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Episode/微風瑠奈(後)

(runa.6)

 そうして午後の授業も終わり迎えーー当然ほとんど勉強内容は頭に入らなかったーー下校時間がやってきた。


 翡翠を自宅まで送り届けるため、二人して校舎から出てそのまま校門を抜ける。

 今日は寒くもなく暑くもなく、少し涼しい風が吹き清々しい気分になれる。空も美しい青だと素直に思った。


「結局、林さんたち帰ってきませんでしたね……」

「なんでだろうね、不思議だね」


 適当に返事をしながら翡翠と歩いていく。

 途中まで空を飛んでショートカットしたわたしとは違い、翡翠は徒歩で帰宅・登校する。まあ、当たり前っちゃ当たり前か。


 沙鳥から見せられた地図で、学校から自宅まで20分ほどの距離だと把握している。

 歩くのが煩わしくて翡翠を連れて空を飛ぼうかな、って一瞬考えたけど、都合良くわたしの素性を知るひとは少なくともA組にはいないみたいだった。

 なら、わざわざ愛のある我が家に所属する精霊操術師だとバレるリスクのある行動はしない。沙鳥の言いつけもあるしね。


 ところでーー。


「翡翠はさ、わたしのことどこまでお父さんから教えてもらったの?」


 わたしが異能力に似た異能の力を持っていること、愛のある我が家という特殊指定異能力犯罪組織に属していること等、どこまで教えられたんだろ?


「えっ、その……パパはいじめを解決するために、微風瑠奈さんという女の子を転校生として呼ぶから仲良くして……とだけ言われました。まさか私より幼い子が来るとは思ってなくて……」

「おおぅ、それはあれ? わたしが年下に見えるって言いたいの?」

「あ、その、えっと……ごめんなさい」

「いやいいよ。周りからどう見られてるかなんて疾うの昔から自覚してるから。でも安心してよ、何としてでもいじめ問題は取り除くし、それまではクラスメートとして在学したままでいるからさ。ね?」

「あ、はい……ありがとうございます」


 おどおどしてて、やたら大人しい子だな~。

 クラスメートを後ろの席から観察していたけど、観察した限りじゃクラスで一番物静かで大人しいのは翡翠に違いなかった。


 世間で云うところのまさに陰キャに当てはまる。だけど、それを蔑称として他人に使うのはダメだ。

 しかもメガネーー眼が悪い身体的特徴を弄って、あまつさえ陰キャと繋げて陰キャメガネ。性格と身体的特徴を同時に侮蔑するためのようなあだ名だ。

 わたしだって無乳チビクソレズなんて言われたら相手を殺しかねない。


「翡翠はさ、どんな百合漫画読んでるの? 18禁だけ読んでいる感じ?」

「い、いえ、大半は全年齢対象の漫画です」

「へ~、どんな作品読んでるの?」


 ああ、このまま翡翠の家に居候させてもらえないかな~?

 それなら登下校どちらも守れるし、翡翠といじめを解消する策を相談しながら練れるのに。


 他より人気(ひとけ)の少ない道に曲がり、しばらく歩いたところで、道の先に林と金浦、そして厳つい高校生くらいの不良(ヤンキー)が三人、五人が待ち伏せしていることに気づいた。


 後戻りして道を変えるか考えたけど、明らかに不自然だし、わたしは不安な表情を浮かべる翡翠を連れて、そのまま道を真っ直ぐ進む。

 するとーー。


「このガキか、林をいじめたヤツは?」


 道に立ち塞がるように、三人組のリーダー格らしき学ランを着た巨漢の男が真ん前に移動しながら林に呼び掛ける。

 ああ、たしか族の彼氏がいるとかなんとか言っていたっけ。

 この男が林の彼氏ってわけか。

 本人に品性の欠片もないのに、彼氏まで品性がないとか、超お似合いのカップルじゃん。


 というか、林をいじめた?

 誰の口がいじめたんだと伝えたの?


「ああ、そうだよ(つよし)。この緑で洒落てる奴にやられたんだよ。なあ金浦?」

「うん。林ちゃん苛められて可哀想だったよ」


 金浦は泣き真似までし始める。


「る、瑠奈さん。逃げた方がいいと思います……」

「翡翠? いや、翡翠ちゃん。こういうクズは躾しないと永遠同じことを繰り返すんだよ? 教育してあげなきゃ」


 普段、沙鳥や舞香、朱音から口うるさく教育される側だけど、きょうはなにやら教育する側になれるみたい。


「んだとテメー! 舐めてんのか? なあ、おい?」


 巨漢の男ーー剛の怒りが沸点を越えたのか、わたしの胸ぐらを掴んできた。

 直後、掴み上げられる勢いをプラスして、全力で跳ねて剛とやらの顔面におでこを叩き込んだ。


「テメッーー!? ふざけーー」


 剛が胸ぐらからわたしを手放す。わたしは少し距離を取り、勢い良く股間を蹴り上げる。すぐさま鳩尾(みぞおち)めがけて掌底を叩き込み、追い討ちに喉仏を全力で殴った。


「はっーーはっ、はっ、うっ、くぅ……は、はッ!」


 金的と鳩尾、顔面、喉仏から来る痛みの交響曲に耐えられなかったのか、剛は悶えながら崩れ落ちて情けなく跪く。


「で? なにかわたしに用でもあるの? そういえばご自慢の彼氏を連れてくるんだっけ? どこに居るのかな?」

「なっ! お、おまえら剛のダチだろ!? こいつ倒せば美少女レイプできるぜ!? なあ! なに突っ立ってんだよ!?」


 彼氏に幻滅したのか、林は慌てた様子で剛の仲間らしい二人を鼓舞する。


「ナイフくらいあるだろ!? 武器使えよ!」

「お、おう!」


 不良Bはナイフを取り出した。殺す気はないのだろう。大抵は軽傷で済む腕に狙いを付けてナイフで切りかかってきた。


 ーー瞬間、パキンとナイフの刃が弾け、ナイフの柄と刃で真っ二つに別れた。


 ああ……なるべく精霊操術は使いたくなかったんだけど……。


「え……?」


 恐怖で怯えていた翡翠は、その現象を目の当たりにし困惑を表情に浮かべた。


「ま、待てよ……コイツ、愛のある我が家の構成員じゃねーか!?」

「俺は最初からそんな気がしてたんだよ! だから手出さなかったんだ!」


 剛以外の二人はわたしの正体を察したのか、若干パニック気味になった末、わたしに対して頭を下げてきた。


「す、すんませんでしたっ!」

「俺たち何も知らなかったんです! 許してください!」


 剛以外の不良二人は武器を放り捨て抵抗しないことを示唆する。


「な、なにやってんだよテメーら! まだ剛がやられたわけじゃねーし、武器もあるし、三人もいるのになんで頭下げてんだよ!? 剛、おまえの連れてきた族の仲間、裏切っちまったぞ!?」


 剛はようやく安定してきたのか、その場で立ち上がりわたしに頭を下げた。

 そりゃ、暴走族やヤクザなら愛のある我が家の噂くらい耳にしているだろうし、見た目の写真以外の情報は調べようとすればいくらでも調べられる。


「はあ!? 剛、なにビビってんだよ!?」

「あの……愛のある我が家ってことは、豊花さんってひと、所属して……ますよね?」

「え? 豊花の知り合いなの?」


 酷い知り合いだ。豊花の交友関係どうなっているの?


「そうっす……あの、このことはくれぐれも豊花さんには……その、二度と逆らわないので、伝えないでくれませんか?」

「別にいいよ。ただ、豊花の友達にしては終わってるね? そもそもそこの林ってヤツになんて言われたの?」


 混乱している林と金浦を横目に質問する。

 豊花の仲間が無害な女の子に対して襲いに来る奴らだとは思いたくなかった。


「林が、貴女に酷いいじめを受けていると言われて」

「そーだよ! なにやってんだよ剛!?」

「あのさ、わたしが林たちがいる学校に通い始めたのは今日なんだよ? 初日からいじめる転校生なんて普通居ると思う? そもそも林がわたしの隣にいる翡翠を一年生の頃からずっといじめつづけてるの。聞いてないの?」

「は? いえ、初耳です……え、その子をいじめていたんですか? 林が?」


 剛は林にギロリと目を向けた。


「ち、ちがっ、ちげーよ! 微風! 嘘つくんじゃねーよ!」

「ほ、本当です!」翡翠が口を挟んだ。「一年生の頃からずっと苛めてきてて、無理やりトイレの水飲まされたり、虫を食べさせられたりしてきーー」

「黙れや陰キャメガネ! 嘘だよ嘘、剛、こいつら結託して……」

「……」


 剛は林の前に近寄ると、肩を強く掴んだ。


「陰キャメガネだと? テメー、よくも今まで俺を騙してくれたな?」

「ちがっ!」

「二度と俺に声かけんじゃねーぞ? 腐れ豚野郎が」


 剛は再度わたしに頭を下げると、服を引っ張る林を力付くで引き離し、仲間を連れてこの場から立ち去っていった。

 茫然自失している林の肩を叩く。


「じゃ、楽しい楽しい女子会しよっか?」


 金浦は体を震わせたまま身動きしない。


「ま、待って! あたしは林に逆らえなくて言いなりになってただけなの! お願い、信じて!」

「なっ!? テメー金浦裏切んじゃねーよ!」

「まあまあ、楽しい女子会なんだからさ。ね?」


 さて、どうしたもんかな?

 嘘臭いけど……。

 横目で翡翠の様子を見る限り、林に対しては常に恐怖心を見せていたけど、金浦に対しては今のところ恐怖を抱いている仕草が見てとれない。


 いじめをなくすにはーー最適解として金浦が本当はどう思っているのか知ることが重要な気がする。

 ここで、もしも金浦が嘘ではなく本心からそう思っているなら、学校内でわたしが去ったあとも林は何の後ろ楯もなく、金浦が翡翠側につけばいじめられる事態になる可能性は低くなる。


「さっ、二人とも地べたに座ろっか?」

「……」


 林と金浦は恐怖からか、素直にわたしの言うとおりにした。

 わたしはスマホを取り出して沙鳥に電話する。


『連絡が来るとは思っていましたが、早いですね?』


 連絡が来ると思っていた?

 少なくとも、わたしが沙鳥に頼るだろうって想定していたの?


「ちょっと一人、いじめっ子の心覗いて嘘ついていなーー」

『承知しています。今すぐ舞香さんの力を借りて現場まで行きます』


 そう言い終えると沙鳥は通話を切った。

 わたしの居場所は互いの居場所がわかるGPSをスマホに入れているから向こうにも伝わっている。


 数分待つと、近場に舞香と沙鳥が姿を現した。


「この座っているお二人ですね? どちらでしょうか?」

「こっちの金浦ってほう。もう一人の林ってひとに脅されていただけで、いじめる意思はなかったらしいけど、本当?」


 急に現れた沙鳥と舞香を見て、金浦と林だけじゃなく翡翠まで動揺しているように見えた。

 そりゃそうなるよ。わたしの素性を知らないんだから、このいきなり現れた仲間二人はなんなんだってなる。


「ーーなるほど。そういうことでしたか」沙鳥はわたしに振り向く。「こちらの金浦さんという方は、まあ、嘘は吐いていませんね。むしろ小学校時代は白河さんと仲がよかったようです」


 驚愕の事実にびっくりしてしまった。

 元友達にあんないじめをしていたのか……。


「複雑な事情に関しては、本人から訊いてください」沙鳥は林に顔を向けた。「……さて。私の仕事は終わりました」


 確実に林の思考や感情を読んだ筈なのに、沙鳥はなぜか口にしなかった。


「林さんとやらに伝えておきます。貴女の背後に暴走族がいるのと同じように、これから我々“愛のある我が家”が白河さんの後ろ楯になります。何かしてきたら必ず報復活動を行いますので、努々お忘れなきようお願いいたします」


 は?

 白河翡翠個人の後ろ楯になる?


 ちょっと待ってほしい。

 わたしは沙鳥の視界に入るように割り込み目を向ける。読心させるためだ。


 ちょっとちょっと、沙鳥?

 たしかにいじめは悪だし今回の依頼内容だけど、依頼されたのはいじめの解消でしょ?

 多分、金浦が本心から風見鶏していたなら、もういじめは解消されると思うよ?


『ええ。依頼内容は“白河翡翠に対するいじめの解消”です。ですが私の目的は異なります。これだけでは弱いですが、貴女にはあと10日ほど翡翠さんの護衛を続けてもらいます。その先でおそらく私の目的は果たせるのです』


 いまいち沙鳥の目的とやらが見えて来ない。

 依頼内容はいじめ解消だけど、沙鳥の目的は別にある?


「では、私たちはこの辺で」

「じゃあね、瑠奈。引き続き頼むわよ?」


 舞香と沙鳥はそう告げてくると、そのまま姿を消してしまった。


「……なんなんだよ愛のある我が家って。テメーは……いったいなんなんだよ?」


 少し落ち着いてきたらしい林は、悔しそうな表情を顔に浮かべながら、今しがた耳にした言葉について訊いてきた。


「異能力犯罪組織って知ってるでしょ?」

「……異能力者が犯罪するために集まってる組織だろ? ヤクザとか半グレとか、そういうーー」

「おおかたそのとおり。現在日本で一番有名な特殊指定異能力犯罪組織ーーそれが“愛のある我が家”だよ」


 林はそれに対して驚いたのか唖然としたが、すぐに頭を左右に振る。

 金浦と翡翠は沙鳥が『愛のある我が家』と口にした時点で、既に悟っていたのか、多少は驚きを表情に浮かべるが、林ほど混乱していない。


「見え透いた嘘つくんじゃねーぞ! テメーみてーなガキが日本を救った犯罪組織愛のある我が家の一員だぁ? 舐めるのもいい加減にしやがれ!」


 林は唾を飛ばすほど激昂する。


「信じるも信じないも別にいいけど、なんにせよ、これから翡翠に危害が加えられる事があったら、沙鳥が断言した以上は有言実行ーー数倍に膨らんだ報復を受けることになるからね? わたしは忠告したから、あとは自己責任だよ」ただ、と付け加えた。「少なくともヤクザーー特に敵対してる最神一家系列のヤクザからは凄く警戒されてる極悪組織だから。翡翠に危害を加えるならそれを踏まえて覚悟しなよ?」


 そもそもニュースで一時報道されたのに、わたしや舞香、沙鳥の顔を見ても愛のある我が家と繋がらないのか疑問を抱く。

 いや、そういえばわたしの見たニュースでは顔は映されていなかったかな……。でも、それよりまえに神造人型人外兵器時に短時間報道されたときには顔が全国に晒されていたような気がする。

 顔くらいは皆知っていると思い込んでいたけど、自意識過剰だったのかな?


「ッ! おい金浦! とっとと帰るぞ! 白河、微風、テメーらはぜってーに潰ーー」

「は? なんであんたなんかと帰らなくちゃならないわけ?」


 金浦は林を睨みながら、多分本心らしき言葉を口にした。


「ああ!? んだと、テメービビってんのか?」

「あんたなんかもう怖くないから。あとさ、二度と話しかけないでくれない?」


 林は茫然自失となったのか、しばらく佇んだあと、言い返す気力もなくなったのか、トボトボ歩きひとりこの場を立ち去った。


「……」


 金浦はそこから無言で、気まずい空気が一時流れる。


「あ、あの、瑠奈さん。本当にあの愛のある我が家の一員なんですか……?」

「ネットでは肖像権の問題とかであまり見かけなくなったけど、探せばあると思うよ。サーフェイスウェブでもモザイク越しになら見つかるし、ダークウェブになら諸に顔写真くらい探せば見つかると思う。……幻滅した?」

「あ、いえ、あの、その……」


 翡翠は答え難そうに言葉を詰まらせる。

 まあ、仕方ない。

 仕方ない事だけど、これでハーレム加入は不可能になっちゃったかもね。

 言い淀む翡翠を尻目に金浦に対して言葉を投げた。


「金浦、どんな事情があっても、いじめる側に加わるのは本当にダメだよ? 沙鳥の言うことが確かなら仕方ない面もあったのかもしれない。けど、金浦も林と一緒に翡翠を苛めていた事実は確たるものなんだよ。もう二度と似たような事は繰り返さないようにね?」

「ま、待ってください」翡翠がまるで金浦を庇うように口を挟んだ。「金浦さんはたしかに林さんと行動を共にしていました。だけど、直接的に手を出されたことはなくて……」

「林と一緒に金浦も翡翠を嘲笑してたじゃん?」

「でも、それでも……金浦さんは率先していじめようとしていたわけじゃなくて」

「……」


 金浦は無言で否定も肯定もしない。

 なんで翡翠がこんなに金浦を庇うのか、わけがわからない。

 まるで責めているわたしが悪者じゃんか……。


「わかったわかった。もう帰ろ?」

「あ、はい。金浦さんも一緒に」

「……うん」


 翡翠は座ったままの金浦に手を差し出し、金浦はそれを弱々しく掴み立ち上がった。


 うーん、謎すぎる。

 翡翠が聖人過ぎるだけなの?

 それともなにか別の理由でもあるの?

 親同士が仲良いとか?

 うーん、考えてもわからない。ま、いっか。


 それより、沙鳥は最初からこうなることをある程度予想していたみたいだ。

 それに考えてみれば、沙鳥は最初から『いじめを無くすこと』じゃなくて『翡翠がいじめられているのを解決すること』を依頼だと言っていた。


 わたしは勘違いして『いじめ問題を解決すること』に拘ってしまっていた。

 翡翠がいじめられなくなっても、林と金浦が別のヤツをいじめ出したら無意味だーーなんて無意識で思っていたくらい。


 けど、そんなこと沙鳥は一切言っていなかった。


 沙鳥から直接聞いて、今ようやく認知の不協和が解消された。

 わたしと翡翠、金浦の三人で帰路に着き、途中で金浦と別れた。その際に、翡翠は『また明日……』とまで伝えていたのだ。もはや無気力で呆然としたままに見える無言の金浦に対してーー。





(runa.7)

 ーー三日経過した日の昼休み。

 三日前の夕方からじゃ考えられない光景がわたしの視界には広がっていた。

 翡翠の席に机を付けて一緒に昼食を食べるのは変わらないけど、そこに金浦も加わって、なんと翡翠と談笑までしているのだ。


 二日前、予想はしていたが林は登校してこなかった。

 しかし金浦は登校してきて、翡翠から挨拶しに行き、恐る恐るといった様子で金浦も挨拶を返した。

 そこから次第に会話の頻度が増し、きょうに至っては昼食まで一緒に食べる仲になっていた。


「昨日のドラマ見たー? あれ凄いつまらなくない?」

「最初は面白かったんですけどね……」


 金浦と翡翠の会話に混ざれない!

 ドラマなんてほとんど見たことない!

 生まれてから、娯楽は百合漫画や百合同人誌、百合エロゲ、読んでも男が一切あるいはほとんど登場しない日常系漫画しか嗜んでいない!


「微風、本当の本当に愛のある我が家のメンバーなの? いろいろ調べてみたら確かにあんたらしき姿を見つけたけど……異能力者で能力は風の刃で切断するとか物騒なこと書かれてたよ? ガチ?」


 なんじゃそりゃ。

 たしかに愛のある我が家だけど、わたしが異能力者で、さらに風刃で相手を切断だけ?


「半分本当で半分嘘かな? 愛のある我が家だけど、わたしは異能力者じゃない。でも、異能は使える。風を操る能力だからその一端が風の刃ってだけ」

「切断するのは本当なんですか……」


 翡翠が少し引き気味に苦笑いする。

 この学校に居るのも残り7日か。

 最初は面倒なだけだと思っていたけど、意外と居心地が良くて少しだけ惜しくなる。まあ、林がいないのが前提なんだけど。


 とはいえ、さすがにもう林は手出しできないでしょ。

 後ろ楯だった暴走族の彼氏に振られ、金浦に裏切られ、学校では金浦以外からは避けられていたから、今のままじゃ完全孤立状態。ああいう輩はそれに耐えられないと思うし。


 これなら、わたしが居なくなったあとも翡翠がいじめられることはないだろう。

 でも結局、沙鳥は何のために10日間くらいは通い続けろと言ったんだろう?

 なにか目的があると言っていたけど……。




(runa.8)

 そうしてつまらない授業ーー歴史や国語ならついていけるけど、数学なんて算数すら怪しいわたしには理解できない意味不明な暗号ーーを終えて、今までどおり帰宅することにした。

 この三日間、自宅が割りと近いのか金浦も一緒に三人で帰宅するようになっていた。


「風を操るって、微風は例えばどんなことができるの?」

「例えば? うーん」普段の精霊操術の使い方ならーー。「それこそ風を圧縮した刃で相手の肉体を切断したり、空を飛んで移動したりかな?」


 とはいっても、空を飛ぶのはなるべく控えている。沙鳥の言い付けもあるし……まあ、急いでいるときはだいぶ高度を取って垂直に浮上してから飛行移動したりはするけどね。

 異世界(あっち)なら風の精霊操術師が空を飛ぶのは上級精霊操術師になるには必須技術だし、あまり高度を取らずに下界の民に見えるように飛んでも実害ないけど、現実(こっち)だとそうもいかない。


「空を飛べるんですか……その、便利ですね」

「便利だけど、あまり使えないんだよ。わたしたちは犯罪集団。悪目立ちしたら組織が行動しにくくなるし」


 ただ、愛のある我が家という名前だけは一般市民にまで浸透してしまった今、目立たないようにする意味が果たしてあるのかは正直疑問だ。

 と、三日前に林たちに待ち構えられた道に曲がる。

 ここは道幅の割には人気(ひとけ)が薄いから一応警戒しておく。まあ、林一人でなにかできるとは到底思えないけど……。


 しばらく歩いた直後、背後から勢い良くバイクが迫る音が辺りに煩く響いた。

 すぐに振り返ると、バイクに二人乗りした成人男性らしき二人が、わたしたちに向かって突進してくるのが視界に映った。


 わたしたちは三人並び、翡翠が真ん中に来るよう左右を金浦とわたしが挟むように歩いている。

 そのわたし側にバイクが近寄り、バイクの後ろに乗っている男が手にしたバールでバイクの勢いを乗せてわたしに殴りかかってきた。


「ーーッ!?」


 反射的に展開した風の膜がバールを弾き、その衝撃で男が一人バイクから飛ぶように転がり落ち地面に倒れる。


「ひっ!?」

「な、なんなんだよコイツら!?」


 翡翠と金浦は恐怖心から悲鳴を口にする。

 バイクを操縦していた男が停止し降りると同時に、少し遅れて二台目のバイクに乗った三人目の男が走ってくるなりバイクから降りる。


 倒れた一人含め、全員ヘルメットを被っており顔が見えない。

 最初は疑ったが、背丈や体格から、三日前の暴走族三人組とは別人だと判断した。


 直後、男の一人が翡翠めがけてバールを振り下ろす。

 すぐに翡翠に対してマナを飛ばし、風の膜を展開した。

 しかし、安全になった翡翠を金浦が庇うように身を呈した。


「うっッ!!」


 金浦の背中にバールが直撃し、金浦は痛みから鈍い声を漏らす。


「ちょちょちょっ! 翡翠はわたしが守ってるから」安全だと言う前に、わたしの能力の一番の本領と云える風壁によるガードを伝えていなかったことを振り返り言葉を止めた。


 慌てて金浦にも風壁を展開し、咄嗟に翡翠だけに能力を張った事を後悔する。

 わたしのミスだ。来るのを察知したのに、守るべき人が居るのを認識しつつも、普段ひとりでいるときと同じ感覚のままでいて油断していた!


 反省するのと同時に、魔力を込め狂風を纏った拳で男の腹部を殴り、喉を突く。

 男は苦しそうに首に両手を当てながら倒れ伏す。


 残った一人の男が逃げようとするが、狂風を纏ったままの拳で背中を殴り吹き飛ばす。男は顔面から地面にぶつかる。

 切断しないように手加減しているけど、殺さない程度には本気だ。

 最初にバイクから転倒した男の首と鳩尾を強烈に突き、しばらく立ち上がれなくする。


「ごめん……っ、ごめん……! あたし……最低だよね……ごめんなさいっ……」


 翡翠にもたれ掛かりながら、金浦はなぜか泣きながら謝罪を繰り返していた。

 わたしは男たちのヘルメットに向けて風刃を放ちバラバラに砕く。


「やっぱり。コイツら見たこともない輩だよ。いったいどういうこと?」


 三人とも見た感じだと、未成年、20代半ば、30代の男で、年齢がバラバラの見知らぬ男たちだった。

 わたしは警察に通報しようか迷い、さきに沙鳥の指示を仰ぐことにした。

 過剰防衛だとか異能力者が異能力を使ったとか勘違いされ、下手したらわたしまで捕まってしまう恐れがあるからだ。


「ううっ……」


 泣いたまま苦痛に顔を歪める金浦を抱きながら、翡翠はゆっくり座らせ痛まないように横に寝かせた。


(みやび)ちゃん……」


 沙鳥に連絡しつつ、雅ちゃんって誰? と一瞬思い、そういえば金浦の下の名前を知らなかったな、とふと気付く。


『もしもし。瑠奈さん、襲われでもしましたか?』


 沙鳥は開口一番そう発言した。


「へっ? いや、そうだけどさ……なんで知ってるのさ?」

『それは置いときまして。なにか対処しきれない事態でも発生しましたか?』

「うん、そうなんだけどーー」


 わたしは倒れた男たちを監視しながら、沙鳥に現状を説明した。


『わかりました。とりあえず“警察には”こちらから事情を説明した上で通報しておきます。瑠奈さんは救急車を呼んでください。煌季さんは北海道支部ですし……金浦さんに後遺症が残った場合のみ手配します。今から舞香さんを現場に向かわせますので、瑠奈さんは別行動してください』

「は? この状況を放置していいの?」


 たしかに舞香がくれば暴漢共は暴れられない。けど、救急車を待たずに、翡翠と負傷した金浦を放置して別行動しろって?


『いま舞香さんに個人的に繋がーーいえ警察に通報していますから、舞香さんが到着したら、あなたは林さん宅に向かってください。住所はーー』


 まるで予めこうなることがわかっていたみたいに、沙鳥は用意周到な指示をしてくる。

 林の自宅?


「待って待って。林が関係あるの?」

『99%、ほぼ確実に主犯は林という方です。警察に引き渡し取り調べを受けさせ、主犯が林さんであるのを確定させますが、あなたは事前に林さん宅に向かい事情を話すと共に親を脅してください。和解を飲むならばと伝え、肯定したら再度私に連絡を。報復として相応の対価を支払ってもらいます』


 ふと、そういえば沙鳥はあのとき、林の精神ーー心も覗いているような様子を見せていたのを思い出した。

 あのときに沙鳥はなんらかの情報を把握したのか。

 だったら最初から教えてくれればいいのに……。


「翡翠、悪いんだけど救急車を呼んでくれないかな? 見た目以上にダメージ入ってるかもしれないから」


 背骨に全力で振っただろうバールの強打が入っていた。下手したら後遺症が残る恐れだってある。


「は、はい。わかりました!」


 翡翠はすぐにスマホを取り出すと、すぐに耳に当てあたふたしながらも電話口に説明を始めた。

 と、直後に舞香が付近にスッと現れた。


『では、頼みましたよ』


 沙鳥はそう言い残すと通話を切った。


「瑠奈、ここは任せて。白河さんには負傷した金浦さんに付き添ってもらうから、あなたはあなたの仕事をしてね。私はこの人らを警察に引き渡すから」


 舞香は金浦に近寄り様子を見ながら、私に対してそう告げてきた。

 なにがわたしにしかできない仕事だ。

 結局は沙鳥主導で、沙鳥の思惑通り事が進んでいるじゃんか。


「翡翠、ごめんだけど、ちょっとやることができたから。そこの舞香ってひとに従って」


 不安そうな表情で見上げてくる翡翠に対して、「大丈夫。そのひとはわたしの仲間だから。言う通りにしておけば問題ないよ」と伝える。

「わ、わかりました……」


 一瞬で恐怖と困惑、混乱からの不安まで一気に体験しただろう翡翠は、おそらく今、パニック状態で上手く思考できないと思う。

 だからこそ、どうにか安心させるようなーー少しでも冷静になれるよう、やさしい口調で伝えた。


 ーーさて、と。


 わたしはわたしの仕事を果たすとするかな。





(runa.9)

 沙鳥に教えてもらった林の自宅前まで到着する。

 見た感じ裕福そうな一軒家である。

 わたしはチャイムを鳴らし、しばらく待つ。


『はい? どちら様でしょうか?』


 母親らしき声がインターホン越しに聴こえる。


「林さんの同級生ですが、少し相談したいことがあって来ました。林さんのいじめについてなので、お母様とだけ相談したいことがあるのですが……」

『ーーわかりました。いま開けますね』


 これぞ単なる中学生低学年の体躯、制服、無害そうな幼いフェイスの力だ!

 もしもこれが、沙鳥や舞香だったら絶対に警戒されて不審に思われていたでしょ!


 少し待つと、林の母親らしき人物が玄関を開けた。

 わたしはそこで少し本性を見せる。

 玄関の脇に足を差し出し、閉じられないようにしたのだ。


「あの、うちの娘になにがあったのか……全然娘は教えてくれず困り果てていたの。沙絵(さえ)の友達なら、なにがあって沙絵が学校に行かなくなったのか、教えてくれないかしら」

「もちろんそのつもりだよ。ただし覚悟して聴いてね?」


 私はこれまで林がしてきたこと……一年生の頃から翡翠という同級生をいじめつづけ、二年になっても同じクラスになり継続的にいじめつづけてきたことを初めに伝えた。


「えっ!? ……髪を染めたり、私に対して暴言吐いたり……単なる反抗期だと思っていたけどーーいじめ? 同じクラスの子にそんな酷いことをしていたの?」

「そ。担任から一度怒られているし、担任に連絡すればいじめていたことはわかるよ。てか、あの佐藤って教師、親にも伝えてないのかよ……でさ? ここからが本題なんだけど、さっき同級生って伝えたけどさ、私が大精霊学園中等部に転入してきたのは三日前。無論、単なる転校生じゃないよ? わたしの正体と、林がしてきたこと、それに対する報復も場合によっては行うからさ、しっかり聴いてよ?」


 わたしは少しずつ圧を与える口調にわざと変え、態度にも示す。林家の娘がなにをしたのか、わたしがなんなのか、これからなにが始まるのか、きっちり理解してくれるように。


「わたしはさ? 林が翡翠にしているいじめーーいや暴行から翡翠を守るために派遣された、愛のある我が家って組織の一員なんだよ。聞いたことあるでしょ? 愛のある我が家」


 愛のある我が家と耳にした林ーー沙絵の母は、うっすらニュースなんかで知っているだけではなく、特殊指定異能力犯罪組織だという情報も認知していたのか、次第に顔を青く染めていく。

 わたしは、翡翠がいじめられるのを制止したこと。そしたら暴走族を連れて報復に来たことを伝えた。


「そして今日、いまさっきのことなんだけど、バールを持った男たちに襲撃されて、翡翠を庇った金浦が殴られて負傷を受けた」

「そ、それに……沙絵が関わっているって……言いたいの?」

「十中八九、いやほぼ100%関わってるよ? 愛のある我が家には相手の思考や心理を読心できる異能力者が所属してる。そいつが林を見て確信してたからね。ーーいま実行役の男たちは警察に引き渡されただろうから、証言や物的証拠が発覚するのも時間の問題だよ?」


 沙絵の母は震えながら、わたしの言葉を待つだけになってしまった。


「林には翡翠の後ろ楯に愛のある我が家がいる。だから次になにかをしでかしたら報復すると伝えたから、認識しているはずだよ? それなのに無視して好きにやられて……報復(カエシ)をしなくちゃならないんだよこっちも。例えばーーおまえの家が不審火で燃えたり、夫やおまえが不審な死を遂げたり……」

「お、脅すつもり……? た、たしかに娘がしたことは許されない行為かもしれないけど、それは警察が解決してくーー」


 ガンッ!

 と玄関を強く殴る。


「警察に頼るならご自由に。でも、そしたら一家まるごと失踪して、警察は全力で事件解決に努めた結果永遠に解決できません~って態度を取るだろうなぁ? ーーこちとら散々悪事を成し、人殺しにも慣れてんだ。なのに愛のある我が家の構成員は一人たりとも捕まっていないの不思議だよな~なんでだろうな~? その理由くらい、少し考えりゃわかるだろ? なあ?」


 久しぶりにキレた口調をする。本心からキレたときを真似ているけど、やっぱりどこか中途半端になる。でも、むしろこのくらいのレベルのほうが脅しには最適な気がした。

 わたしは震えて返事が来ない沙絵の母親のいる床に向かい、風刃を飛ばし亀裂を入れた。同時に玄関の内側にも風刃を飛ばし、縦に大きな亀裂を入れた。切り裂く音がギンッと響く。


「ーーだけど、こっちには話し合いに応じるつもりもある。和解したいなら、その条件はわたしたち愛のある我が家のリーダーに聞いてね?」

「わ、和解したら、その……報復みたいなことは……」

「しないしない。わたしたちは約束は守るし、ヤクザみたいにズルズル絞り取る真似もしないからね」


 沙絵の母親が頷くのを見て、わたしはスマホで沙鳥に繋いだ。


「沙鳥、和解したいってさ?」

『わかりました。林さんに渡してもらえます? ああ、母親のほうへです』


 わざわざ言われなくてもわかってるってば……。

 わたしは沙絵の母にスマホを手渡した。

 それを耳に当て、弱々しく「あの、沙絵の母です……」と口にした。

 スピーカーにしていないからわたしには沙鳥の声が聴こえないが、沙絵の母は何度か、「え……?」や「はい……はい……」と繰り返す。


 てか、林……沙絵って名前の見た目じゃないでしょ。名前だけなら可愛いのに……。


 しばらくすることがなくて佇んでいるうちに、最終的に沙絵の母は「わかりました……それでお願いします」と口にし、近場にあった適当な紙になにかをボールペンでメモしたあと、わたしにスマホを渡してきた。


「沙鳥?」

『和解条件を飲んでくれました。もう瑠奈さんの仕事はこれにて終わりです。もう帰ってきてもらって大丈夫です。学園からも立ち去ってください。こちらから学校へは説明しておきます』

「は?」


 唐突すぎる。

 まだ翡翠とだって話したいのに、まだ10日も学校へ行っていないのに、途端に仕事はこれで終わり?

 ちょっと納得できない。


 と、いきなり「て、テメー、なんでうちに!?」と家の奥から林がーー沙絵が飛び出してきた。


「……あんた。ちょっと言いたいことがあるから」


 母親は沙絵に対して冷淡な表情で声をかける。


「うるせーババあッ!?」


 娘は吹き飛ぶんじゃないかと思うくらい強烈に、母親からビンタを食らう。


「あんたのせいで……あんたのせいで! 私の教育が間違ってた……!」


 沙鳥からなにかからくりを聞いたのか、たまたま右手に持っていた沙絵のスマホを力ずくで取り上げるなり床に叩きつけ、思い切り何度も踏みつけ画面をバキバキにしていく。


「なにしやが」

「黙りなさい! 二度とネットはやらせないわ! スマホも禁止!  お父さんが帰ってきたらたっぷり説教するから! あと今後の進路についても! 本当……我が娘ながらなんてバカなのッ!?」

「いや! そいつが悪くてーー!」

「言い訳ばかり嘘ばっかり暴言ばっかり! 本当はねぇ今すぐあんたなんて殺したいくらいなのよ!? わかる!?」


 母親の怒声と沙絵の悲痛な叫びを背後に、もうここには用はない、とわたしは林宅から立ち去った。





(runa.10)

 わたしは翡翠の自宅前で待っていた。

 もう夕暮れも過ぎ、辺りが暗くなりだした頃、翡翠が歩いてくる姿を確認した。

 同時に向こうもわたしを認識したのか駆け寄ってきた。


「瑠奈さん? あの、どうしたんですか? その……大丈夫ですか?」

「なにが? わたしは平気だよ。それより翡翠に伝えたい事と訊きたい事があったから、ちょっと待ってた」


 沙鳥の命令に対する不服が表情に表れていたのか、翡翠は心配そうに訊ねてきた。

 それよりも、連絡先を交換していなかった翡翠と会うためには、ここで待っているのが一番手っ取り早いと思ったのだ。


「それなら明日、学校でもいい気が……」

「ごめん。伝えたいことはそれに関係するんだ。わたし、もう学校から居なくなる事になっちゃったから」


 ーー翡翠に対するいじめは限りなく再発しないと判断されたから……。

 そう伝えた。


「え! い、いきなりですね……まだ四日? くらいしか過ごしていないのに」

「そ。だからちょっと、わたしは上司にぷんぷん怒り中」

「そういうことだったんですね……」翡翠は続けて問う。「訊きたいことって、なんですか?」


「金浦のこと」

「あの、すみません……雅ちゃんは母親が代わりに病院に来たので、詳しい負傷とかは……」

「違う違う」


 わたしが訊きたいのは金浦の怪我の具合じゃない。

 翡翠は金浦のことを雅ちゃんと下の名前で咄嗟に呼んでいたし、いまだって金浦さんじゃなく雅ちゃん、だ。

 わたしが想像していた昔友達だったらしい翡翠の金浦のイメージは、単なる付き合いの少ない友達のひとり。けど、実際には、どうやら違うようだと思い気になっていた。


「金浦とは初等部まで友達だったんだよね? どんな感じだったの?」

「……雅ちゃんとは、瑠奈さんとみたいに、下の名前で呼び合う友達……いいえ、親友でした」


 翡翠は金浦との馴れ初めを説明してくれた。


 翡翠と金浦は、互いに友達が少なく、3年生の頃にちょっとしたきっかけで会話し、次第に仲良くなっていったという。常に二人で会話し、悩みも相談したりして、二人で遊びに出かけることもあり、お互いの家も知っていて遊びに行ったこともあるらしい。


 常に二人で帰り聞いた限り凄く仲がよかったが、中学一年生のときに、狂暴な性格から孤立しそうでいた林に例の同人誌を見られ、金浦を脅し一緒になって翡翠をいじめるようになっていった。

 しかし、金浦は一切手出しをせず、常に言葉で林に同意するような発言をしていただけで、常に手は出さずに傍観していただけだったようだ。


「うーん、たしかにその話を聞くと金浦にも同情する余地はあるけど。でもさ、結局言葉では嘲笑してたじゃん。身近で手を出さず嘲笑うだけの存在って、わたしからしたら直接手出しをしないぶん、林と同じくらい嫌な奴に思えるんだけど?」

「……み、みんながみんな、瑠奈さんみたいに強くはないんです! ……あっ、す、すみません」

「なるへそ、それはわたしが悪かった」


 わたしは学校に通ったことも、いじめ加害も被害も調べた知識だけで、よく理解していない。

 だから、わたしなら殴り倒すのにーーなんて考えてしまうし、いじめを見つけたら止めるべきだと考えちゃう。

 けど、それはわたしが精霊操術という“ちから”があるからこそなのかもしれない。


「……少なくとも、あのとき本気で謝ってくれて、庇ってくれて……雅ちゃんに対するモヤモヤは晴れました。わたしが本気で許せないのは、雅ちゃんをああするしかできないようにして、わたしをいじめた林さんだけです」

「そっか。なら、もう大丈夫だよ。林は多分、二度と学校には来ないだろうから」


 朱音の言っていた謝罪の重さが実感できる事例だった。

 おそらく金浦は謝るような性格じゃなかったし、口癖のように謝ることはなかったと思う。

 だからこそ、あの場で行動で示し謝罪を言葉にしたことで、金浦の謝罪が本心からだと翡翠に伝わったんだろう。


 まあ、誰もが謝罪で許すひとばかりなわけはないと思うけど。

 いくら本気で謝っても、許せないことはこの世にはいっぱいあるもん。


「その……ありがとうございました。瑠奈さんのおかげで……いろいろ解決しました」

「うん。短い付き合いだったけどーーいや、一応、わたしは翡翠の後ろ楯のままなんだから、これから長い付き合いになるのかな?」


 わたしはスマホを取り出す。


「電話番号教えてよ。あとメッセージアプリのIDも。なにかあったら気軽に連絡してほしいし」

「え? ……わ、わかりました。あの、ありがとうございます」


 わたしはようやく翡翠と連絡先を交換できた。

 でも、結局はあまり好感度稼ぎはできなかったかな……翡翠と金浦の仲が予想以上に良いことがわかっただけな気がする。


 わたしは翡翠にさよならと告げて、愛のある我が家の住み処ーー沙鳥の下へと向かうことにした。




(runa.11)

「沙鳥! いったいぜんたいどういうことなのさ? 林とはどういう和解をしたの? なにが目的だったわけ?」


 愛のある我が家のメンバーの一部が住む場所、コンビニ上のマンションの一室に入るなり沙鳥に捲し立てる。

 結局、依頼とは別の沙鳥の目的とやらが一切わかっていない。


「元々は政界との繋がりを磐石にするのが目的でした。ただ、いじめ問題の解決だけだと少々繋がりが弱いですし、向こうも負い目を感じない可能性があったのです」


 沙鳥は、詳細を語りだした。

 白河議員とは、元々連絡先を知っている程度の繋がりしかなかったが、あの災いを齎す者を打倒したあと、娘がいじめられているのをなんとかできないかと相談を何度か持ちかけられたらしい。

 白河議員がなぜ直接学校に苦情を入れないのか、それは憶測は可能でも詳しく聞いたわけじゃないという。

 沙鳥は国会議員ーーそれも与党の議員と強いパイプをつくるため、依頼を承諾した。


「ただ白河議員に恩を売るには、私も弱い依頼だと感じていたのです。恐らく早い段階で私が瑠奈さんに呼ばれるだろうと予測は立てていました。どのような手段を講じようと、最終的に本心を覗かなければ二度といじめないなど迂闊な判断はできないからです。それに、瑠奈さんのことですから、荒く問題解決しようとするでしょうから」

「なるべく穏便に済ませようと努力してたよ?」

「結局は凄まじい荒事になりましたけどね」


 言葉に詰まる。

 でもそれは……。


「いじめの主犯()が想像以上にヤバいヤツだったからじゃん」

「そうですね。私たちから“ヤバいヤツ”呼ばわりはされたくないでしょうが……」沙鳥は一言多い!「ですが、林さんを読心した際、確信が持てました。なにせネットで繋がった仲間に報酬を渡して瑠奈さんたちを襲うよう依頼すると怒り心頭でしたから」

「だからかい……」

「深層心理まで読み、この方なら確実にやらかしてくれるだろうと確信を持てました」


 そして、実際にきょう、襲われることになった。

 そのせいで金浦は負傷したけど……翡翠は守りきれた。


「そうです。下手したら殺されていたかもしれない状況で“愛のある我が家”が自分の娘を命を賭けて助けた事実が残りました」

「……どう考えてもわたし自身の命は一ミリも脅かされていないじゃん」

「結果を見れば白河議員は私たちに大きな恩をつくったのです。おまけに白河議員と娘ーー白河翡翠さんの後ろ楯になると伝え、代わりに力を貸してほしいときは力を貸してもらう……こういった流れに持っていけたのです。私の目的である政界との繋がりを増やす目的は果たせました。おまけに」

「おまけ?」


 と口にした段階で、なんのことだか察した。

 金浦だ。


「金浦一家に対して報復しない、娘が警察に厄介にならないように工作する代わり、即金で1000万円ほどいただきました。そして、被害者の金浦さんに対し慰謝料のようなものとして、なるべく騒ぎにしないよう今しがた100万円ほど、私たちが支払うと伝えたところです。無論、後遺症が残るレベルの怪我なら治療(回帰)異能力者(煌季)を派遣するとも」

「林に対してもドン引きしたけど、沙鳥に対して、今もっと引いたんだけど……」


 すごいゲスい。

 翡翠を助けて守り、後ろ楯になると言い、代わりに政界と繋がる利益を手にする。

 そのついでに、林に対して迷惑料としてお金を要求し利益を得る。その迷惑料から僅かに金浦に払い、騒ぎにならないよう静めた。


 多分、あの男たちは暴行罪で捕まるだろうけど、沙鳥ならあいつらからも絞りとりそう。


「いえ、そういったお金で犯罪を働く輩にはお金がありません。甘やかされて育てられた裕福な家庭の林さんのような方からのほうが、金銭を吸い取るのが容易です。お金がなければいくら脅そうと払えませんし、しかも男性では身体で稼ぐこともままなりませんからね」

「その読心常にやってるの? ちょっと気持ち悪いよそれ」


 翡翠と早々に別れることになった私は、文句とばかりに悪態をつく。


「あなたが、いえ、愛のある我が家の面々が想像しているより、遥かに深い部分まで読めますよ。思考だけでなく、心も、精神もーーなんせ、“精神”干渉系の区分では最()の能力ですからね」


 たしかに、人から嫌われやすい異能力なのはわかる。

 誰しも人には弱みがある。

 人に知られたくない秘密を抱えている。

 それを丸裸に読まれて、プライバシーを軽々と乗り越えてくる。

 たしかに、最悪だ。


 わたしはため息をつくと、「帰る」と伝え、沙鳥だけの室内をあとにした。風月荘……自宅に帰ろう。


 沙鳥は警察、検察、政治家、裁判所(司法)、異能力者保護団体から有名インフルエンサーや暴力団(総白会系列)まで繋がりがあることは把握しているけれど、ほかにどこにツテがあり、どこと繋がりを持ちたいのか、そして、なにがしたいのか……わたしじゃ想像すらできない。




 数日後、翡翠からメッセージアプリに連絡が届き、悩みや相談ではなく友達として、百合漫画を楽しく語り合う仲になれたのは幸いだった。


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