Episode/微風瑠奈(前)
(runa.1)
現世朱音の創造した異世界のアリシュエール王国の人物、ルーナエ・アウラ・アリシュエール∴シルフーーが異能力発動時の細かなミスで分裂し、朱音が予期せず生み出されたルーナエアウラの元となる設定だったものが人間と化した二人ーーその片方のアウラは数奇な運命を辿り、現在は愛のある我が家という朱音から見た現世界に存在する犯罪組織の一員となり活動していた。
偽名ーー微風瑠奈を用いて……。
基となった人物のルーナエ・アウラは、こちらの古ラテン語で月の微風を意味すると朱音に言われ、わたしはそれを参考に微風瑠奈と自身に名付けた。
今となってはアウラより微風瑠奈が本名と言って差し支えながないほど馴染んでいるし、わたし自身気に入っている。
そんなわたしだけど、最近になり何故か再び朱音の創造した世界ーー異世界でも朱音の護衛役として、偽名ルーナエ・アウラ・アリシュエール∴シルフィード∴シルフを名乗って活動するなんてややこしい役割を任されてしまった。
「アリシュエール国王は存外、話のわかる方でよかった。以前からの繋がりと、覚醒剤の成果と、あとは魔女序列一位の瑠奈ーーいいやルーナエのおかげかな?」
城の中を歩きながら朱音はそう言う。
異世界では現在、リアリティー帝国とアリシュエール王国の同盟国が、ミラージュ王国に宣戦布告され、ミラージュ王国とその同盟国のニッポン帝国と戦争状態に入っていた。
平時では害としか思えない覚醒剤も、戦時では別。
一般兵士は死を恐れなくなり、騎士序列に入る戦士も勇敢になりパワーが上がり寝ずに戦い、魔女序列含め精霊操術師はマナの吸収力が向上し魔力や精度も跳ね上がる。
だからこそ、現世界への密輸以上に、異世界では必需品となり密造の規模も大きくなってしまっていた。
昔の日本の歴史に関して、朱音はわたし以上に詳しい筈なんだけど……。
そもそもどうして敵国にニッポンーー日本の名前の国をつくったんだろう?
「ねえ、朱音? 日本で暮らしてるんだし、戦争終結後に日本が覚醒剤でどうなったか知ってる筈だよね?」
「もちろん。薬局でも一般人が購入でき、闇市に注射剤も流され、乱用者が続出。このままじゃいけないとなった国は覚醒剤の取り締まりを始めた。だろう?」
「敵対国との戦争に勝つか負けるかはわからないけど、終戦後に一般市民に覚醒剤が流出。乱用者で溢れ返りアリシュエール王国も規制する流れになるんじゃない?」
当然の疑問。
そうなったとき、有害物質の製造方法を教え大量生産を指揮した朱音は、犯罪者及び犯罪者に等しい扱いを受けるんじゃないだろうか?
「そうならないようにはするさ。だから国王にボクが異世界人だと明かし、覚醒剤が異世界準拠の薬物で、有効性と同時に有害性も伝えておいたんだ。そして、アリシュエール王国はまだまだ戦争は終わらない。情勢を見るに戦争が終わる頃にはボクは還暦だ。それに、終わったあともモンスターという人々に害なす敵は存在する。それに対して使われ続けるさ」
現在、アリシュエール王国と、過去に力で捩じ伏せつつ和平したリアリティー帝国は同盟を結んでいる。
強大な力を保持するアリシュエール王国に対し危機感を抱いたミラージュ王国が開戦の狼煙を上げ、同時にミラージュ王国の同盟国であるニッポン帝国も参戦ーーというのが現状。
国王に対し朱音は異能力で個人間のやり取りをするため、私室に転移。
少なからず顔見知り訳知り相手として、朱音は国王に様々な事情を暴露。
証拠として、わたしーーが成り代わっているルーナエ・アウラ・アリシュエール∴シルフ∴シルフィードという魔女序列一位の精霊操術師と、メアリー・ブラッディ・アリシュエール∴サラマンダーという魔女序列二位に上がった二人で証言もした。
メアリーには事前にわたしが微風瑠奈でルーナエは異世界で羽咲の手で亡くなったと朱音が伝えてある。わたしーー瑠奈・微風∴シルフィード∴シルフが、ルーナエ・アウラ∴シルフ∴シルフィードとして振る舞うと云うことを……。
そして、わたしがアリシュエール王国に身動きを縛られないよう、メアリーが魔女序列一位になるように小細工した。
メアリーは『炎界』という精霊操術師の最奥のひとつ、界系奥義を扱えるようになっていて、この国では属性の序列が神に近いほうから火・水・風・地と指定されていること。
また、実際に模擬戦を大勢集めて交わし、わざと敗北して見せ、周囲に認めさせたことでルーナエ・アウラの序列は二位に下がった。
わざと、と言いつつメアリーからは本気で来いと言われ、最初は手を抜いていたけど、結果、全力を出してもメアリーに打ちのめされてしまった。
界系奥義を使えるからこそ序列一位になれていたけど、同じく界系、それも規定上位の属性の『炎界』を扱えるようになったメアリーは、暴力に関しては、きっと羽咲並みーーいや、羽咲以上の実力を備えている。
「メアリーさえいれば敵対国に負けないと思うけど、腐ってもわたしも魔女序列二位だよ? よく自由に異世界と往き来し交流するのを許してくれたね?」
わたしがアリシュエール王国で自由に行動していても、戦時に戦争に参加しなくても文句を言われないのは、ある種不思議だ。
「ルーナエ、いや、ルーナエさん。負けないと思うなんて発言、ぼくの前ではいいけど、この世界の他の国民の前とかでは絶対に口にしないでくれよ? 腐っても序列二位なんだろう?」
「わかってるって。なんでわたしは戦争に参加してないの?」
「国王は異世界の兵器に興味津々だ。軍事力ではなく警察力の範疇の武器ーー拳銃を異世界の武器として数丁渡したんだけど、いたく気に入ってね」朱音はつづける。「魔女序列に入るような精霊操術師には不要でも、並みの人間相手になら何の力も持たない国王でも身を守る武器として十分だ。それに、単なる一兵士に行き渡れば戦力増強になる。さらに一丁、サブマシンガンも献上した。すると異世界への見る目が変わった」
「……つまり、わたしが異世界の王様と交渉し、そういった武器を入手してくるのをアリシュエール国王は期待してるってこと?」
「そうさ。実際には王様なんてもんじゃない。沙鳥が海外の武器商人と交渉して入手してるだけなのにね」
なんじゃそりゃ。
わたしはどう振る舞えばいいんだか……。
「それに戦争相手のミラージュ王国は隣国だけど、ニッポン帝国はアリシュエール王国と隣接していない。離れた島国だ」
「そこは向こうの日本と同じなんだ?」
「ニッポン帝国では精霊操術師の立場が低い。だからこそ羽咲みたいな実力のあるニッポン帝国出身の精霊操術師は、精霊操術師の立場が高いアリシュエール王国とかに亡命してくる。今もまだスパイによれば、槍を基礎武装とした兵士で武力を固めている。島国だから他国から攻められる機会が今までなく、精霊操術師の脅威が身に染みてないんだ」
ーーだから、アリシュエール王国はミラージュ王国の対処に力を注げるし、まだまだ余力もあるってわけさ。
朱音はそう説明を終えた。
歩きながら話しているうちに、城から外へと出た。
「ほら、瑠奈。いや、ルーナエさん。空を飛んで向かおう」
ワープすれば早いのに、朱音は疲れるのか転移は使わない。
目的地はわかっている。
わたしは朱音の手を握った。
朱音と共に上空へと飛翔し、辺りにマナを広げ朱音とわたしを内側に入るよう風の膜を展開。
「行くよ?」
そのまま城下町から離れ、やがて森林の中央辺りに位置する新設された建物の入り口までひとっ飛びした。
鬱蒼とした森林にポツンとある建物の入り口前に着地した。
「相変わらず凄い臭い……」
「内部の換気が上手く行ってる証拠さ」
覚醒剤を密造する行程で必ず独特の臭気を放つタイミングがある。
最初は城内で密造していたけど、城に勤める兵士や魔女から臭いと提言され、国王は街から離れた位置に覚醒剤密造に適した施設を、朱音と裕璃の主導のもと建設されたのだ。
「裕璃! 強壮剤の製造は順調かい? 密輸分は出来ているかい?」
「あっ、朱音!」マスクをした裕璃が走り寄ってきた。「うん、これ。2kg分の覚醒剤。品質チェックもーー」
「おっけーデスよ! ただ朱音さんに言われた耐性? とやらのせいか量が必要ですけどねー!!」
「キリタスがしているから、多分大丈夫だと」
「ちょっと待ってくれ。ぼくは品質チェック役をキリタス・アカーシャ以外の後任役をつくって変えろと言っただろ? どうしてまだキリタスが品質チェックの主任を勤めているんだい?」
朱音は裕璃に説教する。
たしかに朱音は、前々から同一人物だと耐性形成や覚醒剤精神病を患うリスクがあるから、そのリスクを減らすため、品質チェックを数人で回し耐性が着かないようにするよう裕璃に命じていた。
けれど、見た目からわかる。
瞳孔ガン開きで真っ先に品質の報告をしてきたのは、このやたらとハッピーなテンションの少女ーーキリタス・アカーシャ。そしておそらく、まだメインのチェック役はキリタスのままなんだと……。
「いや、それは……」
「私やめたくないですよー!? 病気? 受けて立ちます! かかってこいやオラー!」
「キリタスがやめたくないって言うから」
「からじゃない。耐性形成された人だとチェック役に適していないんだ。量が必要だと言っただろ? 純度が下がっているせいか、耐性のせいか、まともな判断ができないじゃないか。キリタスは減薬からの一時断薬。耐性を抜いてからチェック役に戻せ。新たな後任者を適宜専任しておくように」
「……うん」
「えーやだやだヤダー!」
キリタスがじたばた地団駄を踏む。
こっちには注射器がないから口内摂取だと思うのに、それでもこれだ。
覚醒剤の依存性と乱用者がどうなるかを間近で見ちゃった……。
「裕璃は覚醒剤密造・管理のリーダーなんだよ? 国王にもそう伝えてある。責任持ってきちんとしてもらわないと」
朱音は黒い袋に入れられた覚醒剤を手に持つと、裕璃に少し厳しめに伝える。
「その後任者を見つけて、キリタスを一時離脱させて正常に工場が回るようになったら、一旦こっちの世界に帰ってきていいから」
「……うん!」
「それじゃ、瑠奈、還るよ」
朱音はわたしに告げると、次第に空間が歪む。
どこからでも異世界間を転移できるよう進化した異能力ーーそれを用いてわたしを連れて現実世界に帰還を果たした。
風景が愛のある我が家の一室に変わり、無事に現実世界に還ってきたのだと実感する。
今のわたしにとっては、こっちが現実なのだ。
部屋から出て階段を降り、みんなが集合する部屋の玄関を開けた。
室内にわたしと朱音が入ると、そこには一番部屋にいる率が高いリーダーの沙鳥と青海舞香、織川香織、そして美山鏡子がいた。
「瑠奈さん、朱音さん。おかえりなさいませ」
「向こうとこっち往来するの面倒くさいんだけど」
つい愚痴も吐いてしまう。
こっちでもあっちでも担う役割があるぶん、以前より忙しくなってしまったんだから愚痴くらい仕方ない。
「そんな瑠奈さんに、現実世界での仕事がまわってきました」
「はぁ? ちょっとは休ませてよ」
「適任者が貴女しかいませんから諦めてください」
わたし以外に務まらない仕事?
暴力関係?
薬物取引?
それならわたし以外にも務まるし、特に大型の取引時にはわたしが覚醒剤を売人まで運搬しているんだ。荒事関係も果たしている。
改めて言うならば、新しい種類の仕事に間違いない。
わたし以外には務まらない新たな仕事?
「理由を教えてよ。わたし以外に務まらないってどゆこと?」
「まずはこちらをご覧ください」
沙鳥は女の子の写真付き資料を手渡してきた。
白河翡翠、14歳、大精霊学園中等部2年A組に所属。
気弱そうな眼鏡を掛けているセミロングの黒髪の女の子の顔写真が資料に掲載されている。
身長、体重、血液型といった仕事には関係ないって言いたくなる無駄なプロフィールと、クラスでの立場ーー友人はひとりもおらず、普段は教室の端でひとりで過ごすのを好む。クラスメートからいじめを受けていることまで判明していた。
そして祖父と父は与党の国会議員を務めており、父親ーー白河議員の娘だという重要な説明まで書かれている。
「幸薄そうだけどかわいいね。薄幸の乙女っていうか」
「貴女の女性評はどうでもいいんですよ。問題はいじめが日に日に悪化していて、恐らく続けば不登校に陥るでしょう。そうはならないよう、瑠奈さんが必要なんです」
「……は? いじめの解消? どうしてそれがわたし以外には頼めないことなのさ?」
いまいちわからない。
そもそもいじめの解決方法なんてわたしにはわからないし。
「例えば舞香さんでは流石に中学生に混ざるのは違和感が大きすぎます。六花さんは逆に幼すぎます、それに六花さんのコミュニケーション力では解決に導けないでしょう。なら現役中学生の鏡子さん……となりますが、鏡子さんの性格では逆にいじめのターゲットにされるのがオチでしょう。いじめられっ子だった過去もありますしね」
そういう意味だったんだ?
つまり、いじめの解消のために中学校のA組のクラスメートとして加わり、白河翡翠という名のいじめられっ子を守りつつ、いじめっ子には指導して最終的にいじめを解消するーーそれが今回の仕事なんだろう。
たしかに、わたしの身長は141cmだから背の低い中学生で通じるっちゃ通じる。顔も童顔だし。愛のある我が家の中から中学生に混ざっていても違和感が少なく、かつ白河翡翠をいじめから守るための精霊操術もある。
そういう理由か。なら致し方ない。
そもそもこの子もかわいいしハーレムに加わってくれないかな?
……ん?
「ちょっと待って。わたし以上の適任者がいるじゃん」
「はて? 誰のことでしょうか?」
「とぼけないでよ。豊花だよ、豊花。ゆ~た~か。豊花も確かに幼いけど、わたしよりは背丈あるし胸もある。見た目も中学生寄りだし。なにより豊花の直感っていう異能力があるから、白河翡翠が危機に瀕したときはわたしより優秀じゃない?」
沙鳥はとぼけた表情から真顔に戻す。
「たしかに仰るとおりですが、その……あまり言いたくはありませんが、以前の豊花さんになら十中八九依頼していました。ただ、今の豊花さんには反骨の相が窺えます。確定事項ではありませんが、あまり豊花さんに機密に関わる重要な仕事を任せたくないーーというのが本音です」
「はあ? 反骨の相が見える? え、沙鳥、諸葛亮気取りでもし出したの? 豊花は風月荘の仲だし、裏切る前兆なんて同居のわたしが見てきた限り一切なかったよ? 沙鳥が勝手に疑り深いだけか単なる妄想だよそれ」
風月荘で共に暮らしてきて何月になるんだろう?
いくら部屋は別でも、同じ建物内で住んでいるだけあって、豊花ともしょっちゅう会話を交わしている。
けど、とてもじゃないけど裏切ろうとしている様子なんて見たことない。会話内容も、雰囲気も表情も口調もいつもどおり変わらない。
「迂闊でした。過去から今まで読心してきた限り、深層心理からも裏切ろうとする意志はありません。ですから愛のある我が家の機密もいくつか仲間として開示したのですが……最近になり、いえ、神を打倒してから、途端に裏切りの兆候が思考や心理から察し取れるようになってしまいました。心境の変化という未来の精神までは読めない私の欠点ですね」
「ちょいちょい、本当に豊花を読心して裏切る気持ちを見抜いたの? わたしたちを裏切るなんて俄に信じられないんだけど? なに、わたしたちを皆殺しにしようと企んでいるの?」
豊花はわたしより新参とはいえ、たびたび行動を共にしていたし、付き合いが長い分、あの豊花が愛のある我が家に宣戦布告もしくは暗殺してくるような性格には思えないんだけどな~……。
「いえ、そういった裏切りではありません」
「は? じゃあなんだって言うのさ?」
「それはーー今は答えるのを控えておきます。まだ可能性の段階ですからね。とにかく豊花さんは、愛のある我が家相手に謀反の恐れが微弱ながら芽生えているのです。それより、既に大精霊学園中等部に微風瑠奈として侵入できるよう準備を整えましたから、どちらにせよ瑠奈さん以外には務まりません。わかりましたか?」
「……わかったよ。可愛い子ちゃんに関われるし。でもわたしにとって豊花は仲間のままだよ? 愛のある我が家を皆殺しにするって意味じゃない“裏切りの内容”を教えてくれない限り、わたしは豊花を裏切らないからね? おーけぃ?」
いま普通に豊花の裏切り行為とやらの内容を教えてくれて、それが裏切りだと納得できたら沙鳥側に付くけど、なにも教えず反骨の相がーとか謀反の恐れがーってふわふわ言っているだけじゃ沙鳥の肩は持てないや。
ひとまず、豊花が既知な機密情報以外の情報は、なるべく漏らさないようにするけど……。
たとえば政治家との繋がりもあるとか。
数日後には、五月上旬には14歳を装って中等部に転入か……。
いじめ解消なんて仕事、普通なら担任の領分だ。担任、教師、校長、そして教育委員会、果てには警察ーーその辺りの領分の筈なのに、どうして犯罪集団の一味のわたしがいじめ解決に乗り出す必要があるのやら。
いくら国会議員の娘だとしても、その権力を乱用して学校に圧力をかけたほうが効果的だと思うんだけど……うーん、理解できない。
(runa.2)
五月の上旬。
本日は中学校への初の登校日。
わたしは昨日着替えずに寝てしまった衣服や下着を脱いだ傍から床に放り捨てる。
洗濯なんてまとめてやればいいんだよ。の思考でいたら、タイミングを見逃して部屋の中で衣服や下着が山積みになってしまった。
それを思考の隅に追いやり、そのまま棚から新しい下着を探し見つけ、それをそのまま履く。
沙鳥から予め貰っておいた衣服ーー白色のシャツを着て紺色のジャンパースカートを履いたらジッパーを閉じボタンをする。上から紺色のボレロを羽織り、あとは学年を示すため二年生用の緑色の細い紐のようなリボンタイを結び……むす……結……む………………結び終えーー大精霊学園中等部の制服姿に変身した。
……採寸こそしてはいないものの、小さいサイズでわたしが着れるようにしたと沙鳥は言っていたけど、それでもまだ少し大きいのか、手のひらが袖口からすべて出ず、巷で云う萌え袖みたくなってしまった。
でもいい。
愛嬌とわたしの可愛い容姿で翡翠ちゃんを攻略してみせる!
最後に黒のオーバーニーソックスを履けば着替えは完了!
姿見の前に立ち、最終チェックをする。
リボンタイが少し変だけど結び直す……のはやめよういいんだよこれくらい。
ーーわたしのこの奇抜な髪色について、沙鳥はきちんと学校側に説明してくれたかな?
肩まで伸びた黒髪をカチューシャで飾っているーーところまではいいんだけど、片側のモミアゲの一部だけ鮮やかな緑色を放っている。実際染めていないし単なる地毛だ。シルフィードと契約を交わしてから徐々に同一化した姿から影響を受け、黒髪なのにこんな中途半端な量、緑の髪になってしまった。
シルフィードと同一化すると、わたしの黒髪はすべて鮮やかな緑一色に染まる。その後遺症のようなもの。
でも、少量でも端から見たら髪の毛を染めている不良中学生に思われるかもしれない。
だから学校側、教師陣に伝えてなかったら困る。
クラスメートたちから不良だと思われ、教師には黒くするよう指導される恐れがある。
今さらながら緑色の部分を黒に染めておけばよかったと後悔してしまう。
と、廊下で豊花と遭遇した。
「あれ? どうしたの? そんなミッションスクールの中学生みたいな服装」
「今日から中学校の生徒になっていじめを解決しろだってさ」
「いじめ? なんでわざわざ瑠奈が?」
「それはわたしにもわかんない。普通は教師ら学校が解決すべきだし、それでも無理なら教育委員会や警察に頼るべきだよね? なんでわざわざ愛のある我が家に依頼したのかサッパリ意味不明なんだよね」
「愛のある我が家にツテのある人が、学校が頼りないと感じたから愛のある我が家に相談してきたんじゃない?」
「まあ、順当に考えればそうなるのかな?」
豊花と会話を交わしても、謀反だなんて、裏切る可能性があるだなんて、到底思えないよ、やっぱり。
「んじゃ、行ってくるね」
わたしは鞄を持ち、学校指定の靴ーーローファーを履き、そのまま風月荘をあとにした。
(runa.3)
大精霊学園から徒歩で5分ほど離れた距離の人目のつかない場所を探し、そこに着地した。
本当は校舎まで……いいや2年A組の教室まで直通で飛んでいきたかったけど、沙鳥から『あまり悪目立ちしないでください』と命令されちゃったんだから仕方ない。
そのまま徒歩で学園に向かい歩いていく。
校門前に、明らかにわたしを見てくるおばさんが佇んでいた。
近寄ってみると、向こうから声をかけてきた。
「あなたが今日から転入される微風瑠奈さんですね? 事情は校長先生からいろいろ聞いているから、なにか困ったことがあったら相談してね。私は微風さんの編入する2年A組の担任、佐藤花子よ。よろしくね」
「ん、よろしく。じゃあさっそくだけど2年A組の教室はどこ? もうそのままクラスに行っていいの?」
美人女教師を密かに期待していたのに、単なる化粧がやや濃いおばさんで内心ガッカリだ。
「じゃあ早速、教室に向かいましょう。案内するわね。先にわたしが教室に入るから、呼んだら教室に入ってきて、みんなに軽く自己紹介してちょうだい。本当の生徒じゃなくてもね。わざわざ外部から呼ばれて転入してきたのでしょう? 理由に関しては教えられていないけど、なにかがあって、その目的を果たすまでは在学するつもりでしょう? クラスメートは共に暮らす仲間だもの」
え?
担任には目的が伝えられていないの?
政治家の圧力でわたしの転入を偽装しただけで、もしかしたら理由までは聞かされていないのかもしれない。
「わかってるけどさ、簡単に自己紹介するだけだからね」
佐藤と並んで2年A組に向かって歩いていると、転校生が珍しいのか、廊下にいる生徒たちはチラチラこっちを窺ってきている。
もしも男子生徒がいるなら理由はわかる。自分の姿に誇りは持っているつもりだ。こんな美少女が現れたら男たちから注目の的になる。
だけど、ここは女子校。
同性しかいない。
なのにこっちを見てくるのは、単純に転校生が物珍しいのかもしれない。
レズビアンでもない限り、かわいい女の子に対して必ずしも良い注目を浴びせてくるとは限らない。
経験からわかるのは、かわいい容姿に対する異性愛者の反応は、特に容姿に対して興味がないか、容姿に対して嫉妬心をぶつけてくるか、大きく分けてこの2パターンのどっちかだったときが多い。
豊花は『そんなことないと思うよ? 普通にクラスの女子と悪い関係にならなかったし、どちらかというと仲良くしてくれたよ?』と言っていたけど、どうにも納得ができない。
そして、見られる側に立っている今、少々不愉快に感じてしまうんだと今さら理解した。
もしかして、街中でかわいい女の子を見かけたとき、舐めるように視線を這わせていたわたしは、今のような気分を相手に抱かせていたかも!?
……こ、これからは少し自制しよう。
性欲が理性で抑えきれないのが、わたしの最大の欠点だから、改善するかはわからないけど。
階段を上がり、二階の端にある2年A組の教室の前に立つと、予鈴が鳴るまで少し待つ。待っているあいだもチラチラ見られて落ち着けない。
ようやく予鈴が鳴ると、佐藤は教室の扉を開けると「みんな席についてー」と言いながら教室に入っていった。
教室内から花子が言っている声が聴こえる。
「みなさんに前以て伝えていたとおり、本日から転校生がこのクラスの一員になります。みんな静かにしてね? 質問とかは休み時間にしなさいね。ーーはい、微風さん、入ってきて」
わたしが教室に入ると、ガヤガヤと少しだけ騒がしくなる。
佐藤はこちらに顔を向け、白いチョークを手渡してきた。
「名前を黒板に大きく書いて、あとはなにか自己紹介してね」
わたしは黒板に『微風瑠奈』と下手な字で書いた。
振り返り黒板に背中を向けた。
「わたしの名前は微風瑠奈、好きなものはかわいい女の子。嫌いなのは男。百合系の作品なら漫画とか読んでるよ。みんな、これからよろしく!」
わたしの堂々とした態度が気に障ったのか、一部の女子が隣の子とヒソヒソ話を始めた。
「えーと……ということで、転校生の微風瑠奈さんです。みんな仲良くするように。微風さんの席は窓際の一番後ろの白河さんの隣が空いているから、そこに座ってね」
「ん、わかった」
あの席の位置も、わたしが翡翠の隣に座るため事前に計画していたのかな?
でも、担任は“わたしが正式な生徒じゃなく事情があって転入してくる”ことまでは知っていたけど、“白河翡翠に対するいじめを解決するため”とまでは教わっていない様子。
じゃあ偶然かな?
偶然万歳。
わたしは言われたとおり、今回の依頼主の娘ーー白河翡翠の隣の席に向かって歩いていく。と、誰かが急に足を伸ばした。
わたしの足に足が引っ掛かり、危うく地面に倒れ伏すとこだった。
姿勢がガクンと崩れそうになる。
「あっは! だらしなーい!」
足を伸ばしてきた相手を見ると、そこにはいかにもギャルですってタイプの茶髪の女生徒が座っていた。
わたし好みとは正反対のタイプの女子だ。
「林さん! そういう悪戯は危険です。やめなさい!」
「はーい。だってー、教師にため口叩いて、ちょっとかわいいからって調子づいた自己紹介なんてするんだもーん。ごめんねー? 泣いちゃうかなー?」
林と呼ばれたギャルは煽るように謝る。
わたしはギャルからわざと目を逸らして口を開いた。
「べつにいいよ。誰にだってミスはあるもん。だけど二度目はないと思えよ?」
林に警告を出して、わたしは翡翠の隣の席に着いた。
「はあ? なにアイツ、超チョーシにのってね? くそ生意気なんだけど」
「かわいいからってだけで今までチヤホヤされてきたんだろどうせ。あたしらで現実って奴を教えてやろうぜ?」
わたしにわざと聴こえるような大声で、林と林の友達らしき長身の女子が陰口を叩く。
それを無視して、早速わたしは白河翡翠に声をかけることにした。
「よろしくね」
「え、あ、あなたがパパの言ってたひと?」
「そだよー。翡翠ーー綺麗な名前だね。その可憐な姿にピッタリだよ」
「えっと、微風さんーー」
「ノンノン、わたしのことは瑠奈って呼んで!」
よし、まずはターゲットにお近づきになれた。
というか父親から話聞いていたんだ?
なら少しはやりやすいかな?
あとはこの子を守り、いじめを止めるだけで任務完了!
「あいつ、あの陰キャメガネと会話してるよ」
「同類だから惹かれあうんじゃね? ぎゃはは!」
林たちは未だに悪口を言い続けていた。
陰キャメガネ……か~。
こりゃ翡翠ちゃんを苛めているのは林達らで決まりかな~?
白河翡翠と接触するのに成功したし、翡翠を苛めているのは誰なのか早々に判明したことは上々といえる。
でもいじめた事もいじめられた事もないから、具体的にどうやって解決を図ればいいのか、その方法がわからないのが最重要課題かな?
(runa.4)
昼休憩になると、クラスメートがわたしの席に集まり始めた。
「すっごくかわいいね! 化粧ってなにをつかってるの?」
「どうして片側のモミアゲだけちょっと緑に染めてるの?」
「どうして転校してきたの? 親の事情?」
それに対して、訊かれるだろって想定しておいた質問の回答を次々返していく。
「化粧はしてないよ。だって肌荒れるじゃん」
「うそ!? なんにもお化粧していないのに、こんなに可愛いの? 神様って残酷~」
この世界の神は人間の製造者じゃないし、新神も現人神もそんなこといちいち考えていないよーーと言いたくなるのを抑える。
……澄。今頃がんばって世界を行脚してるのかな~?
「モミアゲはオシャレ、そうオシャレのつもり。ほら、さっきの」汚らわしいクソガキたちの「林さんとかも染めてるじゃん。それと一緒」
「あー、林さんか……あ、あはは。あのさ、言いにくいんだけど」その女子が耳に唇を近づける。「関わらない方が絶対いいよ。林さんいじめとかしてるし、怖い彼氏がいるって噂も耐えないし。なにかで絡まれたら素直に謝っておいたほうがいいよ?」
「……ほーん」
教室を見渡すと、遠目から林と長身のギャルがこっちを睨むように見ているのが視界に入った。
「わ、私は忠告はしたからね……?」
と言い残しわたしから離れていった。
「最後の質問はあれか。転校してきた理由はね、うーん。親の事情」
適当に取り繕った。まさか白河翡翠のいじめ解消の為だなんて言えるわけない。
「ちょっと」
急に人垣がバラけたかと思うと、林がわたしに歩み寄ってきた。
隣には高身長なギャルもいる。
「少しツラ貸せよ」
「すこーしだけ大切なお話があるからさ? ね、いいでしょ?」
ニヤニヤと嗤いながら、林と林の金魚の糞らしきクラスメートから呼び出しがかかった。
「だ、ダメだよ……林さん、金浦さん……そういうのは……」
翡翠が弱々しい声で二人を遮る。
「ああ!? 陰キャメガネの分際でくちごたえしてんじゃねーよ! また便器に顔入れられてーのか?」
林が翡翠の胸ぐらを掴む。
「きゃー。林が怒ると大変だー」
金魚の糞もとい金浦が嘲笑いただただ様子を見ている。
「ご、ごめんなさい……」
「だったら最初から邪魔すんじゃねーよ!」
どうすればいじめはなくなるのか……まだ思い付いてもいないのに。
……って、はあ?
便器に顔を入れた?
なんじゃそりゃ?
事前にいじめに関して調べた限り、女子と男子でいじめの内容が異なっていた。
調べたサイトに掲載されている女子児童のいじめは、例えば全員で無視したり、教科書を捨てられたり、机に落書きされたり、影口を本人に聞こえるよう喋ったりと、精神的にダメージを与え続ける陰湿な内容だった筈。
そんな力付くでトイレに顔を押し込むなんて暴力を利用するいじめ、女子校ではあんまり多くないんじゃなかったっけ?
共学だと女子に対するいじめは過激化する例も知っているけど、ここは異性の目もない女子校だ。
なのにコイツは暴力的じゃんか。
林は翡翠に向けて勢い良く平手打ちしようとした。
それをーー。
「あ?」
わたしは林の腕を掴んで止めた。
暴力的ないじめなら、こっちも暴力的に解決してもいい筈だよねぇ?
「翡翠、謝る必要なんてないよ。で? 林さんと林の金魚の糞さん、わたしはどこについてけばいいの?」
「なんだと!? くそむかつく奴だなテメーは? 特別棟のトイレだ。とっとと着いてこい」
「き、金魚の糞ーー舐めてんの!?」
激昂した二人に対し「はいはい」と答え、わたしは林と金浦に自ら着いていくことにした。
「瑠奈さん……その、あ、危ないよ……?」
翡翠は戦々恐々といった様子で引き留めようとする。
こんなチンケないじめを解消するのが重要な仕事……いくら政界とのパイプも大事にしたいとはいえ、沙鳥はわたしをなんだと思ってるんだろ?
まあいいや。
久しぶりにムカついたし。
林達のあとに着いていく形で教室から出た。
そもそも、未来のわたしのハーレム候補に対して陰キャメガネなんてあだ名つけやがって……。
でもコイツら、教師の目が届かない範囲で担任に知られないよういじめしているんだなぁ。
これなら担任に直接いじめを密告すれば解決するんじゃ?
でも、別に翡翠をいじめているわけじゃないクラスメートも、おそらく林が翡翠をいじめている事実は把握してそうだった。
誰も担任には密告しなかったのかな?
特別棟に入ると、次第に人の気配が薄くなってきた。
その人気のない棟にある女子トイレに林たちに連れてこられた。
「で、あんたさ、転校生だからってなにチョーシ乗ってんの?」
トイレに入った瞬間、金浦が文句を口にした。
「は? べつに調子に乗ってなんていないんだけど? おまえらこそ、そのチョーシとやらに乗ってるじゃん」
「二度目はないと思えよーーなんて暴言格上に向けて吐いたことに対する謝罪、まだなんにも言われてねーけど? なあ、金浦もそう思うよな?」
「うんうん。微風ちゃんが謝らなくっちゃダメだぞっ」
「ほーん……理屈じゃないんだ? なるへそー……」
うーん、対峙しているだけでイライラしてくるなぁこのクズ共。
「なにぼーっとしてんだ! よぉし、転校生? トイレの中に顔面突っ込んで水を飲めたら特別に許してやるよ」
「きゃはは! 林ったらやさしーい!」
あ、やばい。キレそう。
沙鳥から毎度毎度『あなたはすぐにカッとなってキレるのが悪い癖です。自覚していますか?』って注意されるけど、こんなクズ共相手に我慢する必要ないよな~?
金浦が女子トイレの個室の扉を開けると、林がわたしの片腕を掴み無理やりトイレの中に連れ込んだ。
「ほら、飲めよ」
「うん、ほら飲みなよ林と糞。そしたら許してやるよ?」
「は? なに言ってやがーーっ!?」
わたしは空いた片手で林の頭部の髪の毛を掴み、そのまま髪を引き抜くほど力を入れる。そのまま林の顔面を便器の中に突っ込んだ。
「がぼっ、がっ、な、なにしや、がぼがぼ!?」
浮かんできては押し込んで、浮かんできては押し込んでを繰り返した末、手を離した。
「かはっ、けはっ、はっ……はっ、て、テメー、なにしやがる!」
「うん、これで林は許してあげるよ。よかったね?」
「ーーなっ!? ぶ、ぶち殺してやる!」
「うん。で? 次は何してくるの? 殺したいんでしょ? 殺し合いの相手に口だけで応戦するつもり? ほらほら早くしなよ。無駄な時間はさっさとやめよ?」
「このっ!」
ぶんっ、と殴りかかってきた林の拳を右の手のひらで掴む。
そのまま左手で林のみぞおちに拳を叩き込んだ。
「うゲッ!?」
林はそのまま崩れ落ち屈んだ。
「は、林!? ちょっとあんたなんてことしてんのよ!?」
「ん? 金浦、おまえはまだ許してないんだけど。時間勿体ないしさっさと便器に顔いれて水飲みなよ? そしたら、綺麗サッパリ許してあげるからさぁ?」
「なっ!? あんた自分がなに言ってるのかわかってるの!?」
「はぁ……あのさ~、おまえらみたいなゴキブリなんてさっさと駆除したいのに我慢してるんだよ? あとごめん、もう一度言ってみ? ゴキブリ言語なんて知らないからよくわからなかったよ」
金浦は恐れからか一歩下がった。
「あ、ああ……くそ……イカれたヤツ……て、テメー覚えとけよ! あたしの彼氏は族やってんだっ! レイプされちゃったりしてな! ざまぁねーな!」
腹を抱えながらふらふらと立ち上がった林が脅迫らしき言葉を吐いた。
「うん、で? それで? だからなに?」
「おい……金浦、教室に戻ろうぜ? お、おまえは覚えとけよ? すぐに後悔するハメにーー」
「だから、で? なんなのさ? 脅しになるとでも思ってるの?」
冷や汗をだらだら流した林は、「脅迫じゃねーから、絶対に後悔させるからな?」と負け犬の遠吠えを林はトイレから出ていった。
金浦はそれに金魚の糞らしくついていった。
中学生はもっと純粋で清廉潔白な人たちだけであってほしかったのに……。
まあいいや。
用は済んだし翡翠のとこに行こう。
(runa.5)
平然とした顔つきで教室に戻ると、みんながまたもガヤガヤは騒がしくなる。
なんだろ?
と思いつつ翡翠の隣の席に戻った。
「る、瑠奈さん。大丈夫だったんですか?」
「なにが? そういえば林と金魚……金浦はまだ帰ってきてないの?」
辺りを見渡しても、二人の姿が見当たらない。
「え? あれ、そういえばいませんね……」
「わたしより先にトイレから逃げ出した筈なんだけど?」
「逃げた? え、瑠奈さん、いったいなにがあったんですか?」
なにがあったんだって訊かれても……。
「普通に会話してただけだよ? 別になんにもしてないよ」
「ご、ごめんなさい。私に関わったばかりに……」
「なんで謝るの? 言っておくけどさ、翡翠? ごめんとかすみませんとか、謝罪は繰り返すたびに軽くなっていくんだよ。自分が悪いとき以外は謝っちゃダメだからね?」
と、朱音から教わった事をそれらしく翡翠に伝えた。
謝罪は自分が悪かったときに口にして許しを乞うものだけど、使うたびに謝罪という行為から真剣さがなくなり軽い言葉になっていくーーと朱音は言っていた。
「ごめんなさーーあ、はい……」
「まあ、今日から翡翠の自宅まで一緒に着いていくから安心しなよ。ただ、いじめを無くす方法がちょっとわかんない」
わたしが暴力で抑止しても、それはわたしが学校に通っている間しか効果は発揮しない。わたしが消えたら再びいじめは再開すると思う。
なら担任にチクるのが最適解なんだけどーー。
「担任にはいじめ被害について相談した事ある?」
「あ、はい。あります……それからいじめが過激化しました」
どうやら、担任にいじめられている事を伝えたら、なんと林と金浦を呼び出して叱ったらしい。
ーーそう。叱った“だけ”。
で、担任から隠れてやるようになりいじめは過激化、担任はいじめは解消されたものだと本気で思っていると……。
そりゃそうなる。担任の対応が甘すぎるよ。
小学校低学年ならそれで通じるだろうけど、ここは中学だ。
中学生くらいになると、叱られても“いじめ”に対して反省はしない。“いじめがバレた事”を反省し、バレないようにするだけ。
チクった報復として過激化するのも頷ける。
これじゃ担任に伝えてもまるで意味がない。
何らかのペナルティーを課さなければ、いじめが密告されるたんびにいじめの発見がしにくくなり報復として更に過酷ないじめに進化する。
いくら密告しようとその繰り返しを断たないといじめはなくならない。
「そういえば、どうしていじめられるようになったの?」
「えっと、その……言いにくいのですが……」
「遠慮せず。どんなことでも絶対に引いたりしないから。約束、約束!」
「実は……一年の頃に教科書と間違えて百合同人誌を鞄に入れてしまって、たまたまそれが林さんたちにバレてしまい、漫画だと思った林さんが内容を読んでしまって……女同士気持ち悪いって……それから毎日のようにキモいキモい言われ次第にいじめられるようになってしまったんです」
ん?
百合同人誌?
女同士気持ち悪い?
「ちょっと待って。もしかしてだけど、それってR-18なヤツ?」
「……すみません」
あちゃー。
中学一年生は本来持っていちゃいけない物。
高校生くらいならまだしも、中学一年生でR-18の同人誌を持っているのがバレたら結構弄られちゃう。規制を無視して入手して、それが同級生にバレた。
しかも、元は男子高校生だった豊花でさえ、他人には絶対にバレないようロリエロ本を隠していたくらい、公にはしないのが公然の秘密。
ただ豊花だったらまだ同級生にバレても、共学だから自らも所持している周りの男友達は庇うだろうし、女子も女子で男が皆そういった物を持っていることは察している。だから大騒ぎにはならない筈だ。
でもここは共学じゃない。
まだ中学生の女の子だけの花園だ。
そこに一年でそういうエロ本ーーしかも同性愛のまぐわう姿が描かれている同人誌が他人に見つかったら……ドン引きされるだろうし、無視されるようになってもおかしくはない。
でも、やってそこまでだ。
それを盾にいじめていいってことにはならない。
「わたしだってそういう本たくさん持ってるよ。だから謝るのはやめよ?」
「そ、そうなんですか?」
「うん、だから気にしなくておっけぃ。でも、もう二度と他人の眼に触れないよう注意しようね? わたしみたいに趣味が合う相手になら見せたり語ったりしてもいいけどさ」
わたしは実年齢を敢えて伏せ、同年齢ーー中学二年の女子を演じることにした。
そうしないと、この子に共感しても『成人してから正式に手に入れた正しい人』と思われてしまい、自分の不正を強く自覚してしまう恐れがあるから……。
それに、わたしは朱音の創造した異世界の住人。年齢もそのときに定められたから、正式にはどう頑張っても産まれてからの年数を数えるなら、異世界人はみんな朱音より年下だし……。
だからまだ身長も胸も成長する筈……。
「少しホッとしました。中一からそんな物を読んでるのは私だけかもと悩んでいましたし……」
「ところでさ? そういう本が好きってことは、翡翠ちゃんはわたしと同じく同性愛者なの?」
「そ、それは……自分でも、まだわかりません……」
ちぇ。同性愛者だって確証が持てたなら、ありがたくいただきますするのに……いただきますからごちそうさまするのに。
百合作品を好む女の子だからといって、本人も同性愛者ーーとはならないのがこの世の理。
でも翡翠が読んでいるのは百合は百合でもR-18だし、そういうことに興味自体はありそう。
これからゆっくり確認しなくちゃね。
「瑠奈さん?」
「ん? ああ、うん。なんでもない」
仕事には何ら関係ない。
それよりいじめ対策だね。
このままじゃ常にわたしが傍にいて守らなきゃいけなくなっちゃう。
それじゃダメだ。
根本からいじめを断たなくちゃ……。
でもどうすればーー。




