Episode232╱ゆらーりゆらーり
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2月18日、風月荘の花の間で惰眠を貪っている最中、なにかの気配を感じとり急に目が覚めてしまった。
窓の外を見ると、昼間に昼寝しようと布団にくるまっただけなのにも関わらず、窓の外を見ると夕焼けではなく朝焼けになってしまっていた。
晩飯も食べていないし、猛烈にトイレに行きたい。
あまり意識したことはなかったが、この身体になってからというもの、尿意のスパンが速い。たしか男より女性のほうが膀胱が小さいと聞いたことがあるが、まさしくそのとおりだと思う。
なにかの気配に気を配りながら、廊下に出る。
直感が外れたのか、特に誰もいない気がしたためトイレに直行。
もう座ってすることにも、男より尿の勢いが凄まじいことにも慣れている。終わったあとに下腹部をトイレットペーパーで拭くことも忘れないように鍛えられている。
再び廊下に出ると、瑠奈が拾ってきて宮田さんが飼育担当になったメインクーン(多分)の猫が、玄関に向かって威嚇していた。
私の直観も再び働く。玄関の外にヤバい人物が立っているということが……。
だって、玄関の曇りガラスからゆらゆら動いている人影が見えるんだもん。
まずい事態かもしれないと判断した私は、一応大家である瑠奈のいる月の間をノックした。ノックした。ノックした……。
……………………出てこない!
まさか眠っていやがるな!?
仕方なく宮田さんの風の間をノックした。
しばらくして、宮田さんが眠気眼で部屋から出てきた。
「どうしたんすか?」
「あれ、あれ! 玄関の外にヤバい奴がいる!」
私は玄関を指して宮田さんに、今さっきから今に至るまでに私が体験した事情を話した。
「誰かの知り合いなのか、賞金目当てのゴロツキか……とにかく死なない程度に応戦しましょう」
宮田さんは愛用している拳銃を取り出し、貴重品である神殺しの弾丸を銃に装填した。
こういうとき、男性は頼りになる。実力は二の次にして……。
宮田さんは逡巡したあと、意を決したのか玄関を一気に開けた。
そこにはーー。
ツーテールの髪型をした中学生くらいの女の子が、両手に物騒なナイフを握りつつ佇んでいた。
ーー否。
佇んでいたとは語弊があるかもしれない。
全身をゆらーり、ゆらーりと左右に振りながら、歪な笑みを浮かべたーー恐怖心を煽りに煽った少女がそこには佇んでいた。
身長は私より若干高い150cm強をしており、もうすぐ高校生に入るだろう格好をしていた。
主観的な意見を述べさせてもらうと、第一印象は狂っている。第二印象はやっていることに反して可愛らしい外見をしていることであった。
「殺していい? 殺していいよね? 師匠に杉井豊花に勝てたら正式な弟子にしてあげるって、言っていたのぉおおゅゆらーりゅゆらーりーー」
「殺していい!?」
無謀にも私に安易に勝てると思っているらしい。
如何に相手が強者の雰囲気を纏っていようとも、今の鍛えられた私が負けるとは一ミリも思えない。
「ねえねえ、師匠がーーありす師匠が杉井豊花に勝てたなら弟子にしてくれるんだって~ゅゅゆらーりー」
「……ありすが!?」
いったい、ありすは何を考えているのだろう?
私は臨戦態勢になるために、最近若干短くしたスカート内のふとももに巻いているホルダーからナイフを取り出し応戦の構えを取る。
「ゆらーり、ゆらゆら。やる気満々。ゆらゆら……いくよ~?」
少女は両手に握ったナイフで無尽蔵に切り裂こうと跳躍をしてきた。
左右から来るナイフの連激は一見驚異に感じられるが、切り込みを入れてくる毎に片腕に隙が見える。隙を突くことをありすの指導で学んでいた私は、それをナイフで弾き、もう片方のナイフをナイフで弾き、一撃目のナイフで突き攻撃を仕掛けてくる。それを弾いて、相手が微弱に態勢を崩した瞬間にナイフで切り裂く。相手の血しぶきが若干宙に舞う。
いつか、刀子さんが言っていた。ナイフを両手で構えるのは完全攻撃特化型で防御を捨てている。ゆえに隙が発生しやすい。相手はあいた腕を使った防御面がナイフで防ぐしかないのだ。
そして私には異能力ーー直感がある。どこに、どのタイミングで攻撃をしてくるのか、切り裂くタイミングなどが無意識で察知し肉体が身体に反応する。
「朝っぱらから襲撃なんて、やることが三流以下じゃない?」
「相手がゆらゆらゆらーり、油断してるときが一番いいって、思ったゆらーり」
「相手が悪かったね!」
私は隙を突いて相手のナイフに自身のナイフを強打して、相手のナイフを切り飛ばした。相手の手元にはナイフが一本に減少した。
相変わらず部屋の中の窓辺から朝焼けが入り込んでくる。
「ゆらーり、ゆらーり」
相手は両手をだらんと地面に向かって伸ばし、左右にふらふらと揺れ始める。
直観で、これが相手の切り札だと察知した。
ゆらゆら少女は左右に千鳥足のように左右に右往左往しながら、諦めずこちらに向かってくる。
直観が告げる。これは防げるかわからない!
ーーと、そのとき銃声が聴こえた。
ゆらゆら少女の肩に掠り、膝を崩して地面に屈んだ。
銃弾は僅かにかすっただけだと、出血が見られないことから判定する。
「助かりました。宮田さん、こいつはなんなんですか?」
「俺に訊かれてもわからないとしか答えようがないですよ……」
そこに、背後からありすが現れた。いつの間にか玄関を空けて中に入り込んでいたようだ。
「ありす! こいつはいったいなんなの?」
「瑠衣が弟子1号なら、こいつは弟子2号かな?」
「弟子を唆して仲間を襲撃しないでよ……!」
「ごめんごめん。でも、杉井が負けるはずないと思っていたからさ。こいつの実力を試すのにちょうどいいかな~と」
ありすは軽薄そうな返事をしながら、少女の肩を担いだ。
「名前は四月朔日有紗。中学不登校で、ヤクザの護衛を勤めていたんだけど、仲間を平気で切り裂くからさ破門になって、行き場のなくなっていたところをスカウトしたんだ」
「そんないい加減な……」
名前も、というか名字も聞いたことがない。
「ゆらゆらゆらーり、殺したりない」
「すっげー物騒なんですけど」
「まあ、それは愛嬌ってことで。ーーにしても、やっぱり杉井は強いな~」
「そりゃどうも……」
もう二度と関わりたくない人種ナンバー1に降臨しそうだ。
「まあ、これからもかかわり合いが増えるだろうから、みんなよろしくね!」
「あは、あははははは……あは……」
本心を言うと二度と関わりたくない。
「宮田さんはどう思います?」
「ノーコメントでお願いいたします」
宮田さんは逃げるように自室に帰っていた。
「まあ、最初は困惑するだろうけど、いいやつだからさ~」
「ゆらーり、ゆらーり……」
「あは、あははははは……はぁ」
厄介事が増えてしまった気がするが仕方ない。
これから澄と決戦が待っているのに、別の騒動に巻き込まれるのだけはごめんだ……。




