Episode36/-決戦前-
(??.)
暖かい風が吹き、草木が踊る公園のベンチに、二人の緑髪の少女が座り込んでいた。
子どもたちのはしゃぎまわる声が、公園内に響き渡っている。
そんななか、緑髪の少女ーーシルフィードは、隣に項垂れている少女ーー微風瑠奈の肩に手をつく。
「大丈夫ですか、瑠奈……」
「あはは……」微風瑠奈は首を振るう。「私、仲間をみんな失っちゃったよ……どうしたらいい?」
ルーナエアウラには力で勝てない。ならばルーナを討ってルーナエアウラの目的を壊そうとも考えたが、もはや今まで苦楽を共にしてきた仲間は仲間とはいえない。
たしかに、微風瑠奈は皆に自身をルーナエアウラだと偽っていた。
だからといって、青海舞香、嵐山沙鳥、なにより現世朱音、全員に手のひら返しをされるとは思ってもいなかったのだ。
「こんなところにいたのね、アウラーー」
「ーー!? ルーナ!?」
ベンチの前に現れたのは、今の時間帯ーー昼過ぎの三時では無力のルーナ。そして、ルーナの仲間らしき部下二人。
思わず空撃を放った微風瑠奈だったが、隣にいる部下が前に立ち塞がり、それを弾いた。肉体にぶつかると共にはじけたのである。
「そう自棄にならないで。わたくしと手を組まないかしら?」
「どういうこと?」
微風瑠奈はルーナを睨み付けながら問う。
「わたくし一人では無理。貴女ひとりでも不可能。でも、わたくしたちが手を組めば、ルーナエアウラを出し抜けるのではなくて?」
「二人であいつを倒すってこと?」
「ええ」ルーナは謳う。「少女人身売買組織ーーGCTOのメンバーも集めましたから、いまのわたくしたちにならそれが可能。どうかしら、手を組んでみる価値はあるのではなくて」
「……」
微風瑠奈は逡巡すると、小さく頷いた。
「瑠奈!」
「大丈夫、わたしならできるよ」
シルフィードに微風瑠奈は返事をし、ベンチから立ち上がる。
ルーナは笑顔のまま振り返り、歩みはじめた。微風瑠奈も、それにつづく。
片手で携帯に、なにかの文字を画面に打ち込みながらーー。
(??.)
「どうだ?」
病院の廊下、ひとりの女性ーー清水刀子は、病室から出てきた青年ーー静夜に向かって声をかけた。
「残念ながら、無理そうだ。相当ショックを受けているらしい」
「恋人の死か……おまえが殺したんだがな」
刀子は静夜に頼んで、妹ーー大空 白に今回のGCTO討伐の仕事を引き受けられないか聞きにきていた。
白は自身の恋人ーー角瀬偉才が亡くなったことがショックで、なにも手につかない状況に陥っていた。
偉才を殺害したのは、兄である静夜だと知らずにーー。
「まあいいさ。部下二人だけでは辛いだろうが、なんとかなるだろう」
刀子は腰に差した刀に手を添えながら呟く。
「俺は、間違ったことはしていない……」
「おまえの妹からしたら誤った行為さ。だが、静夜。おまえは妹を犯罪者から守ったつもりなのだろう?」
「ああ……だけど、俺は……いや、いい。刀子さん、俺も手伝うよ」
「申し出はありがたいけどな、おまえは代理人じゃないし、ありすの穴埋めにはならないだろう。実力的に正面からの戦いには不向きだ」
静夜からのGCTO討伐と、結愛救出作戦の協力を刀子は断る。
言い残すと、刀子はひとり病院から出た。そこには、二人の男女が待っていた。
「先生、結局大空 白の協力は?」
二十歳くらいの女性が刀子に声をかける。
「無理そうだ。そもそも、研究所から逃れた身だ。もう人殺しなんてまっぴらごめんだろうさ」
「本当に清水さんって、だれの味方かわからないっす。異能力者保護団体側の人なら、発見次第無理やり連行するっしょ」
同じく二十歳くらいの男性が刀子に疑問を問う。
「あいつは私の弟子の妹なんだよ。無理やり連れていけるものかーーおっと」刀子は携帯が鳴ったことでポケットからそれを取り出す。「……はは、あいつにも考えがあるみたいだな。見直したよ」
「清水さん?」
「いいや、なんでもない。ほら、さっさと向かうぞ。遅れて誘拐された結愛が殺害でもされてみろ。寝覚めが悪い。せっかく双葉結弦が死にていになりながらも、居場所まで録音しておいてくれたんだからな」
三人は駐車場に置かれた車に乗り込むのであった。
(??.)
「……あれ、ここどこよ?」
暗い一室のなか、ひとりの女性ーー月影日氷子は目を覚ました。
なにがあったのか思い出すため、周囲を窺う。
「なによ、これ……」
辺りには、拘束された幼き少女たちが数人寝込んでいた。
「お目覚めか、はっはー! よくも邪魔してくれたな?」
「!?」
扉を開けて入ってきたのは、厳つい顔のスキンヘッドの男性。男は、自身の頭部の傷を叩きながら、月影日氷子を睨み付ける。
「てめぇみたいなババアを拐っても売り物にはなりゃしねーが、俺の邪魔をした借りは返させてもらうぜ?」
「……借り……っ!」
月影日氷子は、ようやく自身がなにをしたのか思い出せた。
結弦が重体になり、結愛が誘拐されたと耳にした月影日氷子は、ひとりで助けだそうと身勝手にも単身二人の探索をはじめたのである。
途中、偶然にも、スキンヘッドの男に誘拐されようとしている幼女を発見。どうにかしようと近場にあった木材で相手の頭部を打撃。しかし、倒れることはなく反撃を食らう。
結果、意識を失った月影日氷子は、幼女とともに拐われてしまったのである。
「うう……」
ほかの幼子が目を覚ます。
「あんたら、もしかしてGCTOってやつらの仲間? ちょうどいいわ。あんたたちを捕まえに来たのよ!」
月影日氷子は周りを見て推測を立てる。ここが探していた結愛とやらを誘拐した組織なのではないかと。
「当たりだけどよ? てめぇにゃなにもできねーよ。いまから」ドンッ、と金槌を取り出し男は机を叩いた。「てめぇは言うこと聞かねーガキはどうなるか、見せしめに拷問するんだからな!」
(??.)
「やれやれ、勝手に死なれたら悲しいじゃないか」
相模湖の廃ホテルを一望できる近場の建物の屋上、陽山月光はひとり呟く。
「僕はね、きみが自害する様を見たいのであって、殺されてほしいだなんて願っていないんだよ」陽山月光は廃ホテルの状況を確認する。「さて、正面には二人の見張り、裏口から入るしかないかな? まったく」
ーーこれも、愛というのかね?
陽山月光はひとり呟く。
数多の人間を自殺に追い込んで来た陽山月光は、なにも対象者を恨んでいるわけではなかった。
仕事で殺すのとは話が違う。自殺に追い込むのは、その者が、どのような顔で死に行くのか、いかような気持ちで自死を選ぶのか、それを観察したい人間にかぎる。
その自害させたい相手を選ぶ基準は、自身でも理解できていない。
「おや、あれは?」
近場に車が走ってきたのが視界に入り、陽山月光は動きを止める。
「ちょうどいい。彼女は嫌いだが、幾分救助が楽になった」




