Episode233╱ゆらーりゆらーりゆらーり
(344.)
まさかのまさか、ありすはゆらーり少女ーー有紗を風月荘に置いていってしまった。
『ここ一室空いているよね? そこに住まわせてあげて。家のアパートひとり用でさ~』とだけ言い残して。
宮田さんは部屋に戻り、るなの承諾も受けていないというのに、有紗と二人きりになってしまった。
朝焼けの時間は終わり、もう早朝だ。
「……」
「ゆらゆら……ゆらーりゆらーり」
「……」
どうすればいいんだこの状況!?
と、タイミングよく月の間が開いた。瑠奈が寝惚け眼で部屋から出てきたのだ。まぶたをくしくし手のひらで擦る仕草をしながら、ふらふらと自室から出てくる。
「る、瑠奈……お、おはよ」
「ゆらー……ゆらーり……」
寸刻、止める間もない速さで有紗は瑠奈に駆け寄っていった。男顔負けの速度で接近する見知らぬ女の子。片手にはナイフが握られている!
「瑠奈!」
「へっ?」
瑠奈は突如大声を上げた私にびくんと身体を震わせ、一気に目を見開く。
有紗のナイフが瑠奈に切りつけられそうになる。切っ先が届く。瞬間、ナイフはパキンッと音を立てて弾かれ刃がそっぽに飛び地面に叩きつけられ跳ねた。
「ゆら?」
「え……な……」瑠奈はふるふる震えると。「なにこの子めちゃめちゃかわいい~!」
瑠奈は有紗を抱きしめ体をくねらせる。
おお……さすがは瑠奈さんだ……いきなりの襲撃にも動じない。
「豊花! この子なに? だれ?」
「ありすの新弟子、瑠衣の妹弟子だってさ。なんか、住む場所ないからここに住まわせてくれだって」
「いいよいいよ! 雪の間をつかって! で、わたしの恋人になろう! おセッセッだってしよう!」
「ゆら……」
びくっと今度は有紗が身体を振るわせると、私のほうに目線を向けた。
有紗が引いておられる……しかもドン引きだ。
「名前は?」
「ゆらーー四月朔日有紗、15歳。ゆらーり」
「わたしは微風瑠奈、こっちのが杉井豊花。よろしく! わたしが大家だからなんでも訊いてね!」
先ほどの突進攻撃がなかったかのように、瑠奈は有紗にベタぼれだ。
そこに、いきなり玄関を勢いよく空けて瑠衣が登場した。
「え、瑠衣? 学校はどうしたの?」
「ありすは!?」
瑠衣はズンズン歩を進めると有紗の前に立ち睨み付けた。
有紗はニヤニヤ面を浮かべて崩さない。
「ありすの、弟子、私だけで、いい!」
「ゆらーりゆらーり」
ああ、ありすが新たな弟子を取ったことに物申したいのか。
「いや、あのだから学校は?」
「まだ、間に合う。それより、私は、あ、あ、あ、なんとかを、許さない!」
「有紗ね」
「有紗、許さない!」
「ゆらーりゆらーり」
うわぁ……新たな火種が……。
もう勘弁してくれ~。これ以上厄介ごとを増やさないでくれ。でも二人が喧嘩もとい争いはじめたら、どちらかが死ぬまでつづきそうだし……。
いや、瑠衣は相手を殺さないと思う。けど、有紗は平然と殺害しかねない。
「で、でもさ、瑠衣? 有紗は瑠衣の妹弟子だよ? 一番弟子は瑠衣なんだからさ。ね? ね?」
「いやだ。唯一弟子が、いい!」
「ゆらーりゆらーり」
ゆらーりうざいな。
と、立ち去ったはずのありすが開きっぱなしの玄関から登場した。
「バーンッ! そこで私から提案がある!」
「きゃあ!」やべっ、恥ずかしい。「ありす! 帰ったんじゃないの!?」
「いやー、瑠衣がここに向かってたから気になっちゃって付いてきちゃった。これでも兄弟子に静夜兄ぃを持ってるくらいだし、察されない追跡の仕方とか学んでるよ」
無駄な技術はようつけよって……いや無駄どころか殺し屋としては有用この上ないのだろうけどさ。
「二人には模擬ナイフで模擬戦をしてもらおうか」
「はあ?」
ありすが瑠衣と有紗にナイフを投げる。
「ただしルールとして、瑠衣は異能力を使うの禁止、有紗は切り札使うの禁止。瑠衣が異能力つかったら有紗なんて相手にならないうえに殺しちゃうかもしれないでしょ? その反面、有紗が切り札つかったら異能力なしの瑠衣ではまだ勝てないし、本気じゃない瑠衣に対して自らも制限してもらう。OK?」
「望むところ、本気、出していい」
「ゆらーりゆらーり……異能力使ってもいいよゆらーり」
「こらこら……約束破ったらルール違反で負けだからねー?」
なんか、干渉する余地なくどんどん話が進んでいくんだけど……。
「ゆらゆら泥棒猫、表出て」
「ゆらーりゆらーり」
二人はありすに対しては素直に言うことをきくのか、二人仲良く風月荘の目の前に飛び出した。
距離は互いに三メートル以上離れている。
瑠衣はナイフを順手持ちに構え、左手は若干後ろに構える一般的な構え方だ。
対する「ゆらーり」は……有紗は「ゆらーり」……両手にナイフを握り切っ先を両方「ゆらーり」真下に向けて、「ゆらーりゆらーり」……と左右に揺れてい「ゆらーり、ゆら」。
「うるせー!」
ハッ!
つい思っていたことが口に出てしまった。
「瑠衣が戦うところ、はじめて真剣に観劇ーーいや観戦するわ」
「うん、そだねー……って、瑠璃!?」
なぜか隣に瑠璃が突っ立ち腕組みをしながら佇んでいた。
それだけじゃない。碧もなぜか二人を見つめている。
その碧に手をすりこませて、瑠奈が碧の隣に割って入る。
「そりゃそうよ。瑠衣がありすに文句を言いに行くっていってきかないから、仕方なくついてきたのよ」
「なるほどね……」だからか。「碧は?」
「たまたま外で会ったから成り行き上仕方なく……戦いなんて下らないけど、ミミが二人がやりあうところ撮影してきてって」
スマホを見ているのではなく動画を撮影していたのか。
ミミは自らが最強だと信じて疑わなかった。それが真に強い人々に出会い、自分が強い人の枠組みに入らないと知ってしまった。だから強くなりたい……そう思っているのだろう。
「はじめっ!」
ありすが号令をあげても、二人はまだ動く気配がない。いや、ゆらゆら動いているのはいるけど。
先に動いたのは瑠衣だった。ナイフを素早く斜めに切りつける。それを有紗は片手のナイフで受け止め弾き返す。もう片手、左手に持つナイフが瑠衣に狙いを定め向かう。瑠衣は弾かれたナイフの軌道を修正して、そのナイフをナイフで受け止めた。
しかしそれは悪手だ。
有紗は右手のナイフで瑠衣のナイフを握る腕を切り裂こうと迫る。しかし、瑠衣は空いている手を巧く有紗のナイフに当たらないように潜り込ませ、強めに叩き有紗の右腕を若干地に向かって落とす。瑠衣は受け止めていたナイフを滑らせるように外側に弾き、その隙にナイフで身体を切ろうとする。しかし真下に手をだらんとさせている有紗は、真下から切り上げる攻撃が主流とばかりに、ナイフを真上に向けて切り上げる。いつの間にか、刃が上向きの変則型に握り方が変わっている。
瑠衣は腕を切られ、有紗は胴体を切られた。両者致命的ではない怪我を負った判定となる。
ここまでのやり取りが早い!
いつの間に瑠衣はこうまでナイフ術を身に付けたんだ?
瑠衣は少し後退したあと、ナイフを引き突きを穿つ。
真下からでは防ぎにくい一撃の攻撃、有紗は汗を飛ばしながらナイフを正常な位置に戻し向かい打つ。
模擬ナイフと模擬ナイフがぶつかり合い金属音が木霊する。
瑠衣は弾かれたナイフをそのまま振り下ろす。
有紗はナイフを軽く宙に回転しながら投げすぐに掴む。刃を相手に向ける正規の構え方に直したのだ。
振り下ろされた瑠衣のナイフを見てギョッとした。
いつ、逆手持ちに構え直していたんだ?
突き特化型にした瑠衣の猛攻が始まる。
突き、突き、突き突き突き。突き攻撃は防ぎにくいこともあり、真下からは尚更防ぎにくいことを察したのか、無理やり相手が慣れない構え方に修正せざるを得ない戦い方に変えたのだ。
「ゆらーりゆらーり……!」
「あ」
急に有紗の動作が変わった。
体を異様にくねらせているのだ。この構え……切り札じゃないか!
ありす!?
慌ててありすの方を向くが、ありすは真剣な顔付きで観戦したままだ。
「なに、その、動き……!」
途端に瑠衣のナイフが当たらなくなる。
腕に当てようとしても、背を低くして足に当てようとしても、体を狙っても、ぬるりと攻撃を避けつづけているのだ。
ついに瑠衣に隙ができ、有紗がナイフで突きに出る。
一撃必殺ーーナイフの突きは隙が大きいリスクの代わりに威力は絶大かつ防ぎにくい。
それを瑠衣がナイフでギリギリ弾いた。
「はいストップ」
いつ割り込んだのか?
ありすが二人の腕を掴み動作を止めた。
しかし片手が空いている有紗がありすの顔面に向かって突きを穿つ。
それは痛い!
だが、ありすは容易く避けたうえ、有紗の身体を掴むと回転して背負い投げをした。有紗はだらしなく地面に叩きつけられた。
「有紗の反則負けだよ、まったく」
「反則がなければゆらーりゆらーり」
「いいや、瑠衣も反則していたらあのナイフはスパンと切られていた。どっちにせよおまえの敗けだよ。瑠衣は反則しなくて偉い」
「うん……撫でて」
「偉い偉い」
ありすに撫でられて、瑠衣は頬を赤く染める。
素晴らしい師弟愛だ。
「あの二人、貝合わせとかしてるのかなー?」
瑠奈の一言でぶち壊しだよ……。
「でも、有紗も強い。認めてあげても、いい」
「ゆらーりゆらーり」
有紗はなにを考えているかわからないが、瑠衣は有紗をようやく認められたらしい。
こうして、つまらない争い事は解決したのであった。
「あ……遅刻じゃない」
瑠璃がスマホを見ながら呟く。
「あはは……まあ、たまにはいいんじゃない?」
「もう……あ、そうそう。豊花、今度の土曜日デート行かない?」
「え!? 行く行く!」
「じゃあ約束ね。土曜日、江ノ島に行きましょ。城ヶ島があんな施設が立っちゃったじゃない? だから江ノ島のほうがどんな島なのか気になるのよ」
「うん、うん!」
なんともハッピーな日になった。
ゆらーりが来たおかげかもしれない。
「ゆらーりゆらーり」




