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Episode/アリーシャ・アリシュエール(前)

(A.?1)

 何処かの室内でしょうか?

 たしか、瑠璃さんという豊花さんの恋人と、豊花さんが病室のようなーー異能力者保護団体の施設の雰囲気に似た場所で、向かい合って座っている光景を、私は上から俯瞰して見ていました。


「ふむふむ、認識に異常なし、と。じゃあ次は、私が今からなにか言うから、それにつづくようなことを言ってね。私が言い終えたら杉井さんがつづけて言葉を補完する。そしたら、私がまたなにか言うから再びそれにつづいて。これを繰り返すだけだから。直感で答えること、わかった?」


 瑠璃さんらしき人は豊花さんに指示します。


「は、はい、よくわかりませんが、やってみます」


 それに対して豊花さんは返事をしました。


「じゃ早速、自分のお家はーー」

「ーー風月荘」

「父親はーー」

「ーー殺された」

「母親はーー」

「ーー殺された!」


「命というのはーー」

「ーー脆くて酷く不平等! こんな世界、なにかが間違っている! ねえ、瑠璃、教えてよ!? 両親が殺されたのも、裕璃が異世界で暮らすハメになったのも、私が犯罪組織で罪を重ねる事になったのもーー」

「……」

「ーー裕希姉を大変な目に巻き込んだのも、瑠璃が人質にされたことも、瑠衣を犯罪に加担させたのも、人を殺したのもーー全部! 私のッ! 選択がッ! 間違っていたの!?」


 豊花さんの絶叫が室内に轟くのでした。




(AA.?2)

 ここは何処でしょうか?

 同じサイズの机と椅子が均等に縦横に配置されている室内の上から、私は瑠奈を見下ろしていました。

 窓は大きく空いていて、外からは風が入ってきます。


 瑠奈の周りには、たしか制服といった衣服を着用した豊花さんと、同じように制服を着ている見知らぬ男女が集まっています。

 瑠奈に向かって、挙手しながら一人の女の子が激しい自己主張をしながらぐいぐい近寄ってきました。

 

「私! 私! わたし瑠奈様の恋人候補になります! 蒼井(あおい) (あお)っていいまーす!」


 その女の子が恋人候補になると、瑠奈に提案しました。


「……一切の薬物依存をやめて。いま、咳止めを過剰摂取して乱用してるよね?」

「え、あ」

「睡眠薬も裏で購入してるよね?」

「……」


 瑠奈が言うと、碧さんだけじゃなく、部屋の中の人々が動くのを途端にやめました。豊花さんも碧さんも、周りの人たちも無表情になったのです。


「わたし? わたしと付き合ったから、碧は、碧は覚醒剤に手を出すことになったの? 沙鳥のせいだよね? 豊花のせいだよね? 違う? わたしのせいなの? ねえ、答えてよ!」


「ありゃふだこにゃれふと」

「ふぁふぁにふなやょなよい?」

「ばばくらかなゃねぃくだぃ」

「あぱぱりょにへと」


 皆さん同じような生気のない表情で口々にわけのわからない言葉で会話を始め、瑠奈の悲痛な叫びに対しては誰も応えません。




(AA.?3)

 見知らぬアパートの一室らしき場所に、風月荘に二ヶ月前辺りに入居してきた河川ありすさんという方が、一人地べたに寝転んでいる風景が見えます。

 わたしは室内をふわふわと漂いながら、ありすさんの間近でありすさんがスマホを取り出すのをただただ眺めていました。


 スマホの時間は夜9時過ぎを示しています。


 ありすさんは誰かに連絡すると、聴いたことがあるような、聴いたことがないような男性の声が私にまで聞こえてきました。


『ありす?』

「静夜兄ぃ? 妹の彼氏ーー角瀬偉才(かくせいざい)を殺すのはやめといたほうがいいよー?」

『……なぜそれを?』


 知っているんだーーと通話相手の男は言いたげに口にします。


「リベリオンズに対してさ? 愛のある我が家が白を保護した、今は安全な病院にいるーーって正直に伝えなー? そして、フェンタニルを捨てて妹の彼氏さん、角瀬の暗殺は今すぐやめるべきだよ?」

『……』


「愛のある我が家とリベリオンズは同盟を結んでいるのに、静夜兄ぃーーあんたの身勝手な理由と願望で無駄に諍いを起こして角瀬を暗殺した結果、どうなるのか想像できる?」

『……』


「リベリオンズは瓦解して妹は彼氏の死に絶望した末、最終的に静夜兄ぃの前で自害するんだよ!? 妹弟子の私じゃなくて、本当の妹が! 悲惨な最後を遂げることになる! 今すぐ嘘を告白してリベリオンズに真実を伝えるべきなんだよ! あんたは両親への申し訳が~とか犯罪者を妹の恋人には~とか言う下らない思想で妹の彼氏の排除を果たすのと、妹自身の幸せ。どっちが大事なの!?」

『……………………………………』


 途端に静夜兄ぃとやらは一切の返事をしなくなり、一瞬とも永遠とも呼べる空間のなか、わたしはただただぷかぷかと漂っているだけなのでした。




(AA.?4)

 この方は……四月朔日有紗(わたぬきありさ)さんでしたっけ?

 ですが、今より幼い風貌に思えます。


 とぼとぼと夜の街を歩いており、ハッと顔を上げると、身を振り返し反対の方へと歩を進めました。歩いてきた方向のようです。


 しばらく歩きつづけた先にあった、ネームプレートに『四月朔日』と書かれた家の前に立つと、しばし迷った末にインターフォンを鳴らしました。


 そのまま佇みつづけ……。

 ……。

 …………。

 ………………。

 いつまで佇んでいるのでしょうか?


 少なくとも、私にはその時間が、永遠とも思えるような長さに感じられました。 




(AA.?5)

 どこかの道を歩んでいる見知らぬ男の子と……この女の子はーー昨日風月荘にやってきて、火の間を使うこと。時折こちらの世界に還ってくると、わざわざ私を無理やり起こしてまで伝えてきた赤羽裕璃さんという方だった気がします。

 その二人が仲良さげに話しながら歩いていました。


「もう、豊花ってば、聞いていなかったんでしょ? 実は私、告白されちゃいました~、わーわー、パチパチ!」


 私は二人の横顔を見るように空中をぷかぷか漂って眺めています。

 季節は夏でしょうか?


 男の子ーー豊花さん?

 えっと……ゆたかさん?

 名字はなんというのでしょう?

 豊花さんと全く同じ名前の響きです。


 そのゆたかさん? は汗をかいているように見えました。

 そんな暑さを気にしていないのでしょうか、裕璃さんはやたらとうれしそうに、なにかをアピールしたいかのよう、わざとらしく拍手して見せました。


「あ、そ、そうなんだ……へぇ~……」


 ゆたかさんという男の子は動揺しているのでしょうか?

 表情がぎこちないように思えます。


「なんか元気ないなー? 大丈夫?」


 ゆたかさんの背中を、裕璃さんは強く叩きました。


「早く歩かないと遅刻しちゃうよ? ささ、歩いた歩いた!」

「う、うん……」

「あっ、でもーー断ったよ!」

「ーーえ?」


 裕璃さんは誰かに告白されたのを、断ったのだとゆたかさんに告げました。


「私が好きなのは、ゆたかだからーー」

「……」


 ゆたかさんからスッと表情が無くなります。


「本当だよ? ねえ、もう二度と間違えないから! 私は、私は!  どうして、どうして一時の気の迷いで、怒ったの? たしかに私も悪かったと思う! 私を助けた瑠衣さんに恐怖を抱いたのも事実だよ!?」

「…………ぼっ?」


「でも、あんなに怒ることなかったじゃん! でも、私も悪いって自覚した! だから、だからやり直そ? 私と付き合って!」

「べゃびょべべべかないいいがいるしょなくてぃいましにさらすぇげげげぼっが?」


 ゆたかさんは無表情のまま、死んだ瞳のまま、理解できない言葉ともうめき声とも云えるようなことを口から発するだけでした。






(AA.1-1)

 風月荘で目を覚ました私は、パジャマのまま廊下に出ると、洗面所に向かいました。

 歯を磨き、顔を洗うと、自室に戻ります。


 きょうは金曜日、“いつもどおり”風守高校の制服に着替え、パンを齧り食べ終えると、鞄を持って自室から出ました。


「アリス、おはよ! きょうもかわいいねー。とっとと学校行こ?」


 別室に住む瑠奈もいつものように風守高校の制服とスカート姿。スカートは上げて、オーバーニーソックスとスカートの間にわざと地肌を見せる格好をしています。

 私は恥ずかしいのでスカートを折って上げたりはしません。


 私は二年生を表す緑色のリボンタイ、瑠奈は一年生を示す赤色のリボンタイをそれぞれ着けています。


「瑠奈のお目当てはわかっているのです~。そんな毎日褒めなくても大丈夫です。不安にならないでください~」


 私は瑠奈と話し合いながら風月荘(自宅)を出て、残暑の空気を肌で感じながら風守高校へと向かいました。




(AA.1-2)

 私は風守高校の校舎に入り瑠奈と言葉を交わして別れると、二年A組の教室に入りました。


「あ、アリシュエール。おはよー」


 教室に入り、自分の席に着くと、隣の席のクラスメート、河川ありすさんに挨拶されました。

 瑠奈が私をアリスなんてあだ名で呼ぶせいで、なんだか、表現できない何とも言えない気分になるんですよね……。


「おはようございます、ありすさん。今日は異能力犯罪死刑執行の仕事は入っていないのですか~?」

「入っていたらここに来てないってば。準備とかあるし。あとそれあんまりおおっぴらに言わないでよー?」


 ついつい口にしてしまいました。

 ありすさんは異能力で犯罪を働く死刑に相当する人物を、一般人では対処できないときに呼ばれて暗殺する国の特別の機関に勤めています。学校に通いながら大変だと思います。


 睡眠が大好きな私としては、なるべく学業でさえ、適当に終わらせ早く帰って寝ていたい気持ちでいっぱいです。

 将来の夢は、瑠奈の稼ぎでニート生活を満喫することです。

 高校に通っているのはとにかく通わなければいけないからに過ぎません。


 と、杉井豊花さんと葉月瑠璃さんが仲良く教室に入ってくる姿が見えました。

 あの二人は女の子同士ですが、付き合っているらしいです。

 私と瑠奈のようなものですね。

 といっても、瑠奈には本命の恋人がいますし、私はそれを承知の上で付き合っていますが……。


 遅れて赤羽裕璃さんと“杉井ゆたか(豊花)さん”も教室に来ました。

 女の子の杉井豊花と同姓同名なので、男の子の豊花さんは、私は話しかけるときは杉井さんと呼ぶことにしています。あの二人も恋人同士です。

 微笑ましくていいですね。


 恋人、恋愛……つまり性欲です。

 瑠奈は気持ちよくしてくれますし性欲も悪くはありませんが、三大欲求で一番の快感は睡眠欲に忠実に惰眠を貪ることだと思うのです。

 次点で食欲です。

 睡眠と食事はなくてはなりませんが、性行為はしなくても死にはしません。


 睡眠は取らなければ精神がおかしくなっていきますし、食事を取らなければ餓死します。

 ですが性欲は子孫繁栄の為の機能ですし、普段は働かなくても支障はありません。それに私に性欲をぶつけてくる瑠奈は女性。どうやっても子どもは産まれません。


「はー、怠い。本当なら学校なんて通わなくても暮らせるけどさ、通わないといけないからさー、本当怠いよね?」


 ありすさんは不満を口にし同意を求めてきました。

 私は頷き肯定しつつも、それはこの世の理だから仕方がありません。

 義務教育は中学までですが、高校には通わなくてはならないのです。少なくとも、それが私たちのルールだからです。


 やがてチャイムが鳴り、ホームルームが始まり、やがて普段どおり金曜日の教科の授業を受けるのでした。




(AA.1-3)

 昼休み。私は教室を出て瑠奈の教室へと向かいます。


「瑠奈様って人たらしだよね。普通ならハーレムなんて許せないけど、瑠奈様だったら許せちゃう」


 一緒に瑠奈のクラスに向かう蒼井碧(あおいあお)さんはそう言います。


「私は始めから容認していますし、一緒に暮らしているのである程度好きにされるのは認めているのです~。将来養ってくれるって約束の代わりです」

「へー、え? 専業主婦狙い? でも瑠奈様って三年の現世先輩が本命の恋人だよね?」

「ですです。だから私は主婦でもなくなにもしないニート希望です~」


 瑠奈は高校内でハーレムを作っています。隣の碧さん、私、三年の朱音先輩。三人とお付き合いをしていて、将来結婚するのだと言っている相手はその三年生の朱音先輩です。


「いつも大変だねー。微風のわがままよく聞いていられるよ」


 後ろから遅れてありすさんが廊下を歩いてきました。

 ありすさんは異能力犯罪死刑執行代理人候補として、弟子の二人ーー葉月瑠衣さんと四月朔日有紗さんがいる一年B組に行くので、昼休みは割りと同時に出たりと、一緒に向かうことが多いです。


「私たちが好きでやっているんだよ? 河川」

「面倒ですが、放置すると怒られちゃうのです~。不機嫌な瑠奈はかわいいですがさらに面倒くさいのですよ~?」


 私たちはありすさんに返事をします。

 途中でありすさんは一年B組に入り、私たちは廊下を少し進みA組に入りました。


 一年A組に入ると、瑠奈が「こっちこっち」と楽しげに笑って、自分の席に招きます。

 クラスに友達と呼べるのは白河翡翠さんという子だけで、他に特定の誰かと一緒に居ることはありません。

 今日も瑠奈は翡翠さんと一緒に談笑しながら待っていました。


「毎日瑠奈のクラスまで来るのは大変ですよ~? たまには私たちの教室まで来てくれると助かるのです~」

「わたし、同級生に翡翠しか友達いないし、翡翠もわたし以外友達いないからわたしが行ったら孤立させちゃうし。それに、上級生の教室に入るのはちょっと気が引けるかな?」


 嘘ですね~。

 瑠奈は例え翡翠さんがいなくて孤独でも、碧さんが恋人のひとりじゃなくても、素知らぬ顔で翡翠さん引き連れ堂々と私たちの教室に入ってこられるでしょう。

 他人を怖がったり、不安を感じたりしない性格ですし、単に面倒臭いだけだと言われたほうが頷けます。


「瑠奈様の本命は現世先輩ですよね? どうしてあの人は呼ばないんですか?」

「うーん、なんか恐れ多いというか。まっ、朱音には私から会いに行く! 好きな人を追う側も体験したいしね」

「瑠奈さん……百合好き同士として言いたいんですけど、私は二股とか三股とか、その……誠意がないんじゃないかって思うんですが……」

「そう? まあ翡翠はそういった純愛寄りの作品が大好きだもんね」


 談笑しながら昼食を食べながら、いつもと同じように、毎日変わらない日々ーー下らない会話を交わしながら昼食を終えました。



 そして、午後のチャイムが鳴る前に教室に帰り、私たちは金曜日の学校を終えました。

 一緒に帰るのはもちろん、同じ家に住んでいる瑠奈とです。

 途中までは碧さんとも一緒ですが、すぐに私たちは電車に乗り別れることになります。



 こうして、いつもどおりの変わらぬ日々を私たちは過ごすのでした。




  


(AA.1-1?)

 風月荘で目を覚ました私は、パジャマのまま廊下に出ると、洗面所に向かいました。

 歯を磨き、顔を洗うと、自室に戻ります。


 きょうは“金曜日”、いつもどおり風守高校の制服に着替え、パンを齧り食べ終えると、鞄を持って部屋から出ました。


「アリス、おはよ! きょうもかわいいねー。とっとと学校行こ?」


 別室に住む瑠奈もいつものように風守高校の制服とスカート姿。スカートは上げて、オーバーニーソックスとスカートの間にわざと地肌を見せる格好をしています。

 私は恥ずかしいのでスカートを折って上げたりはしませーー。


(AA.2-1)

 ……そもそも私、高校なんかに通っていましたっけ?


「どしたのアリス? 体調悪いの?」


 訝しむような顔で、瑠奈は黙った私に心配そうに声をかけます。

 私は二年生、瑠奈は一年生ーー待ってください。

 私どころか、瑠奈も高校になんて通っていない筈。


 元々異世界人の私は、異世界の精霊操術上級学園には通っていた時期がありますが、王である父から政略結婚の為に他国の王子に嫁ぐようお願いされてーーそしたら夢のぐうたら生活はできなくなるので、朱音さんのちからを借り、私にとっての現世界(あちら)から異世界(こちら)に逃亡してきたはずです。


 何よりも寝ることが大好きで堕落的なのが私。

 そんな私が……今になって高校生活?


「ちょっとちょっと、どしたのさ? アリス、本当に様子が変だよ? 早く行かないと遅刻しちゃうよ? 今日は休む?」

「る、瑠奈ーー申し訳ないのです……もう少しだけ時間をください……です……」


 私は頭のなかを整理していきます。


 少しずつ、まるで眠りから醒めたときのようにーーハッキリとしていた現状の認識と意識が歪み、ぼやけて、そして次第にーー現実の認識、意識、記憶、知識がハッキリと再構築されていきました。


 ーー私は、風守高校の生徒ではありません。


 無論、瑠奈も……。

 ほとんど異世界で暮らすことになった裕璃さんも、たしか先月辺りに引っ越してきたありすさんも、おそらく通っている様子のない豊花さんも、話に登場した朱音さんもーー風守高校には通っていない……そう、通っていないのです。


 私は少しゾッとしてしまいました。

 何のために(おこな)ったのか、直前の記憶が曖昧なのです。


 ですが……これは……たぶん……。


「瑠奈……瑠奈は愛のある我が家に所属していて、荒事担当の仕事を一任されている犯罪組織の一員です」

「へ? い、いきなりなにーー」


 まずは巻き込んだ対象の確認。

 間違いなく瑠奈は“巻き込んでしまった”筈です。


「瑠奈の年齢は何歳ですか?」

「え? 高一だよ? そりゃ16歳ーーあれ? いや、27歳だけどそれは朱音が適当な設定で作ったからこうなだけで実年齢は朱音よりは確実に年下だし、まだまだ胸も身長も成長する要因がーー」

「朱音さんの年齢は? 翡翠さんの年齢は? そもそも、瑠奈は今だかつて高校に通っていました? ……通っていないのですよ~」


 瑠奈は口を閉ざし、なにかを思考するにつれ、徐々に“現実”の記憶を取り戻したのか、焦った表情を顔に浮かべました。


「アリス……これってさ……もしかしてだけど?」

「申し訳ないのです……瑠奈が考えているとおりだと思うのです……」

「え、ええっ!? ちょっ!?」


 そうです。


 原因は思い出せませんが、この状況では明らかです。

 もしかしたら、他の異能力者とやらの能力かもしれないでしょう。


 ですが、ほぼ確実に、コレは、この状況は……私の精霊操術の界系奥義ーー夢界(ユメセカイ)によるものです……。




(AA.2-2)

 私と記憶が復活した瑠奈は、高校には行かずにーーありすさんも豊花さんも、有紗さんも裕璃さんもいないーー風月荘で現状を打破する対策を練ることにしました。


「うわー、あのアリスに説明されてもちんぷんかんぷんな界系奥義に巻き込まれたの? わたしの風界で対処できない?」

「同時に発動していれば拮抗したかもしれません。風界より支配の力は確実に弱いのです~。ですが……」


 私が言葉を続けるまえに瑠奈は立ち上がりました。


微風瑠奈(そよかぜるな)()()いて (かぜ)精霊(せいれい)喚起(かんき)する 契約(けいやく)(した)がい (いま) 此処(ここ)現界(げんかい)せよ! シルフィード! シルフ!」


 シルフィードとシルフという風の大精霊が現界しました。


「ーー風界(ふうかい)!」


 すると、辺りの空気の色が変わります。いえ、目に見えない透明な色には変わりないです。ですが、瑠奈特有の透明色の空気に変わったのです。私にはそれがわかります。

 ですがーー。


「…………この夢界の中でちからが使えるだけじゃ意味ないじゃん!」


 瑠奈は夢界が晴れて解放され、現実の世界が広がると予想していたのでしょう。

 ですが、実際には夢界で見せられている夢のセカイの中で風界が発動しただけで終わりました。


「……風解」


 瑠奈は風界を解放し能力を納めると精霊は姿を消しました。辺りの空気は元の色に戻ります。


「夢界は確かに世界の支配力はないに等しいのです~。範囲も狭く、澄さんとやらの血界には拮抗しなかったでしょう。ですが、その狭い範囲内に居る人々を一度夢界の世界に塗り変え支配すると、範囲内の人たちは皆さん眠ってしまうのです。」私はつづけます。「複雑な条件を満たした末に特殊詠唱をしたあとに夢解(ゆめかい)と唱えるーーそれ以外に目覚める方法はーー私の知る限りないのです~……」


「はぁ……たしか、こっちのセカイと現実は時間の流れが違うんだよね? それは聞いたの覚えてる」

「はい。私自身詳しくは把握していないのですが、一日につき一秒なのか、一分なのか、わからないのですが……少なくともこちらよりはゆっくり時間が流れているはずです」


 ですが、私がこの夢の一日を何回繰り返したのか、自覚するまでにかかった日数が判断できません。一日で気づけたのか、何百日も繰り返したあとなのか……。


 夢界では、必ず私が意識を取り戻せるシステムになっています。

 そして、巻き込まれた方々は、私が現実との齟齬を想起させて違和感を抱かせたら意識を取り戻せます。

 意識を取り戻すといっても、明晰夢のようなものーー夢の中で意識を取り戻すだけで、目が醒めるといった意識を取り戻すわけとは話が全然違うのですが。


「単純に『夢解』と唱えれば済むわけじゃないんでしょ? さっきの口ぶりだと」

「はい。私もなんて面倒くさい能力だと思っているのは変わらないです。だから、これから私たちがしなければいけないことを今から説明するので聞いてください~」


 すべてを説明しても、瑠奈は理解できないでしょう。

 以前に訊かれたとき答えても、ちんぷんかんぷんだと言っていたのです。


 夢界ーー本当にややこしくて使い道がない、私の精霊操術の最奥。


 まずは私がこのセカイの創造神(セルフ)ーーゲームマスターですが、私自身が意識して行動できるだけで、このセカイには巻き込んだ人ーープレイヤーの中からランダムで選ばれる主人公(エゴ)が存在します。


 そして、プレイヤーとして巻き込まれた人々の願望を叶えます。しかし、舞台は主人公に選ばれたプレイヤーの深層心理から設定され、主人公の願望が何より優先されるので、脇役と呼べるプレイヤーの願望を上書きする可能性もあります。

 主人公の願望に関係ないプレイヤーの願望は分け隔てなく叶えられます。


 ですが、主人公の願望の影響を受けない夢界の力で主人公の無意識が生み出した存在(人物)もいるのです。

 それは単なる夢界の願望と無関係な人物とは違います。


 それぞれ、こういう名前の存在です。

 シャドウ、アニマ、アニムス、グレートマザー、オールドワイズマン。


 必ず五人存在するわけではありません。

 たとえばシャドウとアニムスを、グレートマザーとオールドワイズマンを、あるいは全てを一人の夢界の人物が担っている可能性もあります。


 これら主人公の願望の通りにならない可能性のある人物を全員殺害して夢界から排除し、そのあとにわたしが特殊詠唱をして夢解と唱えることで夢界から全員解放され、目を醒ますことが可能なのです。


 それらを、なるべく分かりやすくかいつまんで瑠奈に説明しました。

 それでも時間はかかりましたが……。


「……わけがわからない。シャドウ? アニムス? って言葉も意味わからないし、セルフ? エゴ? え、もしかして心理学とか哲学的な話?」

「私にもこの名前がどこから出てきたのかはわからないのです。ですが、それぞれ主人公の無意識から生み出されたその方々は、主人公の願望に沿っていながらも思い通りにはならないのです。また、完全に願望を無視して行動する人物もいます」


 名前の元ネタはわかりませんし、私のオリジナルの名称かもしれないのです。

 ですけど……役割はそれぞれ把握しています。


 セルフーーこの夢界を展開した私。

 エゴーープレイヤーの中での主人公。


 このお二方は私と夢界に巻き込んだ意識を取り戻せるプレイヤーです。

 ですが、あとは違います。

 また、全て主人公に選ばれたプレイヤーに接点のある人物の姿で現れます。


 シャドウーー主人公のなりたくない自分と、なりたかった自分を両立させ主人公と向き合うべき存在。


 アニマーー主人公の理想の女性像。主人公の意志に見かけ上、沿っている可能性が高いですが、願望すべてに左右はされません。


 アニムスーー主人公の理想の男性像。こちらも主人公の理想像で願望に左右されないながら、元から主人公の理想を反映しているので判断は難しいです。


 オールドワイズマンーー主人公に対して成長を促す知恵を与えながらも、狡猾な知恵も授ける二面性のある人物で、もちろん主人公の深層心理から接点のある人物の姿で創造されますが、願望に沿わず行動してくる場合が多いです。


 グレートマザーーー慈悲のある主人公の全てを受け入れながらも、精神的成長を阻害するように束縛する人物が当てはまります。


 自分さえも巻き込む夢界で、あくまでゲームマスターは私でありながら、夢界のセカイを構成するのは巻き込んだプレイヤーから無作為に選ばれた主人公の願望の支配が強いのです。


 私自身すら巻き込むこの世界は、本来幸福な(まぼろし)を与えるという高尚な能力だと上級精霊操術学園で講師から教授されました。

 ですが、物質的攻撃に重きを置いた実力がすべての異世界であるあちらの世界では、私の力はアリシュエールの娘というだけでおべっかを使われていただけです。


 そのくらい、私でもわかります。


「面倒だし、わたしの精霊操術で次々に殺していけば解決するんじゃない? 主人公が誰だろうと最悪皆殺しにすれば当たらないものも当たるだろうし」

「そう簡単にはいかないのですよぅ……プレイヤー全員の意識を取り戻さないと、夢界で創造した主人公のシャドウなど不確定要素の人物を破壊した瞬間、夢の始まりに強制的に引き戻されてしまいます」


 ーーさらに、と私は付け足しました。

 プレイヤーを殺しても同じことが起きる。

 無関係の人物を殺害しても、これまた同じことが起きる。


「そして、そしたらプレイヤーの中で一人から全員、場合によっては私まで記憶がリセットされた状態でいつもの1日が始まることになるのです……」

「うー! 面ッ倒くさい! 力技でどうにかできる問題は得意だけど、頭をつかう事は沙鳥や朱音とか、他の仲間の役割じゃん……」

「瑠奈さん、希望を捨てないでください。私は以前にも夢界を使ってしまった場面があるのです。そのときは、無事に解放されたのですよ?」


 まあ、私の精霊操術上級学園の知人と母を巻き込んだーー性格を把握している仲の人だから私の推測で解決できただけですが……。

 ですが今回のプレイヤーも知らないひとではありませんし、誰を巻き込んだのか検討も付いています。


「おそらく巻き込んだのは夢界を発動したときに風月荘にいた人物なのです」

「……なんで夢界を使うことになったのかは追々目が醒めたあとに考えるとして」瑠奈はつづけます。「主人公の深層意識から舞台が定められるんだよね?」

「ですです」

「そしてアリスは主人公にならない。なら……私、有紗、河川ありすは除外できると思う。風守高校にはお邪魔したことあるけど、深層心理? ってやつに刻み込まれているほど思い入れはないし、有紗は生い立ちから通っていた筈がない。河川ありすも、一時偽装転入しただけで私と同じく思い入れはないはずだよ」


 そこから導き出せるのは、風守高校に通っていた過去のある実際に学生だった二人ーー豊花か裕璃。

 瑠奈と二人のどちらかはプレイヤー確定と考えていいと思うーーと瑠奈は主張しました。


「そもそも、うっ……頭が痛い……朧気(おぼろげ)だけど、現実でこうなる前に裕璃が晴れて初の帰宅を果たしたし、行動力からアリスを叩き起こしてまで、改めて、『不定期ながら同居人になる』って自己紹介してたような気がする」

「あっ、なんだかそうだった気がするのです~」


 夢界を発動した前後の記憶が未だにあやふやですが、能力発動をしていない、つまり夢界の実行者ではない巻き込んだ人は、私より記憶は僅かながら確かなはずです。

 瑠奈に言われて少しずつ思い出してきました。

 その感覚は、ど忘れしていたことを思い出したときに似たものを感じます。


「そのとき、裕璃は同居人全員に挨拶してまわっていたと思う」

「つまりーー」

「風月荘の居住者は、もれなく全員夢界に囚われている可能性が高いってことになるんじゃない? アリスー、なんでこんなややこしい能力を発動したのさ? 暴発?」


 暴発……そんなことが起きるとしたら、私はドリーミーと契約を解除しなければ不便過ぎますが、あり得るのでしょうか?


 ですが。

 これで最初にやることは決まりました。


 日を跨いでも意識を取り戻したプレイヤーは、夢界のルール違反を起こさない限り、記憶が消えることはありません。

 まずは風月荘に住む同居人全員の夢を明晰夢に変えるよう、現実との齟齬を強調しーーひとによってはなかなか上手くいかないのですがーー意識を取り戻させることが先決です。


 そして、このセカイでもっとも強い影響を与えているプレイヤーを探し主人公を特定します。


 その主人公の知能によっては難航しますが、主人公の破壊すべき対象を話し合いで特定し、慎重に一人ずつ殺害し排除していきます。


 終えたら、夢界からみんなを解放する時間です。


 その工程を瑠奈に話しました。


「すっごく面倒な作業だし……失敗した瞬間下手したら一からやり直しってリスク高過ぎじゃん……」

「本当に申し訳ないのです……。ですがやるしかないです。今日はもう翌日へのループの時間帯まで寝て、明日決行するべきです」


 夢界は同じ一日の同じ時間帯を繰り返します。

 おそらく、夢界の始まりは朝、終わりは帰宅途中……な気がします。

 断言はできないのですが……。


「寝て……か。アリス、迷惑料として、やらせてもらうよ?」

「……迷惑料とか関係なく、瑠奈はいつもそうじゃないですか~……」


 夢界の中でさえ寝ていたい私と、夢であろうと性欲を解消したい瑠奈。

 瑠奈はこれさえなければ付き合いやすい人なんですけどね。






(AA.3-1)

 目を覚ました私は、パジャマのまま廊下に出ると洗面所に向かいました。

 歯を磨き顔を洗い、自室に戻ります。


 本日は、まずプレイヤー全員を夢だと自覚させる作業の決行日。


 慣れていない筈の風守高校の制服を夢界により主人公から蓄積された記憶で、まるでいつも着替えているように制服を着ました。


 夢でもお腹は減ります。

 私は自室でパンを食べ終えると、もはや癖になっている動作で現実の私室には置いていない鞄の位置を把握しており、目を向けないで手に持つと部屋から出ました。


「……正直、わたしはなにをすればいいのかわからない。だから、必要に応じて命令してね? アリスーーいいや、アリーシャ王女様?」


 瑠奈はわざとらしく畏まった動作で、私にそうお願いしてきました。


 もう瑠奈は風守高校のスカートは上げておらず、オーバーニーソックスを履きながら太ももは見せていません。必要性を感じなくなったのでしょう。


 なにせ、ここは夢界ーー単なる夢のセカイ。


「瑠奈さんのクラスには巻き込んだと思えるプレイヤーは誰も存在しないのですよね?」

「うん。高校なのに中学生の翡翠がクラスにいるけど、翡翠が巻き込まれていることはまずないと思うよ? 範囲は最大でも風月荘内でしょ?」

「はい。外にたまたま通行人などがいたりしないのであれば……」

「そしたらめちゃくちゃ面倒くさいじゃん!」


 私は二年生を表す緑色のリボンタイ。つまり二年A組。クラスメートには豊花さん、ありすさん、裕璃さんと固まっています。

 逆に瑠奈は一年生。しかも有紗さんとは別の教室です。


「とりあえず、一番主人公? の可能性が高い豊花と裕璃がアリスのクラスにいるんでしょ?」


 風月荘を出て駅を目指して歩き出します。


「ですが、願望の強さによっては、これだという強い違和感を覚えさせなければいけません。瑠奈は割りと軽度だったので助すかったのです~」

「……学校に急ごう。まずは愛のある我が家の仲間で、風月荘の住民のなかではアリスの次に理解してる豊花から意識を取り戻させよう。そんで、豊花が詳しいだろう裕璃を自覚させる。ありすは賭けで四人がかりで声をかけて、最後にありす以外あんまり接点のない有紗の意識を取り戻してもらうーーこれが最適じゃない?」


「瑠奈……単なるバカじゃなかったのですね~」

「え、冗談だよね? ねえ、ねえ?」

「冗談ですよ~」


 現実では確か六月の筈なのに太陽の強さと残暑の空気で、嫌でも九月頃だと実感してしまいます。


 私は瑠奈と計画を詳細に、かつ端的にまとめながら、学校へと向かいました。




(AA.3-2)

 私と瑠奈は二年A組の教室に二人で入りました。

 それを見つけた碧さんが瑠奈に駆け寄ってきました。


「瑠奈様が自分からこっちの教室に来るなんて珍しいじゃないですか! どうしたんです?」

「……碧ってさ、風邪薬乱用とかしてたりする?」


 瑠奈は複雑そうな表情で碧さんに唐突に問いました。


「ええ!? そんなわけないじゃないですか! 薬物乱用なんて最低です。瑠奈様も普段から言ってますよね?」


 碧さんは心底びっくりした顔をして、逆に瑠奈に問い返します。


「……だよね。ありがとう。ちょっと複雑な用事があるからさ、碧は自分の席に戻ってて」

「? はい、わかりましたけど……まーたハーレム増やすつもりですか? さすがの私も四股までいくと許さないかもしれないですよ?」


 ニヤニヤした顔で、ふざけ半分に返事をした碧さんは自分の席へ戻ります。


 瑠奈は少しうつむき、すぐに顔を上げます。


「わかってはいたけどさ……私の願望も叶えられているんだね……」

「願望ですか~?」

「うん。ねえ、わたしが碧を恋人にしたせいで、碧は豊花と関わるようになり、犯罪者になったのかな?」

「え? わからないですよ~そんなこと」


 私はいまいち瑠奈の言っている内容が理解できません。

 複雑な経緯なんて、私は知らないのですから。


 ーーそこで私はフラッシュバックしました。


 瑠奈が碧さんに対して、なにかを叫んで問う姿を、俯瞰で見ていたことを……。


 夢界でセカイを支配するとき他者の精神に干渉する際に必ず見る光景です。

 私自身が思い出せるかは皆さんの発言次第ですが、私はその願望とやらは知らないのです。

 知っているのは私の精霊ドリーミーですが、言語での意志疎通はできないので、結局私が他人の心を覗くことなど不可能なのです。


 ……いえ、この世界の高校自体、私の記憶にはないので、ある種他人の記憶は覗いているーー心を覗き見ているのと同義かもしれません。


 しばらくすると、豊花さんと瑠璃さんが教室に入ってきました。


「あれ? 瑠奈とアリーシャ。なにか私たちに用?」

「豊花、こいつらと関わる必要ないわよ。彼女として嫉妬しちゃうし、なにしてんだかわからないヤツよ?」


 瑠奈は瑠璃さんから豊花さんの手を引っ張り瑠璃さんから離します。


「ちょっと!? 豊花は私の恋人よ? あんたの馬鹿げたハーレムなんかにーー」

「まあまあ落ち着いてください瑠璃さん。ハーレムとかではなく、重要な話ですから」


 瑠奈は私の背後で豊花さんに語りかけを開始します。


「豊花は愛のある我が家の仲間。わたしと一緒だって、まずはわかる?」

「へ? 私は異能力者救済団体の会長だけど? というか、は? 愛のある我が家って、三年の嵐山沙鳥が牛耳ってる異能力犯罪集団だよね? 私がもっとも許せない存在だよ。瑠奈は私を怒らせたいの?」

「は? 異能力者救済団体? なにそれ?」


 瑠奈は苦戦し始めました。

 私の肩をグイと押し退け、瑠璃さんが豊花さんに近寄ります。


「今の異能力者は自由に異能力を使えないのよ、わかる? 異能力を使っただけで犯罪者。でも、そんな立場に意義を唱えた豊花が賛同者を募り、立ち上げた異能力者の為の慈善団体ーーそれが異能力者救済団体よ? 知らないの?」


 瑠璃さんは瑠奈に説明します。


「でも、それを邪魔するのが世に蔓延る異能力を使った犯罪者の集まり、異能力犯罪組織なんだよ」


 豊花さんは苦虫を噛み潰したような表情で付け足します。


「待って……その愛のある我が家のメンバーは?」

「三年の沙鳥先輩……いや沙鳥をリーダーとした集団。構成員は詳しく知らないよ。まさか瑠奈も愛のある我が家なの? 用心棒みたいな仕事で稼いでるって言っていたじゃないか」

「……」瑠奈は困惑しながら説得をつづけます。「豊花はさ? 殺人、暴行、薬物密売とかの犯罪を指揮している愛のある我が家の一員だよ!? 思い出して! そのせいで親が殺されたり学校をやめるハメになったりしただろうけど、わたしたち仲間じゃん!」


「冗談でもそんな発言はやめて!」


 隣にいた瑠璃さんが瑠奈の肩を押しました。


「冗談……?」

「私の親が死んでるとか、不謹慎なこと言わないでよ? そもそも学校にもこうして来てるよ? 挙げ句の果てには殺人……もういい。瑠奈のこと勘違いしてた。ーーもう話しかけないで」


 豊花さんは瑠奈さんの差し出そうとした手を払うと、瑠璃さんと一緒に教室内に入って無視して行ってしまいました。


「豊花……そんなこと思ってたの……? 沙鳥が謀反の兆候とか言っていたのって、これなのかな? 異能力者救済団体なんてもの現実にはないし、しかも会長?」


 瑠奈は困惑したまま呟くように言います。


 ーーまたしても私は、そこでフラッシュバックしました。


 瑠璃さんに向かって、豊花さんがひたすら叫んで問い質す風景を見ていたことを。


「裕璃さんが来るまえに、ありすさんをどうにかしましょうか?」


 この夢界からの刷り込みの強さを踏まえるに……ありすさんはどうでしょうか?

 あの豊花さんを説得し意識を取り返すのは、瑠奈の意識を取り戻すのと比較にならないくらい難航しそうです。


「まあ、後回しにしてもいいか。河川ありす」


 瑠奈さんはありすさんに声をかけました。


「微風じゃん。珍しいねー、二年のクラスに来るなんて」

「河川ありすはさ? 異能力犯罪死刑執行代理人の弟子として、有紗と瑠衣を鍛えているんだよね?」


 学校に来る最中に、私の知るこのセカイでのありすさんの情報をなるべく伝えました。しかし、知っているのはこのくらい……。


「あまりおおっぴらに言ってほしくーー」

「瑠衣は豊かな生活の荒事担当の一員だよ。有紗は知らんけど」

「はい? 瑠衣は私から助けられたのをきっかけに弟子入りしてーーあれ、待って……殺し屋時代に弟子入りさせたんだっけ? でもそのあと……ん? ちょっと待って」


 ありすさんは頭を掻きながら考えの迷路に陥りました。


「そもそもありすは殺し屋や、転職した異能力犯罪死刑執行代理人の仕事をしていたとき、学校に通ってた?」

「でも高校に通うのはルールーーあれ、でも私中学行ってたっけ? 記憶がおぼろげだ……三年の静夜先輩が兄弟子で……いや待て、誰の弟子? 刀子師匠の弟子……私はいつ弟子入りした? 家出して……13歳のときに、でもルールが」


「そんなルールないのですよ~?」

「うん、ない。これはアリスが夢界で見せている夢幻、そのセカイで選ばれた主人公が無意識で定めた舞台なんだよ。おまけに静夜は現実では高校生じゃない。もう卒業している年齢な筈だよ?」


 私と瑠奈で、そのようなルールはないなど付け足します。


「静夜先輩の妹の白は二年C組に……いや師匠も三年生? このまえ35歳でアラフォーの仲間入りを果たしたのに? ………………はははっ」


 ありすは心底下らないと言いたげに笑い出しました。


「酷いよこれ。なんなの、アリシュエールの能力なの? なんで私まで巻き込まれてるのさー? 本当に酷い……白は静夜の前で自害した筈なのに、私は19になったのに二年生とか。師匠に至っては35で三年生ーーいま見たら笑っちゃいそうだよ。師匠の制服姿は見てみたい」


 ありすさんは悲しそうな瞳をしながらも、堪えきれないように笑い出します。顔を両手で一旦覆ったあと、私たちに視線を向けました。


 ーー瞬間、再びフラッシュバックが私を襲います。


 ありすさんの部屋でぷかぷか浮遊しながら見ていた、静夜兄ぃという方に叫んでなにかを説得している場面を……。


 思い出せても、私には何の意味もありませんがーー少なくとも、願望の反映になにかしら影響を与えている根幹には違いありません。


「一から状況を説明してくれる?」

「もちろんです~」

「アリスの暴発臭いけどあまり怒らないであげてね? 事が終わったら私がたっぷりお仕置きするから」


 瑠奈のお仕置きとは性的な事じゃないかと思ってしまうのは、瑠奈の日頃の行いのせいですね。

 まあ、実際そうなる気しかしないのですが。


「裕璃は諦めよう。豊花の目を覚まさせない限り、裕璃に関して情報が少ないもん。アリスも河川ありすも私も、河川ありすや豊花みたいに現実の情報との齟齬を大なり小なり拒絶されちゃ、説得できる可能性が低いし」

「そうですね~」


 瑠奈の言うとおりなのです。


「とにかく説明してくれないかなー。これが現実じゃないってのはわかったけどさ? なにが起きているのかサッパリわからないんだよね。困るよ本当にさー」

「ごめんなさいなのです~」


 予鈴のチャイムが鳴る。


「とりあえず教室から出て、誰もいないところでアリスに説明してもらおうよ。そうしないと無駄に授業に付き合わされる」

「りょーかい」ありすさんは席から立ち上がりました。「というか微風? アリシュエールの愛称をアリスに略すなら、私のことは河川でいいよ。姉貴ももうこの世にーーいや、この世にはいるのか。現実にはいないんだし」

「わかった。じゃ、河川、アリス、出よ?」


 私たち三人は担任が来るまえに教室から抜け出すと、ひとけのない場所を探すことにしたのでした。




(AA.3-3)

 ありすさんは過去に風守高校に仕事で転入した経験があるみたいです。

 三階の端にある空き教室へ難なく案内し、ドアを閉めて外から中が見えない位置の床にみんなで座りました。

 机などが教室の後ろに詰め込むように重ねて置いてあります。


「さて、さっそく説明してよ? なるべく詳しくね?」

「はい」


 ありすさんは瑠奈より聡明そうですし、昨日端的に話した内容を細かく説明しました。

 説明には少々時間がかかりましたが、ありすさんは真剣な表情で話を聞いてくれます。


 瑠奈は一度聞いたからか、あくびをしながら私の説明が終わるのを待っています。


「ーーというわけです」

「なるほどー……酷い人災に巻き込まれたのは理解した」


 ありすさんはため息混じりに呟きました。


「とりあえず昼休みになったら有紗の目を覚まさせる。いや、実際には目が醒めていないんだから、正しい記憶と認識を取り戻させる、のほうが正しいかなー?」


 ありすさんは有紗さんに関しては、少なくとも私や瑠奈より性格や事情を把握しているとのことです。


「本当に大丈夫なの?」

「一応、二人も付いてきてよ。でも、有紗が高校に通って沢山の友達に囲まれて、帰る家もきちんとあるーー現実ではあり得ないレベルで事実と乖離しているけど、あれが有紗の願望なのかー。普通の女の子としても暮らしたいって気持ちはあるんだ……まっ、いいや。それよりひとつ疑問があるんだけど、いい?」


 ありすさんはしみじみと有紗さんについて呟くように言うと、なにかまだ聞きたいことがあるのでしょうか? 疑問を呈しました。


「シャドウとかオールドワイズマンとかーーいわゆるユング心理学で提唱されているアーキタイプだと思う。現実の人たちがしている解釈とはちょっと異なる気がするんだけど、このセカイではアリシュエールーーアリーシャの説明で正解なの?」


 ーー本来、セルフがアリーシャだと判定されたりすることもおかしい。

 と、ありすさんは言葉を繋げました。


「はい。私はユング? とか言うのは知りませんし、現実にもある概念だとは知らないのですが、このセカイでのルールではそうなっています」

「三年に現世や沙鳥がいたり、本来なら女の子になった筈の杉井とは別に、裕璃の恋人として男の杉井も存在している。十中八九、男の杉井は裕璃の願望だろうねー」


「薄々感じてはいたけど、裕璃は豊花が好きなのか……でも、なんで男?」

「そこまではわからないけど、裕璃は別に微風みたくレズじゃないんじゃない?」


 瑠奈は「ビアンかレズビアンと呼んで」と謎の拘りを主張しますが、ありすさんは無視します。


 策として、昼休みになったらありすさんに有紗さんに違和感を認識させて意識を取り戻してもらい、それで本日はひとまず行動を終えることに決まりました。


 翌日に豊花さんと瑠璃さんをなるべく引き離し、豊花さんだけにしたところをみんなで説得。長時間かけても、なんとしてでも豊花さんの洗脳に近い夢界の認識を破壊し意識を取り戻させる。

 そうしたら、最後に豊花さんが裕璃さんの違和感を突き、なんとか違和感を覚えさせて現実との齟齬を認識させる。


 といった手順で、確定で巻き込んだと思われる五人の意識を復活させるといった作戦を立てられました。


 ほとんどありすさん主導でしたが……。


 ひとまず、昼休みまではこの場でジッとして休憩していることにしました。

 私自身ですらややこしいと思う能力の説明を聴き、理解し、作戦を練り、話し合ったのです。


 皆さん脳も疲れているでしょう。

 寝てもいいくらいです。


 私は地べたに横になりました。


「汚いよー?」

「どうせここは夢のセカイです~」

「それもそっか」

「わたしもアリスの横で寝る~」


 瑠奈が隣に来ました。


「言っておくのですが、私も最近恥を知ってきたのです。ありすさんの前で卑猥な行為は控えてください。わかったですか~?」

「……わかってるよぅ」

「本当に大変だよね、アリーシャ然り現世然り。このセカイじゃなくて現実でもそう思ってるよ? 微風の性欲の酷さ」

「現実で翡翠にもメッセを交わしていたとき『それは不潔だと思います』って言われたよ……」


 ひとときの雑談を交わし、私たちは昼休みの時間になるまで待つのでした。


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