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Episode/アリーシャ・アリシュエール(中)

(AA.3-4)

 昼休みの時間になり、三人で一年B組に向かうことになりました。


「有紗はね……孤独なんだよ。幼少期から危ういヤツだったらしくてさ」


 歩きながら、ありすさんは有紗さんが家から追い出された経緯を話し始めました。

 有紗さんの両親は厳しい方だったようです。

 そして、次第に気が触れたような行動をし始めたらしいです。


 小学生低学年時代からおかしくなり、どこから手に入れたのかナイフや包丁に執着心があって、隠し持っていたと。

 それがバレるたびに親に怒鳴れ説教されましたが、年々過激になり、自分をナイフで切ったり、動物を殺してニタニタ嗤うようになってしまったみたいです。


「ついに母親に刃物を切り付ける事態が発生して、手に負えないと感じた親は反省するよう家から追い出した。そっからの経緯は又聞きだけどヤクザに辿り着き、やがてヤクザにも捨てられて私が弟子にすることにしたんだよ」

「親は? 家出した娘が帰宅しないのを警察に言わなかったの?」


 瑠奈がありすさんに問います。


「私とは少し事情が異なるけど、似てるんだよ。保護したのは警察じゃなくてヤクザーー最神一家の直参、若頭補佐であり、直系団体の烏丸組の組長が保護した」ありすさんは付け足します。「親は警察に頼っても自宅に連れてこられるのを危惧して、知り合いの烏丸組若頭を頼って『保護してください。何をやらせてもいいから世間にバレないようにお願いします』と懇願したのさー」

「待って? 最神一家って、愛のある我が家が味方してる総白会と敵対関係にある組織じゃん? なんでありすが弟子にしたの?」


 その辺りのいざこざは私にはわかりません。

 ですが、ありすさんは心底説明が面倒臭いといった表情でため息を吐きます。


「昔のツテで師匠と烏丸には繋がりが残っていたんだよ。親、烏丸、師匠、私の順に流れ着いたの。詳しく知りたいなら本人に訊いてよ」


 1年B組の教室に入ると、既に騒がしく皆が皆、昼食を食べていました。


 そこに弁当を広げずに待機している二人組ーー有紗さんと、たしか瑠衣さんという方です。

 ありすさんは喜色を顔に浮かべる二人に対して、急ぎ足で向かいます。

 私たち二人も一緒に後から着いていきます。


「ありす、待ってた、よ?」

「ゆらーりゆらーー」

「ごめん瑠衣、ちょっと有紗借りるね?」


 ありすさんは強引に有紗さんの腕を引っ張り立ち上がらせました。

 有紗さんは「ゆら?」と疑問を口にしましたが、容赦せず、そのまま教室の外に連れ出しました。


「有紗、今から言うことをよーく聞いて?」

「?」

「有紗は両親に捨てられたんだよ? 思い出せるかな?」

「ゆらー……り……そんなこと、ない」


「有紗はヤクザに拾われ保護されて、殺しの片棒担いでいたんだよ」

「ゆら……やめて……」

「そしてヤクザに切りかかってヤクザからも捨てられて、しまいには私の師匠に切りかかった」


「やめてっ!!」


 有紗さんは両耳を両手で塞ぎ、悲鳴に近い悲痛な叫び声をあげました。

 ありすさんは手で無理やり有紗さんの片手を耳から引き離します。


「そして私の弟子になったんだよー? 思い出せない? 違和感を覚えない? 両親が命の危険を感じるほどの奇行をして追い出されたのに、どうして自宅に帰れるようになったのかな?」


 そこで私は、ふと、有紗さんが自宅らしき家の玄関前で永遠と佇んでいる風景を思い出しました。

 ありすさんの話を聞くに、有紗さんは両親に捨てられた筈です。ですが、あの光景を思い出した私は、有紗さんは本心では両親と一緒に居たかったのかもしれない……と思いました。


「聞きたくない聴きたくない! ううっ……!」


 ついに有紗さんは屈むと、『ききたくない』と連呼を始めます。

 しばらく無言の間がつづき、ようやく有紗さんはポツリポツリと呟き始めました。


「私だって普通に生きたかった。パパとママに囲まれて、みんなみたいに暮らしたかった……でもできなかった……私の性癖(くせ)は私自身でも制御できなかった……」

「有紗? 有紗は当時より明らかに成長してると思うよー? 今はもう知り合いに切りかかることはなくなったでしょ?」

「………………」有紗さんはまぶたの涙を制服の袖で拭います。「……ゆら……」


 必死に拒絶していた有紗さんは、現実を受け止めて、ここは現実世界じゃないこと理解したのか、普段の表情に戻りました。


「ゆら……すべて思い出した」

「よし、いい子だ~」

「ゆらーり……こんな自分にしかなれなかったのが、悔しい」

「これから変わっていけばいいよ。有紗はまだ若い。取り返しがつく。現に有紗は変わってきているからさ?」


 有紗さんは無言で頷きます。


「それじゃ、有紗の自我を取り戻せたから、計画どおりに後は明日? 次の今日? なんでもいいや。とにかく、後は翌日に二人の意識と現実での記憶を取り戻させよ?」


 瑠奈の発言に有紗さん以外は頷きます。

 そういえば有紗さんには現状を説明していませんでしたね。


「そうするのです~。もう学校から帰宅して、有紗さんには風月荘で私から三度説明することにします~」


 もうきょうは此処には用がありませんからねーーと私は言葉を繋げました。

 有紗さんもありすさんも、もはや自我を取り戻した存在。現実世界での記憶を取り戻したお二人は、もはや夢の中での自宅に帰る意味がありません。


 私たちは校舎から出ると、皆さん一様に自然と風月荘へと足を運びました。

 帰宅したら、有紗さんにーー理解できるかは置いておきましてーーわかりやすく今の状況を説明して、あとは一日のループの終点まで休むだけです。


 次の今日。

 明日の金曜日。

 繰り返されるのは同じ日なので、どう表現するのが正しいのですかね?


 考えても無意味なことだと頭を振り、今は少しでも早く『夢解』に到達することに脳のリソースを使うべきだと無駄な思考は脳内の隅に追いやりました。






(AA.4-1)

 自覚してから三回目の金曜日。

 風月荘で目覚めた私は、いそいそと洗顔し歯を磨き、朝食のパンをお腹に詰め込みました。


 大きな変化として、風月荘でありすさんと有紗さんが目覚めたことです。


「アリーシャさー、この変化はなんなの?」


 早速、廊下で遭遇したありすさんに問われました。

 有紗さんも後ろからひょっこり姿を見せて、似たような疑問を抱いているのか私の答えを待っています。


「セカイの歪な記憶に疑いを持ち現実の記憶を想起すると、セカイのプレイヤーの状況が現実に引っ張られていくのです」

「まあいいじゃん。このほうが行動しやすいし」


 瑠奈はむしろ行動しやすいと持論を述べます。

 いえ、登校時間がバラバラだったプレイヤーが一ヶ所に集まったほうが、朝から策を遂行しやすくなりますから正論ですかね。


「ゆらーりゆらーり……やさしいパパとママと、偽物のセカイでも、一緒に仲良く暮らせてよかった」


 言葉とは裏腹に、有紗さんは悲しげな表情をしながら呟きました。

 ありすさんに聞いた限り、有紗さんは両親から追い出されたーー厳しい両親だったのかもしれません。


 ですが、あの有紗さんの風景を傍観していたことを想起した内容を踏まえると、未だに両親に、家族に、未練があるのでしょう。


「有紗……有紗の両親は今も現実で生きている。今の有紗なら受け入れて貰えるかもしれない。最初は危うい行為に激しく叱責されてたってことは、有紗の為に何とか性格を正そうとしていたのかもしれないよ?」

「無理……ゆらーりゆらーり……本当のパパとママは……あんなにやさしくない」


 会話に割り込むように、瑠奈は手を挙げながら「はいはい!」と少し大きく声を上げました。


「とにかくきょうは、瑠璃を引き離して豊花一人にしてから、どうにか意識を明晰にさせる! で、豊花に裕璃の意識を取り戻させる! あとのことはそれから考える! さっさと行こ?」


 瑠奈はみんなを先導するように、風月荘の玄関を開けました。


 そのまま他のみんなもつづき、風守高校に向かいながらなるべく豊花さんを孤立させる手段を改めて話し合いました。





(AA.4-2)

 少し出るのが遅れましたが、そのおかげでちょうど豊花さんと瑠璃さんが談笑しながら廊下を歩いて教室に向かっている後ろから近寄ることができました。


「瑠璃さー? なんか瑠衣と瑠衣のクラスメートが瑠璃に話したいことがあるから、急いで教室に来てって言ってたよ?」


 ありすさんが背後から瑠璃さんに声をかけます。


「え? 今朝は何も言っていなかったわよ?」

「クラスメートといざこざがあって、今さっき姉さんに伝えてほしいって言われたばっかなんだよー。直接瑠璃に言えばいいのにさー」


 ありすは上手い具合にとぼけて見せます。

 瑠璃さんは「なんだろう?」と呟き、それを見ていた豊花さんが「行ってきなよ。あれなら一緒に行こうか?」と言い出しました。

 一緒に行こうか、と言いやがりました。


「悪いんだけど、瑠衣は姉さん一人だけで来てって言ってたよー? あまり他の人に知られたくないみたい。だから私や杉井たちの前で内容は話せなかったのかもしれないねー」


 少し間を置いて、瑠璃さんはわかったと頷き、早足で一年の教室に向かっていきました。

 教室に入ろうとする豊花さんを、瑠奈が肩を掴み無理やり止めます。


「豊花にも話あるから。ちょっとこっち来てくんない?」

「え、なんの用?」

「いいからいいから」


 瑠奈が先頭に立ち、豊花さんが逃げられないよう囲むようにありすさん、有紗さん、私も豊花さんの背後からついていきます。

 そのまま三階端にある無人の教室まで連れていき、教室内に歩き進ませると、扉を閉めました。

 そのまま瑠奈は振り返り豊花さんを見ながら、扉側に移動しつつ口を開きます。


「豊花? 豊花は愛のある我が家の幹部で、異能力者救済団体なんて組織は実在してなくて、もちろん会長でもないよ? これは夢なんだよ」


 人気(ひとけ)のない教室内で豊花さんが教室から出られないように扉を背後にするように皆で囲み、まずは瑠奈が『これは夢だ』と直接的に発しました。

 ありすさんや有紗さん、もちろん私もそれを肯定するように各々頷きます。


「何の用かと思ったら……愛のある我が家は私が嫌悪している犯罪組織だよ? そんな筈ないよ」

「杉井、ならどうして杉井は異能力者救済団体を立ち上げようと決意したの?」


 ありすさんが追及します。


「それは異能力者が犯罪行為以外で自由に異能力を使える世界にしたいからーー」

「杉井の異能力って、性装逆転ーー男から女の子になることと、直感で命の危機を避ける能力だよね?」

「え? そうだけど……」

「異能力者の法律には例外規定があるのは知ってるよね? 意思とは関係なく自動で使ってしまうような異能力とかは手続きすれば違法の適応外になる。杉井は女の子になって意思では戻れない。直感も勝手に働く。十分適応外認定されそうなものだけど?」


 豊花さんは次第にしどろもどろになっていきます。


「わ、私の異能力が適応外になるかはわからないけど、私は火を操る異能力も扱えてーー」

「それは異能力じゃないじゃん? 精霊操術っていう朱音が創造した異世界で使われている魔法だよ。忘れたの? 精霊と契約しないと扱えない筈だけど、どうやって習得したの? そもそも朱音って知ってる? 愛のある我が家の幹部なんだけど」


 瑠奈がありすさんに続くように、さらに問い詰めていきます。

 瑠璃さんがいない今、私たちが徒党を組んで意識を取り戻させるために質問責めをしても、間に入って邪魔をしてくるひとは此処には居ないのです。


「えと、あれ? 朱音……? その、精霊操術? 契約って……あ、フレアのこと? 待って? フレアは確かに火の精霊……精霊って? 私以外に精霊と契約しているひとなんて見たことない……異能力者は異霊体が憑依することで扱えるのに対して、精霊操術は能動的に精霊と契約する……」

「一応、わたしも精霊操術師だよ?」


 瑠奈は豊花さんの独り言を補足するように言いました。


「この世界に精霊はいないんだよ? 朱音が……現世朱音が異能力で創造した異世界にしか存在しなくて、豊花がフレアと契約するには朱音の協力が不可欠だよ? わかるでしょ?」

「このセカイは私の精霊操術の界系奥義『夢界』で見せている夢幻の偽りの世界なんですよ~。現実ではないのです」


 豊花さんは、艶やかで一本一本がサラサラと靡いている翠髪ごと頭部を掻きむしり出します。

 せっかくの美しい黒髪がもったいないなと思いましたが、ここは夢界ですから現実の髪は傷まないでしょう。


「犯罪者相手とはいえ殺人や傷害をしたうえ、碧を巻き込み覚醒剤の密売まで指揮している豊花が、異能力者救済団体の会長なんておかしいと思わない? 特殊指定異能力犯罪組織“愛のある我が家”の幹部の豊花が会長になれるの?」

「そんなことしていない! 私は異能力が発現したときすぐに異能力者保護団体に行ったし、瑠璃と付き合うようになってーーあれ? どうして私は瑠璃と付き合うようになったんだっけ……告白されたから……何時(いつ)? あれ? 裕璃が暴走して安全な場所に身を躱すために愛のある我が家に出向い……いや、そんなわけ……」


 豊花さんの意識を覚醒させるのは他のひとより困難を極めますね……。

 思ったより時間がかかり、授業前の予鈴が鳴ってしまいました。


「………………これは……夢……なの?」


「そうだよー。杉井は察しが悪いのかアリーシャの影響を強く受けているのか、とにかく凄く頑なに現実に目を向けなかったよー?」


 ありすさんは「やっとか」と愚痴を吐きます。


「はは……そうか、そうだよーー父さんも母さんも殺されて、殺人、傷害を異能力で起こして、愛のある我が家に所属しながら同級生に薬物密売を指揮している犯罪者……それが私か……」


 豊花さんは今にも泣き出しそうな表情で歯を噛み締め、涙が溢れるのを堪えているように見えました。


 と、急に空き教室のドアが開きました。

 瑠璃さんが空き教室の中に飛び込んできたのです。


「瑠奈! ありす! 有紗! アリーシャ! あんたたち豊花になにしようとしてるのよ!? 授業はもう始まっているのよ、わかる?」


 瑠璃さんは豊花さんを庇うように、豊花さんの視界を塞ぐ位置に割り込んで来ました。

 豊花さんはそんな瑠璃さんの肩に手を置きました。


「あのさ、瑠璃……私は異能力犯罪組織の一員で、いくら犯罪者相手とはいえ、過去に人殺しや暴行をしていたんだ……今まで忘れていたけど、皆のおかげで目が覚めたよ」


 瑠璃さんは驚きを表情に浮かべましたが、すぐさま頭を左右に振ります。


「豊花がそんなことするわけないじゃない! でも、例えそれが事実だったとしても、いまは異能力者救済団体で立派に活動してるじゃない? 過去を気にしていたら前には進めないわよ? なにかあれば、私が豊花を全力で庇うから! 私と一緒に居れば大丈夫なの、わかるでしょ?」


 豊花さんはそれを聞くと、訝しむような視線を瑠璃さんに向けました。

 すぐに豊花さんは、なにか思考を振り払うように、瑠璃さんみたいに頭を左右に振りました。


「ごめん、瑠璃。ちょっと用事があるから先に教室帰ってて。瑠奈たちに話を訊かないといけないことが出来たから」

「他人の言葉になんて耳を貸さなくていいのよ? 豊花は私の言葉だけ聞いていればいいの。例え豊花が極悪人だと判明しても、私が最後まで守っーー」

「本当にごめん。恋人からのお願いとして聞いてほしい。ちょっと四人に話があるんだよ。大丈夫、浮気とかじゃないよ……」

「そこまで言うなら……でも、なにかあったら絶対に言いなさいよ? 私が何とかしてあげるから」


 瑠璃さんはようやく納得したのか、いえ、納得し切ってはいないようでしたが、豊花さんの懇願に負けて空き教室から出ていきました。


「……あんなの瑠璃じゃない。瑠璃なら絶対に私が極悪人になっても許すかのような発言はしないし、現実じゃ、いつか私をしょっぴくとまで言っているのに……で、これはどういうことなの?」


 豊花さんは少しずつ気持ちが落ち着いてきたのか、この状況は何なんだと私に目を向けながら問うてきました。


「この現状は私が発動した夢界の能力によるものです。おそらく風月荘にいた仲間全員を巻き込んでしまったのです……瑠奈も、ありすさんも、有紗さんも、そして豊花さん、貴女もです。裕璃さんも多分巻き込んじゃったのです~……」

「へ? ちょっ、なんで?」

「わかりません……こうなる前の記憶は覚えていないので、どうして夢界を発動したのか思い出せないのです」


 混乱している豊花さんに、私は瑠奈さんやありすさん、有紗さんに説明したように、現状や能力の内容、仕組みを説明し始めました。


 夢界に巻き込まれた人物はプレイヤーになること。そのプレイヤーの願望を叶えた状況になること。

 プレイヤーの中の一人は主人公に選ばれ、主人公の潜在意識に所縁のある場所がセカイの舞台になること。

 主人公の願望が他プレイヤーより優先されるけど、主人公の思い通りにならない存在ーーシャドウ、グレートマザー、オールドワイズマン、アニマ、アニムスーーが主人公の知る人物で現れること。

 それらは主人公の意識と無意識から創造され、各々役割があること。

 ーーそして、これらの役割に当てはまる人物を特定して殺害。セカイから排除しなければいけない等、なるべく詳細に語りました。


「で、わたしたちの推測だと、主人公に選ばれたのは豊花か裕璃だって想定してるんだよ」

「……」豊花さんはしばらく無言でいると、ようやく口を開きました。「うん。多分、主人公に選ばれたのは私かもしれない」

「杉井にはなにか心当たりあるの?」


 ありすさんは豊花さんに疑問をぶつけます。


「いや……昨日までしか思い出せないけど」

「金曜日を繰り返していますから昨日とは言えないかもしれないのです~」


「うん、まあ……で、瑠璃は私の理想を通り越しているんだよ。私は瑠璃に対して、あんな『何があっても私は許す、私が守る』みたいな発言、望んじゃいないんだ……」

「それだけじゃ判断できないね。もし豊花がプレイヤーなら、主人公の裕璃の願望に上書きされて願望から逸れただけかもしれないじゃん?」


 瑠奈の言うとおり、基本的にはプレイヤーの願望を叶える状況になります。そう、“基本的には”という枕詞が付くのです。

 主人公の願望にそぐわない人物の性格や状況は主人公がプレイヤーの願望を侵食して変更するのです。


「いや……ごめん。早とちりしてた。単なる私の“直感”なだけだ」


 ありすさんと瑠奈は途端にハッとして真剣な表情に変わります。


「杉井の“直感”なら、杉井が主人公の可能性のほうが圧倒的に高くなるよー」

「問題は、このセカイで豊花の異能力が使えるかだけど、わたしは風界まで使えるし、異能力が使えてもおかしくないじゃん。裕璃の意識を取り戻して、裕璃が異能力を行使できるか確かめるのが第一目標だね」


 私もそれを肯定するよう頷きました。

 豊花さんは「単なる直感だから。女の勘みたいな。未来予知じゃないからね?」と念押ししてきました。

 ですが、少なくとも瑠奈やありすさんは、豊花さんの“直感”とやらの異能力に対して、“女の勘”なんて不確かなものではなく、なにか確たる根拠があると思っているのが、瑠奈たちの様子を見ていると節々から伝わってきます。

 豊花さんをふたりが宥め、これからの行動について話し合うことにしました。


「裕璃さんの意識を昼休みになったら皆で覚醒させに行き、意識を取り戻すーー明晰夢状態にさせたら、裕璃さんに異能力が扱えるか試しに使わせる……ここまでは決定事項なのです~」

「そのときは杉井頼りだからね?」


 ありすさんは豊花さんに釘を刺します。


「ええ、私? まだ混乱しているし、このセカイが単なる夢幻、現実じゃなかったってことを受け入れたばかりで、何だかノスタルジックな気分に陥ってるんだけど?」

「そりゃそうだよ。微風は赤羽と仲良くはないだろうから深くは知らないだろうし、アリーシャなんてもっと関わりない。私だって、ほとんど異世界暮らしだった赤羽に関して詳しくない。有紗は問題外。となると」

 ーー杉井しかいない。


 赤羽裕璃さんがどのような性格で、どのような事態に違和感を抱くのか、どんな願望を抱いているのか、一番知っているのは豊花さんだとありすさんは告げました。


「……」豊花さんはしばらく押し黙ったあと。「わかるよ……裕璃の願望がなにかなんて、あの状況を見れば、私がわからないはずはない」


 豊花さんは顔に影を落とし、辛そうな顔色のまま、そう、呟くように、言ったのでした。 





(AA.4-3)

 あれから少し対策などを話し合い、昼休みの時間になった私たちは、早速2年A組へと足を踏み入れました。

 すると、真っ先に瑠璃さんは豊花さんに走りより「なにしてたのよ? ひどい目に遭わされたりしていない?」と豊花さんを心配して近寄るなり声をかけてきました。


「ごめん、悪いんだけど……今日だけでいい。瑠璃が心配することは起きないから、少し……裕璃と男のほうの杉井に声をかけさせて」

「え? さっきありすに言われたとおり瑠衣の教室に行ったけど、別に話したいことなんてないって言っていたのよ、わかる? 虚言を吐いただけじゃない! 信用に足るなんて思えないのよ。豊花、こっちに来て。私と居れば大丈夫だからーー」

「本当にごめん。明日からは普段どおりに話すよ。明日には理由を説明する、約束するから」

「……約束だからね?」


 豊花さんは上手く瑠璃さんの言葉による追撃を躱すと、瑠璃さんは自分の席に戻っていきました。


 今日だけでいい。


 明日からは普段どおりに話す。


 明日には理由を説明する。


 ーー金曜日という今日を繰り返すこの世界では、夢界が崩壊するまで土曜日は来ません。つまり、このセカイの瑠璃さんには一生説明しないのに他ならないのです。

 上手くのらりくらりと躱したと称賛したい気分です。


 あまり多人数で行くと警戒されると予め踏まえ、元々この教室のクラスメートであるアリーシャ・アリシュエールたる私、河川ありすさん、杉井豊花さんの三人で2年A組に入りました。

 瑠奈と有紗さんは教室の外の廊下で待機しています。

 私含め三人は、入り口付近にある裕璃さんの席に集まります。裕璃さんの隣の席には男の杉井豊花さんが座っていました。


「ん? なに? 瑠奈ちゃんと豊花ちゃんと、ありすちゃん?」

「ん? 女の子同士の秘密の会話? それなら僕は席を外すけど……」


 豊花さんに異様に執着している瑠璃さんとは異なり、裕璃さんに対して自分はどうすべきかを杉井さんは問います。


「……豊花ーーあ、私の彼氏の豊花だよ? 豊花はちょっと席を外してくれると助かるかな?」

「わかった。なにかいじめとかだったらすぐに僕に相談してね」


 それだけ呟くと、杉井さんは見知らぬ男子の集まりに声をかけて、一緒に昼食を摂ることにしたようです。


「で、なんの用かな?」


 その返事と真剣な顔色を見て、今までの感覚とは異なると察しました。

 たとえば、他の四人ーー瑠奈、ありすさん、有紗さん、豊花さんは完全に夢に支配され、明晰夢状態になった私や巻き込んだプレイヤーが説得して違和感を覚えさせないと夢は明晰夢に変わることはありませんでした。


 しかし、裕璃さんは他のプレイヤーと何処か違うのです。


 まるで……明晰夢になりかけているーー夢の中で明晰夢にあと一歩押せば一瞬で変化するような雰囲気を醸し出しているのです。


「裕璃、ごめん。“杉井豊花”は裕璃を振ったんだ。瑠衣に対する酷い態度から、裕璃に対して罵声に近い……いや、罵倒したこともあるんだよ」

「それは……うん。でも、私の好きな“豊花”は金沢と気の迷いで付き合うことになったのも、嫌な顔ひとつせずに祝ってくれたし、金沢とののろけも聴いてくれたし、金沢に騙されて金沢の悪友たちに凌辱されそうになったとき、颯爽と現れ金沢を懲らしめて助けてくれた。そして私は真実の愛に目覚めたの。私は改めて豊花に告白し、豊花はそれを受け入れてくれたんだよ……?」


 困惑を表情に浮かべながら、このセカイで捏造された裕璃さんの記憶を、何処か辛そうに淡々と裕璃さんは語りました。


「……事実と、いや、現実とは異なるんだよ、裕璃。そもそも同じクラスに同姓同名の男女がいる確率は低いと思わない? ありえないと思わない? 普通、教師は混乱を防ぐため別のクラスに分けると思えない?」

「豊花は、幼い頃にいじめられていた私を助けてくれた……」

「実際は逆だよ。いじめられていた私を裕璃が助けてくれたんだ。そんな助けてくれた数少ない友達の裕璃が、金沢の恋人になるって聞かされた私は、嫉妬と落胆を身勝手にも覚えた。いくら瑠衣のことがあったとはいえ、身勝手に裕璃を突き放したんだ」


 豊花さんは現実にあったと思わしき出来事を裕璃さんに教え、裕璃さんはこのセカイで創造された記憶を豊花さんに伝えます。

 意識を取り戻す際に、このセカイで歪に作られた関係性の脆弱性を突くのは有用です。少なからず矛盾が生じる過去を攻めていき整合性を破綻させ、それを自覚させるのは効率的です。

 違和感を抱いた瞬間は、まるで長い夢から覚めたように感じられるのです。


「私は未だに処女性を神聖視している節があるし、だから三股かける瑠奈を軽蔑している部分も根強く残ってる」

「なんだと!? わたしだって男に喰われた女には興味抱かないし処女厨筆頭なんだけど!」

 教室外から瑠奈の叫びに近い回答が聴こえます。頭に血が昇ったのか、瑠奈は急に怒鳴りました。


「瑠奈、今は豊花さんと裕璃さんの対話をおとなしく聞いていてください」


 教室の外に向けて、私は瑠奈に伝えました。


「……アリーシャ、浮気なんて許さないからね。男はもちろん、女の子相手だって無論浮気判定だから、ただじゃ済まないよ? わたしだけレズビアンポリアモリーが許されてるんだから」


 自らは多数の女の子を侍らせている癖に、言っていることが本当に無茶苦茶なのです~。

 私はレズビアンでもバイセクシャルでも、ストレートでもありません。


 そもそも元居たアリシュエール王国の同性愛の最高刑は極刑だったのです。その世界で暮らしていた瑠奈が、こうも極端に同性愛に振り切れた原因はたしかに知りたいのですけどね~。


「処女とか非処女とか、気にしてるのは幼い男だけだよ。成熟した大人は、真っ当な大人はそんなこと気にしない! 杉井豊花だって、そう言って……たもん…………」

「私はまだ未成年だし、真っ当な大人じゃない。だから好きだった裕璃に対して、私は未熟な思考で裕璃を傷つける発言とかもしたし、似たような考えを持つーー極端な思考だったけど、似た貞操観念を抱いている瑠璃に、ここぞというときに自信を与えてくれた瑠璃に、芯がしっかりしている瑠璃にーー惚れたんだ。……裕璃には謝っても謝りきれない心の傷を負わせてしまった。それが“現実”での出来事なんだよ!」


 今の豊花さんの言葉は、まだまだ決定打に欠けるでしょう。

 そう思っていた私でしたが……。


「……心の何処かでは、おかしいなって、違和感はあったよ……」

 裕璃さんは急に机に突っ伏すと、独白するように言葉を続けました。

「私が好きだった豊花は、あんな完璧な人じゃない。何をしても許すほど懐は深くない。教室でも宮下くんを除いて私以外の友達なんていなかった。弱くて、でもときには芯があって、許せないことに対しては許さない。そんな強さと弱さを抱えている人間くさい豊花が好きだった。でも……好きだと自覚するのが遅かった……」


 裕璃さんは杉井さんは完璧すぎたといいます。

 軽い気持ちで金沢と付き合い、性交までしたことを報告しても『金沢先輩には危険な噂もあるから、気をつけながら付き合うんだよ』と親身にアドバイスをしてくれたり、それをふいにした自分が集団から性加害を受けそうになったときには助けに来てくれた、と裕璃さんは述べました。


 このセカイでは、裕璃さんのいじめを解決したのは杉井さんだという記憶が形成されていて、杉井さんには男女を問わずクラスメートに友達も沢山います。

 杉井さんが裕璃さんを好きになる要素は薄い筈なのに、裕璃さんの告白に対し二つ返事で受け入れたそうです。


「私の好きだった豊花って、こんな完璧超人だったっけ? 私は豊花のどこに共感して、どこに弱さを感じて、愛しいと感じるようになったんだっけ? ーー心の中で、夢の中にいるような違和感があったの」


 裕璃さんは机に顔を押し当てたまま、数十秒ーーしばらく刻が経過しました。


「裕璃?」


 豊花さんが心配になったのか、裕璃さんに声をかけます。


「……男の豊花(あれは)……私の願望なんかじゃない……ッ」


 そこで、ようやく裕璃さんが泣いていることに、おそらく皆さん気がつきました。


 ふと、フラッシュバックします。

 裕璃さんと杉井さんが仲良く歩いている最中に、裕璃さんが杉井さんに対して懇願する姿を見ていたことを……。


 裕璃さんは、ようやく机から顔を上げました。

 瞼を赤くし、涙で瞳を潤ませたまま、私たちを見回し口を開きました。


「これ、夢なんでしょ? 早く夢から覚めたい。貴女たちも夢の登場人物なんだよね? どうして私の違和感を決定的な事にしようと奮起したの?」


 裕璃さんは単なる夢だと考えているのか、そう問い質してきました。


「違うのです~。夢なのは確かなのですが、このセカイは私の精霊操術の最奥、夢界による能力の見せている夢幻なのです。現実世界では、みんな眠っている……いいえ昏睡していると言ってもいいかもしれません」

「!? じゃあ早く解放してよ!」


 裕璃さんは至極真っ当な事を頼んできます。


「ですが、夢界を解放ーー夢解するには手順が必要なんです~。裕璃さんが明晰夢状態になったことで第一段階の手順は完遂したところです。今から第二段階に移れるのです~」

「詳しい話はあとあと。赤羽、廊下で周りの人に絶対当たらない距離で異能力を使ってみて」


 ありすさんに手を引かれた裕璃さん含め、ぞろぞろと四人で廊下に出ました。

 そこには瑠奈と有紗さんも待機しています。


「え、でも……異能力を使ったら侵食ステージが進行してーー」

「教育部併設異能力研究所で強制的に赤羽は幾度も異能力を使わされてる。今さらだよ」

「それにここは夢幻のセカイ、現実の異能力行使判定にはならない筈ですよ~」


 私とありすさんで説得すると、「わかった」と素直に頷き、廊下の後ろ側に人が来ていないのを確認したあと、私たちから1メートル以上距離を空けました。


 しばらく待つと、ヒュンヒュンッーーという刃物を振ったときに似ている空気を切る音が幾重にも耳に響くと同時に、廊下側の窓ガラスが一枚バキバキに割れ、廊下にも刃物で切った跡のような瑕疵が刻まれました。


「うん、使えるよ。私の異能力は自分を中心に範囲一メートル以内に目には見えない刃物で辺りを切り刻む物質干渉系の異能力」


 窓ガラスの割れた音で、なんだなんだと数人のクラスメートが教室から出ようとしてくる物音に気づきました。


「これで第一段階までは完遂したことになるね。みんな、ほら。急いで三階端の第一特別教室まで逃げるよー。ほら、赤羽も」

「え、あ、うん……あの、説明は?」

「あとで詳しく説明するのです~!」


 六人で廊下を駆け、急いで三階に上り端にある空き教室に身を隠しました。





(AA.4-4)

 追手がいないことをありすさんがチラッと外を眺めて確認すると、瑠奈たちが集まって座っている場所に自らも座りました。


「さ、アリーシャ? 私たちは聞き飽きたけど、赤羽にも同じように説明してくれない? その間に、私たちは私たちで手順の第二段階を遂行する策を練るからさー」


 と、ありすさんに言われ、私はありすさん達が座っている位置から少し離れた場所にいる裕璃さんの目の前に座りました。

 裕璃さんも腰を下ろすと、真剣な眼差しで私を見返して来ます。


 私ですら説明し飽きた夢界による能力の内容、解放されるために行う手順、主人公に対応したアーキタイプとやらに該当する人物(存在)が創造されていることなどを、なるべくかいつまんで説明しました。


 主人公は裕璃さんか豊花さんのどちらかだという推測も含めて……。


「……それを聞く限り、主人公は私じゃないと思う」


 裕璃さんは言いました。

「私が主人公なら、異能力者(女の子)になる前の豊花である理由はなく、私が好意を抱いていたある種の弱みまで消さないはず。他の主人公が私の願望を上から塗り変えたんじゃないのかな?」と……。


 そこに、少し離れた位置に集まり座っていたありすさんが口を挟みました。


「私たちも同意見だよー」


 つまり、主人公は豊花さんでほぼ間違いないということになるでしょう。


 夢界から解放されるための手順はーー。

 第一段階、主人公を含めたプレイヤー全員の意識を取り戻す。

 第二段階、主人公を特定して、その主人公に対照したアーキタイプという存在たちも特定する。確信を持てた異物からセカイから排除(殺害)していく。

 第三段階、私が特殊詠唱を行い夢解と唱えると解放される。

 です。


 要するに第一段階はクリアしたことになります。

 次のステップの最初にするべき事は、主人公の特定なのですが……。


「単なる勘でしかなかったけど、さっきの裕璃の言葉を聞いて実感したよ。私が主人公だとしたら、あの杉井豊花は私のなりたかった自分であって、逆になりたくない自分でもあるーー向き合わなければいけないシャドウに当てはまる」

「アニムスの可能性もあるじゃん」


 瑠奈が豊花さんに問います。


「いや、なりたかった自分であっても、私の理想の男性像じゃないんだよ。女になった私から見て……クラスメートには一人しかいない。宮下だ。心の奥底で理想的な男性と感じていたのは、現実でも、一番カッコよく理想だと感じた男性は、宮下だけなんーーユタカいたの!?」


 と、なにやら豊花さんは大声を出すなり話すのを中断してしまい、驚いた表情のまま固まりました。


「本来のユングが提唱するアーキタイプとは所々違うのも混乱する要因だし、そもそも解釈の仕方も多種多様だからさー。本当の本当にアリーシャが最初に説明した解釈に当てはめればいいんだよね?」


 ありすさんは、無口になり自問自答しているかのようにうつむきだした豊花さんからこちらに視線を移し、確認するように問いかけてきます。


「はい。間違いはない筈です」

「私たちの世界にはフロイトさんもユングさんも存在しないもんね」


 異世界が本来の自分が住む世界だと認識し始めているのでしょうか?

 裕璃さんは私と瑠奈に交互に視線を向けたあと、同意を得ようとします。


「わたしにとっては、現実世界はこのセカーーじゃなかった。夢解で目覚めたあとに広がる、風月荘のある世界だよ?」

「瑠奈は無学だから知らないのも当然です~。裕璃さんの言うとおり、異世界には今挙げていただいたような心理学者は存在しません。等しく精霊操術や剣術を向上させる目的で動く心理学者は存在していますが……すべて戦いを有利に運ぶための学問です」


 瑠奈は否定しますが、それには私も同じ意見ながら、上級精霊操術学園に通っていた経験のある私は裕璃さんの言っていることに同意できるのです。

 上級精霊操術学園では精霊操術以外の知識も学ぶからです。

 それほど有名な心理学なら当然、学園でも習うはずでしょう。


 しばらく脳内でなにかを考えていたのか、固まっていた豊花さんがようやく口を開きました。


「あ、ごめん。ちょっとユタカと会話してた」


 豊花さんが自分自身と!?

 ある意味驚きの発言に対して、ありすさんや瑠奈は一切気にしていない様子でした。


「最短コースは杉井の直感でアーキタイプ擬きを確定させて順次殺していく事になるんじゃない?」

「いや、どこまで正確に働くか不明瞭な直感だけを頼りにして失敗したらリセット、なのはリスクが高過ぎない?」

「じゃあ、豊花が直感と思考含めて、このひとはって確信持てるセカイの異物(存在)は誰なの?」


 瑠奈に訊かれ、豊花さんは少し考えるようなしぐさをしたあと、口を開きました。


「アニムスーー宮下賢司。アニマーー葉月瑠璃。シャドウーー杉井豊花(男)までは直感が正解か否か“ユタカと相談”して導き出せたよ。ただ、グレートマザーとオールドワイズマンは少し情報が不足してる……」

「いやいや杉井待って。その三人をアーキタイプ擬きだと確信した理由。あと、他の役割と兼任できるってアリーシャからの説明を踏まえるに、グレートマザーも瑠璃なんじゃないかって私は思うよー?」


 ありすさんは豊花さんに質問と異議を唱えます。


「……わかった。まずアニムスはさっき言ったとおりだけど」


 宮下賢司ーー現実世界と変わらない性格で接してくれており、もしも最初から自分が女の子だったら惚れていた相手ということ。筋肉もあり男らしく顔立ちも良い。豊花さんにとって、もしも自身が最初から女の子だったら惚れていたであろう、まさに豊花さんから見た理想の男性像。男らしさの象徴。アニムス。


 杉井豊花(男)ーーなれなかった自分。こうありたい、こんなふうに好きな相手を許容できる器があり、誰かを責めることなんて一切なくどんと構えているなりたかった自分。同時に、今の豊花さんがなりたいかと問われたらなりたくないと否定したくなる自分も兼ねている。裕璃さんの願望通りにならなかったのは自分の無意識が私の力で創造したシャドウだから。


 葉月瑠璃ーーまさに今の豊花さんの活動を肯定し、自分のために尽くしてくれる理想の女性像。アニマ。


 豊花さんは直感だけでなく、ユタカ? と呼ばれる脳内にでも飼っているのか、もうひとりの自分と相談したうえでの考えを私たちに説明しました。


「私は直感だけじゃなく思考も強化できるから思考と小さく口にして考えたし、ユタカとも相談して導き出した結論なんだけど……いかんせん直感以外の異能力は、直感と比べると弱いから……確信とまで言えるかは……」


「言い訳しない言い訳しない。瑠璃がアニマっていうのは客観的にも見てればわかるよ。夢界のセカイでまで恋人同士なわけだし。ただ、やり取りをした私たちはみんな多分なんとなく思っていることなんだけど、瑠璃はグレートマザーを兼任してるよ」


 ありすさんは周囲に視線を巡らせ、私たちが頷いているのを確認します。


 それはそうです。

 グレートマザーは慈愛に満ちた存在でありながら、主人公を束縛し成長を阻害する存在でもあるのです。

 今までの経験から、瑠璃さんは異常に豊花さんに執着し、何でも許すと慈愛に満ちた発言をし、なにがあっても私が守る、や、なにかあったら言って、と豊花さんを過剰なまでに束縛しているからです。


「……あんまり認めたくないけどーー直感」


 豊花さんは小さく唱えると、ため息を溢し、やがて、頷きました。


 これで豊花さんの直感と、皆さんの推測が正解だとしたら、残すところはオールドワイズマンだけです。


「待って……私の彼氏の豊花を殺すの……?」


 裕璃さんは悲痛な顔色で、絞るように声を出します。


「残酷ですが、ここは単なる夢のセカイなんです~。現実を直視しなければ、一生、現実世界で死ぬまで同じ日を繰り返すハメになります」

「赤羽? 私たちは大なり小なり幸福な夢から覚めたんだよ? みんなそれぞれ、現実の絶望から目を背けて幸福な幻に浸っていたんだ。でも」ありすさんはぴしゃりと断言します。「これは現実じゃない。それを強く意識して」

「……そう……だね。うん、わかった。話を止めちゃってごめん」


 裕璃さんは顔を自ら軽く叩くと、覚悟を決めたのでしょうか、瞳に明かりを取り戻したように私からは見えました。


「オールドワイズマンは? これじゃ総当たりになりそうじゃん」

「いや、これに関しては私の直感を始点として、疑わしい人物に話を聞きに行くって方針にしてくれないかな」

「杉井、誰かあてがあるの?」


「今の私……現実の私の思考に知恵を与え、そして狡猾な知恵まで与えたと思っている相手は、私の知る人物の姿で現れるとしたらーー沙鳥なんだ」

「え、沙鳥が? 何とはなしに聞いているんだけど、豊花は愛のある我が家を裏切ろうとしてるの? 意識を取り戻せていない願望に身を託していた豊花は、異能力者救済団体なんて団体を会長として立ち上げて、このセカイじゃ三年にいる沙鳥に対して凄い嫌悪してたしさ」

「……裏切るつもりはないよ」


 豊花さんは思わぬ事態で内面ーー潜在意識で抱いていた願望が周りにバレることになってしまったからでしょうか?

 他の人たちよりも焦りが表情に見受けられます。


「ただ、私は……私には、沙鳥が向いている方とは違う方向に別の目標があるだけだよ」


 そう呟くように返答する姿を、ありすさんは観察するかのようにじっくりと見ていました。


 あっ……そうでした!


「言い忘れていたことがあります。アーキタイプとやらの名を冠した存在は、エゴである豊花さんとセルフである私を除き、殺害(排除)しても、ゲームでいうNPCはすぐに適応し殺人に対して反応しません」


 私は第二段階を遂行しやすくするために、欠いていた説明を付け足していきます。

 そして、セカイの異物を排除した際に混乱しないように、これから必ず起こる事態も追述することにしました。


異物(元型)の命を止めた場合は粉々になり散って消えます。ですが、これら主人公に指定された人物が無意識下から創造した存在は、セカイの維持を果たす柱でもあるのです」

「え? アリス、どゆこと?」


 瑠奈は頭を傾げます。


「つまり、異物を排除するたびにセカイは破綻していくのです。セカイに綻びが生まれ、次第に崩れてしまうのです。ですから、排除していくのはなるべく素早く遂行していったほうがいいのです。穴だらけ暗闇だらけのセカイでターゲットを殺すより、なるべく正常な作りのセカイで排除していったほうが、簡単に済みます」


 私は言い忘れていた説明をしました。

 いえ、忘れていたは語弊がありますね。

 第二段階に移行したら話そうと決めていただけです。


 と、私は脳裏で誰に対するでもなく言い訳を述べました。


「じゃあ、放課後になったら杉井と嵐山を会わせる。付き合いが長い杉井と微風が現実の嵐山との違い、違和感を見つける。頼んだからねー?」

「一応、皆さんで行きましょう」


 これからの行動手順は決まりました。


 放課後になったら、まずは沙鳥さんに会いに行き、オールドワイズマンに該当するか豊花さんに判断してもらうため会話を交わしてもらいます。

 そして瑠奈も一緒に隣で話を聴き、豊花さんが気づけない違和感があったら、それを逃さず拾ってもらう。

 こうした手順になりました。


「確信を持てたら、“明日()の金曜日”の朝から、手際よく排除()していくのです~」


 皆さんが頷いたり、立ち上がるなか、裕璃さんだけはしばらく動きませんでした。


「ごめん。私は最後にあの豊花に会いたい。だから今日だけは、あの豊花と過ごさせてほしい……」

「えー……まあ、私はいいけどさ。みんなは?」


 ありすさんは裕璃さんの発言に対して、皆さんに視線を送ります。


「今日はさとりんに会うだけだし、意識を取り戻した人物がまた意識を失わないなら、わたしは別にいいけど」

「さとりんって久しぶりに耳にするなぁ……女と化した私が言うのもなんだけど、それで裕璃の心の瑕が和らぐなら……」


 有紗さんも「ゆらーり」と言いながら同意しました。


「残酷でもありますが、幸福な事に失敗を果たさなければセカイはリセットしないんです。絶対に無関係な人間を殺害しないと約束できるなら問題ないのです~」

「ありがと、みんな……それに、この教室には少しトラウマがあるから、あんまり長居したくないのもあるの……」


 裕璃さんはそれだけ言い残すと、空き教室から外へと出ました。

 まあ、意識を取り戻したあとも、幸福な夢にしばらく浸かっていたいと考えるひともいるでしょう。

 

 ……?


 なにか、思い出せそうな……。


 幸福な夢に浸かっていたい……?


 そう考えるひともいる……?



『ーーたら新しい商売が始められるかもしれないじゃん!』



 脳裏に瑠奈の声が甦ります。


 いつの?


 こうなる前の……?



 いやいや、起きたら思い出せるのです。

 今は今やるべきことをやるだけです。

 まずは沙鳥さんがオールドワイズマンか否か。


 それを判断するだけです!

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