Episode246/その後ーー。
(361.)
愛のある我が家は全員ーーいや、戦略に参加した全員、澄も含めて生存し、怪我や負傷した箇所を煌季さんの異能力……回帰をしてもらったおかげで、無傷で戦いを終えられた。
そして、現在再び愛のある我が家のアジトの一室内に集まっていた。
煌季さんと三日月さんは既に帰宅しており、愛のある我が家の面々以外に室内に居るのは、アリーシャと宮田さん、みこの三人のみである。
ソファーには澄、みこ、沙鳥ーーそして、なぜか私が腰をかけている。
ソファーの周りには、舞香、朱音、瑠奈、六花、鏡子、裕璃、香織、アリーシャと疎らに座っていた。
宮田さんは居心地が悪いのか、離れた位置であぐらをかいている都の隣に佇んでいる。
「さて。私は澄さんの心を読心できません。あの神はなにを考えてああいった蛮行に出たのでしょうか? どうかご教示願います」
戦闘状態が終わったあとでも、沙鳥は澄の心中を覗けないらしい。
「神ーーとひとくくりにはできぬ。唯一神として語るなら、わしらが遭遇した神は神とは言えぬぞ」澄は少し俯いた後、顔を上げた。「まず、名称からじゃな。本来なら唯一神とするなら無の無の無と云える存在だけじゃ」
「無の無の無?」
「そうじゃ。無、それは無という状態が有る。その無という状態すらも否定するに値する存在じゃ。説明しても伝わらんじゃろうし、言語化するにはちと難しい」
澄はかいつまんで説明してくれた。
どうやら宇宙の始まりは真神ーーあくまでこの名称も例の神が命名しただけーーに原因があった。
真神は宇宙を一人で管理するのをバカバカしく感じ、新たなる神を次々につくり、大雑把に管理する範囲を決めた。
ここが難しいのだが、例の神ーー澄を操ろうとしていた神は、この新しく創造された神らのことを、まとめて旧神と名付けたらしい。特に太陽系含む周辺を管理する神を呼ぶ際に旧神と使っていたらしい。
そして遥か昔、旧神ではなく真神が地球のみを管理する神として創造したのが例の神だという。
自らより前に創造された神々を旧神と勝手に名付け、すべての神々を創造した主たる神を真神と、そして地球の神として新神を自称するようになった。
これに怒ったのが、元々太陽系も管理していた旧神で、その際は真神の仲裁により二柱の仲を取り持ったらしい。
「なら問題ないじゃん? 仲直りしたんでしょ?」
私も思っていた疑問を瑠奈が口に出してくれた。
「人間同士だってそうじゃぞ? 例えば瑠奈と沙鳥が言い合いをしたとしよう。第三者の舞香が喧嘩の仲裁をして、その場はまるく収まった。されど二人がこれから仲良しーーになるわけじゃないじゃなかろう? 心の片隅には言いたい文句が残留し続けよう」
「たしかに、瑠奈さんはいつまでも蒼井碧さんに薬物を渡したこと、ましてや下部団体に加入させたこと、未だに根に持っていますからね」
「あれはまるく収まってない! 碧はまだ苦しんでいるんだよ!?」
瑠奈と沙鳥の言い合いが始まったことで、澄の言わんとすることが理解できた。
人々との喧嘩と比較するのは無礼かもしれないけど、神も神同士で喧嘩するわけか。
「すまぬが、わしはもはや現人神になりし立場。善悪など論じる立場にはおらぬ。すまぬの」
「じゃあ神的には毒物をばら蒔く行為も悪だとは言わないの!?」
「そうじゃ」
澄は頷いてみせた。
その瞳から、真剣に肯定したことが窺えた。
「じゃあ、神様の善悪の判断基準を教えてよ!」
「そもそもの認識が誤っておる。真神は、人々が時代により勝手に作り替えてきた法律なぞ眼中にないわ。善行を積んできたものも、快楽殺人者も、真神にとっては等しくただの経験に過ぎぬ」
澄はつづける。
真神は人々に好奇心を抱き、肉体と幽体のみだった体に新たに霊体を加え、地上で経験した個々の人間が亡くなったとき、その霊体を真神に吸収するようにした。
この真神に還るとは、無に還るといっても過言ではない。
しかしーーと澄は一拍置き、言の葉をつづけた。
「旧神は元々自身の管理する範囲であった地球に住む人類が、地球そのものを破壊できてしまう兵器ーー核兵器を開発したことに対して並々ならぬ危惧を抱いた。それは地球を愛し人類含め地上に暮らす生物を愛している新神にとっても脅威に思えたのじゃ」
「つまり、新神という地球の神は、核兵器を開発したから人類を滅ぼすって決意したわけね?」
舞香が口を挟むが、澄は頭を左右に振る。
「最初から最後まで人類滅亡を唱えていたのは旧神じゃ」澄はつづける。「新神はいざその状況に陥りそうになったときの緊急策として、わしを創造した。記憶なぞを弄られつつな」
「ですが、人類風情が探査機とかいうわけのわからない物を使って、地球外の惑星にまで手を出し始めたんですぅ。旧神はそれに対して一番怒りを抱いているみたいですぅ。ね、澄さん?」
みこは澄の説明に補足する。
「そうじゃ。結果、新神は旧神に唆され、逆に真神は地球が無くなる結果に陥ろうと人類存続を願っていた。新神は愛していた地球ごと無くなるか、旧神の忠告どおり人類を滅ぼすべきか迷いに迷った」
「迷った結果……そういうことか……」
私はようやく理解し始める。
神は、人類を滅亡させる気なのか、戦いを楽しんでいるのか、自害する気なのかーーその三択以外が思い浮かばなかった。しかし、いずれにせよ矛盾が生じるため、私は混乱していた。
しかし、神は“人類を滅亡させる気”であり、同時に“神が殺される気”でもあったのだ。
神は人類が選んだ未来だと言っていた。
神は己の扱える力を全力で人類にぶつけ、その勝敗を以て未来を人類自身の手で決めさせようとしたーー。
「神とはいえ、全知全能じゃないわい。さらに真神の創造した神ともすれば、なおさらじゃ」だが、と澄はつづけた。「本来、真神から創造されたという点では、旧神も新神も両柱、対等な筈じゃ。わざわざ名称を別けて自身を新神としたのがひとつの混乱の原因じゃな」
そう。
澄の言うとおりなら、旧神は単に歳上というだけで、真神から創造されたという点では同格だ。
しかも創造神の真神は、話を聞く限りじゃ人類側の味方だ。
なのに新神は人類を滅ぼそうとした。
単なる苦悩の果てなのか、それとも、新神自身も人類をよく思っていなかったか、だ。
「みこ。お主は新神として、旧神と対話を交わせる能力が身に付いている筈じゃ。そして、地球を俯瞰して見下ろす能力も。お主は真神に人類が地球自体を滅ぼすことないと伝え、旧神にいびられていて困るーーじゃから元の地球の神は自ら消滅を祈った。それを伝えて交渉し真神に旧神を説得してもらうのが目先の役割じゃな」
「慣れてないのですが、澄さんの頼み、がんばりますよぅ」
みこは力強く頷いた。
「だいぶはしょったが、説明義務は果たしたと思ってくれたのかのう?」
「ええ、十分です」
沙鳥はテーブルの紅茶を口にしながら肯定する。
「さて。実は愛のある我が家ーーこの中で、真神が手を加えた異能力者が二名居る」
へ?
新神が手を加えたーーユタカの神殺しの剣や、宮田さんの神をも貫く弾丸の創造ーー能力じゃなく、真神が手を加えた異能力者?
「わしは長話は苦手じゃ。じゃからすぐに誰なのか言おうーー豊花、そして朱音。お主ら二名じゃ」
私は急に名を挙げられたことに驚愕する。
朱音も同様の気持ちなのか、驚きを表情から隠せていない。
「まず豊花。お主が要所要所で発現している未来視。あれは直感の異能力が成長したものではあらぬぞ」
「え、ちょっと待って! たしかに未来視は使えるけど、自意識で使えるような能力じゃないよ?」
たしかに澄との戦い、いや、神との戦いで、都合よく発動した。おかげでそれが神を殺す決め手になったのは間違いないけど……。
「新神が人類を振るいにかけようとするのを察知した真神は、お主に未来を見通す力を与え、新神に対抗する術にしようとしたのじゃ」
とはいえ、真神からの直接的な影響は人類の叡智を遥かに越えていたらしく、異能力を自身の図ったタイミングでの発現は難しくなってしまったらしい。
「豊花の件は理解した。でも、ぼくは関係ないんじゃないか?」
朱音はもっともな疑問を口にする。
「お主の異能力ーーただでさえ存在干渉というスケールの大きな分類にあって、尚も他の存在干渉系の異能力者と比較しても、考えられぬほどスケールが大きいのは自覚しておるな?」
澄は、例えばーーと比較対象を挙げる。
澄が打ち倒した旧GCTOのリーダーである暗闇夜々は、たしかに存在干渉であり人間に対しては不敗の強さを保持していた。現存していたら、相手が務まるのは澄やみこくらい。もしかしたら、アリーシャや瑠奈辺りも通じるかもしれない、ほどの凶悪さを保有していた。
だが、しかし、それはあくまで対人で最強の異能力の範疇であり、スケールが大きいとまでは云えない。
そして、同じく存在干渉の異能力者だった双葉結弦。
厳密に説明すればタルパだのわけがわからないオカルトが関係してくるがーー彼も双葉結愛という一人の人間の少女を、無から創造するといった概念を超越した異能力を持っていた。
ただし、たとえ無から新たな人類を創造するというぶっ飛んだスケールの異能力だとはいえ、朱音の持つ異能力とは比べ物にならないほど矮小だとさえいえる。
ーーなぜなら、朱音は人間どころか、ひとつの世界を創造した異能力者なのだ。
そして、創造した世界ーー異世界と現世界を行き来し、物や人物まで自由に運搬可能。
ある意味……。
「ある種、お主は地球を任されている新神と同じく、ひとつの異世界を任されている神の一柱とさえいえよう。そして、その異世界の人物は」澄は瑠奈とアリーシャに一瞬だけ視線を向けた。「新神の創造した神造人型人外兵器たちに通じる力を持っておる」
「ぼくが……神?」
「そうじゃ。わしの知る限りスケールの大きい異能力を扱う数々の人物の中でも殊更、スケールが大きすぎて一人間であるお主には把握しきれない異能力なはずじゃ」
「たしかに、ぼくは異世界の情勢なんかも詳しくは把握してない。けど、戦闘力なんて皆無なぼくが真神とやらが弄った存在だとは思えない」
朱音はいまいち腑に落ちていない様子で、頭を傾げている。
「本人に力がなくとも、お主が異世界で味方を大勢つくり、こちらの世に大勢連れてくれば、神造人型人外兵器たちの討伐はもっと楽に済んだじゃろうな」澄は再びアリーシャに目を向ける。「同一化したアリーシャの能力はわしにも通用した。察しのとおりじゃ。こやつが厄介だと感じたからこそ真っ先に狙ったわけじゃ」
ーー同一化はわしで現すなら自己血壊のような奥義じゃろう?
と澄は付け足した。
同一化は精霊操術師が全力で思い通りに精霊術を操るための技術。精霊と合体し、いちいち精霊を介して能力を発しなくても済むようになる。その分、コントロールに割いていた力をすべて単純な威力に割けるようになる。
界系の奥義は精霊を世界に溶け込ませなくてはならないぶん、同一化したままでは不可能な技術のため相性が悪く、単純な威力か界系魔法の発動か、どちらか要所要所で選ぶ必要が生じる。
使い分けが大切らしいが、私は界系の奥義を習得するに至っていない。そして精霊が下級なだけ同一化に成功しやすいのだと、前夜瑠奈から雑談混じりに聴いていた。
そして、やはり同一化を果たしたあとのアリーシャの夢ーー幻覚の精霊術は、澄にとっても厄介だったらしい。
もしも能力を全く意に介していなければ、離れた位置にいたアリーシャから狙う理由もなかったわけだし……。
「わたしは? ねえわたしは!」
「無論、お主の精霊操術も怪我を負わずとも痛みは感じていたわい」
「痛みだけかい!」
瑠奈は血界に対抗する術として、同一化ではなく界系を扱える状態を維持していた。同一化したあとなら、痛みのみならず負傷させることも可能だったんじゃないだろうか?
澄と瑠奈がじゃれあうのを横目に考える。
たしかに、未来視なんて能力、直感の域を越えている。
頭が割れそうなレベルで頭痛が酷くなるのも、真神からの恩寵だと踏まえると、人智を越えた力を使おうとする副作用だと納得がいく。
「納得するもしないも好きにせい。どのみち、わしは愛のある我が家から去る」
「ーー!? すみ、どこか行っちゃうの?」
黙って聴いていた六花が、その澄の発言により焦りを顔に浮かべた。
「言った筈じゃ。わしはもっと大勢の、多種多様な人類をこの目で見て、それを神々に伝える役割にーー現人神になるとな」
「私は元から愛のある我が家じゃありませんけど、新神として、地球の神として、天上から地上を見下ろす役目を果たすので、もう多分会うことはないですぅ」
六花は不満顔で、呟くように小さな口を開いた。
「すみも……?」
みことは二度と会えない。
なら、澄も?
六花はその考えに至ったのか、震える声を捻り出す。
「心配するでない。わしも神にはなるが、地球の神ではないぞ。地上を歩きまわり多種多様な人種、人格、思考を持つ人間たちと関わりながら過ごす人類の神のつもりじゃ」じゃから、と慰めをつづける。「二度と誰かの側に立つーー特定の団体や人物に味方をすることはなくなるが、ちょくちょくお主にも顔は見せよう」
「また、すみと会えるんだよね?」
「無論じゃ」
澄は六花の傍まで歩み、六花の頭を撫でながら諭す。
「これから世界中、色々な国を行脚し、多種多様な思想を持つ者たちと会話を交わし、どのような想いを抱いているのか見てまわる。そうして、みこーー新神と旧神、真神に報告し、ときには対話する役割を果たすつもりじゃ」
そのために必要な能力、語学、知識は新神から受け取った。
と澄は補足する。
「ちなみに新神の指す旧神も、さらにいえば真神も、人語など操ってはおらぬ。人形でもない。真神など姿さえ持たぬ。地球の神だからこそ、あの神はお主らに色々と語りかけちょっかいを出してきたのじゃ」
ーー新神も新神で苦悩に苦悩し、悩まぬ刻はなかった。
澄はそう言うのを最後に、話し終わったのか口を閉ざした。
「それはそれは……行脚ですか。一神教が大半を占める国では行脚するのに苦労しそうですね」
沙鳥は誰となしに呟く。
たしかに、日本は多神教が根付いている。
亡くなった際には仏教に頼り、願い事をするときは神社に赴き、クリスマスには祝い事までする。
そのうえ無神論者が多数を占めるわけでもない。
こうも様々な宗教を受け入れたうえ、まぜこぜにしている都合の良い国は滅多にないだろう。
「案ずるでない。わしは既存の宗教を否定したりはせぬ。一応、仮の身分として日本の八百万の神の一柱が現界した現人神とは名乗らせてもらうがの。八百万もいればわしごとき紛れてもバレんじゃろ」
「八百万は沢山という意味で、決して800万の神がいるわけではありませんけどね」
澄は「そうじゃったかの」と楽しげに笑う。
何はともあれ、澄が操られて神造人型人外兵器と敵対組織への対策に追われる日々は終わりを告げた。
「豊花、慌ただしくて声かけられなかったけど久しぶり!」
と、裕璃が私に近寄ると肩を揺さぶってきた。
「久しぶり。裕璃は元気でやってる?」
「うん、あっちの生活に慣れてきたからかな? こっちの常識があやふやになることもあるくらいだよ」
この何気ない会話で再度、強く実感する。
私の、私たちの日常は、ようやく再開したのだということをーー。
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