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Episode35/真の力

(60.)

 広々としたなにも置かれていないマンションの一室ーー302号室の中、僕は青海さんと相対して佇んでいた。


「あの……青海さんって、異能力者では?」


 あのときも、たしかシルフなんちゃらって物体を転送かなんかしていたんじゃなかったっけ?


「そりゃそうよ。愛のある我が家には、異能力を持つ人間しか所属していない。上の大海組の方とかは違うけどね。でもーー」


 うっーー来る!

 僕は反射的に背後に一歩下がった。

 その直後、僕の腹部があった位置に横蹴りが放たれた。

 次は上!?

 僕は頭を下げる。そこに青海さんの回転後ろ蹴りが放たれる。

 あっ、間に合わない!

 そのまま踵落としが降り注ぎ、僕の頭上に叩きつけられた。


「ほら、止まらないで避けつづける! 異能力者でも異能力だけでは生き続けられない。私の異能力はなんだと思う?」

「え? 物質の転移ですーーか、あれ?」


 青海さんは瞬きの瞬間に視界から消えていた。

 後ろ!?

 僕は前に転がる。そこに青海さんが現れ蹴りを放つ。


「概念干渉系の異能力者ーー私の異能力は、空間の置換よ」

「空間の……置換?」


「例えば」


 青海さんはポケットからナイフを取り出す。すると、ナイフの刃の部分に触る。寸刻、その刃の部分だけが消えた。僕の背後で、チャリンと刃が落ちたような音。


「物質全体を空間ごと運ぶこともできるけど、一部だけを置換することも可能。私が触った空間にある物質は、たとえ人体でも置換できる。つまり」青海さんは前蹴りをする。「私に一部でも触れたら、真っ二つにすることも可能なの」

「な、なんじゃそりゃ……」


 このひとの異能力……極悪過ぎない!?


「だから、私に一度でも触れないように避けつづける。それをするだけで、あなたは戦えるようになるポテンシャルがある。だって、感覚や直感で私の鍛えた足技を避けつづけていられているじゃない」


 青海さんは僕に一歩で近づき回転蹴り、回転後ろ蹴り、横蹴り、蹴り上げ、踵落としの順で蹴り技を放っていく。

 僕はすんでのところでそれを交わす。背後に下がり、また下がり、頭を背後に反らし、バックステップ。

 ギリギリ当たらないが、一歩遅れれば当たっている!

 それでもーー。


「こんな力が……僕にあったの?」


 今まで自覚していなかった。

 この異能力には、こんな力があったのか。


ーーだから言ったであろう? 豊花、きみには戦える力があるのだと。ーー

 ユタカの言うとおりだ。まさか、ここまで早い蹴り技を、感覚と直感だけで避け続けられるなんてーー。


 でも……。


「青海さん! 反撃ができないんですけど!?」

「隙を狙って攻撃してみなさい。今回は危ないから武器は使わせられないけど、本番では刃物を持っていってもらうから」さてと、と青海さんは一呼吸おくと。「そろそろ本気出すから、可能なかぎりよけなさい。当たると痛いわよ!」


 青海さんが視界から消えた。

 真横!?

 隣からの横蹴り。それを避けるように下がる。すぐに青海さんは姿を消す。背後の上空に!? と見せかけてまた消えた!


「地面!? きゃっ!」


 空中に現れたかと思いきや、青海さんはすぐに地面に現れ蹴り払いをしてきた。それを受けた僕は、情けない声を出しながら仰向けに倒れてしまう。

 だがしかし、青海さんは攻撃を緩めず、空に飛んだかと思えば膝を曲げた。

 腹部に膝蹴り喰らわせる気だ、このひと!?

 僕は真横に転がるように避けた。すると、青海さんはすぐさま何処かへ消える。

 いない!?

 そうと思いきや、天井の高さに現れる。青海さんは両足をこちらに向けて穿つ。


「いっ!」


 両手でガードするが、それでもダメージは深い。


「ほら、起きなさい」


 一歩退くと、足を背後に反らし勢いつけて前蹴り。

 僕は再び転がりながら、息も絶え絶えながらどうにか立ち上がり構えてみせる。

 これが……これが14歳の少女に対する仕打ちか!?


「ちょっ! 待ってください! からだが追い付きません!」

「同じくらいの体の年齢の瑠奈だって、もう少し動けるわよ?」


 青海さんは気にせず前進してくる。

 おそらく今までのパターンから慮るに!


「ここ!」


 予想どおり横蹴りが飛来してくる。と、それをギリギリ交わしつつ拳を足にぶつけた。


「やればできるじゃない」


 ようやく青海さんの攻撃は止まった。

 なんだろう……感覚、直感、思考と、感情以外のすべてを使った気がする……。


ーーしかし、今の攻撃……相手が異能力を使っていたら豊花が反撃されて終わっていたな。末恐ろしい能力だ。ーー


 たしかに……触れた空間を置換するって、どれだけの範囲を置換するんだろう?

 少なくとも、あのシルフストーンだっけ? を置換するほど広範囲なのはたしかだ。どういう判定なのだろうか?

 あれ?


 そういえば、この人たち異能力バンバカ使っているけど、侵食ステージいくつなんだろう?


「さあ、もう少し模擬戦したら、作戦会議を開きに戻るわよ」

「まだやるの!?」


 それから30分ほど、青海さんと戦うことになるのであったーー。






(61.)

「豊花、大丈夫?」


 201号室に戻ると、瑠衣が颯爽と駆け寄ってきてくれた。

 どうやらへとへとの僕を心配しているようだ。


「なんとか大丈夫……」

「豊花……あんた、戦うなんて必要ないわよ、やっぱり」


 瑠璃は未だに納得していない様子だ。


「犯罪者を助けるんじゃなくて、僕はただ幼なじみをーー」

「それにしたって、豊花が行く必要なんてないじゃない」


 だって、嵐山さんがそう言うんだもん。


「気持ちはわかりますよ、瑠璃さん。大切なひとを危険に曝すのが嫌なんですね?」

「た、大切な……ひと……?」


 さっきも聞いたけど、瑠璃にとって、僕は大切なひとなのだろうか?


「ええ。心を読める私には誤魔化せませんよ。貴女は」嵐山さんは瑠璃を指す。「自分の好きな相手を危険な目に遭わせたくないのでしょう?」

「す、好き? ちがっ! 私は、そんな、誰かを好きになるなんてこと……わからない……」


 え、瑠璃が、僕のことを好き……?

 でも、本人はそれを否定するかのように首を振るう。


「ええ、わかっていないようですが、貴女のそれは……いえ、やめておきましょう。本人が自覚するのが一番です」それより、と嵐山さんはつづける。「作戦会議をはじめましょうか。私たちは少ない戦力で戦う必要があります。(すみ)さんがいれば一人で戦争できますが、生憎すぐには帰宅は無理でしょうからね」

「ただいま……」


 嵐山さんが言うタイミングで、誰か、まだ幼い12歳くらいの女の子が入ってきた。


「お帰りなさい、ゆきさん。ちょうどこれから、例の作戦を決行致します。こちらに来てください。舞香さんとゆきさんは戦力の要ですからね」


 こんな幼い子まで犯罪組織の仲間なのか……いったいなにをやっているのか気になってくる。


「相手の本部は相模湖周辺の廃ホテルだと刀子さんから連絡が入りました。ここからですと、普通なら車で向かいますがーー」


 運転は普段私がします、と嵐山さんはつづけたが、どうやら違うようだ。

 というか、嵐山さん……刀子さんとも繋がっているのか……。

 ありすの師匠……異能力犯罪者執行代理人と……。


「ですが、あちらはあちらで動くそうです。競争ですね。あちらがさきにルーナさんを倒してしまっては、現世さんとルーナエアウラさんの目的を果たせなくなります」


 ならさっさと動いたほうがいいんじゃないだろうか……。


「そうですね。裕璃さんがGCTOの仲間入りを果たしていたら、おそらく代理人の方たちは容赦なく殺傷しますから」


「え!?」


 それを早く言って欲しかった!

 なら本当にとっとと向かったほうがいいんじゃ……!?


「お待ちください。なんの策も講じずに倒せる相手ではありません。澄さんがいればべつですけど」


 澄さんとやら、どんだけ信頼されているんだ……。


「気になるのは瑠奈さんの動向です。ルーナさんを倒しに向かうのか、ルーナエアウラさんに報復に来るのか……あの方のしでかすことです。予想がつきません」


 あの緑の怪物ーー微風のことか。たしかに、あの暴れっぷり。なにをしでかすかわからない。

 とはいえ、ルーナエアウラさんがいればなんとかなるのではないだろうか?


「そのルーナエアウラさんに、目的地まで連れていってもらいます。いまは瑠奈さんを探していますが、ルーナさんも目的ですからね。そろそろ帰ってくる頃合いでしょう。まずはーー」


 嵐山さんは策とやらを解説しはじめた。

 まず、廃ホテルに着いたら、正面から青海さんとゆきが突入。以後、青海さんとゆき、ルーナエアウラさんの二手に別れて探索を開始。青海さん側は連れ去られた犠牲者の探索を、ルーナエアウラさんはリーダーを努めるルーナの探索を始めるため、屋上から行動を開始するという。

 僕はそのどちらか一方についていくということで、仕方なく青海さん側を選択した。

 裕璃がいそうなのは、どちらかといえば犠牲者側だと考えたからである。


 嵐山さんは外部から連絡を受け取り、全員に現状を説明。もしもルーナエアウラさんが裕璃らしき人物を発見した場合、こちらに連絡をくれるというのだ。ありがたい。逆にこちらがルーナを発見したとしたら、嵐山さんに即連絡をする。ルーナエアウラに伝えるという。

 直接連絡すればいい気もするが……どうやら、そちらのほうが手っ取り早く済むらしい。たしかに、もしも戦闘中なら、すぐに連絡に出ることはできない。あの嵐山さんの異能力があれば、すぐに伝えることができるのかもしれない。

 相手のメンバーの総数は20人程度。かなりの量だ。異能力者が犯罪組織としてそんなに集まるなんて……。


「GCTOーーgirls children trafficking organizationは、なにもメンバー全員が異能力者というわけではございません。少女の人身売買をする組織というだけで、単なる極悪犯罪者もいます」


 少女の人身売買をする団体……愛のある我が家は覚醒剤を売買する組織、かなり違う。


「あの、言っておきますが、私たちはなにも覚醒剤だけがシノギではございませんからね?」

「あれ、そうなんですか?」


 てっきり覚醒剤を売りさばいて利益を上げてる犯罪集団かと思っていた……。


「まあ、私たちのほかのシノギも、GCTOとは違い、両者ともに納得しているものばかりです。悪な事業はしていませんよ」


 覚醒剤の密造、売買って、既に悪人のような……。

 でも、わからなくなる。たしかに、覚醒剤を欲している人間に売りさばいているだけだ。ほかの仕事も、もしかしたらーー。


「豊花、こいつらは信用ならないわよ。犯罪者の巣窟に変わりないわ。だいたい、自分がこれからなにをしようとしているのか本当に気づいているの? 犯罪集団同士の抗争に首を突っ込もうとしているのよ?」


 瑠璃は未だ腑に落ちないといった表情で、何度も同じことを声をあらげて言う。

 そんなとき、ベランダに美しい緑の髪をした少女ーールーナエアウラさんが降り立ってきた。

 窓ガラスをノックしてくる。


「作戦開始時刻ですね。どうやら瑠奈さんは見つけられなかったようです」

 ルーナエアウラさんの心を読んだのか、嵐山さんはそう答えながら窓を開け放つ。

「というかーー」


 ルーナエアウラさんに連れていってもらうって、いったいどうするのだろうか?

 あれ、まさか? 空を?


「そのまさかです。さあ、舞香さん、ゆきさん、豊花さん、行動に移る時間です。朱音さんはここで待機、瑠璃さんと瑠衣さんの様子を見ていてください。なにかあれば連絡を」

「わかった。了解したよ」


 現世さんは袋に覚醒剤を小分けにし終えたタイミングで頷いた。


「ちょっとちょっと! 豊花、本気で行く気なの? やめなさいよ、そんな危ないこと」


 瑠璃は、珍しく僕の袖を引きながら、やめるように全力で促してくる。

 でも……。


「このままだと、裕璃には暗い未来しかない。これは、僕にできる懺悔なんだ」


 あの日、声をかけなかった、自分への罰だ。


「そんなこと、豊花がする必要ないわよ! あの子は勝手にあなたを裏切って、悪い噂の金沢と付き合って、自業自得な目に遭って……それで……」

「ふふ、本当にお好きなんですね。豊花さんのことが」

「なっ!?」


 嵐山さんの言葉に、瑠璃は一瞬たじろいだ。 

 なんだか嵐山さんが言うと説得力があるせいか、本当に僕が好かれているんじゃないかと錯覚にとらわれる。


「大丈夫だよ、瑠璃。戦い方は青海さんに教わったし、いざとなったら逃げるから」


 なぜだか、いまの僕なら十分に戦える気がした。

 青海さんとの短時間の訓練で、そう思えるようになれたのかもしれない。

 裕璃を救う……大切な友人を、自分のせいで酷いめに遭わせたくないから。

 瑠璃も瑠衣も、心配そうにこちらを見てくる。

 安心してほしい。なにも、死ににいくわけじゃないんだ。

 今までなにもしてこなかったから、せめて、幼なじみは自分の力で助けたいだけだ。助け出せたら、すぐにここに戻ってくる。

 裕璃には謝って、そして、瑠璃にはーー好きだと伝えよう。

 嵐山さんのおかげでーーそれが恋心かわからないけどーー瑠璃も僕のことを好いてくれていることがわかった。だから、勇気を出して告白しよう。


「あれ? なんだか人数増えてるじゃん……まあいいけどね」


 ルーナエアウラさんはベランダに佇んだまま呟く。


「さあ、行きましょう。私たちは、ルーナエアウラさんを元に戻すため。豊花さんは、裕璃さんを救うため」


 僕は促されるままベランダに出る。


「最初は怖いだろうけど、すぐ慣れるから安心して。さ、私に近寄って」


 みんなでルーナエアウラさんに近寄る。

 すると、すぐに空中にふわりと浮いた。




 ……こここ、怖い!


 空を浮いている!


 僕はいま、空を飛んでいるんだーー!

 

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