Epilogue/平和を表す風景
(362.)
三月下旬。
春休みに入ったこともあり、碧や三島の活動が普段より活発になり始めた。
少し手法を変え、顧客とは匿名性・機密性の高いメッセージアプリでユーザーと連絡を取るように指示を下した。
また、一度も他所で覚醒剤を乱用したことがない新たな顧客は、なるべく増やさないように念押ししておいた。
沙鳥が宣う対等な取引を全うするには、被害者をつくらないようにする必要があると考えたからだ。
本日は愛のある我が家の幹部会。そのついでに販売している品物として、覚醒剤、注射器、睡眠薬等を本部である愛のある我が家から補充しに来たのだ。
愛のある我が家の幹部とは、今は沙鳥、舞香、朱音、裕璃、瑠奈、そして豊かな生活という枝組織を従えている私の計六人を指す言葉になった。
それぞれ総指揮の嵐山沙鳥、ヤミ金担当の青海舞香、覚醒剤の密輸と新たにアリシュエール王国での諜報活動を担当することになった現世朱音、覚醒剤密造・管理の仕事を新たに担う事になった赤羽裕璃、そして荒事担当かつ必要に応じて新たな仕事をーー偽名、ルーナエ・アウラ・アリシュエール∴シルフィード∴シルフーーとして朱音の護衛役も果たすことになった微風瑠奈。最後に豊かな生活という枝組織のリーダーとして活動する私の六名となっている。
新たに愛のある我が家に正式に加入することになったアリーシャ・アリシュエール含め、他の面々ーー霧城六花、美山鏡子、織川香織、黒河都の五名は、まだ幹部には指定されていない。
六花は瑠奈と同じく荒事担当だが、対人なら十分でも対異能力者に関しては、異能力の内容によって役者不足だと判断されがちだからだろう。
鏡子はヤミ金担当の補佐。債務者の捜索を担ってはいるが、要するにヤミ金活動でのリーダーはあくまで舞香だということ。
香織に関しては何の担当もしておらず、必要に応じてネットの海から情報を探すだけに留まっている。
都に関してはメンバーの中で唯一なにもしていないまま……。
あの睡眠欲の化身と言っても過言じゃないアリーシャだって、六花と瑠奈だけじゃ対応に手間取る相手のときは渋々行動に参加するというのに……。
幹部会といっても、端的に言えば愛のある我が家の六名で各々の活動状況や成果を報告するだけの会議だ。
その六名のはずなのにーー部屋に入ると、なぜか舞香の前に鏡子と香織が佇みなにか話を聴いていた。
「貴女たちは女性の異能力者だから、愛のある我が家の加入条件にたまたま合致したけれど、異能力者相手はともかく、そこら辺のチンピラーー要は一般人相手に武力で抵抗できるよう訓練してもらうわよ。沙鳥からの提案だわ」
「は、はははい、わ、わかりましたっ」
「……自信……ない……」
どうやら基礎的な戦闘能力がないせいで一般市民にも暴力で有利に立てない二人に対して、沙鳥はよく思っていないのか改善するよう求めたらしい。
ーーそれを言った張本人の沙鳥はどうなんだよと言いたい。
今まで見てきた限り、沙鳥は暴力を振るう際には必ず周りの力を借りて……例えば大海組という暴力組織などの力に頼りきっているじゃないか。
「ご安心ください。私も自身の異能力を活用し、単なる一般人には負けないよう鍛え始めています。舞香さんの指導の下で」
部屋にいたのか。
沙鳥はそう口にしながら隣に歩み寄ってきた。
「例えば、私は相手の心が読めます。並みの体力や武力さえあれば、本来は攻撃を避けるも防ぐも他人よりは予測しやすいのです。豊花さんほどの確信を以て避けるのは不可能ですけどね」
「言われてみれば、たしかに……」
沙鳥の読心の能力だけでも、例えば民話に登場するさとり妖怪は、隙を見て相手を取って喰おうとする妖怪だった筈。
「鏡子さんは相手の視界へ強制的に他人の視界を被せ視覚が機能しないようにすれば、その隙に乗じてナイフや特殊警棒程度の武器でも、持ってさえいれば戦えます」
鏡子の異能力には色々な場面で助けられた事があるから頷ける。
しかし、香織は……?
どのような異能力者だったのかすら忘れてしまった。
系統すら覚えていない。香織は愛のある我が家に所属してからも、その持ち前の情報探索能力以外で活躍していないからだ。
「貴女も聴いていた筈ですが……。香織さんの異能力は身体干渉系で、五感ーー視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚ーーを選んで強化する能力です」
「それって戦いに適してるの?」
五感ではなく、過去に対峙した事のある痛覚を操る異能力や、恐怖心を増すという異能力を持つ者は、確かに戦いにも有効活用できる。
けど、五感の強化……?
「豊花さんは五感を舐め過ぎです。例えば視覚を最大限強化すれば、相手の一挙手一投足を察知し銃口から射線を予測し、引き金を打つ指を確認すれば、相手がどこにいつ撃つかを把握しながら戦えます。聴覚を強化すれば、視界が塞がれた状態でも少しの物音や布切れの音、空気を切る音、果ては反響する音から相手の居場所を探知できます。嗅覚でも普通はわからない体臭を頼りに相手の居場所を察知できます。単純な身体能力さえ鍛えれば、相当な戦力になるでしょう」
ーーそれこそ、豊かな生活の柊さんレベルは優に越える。
沙鳥は急に、私の指揮する豊かな生活に話を向けてきた。
「柊はまあ……瑠衣が鍛えているし……」
「別に柊さんを貶めているわけではありませんよ。それより、豊花さんに言いたいことがあります」
沙鳥は途端に真剣な表情で私を見るーーいや、睨んできている?
「貴女の思い描いている絵空事。空想の域を出ない目標。愛のある我が家の活動に対する今の貴女の考え方、もしや私にバレてはいないと楽観視しているわけではないでしょうね?」
「ーーッ!?」
……この場では一切、沙鳥の前では特に、“このこと”に関しては思考しないようにしていたのに。
だというのに、沙鳥には私の思い描く将来の願望が筒抜けだった。
その事実に愕然としてしまう。
沙鳥、いや、愛のある我が家の主張している内容が、今まででも疑問だった。
沙鳥の口癖であり、なおかつ愛のある我が家の活動を正当化する為の『私たちが行っているのは両者納得の上での対等な取引』といった腑に落ちない御託。
沙鳥は常日頃から、それを指針にしているかのような主張を元に行動している。
だけど、神造人型人外兵器との騒動が一段落し、豊かな生活に瑠奈たちでは役不足と判断されて回される荒事もなく平和になった最中、暇が出来たからか、私は考えるのを放棄していたこれらに関することを再び考え始めていた。
ーー対等な商売だという主張は単なる犯罪を正当化する為の詭弁でしかない、と。
「あ、豊花だっ。今度から幹部会で毎回会えるし、私もこっちに来る用が出来たときの為に、風月荘を仮住まいにすることになったよっ!」
朱音に連れられ部屋にワープしてきた裕璃は、私を見つけるや否や、震撼している私に意を介さず真っ先に声をかけてきた。
「裕璃……そしたら、今までより会える頻度が増えるね……」
「うん!」
私は友人であり、過去にいじめから守ってくれた恩人でもある裕璃に対して、なるべく動揺しているのを悟られないように返事した。
「単なる絵空事ですが……一応貴女に忠告しておきましょう」沙鳥は表情を更に険しくした。「私たちを裏切ったらどうなるか。おまえの身の周りの友達や恋人、何よりおまえ自身がどんな目に遭うことになるのかーーそれをしっかり肝に刻んで銘じとけ」
沙鳥は強い口調で私に忠告したあと、空を飛んできたのかベランダから部屋の窓ガラスをガンガン激しくノックし出した瑠奈の方に向かい私から離れていった。
別に、愛のある我が家を裏切る気なんて一ミリもない。
裏切りにあたるなんて思ってもいない。
でも……沙鳥からしたらーー愛のある我が家からしたらーー私の抱いているこの今の夢は、裏切りに等しい行為なのかもしれない。
「それでは、幹部会議を始めましょう」
窓を開け瑠奈を招き入れたあと、沙鳥は普段の顔色と口調に戻し、手を叩き愛のある我が家の幹部に集まるよう命じた。
(363.)
ーー四月上旬、某日。
私は風月荘の自室、花の間で春物のワンピースに着替えていた。
昨日、私と恋人の瑠璃ーーと瑠衣の三人で花見をしようと約束を交わしたからだ。
時刻は5時と早朝だが、桜が満開になる時期だから座る場所を確保するためには早めに動かなければならない。
まだ窓の外は薄暗い。四月だというのに肌寒く感じる。前々から薄々感じていたが、男だったときより女になってからはやたらと寒さに対する耐性が弱まった気がしてならない。
まあ、生理は十日前に終わったから、生理日にお出かけをする様にはならないで済んだ。
忘れ物はないかと、財布、ハンカチ、リップクリーム、地面に敷く青色のシート、飲み水などを床に揃え確認する。
それをそのまま順番に鞄へと丁寧に入れていく。
と、部屋のドアがノックもなしに突如開いた。
「朝っぱらからなにやってんの? ふぁ~」
瑠奈は後頭部を掻きながら問う。
「ごめん、起こしちゃった? 今はほら、人数が少ないし、多少の物音は平気だと思ったんだけど」
「そりゃ、宮田の奴は自分で借りたアパートに引っ越したし、みこはいなくなったけど、変わりにアリスが水の間に入ってきたんだからさ……まあ、アリスはこんな物音じゃびくとも起きないだろうけど」
瑠奈の言うとおり、風の間に仮居住していた宮田さんは、愛のある我が家とは何ら関係ない単なる風月荘の住人になり、居心地が悪いと感じたのか、さっさと引っ越しをして風月荘から去ってしまったのだ。なついている猫を連れて……。
火の間で一時過ごしていたみこは、あの日に宣言したとおり、既に下界から完全に姿を消し、新神とやらになっているのだろう。あれ以来、一度も見かけることはなかった。
しかし、変わりに水の間にアリスーーアリーシャ・アリシュエールが入居した。
いや、瑠奈が『普段からアリスと寝食を共にしたい』とアリーシャを強引に同じ屋根の下に引き入れた……と言ったほうが正しいかもしれない。
とはいえ、アリーシャは愛のある我が家の正式な構成員になったのだ。風月荘に入れてもさして問題はないだろう。活動頻度で言うなら、構成員というより準構成員みたいな立場だけど。
雪の間には、あのゆらーりゆらーり少女ーー四月朔日有紗もまだ居住している。
壁一枚隔てれば音なんて聴こえないと思っていた。
壁が薄いのか、私の出した音が大きかったのか、瑠奈の聴覚が異常に鋭いのかーーなんにせよ瑠奈の安眠を妨害してしまったらしい。
「豊花は既存だとおもうけど風月荘に一人入居者が来るから。みこが抜けた火の間を一応、裕璃の部屋扱いしておいてくれだって」
「ん? ……そういえば裕璃がそんなこと言っていた気がする」
なぜ忘れていたのだろう?
あのときは沙鳥の醸し出す威圧感に気圧され動揺していたから、聴いてはいたけど脳が正常に処理していなかったのかもしれない。
裕璃は一生、異世界で暮らすことになるのだとばかり考えていたが、聞く話によると、どうやら時折こっちの世界でも暮らしていけるよう朱音が配慮してくれたようだ。
覚醒剤の密造・管理を一任された幹部だし、そんなに長時間こっちの世界に居られないのには変わらないだろうけど。
なにやら身分を隠すこと、あまり出歩かないことを条件に、すぐ呼び出せるよう指定した住処ーー風月荘でなら、ときどき還ってきて過ごしてもいいと朱音が認めたらしい。
ただ、その朱音がいないと現世も異世界も往き来できないのは変わらないけど、今までの待遇からしてみれば素直に喜ばしいことに違いはない。
「そ。あと空いた風の間で碧か朱音に暮らしてほしかったけど、ダメだって」
「そりゃそうだよ。ただでさえアリーシャを連れ込んだのに、碧や朱音まで連れ込んだら瑠奈のハーレム荘になっちゃう……」
相変わらず瑠奈は美女や美少女に弱い。
成り行きで住むことになった四月朔日も『なにこれかわいい』と容姿だけで入居を即許可したくらい美少女に弱い。
「あれだよ、巷で話題のルッキズム。わたしは女の子を対象にしたときのみ、究極のルッキズムと化すんだよ」
「男は?」
「皆平等に不潔で汚い。どんな男でも、真っ先にそれが頭に浮かんじゃう」
なんて限定的なルッキズムなのだろう。
そのうえ、強烈なミサンドリストも患っている。
しかもルッキズムを自称する時点でフェミニストともいえない。
瑠奈は単なるレズビアンではなく、レズビアンなうえに強烈なルッキズムかつミサンドリストなのだ。おまけに色情狂い。
私はしみじみ再認した。
「ーーっとと、起こしておいてあれだけど、急がなくちゃアレだから、その話はストップ。ちょっと出掛けてくるね」
私は鞄を持ち立ち上がると、自室である花の間から廊下に出た。
瑠璃とのデートな気分になりそうだが……今回は瑠衣も来るのだからデートは違うと考えを改める。
瑠衣とは仲良いし、一緒にいて楽しい親友とさえ呼べる存在だ。
今回の花見は元々、瑠璃に声をかけたときデートとは言っていないし、瑠衣に声をかけるのは当たり前かもしれない。
ーーちなみに。
ーーちなみにちなみにちなみに!
……瑠璃とHな事は、まだ一度もしていない。
お互い生物学的女性であり女同士。
やり方がよくわからない。
そのうえ、瑠璃は『したいならしてもいいけど、しないならしなくていい』というスタンスだ。
こっちがリードしなければいけない立場なのだが、どういう雰囲気を作り上げて、何と言って性行為に誘い、どういうふうに致すのかーーすべて未勉強のままだ。
私は風月荘の玄関を開け、まだ薄暗い空の下を歩く。
勉強不足だからといって、瑠奈から学ぶのは明らかに間違いな気がする。
瑠奈は性欲オバケで、かわいい女の子を見つけた瞬間、すぐに声をかけたりボディタッチしたりしてコミュニケーションを図ろうとするーーそういえば、瑠奈が誰かと致す前の雰囲気や状況までは知らないな。
そこだけでも訊いてみようかな?
いや。いやいや。瑠奈に訊くのはなんだか嫌だ……そもそも瑠奈は、あの幼い風貌と美少女なのを自覚してうえで、それを利用し強引にそういう雰囲気にしていそうだ。
私はそんなことを考えながら、瑠璃の家の近所の公園へと向かうため電車に乗るのであった。
始発は過ぎてしまったけど、瑠奈が無駄話をしてきたのだからしょうがない。
(364.)
ここは花見の穴場なの?
と言いたくなるくらい、花見のために場所取りしているひとは少なかった。
わざわざ電車に乗ってまで瑠璃たちの家の近所にある公園に来たのは、ひとえに自分から場所取りに行くと提案したからだ。
普通なら近場の瑠璃たちが場所取りをするべきかもしれないけど、瑠璃と瑠衣が弁当を作ってから行くと言ってくれたことで、ならその代わりにーーと名乗り出たのだ。
それにしても、この公園……。
静夜の暗殺から瑠衣を守る為にありすが潜んでいた懐かしの公園だ。
ここで初めて面と向かってありすと邂逅したのだ。実際には校内で遭遇していたけど、あのときは互いに探り探り接していた。
「よっ、杉井。なにしてんのー?」
「きゃあっ!」
予期せぬ肩叩きと発声に、自然と悲鳴をあげてしまう。
うう、恥ずかしい……。
その声の主はありすだった。
明らかに偶然じゃない登場。
驚かすためだけに気配を殺して接近してきたのだろう。
「瑠衣から花見に誘われてさ。ちょっと早く来すぎたかなーって思ってたら杉井を発見。ちょっと驚かしてやろうと思ってさ」
「心臓に悪いからやめてよ……」
「杉井なら異能力の直感とやらで回避するのかと思ってた」
私の異能力の直感は、口に出さなくても働くことが多い。
が、口から直感と発声しない間は、身に危険が迫らない限りあまり発動しない。
どこからが身の危険扱いなのかは自分さえわかっていない。
「杉井たち愛のある我が家は人類滅亡を企む悪い存在を倒し人類を救ったのでしたーーってほんの一時、ニュースや動画サイトで話題になってたよね。あれからどう?」
そう。人類最大の危機ーー神との戦いに決着をつけた事に関するニュースが一時期話題になっていた。
もう神造人型人外兵器とやらは現れないーーと国民に伝えなければいけないのはわかるんだけど、なぜか敵対していた筈の神ではなく倒したのは災いを齎す者だと報道された。
そして、やや過剰に報道されたせいか、愛のある我が家の実態を知っている人たちが『単なる犯罪組織なのに、なんでみんな讃えてるんだ? 警察と内通してるから?』や『薬物売買、売春斡旋、ヤミ金の被害に遭った人たちの気持ちを考えろ!』と騒ぎ始めたのだ。
一時期炎上したが、ニュースで一切報道されなくなると、その炎上も次第に鎮火していった。
炎上最中は町をぶらつくのさえ控えるようにしていたくらいだ。
「災厄を打倒した組織といっても、私たちが法律違反でお金を稼ぐ特殊指定異能力犯罪組織には違いないよ。ただ、人手不足と旨味がないって理由で未成年の売春斡旋からは手を引いたけど」
平和を取り戻した愛のある我が家だったが、そこに至るいざこざでーー特に敵対している異能力者や羽咲が徒党を組んで襲撃してきたことでーー仲間を失っている。
結愛と雪、霧雨さん。比較的新入りながら、特に結愛は売春斡旋の担当をしてノウハウも積んでいたし、商売のやり方を学び始めた段階だった。
そして都は、愛のある我が家に居ることが不服だったのか、別の意図があったのか、しばらく愛のある我が家に所属しつつ一切活動しないまま、その末に『馴れ合いの空気マジ無理っす』と言葉を残して組織から脱退した。
……なぜか宮田さんの新たな住み処に寄生しているーーと風の噂で聴いている。
なにより売春斡旋はリスクに比べてベネフィットが非常に少ない。稼げる金銭が低いのに対してリスクは不均等に高いのだ。
だから沙鳥は手を引くと判断したのだろう。
いかに金銭的な理由だとしても、この判断を下した事に対してだけは素直に称賛したい。
ーー沙鳥が言う絵空事……私の目標に沿った内容だから……。
「豊かな生活だっけ? 杉井がリーダーの集団は今も変わらず同じことして稼いでんの?」
「まあ、騒動以前と以後であまり変わってないよ。覚醒剤の密売。あとは最近ないけど、荒事発生時に瑠奈たちだと役不足だって判断された案件は、私たちに命令がまわされるようになっている……らしい」
あの対神騒動以降、豊かな生活の荒事担当チームーー私、柊、瑠衣はまだ一切活動していない。
私たちで対処可能なら命令が下ってくる。
しかし私たちじゃ対処は無理だと判断された場合、瑠奈と六花、それでも不足気味ならアリーシャを加え、三人で事態の解決を図ることになっている。
とはいえ、このまえの幹部会での報告を聞いた限り、騒動の解決や厄介な人物の殺害依頼などは来ていない様だった。
反面、覚醒剤の密売は人手が足りなくなりそうだと感じている。
覚醒剤の密造・管理は裕璃の仕事だし、異世界から現世界へ密輸するのは朱音の担当だけど……。
一部の売人に対する大型取引は瑠奈を介してやるみたいだが、末端に対する覚醒剤の密売に関しては、今は豊かな生活の薬物班の碧と三島、この二人に全て委託している状況なのだ。
「杉井に相談したいことがあってさー。風月荘って部屋余ってない? 家賃どれくらい?」
「え? いや、たしかに空き部屋はあるけど、急にどうしたの?」
「いやさー、今いるアパートを出るつもりなんだよね。異能力犯罪死刑執行代理人として密かに暮らせる場所だったんだけど、騒がしい入居者が二人も入ってきちゃってさーもー大変」
ありす曰く、身分を明かせない国の特別の機関に属しているため、ご近所付き合いが希薄で互いになるべく関わらない居場所のほうが都合が良いらしい。
しかし、たびたび居住地を変えるはめになっているという。
同じアパートに住む挨拶も交わしたことのない男性がストーカー化し素性を探る真似をしてきたり、在宅時間が不定期なせいでニートなのかと大家に疑われたり、自分の仕事を明かせないせいで逆に近所で噂になったりしたらしい。
さまざまな問題にぶつかる毎に引っ越しを余儀なくされてきた。
「そこで、杉井が住んでる風月荘に思い至ったんだよねー。端っから杉井や微風、四月朔日みたいに私が死刑執行代理人だって知ってる人たちか、バレても他に漏らさなそうな人しか住んでいないし、都合が良いわけ」
「わかった。一応大家は瑠奈ってことになってるから、後で瑠奈に伝えておくよ。家賃に関しては、私は口座から引き落とされているから詳しくはわからない」
あまりお金を下ろしに行かないせいで、そろそろ千万円に届きそうな預金残高くらいと曖昧にしか認識していない。
私はなるべく桜の近場にシートを広げ敷きつつそう思った。
「本当は刀子か兄弟子の静夜兄ぃの部屋に寄生しようかとも考えたんだけどさー? いつの間にか二人で同居してて、これ以上寝床はないって拒否されちゃったんだよねー」
「え? 刀子さんと静夜、同棲してるの?」
歳は一回りほど離れているが、静夜はたしか刀子さんのことを好いていた筈……そこに同居となったら、真っ先に同棲して付き合っているんじゃないかと思ってしまう。
「いやー? 師匠は仕事一筋だし、静夜兄ぃもそういうもくろみじゃなくて、単純に住む場所に困ってたんだと思うよ? 私みたいに国に属してるわけじゃないし、単なる殺し屋だからさー。私以上に住み処に困ってると思うよ」
静夜もありすや刀子さんみたく、国の特別の機関? とやらの異能力犯罪死刑執行代理人として活動すればいいのに……。
と思い、すぐさま頭を振る。
静夜の殺しの特性は、気配を殺したうえでの暗殺だ。
異能力を扱う相手、しかもそれが複数人いる場所に徒党を組んで襲撃するなど、静夜は一番苦手としそうだ。
シートを敷き、しばらくその上にありすと座り、早めの花見を満喫していると、少しずつ人がこの公園に集まってきて、やがて座る場所が次々に占拠されていく。
「あー! ありす! それに、豊花も!」
約束したのだから相手がいるのは当然だろうに、瑠衣は破顔しながら小走りで近寄ってきた。
その後ろから、瑠璃が弁当らしき物を片手に持ちながら歩いてくる。
瑠衣はありすに飛び付くように抱き着くと、顔をスリスリと体に擦り付け出した。
スキンシップが激しい。
マーキングかなにかかな?
「豊花、場所取りしてくれてありがとう。結構待たせちゃったでしょ?」
「いや、そんなに待ってないよ」
建前的に謙遜しておく。
これこれ!
この恋人同士のやり取り!
昔から憧れていたシチュエーションのひとつだ!
「春休みももう終わるし、今年から受験勉強で忙しくなるから、次第にこうやって会える日は減っちゃうかもしれないのよね」
だから、きょうはめいっぱい皆で花見を楽しむつもりーーと瑠璃はつづけた。
既に学生という身分から解放された私からすると、瑠璃がそう言ってくるまで受験勉強などといった行為は、頭の隅にさえ残存していなかった。
そうか。
そうなのか。
いや、そうなのだろう。
これから約一年、瑠璃は大学受験のために勉強で忙しくなる。
つまり、たとえ瑠璃が学校も異能力者保護団体も休みの日だとしても、こうやって会える頻度は激減するという意味になる。
「た、ただでさえ異能力者保護団体で働いているのに、大学にも行くんだ?」
「まあ、一応ね。それに、異能力者保護団体は汚職にまみれているって、これまでの出来事で強く実感したし、なるべく選べる職種は増やしておくに越したことはないもの」
「豊花、私なら、いつでも、会えるよ?」
瑠衣はありすに引っ付きながら、顔をこちらに向けるとそう言ってくる。
いやいやいや。
恋人である瑠璃ともっと一緒にいたいのであって、確かに瑠衣と一緒にいるのも楽しいけど、求めている行為が違うんだよな~……。
友達と遊ぶ。
恋人とデートする。
これには大きな差があるのだ。
「平和……この平和は豊花たちが頑張った成果なのよね……」瑠璃はその言葉に後付けする。「でも、人々の為に身を呈したのは、正義の味方なんてものじゃなくって、愛のある我が家という名の犯罪組織でもあるのよ……」
瑠璃はシートに座り弁当を広げながら、少し不満そうな顔色でポツリと呟く。
「うっ……なにか文句があるなら、代表として私が聞くよ」
何の偶然か、あるいは必然かーー神と対峙する事になった人物の大半は、異能力犯罪組織に与する人たちだった。
いや、そもそも澄に対抗できるとすれば、それは人智を越えた能力を担う者ーー異能力者になるだろう。
そして、元の神が対神武器を渡した一欠片は私だった。
元々澄が所属していた集団だから狙いを付けたのか、特殊指定されるほど極悪とされる異能力者の集いだったから狙いを付けたのか、はたまた奇遇にも真神から未来視や異世界創造の力を授かった者がいるのを察知したからなのかーーその答えは私にはわからない。
けれど、個人で存在する異能力者は大勢いれど、異能力者が集まり成す事と云えば、異能力を用いた悪事になりやすい。
そもそも異能力者保護団体か教育部併設異能力研究所の協力者たる資格がない人間は、異能力を使った時点で既に犯罪者扱いだ。法律にも、異能力をみだりに乱用してはならないと書かれている。
使った時点で犯罪者。
すると、他の犯罪行為のハードルも低く感じられるようになってしまう。
これに関して私は、大きな異議を唱えたい。
もしも愛のある我が家じゃない他の異能力者の集団が前哨戦のターゲットにされたとしても、その異能力者の集まりもまた、犯罪者の集団だったに違いない。
「豊花から聴いた話じゃ、神様は善とか悪とかで人の行動を区別していないのよね……。そして、神自身が神造人型人外兵器で人を殺しまわったーーなにが正しいのか間違いなのか、精神が不安定になるのよ。わかる?」
「気持ちはわかるよ。でもさ、私たち人類は、共存し存続していく為の方法として、いろいろな法律を作り上げて来たんだと思う。時代に合わせて変えながら……。だから、神にとっては善でも悪でもなくても、人類からすれば善悪は確実に存在している、私はそう考えてるよ」
そう。
私たちは神様のオモチャなんかじゃない。
人々が安全に暮らすためにはルールが必要。
まともに国を機能させるためにルールづくりは必須だ。
「そう……そうよ。そうよね! 豊花、あんたは確かに私の恋人だけど、こそこそしている犯罪行為を易々見逃すわけじゃないから! いつか絶対、止めさせてみせるからね!」
瑠璃は表情こそ明るく喜色に染めながら、私を指差しながら大胆に宣言した。
持論を述べたのはまずかったか?
いや、瑠璃ならいずれ似たような結論に辿り着くだろう。
そもそも、ネットで炎上した時点で、既に『悪を倒した成果と悪を為してきた行動を混ぜて評価すべきではない。別々の問題として考えるべきだ』と主張する人もいたくらいだ。
要するに、人類の平和を守った私たちの栄光と、人類に対して害を為してきた私たちの悪事は、同列に語るべきじゃないという、ひとつの真理。
端的にいえば、いくらヤンキーが捨て猫にやさしくしたとしても、そのヤンキーが周りに迷惑をかけてきた事実は変わらないというもの。ある種、似たようなものだ。
「というか、なんであんたまでいるのよ?」
瑠璃はありすに文句をつける。
「瑠衣の姉さん、落ち着いて。瑠衣が呼んでくれたんだよ。ねー?」
「うん! 私が、誘った」
瑠衣はなぜか誇らしげに自信満々といった様子で胸を張る。
「まあ、そんなことだろうと思ってはいたわよ……」
「瑠衣の姉さんーーいや、瑠璃。瑠璃からすると私がいるのは不満なの? 少し悲しいなー」
「きょうは別にいいわよ。お弁当ちょっと作りすぎちゃったし。というより、四人でも食べきれそうにないのが問題ね」
きょうは元々、三人で集まる予定だった。
瑠璃と私の二人でデートするわけじゃないから、別に人数が少し増えようが問題はないーーと思い瑠璃は答えたのだとしたら、少しうれしい。私とのデートを大切にしている気持ちが伝わってくるし。
「それにしても、本当に量多いね。花見じゃなく食事がメインになりそう」
「そうなのよね……他にも誰か呼ぶ?」
「宮下はありすのこと知らないだろうし、裕璃はいま異世界だし」柊や碧は豊かな生活の構成員。バレているだろうが呼んだら瑠璃が不機嫌になりそう。「いまちょうど風月荘に瑠奈とアリーシャ、四月朔日って名前の女の子ならいるけど」
「却下よ却下。あの変態の瑠奈は論外として、アリーシャって人は私詳しく知らないし、四月朔日なんて一度しか会ったことがないうえ、言動も行動も異常者のそれだったじゃない」
唯一、一見ならまともそうに見えるアリーシャは、花見より睡眠を選ぶだろう。
瑠奈が性欲の権化だとしたら、アリーシャは睡眠欲の権化とさえいえる。
四月朔日有紗に対して瑠璃と瑠衣が抱いた初対面のイメージは、言動がおかしく不気味な動作でゆらゆら言って切りかかってくる異常者のままだろう。あれ以来、会ってない筈だし。
あれから暫く住み処を共にしてきたけど、未だにどんな性格をしているのかすら、私ですらなかなか掴めていない。
ありすの弟子ということは、殺し屋や異能力犯死刑執行代理人の可能性もあるが、詳しくは把握してない。
「あのさ、ありす? あの四月朔日って子、ありすがスカウトしたって言ってたけど、何にスカウトしたの?」
「え? ああ、有紗ね。もちろん、異能力犯罪死刑執行代理人に加える候補としてだよ。摩訶不思議な力を使ってくる犯罪者相手に、技術で拮抗以上に持っていける実力がないと務まらないから、今はまだ弟子にして訓練真っ只中。少なくとも警察力は越えてもらわなきゃね。なにも軍事力までは望んでないよー? ただ、異能力者相手には負けない程度の実力は必須だからね」
あの初対面時、私相手に対して十分以上に実力で押してきて、挙げ句宮田さんの援護がなければどうなっていたかわからなかったほどの実力はあるのに?
異能力犯罪死刑執行代理人とやらの基準もずいぶん高いんだな……。
私が思う最強な人物は誰だと訊かれたとする。
澄やみこといった超常な存在が真っ先に浮かぶとして、瑠奈や羽咲といった凶悪な精霊操術師、舞香のような概念干渉系の異能力者も思い付く。
そして、それら異能持ちの強力な人たちと並んで、何の異能も持たない刀子さんも最強な人物の一人として思い浮かぶのだ。
そりゃ、そんな私が考える最強の一例が所属している特別の機関だ。
ハードルが高いのは当然なのかもしれない。
「私の友達を呼ぶ意味もないし……まっ、自業自得だから弁当が余っても仕方ないわよ」
ここは恋人である私がガッついて、弁当を残さないのが男を魅せることになるか?
いや、今の私は女だけど。
なんなら、男の私は亡くなったせいでこの世から消滅したけど。
ーーならば私が参加しよーー『うではないか』
ユタカが異能力霊体として身体から抜け出した。
「あんたか……あんたはしょせん幽体でしょ? 食べることはできーー?」
『いいやーー』ユタカは幽体状態の異霊体を肉体状態に変化させた。「これなら食べられるでしょ~?」
「…………は?」
瑠璃はしばらくフリーズする。
そして、唐突にユタカの肩や顔、頭、腕をペタペタと触り出す。
「ちょっ!? 己はいったいなにがしたーー瑠璃ちゃんはいったい、なにがしたいのかな~?」
実体化したユタカは、唐突な瑠璃の奇行に困惑し、一瞬口調が素になりかけたが、頭を振ると普段の小悪魔的な表情に戻し途中で軌道修正した。
というか、ユタカ……その堅苦しい口調は演技じゃなくて素だったのか……。
つまり私にだけ素を見せてくれていたということ。
ちょっと嬉しい。
瑠璃は混乱しているのか、ユタカの全身を手のひらでペタペタ触り確かめると、再び暫く硬直した末、ようやく口を開く。
「あんた、肉体にもなれたのっ!?」
ふと思い返す。
そういえば、ユタカが肉体になれるようになった事、瑠璃にはきちんと伝えた事がなかったかも……。
「私も、姉さんから聞いたこと以外、知らなかった。なに、その、ロリータファッション」
「私は一応、愛のある我が家経由で話だけは聴いてたけど、自由に肉体になれるんだ? 瑠璃さー、最大の恋のライバルじゃん」
各々、それぞれ異なる反応を示す。
というか、ありす?
余計なことを言って瑠璃を刺激しないでほしい……。
「ごめん、ユタカが対神武器になる際、一度私から分離して幽体を肉体化させる必要があるんだよ」
「ちょっとちょっと! 豊花は奥手だからそういう行為をするのはもっと先だと予想してたのに、そんな、そんな豊花好みのロリッ娘が四六時中、豊花の身近で暮らしているの!?」
瑠璃は慌てて早口になる。
同時に、どうして瑠璃にまで私の性的嗜好がバレているのか、私まで混乱と恥ずかしさでどうにかなりそうになる。
「結構まえからだよね~。ーーなあ、豊花?」
ユタカは普段ほとんど肉体化しないし、会話すら時折交わす程度だ。
たしかに武器ではなく異霊体でもなく、大切な仲間のひとりだと思っているけど、好意はあるけど恋愛対象じゃない!
しかしーー。
「瑠璃と初体験を交わすより、豊花は私とHな行為をするべきなんじゃないかな~? 豊花好みの肢体と洋服、お好みなシチュエーションでこなして魅せるよん! ーーなあ、豊花?」
ユタカ、無駄に挑発するな!
あと、瑠璃たちには甘々な口調と小悪魔フェイスを向けるのに、なんで私の方に顔を向ける瞬間だけ、わざわざ堅苦しい言葉と表情に変えるんだよ。
「で、でも、女の子同士でどうすればいいのか私にはわからないし、そもそもそういう事するのには未成年だしまだ早い気がするし……」
瑠璃はユタカに感情を揺さぶられたせいか、なにやらぶつぶつ呟いている。
なるほど、そういえば瑠璃は身持ちが硬く時代錯誤の常識ーー結婚するまえに性交なんてするのは常識外れ。純潔を守るーーと思考する、非常に珍しくも性に対して古風なひとだった。
およそ二ヶ月前に瑠璃に告白したときは、瑠璃も戸惑っていた最中だから、もう少しでまぐわうことができた筈だ。
しかし普段の瑠璃は、今でも純潔を大切に思っている様子が窺えた。
「瑠璃はそういうのは早い気がしてるんだよね~? なら、私が豊花と交わっても問題ないじゃ~ん。私は早いだなんて微塵も思わないし、豊花の性欲は私が発散してあげたほうが合理的だよ! ほらほらどーしたどーしたどうするどうする? ーーなあ、豊花?」
ユタカがめちゃめちゃ瑠璃を煽り始め、ようやく私は、これがユタカのアシストなんだと理解した。
いや、こんなことされると、目的が目的なだけに困惑している瑠璃に対して申し訳なさを感じてしまう。
「う……豊花、あの、もし、もしもそんなことしたら浮気だからね! その、そ、そういった行為は、また今度……なるべく早くするから……」
「私も女の子同士でするときの手順とか調べる時間もほしいから、急がなくても問題ないよ」
「え~、ざんねんだな~。豊花に振られちゃったよ~…………豊花に関して誰よりも詳しいのは私だし、誰よりも豊花を識り視てきたのも私だ。そして、豊花を誰よりも愛しているのもこの私だ。貴様がいくら否定したとしても、それは一寸の違いなき事実だ。まだ手は出さないが、もしも豊花を悲しませる事をしたときはーー私が横から豊花を奪うつもりだ。覚えておくことだな。なあ、葉月瑠璃?」
と、口調を素にして好き放題喋り終えたら、ユタカは「んじゃね」と場に言い残し、幽体に戻りそのまま私の体に異霊体として還ってきた。
「以前、豊花から出てきた幽体時のあいつと会話したときにも思ったんだけど、豊花にとり憑いてる異霊体って、好きとかいう次元を越えるくらい豊花に執着しているし豊花を愛しているわよね? いったいなんなの? 異霊体は皆、宿主を死ぬほど愛しているものなの?」
「いや、そもそも私は他の異霊体を見たことも会話を交わしたこともないから、よくわからないんだ……」
過去を振り返り思い出してみれば、たしかにユタカが幽体と化して私の前に初めて姿を現したときから、やたらと愛情を向けられていた気がする。
でも、他の異能力者の異霊体と会話したーーといった話は聞いたことも見たこともない。私以外の人でも“異霊体は無条件で宿主を愛する”ようになっているのかわかる人は知る限り存在しないから、誰にもわからない筈だ。
私以外にも異霊体と会話できる異能力者が現れたなら話は別だけど。
「杉井ってさー、地味にモテるよね? 瑠璃にも好かれ瑠衣からも好かれ、美山鏡子も杉井に惚れてたって噂を耳にしたこともあるし、異霊体からも好かれているなんてさー。モテモテじゃん」
「ありす、憶測を交えるけど、瑠衣が私に抱いている好意は恋心からじゃなくて友達としてのものだと思う」
「まあ、そうなるのかなー?」
「で、瑠衣が恋心を向けている相手は別にいて、それが誰なのか、私はずっとまえから察してるよ?」
もはや察しているレベルを上回り、確信に至っているけど。
「言わない言わない。杉井に言われなくても流石にもう察してるから」
瑠衣の恋心が向いているのはありすで間違いない。
ありすは瑠衣の危機を二度も救った。一度救われたあと、まずは憧れから始まり、二度と会えない予感がしたときに単なる友情を越えた気持ちを抱いているのを自覚したーーだから、瑠衣はありす似の女の子が登場するR-18指定の同人誌を隠し持って大切にしていたのだろう。
そして、ヒーローのように再び瑠衣を守るため目の前に颯爽と登場。
もしも私が瑠衣の立場なら、惚れていたに違いない。
出会い方が二回とも劇的過ぎる……。
「瑠衣、ちょっといい?」
ありすはベタベタしてくる瑠衣に真剣な眼差しを送る。
「ん、なに、ありす?」
「今まで誤魔化して来たけど、瑠衣にはきちんと私の気持ちを知っててほしい。瑠衣に好かれているのは嬉しい、うん、嬉しいことだよ?」
ありすは瑠衣にベタベタされることに対して、少なくとも悪い気はしないと述べた。
「瑠衣は私の交遊関係の中でも一番仲の良い存在ーーなんだけどさー? 別に私は瑠衣を否定するつもりも、同性愛を非難するつもりもないよ? けど、私は別に同性愛者じゃない。わかってくれるかな?」
「……嫌だった? 嫌いに、なった? ありす?」
「いやいや、嫌いどころか大好きだよ。ただ、私は同性に対して性欲は湧かないし、いくら触れあっても瑠璃と杉井みたいな恋人同士にはなれないの。瑠衣も多分、私の態度や発言から察してると思うけどさ」
瑠璃は一瞬、うつむき表情を暗くさせる。
しかし、すぐにありすに抱き着いた。
「別に、今はそれでいい。でも、いつかは、ありすと恋人、になるつもり。嫌い、じゃないんだよね?」
「う、うん。もちろん大好きだよ。かわいい愛弟子としても友達、いや親友としても可愛らしいと思ってるよ? でも性欲は向けられないからさー。瑠衣の期待には応えられないと思うよ?」
「私は、あきらめない。私が勝手に、目標にしてる、だけだから、気にしないで」
瑠衣は瑠衣で、ありすの言うとおり、ありすは異性愛者なのだと察していたのだろう。
直接言われた事に対してショックは覚えたかもしれないが、すぐに引っ付きベタベタし始めた。
瑠衣の恋心は成就するのか?
それは、今の私には予想もつかない。
一瞬、『直感』と呟きそうになるも、すぐに口にするのをやめた。
それはおせっかい極まりない、野暮な行為だと自覚したから。
「瑠璃、ありす。世間では災厄を倒したのが犯罪組織だって炎上してたけど、異能力者保護団体から見て愛のある我が家はどういう扱いなの?」
「……表向きは世界を救ったけど、犯罪組織は犯罪組織、これからも取り締まりはつづけるって意向は示してるけど……未来さんや美夜さんからコッソリ聴いた話だと、愛のある我が家に対しては何も対策しないつもりで、むしろ裏でひっそり繋がったままみたいなのよ」
だからこそ、さっき言っていたように異能力者保護団体は汚職の数々を隠蔽している集団だと瑠璃は認識したらしい。
「異能力者の保護、身の安全を守るーーって正義を謳いつつ、素直に異能力者になったと報告してきた善良な市民には様々な規制・制限を課すの。なのに反対の……異能力者になった報告をしないで、犯罪行為に荷担している愛のある我が家に属すようなーー極悪とされている犯罪組織に属してるような異能力者は自由にさせている。明らかにおかしいことだと思わない?」
「まあ、たしかにそうだよね……私もおかしいとは思ってるよ……。愛のある我が家に所属してる私からすると耳の痛い話だけど。でも、少なくとも報告してきた異能力者に課す制限ーーどのような事態に於いても異能力を使ってはならない、なんてバカげた制限を課す法律自体を変えていかなきゃ、そのうち正直者は馬鹿を見るなんて言われて、わざわざ報告しに来る異能力者は減っていくと思うよ」
瑠璃の言うことは普通に考えれば至れるごもっともな話だ。
既に正直者は馬鹿を見る状況になってきているこの時世、根本的に異能力者に対する法律を改めたほうがいいと感じている。
「異能力犯罪死刑執行代理人としても、愛のある我が家の面々は誰一人死刑執行の対象になったことがないし、そもそも死刑対象に値するかの議題に挙がることすらないよー」
「愛のある我が家は異能力者保護団体とだけじゃなくて、沙鳥が言うには警察庁、警視庁とも深い繋がりがあって、一部の裁判官とも裏で繋がっているんだとか」
愛のある我が家が多少無茶したり世間に存在が認知されたりしても、未だに逮捕者が出ないのはそれが理由らしい。
無論、犯罪者側の組織である暴力団とも繋がりがあるのだ。だからこそ、警察からもヤクザからも依頼の電話が来るのだと沙鳥は言っていた。
「もう法治国家じゃないじゃない! 私がもしこのまま異能力者保護団体の正規職員になったら、まずは異能力者保護団体内の汚職全てを突き止めて、綺麗な団体に修復するわよ」
「無理無理、無理だよ瑠璃。国自体が政治家の汚職問題でてんやわんや騒ぎになっているのに、異能力者保護団体の汚職をどうこうしようなんて個人の力じゃまず握り潰されるし無理だと思うよ」
ありすの言うとおり、細やかな慈善団体から、教育委員会、市長まで汚職をする人や団体はなくならないし、さらに省庁(異能力者保護団体含む)の官僚も国の政治家も汚職にまみれている。一般企業でさえちょくちょく汚職は発覚されるのだ。
瑠璃ひとりがいくら変えようと努力しても、異能力者保護団体の汚職を完全に撲滅するのは不可能だろう。
「もしもの話よ。まだ異能力者保護団体に属すと決めたわけじゃないし、だからこそ大学受験もするんだもの。ただ、もし、もしも異能力者保護団体の正規職員になったときは、愛のある我が家ーー豊花、恋人だろうと何だろうと関係なくしょっぴいてやるから、覚悟しておきなさいよ」
「わかってるよ。そう遠くないけど近くもないうちに、瑠璃が異能力者保護団体になる可能性があることも覚悟しておくよ」
まあ、その前にもしかしたら私は愛のある我が家から脱退しているかもしれない。
愛のある我が家に加わったのは成り行きでしかない。
最終的に加わざるを得ない状況に陥ったから自らの意思で加わったのだけど……。
たしかに仲間意識はあるし、愛着もある。
でも、沙鳥の詭弁に納得して犯罪を続けるのはもう無理だ。
自分自身が納得できていない。
しかし愛のある我が家にいる限り、犯罪からは離れられない。
罪悪感を抱えながら仕事をする日々ーー。
だからこそ、私は沙鳥に忠告されたような夢……自分の目標を抱くようになっていた。
「どうしたのよ、豊花? 渋い顔しちゃって。いや、その、言っておいてなんだけど、豊花を捕まえることになっても、私たちが恋人同士だって事実は変わらないわよ?」
瑠璃は思案している私に対しあたふたとする。
「いや、瑠璃のことじゃなくて、ちょっと別の事をちょっと考えていたんだ」
話にだけは聴いたことのあるリベリオンズという異能力犯罪組織。
そして、“異能力の世界”という異能力犯罪組織。
この人たちはやり方はどうあれ、自由に異能力を使っても違法にはならない世界を目指し活動していた。
実際、異能力の世界に属する者と対話を交わしたとき、ある種では、愛のある我が家の活動よりよほど真っ当だとさえ感じられた。
それら組織は、愛のある我が家みたく金稼ぎが目的の集団ではない。あくまで金銭の為じゃない。
締め付けられた異能力者たちが真っ当に暮らせるように法律を変えるーーそれを最終目標にしている純粋な組織だった。
その異能力者が自由になれることを願う組織たちと比較したとき、果たして愛のある我が家のほうが善性な活動だと誰が言えるのだろうか。
豊かな生活の仕事を全うしつつ、そのような思考にも纏い付かれ常日頃から考えるようになっているのだ。
ーーそして私は、愛のある我が家の一員としての目標ではなく、異能力者の中のひとりとして、個人的な目標を叶えたいと思うようになった。
愛のある我が家のように犯罪に荷担し、異能力を金稼ぎの手段にするような組織ではない。
新たに“異能力者が不自由なく、犯罪行為以外なら自由に異能力を扱える世界にするのを目的とした団体を作り、今より異能力者が自由になる世界に変える。
ーーそれこそが、今の私の新たな目標だった。
「さっきからなんなのよ? せっかく集まったんだから、花見を楽しんだほうがいいんじゃないの?」
「ああ、ごめんごめん。なんでもない」
しかし、今はまだこの考えを瑠璃には告げない。
実際に行動しているわけじゃないし、まだまだ単なる私個人の願望だ。沙鳥から絵空事と断じられるレベルの、達成が非常に困難な新しい私の目標でしかない。
沙鳥も現段階で私一人で叶う願いではないから、忠告してくるだけに抑えてくれたのだろう。
それくらい、実現不可能な儚い目標ーー。
瑠璃の目標を一笑に付すことはできないほどの困難な目標。
だから、わざわざ瑠璃には私の目標を伝えたりはしない。
それより今は現在を楽しむべきだ。
「桜がこんなに綺麗だなんて、産まれてから今の今まで知らなかったなぁ……」
人類が滅ぼされかけたのを防いでから、私の心境が変わったのか、今までは興味を持たなかった事柄にも興味を持てるようになっていた。
「あっ! コップに桜の花びらが入った。風流ね」
「えー? 単なる花だよ瑠璃。それに単なるオレンジジュース。酒に浮かんでるわけじゃないんだしさー」
「私も、ありすに、同意する」
「愚妹とその友達は風情がないわね」
談笑しながら、花見を楽しむ。
未来の私がどうなっているのかは、誰にも、私にもわからない。
私のお茶のコップにも桜の花びらが、ひらり、舞い落ちた。
その様は、どこか平和な風景だと、私には思えた。
(.END)
このEpilogueで本筋の物語(杉井豊花が主役の物語)は完結です。
個々の異なる人物(豊花含む)の一人称視点で記す個別Episodeを後日談として投稿していますので、本作は『連載』のままにしております。
ただ、ひとまずこれにて本編は完結したと思っていただけると幸いです。
読んでいただける方は後日談もお読み頂けますと嬉しく思います。
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