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Episode32/教育部併設異能力者研究所



(53.)

 まさか、異能力者保護団体に帰った直後に呼び出されるとは思わなかった。

 電車の座席に腰を預けたまま、僕は隣の様子を窺う。そこには、瑠璃、河川さんの順に並んで座っている。


 河川さんは侵食ステージ上昇の疑いがあるらしく、ちょうど東京に戻っていた第一級異能力特殊捜査官が神奈川県に戻ってきているらしき施設へと同行することになっていた。


 逆に総谷さんは怪我が酷く、病院へと向かうことになったため、ついてきてはいない。

 月影さんは、異能力者保護団体の一員になることに決めたらしく、僕みたく異能力者保護団体で書類を書いている真っ只中なので当然いない。


「瑠璃? これから行く場所ってなんていう施設だったっけ?」


 異能力者保護団体とは違う異能力関連の施設へと呼び出されたから、これからすぐに向かうーーとまでは説明してくれたけれど、どのような場所なのかは聞かされていない。

 あの騒動のあと、僕たちは異能力者保護団体に一時帰宅すると、ちょうど瑠璃へと連絡が入ったらしい。

 なにやら、僕の異能力の特質さを瑠璃は伝えたらしく、それを聞いた何処かの異能力者施設の一人が大変興味を示したという。

 そして、可能であればすぐに訪ねてきてほしいといわれた瑠璃は、あんな騒動があったのにも関わらず、

『新たにやることができたから、ちょっとついてきてくれる?』と僕に告げてきたのである。


「ん? えっと……これから行くのは、教育部併設異能力者研究所っていうところよ。私のパパが働いている場所。働いているのを知ったのは、つい最近だけど……」


 瑠璃は複雑な表情をしながら答えた。


「どこにあるの?」

「えっとね……少し離れてるけれど。とりあえず、終点の三崎口駅まで向かってから説明するわ」


 三崎口……ずいぶん離れているじゃないか。


「ひとは……パンのみにあらず……」

「……」


 河川さんの意味不明な言動にも慣れてきた。

 なにか、どこかで聞いたセリフをぽんぽん口にするのだ。

 電車に運ばれながら、僕たちはあまり会話をせずに目的地へと向かうのだった。




 三浦市にある駅の三崎口からバスに運ばれやってきたのは、神奈川県の南東の端にある三崎町だった。


「えーと……」


 施設らしき建物がある場所は孤島になっていた。

 橋があったらしき場所には、なにも架かっていないのである。


「昼の12時に船が来るから、それまでに昼食でも済ませましょ」

「あ、うん……そういえばお昼、なにも食べてなかったな」


 三崎の港にある飲食店に、瑠璃は適当に先陣をきってなかへと足を踏み入れていく。


「なんだか恥ずかしい……」

「え? どうしてよ?」


 だって、女の子二人に男が一人。まるで両手に花じゃないか。

 ……ん?

 男がひとりーー?


ーーいまの豊花は女の子だから気にする必要なんてないのではないか?ーー


 そうじゃん!

 単なる女子三人で飯を食べるだけじゃないか!

 なんだかガッカリ感がすごい。

 これで僕が男だったら、周りから羨まれる状況なのに……。


「ん? た、高ッ!?」

「どうしたのよ?」


 僕はふと店外にある看板を見て驚いてしまった。

 だって、一食3000円近い!

 持ち合わせギリギリじゃないか!


「い、いや、なんでもない……」


 さすが瑠璃。金持ちの家は金銭感覚が違う。

 店内にびくびくしながら入り、席に案内される。

 なるべく安いものがないかメニュー表を凝視する。


「お決まりでしょうか?」


 店員の無慈悲な催促が気持ちを急かせてくる。


「二人とも、この中トロと赤身のどんぶりでいいわよね?」

「うん……」


 河川さんは静かに頷いた。


「え……?」


 お値段なんと2580円!

 高校生には高すぎる!

 そんな僕を見てなにかを察したらしく、瑠璃は「大丈夫よ、私が奢るから」と言ってくれた。

 うう、情けない。

 いや、いまは見た目中学生。周りからすれば、違和感はないはず……でも、なんだか瑠璃には申し訳ない。






(54.)

 第一特殊指導室ーーそう書かれた部屋の中に足を踏み入れると、すぐにだれかに声をかけられた。

 学校の教育指導室的な部屋だろうか?

 と考えていたが、部屋の広さは教室二つ分とやや広い。しかし、本当に学校の教室みたく勉強をする場所なのか、横長の机に椅子が並ぶように置いてある。

 室内のひとはまばらで、ほとんどだれもいない。

 扉付近にいたらしき二人が、僕たちを見るなり歩み寄ってきた。


「きみが例の子か。急がせてしまって申し訳ない」


 白衣を纏う青白い顔をした男性は、そう言いながら誰かと共に近づいてくると、そのまま僕を凝視してくる。


「あ、はい」 

「はっはー、高杉(たかすぎ)くん? これが元は男の子だった女の子なのだね。考えられないぐらいのべっぴんさんじゃないか、聞いたとおりだから一目でわかったぞ、はっは」


 高杉さんの隣に、白髪の眼鏡をかけた中年男性が並び立つ。

 男性の言葉に高杉さんは頷き同意する。

 なんというか、そんなに見つめられると恥ずかしくなってくるんだけど……。


「そちらの二人は? どっちがこの子の担当かな?」

「はじめまして。豊花ーー杉井豊花の担当をしている葉月瑠璃です。今日はよろしくお願いします」


 高杉に聞かれ瑠璃は答える。


「ああ……きみ、副所長の娘さん」高杉さんは一瞬だけ苦々しい表情を浮かべるが、すぐに首を振って元に戻した。「いや、きみには関係ないことか」

「えっと、なにか?」


 高杉さんの独り言の意味が理解できず、瑠璃も僕も返事に困ってしまう。


「いや、なんでもないさ。俺は高杉一樹(たかすぎいつき)。きょう一日だけよろしく頼む」

「はっはー、高杉くん? 第一級特殊捜査官の高杉だ、とは言わんのかね?」


 第一級特殊捜査官ーーあれ、たしか美夜さんが神奈川県唯一の第一級特殊捜査官じゃなかったっけ?


「自分は本日付けで辞めると言ってるじゃないですか。今日だって、本来ならこんなところに来るつもりなんてさらさらなかったんだ。でも……いや、早く始めましょう」

「ふむ、高杉くんらしくもないな。さて」中年男性は高杉さんと会話を交わすと、改めてこちらを向いた。「異能力研究の開発をしている新田(にった)という者だ。よろしくお願いするからね? これから高杉くんと二人できみのことを調べるから、楽しみに待っておれ」


 た、楽しみ?

 楽しむ要素があるのだろうか?


ーー相変わらず変わっていない。やはり人類との共存を目指す我々とは相容れぬ存在。気を付けろ、豊花。将来なにかをしてしまった際、きみは他人よりも辛い目に遭うだろう。ーー


 ユタカは憎々しさマックスといった口調で文句を吐き出す。

 へ?

 それってどういう……?


「これは……たしかに……珍しい。この時点で既に異例の異能力者だ。宿主に言語を用いて語りかけるだけに留まらず、会話が成立している」

「そうかそうか、話は確かなようだね」新田さんは高杉さんの反応を見ながら頷く。「ふむ、わしには会話どころか姿も見えぬからな。高杉くんがメインで調べてくれ。わしは気になる点があれば指摘するとしよう」


 なんだか異能力者保護団体とは違う空気感だな……。

 高杉さんはまだしも新田さんからは、なにか、こう、危ない臭い、とでもいうんだろうか?

 今までの異能力関係者とは違い、異質な雰囲気を感じてしまう。


「あの、すみません。河川さんをさきに診てもらうと聞いているのですが」


 瑠璃は二人に問う。

 たしかに、河川さんがついてきた理由のほうが緊急性が高いし、早く診断してもらったほうがいい。


「ふむ、そんなこと後回しで構わぬだろう? なぁ、高杉くん」

「それを俺に聞きます? まあ、そうですね……」高杉さんは河川さんに視線を移す。「いえ、まずはその子ーー河川さん、だったかな? 彼女を早く診たほうがいいでしょう。侵食は止まっているが、見たところ、既にステージ4に足を踏み入れている。このまま放置して末期にでもなられたら、寝覚めが悪い。そうしましょう」

「ふむ? 高杉くん、きみ、本当になにかが変わってしまったようだな? 異能力者の一人や二人くらいダメになったところで、我々の知るところではないではないか。毅然とした態度はどうしたのかね」


 ーー異能力者の一人や二人くらい、ダメになろうと知ったことではない。

 ちょっと待ってほしい。

 犯罪者が相手なら、そう言われても仕方がないのはわかる。

 でも、河川さんは異能力者保護団体側に属す異能力者、つまり仲間だ。

 異能力者は異能力者でも、それだけで悪とはならない。

 それなのに、今の言い方では異能力者となった時点でどうなってもいい、と言っているようなものじゃないか。

 やっぱり、ここはなにかおかしい。


ーーどうやら高杉一樹のほうはまだ話がわかる奴らしいぞ? 新田云々という畜生は、わたしの知るザ・異能力者研究所職員、真に外道だ。間違いない。ーー


「それならさっさと済ませるんだぞ、高杉くん。わしは、少し第一研究室の様子を見てくるから」

「はい。すぐ終わりますから」高杉さんは、新田さんが部屋から出ていくのを見送ると、こちらに視線を戻した。「三人とも、立ったままだと疲れるだろう。適当に座ってくれていい。ここはーー」


 そのとき、誰か見慣れた顔の男性が室内に入ってきた。


「パパ!? あ、えと、父親いや父上?」


 入ってきたのは大輝さんであった。

 というか、瑠璃?

 パパが恥ずかしいならお父さんでいいのに、父上って……。


「……葉月副所長、どうしてここに?」


 杉田さんは、なぜか大輝さんを睨みながら露骨に嫌そうな顔を向けた。苛立ちを隠そうともしない。

 なにかあったのか、気まずい空気が流れる。

 たしかに、副所長ならいろいろ大変そうだし、さすがにわざわざ瑠璃に会いに来たわけないだろうけど、ここで今からなにかするとか?


「娘が来ていると聞いたから、少し様子を見に来ただけだ」


 いや、なにもないらしい。

 お父さんお父さんしているよ、大輝さん……。


「あのとき、俺が娘なら見捨てるなんてしなかっただろうな。本当、虫酸が走りますよ」

「それはすまなかったと」

「口では何とでもいえるでしょうが、なにかあれば、また同じことが起きると断言できる。だから俺は辞めることにしたんだ。その指」杉田さんは大輝さんの怪我に指す。「正直に言えば、せいせいしたよ。今じゃあの子には感謝してるくらいだ。あの子が俺を突き飛ばしてくれなきゃ、俺は無駄死にしていた。なにより、目が覚めたよ」


 ーーいかにここが狂っているのか、ようやく自覚した。

 高杉さんにまくし立てられても、大輝さんはなにも言い返さない。

 どうやら、なにか大輝さんに落ち度があったらしい。指ということは、つまり、ここが襲撃されたときの話だと推測できる。

 おそらく、その日に二人の間でなにかがあったのだろう。


「パパ……?」

「邪魔して悪かった。私はもう行くから続けてくれ。瑠璃、杉井くん、河川くん? なにか騒動に巻き込まれたと聞いたが、無事なようで安心した。引き続き頑張ってくれたまえ」


 それだけ告げると、大輝さんはすぐに部屋から出ていってしまった。


「あの……父上が、なにかしたんですか?」

「……いや、なんでもない。女の子が三人も見ている前で、情けない姿を見せてしまった。すまない」


 あれ?

 高杉さん、僕が男だと知っていますよね?

「ああ」高杉さんは僕の表情でなにかを察したらしい。「だが、今はもう男ではない、どこをどう見ても女の子にしか見えない美少女だ。安心して自分は女だと言って大丈夫だよ」


 そんな心配してないっす。

 なにか勘違いしていた。


 たしかに、最初は女だと称して女子トイレを使っておきながら後々周りに元は男だとバレたら、なにかしら言うひとがいるかもしれないけど。

ーーさて、早く河川とやらを見てはいかがかな?ーー

 え?


「……そうするか。まさか、異霊と対話する日が来るなんて思わなかったな」


 ああ、ユタカは高杉さんに声をかけたのか。こうすると、なにかの中継器みたいだ。


「河川さん、そこに座って」

「はい……わかりました……」


 河川さんと瑠衣、しゃべり方が似ていると思っていたけど、やっぱり少し違った。

 偏見かもしれないけど、おそらく瑠衣は『はい、わかりました』ではなく、なにがあっても『うん、わかった』的なしゃべり方をするだろう。


ーーどうした豊花? 葉月瑠衣が恋しくなったのか? きみが好きな相手は葉月瑠璃だと聞いたはずだが。ーー


 いや、ちょっと気になっただけだってば、他意はないよ……。


「なるほど、きみはその葉月瑠璃さんではなく、瑠衣ちゃん、って子が好きなのか」


 筒抜けだーっ!


「ま、まあ、豊花とあの子は仲良いし、お似合いかもしれないわ。ね?」


 瑠璃は驚いたのか、普段より少し話すスピードが早い。


「い、いやいや違うよ、瑠衣はたしかに大切な友達だけど、僕が好きなーーのは……好きな子というわけじゃないのは、確かだよ……」


 危うく『好きなのは瑠璃!』と瑠璃の目の前で口にするところだった。危ない危ない。


ーー言えばいいであろう? ここぞというときに怖じけてしまって……まあ、葉月瑠璃との恋が成就しても、私からしてみれば、むしろ妬いてしまうだろうから、どうなろうと構わない。ーー 


「はは、なんだか予想とは違って楽しそうだな。さて、杉井ちゃんもいろいろ大変みたいだし、早く河川さんを診察するとしよう」


 どないして二人とも年下だろうに、河川さんはさん付けで、僕はちゃん……?


ーーそういえば、『豊花ちゃん』がどれほど広がっているか、明日が楽しみだ。ーー


 広まっていない。むしろ広まっていたら困るからね?

 河川さんを前の席に座らせると、高杉さんは足下に置かれてあった鞄からレポート用紙のような物を取り出し、ボールペンを握る。


「さて、いくら見えると言っても、今回は少し念入りに調べる。すまないが、30分はかかる」

 そして、河川さんの念入りな検査が始まった。






(55.)

「うん。ステージ4に突入しているけど、問題はなさそうだ。しかし、もう力を使わないように」


 高杉さんは河川さんに言うと、検査は終わりだと告げる。

 検査の内容は、やけに念入りだった。

 最初にステージを書いたと思うと、僕が最初に受けたものと同じ検査が始まり、河川さんはそれに従う。

 それだけじゃない。

 今の生活リズムから趣味、ここ最近にあった出来事、犯罪についての質問、異能力の使用についての感情などを答えていく。

 さらに脈拍測ってみたり、軽い動作テストを行ったりして、気がつけば、予定時刻が訪れていたのである。


「やっぱり、一級特捜の壁は高い。いつかなりたい、って思っていたけど、まだ私にはできない」


 美夜さんのときとは違い、瑠璃は真剣に学ぼうと見ていたらしい。

 瑠璃……一級目指しているんだ。


「一級を目指す、なんてやめたほうがいい」高杉さんは吐き捨てるようにつづけた。「いざとなったら簡単に見捨てられる、その程度の存在なんだ」

「え……?」


 高杉さんは答えない。


「とにかく、考え直すのをおすすめしておく。河川さんはもう帰っていい。処方内容は言ったとおり変更。レキソタンと頓服用のワイパックス、緊急用のセルシン注射剤。貰うのを忘れないように気をつけてくれ。注射のやり方は、そうだ。葉月瑠璃さんに教えてもらうといい」


「え? わ、私が教えるの? あ、教えるのでしょうか?」


 瑠璃、わざわざ訂正しなくても……。


「ああ。二級なら、拳銃の撃ちかたは学んでなくても、注射の打ちかたは学んでいるはずだ。俺は今から杉井ちゃんについて聞く必要があるから、あいにく教える暇がないんだ」

「わかりました。河川さん、こっちの邪魔にならない席で教えるから、いい?」


 瑠璃は頷くと、少し離れた席に座り、河川さんに声をかける。


「了解……疲れた……」河川さんは席から立ち上がった。「高杉さん……ありがとうございました……」


 河川さんは礼を述べると、瑠璃の席へ移る。

 やっぱり瑠衣と似ているのは、少し特徴的なしゃべり方だけだ。


「終わったかね? 早く始めようじゃないか、高杉くん」


 ちょうどいいタイミングで新田さんは帰ってきた。


「さあ、始めるよ? まだ初回だし、いくつか質問に答えてもらうだけだ。安心していい」


 え?

 あの、初回っていうことは、次回もあるってこと……?


ーーそれはーー

 『答えたくない質問には答えなくてもいいーーと捉えてもいいの?』


 いつもながら唐突に、ユタカは喋りながら僕の身体の外へと這い出すと、膝の上にちょこんと座った。

 お尻の感触が伝わってくる……でも、ユタカはまるで気にしていない。


「ーーッ!? 異能力霊体が離れた……のか?」

「はっはー、なにかあったのかね、高杉くん」


 聞いていなかったのか、高杉さんはユタカの登場に唖然としていた。

 その反面、新田さんには見えていないのか、状況を理解できていない。

 この状態なら瑠璃でも会話が可能だ。しかし、新田さんには、声は聞こえないし、姿も見えないらしい。眉を潜め高杉さんの返答を待っている。

 たしかに、新田さんは異能力特殊捜査官じゃない。だけど、異能力の研究をする人が見られないって……。


『まあ、なんて言おうと無料(ただ)で答える気なんて00だし、豊花の不利になりそうな事はぜったい教えないけどね?』

「……あの、新田さん。異能力霊体の主張を伝えるので、判断は任せます」

「ふむ? なにかね、高杉くん?」


 高杉さんはユタカの言葉を新田に伝えた。


「はっはー、異能力霊体風情が偉く出たものだな?」

『ゴミ風情に言われたくないな~? 豊花も、そう思うだろう?』

「……その、こっち向いたときだけ口調変えるのやめてくれない?」

「うむ? どうかしたかね?」


 新田さんは訝しそうな顔をする。


『おいおい、もう忘れてしまったか? ここにいるなかで私を見ることのできる者は、高杉一樹と葉月瑠璃の二名。河川と新田の二名には見えも聞こえもしない。だから、私への返事は脳内でいいと言ったであろう?』

「え? あっ」


 そういえば、たしかに言われた気がする。

 でも、見られる、触られる、話せると揃っていると、普通の人間と変わらないから、どうしても喋っちゃうよ……。


「無料でなければなにを要求するつもりかね?」

『一問一答ずつ交互にやるなら教えるよ。まずは私からーー異能力者と我々の関係を台無しにする例の玩具は、もう完成しているのか?』


 ユタカの声が冷たくなる。

 そういえば、ユタカはここをやたらと敵視しているけど、なにかあったのだろうか?


「お互い質問に答えようと提案していますが、どうしますか?」

「はっはー、生意気な異霊体だな? きみが罪を犯す日が来ないか、わしは楽しみだ。面倒だ。高杉くん、きみが質問を出して質問に答えたまえ」


 新田さんは、白い髭を触りながら、ニヤニヤと厭らしく笑う。


「わかりました。不完全だが完成している。今度はこっちの番だ。異能力者が死んだら異能力霊体は新たな寄生……憑依先を見つけるのは知っている。おまえたちを完全に消すにはどうすればいい?」


 え……?

 異能力者が死んでも、異能力霊体は消えない。

 あれ?

 昨日、新規の異能力者が多発するとわかったから、きょう、僕は異能力者保護団体のメンバーとして働いている。

 刀子さんは大勢の異能力者が死ぬことを、あらかじめ知っていた?


『それはおめでとう、ヘドが出る』ユタカは苦々しい表情を笑顔に変えた。『喜べ、私たちを消す方法はない。永久に不滅だぞっ』

「まったく憎たらしい。嘘じゃないよな?」

『うん、もちろん。私の知る限りにおいて、消えた異能力霊体なんてひとりもいないもん』

 

 ユタカは、無邪気というか、悪戯企んでるときみたいな顔で笑うから、嘘だと疑われるんだと思う。


『いやいや、豊花。これは、マジでガチなマブの本当だ』


 すごい。マジやガチはともかく、マブなんて聞いたこと一度もないや。


「質問はいいのか?」

『そうだな~? 私以外に、異能力者と対話を果たした異霊は、本当に誰もいないの?』

「いない。次、おまえたちは憑依先をランダムに選んでいるのか?」

『のー。憑依できない相手には、なにをやっても憑依できないもん』


 憑依できない相手?

 誰がいつなってもおかしくない病のようなものーー学校では、そう教わったのに、ユタカはそれを否定した。


「憑依できない?」

『そそ。異能力霊体が憑依できるのは、幽体、つまり……悲しみや怒り、不安、空虚とか、負の感情で心が痛み穴が空いていて』ユタカは歌うようにつづけた。『その穴を塞ぐために願望を抱く人たちだけにしか、私たちは憑依できないんだ~』


 ユタカは高杉が返事しようとするのを、手のひらを前に伸ばして止める。


『その中から、私たちは自分の持つ特性と性格の波長が合う人を見つける必要がある。なかには焦って相手との相性を考えないバカもいるみたいだけど……ま、そしたら合体事故が起きちゃうのは当たりまえだよね~? ドーンッバラバラ~』

「ちょっと待ってくれ……ひとつずつ聞かせてもらわないとついていけない」

『いいよ~、これは、私たちの目的を知ってもらうチャンスでもあるもん』


 高杉さんは、疑問に感じた事柄を一つ一つ聞いていき、ユタカはそれに答えていく。

 異能力霊体には、それぞれ異なる特性があるーーというのは、身体干渉、物質干渉、精神干渉、概念干渉、存在干渉の五つのことらしい。

 特殊干渉などの分類は、人々が勝手に作り上げた名称で、少なくとも、ユタカは二重干渉、多重干渉と呼んでいるという。

 異能力発露の光が一色ではないのは、単に複数の特性が混ざっているわけであって、特殊系統や特殊干渉などではない。

 そして、願望を叶えるのに能力が発現。

 たとえば、ユタカの特性は身体と精神、僕の願いに沿ってこの能力が発現したことになる。

 でも待てよ……女体化はともかく、直感や感覚、感情なんかは、なにの願いに沿って発現したんた?



 そして、長々と自分には理解できない問答を繰り返していた頃、事件は起こった。



「そろそろいいだろう。また来てもらうよ。いや、そこにちょうど清水くんがやってきていてね。なにやらひと悶着ありそうだ。


 そちらを見ると、刀子さんと、見知らぬ男女二人、計三人が集まり、何やら会議を開いていた。


「代理人たちだね、ふむ」

「新田さん!」

「いいではないか。彼は仮にも異例の異能力者だ。知っていても問題あるまい。だろう?」


 新田さんはなにもない空間ーー僕の膝の上を見据えながら言った。


ーーああ。私がすべて教えるから、隠す意味はないだろうーー


「おい清水くん、なにかあったのかね。代理人のメンバーを集めまでして。きょうはきみはここで、そこの二人は教育中ではなかったのかね?」

「いや……な」刀子さんは答えた。「そこで異能力者による被害者が二人、それも、つい最近異能力者保護団体に訪ねてきた異能力者が襲われた。被害者の名前は双葉結弦、ひとりは誘拐されて行方不明の結愛という少女。結弦は異能力者でありながら襲われてーー」


 え?

 話によると、双葉結愛は誘拐、双葉結弦は異能力者保護団体に連絡後意識不明の重体、もしかしたら助からないかもしれないほど盛大にやられたという話らしい。

 結弦さんが機転を効かせて録音していた音源から犯人は特定済み……だが。


「厄介なことに、どうやら消えたはずのGCTOが関与しているようだ」


 なにか大きな事件が起こる前触れな気がしてならなかった。

 そして、なぜか嫌な予感がする。

 この事件以外の場所で、べつのなにかが起こっているような気が……。


 僕は気のせいだと振り払った。










(??.)

「豊花……豊花、これでリセットできたよ……」


 空き教室にはバラバラになった死体がひとり転がっていた。


「私も異能力者になれたよ? 豊花が好きな瑠衣ちゃん? みたいになれたよ! あは、あははは、あははははははっ! はぁはぁ、これで、リセット。好きになってくれるよね? 私は綺麗なからだに戻ったよ?」


 まえに付き合っていた相手の死体を足蹴にし、高笑いをする少女。


「瑠衣ちゃんみたくキチガイになれたし、異能力も手に入れた……私を強姦した相手も殺した……明日が……楽しみだねぇ豊花ぁ! 恋を教えてくれた、瑠璃ちゃん? にも感謝しなくちゃ」


 もはや、元の性格が失われつつあった。合体事故の顕現ーー。 


 血と鉄の臭いで充満した空き教室を出て、とある少女ーー裕璃はらんらん気分で教室を出た。

 豊花が好きな相手を瑠衣だと勘違いしたまま、リセットできないことをリセットしたと思い込んだまま、その日は近づいてくる。




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