Episode33/暗転(前)
(??.)
僕は、夢を見ていたーー。
小学一年生の僕は、校庭の隅でいじめっ子たち三人に追いかけ回された挙げ句、その場で転倒。
手足に擦り傷をつくり喚き泣く僕を、しかし、そいつらはやめようとするどころか『先生に言えば? 先生に言ってみろよ弱虫』と謎のアドバイスと拳をプレゼントしてくるのだ。
何発も、何発も、嫌な吐き気を覚えるほどーー。
「やめなよ? いじめ、めちゃくちゃ格好悪い! メッ!」
助けてくれたのはーー。
「赤羽さん……あ、ありが……と……」
同級生の赤羽さんであった。
「ううん、大丈夫? いやならいやだって、言わなきゃダメだよ。杉井くんって、なにされても『いたいっ』『いたた』とか痛いってゆったり、『あはは……』って苦笑いしたり、『ごめんなさい』なんて謝っても、図に乗るだけで意味ないよ」赤羽さんは、倒れた僕に手を差し伸べた。「いっつも、もう無理! なときには、『先生に言うよ先生に言うよ』って宣言する癖に、どうして実際には言わないの? ダメだぞ?」
「ご、ごめんなさい」
僕は赤羽さんの手を握り立ち上がりながら、謝罪を口にする。
「ほら。すぐそうやって謝る。こういうときは、お礼じゃなきゃダメ! さ、今日からいじめられないようにがんばろーっ! パチパチパチパチ!」
「え、あ……ごめんなさーーじゃなかった! ありがとう……赤羽さん……」
ーーどうして裕璃と仲良くなるきっかけを、いま頃?
場面は変わり、中学校に入学した僕が、裕璃にとある質問をするシーンへ移る。
「ねえ、裕璃って落ち込まないよね?」
「そう?」
「うん。でも、もし裕璃が落ち込むほど悪い事が起きたら、裕璃ならどうするの?」
「え? うーん、笑えば大丈夫だよ! 笑う角には福来るから、不幸は消し飛ぶ! 消し飛ぶ消し飛ぶ」……ん? あれ、なんか。「消し飛ぶ消し飛ぶ消し飛ぶ消し飛ぶ消し飛ぶ消し飛ぶ消し飛ぶ消し飛ぶ消し飛ぶ消し消し消し消し飛ぶ飛ぶ飛ぶ飛ぶ飛ぶ飛ぶ飛ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶーーーーーーーーーーーーニヤ」リ。
裕璃の口角がつり上がり三日月型の闇になる。
笑う、いや、嗤う。
嗤う嗤う嗤う嗤う嗤って、口を顔より広げ僕を噛み砕く。
ああ、死ぬ前に、瑠璃に告白したかっーー。
(57.)
九月二十日、金曜日の朝。
きょうは久しぶりに学校に行く日だ。
……なんなんだろう、今の夢は?
単なる夢にしては、妙に生々しかった。
昨日、微風に追いかけ回されからだろうか?
それか、研究所に行ったから?
今週、毎日のように解決しきれないほどの問題と直面したからだろうか?
冷や汗が全身を濡らしてびしゃびしゃだ。
ーー随分、奇っ怪な夢を見るのだな? 昨日の事が影響したのかはわからないがなーー
うん……別に、悪夢に魘されたからといって、眠っていないわけじゃないんだから、多分、大丈夫。
昨日、あのあと僕たちには無関係ということで自宅に帰らされた。
月影さんはどうなるのかと思いきや、正義となって陽山を討つーーと言い、まさかの新規捜査官その二が誕生した。しかし、致し方ない出来事でもある。なぜなら、彼女には帰る家がない。金もなければ知り合いもいない。
仕方なく、異能力者保護団体で働き収入を得てアパートを確保する事にしたという。
それまでは、ひとまず転々と皆に住まわせてもらうことにした月影さんは、今日は葉月家にお邪魔している。
……ありすにつづき月影さんまで葉月宅に泊まることになるとは……なにがあるのか、人生とはわからないや。
ーーーーぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ……。
ふと……裕璃の嗤う顔がパッと脳裏に浮かんだ。
ひさしぶりだ。この、嫌な予感が頭をよぎる感じ。
直感、なのだろうか?
感覚なのだろうか?
そもそも、直感と予感は違う気がする。
嫌な勘は、直感という言葉を浮かべた瞬間、悪化の一路を辿ってしまう。次第に悪化していく嫌な気分。
吐き気が込み上げてくるレベルだ。
ーーきみの予感、いや直感か。もはや、勘と呼べない域に達しているようだ。いわば、そうだな、予言。予言だろう。信用に足る情報と考慮して考えるべきではないかな?ーー
変なこと言わないでよ……本当に裕璃に食べられたら、どうするんだよ。
ーーそんなことよりも、登校しなくていいのか。ーー
あ、うん……なにもなければいいけど。
とりあえず、今日は裕璃にもきちんと挨拶しよう。
もう既に、僕の恋心は瑠璃に向いているけど、幼馴染みの友達という事実に相違ないのだから。怒鳴ってしまったことも謝るべきかな?
僕は瑠衣がどういう人か知っているからこそ激情に駆られ怒鳴ってしまったけど、よくよく考えてみると、裕璃からしたら初対面の人間。冷静に思考してみると、僕から見える光景と、裕璃から見た情景はだいぶ違う。
僕から見た場合ーー僕の危機を助けに来てくれた、ナイフを使うべき相手を見極め僕や裕璃には手を出さない、やさしい女の子。大切な友達のひとり。
裕璃からするとーーレイプされているのを助けるかと思えば、ナイフで傷付けることを楽しむ狂人。
事情があるなんて、自身を急に切りつけないなんて、裕璃からしたら知りようがないこと。わからない筈だ。なら、謝ってしかるべきだ。
気分よくきょうを過ごすためにも、もやもやした悩みはなくしておこう。
僕はそう考えながら、家から外に出て学校へ向かった。
(58.)
学校にいくと、なにやら校庭が騒がしかった。
なんだなんだと人混みをかけ分けて校庭を見やると、そこには血溜まりと肉片。おそらく二人分はあるであろうその血の池の真ん中にはーー裕璃が立っていた。
「え、へ、あ、ゆ、裕璃……?」
「あはははは! やった、やっとこれで豊花に愛される!」
なにを、なにを叫んでいるんだ……裕璃?
血の臭いが漂ってきて、思わず嘔吐してしまう。
辺りを見渡すと、逃げ出す生徒や、耐えきれずに吐く生徒たちが辺りに散乱していた。
と、裕璃はこちらを向くと、口角を吊り上げ歩み寄ってくる。
「見てみてみて! 私を犯した三人、全員ぶち殺したんだよ! 偉いでしょ!? 豊花に愛してもらうために、私、やりこなしたんだ!」
「僕に……うっ、愛してもらうため……?」
死体をよくよく見ると、金沢の付き添いだった二人に辛うじて見える。
でも、どうしてこれが僕の愛と繋がるのだろう?
ーー世界が暗転する。
これじゃ……ダメだ。
挨拶をする?
きょうから仲良くしよう?
これじゃ、こんなんじゃ……。
教師が集まってくる。
おそらく、この状況じゃ金沢も亡くなっているだろう。
少年法で死刑はま逃れたとしても、どうしてこんな……もう裕璃の人生はめちゃくちゃじゃないか。
「豊花、おはよう。どうした、の?」
「どうしたのよ、いったいーーって、なにあれ!?」
背後から瑠衣と瑠璃の言葉が聞こえてくる。
「あー、瑠衣ちゃんだぁ! 見てみて豊花! 私も瑠衣ちゃんみたいにキチガイになったんだよ!? 豊花が好きな瑠衣ちゃんみたいにーーこれで、愛してくれるよね!?」
「は……はい?」
裕璃はなにかとてつもない勘違いをしていた。
僕が好きなのは瑠衣ではないし、瑠衣は、瑠衣はーー。
「瑠衣はそんな気が触れた子じゃない!」
思わず叫んでしまった。
だって、瑠衣はなるべく相手を殺さないように気をつける女の子だし、こんなに気が狂った風貌なんて見せたこと、一度もないじゃないか!
「ゆ、豊花……裕璃だっけ? あの子、いったいどうしたのよ?」
「僕だって知らないよ……今朝来たら、急にこんなになっていて」
「あー、瑠璃ちゃんだぁ! 私に、豊花が好きだって教えてくれてありがとう!」
裕璃の辺りに真空が炸裂し、地面に瑕疵が刻まれていく。
「でもね、瑠衣ちゃんは邪魔だよね? 瑠衣ちゃんがいたら、豊花、私には振り向いてくれないもん」
ーー合体事故を起こしているぞ、あやつは。ーー
合体事故ーーそういえば、昨日聞いたばかりの内容だ。
相性が悪い異能力霊体と人間が組合わさったら、こうやって人格やその他モロモロが変貌するって……。
僕は思わず膝を地につけた。
幼なじみの裕璃が、殺人鬼になった……!?
捕まれば懲役は確定。出てくる頃にはおばさんだ。
そもそもの原因は金沢じゃないか!
どうして、どうして裕璃ばかりに嫌な役回りがやってくるんだ!
「裕璃、やめよう! こんなことしてなにになるんだ!」
裕璃に対して大きな声で呼び掛ける。
「じゃあ、やめたら私と、付き合ってくれる?」
「ーーっ!?」
即答できなかった。
だって、僕の好きな子はもう……。
「やっぱり瑠衣ちゃんが邪魔なんだね!」
裕璃が発奮すると同時に、裕璃の周囲一メートルに空気の塊が炸裂し、二つの肉となった死体がさらにバラバラへと変貌した。
瑠衣と瑠璃の様子を窺う。
瑠璃は特殊警棒を取り出して構え、瑠衣は冷や汗を浮かべつつも下がっている。
まてまてまて!
あんな正体不明な異能力、そんなちんけな武器で対処できるわけがない!
ーーあやつはおまえが好きなようだな。恋というのは恐ろしい。ーー
いまはそんなこと言っている場合じゃない!
瑠衣や瑠璃は慣れているのだろうか?
死体を見ても吐いたりほとんど動じたりはしていない。
「裕璃! いったいどうしたっていうんだよ? 裕璃は異能力者じゃなかったし、こんなことするやつじゃなかっただろ!」
「どうしてだろうね! なんかね、なんかね……豊花に避けられるようになって悲しんでいたんだ。そしたら、いきなり異能力者になれたの。それでわかっちゃったんだ」裕璃はニヤリと笑う。「私には、やっぱり豊花が必要だったんだって。金沢さんとかどうでもよかったんだって気づいたら、涙が出てきちゃってーーそれで、すべてを無かったことにすることにしたんだよ! あははっ!」
裕璃は事情を長々と話し始めた。
金沢と付き合いはじめた頃は、僕にまだ無視はされなかった。でも、金沢に犯されたあとから豊花は無視してくるようになった。
瑠衣を怖がった裕璃を怒鳴る豊花を思いだした裕璃は、あの子以上に狂って人を切るようになれば、また仲良くなれるかなーー瑠衣より狂気になりたい。そう思うようになったらしい。
裕璃の願望は、豊花と仲直りすること。
しかし……。
ーー異能力霊体が相性の合わない人間に妥協で憑依した場合、今の赤羽裕璃みたく大惨事になる。心に空いた穴、異能力者の死体から周囲に広がりを見せる異能力霊体が近場にいる、そして相性が合うかどうか。最後は無理やり憑依しても、基本融合するまえに檻に入るかすぐ死ぬため、普通なら憑依先に選べても選ぶ異霊体はいない。昨日かおとといということは、なかなか見つからずたまたま見かけた憑依できる人間がいたから、相性が悪くても無理やり憑いたのだろうーー
ユタカが付け足す。
え……それじゃ、それじゃまるで、僕が無視したからこんな惨事になったみたいじゃないか……。
僕はがくりと膝を崩す。
「豊花! あんたのせいじゃないわ! しっかりして、あいつはあいつが望んで異能力者になって人殺しをしただけじゃない!」
瑠璃の言葉が耳に届く。
でも、本当に僕のせいじゃないのか……?
だって、無視していなければ、こんなことにはならなかったんじゃ……。
「この異能力が手に入って、豊花と同じになれたこと! 金沢さんを殺してなかったことにできたこと! で、瑠衣ちゃんよりも狂えば、豊花が私を好きになってくれること! 私は嬉しくて堪らなくなったよ!」
「違う! 僕が好きなのは瑠りーーあっ……」
僕は反射的に瑠衣ではなく瑠璃と答えそうになってしまう。
「違うなら、誰なの?」
裕璃は問いつめてくる。
言えるわけがない。だいたい瑠璃は特殊捜査官。逃げはしないだろう。
そして瑠衣……どうしてそんな悲しそうな顔をするんだ……許してくれ、あとで弁明するから……。
答えあぐねていると、裕璃はふと、瑠璃を見た。そして表情をハッとさせた。
まさか……まさかまさかまさか……。
「へー、なるほどなるほど。そっちだったのか。なら、その子が死ねば解決するね!」
裕璃は瑠璃に歩み寄る。
ーー待て、豊花。あいつの半径一メートルに近づかせてはダメだ。蛍光が真空のように渦巻いている。ーー
僕は逡巡せず、咄嗟に身動きしない瑠璃のまえに立ち塞がった。
殺されるかもしれないのに、咄嗟に……瑠璃を守るように。
「豊花……? え、私のことを……え、ちょっと待って……」
瑠璃は裕璃の言葉から、僕が誰を好きなのかなんとなしに察してしまったらしい。仕方ないだろう。好きでもなければあんなこと言わないし、こうやって前に立ち塞がったりもしない!
裕璃は奥歯を強く噛みしめると「どうして守るの!?」と怒りを露にした。
「こんなの違う! いつもの裕璃に戻ってくれ!」
戻ったところで……?
裕璃がいま元に戻ったところで、どのような処分が下るのだろうか?
昨日、研究所で聞いた言葉を思い浮かべてしまう。
ーーきみが罪を犯すのを楽しみにしているよ。
つまり、つまり異能力者は普通の刑務所に入れるわけではない?
少年院などにはつれていかれない!?
「もう無駄だよ、だって、三人も殺しちゃったもん」
「え……あ……」
金沢と、そこで肉片になっている金沢の取り巻き二名だったもの。
瑠衣はドン引きしているのか、身を下げ僕の後ろに隠れ成り行きを眺めている。その手元にはカッターナイフ。いつでも応戦できるようにしているのだろう。
裕璃は……死刑未満の未来は過去消えたのか?
死刑はもっとも重い罰、天井だ。裕璃はもう、捕まり死刑に処されて死ぬか、死ぬまで逃亡生活を送る以外なにもない。
ーーまてまて、おまえはさっき少年法を説いていただろう。18歳未満は、死刑は無期刑とする。異能力に対する罰則は厳しくても、少年法があるかぎりこの国では死刑にしてはならない事を忘れているのか?ーー
ユタカに伝えられて思い出す。
そうだ。少年法があった。
だが……それを思い出しても、嫌な予感は止まらない。
中学三年の瑠衣が異能力者になるのだから、14歳未満の異能力者もいるはず。そして、若いと責任能力がないというのは、異能力を手にした13歳の子どもが極悪な罪を犯す場合もある。それで責任を負わないならやりたい放題になってしまう。しかし、現状一回も聞いたことはない。
あ……ーー死刑執行代理人!?
そうか、あのひとらが裏で処理しているのか!
「裕璃! 少年法があるからまだ大丈夫だ! もうやめよう! なあ! 元の裕璃に戻ってくれよ!」
裕璃に伝える。が……。
「なら、いくら殺しても死刑にはならないじゃん!」
裕璃はケラケラと笑う。こんなの裕璃じゃない。
だいたい、どうして裕璃は僕なんかを好きになったんだ?
僕を好きだったからこその事件だ。
「なあ、裕璃、聞かせてくれ」
「なぁに?」
裕璃はちょっとずつ歩み寄りながら尋ねてくる。
「動機はなんだったんだ。僕を好きになった動機は。僕はもう自覚している。裕璃が僕を好きになる理由なんて、ひとつもないじゃないか!」
そもそも、今の自分になるまえまで、裕璃含め、己が異性に好かれようとなにも努力していなかった。出会いはいじめられていた僕を裕璃が助けてくれ、なにがあってもいじめや暴力はダメだと、なにかあるたび守ってくれた。
泣いているときもあった、恥ずかしかった。
どうしてモテないんだろう、どうして友達が少ないんだろう。そう考えるだけで、モテる為になにかひとつでもしたことはあったか?
友達をつくろうと自分から集団生活の輪に入る努力をしたか?
いいや、僕はなにもしてこなかった。
モテないと言いつつ、髪は1000カットで済ませ、服や靴も大半は安物。ゲームや漫画ばかりにお金を使っていた。自ら買うような服は、安い適当な無地のシャツやヨレヨレのズボン!
一緒にいて居心地良い空間もつくらない。
イケメンでもないのに容姿を頑張らず、会話なんて相手からしてくれる裕璃や宮下以外、ほとんどしないままだった。
そんな状態のまま、女になったんだ!
僕が変われたのは、美少女になれたからでしかない……。
……そんな僕を、誰が好きになるというんだ。
そう、男か女か以前の問題。
不細工でも、会話が面白ければクラスメート皆と仲良い奴はいる。
美少女になり自信はついた。けれど、もしかしたら、僕が今の調子で男の時代も会話していたら、色々変わっていたのかもしれない。
「恋に理由なんて必要ないよ」
「え……?」
裕璃の言葉を聞いて、ありきたりだなーーと思いつつ、胸に突き刺さるものがあった。
恋に理由なんて……いらない……?
「いらない……の?」
なぜか瑠璃が衝撃を受けたのか、特殊警棒を下げなにかを考えている。
と、そのとき、いきなり銃声が木霊した。
「っーー!?」
裕璃が崩れ落ち地面に座り込む。
「裕璃!」
「近寄るな」
背後から大声で止められた。
「ここ最近は大変な日ばかりじゃないか、まったく。魔術の訓練が捗らないぞ」
「……」
後ろへ振り向くと、そこには拳銃を構えている美夜さんと、無口な男の子の二人がいた。
男の子はジッと裕璃を見つめ続けて視線を離さない。
「連絡があって来てみたら、まさかきみたちの学校だったとはね」
「痛い、痛い痛い熱い!」
裕璃は足を撃たれ出血している。
「ちょっと待ってください! 裕璃はクラスメートで……」
「だからなんなんだ。もう異能力者、それも重罪人だぞ? 研究所送りはま逃れないだろう。森山、視線を一時も離すんじゃないぞ」
ーーそいつは周囲に真空を放ちバラバラにする能力だ。本当に目を離さないほうがいいだろうなーー
「ああ」
ユタカと美夜さんが会話をしている。
待ってくれ、待ってくれ!
研究所送りはま逃れないって、いったいなにをやらされるんだ!?
「まったく、GCTO問題も解決していないっていうのに、厄介な問題を起こしてくれたな」
美夜さんは裕璃の腕を持ち上げ、引き摺るように車まで連れていく。
「離せ離せ離してよ! まだなにも豊花と会話できてない! どうして!? どうして力が発動しないの!?」
おそらく、あの少年が見ているからだと察しがついた。
異能力を使わせなくする異能力者……?
「美夜さん! 待ってよ! 裕璃には事情があって!」
「事情があれば殺人を犯していいというのか、きみは。安心しろ、研究所には治療する施設もちゃんとある。手当てはしてやれるから怖がるんじゃない」
「待って、せめて最後に! 豊花!」裕璃は大きな声で叫んだ。「好きだよ、豊花!」
それは、呪いの言葉だった。
瑠璃が好きなはずなのに、胸に突き刺さり抜けようとしない。
瑠衣と瑠璃の様子を見る。
瑠衣は震えながらも、未だにカッターを手放していない。
瑠璃は、なぜか呆然としていた。
ーー二人を守れるようになりたい。
今回、僕はなにもできなかったじゃないか。
戦える力がほしい。
そしてもうひとつ、胸につかえができた。
裕璃は本当に悪なのか?
自身を犯した相手を殺しただけじゃないか。レイプは精神の殺人だ。殺人に殺人で返しただけなのに、本当に裕璃だけが悪者扱いされなきゃいけないのか?
法律が正しいとは限らない。でも、裕璃を助ける手段なんて、どこにもない。
裕璃は顔を苦痛に歪めながら、車に乗せられ去っていった。
「豊花、あなたが思い詰める必要なんてないわ。でも、その、たしか豊花が好きな子って、瑠衣であってるわよね?」
「違うよ……瑠衣は友達として好きなだけだ」
教師に誘導されながら、学外へと並んで歩く。
「私は、豊花が、好きだよ?」
「……」
瑠衣はおくびもなく言うな……。
あー、ダメだ。裕璃のこととか、死体のこと、美夜さんが現れたこと、思わず瑠璃が好きと言いそうになったことーーいろいろなことが頭を駆け巡り思考が定まらない!
「瑠璃……僕は瑠璃のことが好きなんだ……って言ったら、どう思う?」
「え、なによ突然……それは…………わからないわ」
中途半端な答えが返ってきた。そりゃそうだろう。
恋に理由なんて要らないーー裕璃の言葉が頭のなかで反芻する。
「あ、ちょっと待って。電話……もしもし」
瑠璃は誰かからの連絡を受け取り、通話をはじめた。
裕璃……また、会えるのだろうか?
次会えたら、ちゃんと謝ろう……。
「えーー襲撃にあって逃げた!? 危ないからその場から逃げろですって!?」
「え、瑠璃、いったいなにが……」
瑠璃は通話を切ると、早口に僕と瑠衣に告げてきた。
「GCTOって奴等に襲撃を受けて、裕璃が拐われたらしいわ。危ないから安全な場所に身を隠せって。急ぎましょう!」
「え、裕璃が拐われた!?」
なんで急にそんなことに!?
安全な場所ーー自宅は安全じゃない気がする!
狙われているのはここにいる三人だ。もしかしたら僕は狙われないかもしれないけど、安直に考えていてはダメだ。
でも、どこに……。
ーー愛のある我が家ーーだったかな? 豊花は連絡先を貰っていただろう。匿ってもらってはどうかな?ーー
犯罪者から身を守るのに、犯罪集団のお世話になれと?
ーー私の予想だが、彼女らなら快諾してくれるだろう。それに、裕璃を助けたいのだろう。彼女らなら、もしかしたら力になってくれるかもしれないぞ?ーー
……。
ーー法律が正しいとは限らない。
「瑠衣、瑠璃、安全な場所を提供してくれる人たちがいるんだけど、一緒に来てくれないかな?」
こうして、世界は傾きはじめ暗転をはじめる。




