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Episode231╱バレンタイン

(342.)

 2月17日、そろそろ夜になるであろう夕陽が街を照らしている。

 本日の仕事が終わったあと、私は瑠璃に連絡を入れた。


「もしもし、瑠璃? 用事は終わったけど、なんか用?」

『あんたね……まあいいや。久しぶりに葉月家(うち)に来てくれない? 正面入り口にボタンがあるから、それ押したら私の家に繋がるから。ナンバーはスマホに送っとくわ。正面のドアを解錠するから。必ず来なさいよ?』


 それだけ言われると、プチッと通話が切れた。

 いったいなんの用事だろうか?


ーーとりあえず、葉月家に向かえばよいであろう?ーー


 まあ、そうするつもりだけど。特に愛する人の頼みを断るわけにはいかない。

 というか、以前に入れたのは瑠衣と一緒だったからなのか。

 そりゃ最上階に住むVIPなお嬢様、いやご家族だこった。


ーーきみの鈍さは時折イライラするな。直観と唱えるのもありだが、豊花の直観は生死に関わること以外はハッキリ言って曖昧だからな。唱える必要があるときもある。ーー


 少しカチンときた。

 きょうの日付は2月17日……誰かの誕生日というわけでもない。

 まてよ?

 たしか瑠璃から『遅れてごめん。あとで渡すから家まで来て』と伝えられていたことを思い出した。


 そして渡す物。直近かつ過ぎたイベントーーバレンタインか!


ーー直観と唱えれば一瞬で解決したものの、お主が無意識で重要不要を分けているせいで、稀に直観が働かなくて苦労するのだぞ?ーー


 そうと決まれば速攻葉月家に行かなければ!


ーー私の話は無視かい……。ーー


 私は普段より二倍以上はや歩きで葉月家を目指して歩き始めた。

 現場が現場なため電車に乗る必要があるのだが、如何せん駅の場所がわからない。

 瑠奈に空を飛んで連れていってもらったからこそ、この辺りの土地には詳しくないのだ。


 と、そのとき丁度タクシーが通りがかった。

 手持ちにそれなりの額を入れてきていたため、迷わず手を挙げる。

 タクシーは停車し後部座席のドアを開けた。


「すみません。住所を伝えるのでそこまで行ってくれませんか? マンションなんですが、葉月さんに用事がありまして。住所はーー」


 葉月家のあるマンションまでの住所をタクシーの運転手に伝え、タクシーは走り出した。

 これでひとまず安心だ。

 タクシーなら葉月家まで一時間くらい。


 相当な金額にはなるだろうが、正直最初に通帳から見せられた金額ーー500万を、いまはさらに越えている。しかし、金の使い道が思い浮かばない私は、ほとんど貯金して少しだけ余分に生活費を手に持つようにしている。


「お嬢さん、若そうだけどお金は大丈夫?」


 運転手は心配そうな声色で訊いてきた。


「お金に関しては大丈夫です。なんなら証拠を見せますか?」

「いや、あるんだったら悪い悪い、最近変な事件が多くてね。おじさん心配性なんだよ」

「そういうことだったんですね……」


 タクシードライバーもいろいろと大変なんだろうな。


「ところで葉月さんって、あの葉月大輝さんの知り合いなの?」

「いや、まあ、知り合いというか、その娘のほうに用がありまして」

「そかそか、まああのお偉いさんの知り合いなら、お金に余裕ありそうだもんな」


 車窓から見える景色が次第に見慣れた街に変化していく。空ももう真っ暗だ。

 でもまさか瑠璃からバレンタインのチョコを貰えるなんて、うれしいなぁ。


 いや、まてよ?


 瑠璃はそういうイベントごとを大事にする性格ではない気がする。


 いやいやいや、まさかそんなわけ。まさか、ステージFになった私を調べるためだけだったり?




 なんて空想をつづけていると、タクシーが車の入れない細道の前に止まった。


「地図によるとこの先なんだけど、車じゃ通れないみたいなんだよ。悪いけどここまででいい?」

「あ、はい」


 忘れていた。葉月家の前には無駄に長い細道があることを……。

 運転手に少しだけ多めに金銭を払い、細道を歩いて進む。


 しばらく歩いてようやくマンションの正面入り口までたどり着いた。

 スマホを見ながら、番号を正確に入力する。

 すると扉が開き、私は素直に中に入った。

 おそらく監視カメラから私だと判断して自動ドア的な入口を開けてくれたのだろう。


 私はまえに瑠衣と来たときの記憶を辿り、歩き、エレベーターに乗り込み、ついに最上階までたどり着いた。


「はぁはぁ……瑠璃たちは毎回あの細道と最上階から降りる苦行をしているのか……」


 ネームプレートに葉月大輝と書かれているのを一応確認して、チャイムを鳴らす。

 インターホンから、『すぐに開けるから待ってて』と瑠璃の声が響く。

 間もなくして瑠璃が玄関を開けた。


「入って入って」

「あ、うん……」


 お邪魔しますーーと小声でいいながら部屋の中に入り、リビングまで誘導された。


 そこには瑠衣とありすが座って待っていた。


「なんで呼んだのかわかってるわよね?」

「え、あ、さっき気づいた」

「なんだか照れ臭いわね」


 瑠璃がハート型の箱ーーおそらく中身はチョコーーを手渡してきた。

 ありがたく両手で受けとる。


「あれー? 私にくれたチョコとずいぶん格差ない? 半分もサイズがちいさいじゃーん」


 ありすも瑠璃から渡されたらしいが、どうやらサイズに不満があるらしい。



「豊花は本命だもの。義理はそれで十分よ」


 本命?


 本命!?


 本命だもの!?


 一瞬、舞い上がりそうになった。

 でも考えてみれば、もう私たちは恋人同士なのだ。なんら不思議なことはない。


「はい、豊花にも、あげる」

「しょうがないなー、私もあげるよ。ありがたがってね」


 瑠衣からは星形のチョコレート。ありすはチロルチョコをポーンと投げ渡してきた。


「ありす、ありす! 私には?」

「瑠衣のはきちんとつくってきたからね」


 ありす……お菓子作りなんてできたのか。意外だ。


「なんか失礼なこと考えてなーい?」

「いや、あはは……」


 沙鳥じゃなくてもわかりやすい表情をしていたか。


「さてと。ホールケーキも用意しているし、みんなで食べましょ」


 瑠璃はキッチンに行くと、チョコレートでデコレーションされた美味しそうなホールケーキを運んできた。

 瑠璃は包丁で六等分に切り分ける。


 あれ?

 私、瑠璃、瑠衣、ありすの四人だけど、ほかにもだれか……。

 ーーああ、そうか。


 直観がなくてもわかる。

 瑠美さんと大輝さんの分だ。

 瑠璃は取り皿に人数分のケーキとフォークを分けると、残りは冷蔵庫にしまいに行った。


「はぐはぐ……美味しい」


 瑠衣は瑠璃を待つまえに、フォークでむしゃむしゃ食べ始めていた。

 私は少しだけ気になることを訊くことにした。


「父親と母親ーー大輝さんと瑠美さんは?」

「パパは残業で仕事、母は用事があるみたいだから先に食べておいてって」


 なるほど、それなら腑に落ちた。

 美味しいケーキを食べながら、異能力者保護団体に所属している瑠璃と、殺し屋を生業にしているありすがいる場面で丁度よいと本日の出来事を説明した。


 ーーまずは誰でも最近は熟知しているだろう異能力霊体の数は減らないということ。


「でも、悪人は殺害しないとね。それは異能力者だろうと生身の人間だろうと変わらないっしょ?」


 ありすの言うとおり、憑依され悪意の持つ異能力者は早急に処分を下さなければならない。


「それだけじゃないんでしょ?」


 瑠璃が話のつづきを催促する。


「異能力霊体は自身にあった寄生先ーー宿主を探して憑依するのはみんな存じてると思うけどーー」


 異能力霊体が長年宿主が見つからなかった場合に取る手段は二つある。

 ひとつは裕璃の例だ。合体事故を起こし騒ぎになる。

 ふたつめの例は、異能力霊体自身が化け物に変態してしまうこと。


「きょうの依頼は人食い家の解決だった。その異能力霊体は怪物になり民家に住む住民を食べていたんだ。それを退治するには、宿主である物と、宿主から這い出てきた怪物を討伐する必要があるんだよ」

「……」瑠璃は逡巡するふりをして。「今までそんな事例なかったし、信じられないわよ」


 その答えは想定通りだ。

 だけど……。


「おそらく沙鳥たちや人食い家の依頼を頼んだひとの証言と、人では殺せない数の人食い家にある骸の山を見せれば、異能力者保護団体も動くと思う」

「ーーわかった。とりあえず今まで通りの仕事はするとして、怪しい噂のある建物があったら色彩さんに報告して指示を仰ぐわ」

「ありがとう」

「難しい話、つまらない。楽しい、話をしよう?」


 瑠衣の言葉により、以降は他愛のない話を繰り広げた。



 どうか、瑠璃や瑠衣、ありす、そして愛のある我が家面々が被害に遭いませんようにーー。

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