Episode245/神域血戦
(388.)
昨日集まったメンバーのうち煌季さんと三日月さん以外が公園に集合していた。
三日月さんは公園を一望できるビルの一室の窓際に居り、煌季さんは三日月さんと同じ部屋で怪我人治療の為に待っている。
鏡子、香織は公園入り口から一歩進んだところに位置し、その二人の真ん中に舞香は佇んでいた。
その背後、公園のちょうど入り口に陣取るのは沙鳥。
六花とみこは公園内へ5メートルほど進んだ距離から互いに左右に離れる。
そして、私と瑠奈とアリーシャは並んで詠唱を始めた。
「我と契りを結びし火の精霊よ 私にとっての光となる炎よ 我にちからを貸してくれ フレア!」
「微風瑠奈の名に於いて 風の精霊を喚起する 契約に従がい 今 此処に現界せよ! シルフィード シルフ」
「素敵な夢を 始めよう 永久に終わらぬ幻が いま開始の音を奏でる ドリーミー」
すると、私の隣にはフレアが、瑠奈の左右にシルフとシルフィードが、アリーシャの傍には巨大な紫色のゼリーの形状をしている精霊がそれぞれ現れる。
間髪いれずに私とアリーシャは唱える。
「「同一化!」」
アリーシャはドリーミーに呑まれるようにゼリー内部に入り、美しい髪色を輝かせる普段のだらしない面持ちから、お姫様に相応しい威厳ある美少女へと変わり同一化を果たした。
フレアが私と重なったあと消え、私は身に熱が籠るのを実感し、髪すらチリチリ熱を放っているのを感じながら、同一化したのだと実感した。
しかし、作戦上、瑠奈だけは同一化しないままだ。
それぞれ公園で好きな場所に陣取る。
私は舞香たちの前方、左右に別れた六花とみこの真ん中で待機する。
都と宮田さんは公園の周りを囲う一部にちょくちょくある茂みに隠れているだろう。都と宮田さんは別々の場所に隠れる予定だが、歩調を合わすためにもお互い位置を把握しているだろう。
「全員、指定箇所に配置が完了しましたね」
沙鳥は公園内を見渡し、背後のとあるビルの一室にも目をやり頷きながら独り言のように呟いた。
「では、これより戦闘を開始しましょう。皆さん、準備はよろしいですね?」
背後から沙鳥の声が届く。
私は頷き、他の面々も頷いたり声に上げたりしながら同意を示す。
「さて。澄さんを呼びましょう」
(359.)
愛のある我が家のメンバー全員で同時に『澄』と唱えた。
すると、晴れている青空から公園中央に向かい、激しい輝きを放つ紫色の雷が落ちた。
その落雷した地点に澄が顕現する。
「すみ! 私はすみのおかげで助かったんだよ? おねがいだから洗脳に負けないで!」
「澄さん、今からみこたちで限界を超えた洗脳から解放してあげますよぅ!」
裕璃を連れた朱音は作戦どおりすぐに身を消した。
澄が姿を現した直後、六花とみこが澄に対して説得を試みる。
見渡す限り、神はまだ降臨していない。
それを認識した瞬間、私は脳内で思い描いていた最も被害を最小で済ませられる澄と神が同時に現れるパターンでの対応をーープランAを、すぐさまプランBのパターンへの対策に思考を切り換えた。
もしこのまま神がいつまでも姿を見せなければ、プランBを放棄してプランCやプランDに切り換える必要があるが、そうなると六花とみこーー特にみこは澄側に寝返る可能性が遥かに高くなってしまう。
「わしが操られている? わしは操られてなぞおらぬ。貴様ら人類を滅ぼす事がわしの使命で相違ない」
「澄さん苦しんでいたじゃないですかぁ! みこは澄さんが苦しむ様子をずっと見てきたんですよぅ!?」
澄の発言に対して、みこは声を荒くしながら反論する。
しかし、澄は平然とした表情のまま二人を見遣るだけで一切返答しなかった。
そろそろ沙鳥が送心の異能力で澄に語りかけているだろう。しかし澄は眉ひとつ動かさない。
「この公園は今より神域と化す。神の造りしわしと、お主ら人類の争い。その前哨戦に相応しい場所に変えようぞ」
背後ーー公園の入り口に位置する舞香が転移する音が聴こえた。
一瞬だけ振り返り確認すると、舞香の両隣にいた香織と鏡子が姿を消していた。
鏡子は自身の異能力が澄に通用していない様子を確認し、すぐに舞香に伝えたのだろう。
「さて、神と人々との戦いじゃ。わしが自ら相応しい舞台を用意してやるーー血界」
澄が血界を使うのは想定内だ。
澄が血界と唱えると、辺りは鮮紅色や赤黒色、朱殷、思色など様々な赤で染まり始める。
これに対する対抗策はーー。
「いくよ、澄。ここは澄だけの領域じゃない! “風界”!」
シルフとシルフィードの姿が薄れ世界に浸透する。
同一化が精霊と精霊操術師が重なり合体する奥義とするなら、界系技術は精霊を世界に重ね場を支配する奥義だ。
辺りを染め尽くそうとしていた赤赤の侵食が止まり、周囲に風が吹き荒れる。
澄の血界は空を半分侵食した時点で、それ以上を赤で染めることはできない。
澄の血界と瑠奈の唱えた風界が互いにせめぎ合い拮抗状態に陥る。
これが、澄の切り札のひとつーー血界への対応策。
過去に澄と羽咲が殺しあった時に精霊操術師が扱う奥義の一種、皆の世界を自身の世界で支配する技術ーー“界”(羽咲の場合は氷界)が澄の血界と拮抗していたのを振り返り参考にしたのだ。
羽咲もそうだったが、同一化したままでは瑠奈は風界を使えない。だから瑠奈だけは同一化せずに身構えていたのだ。
一応、アリーシャも“夢界”なる界系の奥義を使えるが、それは“敵味方関係なく自分自身さえ巻き込んでしまう”といった扱い難い特性を有しているらしく、採用は見送られた。
しかし、アリーシャには別の役割が与えられている。
「ふむ……お主も進歩したようじゃのーーッ!?」
ドリーミーと同一化しているアリーシャが『ばぁ』と呟くや否や、ようやく澄の冷静な表情が変わり、ほんの一瞬だけ驚いた顔色を見せた。
どうやらアリーシャが能力を発動したようだ。
「貴女の五感は全て、夢の中に納まりました~。視覚も聴覚も、触覚、嗅覚、味覚までも全ては私の見せる夢ですよ~?」
ドリーミーとの同一化により強化されたアリーシャの精霊操術は、澄だとしても防ぐことはできなかったらしい。
それは嬉しい誤算であった。
半ば通用しないだろうと諦め半分で考えていたアリーシャの精霊操術が、澄を以てしても防げないーーという嬉しい誤算。
しかし、澄はすぐに冷静さを取り戻したかのように表情を元に戻した。
「ふむ……厄介じゃがーー」
澄は地面を強く蹴ると、迷うことなくアリーシャに向かって一歩で跳んだ。
「アリス!」
瑠奈は焦りアリーシャへと声を発した。
それと同時に、アリーシャは澄の拳による突きをゼリーの膜の上から喰らい、勢いよく後ろに殴り飛ばされた。
幸い、ゼリーがクッション代わりになり勢いを吸収したからか、見た感じアリーシャは負傷していない。しかし、殴り飛ばされた勢いで、一度バウンドしたあと仰向けに倒されたまま動かなくなってしまう。
「お主ら勘違いをしてはおらぬか? わしはお主らとは違う。五感だけに頼り切ってなぞおらぬわ」
第六感かなにかが澄には備わっているのだろうか?
そこで銃声が一、二、三ーー複数回辺りを木霊する。
「わしに拳銃なぞ通じぬぞ。喧しくなるだけじゃ」
それらは澄に当たるも、和服に穴を空けるだけで皮膚にすら傷を負わせていない。
しかしーー。
「いい加減喧しいわい」澄は銃声のする方へと身体を向けた。「無意味な行為を繰り返すほど愚か者になーーッ?」
今までとは別の方角から銃声が木霊すると、澄の肩を銃弾が貫通した。
茂みに隠れ身を潜めている宮田さんが、乱発する都の銃声に紛れて発砲したのだ。
都が射撃をつづける最中、すぐに宮田さんは二発目を射撃する。が、しかし、澄は頭を傾げるだけでそれを回避してしまう。
「わしの身体に疵をつけるなぞ不可能な筈じゃ。じゃが、現に今、肩を負傷した。ふむ……」
澄は言うなり反転し位置を割り出したのか、都から宮田さんの潜む茂みに向かって勢いよく跳ぼうとする。
それに対し、私は火の精霊操術を澄に向けて火炎放射のように放つ。それと同じに、瑠奈も暴風をも上まわる速度で澄に急接近。腕に風の刃を纏わせ切りかかる。私の放った炎が瑠奈の風刃に吸収されて燃え上がり、火を纏う風の刃を澄に叩きつけた。
「バカ野郎いい加減目を覚ませッ! 澄!」
澄に炎が逆巻く風刃を叩きつけると、澄は跳ぶ勢いをだいぶ削られた。だが、勢いを落としながらも宮田さんとの距離を詰めようとする。
勢いを減らしながらも、澄は宮田さんがいるはずの茂みに辿り着くが、既にそこから宮田さんは姿を消していた。
計画どおり。澄が宮田さんに狙いを付けた段階で、舞香は位置バレをした宮田さんを別の場所に転移させたのだ。
「煩わしい悪あがきをするものじゃあないわい」
澄が慨嘆を垂れる最中、みこは掌に紅い閃光を纏わせながら、凄まじい速さで澄に接近。そのまま閃光を纏った握り拳で澄の腹部に突きを入れた。少し身体を揺らした澄は、直ぐ様みこを殴り返す。みこは殴られた勢いで数歩後退るが、負けじと再び閃光を集め殴りかかる。
「お主も神造人型人外兵器の端くれ。同郷の者に対して酷い狼藉じゃな?」
「今の澄さんは本当の澄さんじゃありません! あんなに悩み苦しんでいたのに、神の操り人形に成り下がる気なんですぅ!?」
「お主こそ神の創造したる子から人間なぞに堕落する気か?」
言い合いの最中、再び銃声が鳴り響く。都が澄を撃つことを再開したのだ。
その銃声に対し、澄は肩を貫かれた記憶があるからか全てを避けようとする。
体を捻り、頭を傾げ、片足を上げ、一歩左に体をずらし、体勢を変えーー最小限の動きで弾丸を躱す。
銃撃に意識を向けた澄に対し、みこは閃光を溜めた拳を叩きつける。
少し、誤差の範囲で澄の姿勢が崩れる。
その隙に、宮田さんの射撃が澄の脇腹を貫いた。
「ええい喧しい!」
澄はお返しとばかりにみこの腹部を殴り上げ、みこの身体が少し浮いた。その間にみこの顔面も殴り、その威力でみこは1mほど後方へ飛ばされた。そのまま地面に自由落下し倒れてしまう。
澄はみこにとどめを刺そうとするが、瞬く間に舞香が現れ、寸刻でみこを連れ姿を消した。
澄は未だ放たれている弾丸を放つ銃声の持ち主を探すためか、辺りを見渡す。
すると、澄は自身に飛び込んでくる瑠奈の姿が視界に入ったらしい。まずは瑠奈を始末することにしたのか、身を守る風壁の上から拳を叩き込んだ。
「うッ!?」
その衝撃で瑠奈はもといた位置まで殴り飛ばされ踞る。
そこに狙いをつけ、澄は一気に瑠奈へと跳ぶが、それを予測していたとばかりに瑠奈の目の前の位置に宮田さんは発砲。瑠奈を殴り付けようとしていた澄の脚に弾丸がかする。身動きを止めた須臾の間に、舞香が現れ瑠奈を連れ去り姿を消した。
私は直後、再び澄に向けて炎を浴びせる。ダメージは与えられないが、視界を遮る役にはなる。
澄は五感になど頼ってはいないと豪語していたが、ならばわざわざアリーシャから狙う必要はない。つまり僅かでも五感に頼っており、アリーシャの能力が邪魔だと判断したのだろう。
「澄! お願いだから元に戻って!」
六花は悲痛な叫びを上げる。
しかし、説得の段階は疾うに過ぎている。
おそらく異能力で威力を増した六花の攻撃なんて、澄にはかすり傷ひとつ負わせられない。
それを理解しているからこそ、作戦どおり離れた位置から語りかけているのだろう。
プランAには、澄を味方に変えて共に神を打倒する策もあることにはあった。しかしプランBに変わった今、果たして意味がある行為なのかわからない。
「喧しい……喧しいぞお主ら!」
と怒鳴ると共に、澄に纏わせていたフレアの力の炎が散開し視界が開かれる。
その開けた視界の真ん中に舞香とみこが現れた。澄は真っ先に舞香に狙いをつけるが、拳が当たるギリギリ直前にどこかへ転移し攻撃を回避した。
みこは怪我どころか、先ほどの戦闘で疲弊したはずの荒々しい呼吸も収まっている。
舞香はみこを医療係ーー煌季さんと三日月さんが居る建物の内部へと転移し、煌季さんに回帰の異能力で治療してもらったのだろう。
プランBでの舞香の役回りはそういうものだ。
瑠奈も風界を維持したままではいられるものの、今の一撃でいくら風壁で身を守っていたとしても、内臓のひとつやふたつ損傷を受けたに違いない。
だからこそ、舞香は風界がまだ維持できるように瑠奈を治療するため煌季さんの居場所に転移した。あの建物は風界の範囲内。その帰りに完全復活したみこを公園へと連れ戻したのだろう。
「お主ら……小賢しい真似を」
「澄さんが洗脳から解けるまでやめませんよぅ! 澄さんはありのままの澄さんでいいんですぅ!」
再びみこと澄の小競り合い。
そして、作戦どおり別の場所にひそかに移動した都による乱射が再開する。都の異能力は残弾を無制限に使えるといったもの。
みこと澄には普通の弾丸など通じない。それを理解しているからこそ、都は囮を演じ、できるかぎり宮田さんが放つ神をも穿つ弾丸ーーという本命の銃声を確定できないようにしているのだ。
今回の為に宮田さんと都さんの持つ銃は同じ物にしてある。
宮田さんの異能力は、あくまで弾丸に念を込めると、その弾だけは神に有効な弾へと変化するというもの。
エイム力が良ければ都にも渡されていたが、今のままではフレンドリーファイアのリスクが高すぎてその案は採用されなかった。
「くっ……! 煩わしいことこの上ならぬ……!」
再び舞香が瑠奈を連れて、今度は澄から離れた位置に現れた。
そこで。
ーーふと、疑問を抱いた。
澄は予め神に有効な武器を持つ宮田さんや、ましてや私の持つ神をも貫く剣ーー私がこの手に握る剣を神殺しの剣だと教えてもらっていないのか?
もし予め知っているなら、多少の障害ともなるアリーシャや瑠奈、みこ、舞香よりも、真っ先に私や宮田さんをこの場から退場させようとする筈だ。
なのに、澄は弾丸に貫かれて初めて『この弾は己の身体を貫通する』と認識し、そこでようやく宮田さんを倒すための行動に出た。
私は未だにこの剣を活用していない。だからなのか、澄は積極的に私に狙いをつけていない。
澄からすると、私は六花や沙鳥といった支障にも邪魔にもなっていない人物と同類に区別しているんじゃないか?
プランBのままではまだこの剣を活用するのは後になるが、プランCへ移行したら真っ先に神殺しの剣をつかって澄を殺すーーないし無力化させるため、直ぐに使われることになるというのに。
澄は私に対して、少し直感が冴えている弱々しい火の精霊操術を扱うだけの存在だと認識されているんじゃないだろうか?
つまり……神は澄に“神にも通ずる武器の存在”を一切教えていない?
「ええい、いい加減にしつこいぞお主ら!」
みこの閃光を纏う掌底打ちを避けずに腹で受け、すぐにみこを拳で殴り飛ばすと、澄は心底うんざりするような口調で文句を口から漏らす。
瑠奈は舞香に連れられて転移してきた場所から動かず、澄から離れた位置から勢いよく風の刃を放つ。既にルーナエアウラさん並みの精度を誇るといっても過言ではない、鋭い風刃。
それに加え、狂風を纏う空気の槍を一寸で創造し澄へと投擲。直後、風の弓で矢を引き射る。
瑠奈は風で髪を乱れさせながらも、次から次へ多種多様な圧倒的な質量を持つ風の精霊操術で澄に攻撃を仕掛けていく。
澄は風刃をサッと躱す。直後に襲い来る狂った風を纏う槍までは躱し切れず、右胸に直撃する。少し痛みがあるのか表情を歪ませるが、辺りを暴風に変えながら射抜く為に放たれた矢を、澄は左手で掴み構成している凶風ごと破壊し霧散させた。
「ぬうっ……いい加減にせよと謂って居るのにーーお主ら皆、いや、人類は皆、楽な死は望めぬ事になるぞ? 老若男女問わず赤子までも平等に苦痛を伴う死で償うはめになるぞ? それを理解した上での狼藉じゃろうな?」
「澄は私たちの仲間だもん! 何度だって言うよ!? 澄は私を地獄から救ってくれた命の恩人! こんなことするようなひとじゃない! もうやめて!」
六花は澄に届くよう大声で懇願する。
同時に都さんのおおざっぱな射撃(これでも以前より鍛えてある筈)に紛れて放たれる宮田さんの射撃。その銃声の後、弾丸は澄の腹部を貫いた。きょうの戦いの中で、澄は一番多量に出血した。
みこの閃光を帯びた拳との殴りあい。
瑠奈から喰らった風刃、遠距離からの狂風纏う風槍の一撃。
都が乱射した弾丸、宮田さんの神をも貫通する射撃。
ーーそれらにより、澄の和服はほとんど破られ、澄という名の童女の体躯は恥部を隠す物すらなくなっていた。ほとんど、いや、全裸だと言っても過言じゃない状態。
だからこそ、宮田さんの弾丸が腹部を貫いたときの出血がありありと視認できたのだ。
「何処まで……何処までも……下等生物の分際で、わしを侮辱せずには居られぬようじゃな?」
と、そのとき『顔色を変えず行動を続けながら冷静に聴いてください』という沙鳥の声が脳内に流れた。
沙鳥の異能力のひとつ、送心によるものだろう。
「澄! わたし実は初潮前の童女でもイケる口なんだよ? 今度二人でまぐわおうね、決定っ!」
瑠奈も沙鳥の送心が聴こえているだろうに、下品な口調で語りかけながら右腕を掲げるように上に伸ばし手のひらを開く。その上空で狂ったように風が混ざり合い、すぐさま幾つもの風の矢が創造された。
「私を助けれてくれた……あのときの澄に戻って!」
六花にも沙鳥の送心は届いているだろうに、今までしていた行動ーー説得を続ける。
私もマナが枯渇し始めたの察知しながらも、火の玉を澄に向けて数回放つ。
『これから数分以内に澄さんは切り札を使います。その際、皆さんは抵抗する素振りを見せつつも澄さんに倒されてください。念のため心臓に被害を受けるのだけは避けるようお願いします』
沙鳥が再び送心したのだろう。
脳内に沙鳥の声が響く。
異能力の直感が働いたのか、私はその指示を聴いた瞬間、それこそが、今、この場での最適解だと自然と理解した。
切り札?
瑠奈は頭上の空中で無数に創造した風の矢を、全て澄に集中砲火した。
都はまだ撃ち続けているが、宮田さんは撃つのを控えたのか、銃弾は都がまばらに放った物で、偶然澄に当たろうとも傷ひとつ付かない。
『倒されたあと、例え起き上がる体力があっても身動きせずにお願いします』
沙鳥は全て伝え終えたのか、それから声は響かない。
ーーッ!?
頭痛がしてきたと思えば、同時に私の脳裏に未来の景観ーー充血した赤色の肌をしている澄の周りに、私たち愛のある我が家の面々がバラバラの位置で倒れていた。そこに神があの容姿で降臨し姿を顕現する。私が隙を突こうと神殺しの剣となっているユタカを神に投擲するが、容易く避けられてしまい、直後に神の放つ神々しい輝きを纏う閃光が放たれ殺害されしまうーーが映る。
沙鳥の指示どおりじゃ助からない!?
いや、でも私は、直感で沙鳥の指示どおりに動くことが、今この場での最適解だとわかってしまっている。
私は火の玉を時々放ちつつ、小さく「思考」と呟く。
直感を信じるなら沙鳥の指示は的確だ。つまり、私たちが倒れている様子までは狙いどおりの筈。
「いい加減にせよと、わしは幾度も申した筈じゃ……」
私は次第に酷くなる頭痛に耐えながら、あの風景になったあとにする行動を数多に思考し、その都度確実に実行する気になる。その変えた行動により未来がどう変わるのか視て識るたび、私は別の手段を実行することに決め、また変わった未来の様子を未来視するーー耐えられないほどの激しい頭痛に襲われ声が漏れそうになるのを手のひらで口を塞ぎ堪える。
その変えた行動によりこの先がどうなるのか未来視するのを繰り返し、痛みに耐えきれず屈んでも繰り返し、ひたすら繰り返しーーそして、望む未来にするためにはどうすればいいのか……私はその未来を視ることで手に入れたーー。
(360.)
「ああ! 喧しい喧しい喧しい喧しい! 煩わしい煩わしい煩わしい煩わしい! 五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い! もはや容赦はせぬぞ? 一瞬で終わらせる! 主らのせいじゃぞ? わしの全力をその身を以て味わえること、それを誇りに思い身を震わせて歓喜せよ! 刹那の間に敗北が決したことを嘆き絶望せよ!」
澄は近距離戦を交わしていたみこを殴り公園の端まで吹き飛ばし怒号する。そして、その技の名を唱えた。
「自己ーー血壊ッ!」
周囲を中途半端に染めていたありとあらゆる赤色が、勢いよく澄に吸い込まれていく。すると澄の体躯に巡る血管の流れが肌の上からでも見えるよう鮮紅色と赤黒い色に染まる。おそらく動脈が鮮紅色、静脈が赤黒色なのだろう。
皮膚の上からでも、全裸の澄の体躯に何処から何処へと血管が繋がりどこからどこに流れているのかも一目でわかる。そのような様相に肢体を変えた。
やがて手や足、身体から血を吹き出し、澄は全身血塗れに変貌したのだ。
瞳の色は鮮紅色に鋭い輝きを放ち、白目の白を朱殷が侵食し染めていく。
澄から離れている此処からでも、澄の激しい鼓動の音色が耳まで届く。
「はぁっ!」
澄が全身にちからを込めて力むと、両足の着く地面から辺りに深い亀裂が走った。
「すーーみッ!?」
澄の姿が消えたかと思えば、六花が腹を殴られ突き飛ばされた。
すぐに六花の傍に表れた舞香を目にも見えない速さで蹴り飛ばす。その隙に殴りかかってきたみこの腹部に強烈な肘鉄を叩き込む。みこはふらふらした動作で踞るようにその場に倒れた。
“あの未来”を見ていなければ違和感を覚えていたに違いない。
自己血壊ーー羽咲との戦い以外で私は見たことがない澄の切り札。
その凄まじい脅威は愛のある我が家の面々の大半は知っているだろう。自己血壊したあとの澄の突きや蹴りは、もはや兵器に等しい。そして、あのときの自己血壊は全力を出してはいないと沙鳥は知っていた。
なんせ羽咲をビルまで飛ばした末、そのビルにクレーターを刻むほどの威力を手加減して行っていたのだ。
だというのにーー。
「澄、覚悟しろ!」
襲い来る瑠奈に対し、澄は瞬間移動したかのように須臾の間で瑠奈の眼前に現れる。飛びかかる勢いを殺せずに、そのまま目前の澄に瑠奈は頭部から突っ込んでしまう。澄はびくともしない。衝突した反動で顔が少し上がり苦しむ表情を見せた瑠奈に対し、澄は頭の上から鉄槌を叩き込む。瑠奈は強い力で叩きつけられ地面に堕ちた。
今回はさらに手加減しているのだとわかる。
なぜなら、真っ先に狙われた“攻撃特化で守りは普通の少女である六花”が、殴られた際に常識の範囲に収まるレベルでしか飛ばされてはいない。
腹部を貫通させる威力がある筈の澄の攻撃……それも、全力状態と化す自己血壊をしている最中だというのに、だ。
もしも羽咲と戦ったときの力で殴られたら公園の外、それこそ、もしかしたらお星さまになってしまうほどの距離まで飛ばされているだろう。それか、血をも残さず粉砕している筈だ。
「まだじゃーーわかる、わかっておるぞ! 身を隠そうとなにも変わらぬ!」
「ぎゃッーー!?」
瞬く間に澄は茂みへと移動すると、草や木ごとなにかを蹴り上げる。すると茂みの中から都は宙に浮くように姿を現す。そのまま都は円を描くように草むらに落下した。
そして、都とは真逆の向きにある茂みに捕捉できない速度で赴く。
すると宮田さんが、最後の抵抗と言わんばかりに木から身を乗り出し銃を構え狙いをつけようとする。が、澄に銃ごと手元を蹴られ、宮田さんは拳銃を手離してしまう。そのままゴッという音が木霊し、宮田さんはその場で崩れ落ちた。
少しずつ頭痛と動悸が緩和していくのを感じつつ、それでも私は、まだ痛みのせいで自由に動けないでいた。
でも、必ずやらなければならない事がある。
死ぬような痛みに耐えてでもやらなければならない行為があるのだ。
辺りを眺め、舞香が倒れている付近に歩み寄る。
舞香にあと1メートルあるかないかほどの距離まで近寄ったところで、私は澄に腹部を蹴り上げられてしまう。
内臓がいくつか逝ったと確信するほどの力。澄はその後、蹴り上げた足で、さらに私の脳天に狙いを定め踵落としを喰らわせた。
地面に叩き付けられた私の意識は耄碌し、目眩まで発現する。ただでさえ痛みで悲鳴を上げている頭に諸に衝撃が加わったのだ。
うめき声を上げてしまうのも無理はない。沙鳥は身動きせずにと命令していたが、漏れてしまううめき声くらいは勘弁してほしい。
意識が少し回復したとき視界に映るのは、もう既に地面と接吻を交わしている沙鳥の姿だった。
開戦直後に身を隠した鏡子と香織、自前の異能力で公園からすぐに姿を消した朱音。治療班の煌季さんや三日月さんーーその五人を除いた仲間たちは、皆、公園の中で散り散りに倒れている。
つまり、澄との戦いで私たちは敗北を喫した。
それが、愛のある我が家、対、澄の争いの結末だ。
やがて、空から光の粒子と共に、美しい長い白髪をした美女ーー神が地上に舞い降りてきたのを薄目で確認した。
現れるなり、神は澄に向かって拍手した。
「お見事だったよ、澄。まだ愛のある我が家の残党は隠れているけど、それらは脅威に値しない。澄ならすぐに始末できるだろう」
「ああ……そうじゃな……」
澄の表情までハッキリと見ることは叶わない。が、倒れ付しながらも私の耳には、澄の言葉がハッキリと聴こえる。
澄はどこか、心ここにあらずといった感じの声色で神へと返事する。
「運命は決した。人類側の敗北で終わりを迎えるだろう。澄、休む間も与えてやれなくて申し訳ないが、今からすぐに行動してもらおう」
神は澄の肩に手を置き、少しだけ屈んで澄と視線の高さを合わせながら命令を下した。
ーーここだ!
私は未だ握り締めている神殺しの剣を、倒れたまま動かない舞香に渡すため、それを握っているほうの腕を伸ばす。
「まずはここにいる虫の息と化した愛のある我が家の面々を駆逐し、隠れている非力なこの者たちの仲間を探し出して殺せ」
「ふむ……それなんじゃが……」
舞香は誰かが自分になにかを渡そうとしている事に気がついたのか、動かず視認できる範囲を薄目で確認する。
自分になにかを渡そうとしている人物が私だと把握すると同時に、渡そうとしている物の正体を察したのか、舞香も疾く私の伸ばしている腕に手を伸ばす。
「それが終わったら、最期に地上に生きる人類を残さず全て排除してくれ。近場から、日本からで構わなーーッ?」
神は言葉を止める。
私が何とか手渡した神殺しの剣を、舞香が異能力で神の心臓の位置へ転移させたのだ。
まるで剣を心臓に根本まで刺されたような情景が視界に広がった。
それを確認したのか、まだ気力が残っている仲間たちは立ち上がったり、その場で座ったりする。
澄が「血解」と唱える。自身の肢体に広がる赤赤と輝く血管の色が薄くなり、次第に見えなくなった。瞳の色も元に戻っている。
この場面こそ、まさに私が未来視を繰り返して選んだ未来の様相だった。
「……なぜ、神を裏切った?」
心臓を刺されているというのに、神は冷静な表情を崩さず、澄へと問う。
しかし、その神の冷静な表情を見る限り、澄が裏切る可能性も考慮していたことが窺える。
「わしは仲間たちと過ごすうちに、様々な人間という生物を生の目で見てきた。遥か高みから見下ろすことしかしない神よりも、人というものがどのような存在なのか、余程把握しておる」冷静に耳を傾ける神に澄はつづける。「共に暮らし、同じ住処で寝食し、身近で過ごしながら人類を見てきたわしが保証する。人類を滅ぼす必要なぞありはせぬ、とな」
「ははっ……。自我を強く持たせ過ぎたな。きみを創造した時点で、ボクは既にミスを犯していたのか」
「人類を消すという目的を持つ限り、わしはお主に抗い続けなければならぬ。それに、お主の敗因はわしだけではないぞ? 仲間がいればこそ果たせたことじゃ。こやつらは最後までわしを仲間だと疑わず信頼し続けてくれた」
一番加減されたのか、沙鳥は真っ先に立ち上がっていた。
「……最後まで澄さんを信じていました。読心は通用しませんでしたが、幾度も送心を繰り返し、澄さんに私の声が聴こえていると判断に足る要素を見つけ、最終確認として、タイミングを図って数分以内に奥の手を使うようお願いしたのです」
どうやら沙鳥の読心は通じなかったが、送心は無害と判定されたらしく澄に通じていたらしい。
そうじゃなければ、澄が切り札を使うタイミングを把握できるわけがないし、さらにはわざと倒されてくれとみんなに指示を下すわけがない。
神の体からさらさらと光の粒子が流れ出ていく。
それに連れて、足下から少しずつ姿を消していく。
それなのに、神は一切焦る様子を見せない。
「不思議なものを見るような瞳を向けてくるね?」
猜疑的な目線が気になったのか、神は私に声をかけてきた。
「……ずっと疑問だった。人類を滅亡させようとしている神が、どうして人類にーー私たちに“神を殺せる武器”を与えたのか……ずっと気になっていたんだよ」
根本的な疑問。
澄との争いを見物して楽しむだけなら、対神ではなく対神造人型人外兵器の武器を渡せばいい。神にまで通用する武器を渡せば己もリスクを孕むことになる。
人類滅亡を本気で考えているなら、そもそも神造人型人外兵器に通用する武器すら渡さないはず。
もしも自分を殺してもらうためなんて理由なら、わざわざこんなまわりくどい真似なんかせずに自害すれば済むだけの話だ。
「言っておくけどね、今のこの状況はボクが思い描いた二通りの未来のひとつだ。この未来は、きみら人類が選んだんだよ。神が無くなり人類破滅を防ぐか、神が存在を続けて人類が滅亡するか。そのどちらかの未来しかなかった」
「……別に、お主も消えず人類も消えずに存続する未来もあったはずじゃ」
神の半身は既に虚空へと消えていた。
「話しても理解できないさ。ボクはこのまま消える。無へと還るんだ」神はまだ消えていない右手を再び澄の肩に置いた。「この後の始末は、澄、きみに託そう。旧神と真神との仲を取り持つ役割を、神造人型人外兵器No.1としてのきみにではなく、人類と共に生きてきた澄ーーきみに託そう」
ーー最後に、それに必要な知識を与える。
そう言い残し、神は跡形もなく消え去った。
澄は数秒、ハッとした表情のまま固まってしまった。
が、すぐに元の表情を取り戻し、澄は辺りを見渡した。
「ずいぶん迷惑をかけたようじゃ。今しがた、わしは神ーーいや新神となった。それに必要な能力や情報も与えられた」
「新たな神に……澄が……?」
「舞香さん、煌季さんをこの場に連れてきてください。手加減してくれていましたが、本当に虫の息な人たちもいます。一応、三日月さんにはそのままの位置から異能力を使いつづけるように伝えてください」
私の疑問に応えず去った神は、その立場を澄に任せたと言っていた。
沙鳥はそんなことよりも重傷を負った仲間たちが心配なのか、慌ただしく舞香や周りに声をかけ始める。
「すみっ!」「澄さん!」
六花は澄に抱き着き、みこは笑顔で澄に歩み寄る。
「ゆき、ナンバー3。お主らにも心配をかけてしまった。悪かったの」
「みこーー私の新たな名前です。そう呼んでくれると嬉しいですぅ」
「すみ、すみ!」
「言っとくけど澄、あれはわたしらしい演技をしただけだからね? さすがに澄ほど幼い体躯には興奮しないよ。例え全裸を見たとしても」
瑠奈は頭をさすりながら澄に近寄り発言内容を訂正する。
「そうじゃったか。どうせ例の心臓さえ損傷しなければ生きつづける能力がかかっていると思っとったから、さすがに趣味が悪いとお主にだけはちょっと力を入れてしまったぞ」
「ふざけんな! マジ、本当に痛かったんだよ!?」
澄と瑠奈が冗談を交わすのを見ながら、私の日常は帰ってきたのだと実感する。
人類は守られた。
いやーー私たちが人類を守ったのだ。
当たり前の明日が来ることが、何よりも幸せなんだと噛み締める。
「すまぬが、ナンバー3ーーいや、みこ」
「はい! なんですぅ?」
「本当に済まぬが、わしに変わって新しい神のーー新神の立場になってくれぬか?」
「ええ!? それじゃ澄さんはどうなるんですかぁ?」
なにやら澄とみこが言い合っている。
神は澄に新たな地球の神ーー新神の立場を一任した。
それを澄は蹴ったのだ。そのようなものは不要だとばかりに、みこに新神としての立場を譲ると言い出したのだ。
舞香さんが転移で煌季さんを連れてくると『酷い有り様ね~』と一番反応を示していない都から順に回帰の異能力で治療していく。
「わしは人類を愛している。そして地球なぞ愛しておらぬのじゃ。頼めないか? みこ」
「澄さんがそれでいいなら、別に構いませんけどぅ……澄さんはどうするのですぅ?」
澄は、先ほど神がしたことを真似るようにみこの肩に手を乗せる。
その瞬間、みこの表情が数秒固まり、やがて意識を取り戻したかのように澄と再び視線を交わした。
おそらく、新神として必要な知識や情報、技術等をみこに与えたのだ推測できる。
「わしは地球の神なぞではなく、人類の神となる。今以上にもっと多種多様な地上の人類を見ながら、地上からお主ら新神、旧神、真神と対話をする役割にな」
新神、旧神、真神ーー話には出てきたけど、それらがどのような存在なのか、まだ私にはわからない。
だが、澄は理解しているーーいや、先ほど神から理解させられたみたいだ。後で詳しく説明してもらいたい。
「……わかりました。ですが、どうして私なんですぅ?」
「新神ーー神は自身が消える未来に至ったあと、自分の立場、役割を任せる後任者に二人の候補を決めっておったのじゃ。わしと、そしてもう一人ーーみこ、お主のことじゃ」
やはり、神は自らが消える未来を予想していのか……。
「地球の神はお主に任せた。わしは人類の神を名乗ろう」
やがて、煌季さんが私に触れて、壮絶な状態になっているだろう内臓を回帰の力で治療してくれた。
こうして、澄対愛のある我が家では敗北を喫したが、神対人類の戦いには勝利したのであった。
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