Episode243/決意
(356.)
風月荘に戻ってきた私は、すぐさまスマホで瑠璃にメッセージを入れた。同じく瑠衣にも。
『もしかしたら最後になるかもしれない。話があるから来てほしい』と。
風月荘には瑠奈や宮田さん、みこもいるが、それぞれ自室に籠っている。
しばらくすると、瑠奈は『アリーシャに会ってくる』と言って風月荘を後にした。
自室で待機していると、部屋の扉が開かれた。
「最後になるかもしれない? いったいなんなのよ?」
「豊花、壊れた?」
うっ、酷い言われようだ。
瑠衣と瑠璃にそれぞれ疑問を呈されてしまった。
「二人には伝えてなかったかもしれないけど、私は明後日、命を落とすかもしれない……いや、生き残れる確率が圧倒的に小さい任務をこなすんだ」
「……それって、神造人型人外兵器ってヤツと関係あるの?」
街と人類を破壊する神造人型人外兵器と、それに対して愛のある我が家が対応している。という関係はニュースにもなったし、瑠璃にも直接伝えたことがあるから、思い当たる節と言ったらそれくらいだろう。
たしかに関係はある。
しかし、今回の相手はそれは造り出した神そのもの。
「黙ってないで何か言ってよ? 私にもできることがあるなら手伝うから」
「呼び出しておいてごめん。でも、瑠璃がいても瑠衣がいても、今回の問題を解決する力にはならないんだ」
「問題の内容を言わずに決めつけないでよ! 豊花が死ぬかもしれないなんて言われたら、何もせずにはいられないじゃない! 私たちは恋人なのよ!?」
「私も、豊花の親友、だよ?」
二人に問い詰められて、言っても何の解決にもならないとわかりつつも、私は瑠璃と瑠衣に詳細を伝えることにした。
「私たち愛のある我が家は、明後日、神と対峙することになる。いや、神と神が造り出した存在ーー澄を相手に、殺し合いをするんだ……」
二人は言っていることをすぐには理解できなかったらしく、しばらく呆けた表情を浮かべたあと、驚愕を顕にする。
「ちょっとちょっと! 神って、どの神よ? そもそも神造人型兵器も神様が造り出したって言ってたけど、なんの神がそんなことし出したのよ? ちゃんと教えて!」
そうか。
日本には八百万の神がいる。それこそ実際に数えてみないと何柱の神がいるかすらわからない。
日本人的に考えたら、その神々の内の誰だ、となる人も大勢いるだろう。
とはいえ世界の三大宗教は一神教だし、とある外国では日本と同じく多神教だし、神の定義も国々によって異なる。
以前、瑠奈や朱音も神に会ったことがあると言っていた。そして、その会話内容も軽くだけど聞いたことがある。
私含む愛のある我が家全員と対面した神は、今までの交わした会話内容などを考えるに、十中八九、それら宗教や神道の指している神様じゃない。
そもそも、あの神以外の神と話を交わした事はないし、他に神様がいるのかすらもわからない。
だから……。
「ごめん、何の神様なのかはわからない。なにを望んでいるのかすらわからない。表面だけを見ても『心の弱い人物に力を与えて平和を望む』って言っていたり『君たちの存在意義は地球の崩壊を防ぐ為だ』と言ってみせたり」かと思えば、と私は続ける。「『澄が地球を滅ぼすから防げ』と言われた矢先、今や神自身が澄を操って人類を滅亡させようとしてるんだ。言ってることがコロコロ変わって、私には何も理解できないんだよ」
あの神を自称する存在は、たびたび私たちの前に姿を現した。
しかし、そのつど言っていることがーーつまり神の願望や思考が、言葉を聴く限りにおいては、前回と真逆なことすらあるのだ。
そもそも真の姿として美しい容姿の女性を私たちに見せてきたが、あの姿さえ、本当に神の真の姿なのかすら怪しい。
それほど信用ならない相手なのだ。
「それって、本当に神様なの? 神様なら人類を滅亡させようだなんて無慈悲なことはしないと思うし、本当に神様がいたら、この世に不幸なんてないと思うんだけど?」
たしかに、人を混乱させるような言動ばかり告げてきて、人類を滅ぼそうとするーーそんな存在、話を聞くだけでは神を騙った別のなにかにしか思えないだろう。
しかし、神と対峙するたびに、私は無意識領域から“今、会話を交わしている相手は神に違いない”と確信していた。神々しい雰囲気すら醸し出している。
だから、私はあれを神だと微塵も疑っていない。
とはいっても、見たことも話したこともない瑠璃たちが疑うのは当然だ。むしろ悪魔かもしれないと考えるだろう。
「少なくとも、多分、神に会ったことのある愛のある我が家の面々は、だれも相手が神だと疑ってない。それにーー」
例えアレが神じゃなかったとしても……直接的に害を与える異能力が通じない澄、そしてそれを造りだした張本人であることには間違いない。
その創造した神造人型兵器の一種といえる澄を、神は無条件で操り自身の手駒に加えたのだ。
そんな凶悪な存在と、明後日には必ず戦う事になるのは避けられない。
つまり、神か否かは論点ではなく、神に等しい力を持つ者と、地上に勝てる人間は恐らくいないだろう澄、この二人を相手に私たち愛のある我が家の面々は生き死にを賭けた戦いをする。それこそが論点なのだ。
たとえ本物の、いわゆる全知全能の神様ではなかったーーと判明したところで、結局はそれほど強力な存在と、何より澄とも戦う事になるのは避けられない。
「神が本物か否か、どの神様なのかーーそんなこと論じても、結局なにも変わらない。私は明後日、勝率がないに等しい相手と戦うことは避けられないんだ」
「そんな……」
その言葉が私の醸し出す雰囲気から本気だと悟ったのか、瑠璃はしばらく口を閉ざす。
「私なら、戦力になる、かもよ?」
「いやーー」対人戦なら瑠衣の異能力は脅威だ。しかし、今回は対神戦。「瑠衣の異能力は一切通じないと思う。少なくとも、澄自身に対して有害な異能力は無効化されるんだ」
それは恐らく、真の敵である神に対しても同じだ。
いや、さらに厄介な可能性もある。
澄に対して直接害を与える異能力は通用しない。だからこそ、神は澄に通用する武器ーー私には神殺しの剣、宮田さんには神殺しの弾丸ーーを与えてきたのだから……。
……?
待てよ?
「どうして澄含む神造人型兵器に通用する武器として与えられた物が、ことごとく“神を殺す力”を印象付けるものなんだ?」
違和感を抱き、つい思考が独り言として口から零れてしまった。
澄を含む神造人型兵器はあくまで“神が創造した存在”だ。
名称や神の説明、宮田さんの異能力の自覚内容、これらを踏まえると、澄や他の神造人型兵器に対抗する為の武器として与えるには、ややオーバースペックな印象を覚える。
何せ神造人型兵器は、あくまで“神造”であって“神”ではないからだ。
「どうしたのよ? いきなり黙り込んで?」
私たちはその名のせいで、ユタカが変身できる剣や宮田さんの扱う銃弾が、神にも通用するという前提の上、策を講じている。
そして、その前提はおそらく当たっている。
私の異能力による直感でも、これらの武器は神に対しても通用し得ると確信していた。
しかし、そこで疑問が生まれる。
過去にも何度か抱いた疑問ーー。
なぜ、人類を滅ぼそうとしている神が、わざわざ私らに己にも通じる武器を与えたんだ?
神は『アンフェアだから』と言っていた気がするが、本当に滅ぼしたいのなら、わざわざフェアにする必要なんてない。一方的になぶり殺しにすればいいだけだ。
なら、澄と人類の戦いをゲームのように楽しんでいるのか?
神と最後に会ったときーーあのパラレルワールドの己自身と殺しあいをした後にーー神は『君たちが人間を救う英雄になるか、地球を救うための最初の犠牲になるか。ボクは楽しみにしているよ』などと、まるで人類対地球の戦いを楽しんでいるかのようなメッセージを残して姿を消した。
人間対地球?
まるで私たち人類が地球の敵だと言っているようなものじゃないか。
「ちょっとちょっと! 黙ってないでよ。なら、どうして私たちをわざわざ呼んだのよ? なにか頼みたいことがあるから呼んだんじゃないの!?」
「今日の豊花、凄く無口」
瑠璃と瑠衣から責められる。
瑠璃なんて、黙想している私の肩を掴んで揺さぶってきた。
「ごめん、ちょっと考え事してた。身勝手で悪いんだけど、もう二度と会えないかもしれないから」恋人と親友に。「最期に私は……私にとって大切な二人と会いたかったんだ」
それは本心からの言葉。
もちろん、大事な話を伝える為でもあるけど、それだけなら通話で一言伝えれば済む話だ。
こんなわがままに付き合わせるなら、こちらから瑠璃たちの家に赴けばよかった。
今さらながら、そう反省する。
「ーーッ! そんなの……そんなこと……そんなことを! 恋人から伝えられた私はどうすればいいの!? 多分死ぬから最期に会いたかった? なのに私たちは何の力にもなれない! そんなことを言われた側の気持ち、少しは考えてみなさいよ!?」
いくら瑠璃に言われても、事実は事実なのだから変わらない。
「最期に二人と会えてよかった。これでようやく、覚悟ができたよ。ありがとう、瑠璃、瑠衣」
ほぼ確定した未来、それを受け入れる覚悟は決まった。
ーー直後、勢いよく頬を平手打ちされた。
息を荒くした瑠璃がビンタをしてきたのだと、遅れて状況を理解する。
「瑠璃……?」
「いい加減、死ぬ事を前提に話すのはやめて! そんなんじゃ……そんな自暴自棄な決意をした恋人を、見送ることなんて、できるわけないじゃない!」
「豊花、負けたと決まった、わけじゃない」
瑠璃と瑠衣に言われ、平静を手にした心が再び揺さぶられる。
「負ける……と決まったわけじゃない……か」
言われてみると、確かに……限りなく100%に近い確率で負けるけど、生き残れる可能性も零じゃない。
愛のある我が家の面々とは、負けるための話し合いを交わしたわけじゃない。
澄を相手に勝つどころか、澄を生かしたまま神を倒すーーその為の策略を今しがた練ってきたんじゃないか……。
私は無意識で神には勝てない、と決めつけていたのかもしれない。
いや、実際に私は、“いくら話し合ってもどうせ神相手に勝つ事なんて無理”だなどと薄々思いながら、沙鳥の提案を聴いたり、愛のある我が家面々の話を聴いたりしていた。
澄を生かしたまま神に狙いを定め攻撃し神を仕留める。
その為の策を、皆はきっと本気で思慮していた。
私以外はーー。
情けない気持ちが溢れてくる。
「ごめん。自覚してる以上に弱気になってたみたい。ちょっと考えるから少しだけ時間をくれない?」
「ようやく自覚したのね? 第一、神造人型兵器を神が作ったなら、神を名乗るヤツの目的は人類を滅ぼすことじゃないの? それなら、もし豊花たちが負けた場合、次のターゲットは自然と私たちも含む人間たちじゃない?」
「ーー!?」
とっくにわかっていた筈の事実。
理解していなければおかしい程の実相。
神造人型兵器と争うときに把握したはずの現実。
意識では疾うに理解していながら、バカみたいに心はそれを拒絶していた。
そのことに関して考えるたび、考えようとするたんびに、別の事柄に意識を向け、紛らわして考えないようにしてきていた。
ーー私たちが神に敗北したら、人類は一人残らず滅亡する。
さっき神の言葉を反芻したばかりじゃないか!
『君たちが人間を救う英雄になるか、地球を救うための最初の犠牲になるか。ボクは楽しみにしているよ』って……。
「思考」
呟くように、異能力が強く発露するように唱えた。
人間を救う英雄になるーーつまり、勝てば人類からは称賛されるような出来事を成し遂げるという意味。
地球を救うための“最初の犠牲”になるーー神は人類が地球に対して害なる存在だと暗に主張している。そして、その地球にとって“最初に”除去する癌になるということは、“その後”も当然、地球の治療を必ず進めていく。
それらを意味した発言で間違いない。
要するに、私たち愛のある我が家と澄を争わせた後、澄が勝利した後、他害を開始するという事。
それに、もっと直接的にも言っていたじゃないか。
神は『きみたち全員を亡き者にするまでは他の人間には手を出さない』と言っていた。
愛のある我が家のメンバーが一人でも生きていれば、他の人間を害さない事と、愛のある我が家が全滅したら他の人間にも手を出し始める事。それらを同時に意味する預言だったといえる。
神が私たちに伝えた預言。
つまり、神からの我々人類に対する意思表明に他ならない。
救いなのは、神からの預言ではあるものの、それは単なる預言に過ぎないこと。予言ではないのだ。
本来、預言というのは偉大な神の意志や啓示だ。
こうするべし、こうあるべし、と預言者に神託などを与える神々しい出来事。
人類が普遍的にイメージしている神というのは、瑠璃が言っていたような八百万の神や、世界三大宗教の指す唯一神のことだ。
けど、私に預言を伝えてきた神と騙る存在は、考え得る限りどの神様の特徴にも当てはまらない。
そして、人類を地球の癌扱いし滅ぼそうとしている。
そんなふざけた神の預言などに従う理由も必要もどこにもない。
私の未来視は不完全だけど予言と言える。
預言が予言を覆すことなどあるだろうか。
未来を視て、その未来を現在の行動によって改変する。ある意味、予言者をも上回る異能力だ。
……致命的な問題は、使おうとしたとき必ずしも使えるわけではないという点。
澄と神に対峙するまでには、とてもじゃないが使えるようにはならないだろう。今までだって、窮地に立たされた時や思わぬタイミングで偶然未来が視えただけだ。
どうにか、この異能力を思うがままに活用できるようになれる方法はないかな……?
「今さら考えても意味はないか……」
ーー最初に考えていた事柄に一旦思考を戻そう。
もし神が、単なる遊びで人類と地球を戦わせて遊ぶつもりなら、自らに矛先が向いたときに被害を被るハメになる対神の武器を易々と渡す筈がない。
けれど、もしも本気で人類を滅ぼすつもりなら、澄だけに有効な武器すら与える必要がない。スムーズに滅亡させるための障害になる物なんて、人類側に与える必要はないのだ。
人類を滅ぼしたいわけではなく、遊び感覚で争わせたいわけでもない?
考えられる別の目的はなんだろう?
神の視点に立って考えてみよう。
……一瞬、神自身が人類に殺されたがっている、という荒唐無稽な結論を導き出した。
が、すぐに首を振り、その結論を否定した。
もしも万が一そうだったとしても、だったらわざわざ人類に対面せずに密かに自害すれば済むだけの話だ。
いくら考えても、答えは出てこない。
「ねぇ、二人ともちょっといい? 今からわけがわからない質問をしたいんだけど、いいかな?」
「なによ、今さら。わけがわからないって? まあいいわ。力になれるなら何でも訊いてよ」
「わかった、答える」
「ありがとう」
礼をしながら私はつづけた。
「人類を滅ぼす為じゃなく、人類と澄を争わせて遊びたいわけでもなくって、さらに神自身が死にたいわけでもない。なのに、澄だけじゃなく神すら害せる武器を人類側に与える理由って、なんだと思う?」
「はあ?」
瑠璃は言っている質問の意味が理解できないのか、私の問いを呟くように暗唱して考え始めた模様。
瑠衣はポカンとした表情で固まってしまった。
しばらく時が経ち、瑠璃はようやく言葉を発した。
「多分、私たち人類には理解の及ばない、神なりの事情があるんじゃない? 人智の及ばない理由があって、そのせいで神を害せる武器を渡さざるを得なかった……とか?」
「うーん……たしかに神独自の事情があるんだとしたら、私たちがいくら考えてもわかるわけないか」
だけど……どこかで引っ掛かりを覚える。
たしかに今まで神と言葉を交わした限り、神の発言はいい加減だった。言っていることがコロコロ変わって全く信用できない。
でも……もし、それら全てが、その時々の本心からの発言だとしたら……。
もしかしたら神は、なにか苦悩し、そのなにかに対して迷っているのかもしれない。
考えるうちに、私はこんな馬鹿げた存在に殺されるのを覚悟していたのかと情けなくなってきた。
発言内容がコロコロ変わり、しかも人類を滅ぼそうとする。
そんないい加減な存在が神だと自称するならーー私には、私たちには、そんな神なんて必要ない!
ーーその意気だ、豊花。神殺しの剣となった私を使い、はた迷惑な神とやらを、地球という舞台から退場させろ。ーー
ユタカの声が脳裏に響く。
そうだ。そうだよ!
ユタカの言うとおりだ!
「ありがとう、瑠璃。それに瑠衣も。考えているうちに、覚悟は決まった」
「ちょっとちょっと! だからそんな覚悟はいらなーー」
「違うよ。そうじゃない。私は神と戦う覚悟を決めた。そして、その末に必ず神に勝つと決意したんだ。だから、瑠璃たちは安心して、私が戦いから還るのを待っていてほしいんだ」
そう話し終えると、瑠璃は、きょう初めての笑みを顔に浮かべた。
「その調子よ。絶対、そんなへんてこな神なんかには負けないでよね? 待ってるわよ、豊花」
「うん。私も、待ってる」
二人のその言葉で、意識の片隅に残留していた『神なんかに勝てっこない』という思考も払拭できた。
私は、神を殺す。
神が人類は不要だと言うならーー私達も神様なんて必要ない!




