にはもう抵抗する力なんてありません」
「豊花……私は、私は……」
「裕璃……もうやめよう? ひとりで抗えるわけないじゃないか。今の見ていただろ? 逆らったら……」
染みすら残らないーー。
「青海さんたちに協力してもらってーー」
「待て。そいつは聞けないな。せめて研究所送りだ」
「刀子さん! だって、裕璃はもう」
「もう、なんだ? 死した仲間は甦らない。相応の罰を与えるのは当然だろう?」
「でも!」
「豊花、諦めなさい」
青海さんが僕の肩を引き、裕璃から引き離す。
「澄はこっちには興味ない。私だけじゃ刀子さんと真中さんには歯向かえない。澄は澄のルールで動いているのよ。助けは期待できない。いまは、言うとおりにしましょ?」
でも、青海さんの力があれば、刀子さんを倒せるんじゃ……?
「安心しろ。傷が癒えるまでは実験台にはされないだろう。だが、当分会えないし、会っても元のこいつだと期待するな」
刀子さんは、無力となった裕璃の腕を引き立ち上げる。
「無駄な抵抗はするなよ? 真中、なにかあったら即座に心臓を撃ち抜け」
「はい、先生」
「裕璃!」
これじゃ、僕がここまで来た意味は、いったいなんだったんだよ!?
「すぐには無理だけれど、いずれ隙を見て助けなさい。私たちも力を貸すから」
「聞こえているぞ。また荒事を起こす気かーー言っておくが、そこの化け物が味方していないかぎり、私は容赦せず反撃するからな?」
澄を見ながら刀子さんは裕璃を引き摺るように無理やり歩かせる。
「豊花……ごめん……ばいばい」
「ーー?」
裕璃は泣いていた。まるで、自分の過ちを、今さら自覚したかのように……。
「まったく、なにひとつ目的は果たせなかったわね」
刀子さんたちが立ち去ったあと、青海さんは独り言のように呟く。
ルーナエアウラさんの目的は果たせなくなってしまい、裕璃は結局連行された。たしかに、なにひとつ目的は達していなかった。
「澄……ありがとう、ありがとう」
「泣くな、瑠奈。お主らしくもない」
澄と微風だけが喜んでいた。この現実……。
裕璃はこれからどうなる?
刀子さんいわく、すぐには酷い目に遭わされないらしいけど。それでも、何年、何十年研究所送りにされるんだ?
目の前が真っ暗になる。
ああ、僕は戦う力を得ながら、結局幼なじみも救えなかったんだ……。
「残念だけど、刀子さんには私の力がバレているからね。空間置換した瞬間避けられるし、近寄って触ろうにも、寸でで避けられ逆に殺られるわ。だけど、今回手伝ってくれたことだし、いずれ機会ができれば、ね?」
青海さんの言葉は頭に入ってこない。耳に入るも理解できない。
僕のせいで異能力者になった幼なじみは、僕のせいで殺人を犯し、僕のせいで地獄のような日々を送る。
僕の、私のせいでーー。
ーー豊花、病みすぎだ。帰宅したらすぐさま薬を飲むんだな。侵食度が相当酷いことになっているぞ?ーー
ユタカの声を頭に響かせながら、僕はふらふらと立ち上がり、瑠璃たちが待つ場所へと帰るのであった。




