Episode34/混乱する現状
(59.)
「ここが……?」
愛のある我が家のアジト?
僕と瑠衣と瑠璃の三人は、とある川崎にあるコンビニまで来ていた。
一階のテナントがコンビニになっており、二階から四階がマンションになっている建物である。
あれから愛のある我が家のひとに頂いた連絡先に電話を入れたら、ユタカの言う通り快諾してくれたのだ。
『それでしたら、川崎の川崎区にあるマンションまでいらしてください。そしたら、匿うくらいどうとでもいたしますから。住所はーー』
あの天然パーマと寝癖が合体したような女性の声で住所を教えてもらってから、最後に彼女は付け足した。
『入る際にはコンビニの中からお願いしますね。外には入り口がありませんので、レジに向かって299番の煙草ーー欠番の煙草をくださいーーと仰ってください。そうしたら、きちんとなかに通されますから』
とーー。
それにしてもーー。
「見た目は普通のコンビニよね……だいたい、いったい誰なの? その、助けてくれるひとって? 私としては、自宅にいた方が安全な気がするんだけど」
瑠璃には知らせていない。電話の相手が誰であるか……。
でも仕方ないだろう。知らせたらついてこないだろうし、なにより、もしも裕璃が瑠璃の自宅を知っていたら、あの異能力で玄関もバラバラにされてしまう。
最悪、瑠璃も瑠衣も無駄死にだ。
「豊花、豊花」
瑠衣がなぜか僕の袖を引っ張る。
まさか、犯罪者の巣窟だとばれたのか!?
「な、なに?」
「呼んでみた、だけ」
なんやねーん!
そういえば、ここに来る最中も、時折こうやってスキンシップを取っていた。
「ありすにも、こうしてるよ?」
「ありす……大変だなぁーーん?」待てよ?「ありす……それに瑠美さん、自宅にいるんだよね?」
「そりゃそうよ、当然じゃない」
「!?」
まずいことに今さら気づいた。
瑠璃と瑠衣の身の保証ばかり考えて、瑠美さんやありすのことは二の次だった!
どうするどうすればいい!?
「ママ……お、お母さんについては心配しなくても平気よ……私から連絡しておいたから」
「瑠璃から……?」
「そう。それに、お母さんは私ほどやわじゃないもの、平気よ」
そう呟く瑠璃の瞳は、明らかに動揺していた。
本当は母親を助けに行きたくて堪らないーーけれど本人から、こちらはこちらで逃げろと言われた。そんな流れが表情から伝わってくる。
ーー早く入ってはどうかな? きみの容姿は些か以上に目立ち過ぎる。周囲の人々に見られているぞ?ーー
わ、わかっているってば……。
最近は慣れてきたけど、やっぱり、男女問わずこの容姿のせいでチラチラ周囲から見られるのには抵抗感がある。
それはともかく……裕璃……。
どうしても気になってしまう。
話によると、裕璃は拐われたらしいけど、なにやら仲間に勧誘するかたちでGCTOに同行したらしく、厳密には誘拐とは違うみたいだ。
裕璃が犯罪者集団の仲間に……考えたくもない。
いったいどうしたっていうんだ。
やっぱり、僕のせいでーー。
ーーあまり考え込むのはよくない。それより、早く中に入ってはどうかな?ーー
あ、うん。それもそうだ……。
どうしても、仲の良かった幼なじみなだけあって気になってしまう。
「ちょっと特殊な入り方をするから、二人とも、僕についてきて」
「ん」
「わかったけど……いったいなんなのよ?」
僕たち三人はコンビニの中に入った。
ここに訪ねてきた理由は、なにも匿ってもらうだけじゃない。裕璃を、どうにかして裕璃を、助けてもらうためでもあるんだ。
僕はレジの店員に早速顔を向けた。
「すみません、煙草、299番をお願いします」
「ちょっと!? いったい、豊花はなに言ってるのよ!? 煙草!?」
いや、瑠璃はちょっと黙っておいて。ややこしくなるから……。
「あ、はい。カウンター内にどうぞ」
店員は特段気にした様子を見せず、僕らをカウンター内に通した。
「えっと……あの」
「ああ、奥のスタッフルームに階段があるから。そこから上がってください」
「あ、はい」
店員の指示に従い、僕らはスタッフルームへと向かって歩く。
そこには、普通のコンビニにはないであろう二階につづく階段があった。
「外に入り口らしき場所はなかったけど、こんな場所に入り口があるだなんて……いったい誰なのよ? その、私たちを匿うっていう人たちは……」
「いや、あはは。ちょっとね」
瑠璃、知ったら多分、怒るだろうなぁ……。
階段を登っていくと、横一直線の通路と三階に向かう階段が現れた。
たしか……201号とか言っていたような気がする。一階がないから20から始まるのかな?
通路を通ってすぐの場所に201号室と掲げられた部屋があった。
チャイムを鳴らして、しばらくーー。
「はい、お待ちしておりました」
天然と養殖のパーマな綺麗なお姉さんが現れた。
名前はーー嵐山沙鳥。
「ちょっとちょっと!? 豊花、こいつってあのときの!?」瑠璃は現れた沙鳥さんに驚きながら声をあらげる。「助けてくれるーーって、犯罪組織の極悪非道な奴らじゃない!」
「いや、その……あまり悪い人たちじゃない気がするんだ。だから、ちょっと今回ばかりは見逃してよ」
瑠璃は鼻息を荒くしながら文句を口にする反面、瑠衣は初対面だからか首を傾げている。
「第一、昨日警察に捕まっていたじゃない!」
「ああ、そのことですか。あのあとすぐに解放されましたよ? 誤解をなくしたわけです。それに」嵐山は不敵な笑みを浮かべた。「警察と繋がりがあると、多少の悪さなら見逃してもらえるようになりますから。そもそもあれを行ったのは微風瑠奈さんですしね」
「あれ以外にも色々やっているでしょ!?」
瑠璃の突っ込みも正しいけど、どうもこの人たちが本当に悪者だとは思えないんだよなぁ……。
「まあ、正直な人ですね。私たちをそう評するとは」
げ、心を読む異能力者だったの忘れていた……。
「五月瑠花さん、そう騒がずに。ひとまず部屋に入られてはいかがでしょうか」
「葉月瑠璃よ、ちゃんと覚えなさい!」
「すみません、瑠璃さんでよろしいですね? そちらの方」嵐山さんは瑠衣のほうを見やる。「妹さんでしたよね。瑠衣さん、私の名前は嵐山沙鳥。愛のある我が家、要するに、ここの集団のリーダーを務めさせていただいております。よろしくお願いいたしますね」
「よ、よろしく? うん、わかった」
瑠衣は案外すんなりと納得していた。
まあ、相手がどんな集団か、おそらく姉から聞いた情報でしか知らないからだろう。
「さあさ、いまは一人しかいませんから、ソファーにでも座って寛いでいてください」
瑠璃と瑠衣、そして僕の三人は、言われたとおり中へと入った。
瑠璃だけ妙に納得していない表情を浮かべたままだけど、今すぐ危険だと判断しないようにしたらしく、とりあえずおとなしく言われたとおりに従ってくれている。
部屋に入ると、まず目に入るのが中心にあるテーブル。そして、その左右には二人がけのソファー。そこに座っている一人の女性……アシンメトリーの髪型の女ーーたしか、朱音とか呼ばれていたはずだ。
「ぼくの名前は現世朱音。話には聞いているよ。大変だったね」
現世さんは、なにやら机の上に秤と透明な結晶を並べ、透明なパケット袋にその結晶を計り突っ込んでいた。
なんだろう、あれ……?
「豊花……やっぱり帰りましょう。こいつ、覚醒剤を袋に詰めているわ……」
瑠璃はドン引きしたような顔をしながら、一歩後ろに下がった。
か、覚醒剤!?
って、あのテレビとかでよく見る、覚醒剤?
「安心してください。別にあなた方に使わせるつもりはありませんし、なにより私たちの中でも使う人はいません。完全に売る用です」
「売っているんじゃない! 普段なら即刻通報よ!?」
「通報する気はないのでしょう? なにせ、そこにいらっしゃる貴女の大切な友人から誘われてきたのですからね」
「!?」
「え? 大切な……?」
嵐山さんは心を読んでいるのか、確信を持って喋っている。
つまり、僕は瑠璃に大切な友人だと思われてはいるのだろうか。
なんだか嬉しいような、恥ずかしいような……。
「あんたと喋ると疲れるわ……」
瑠璃は心底疲れたという感じで、言われるがままソファーに崩れ落ちた。
……現世さんの隣は嫌だなぁ……覚醒剤詰めているし……。
僕はそそくさと瑠璃の隣に座った。
なぜか隣に瑠衣が地面に座り込み僕を見つめる。
「な、なに?」
「?」
「豊花さんの隣に座りたいみたいですよ。よかったですね」
僕、名乗ったっけ?
ーーどうやら私との会話を聞かれていたらしいな。ーー
「そのとおりなのですが……その声は……豊花さんの言葉ではありませんね。それはいったいどういうことでしょう?」
「え、あ、えっと」
僕は、なるべく短めに事情を話した。
「なるほど。それはそれは……珍しい」
「でも、姿とかは見えないんですね」
「ええ、私には声が聞こえてくるだけです」
ーーなるほど。私が喋るときみの思考が途切れる理由になにかありそうだな。豊花の思考を借りて私は喋っているらしい。ーー
嵐山さんは現世さんの隣に腰かけると、薬物を詰める行為を手伝いはじめた。
「それで、匿うくらいであれば、空き室をいくらでも貸してあげられますが、なにかべつの事情があるのでしょう?」
「あ、はい。話しましたっけ? 誘拐されたのが僕の幼なじみでして、拐われた理由が、どうにもGCTOへの勧誘らしいんですよね……そうなると、瑠衣や瑠璃の命が危ない。でも、それだけじゃなくてーー」
僕は、そもそもどうして裕璃があんなことをしてしまったのか理由を説明した。
「そういうことですか……それであなたは、どうしたいとお考えでしょうか?」
「え?」
「もしも捕まえれば研究所送りで拷問のような毎日。私たちがさきに捉えることができても、一生犯罪者として逃亡生活を送る。どちらを選んでも、もう二度と日常生活を送ることはできないでしょうね」
「あ……」
たしかにそうだ。
研究所というのがどれほど地獄なのかはわからない。
けれど、要するに犯罪者として捕まり罪を長年償うか、はたまた、罪を犯しながら捕まらないように逃げ続ける生活を送りつづけるか。
ーーそのどちらかひとつを選ぶしかない。
「なら提案しましょうか? 異能力者保護団体よりさきに私たちが捕まえて、私たちの仕事の手伝いをしてもらう。それでしたら、不可能ではないでしょう。学校には通えませんが、会おうと思えば会える場所で暮らしてもらうことになりますよ。少しこことは、遠い場所ですが」
遠い場所……?
「遠いとはいえないんじゃないかな? ぼくとしては、あの世界は身近な場所だ」
現世さんが口を挟む。
「それもそうですが、異世界を作り出し行き来できる朱音さんと、朱音さんがいなければ異世界に行けないひとを同等に扱うのはどうかしています」
「え? え、あ、異世界!?」
異世界って、え、あの……なに?
「ああ、ぼくの異能力は存在干渉系で、自分の世界をひとつ作り出し、そこに自由に行き来できる能力なんだ」
存在干渉……異能力者……そんなすごい異能力者もいるのか。
まえに会ったときに言っていた意味不明な言動は、もしかしたら、すべて異世界に関係しているのかもしれない。
「で、どういたしますか? もしも裕璃さん? を助け出したいのであれば、微力ながらお力添えできますが」
「裕璃は……」
どうしたいのだろう?
そもそも、裕璃を助けたいなんていうのは、単なる僕のエゴでしかないのかもしれない。
ーー裕璃の目的は、豊花と付き合うことだぞ? 助けるだけ助けて、あとは知らないなんて、それはそれで酷いのではないか?ーー
うっ……それは……。
「まあ、どちらにしても、私たちは私たちで動くつもりでした」
「どういうことよ?」
瑠璃が言いたいことを代弁してくれた。
瑠衣は僕の胸に手を当てまさぐっていた。
こんなときにやめてくれ……。
「GCTOの現リーダーは砂月楓菜ーーいえ、ルーナさん。ルーナエアウラさんの片割れのひとりなのです。私たちはルーナさんとアウラさんを回収して統合する必要がありますからね」
ルーナエアウラ?
そういえば、まえに遭遇したときは、アウラとひとつになろうとか、あの綺麗な緑髪の少女ーールーナエアウラ? さんは言っていたっけ。
「隠す意味もありませんし、私たちーーいえ、朱音さんのいまの目的を説明しましょうか。理解できるとはかぎりませんが……」
嵐山さんはそう言うと、現状なにが起こっているのか説明をしてくれた。
ーーそれは、到底理解できないような内容であった。
現世さんが異世界をつくるとき、重要な登場人物は自分で設定をつくったという。
そのなかのひとりであるルーナエアウラという少女は、当初いなかったらしい。
ルーナとアウラという魔法使いを設定した段階で、別けるのをやめ、ひとりの人物に統合したという。その人物の名が、ルーナエアウラ。
しかし、最終段階まで分けるかどうか迷っていた現世さんのせいで、異世界を作り出したあとに本体から性格を奪って分離。結果的にルーナ、アウラ、ルーナ=エ・アウラ・アリシュエール∴シルフの三人になってしまった。
現世さんの目的は、当初の予定どおりルーナエアウラへ二人を統合することだという。
とはいえ、ルーナエアウラとルーナ、アウラが分離していたのを知ったのは、ごくごく最近のこと。それまでは、微風瑠奈という偽名を使うアウラのことを、ずっと、ルーナエアウラ本人だと勘違いして、仲間として行動していた。
ルーナエアウラがいると知ったのはつい先日で、異世界の様子を見に行ったとき(なにやら異世界を使って覚醒剤を密造しているらしい)ルーナエアウラ本人に会って事情を理解。しかし、現世さんはルーナを誤ってこちらの世界に送ってしまったあとのことだという。
ルーナはアウラの知り合いと称して、こちらの世界の仕事を手伝いたいと申したという。それを快諾してしまいルーナを連れ出した結果、アウラとルーナが対立。
二人の目的は、ルーナエアウラを抹殺するか、ルーナかアウラどちらかを殺して、ルーナエアウラの目的ーー二人の回収をできなくして生き延びること。
「ぼくが間違いを犯さなければこんなことには……」
「……う、うーん」
長々と話を聞いたものの、ほとんど話についていけない。
「私たちの目的は、ルーナさんとアウラさんを殺さずに確保、ルーナエアウラさんに統合することです。そして、刀子さんからの情報で、GCTOの現リーダーは砂月楓菜ーールーナさんです」嵐山さんは一息つくとつづけた。「ルーナさんの目的は、ルーナエアウラかアウラさんの抹殺。そのためにGCTOの残党を集めて利用しようと考えたみたいですね。アウラさんのーー瑠奈さんの目的は、ルーナエアウラに統合されるまえにルーナさんの抹殺。まったく、ややこしい状況です。私たちは」
二人の目的を阻み確保しなければならないのですからーー嵐山さんはそうつづけた。
「ちょっと……豊花?」
「な、なに?」
「最初から気になっていたのだけど、どうして裕璃を助けようだなんて考えているのよ? 相手は仮にも殺人者よ?」
「……」
瑠璃の言っていることももっともだ。
だけど……だけど、裕璃と僕は、幼なじみだ。
第一、僕のせいで殺人を犯してしまったようにも思えてしまう。
いや、事実そうなのだろう。あの日、きちんと僕が声をかけて、元の関係に戻っていたら……。
「豊花、大丈夫?」
瑠衣が心配そうにからだを擦ってくる。
苦々しい顔をしていたのかもしれない。それを心配してくれる瑠衣は、いつもどおりやさしい。
「ここで利害が一致します。私たちはまず、GCTOを異能力者保護団体よりさきに討伐して、ルーナさんーー砂月楓菜さんを確保。その間にあなた方は裕璃さんとやらを捕まえてもらいます」嵐山さんは両手をたたく。「そうしたら、裕璃さんには異世界での仕事ーー覚醒剤の密造の監督役を任せることにしましょう」
「覚醒剤の密造!? ちょっとまって! それじゃ、さらに裕璃は犯罪をーー」
「犯罪とはなんですか? 我々は欲しい人に欲しがる物を与えているに過ぎません。どこに被害者がいるのでしょうか? おかしな話です。法律は秩序を守りますが、私たち個人を守ってはくれない。裕璃さんとやらも、捕まったら相当ひどい目に遭わせられるでしょうね」
嵐山さんは厭らしく笑う。
「そもそも、研究所ではなにを行っているんですか? そんな酷いことってーー」
ーーそれはーー
「それは私が説明するわ」
と、ユタカがなにかを言いはじめるまえに、室内に制服おばさんが入ってきた。
名前はーーたしか、舞香さんだっけ?
「青海舞香さんです。実質ここのリーダーですよ。いまは現役を退去していらっしゃいますが」
嵐山さんが心を読んだのか教えてくれた。
くっ……制服似合わないアラサーほどのおばさんなのに、スカートとハイサイソックスの間にある地肌が、妙に艶かしくて色っぽく、むらむら、いや、イライラする。
ーー豊花は制服に厳しいのだな……。ーー
だって、どう考えてもコスプレ物のAV……いや、なんでもない。
なぜか嵐山さんに睨まれている気がして、思考を閉ざした。
なんか……青海さんの悪口を考えた瞬間から、視線が怖い。
「舞香さんは実際に数日捕まっていましたからね。詳しいはずです」
嵐山さんが付け足す。
え、捕まっていた?
じゃあ脱走したのだろうか?
「……嵐山とかいう女は、こいつを救うために研究所を襲撃したのよ。普通なら無理だけど、どうやら異能力者じゃない異能力を持つ女……微風とかいうこのまえのやつに頼ったらしいわね」
「ご明察。ああ、お父様にお聞きになられましたか。それならご存じでいて納得です」
「こいつ……!」
瑠璃が席から立ち上がり、嵐山さんに飛びかからんばかりの勢いでからだを前に出す。
「ちょっと瑠璃、いまは落ち着こう? これからしばらく味方なんだから……」
「豊花も豊花よ! いい? 裕璃はもう犯罪者なの。犯罪者のことを、犯罪者の集団を使って救い、犯罪の手伝いに加担させようとしているのよ? 考え直して!」
うっ……だって、たしかに裕璃に抱いている恋心はもうないけど、付き合いは一番長いんだ。それに、自分にだって責任はある。
「そろそろ説明してもいいかしら? それ見ているとやりたくなってからだが疼くのよ……」
青海さんは覚醒剤を指差しながら視線を外し、そう口にする。
「あ、はい……お願いします」
瑠璃の様子を窺いながら、僕はそう返事をした。
瑠璃は仕方なくといった様相で、ソファーに座り直した。
ふぅ……なんだかすごくややこしい状況に置かれているんじゃなかろうか?
ーーきみは次から次へと事件に巻き込まれるな。いや、飛び込んで行っているといったほうが正しいかな?ーー
うるさいなぁ……僕だって、こんな面倒くさいことになるだなんて思っていなかったんだ。
「研究所はね」青海さんは唐突にはじめた。「簡単にいえば地獄よ」
「地獄?」
「そう、異能力者にとっての地獄。毎日毎日、異能力を封じられながら、時折異能力を無理やり発動させる装置に繋がれて、異能力を人為的に異能力者以外が発動させるようにする機械にされるわ」
「え? 異能力を人為的に、異能力者以外が発動できるように?」
どういう意味だろうか?
「そう。異能力者に身体的・精神的ダメージを与えることによって、異能力を強制発動させるの。発動した異能力はすぐには発現せず、装置に繋がれた機械に送られる。私の場合、剣の形をした装置に」
その剣を振りかざすことによって、異能力者以外が使っても、異能力が発現するのだという。
まだまだ開発途中で原理も不明瞭。被献体を繋げたままでなければ未だ使えないが、もしかしたら将来、遠隔からでも発動が可能になるかもしれないという。
「その身体的・精神的な瑕疵が、想像より辛いのなんのって。あのまま数日経っていたら、私はとっくに廃人だったでしょうね」
「そんなバカな話あり得ない!」
瑠璃が青海さんを遮り叫んだ。
「パパが、パパがそんな実験に加担しているはずがないじゃない!」
「でも、それが現実。あなたのお父さんが副所長だっけ? 酷いことさせるわよね。あそこにいる異能力者の大半は、みんな目が死んでるし、ステージだって、とっくに4からFよ」
「そんなこと……あり得ない……」
瑠璃はガクッと項垂れる。そりゃそうだ。父親が、そんなことに加担していると知ったのだから……。
「え、待ってよ……じゃあ、もしも裕璃が捕まったら……」
ーー少年法云々以前に、廃人確定だな。ーー
なんなんだよ、それ……。
だったら、やっぱり助ける以外に選択肢がないじゃないか。
でも、僕になにができる?
この人たちにすがる以外、裕璃が助かる方法はない。僕には……。
ーー戦う力がない。
ーーきみには女体化以外にも力があるだろう。直感、感覚、思考、感情。それらを強化する異能力が。ーー
それでどうやって戦えと言うんだよ……。
GCTOだなんて、まえにありすから聞いた話では、極悪犯罪者の集団じゃないか。一度滅ぼされたと聞いたはずだけど……。
「舞香さんに、戦い方を教えていただいたらどうでしょうか?」
「へ?」
青海さんから?
このひと戦えるの?
異能力以外で?
「べつに構わないけれど、そんな短時間でーー」
「舞香さん、この方の異能力は女体化だけではありませんよ」
嵐山さんは、なにかを青海さんに耳打ちする。
「へぇ……なら大丈夫そうね。作戦決行はゆきが帰ってきてからだから、それまで別室で私がレクチャーするわ」
「へ……ええ!?」
あれ……なんだか、僕まで戦うことになっていない?
たしかに戦う力が欲しいとは思ったけど、今じゃない。
GCTOなんて危ない連中に対する武力なんて、そう短時間で身に付くはずないじゃないか!
嫌な予感がして、僕は首を背後に反らし傾ける。
そこに過る、一筋の横蹴り。
「危なっ!?」
「ほら、あなたには避ける力がちゃんとあるじゃない」
舞香さんが唐突に放った蹴りだった。
このひと、なんだか危険だ!
「それじゃ、ここじゃなんだし、三階の部屋にでも行きましょ。あそこなら、なにも置いてないからここより広いわ」
「ちょっと豊花!? どうしてあなたが戦おうとしてるの? 自分がなにをやろうとしているのか、ちゃんと理解してる!?」
瑠璃に言われなくても……この展開はサッパリわかっていないよ!
「私たちだけにやらせるだなんて、都合のいいことできませんよ。戦う力のない私も参加するのですから、あなたにも作戦には参加してもらいます。だって、狙われているのは瑠衣さんと瑠璃さんなんですよね?」
ええ!?
つまり、僕には参加しろと!?
「豊花、がんば」
瑠衣の非情な声援を受けながら、僕は青海さんに連れられて三階に向かうのであった。




