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Episode/-杉井豊花(1.愛のある我が家大会議・前)-

※杉井豊花のEpisodeは各個別キャラクター主役の後日談の合間合間に分割して挿入していきます。また、タイトルの人物名を『-』で挟んでいる回は三人称視点です。

(y.1)

 ーー六月中旬。

 夏の暑さが街に訪ねて来て、ただでさえ暑い中に梅雨が到来。本日も朝だというのに空は灰色。

 雨がしとしとと降り注ぐなか、愛のある我が家に所属している構成員は全員、愛のある我が家の住み処に集まっていた。


 時刻はもうすぐ9時になる。


 愛のある我が家の201号室に用意された長いテーブルと十ある椅子には、既に全員座っている。

 以前まで部屋にあった二人がけのソファー二つと小さいテーブルは姿を消している。予め嵐山沙鳥と青海舞香、現世朱音が別室に運び片付けておいたのである。


 部屋の入り口から見てテーブルの奥側には、左から嵐山沙鳥、青海舞香、現世朱音、微風瑠奈、アリーシャ・アリシュエールが並ぶように座っている。


 手前側には左から、霧城六花(きりじょうゆき)、杉井豊花、赤羽裕璃、美山鏡子、織川香織の順で席に着いている。


「本日は集まっていただきありがとうございます」


 沙鳥はまず始めに感謝の意を示す。


「なんで全員? 幹部だけでいいじゃん。アリスを起こして運んでくるの大変だったんだからね?」


 瑠奈は愚痴を垂れながら文句を口にした。

 それに対して、沙鳥は瑠奈に対してだけではなく、怪訝な表情を浮かべている仲間も含め、この場にいる全員に視線を移しながら、集まった理由を説明する。


「全員で共通の認識を持ってもらうため、また、幹部にも幹部でない人にも、複数人に言いたいことや訊きたいことがありましたので、この際ですし、一度、組織全体で集まっていただくことにしました」


 豊花は心ここに在らずといった様相を呈しており、強張った顔をしている。

 なにか心当たりがあるのか、六花もばつの悪そうな表情をしながら唇を噛んでいる。


 沙鳥は全員の姿を確認するように視線をまわし、少し待つと口を開いた。


「私は長年、愛のある我が家と共に生きてきました。それは古参であればあるほど、その意識が強いでしょう。反面、新参になればなるほど、愛のある我が家に対して執着心がない傾向にあります」沙鳥は両の手のひらを机の上で組む。「今回、私から皆さんに伝えたいのは、端的に言えば“勝手な真似をするな”ということです」

「勝手な真似……って?」


 豊花は緊張した面持ちで疑問を呈する。


「これから皆さんに言いたいこと、訊きたいことを話していきますが、私の異能力を勘違いしている方が複数人いらっしゃるようなので、まず初めに断っておきます」

「え、ど、ど、読心じゃないんですか?」


 香織が沙鳥から教えられた能力ではなかったのかと口にする。


「読心には違いありません。ですが、“心”を“読む”で読心であって、思考を読む、ではありません」沙鳥は続ける。「あくまで思考は心のひとつ。私にかかれば想像も思考も意識も、少し深く読めば潜在意識も記憶も、全て読心できます」


 時間をかければ、本人が想起できなくなった記憶ですら読めるーーと沙鳥は説明した。


 記憶の工程は、まず記銘して、内容を保持する。そして必要なときに再生、再認を繰り返し、記憶の内容を再構成していく。


 沙鳥は、一度記銘し保持した内容は、例え本人が想起できなくなっていても、長時間かければ読むことができるーーそう言い、仲間に自身の異能力の全貌を明かした。


「精神医療に利用できそうな能力だって私は思っているわ」


 既知の舞香はそう付け足した。


「ですから、私に対して嘘は一切通用しない。思考しないよう努力しても無駄だと前以て伝えておきます。皆さん、少なくともこの場では正直に話してくださいね」では、と沙鳥は前置きをすると、まずは豊花に顔を向けた。「豊花さん? アリーシャさんの夢界とやらの力で、自身の理想を見たおかげで、貴女のやりたい事の難しさは自覚できましたよね? なぜ、諦めようとは思わないのですか?」


 沙鳥に問われ、豊花は口を開く。


「いや、今私が一番やりたいことだから……そもそも、どうしてこの目標(ゆめ)が裏切りになるの?」

「現在の法律では特例を除き、異能力者が異能力を用いた時点で犯罪に当たり、すると他の犯罪行為のハードルも下がります」


「それが悪いと言っているんだよ。法律が改められれば、異能力者は犯罪以外に異能力を活用できる社会になる。そうしたら、今よりずっと異能力者は肩身の狭い思いをしなくて済むようになる。どこが裏切りなの?」

「その法律の存在で犯罪行為を働く異能力者は相対的に多くなります。その犯罪者に紛れることで、有名になったあとでも愛のある我が家に世間が注目することなく、動きやすい状況を維持しているんです」


 沙鳥の発言を聞いて、豊花は唖然とした表情に変わる。

 しかし、それを意に介さず沙鳥はつづけた。


「我々は対等な取引ーーいいえ、言い換えましょう。一見、対等に思える取引の範囲内で犯罪をしています」


 沙鳥は次々に愛のある我が家の仕事を説明していく。


 例えば覚醒剤の売買は、購入した人間の自業自得。欲しいから売っただけで、乱用者に対して未だに世間は冷たい視線を送る。


 暴利な金利の金融いわゆる闇金も、借りたヤツがバカだと冷笑される。


 今では一時停止している未成年の管理売春も、成人してから援助交際をしてしまった被害を訴えても、一部の人が味方をするだけで、世間ではそもそも体を売ったのは自分だろうと侮蔑され嘲笑われる。


 そして、警察が対処困難な悪人の確保、あるいは殺人に関しては、この仕事に対してのみは情報が漏れても、その内容に反対するどころか、『もっとやれ!』『法律で死刑にならなかった犯罪者を殺せ!』とSNS等で肯定する声で溢れていた。


 沙鳥は次々に解説していく。


「これらは本来被害者に当たる人物が自業自得だとして冷笑されやすく、他の詐欺や強盗、放火や強姦などの被害者と比べ、我々の違法行為の被害者には味方がつきにくく、犯罪の悪質さが表在化しにくいんす。犯罪者や悪人の処分は他の仕事よりも高い収入源になっています。その法改正は単純に愛のある我が家の邪魔になるだけです」

「別に、愛のある我が家だけが犯罪行為をする異能力者ってことにはならないんじゃーー」

「異能力犯罪の総量は確実に減るでしょう。今は細工もあり異能力犯罪死刑執行代理人の執行対象になる可能性は限りなく無いとしても、5年、10年、20年先はどうなっているのかわかりません」


 豊花は沙鳥の持論に違和感を抱くが、いくら未来予知が使えるからといって、好きなときに発動できないことから、反論内容が思い浮かばなかった。


「何より、貴女は既に替えの利かない人材であり、なおかつ愛のある我が家の一員、要するに“家族”なんです」豊花から視線を外し他の面々にも沙鳥は顔を向ける。「他の方にも言っておきますが、我々愛のある我が家の正規メンバーは、皆等しく家族です」


 沙鳥の発言に対して、愛のある我が家創設者にして最古参の一人である舞香や、古参側に数えられる朱音や瑠奈は、沙鳥の『家族』という表現に対して頷き肯定を示す。


 反面、新参側に数えられる豊花や裕璃、香織は『家族』という言い方に疑問を抱いているのか、いまいち理解に及んでいない様子であった。


 しかし、愛のある我が家に最近加入したばかりの新参とはいえ、瑠奈とほぼ変わらない期間、愛のある我が家と共に過ごしてきたアリーシャは「私は異世界にいる血の繋がった家族よりも、朱音さんや瑠奈がいる愛のある我が家のほうを真の家族だと思っているのですよ~」と、本物の家族より愛のある我が家を選んだと己の考えを口にした。


「……私は……自分の家族も大切ですが……愛のある我が家は……第二の家族だと……思っています……」


 豊花よりも後に加入した鏡子も、腑に落ちたのか沙鳥の発言を否定しない。


「家族は家族を第一に考えて行動してもらいたいものです。貴女がもしもアリーシャさんの夢界とやらで見た“異能力者救済団体”とやらを創って、そこにリソースを集中するようなことになれば、愛のある我が家の仕事を放棄するのと同じです」

 もっとも……と沙鳥は補足する。

「愛のある我が家に利するような利益を得て、愛のある我が家に得られた収入を入れてくださるなら、仕事のひとつとして考慮しなくもないですよ?」


「それじゃ、何も変わらないじゃないか……犯罪に利用しないなら自由に異能力を使える社会を目指すための非営利団体にすべきなのに、お金を稼いで愛のある我が家に渡すって……それじゃ、それじゃ異能力で犯罪を犯してお金を稼ぐ現状となにも変わらない!」


 豊花は次第に語気を強める。

 怒りの感情が言葉の節々から皆に伝わる。


「第一、貴女は夢界の私からも言われたそうじゃないですか。今まで愛のある我が家という特殊指定異能力犯罪組織に属し、さんざん異能力を利用して違法行為を働いてきた。過去を隠そうとしても、愛のある我が家に杉井豊花が所属していたという経歴くらい、きちんとネットで調べればわかることです」


 豊花はなにも言い返さず押し黙る。

 困惑と焦りが混じった表情を浮かべている豊花を意に介さず、沙鳥はつづける。


「家族は家族の為に利する行動に注力すべきです。愛のある我が家もある意味ヤクザと同じです。私から見て、豊花さんは子分や妹分に当たります。もしも身勝手に愛のある我が家の活動を阻害する真似をすればーー」

 ーーそれは、愛のある我が家に対する裏切りに値する。


 沙鳥は自身の考えを明確に伝え、豊花の返事を待つ。

 しかし、豊花は何と言えば沙鳥が納得してくれるのか考えても、すぐに答えは思い浮かばず、動揺しながら無言で沙鳥から目を逸らした。


「家族から抜けたいのなら、下部組織“豊かな生活”を手放し指揮官という立場を降りて私に譲り、今すぐこの場から立ち去り、二度と愛のある我が家に関わらないでください」


 沙鳥は辛辣な口調でハッキリと告げる。

 黙っていられなかったのか、舞香が口を挟んだ。


「ちょっと沙鳥、言い過ぎよ。仲間が減るのは沙鳥の望みとは離れているでしょう?」

「ええ、そうです。既に豊花さんは本心から愛のある我が家で古参側になりつつあります。古参にしては新参寄りですが、困難を幾度も乗り越えて来た大切な家族です。ですから脱退などしてほしくはありません」

「だったらさ、さとりんも言い方ってもんを考えたほうがいいじゃん? なに焦ってるのさ?」


 瑠奈は重くなった空気を和らげるためか、あえて愛称で沙鳥の名を呼ぶ。

 しかし、沙鳥は瑠奈の発言には反応せず、豊花に顔を向けたまま最終通告を口にする。


「葉月瑠璃や宮下賢司、杉井裕希ーーこの方々は私達の家族ではありません。いくら貴女の恋人でも、友達でも、肉親でも、私達の家族ではありません。しかし、貴女が愛のある我が家に属している限り、何かがあったときは微力を尽くして手助けします」ですが、と沙鳥はつづけた。「豊花さんが愛のある我が家から脱退するなら、貴女の親しい人になにかがあっても手を貸しません。それに、その“なにか”が不幸にも三人全員に降りかかるかもしれませんね」


 ーー私の言っている意味、伝わりましたか?

 沙鳥は豊花に対し、その意味を含んだ瞳を(おもむろ)に向ける。


 豊花は目を泳がせたあと、蒼くこわばった顔をし、かと思えば悲しげな瞳を浮かべたりと、さまざまな感情が入り交じった複雑な表情を浮かべ、やがて、ゆっくりと口を開いた。


「今はまだ、愛のある我が家の“家族”でいるよ……」 


 沙鳥は盛大にため息を溢す。


「家族をやめるタイミングは、今を逃したら今後はないーーと暗に伝えたつもりでしたが……まあ、姉や妹を裏切る真似はしないでくださいね。さて」


 豊花に対する話を終えた沙鳥は、次に六花へと顔を向けた。




(y.2)

 六花は沙鳥に見つめられると目を逸らし、まるで悪戯が親にバレたときの子どもの様な態度を示した。


「六花さん。貴女はいったいなにがしたいんですか? 貴女は自分自身でも何の目的を達成するために“その活動”を始めたのか、わかっていませんよね?」

「……すみの意志を継ぎたい。すみは言ってた。神様は、善や悪なんて基準は持っていない。悪人でも前科があっても、堂々と生きてていいんだよーーって、すみが授かった神様の言葉を、みんなに伝えて布教したいの」


 六花は己の目的だと思い込んでいる内容を沙鳥に伝えた。

 しかし、沙鳥は首を振る。


「そんなことは百も承知です」

「え? じゃあ、どうして」


 わざわざ訊いたのかーーと六花が言い終えるまえに、沙鳥は六花の言葉に被せて真意を説明した。


「それは“理由”であって“目的”ではありません」

「目的……?」

「勝手に目立つ真似をされると困るんです。貴女は現人神になった(すみ)さんから授かった言葉を皆に広げたいという熱意を燃やしています。その熱意が何処から来ているのか、自覚していませんよね?」

「……」


 六花は慌てて考え始める。

 しかし、沙鳥は疾うに答えを()っている。


 読心によって、端からない目標はわからずとも、六花がなんのために“それ”に熱意を燃やしているのか、潜在意識から把握していた。

 答えに窮している六花に対して、沙鳥は自覚を持たせるために口を開いた。


「澄さんに会えない期間が長く続き、いつになれば澄さんと再会できるのかわからないーーその精神的な苦痛や悲哀から気を紛らすために行っているんですよ、貴女のしている路上での演説は。貴女はただでさえ若い人員が多い愛のある我が家の中でも、一番若い。年齢的には小学生でしょう? そして容姿も小学生にしてはスラッとしていて愛らしい。だからこそ、貴女の言葉に耳を傾ける人が少数ながら集まっているだけなんですよ?」


 六花はここ二ヶ月ほど、澄から伝えられた真神の『神からしたら人類の行為に善悪などなく全て等しく経験でしかない』といった事や、みこに成り代わった新神や、元の新神や旧神の考え、そして現人神となった澄について、人の往来が多い道で布教活動の如く演説を繰り返し行っていた。


 仕事のない日や暇を見つけるたび、場所を定期的に変えて何度でも繰り返し、同時にある程度自分の解釈を交え、質問されたときにスマートに回答できるように、来そうな質問を考え、その回答を予め用意するといった準備までしているのである。


「すみは、善も悪も神様には関係ない、すべて等しい経験だって言ってた。だから私達のような犯罪者も悪じゃない。前科がある人、過去に悪事を働いて後悔している人たちの励みになる宗教をつくりたいの。信仰する神はすみで、私は教祖として、この信仰を広めていくつもり」


 六花の発言を聞いて、豊花が隣から口を挟んだ。


「六花、それは違うよ。犯罪者は神からしたら悪じゃないかもしれないけど、地上に生きる人類からすれば悪人だよ」


 豊花の発言に対して、六花はムッとした表情をする。


「豊花さんの説明に補足するなら、国によっても善悪は異なります。ある国では12歳の少女と結婚しても合法です。少しずつ増えてきましたが、大麻が合法の国もあります。逆にパチンコが違法の国もあったり、路上飲酒が違法な国もあったりします。例えば日本人なら日本の法律を破る行いは、紛れもなく“悪”でしょう。刀子さんは犯罪者=悪人ではないと以前仰られていましたが、私は犯罪者は悪人という認識で相違ありません」


 沙鳥にまで諭されて、六花は腑に落ちないといった不満げな表情をしたまま俯いてしまう。


「澄さんが六花さんの活動を知ったら、ガッカリするでしょうね」

「沙鳥はすみの心は読めない! なにがわかるの!?」

「ええ、そのとおりです。ですが、澄さんは世界三大宗教をはじめとして、様々な信仰を否定しないとハッキリ断言していましたよね?」

「でも、私の気持ちはすみならわかってくれる……」


 真横から舞香が手を伸ばし、沙鳥の発言を制止する。


「六花はまだ幼いのよ? みんなして否定して責めるのは可哀想だわ」

「もうちょっと成長すれば私のストライクゾーンに入るけどね」


 瑠奈がおちゃらけた発言をすると、六花を皆して責めている空気感が和らぐ。

 舞香に言われ、深呼吸をした沙鳥は、冷静さを少し損なっていたことを省みたのか、一呼吸入れ、改めて言葉を口にした。


「わかりました。あまり悪目立ちしないよう気をつけるのであれば、なるべく六花さんの意に沿った新興宗教を立ち上げてみましょう」


 六花の表情が一気に晴れる。

 しかし、沙鳥は「ただし」と接続詞を口にすると、「前提条件として」を枕詞に話をつづけた。


「愛のある我が家に利益を還元することです。信者を増やして献金を集め、それを愛のある我が家の活動資金にしていただきます」

「ちょっと待った! それじゃ沙鳥の口癖の対等な取引じゃない。一方的な搾取になる!」


 それには納得がいかないと豊花は意義を申し立てる。


「宗教を信仰して心の安寧を保つ対価として、金銭を戴くのは対等な行いと言えませんか?」

「百歩譲って覚醒剤や売春、ヤミ金や用心棒代は両者納得している対等な取引だとしても、宗教は信者を洗脳して一方的にお金を吸い取る行いだよ。薬物や金銭という目に見える物の取引でも、売春による金銭との交換による性欲発散でも、用心棒という悪人から身を守る対価でもない。なにも得られない偽りの洗脳による目に見えない心の対価にお金を貰うのは、なにか間違ってる!」


 豊花は早口で捲し立てる。

 それに対して、沙鳥ではなく六花が反論した。


「偽りじゃない、洗脳じゃない! 澄は本物の神様! 現人神! 対等な取引になるようがんばるもん!」

「二人とも、少しは落ち着きなさい。沙鳥はどう思ってるの?」


 舞香に問われ、沙鳥は口を開く。


「豊花さんは宗教全てを悪だと思っていませんか? 葬式をするのも墓石を立てるのも全て仏教という宗教です。死者に対してではなく自身の心のためにお金を支払っているんですよ?」

「それは、日本の伝統だから……」


 豊花自身、沙鳥に言われてなにかに気づいたのか、しどろもどろになり反論しなくなる。


「ですが、豊花さんの懸念も理解できます。新興宗教は悪徳なところが多いですからね。対等な関係を築ける戒律などにするため、あとで六花さんと調整します。それに、あくまで実験的に試してみるだけですからね」


 悪人や犯罪者、なにかに罪悪感を抱いている人に対象を絞った宗教など、おそらく流行らないーーそう思いつつも、愛のある我が家(家族)の一員、それに古参側の六花を全否定しないため、沙鳥は方便で活動を一部肯定したのであった。


「恨まれない宗教になるよう工夫しましょう。また、あくまで愛のある我が家の活動が中心です。貴女も家族ですから、仲間に迷惑をかけるような事態にはならないようにお願いしますよ?」


 沙鳥に対して、六花は強く首を縦に振った。


「両親から捨てられ……GCTOへ売られた私にとって、澄の居たここ、愛のある我が家は、血の繋がった家族よりも本物の家族だって思ってる」




(y.3)

 沙鳥は香織に顔を向けた。

 香織は何だろうと首を傾げる。


「貴女は仲間内ではーー仲間同然だったアリーシャさんを除くとーー最も新参ですから、家族や仲間といった意識が弱いのはわかります。ですが、アイチューブ(動画配信サイト)の配信活動をするために、勝手に空き部屋に機材を持ち込み、愛のある我が家の仕事の合間に配信活動に力を入れて……自分が何者なのかわかっているんですか?」


 異能力で“わかっていない”のを理解しつつも、沙鳥は文句を伝えるため香織に苦言を呈した。

 香織はパソコン以外にも様々な機材を、愛のある我が家のマンションの四階にある空き部屋に運び込み、I tubeという動画配信サイトで配信活動に熱を入れていた。


 無論、沙鳥に頼まれた調査依頼や、舞香との戦闘トレーニングを通じて、異能力を鍛えることを優先している。

 しかし稀に、「あと一時間待ってください」等と宣い、依頼を後回しにするときがあり、それに対して念のため注意しておこうと沙鳥は思ったのである。


「ちちち違います! アイチューバーではなくVTuberです! か、か、顔とかは出してません! み、みみ身バレには気をつけてます!」


 香織は論点とは逸れた箇所だけ必死に訂正する。

 沙鳥はVTuberとはなにか詳しく知るため、香織の精神を深く覗いた。


 二次元のキャラクターに扮して、トークや歌、ゲーム実況などで配信活動をし、再生数によって対価を得られることや、スペシャルチャットーー視聴者が金額を指定して特殊なメッセージを送る機能があり、スペチャされることによって、動画配信サイトに一部を取られながらも、場合によっては大金を稼げるーーと沙鳥は理解した。


 そして、愛のある我が家に所属していると公言していることも沙鳥は知った。

 幸い『嘘つくな』等と疑う声のほうが多く、大きな問題にはなっていないこともわかり、沙鳥は安堵のため息を漏らす。


 沙鳥は額に指を当てまぶたを閉じる。

 しばらくすると、沙鳥はまぶたを開けた。


「なにはともあれ、貴女は勧誘したわけではなく、自ら愛のある我が家に訪ねて来た唯一のメンバーです。なのに、愛のある我が家を自称し、しかも犯罪系の内容を扱うVTuberに扮して、さらに愛のある我が家の住み処に機材を運んでまで配信活動に熱中……愛のある我が家を抜けるつもりは一切ない癖して、貴女はどこへ向かおうとしているのですか?」


 沙鳥は読心によって、香織には愛のある我が家をやめたいという意思は微塵もなく、むしろ愛のある我が家に憧れを抱いたままだと把握していた。

 それゆえ、香織は愛のある我が家のメンバーを自分より一段上の憧れる対象だと感じており、家族や仲間という意識が逆に薄いのである。


「え? なんて名前のVTuberなの? 私もたまにVTuber見るときあるよ。あれでしょ、切り抜きとかあるやつ」


 豊花は中途半端な知識を有しており、香織がどのような名義で配信活動をしているのか気になり訊ねた。


「そ、そ、それはちょっと……憧れの愛のある我が家の方々に知られるのは、は、恥ずかしくて」

「なるほど。香織さんは“ウィーヴァー・リバー・スメル”という名義で活動しており、登録者数は現在1万人と少し。見た目は現実と同じアルビノにしていーー」

「わー! ちょちょちょちょっとばらさないでください!」


 香織が慌てて声を出して沙鳥の声を掻き消そうとする。

 しかし、大半の仲間の耳に入り、一瞬で周知されてしまった。


「貴女が危うい発言をして炎上したら、愛のある我が家にまで火の粉が飛びかねません。配信は定期的にチェックさせていただく必要があります。愛のある我が家に所属している付属価値を付けて配信する限りに於いては」


 沙鳥はやんわり香織に叱る。


「VTuberっていったいなにかしら?」

「ボクも知らないよ。動画サイト自体、見ることがあまりないからね」

「私は大企業所属の女の子しかタレントがいないグループだけはよく見てるよ! かわいいよね!」


 舞香、朱音、瑠奈の順にそれぞれ異なる反応を示した。

 香織は紅い瞳と同じように顔を真っ赤に染めていき、やがて羞恥心からか両手で顔面を覆い隠す。


「名前の由来は織川香織ちゃんの織でウィーバーで、大きな川でリバー、匂いつまり香りからスメルが由来なのかな?」


 裕璃は追撃するように、名義由来の予想を口に出す。


「うぃ、う、う、ウィーヴァー・リバー・スメルですぅ……」

「……名前……ダサい……ですね……」


 鏡子は香織の隣で呟くように言う。


「え、鏡子ってそんなバッサリ言うタイプだっけ?」


 豊花が違和感を抱いたのか疑問を口にする。

 それに対して、香織は特に反応せず、独白するかのように話し始めた。


「む、む、昔から容姿が、こ、コンプレックスだったんです。でも、ぶ、ブイチューバーなら見た目を隠せますし、た、試しにやってみたくて、でも」


 香織は長々と話し出す。


 今から個人でVTuberを始めても、何の特徴もトークも上手くない自分では、このレッドオーシャンになった界隈では名を知られることなく消え去る多勢に自分も埋もれてしまう。

 そこで自身が憧れ尊敬している愛のある我が家に所属しているという付加価値を付けて、普通のトークに混ぜて犯罪組織側からの見識で犯罪について持論を語り、とにかく誰かに注目されることを目指した。


 愛のある我が家からの給料と今までの貯金でイラストレーターに頼み、白髪で紅い瞳の長髪ーーリアルの自分の容姿を反映し、リアルでもアルビノだという個性も付けた。

 いざ始めてみると、最初こそ噛んだり吃音症のような台詞で苦労したが、次第に不思議と多弁になり、吃音風の口調をしなくて済むようになり、VTuberでいる間は普通に喋れるようになれたのが凄い嬉しく感じられて、それでつい熱中してしまった。


 ーーと、香織は疲弊しながらどうにか話し終えた。


「待って。香織は自分の容姿にコンプレックスがあるって言っていたわよね? どうしてイラストというか二次元の格好というか……とにかく、リアルと同じ見た目にしたのはどうしてかしら?」


 舞香は香織に問う。


「に、二次元では、は、白髪(はくはつ)って人気があるんです。そ、そ、それにリアルの私は、み、皆さんみたいに可愛くないですし。な、な、なんか芋っぽい、というか」


 香織は息を切らしながら、舞香に返答した。

 香織は枝毛や妙にパサパサになって乱れている白髪を触ったあと、顔の肌に手を当てる。


「それは違うわ。初対面のときは綺麗な髪していたわよ? きちんとケアしないで手を抜いてるからそんな風になっちゃうのよ。あと芋臭いのはすっぴんだからでしょ? お化粧すればいいだけ。染みも老いも肌荒れも、化粧をちゃんとすれば隠せるし、顔立ち自体は整っているんだからもったいないわよ。あと猫背も直しなさい」


 あとで化粧の仕方を教えてあげる、と舞香に言われ、香織は激しく両手を振る。


「あ、あ、ああ愛のある我が家での仕事も裏方ですし、ぶVTuberもすすす素顔は晒しませんし、だだだ大丈夫です!」

 香織は話を逸らす。

「い、今まで自分は、き、吃音症だと思っていたんですが、も、もしかしたら、違うのかも、と希望が持てて自信も付きました」

「いえ、貴女は……いえ、何でもありません」


 沙鳥はなにか言おうと口を開いたが、それをやめると、両手の指先を全て合わせて、両手の人差し指だけぐるぐると回し少し沈黙する。

 やがて、それをやめると改めて口を開いた。


「……愛のある我が家に所属している証拠を提示してよろしいですよ。過去に渡した『愛』と刻印された記章(バッジ)。あれは精巧に創れていて、容易に模造品は創れません。少しは信じる人も増えるでしょう。また、それを撮影する際、カメラに白髪をわざと映して、映ってしまった風を装えば、ウィーヴァー・リバー・スメルの話に信憑性も少しは増すでしょう」

「ほ、ほ、本当にいいんですか!?」


「ただし愛のある我が家の仕事については、私が特別に許可したもののみ配信で扱ってください。SNSは炎上が恐ろしい反面、次の叩ける話題が出ればそちらに火の粉が移り、当初の炎上は鎮火するようになっています」しかし、と沙鳥は続けた。「ウィーヴァーとしてネットの表舞台に居続ける限り、一度炎上した火元はウィーヴァーである限り残り続けて、姿を消さない限り荒らしや炎上は粘り強く残り続けます」

「は、はい……」


「小さな火種は構いませんが、後戻りできないクラスの火種は蒔かないように気をつけてくださいね」

「はい! あ、も、もちろん、稼ぎが機材代を上回れば、収入はすべて沙鳥さんに渡します……」


 わかっていると沙鳥は頷くが、それに関して別の案を提示する。


「すべて、ではなくていいです。税金等を差し引いた手取りを折半で入れてくれれば構いません。愛のある我が家の仕事のひとつと認定しましょう」

「え、あ、税金払うんですか!?」


 一般社会では当然の国民の義務。

 しかし、ここは裏社会に属す犯罪組織。

 香織は違和感を覚えたのか、驚きの色で顔を染めた。


「I tubeについて詳しくない私からすると、配信サイトから銀行に直接振り込まれる金銭を脱税する手段は、今の私には思い当たりません。それに資金洗浄(マネーロンダリング)の必要性も特にありませんからね」


 香織は正式に愛のある我が家の活動の一環として認められた事に対して、顔を喜色に染めながら「ありがとうございます、沙鳥様~!」と拝み出した。


「一言、いいでしょうか?」

「な、なんですか?」

「先程の会話から察してください。私たちは“家族”です。私に対しても姉に対する礼儀程度さえ持っていれば、タメ口で構いません。香織さん、それに」沙鳥は香織の隣に視線を移す。「鏡子さん。せめて脳内だけでも“さん付け”はやめていただけると接しやすくなります」


「えー!? む、無茶ですよ!」

「……え? ……あ……はい……努力します……」


 香織と鏡子はそれぞれ違った返事をする。


「まえにも言った覚えがあるけど、沙鳥自身は誰に対しても“さん付け”してるのに、他人には“しないように”強要するのはおかしくない?」


 豊花が愚痴るように疑問を呈す。


「瑠奈さん、隣で寝ているアリーシャさんを起こしてください」


 沙鳥は話を逸らすかのように、瑠奈に頼み事を伝えるのであった。

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