Episode244/決戦前夜
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翌日の朝。私はコンビニのレジ奥に隠されている扉から二階に上がり、愛のある我が家の面々が集まる部屋の中へと入った。
愛のある我が家のリビングには、前日より大勢の人数が集まっている。そのせいで、我が家よりは広いリビングの筈が、狭いという錯覚を抱いてしまう。
テーブル両側に置かれているソファーには、沙鳥と舞香が右側に。反対側には微風瑠奈とアリーシャが腰をかけている。
そのテーブルの付近には、どこから取り出したのかーー木製の椅子が四つ置かれている。
そこには、宮田さん、六花、みこが座っていた。
「豊花さん、空いている席に座ってください」
「え? あ、うん」
沙鳥に言われるがまま、私は空席になっている宮田さんの隣の席に着いた。
その私たちの近くーーテーブルの周りには、その場で佇んでいる人達もいれば、床に座っている者もいる。テーブルから少し離れた位置からこちらを見ている人もいた。
香織と鏡子は律儀に立ったまま真剣な眼差しで佇んでおり、逆に都はあぐらをかいて欠伸をしている。朱音はリビングの壁に肩を預けながらも、視線はこちらを向いている。
テーブルから離れた位置にいるのは、煌季さんと……あまり記憶にない……そうだ。三日月さんだ。
「では、全員集まりましたので、今から澄さんをーーいえ、澄さんと戦いつつ神を殺す戦略を達成させる為、今から再び、昨日のような適当に策を講じるのではなく、しっかりとした対策を講じましょう」
「ようするに昨日の作戦の内容がハッキリしない、ふわふわしたものだったから改めて策を練ろうってことね?」
沙鳥の考えに同調したのか、舞香はそれに肯定した。
今回の戦いは、普段、私たちがこなしてきたリスクの高い仕事と比べたとしても比較にすらならない。比較できない戦いだ。
前例のないーー前代未聞の戦いなんだ。
言われてみれば、昨日交わした作戦は、作戦と呼べるような代物ではなく単なる方針を話しただけ……。
「戦略? 作戦? 策略? なんでもいいから早く決めてよ。わたしこれからアリスとイチャイチャするんだから」
沙鳥が頼んだとおり、瑠奈は一応アリーシャを連れてきていた。
アリーシャは不満げな表情を一切見せない。
つまり、渋々ながら参加するのではなく、自分の意志でここに来てくれたことが窺える。
「私はもうこの世界の一員ですし、世界崩壊の危機と言われたら、さすがの私も手を貸さないわけにはいかないですよ~」
私たちの敗北は、この世界のーーいや、人類の歴史が終わることを意味する。それをアリーシャは理解しているみたいだ。
「羽咲と澄さんが殺しあいをしたときの件を思い返すに、たとえ異能力者ではなく精霊操術師相手の場合、アリーシャさんや瑠奈さんの能力なら多少は澄さんに通用するかもしれません。また、神造人型人外兵器に対しては通用した例もあります」今まで倒してきた神造人型人外兵器相手に精霊操術が有効だった事例を挙げる。「それにアリーシャさんの力は言うならば精神干渉系です。精霊操術師の精神干渉能力……試してみるだけの価値はあります。十中八九通用しないとしても」
思い返してみれば、澄は本気ではなかったとはいえ、羽咲相手に苦戦を強いられていた。本気を出した澄は、羽咲を圧倒的な力で捩じ伏せていたけど……。
澄は神が最初に創造した神造人型人外兵器No.1とされているが、同時に神の子という扱いも受けている。
今まで相手にしてきた神造人型人外兵器と比較しても、澄は特別だと言わざるを得ない。仲間になってくれている神造人型人外兵器No.3のみこと争ったとしたら、楽観的に考えても数分持たず敗北は決するだろう。
だけど、一か八か。
通用する可能性が酷く小さくても、打てる手段は可能な限り行いたい。そんな意図が見える。
だからこそ、神殺しの剣を持つ私や、神をも貫く弾丸を手にするメンバー以外も集めているのだ。
「戦場にする場所は既に決めてあります。こちらの公園です」
沙鳥が地図を出して示してきたのは、以前、異能力の世界の一員と対峙した場所ーー。
「広いとは言えないけど、狭すぎるとも言えない公園だね?」
瑠奈は地図の場所を見て、喋りながらもなにか苦々しい表情を浮かべた。
そうか。
この事件のときに呼ばれたのは、瑠奈ではなくルーナエアウラさんだ。作戦に加わらなかった、いや、加わらせてくれなかったのだ。
当時の瑠奈はルーナエアウラさんのように精密射撃で風刃を飛ばせないと判断され作戦からはずされた。
瑠奈は、それを思い出したのだろう。
「では、まずーー」
室内に居る人物ーー杉井豊花、嵐山沙鳥、青海舞香、現世朱音、微風瑠奈、霧城六花、美山鏡子、織川香織、黒河都といった愛のある我が家の面々。
その他に協力者として、みこ、宮田さん、煌季さん、三日月さん、アリーシャの五名。
計14人で、翌日の人類存亡の危機を回避するため、澄を殺さず神だけ射止めるためーーの作戦会議が開かれた。
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夜の九時を経過した段階で明日に備えた作戦会議は終了となった。
いくつもの相手の行動パターンを推測して、それに応じてパターン毎に正しい判断を皆ができるよう十分に話し合った。
話し合いの最中、神が現れなかった場合のパターンの際、澄を殺害するという計画が浮上したときには、みこと六花が大騒ぎして反対する事態はあったものの、だいたいはスムーズに作戦は立てられた。
一、澄と神が同時に顕現してくる。
二、最初に澄だけ顕現して後々になった神が顕現する。
三、澄のみ姿を現し神は戦闘が終わったあと顕現する。
四、澄との戦闘が終わっても神は一切姿を見せない。
ーーと開戦する時点で既にいろいろなパターンを考え抜いた。
一に近いほど助かる希望が僅かながらにもあるが、逆に四に近いほど私たちの行動内容は大きく変化し、人類が助かる希望も、澄を生かして神を殺すという目標からも大きく離れてしまう。
だからこそ、プランCやDになったときの対抗策に、澄を敬愛している六花や神造人型人外兵器としての仲間だったみこは大反対し大騒ぎを始めたのだ。
プランCの場合、澄が死ぬか此方が全滅するまで神は顕現して来ない。
そしてプランDだとしたら、例え勝てたとしても澄は無駄死にになるだけ。
六花やみこの立場になって考えると反対する気持ちもわかる。
特にみこなんて、澄を殺さず助けるのを条件に仲間になったんだ。そりゃ大騒ぎするのも致し方ない。
そんなこんなで皆それぞれ対応を模索して話し合った。
「それでは。愛のある我が家の正式なメンバーに該当しない方は、明日の12時までに指定した場所で準備を済ませておいてください。それまでは自由時間とします。帰宅するかこの場に残るかは各々好きに決めてください」
話し合った結果、昼食ど真ん中の12時は避け、13時に澄を呼び出し決戦に挑むことになった。
遅刻の恐れも踏まえ、12時までに準備、配置を完了しておきたいのだろう。
とはいえ公園の範囲外に配置される人員は、公園を一望できる位置にあるビルの一室で備える煌季さんと三日月さんの二人だけだ。
「じゃあ私たちは帰るわね~?」
そう口にした煌季さんと、それに対して無言で頷いた三日月さんは部屋から出ていった。
「宮田さん、みこさん、アリーシャさんの三人は重要なファクターですが、愛のある我が家の人員ではありませんので12時までに来てくださるなら帰られても構いません」
宮田さんは風月荘という住み処を共にする対神武器を持つ希少な存在ではあるものの、愛のある我が家の正式メンバーの頭数には入っておらず、あくまで神や澄に抗うための協力者。明日の戦いが無事に済んだら、おそらくお役御免、自由の身になる。
みこも風月荘で共に暮らしてきたが、その本質は神造人型人外兵器No.3であり、澄を救済しようと謀反を企てる神への反逆者。いまの立ち位置は“澄を助ける事には協力するが、澄を殺す事になったら即寝返る”という危ういもの。もし澄を助け出せたら愛のある我が家に正式に加わるからもしれないが、少なくとも今はまだ愛のある我が家の構成員ではない。
アリーシャは、朱音の創造した世界に属していた、精霊操術が扱えるお姫様。互いに利益がある取引によって朱音の協力者とはなったものの、普段は自発的には動かない。しかし、愛のある我が家のメンバーではないものの付き合いは長く、異世界の人物であり今は愛のある我が家の一員であるアウラーー瑠奈という前例があるため、一番愛のある我が家に近い人物であるのは間違いない。
「なら、別室を貸してくれませんか? さすがに女の子の集団に一人でいるのは気まずいので……」
宮田さんは本当に気まずそうな表情で申し出る。
「では、302号室をお使いください。あの部屋にはほとんど物が置かれていませんから、少なくとも窮屈はしないと思います。ですが、明日は都さんとの連携が必須ですから、きちんと意志疎通しておくのを忘れずに」
「……わかりました。都さ……黒河さんでしたっけ? 少し話に付き合ってください」
「面倒くさいんすけどね……いいっすよ話くらい。あと、都で別に構わないっす」
都は心底面倒そうな態度でそれに応じた。
作戦会議最中も、都は定期的に愚痴を吐いていた。
ーー半ば強制的に愛のある我が家に加えられた。
そのうえ、異能力の世界より愛のある我が家のほうが勝算があると踏んで協力して異能力の世界を潰した都からすれば、人類の存亡を賭けた戦いになんて参加したくないのだろう。
しかし、これは全員が協力する大きな戦略。それを達成させるのに必要な作戦の内のひとつとして、都と宮田さんは互いに動向を窺いながら行動する必要がある。
少しくらいは連携が取れるようになっていなければならない。
「アリスはわたしと一緒にいてくれるよね?」
「眠いです~。寝られるのでしたらどこでもいいですよ~」
「瑠奈さん。愛のある我が家の構成員は全員、この部屋で寝るんですからね?」
決戦の前に愛のある我が家の親睦を深めるーー戦略を練るのは最重要事項だが、沙鳥の元々の目的は昨日言ったとおりなのだろう。
沙鳥は愛のある我が家に対しての仲間意識が他の誰よりも強い。そう思える節が今までの記憶を探るとは沢山見当たる。
特に、私が加入する以前の人たちーー舞香や朱音、瑠奈、六花、亡くなった翠月、そして……澄。このメンバーには強い思い入れがあるように思えた。
「わかってるって。アリスもこの部屋で寝てね? もちろん朱音もわたしの隣だから」
「瑠奈のわがままは今に始まったことじゃないし、ボクが寝るときは瑠奈のそばで寝るよ」
「また明日には集まるんですよねぇ? わざわざ帰宅しないで、みこもこの部屋で寝ますよぅ」
アリーシャとみこはこの部屋で、宮田さんは寝るときには別室だが、みんな愛のある我が家の住み処であるこの建物内に残るようだ。
「“愛のある我が家”の名前を掲げて活動し出した当初ーーまだ私と沙鳥しかいなかった頃じゃ考えられない規模の組織になったものね」
「そうですね。舞香さんをリーダーに違法な活動をしていた集まりが、まさか人類を救うために戦うことになるとは、思いもしていませんでした」
舞香と沙鳥は親しげに話を交わす。
「私と沙鳥の二人で始めた組織に、時が経つに連れ覚醒剤を密造する場所を提供できる朱音を仲間に引き入れ、瑠奈が朱音繋がりで加わって……澄が加わり、澄が助けた六花も仲間になった。商売人目を付け翠月を仲間にしたあと、豊花、鏡子、香織が加わってーーいつの間にか大規模な集団になっていたわ」
舞香は思い返しているのか、どこか懐かしそうに目を細め天井を見上げる。
「舞香さんの覚醒剤依存で組織の指揮が混乱して、仕方なく代理として私がリーダーになりましたけどね」
「それを言わないでちょうだい。あの状態の私じゃリーダーが務まらなかったのよ」
沙鳥は二代目リーダー、つまりその前は舞香がリーダーだったという話は、以前からちょくちょく耳にしていた。
「豊花さんが先ほど考えていたこと、半分は当たってますよ。私は仲間に執着しています」
「半分?」
「ええ。豊花さん加入前の仲間だけではなく、私は愛のある我が家のメンバー全員と、愛のある我が家という集団に執着しているのです」
沙鳥は愛のある我が家にやけに拘る。
沙鳥は、普段は薬物問題なのでバチバチにやりあっていた相手ーー瑠奈が死にかけていたときも、瑠奈の身を案じて焦っていたし……。
そして、なんだかんだ私にとっても、愛のある我が家は家族のような雰囲気だと思っているんだろう。
愛のある我が家の面々と一緒にいることに、心地好さすら感じている。
「なので私たちは明日、神を相手に絶対負けられません。必ず勝利し味方をひとりでも欠けることなく無事に帰還するーーそう願っています」
明日、私たちは澄と神を相手に戦う。
勝つための策は幾つも考えられ、どのような状況に陥ろうと必ず対処できるようにもしているのだ。
愛のある我が家が勝てるように。
仲間がひとりも欠けずに生き残れるように。
無事に帰還を果たし瑠璃と再会するために。
私も、明日の戦いには負けられないのだ。




