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Episode21/-暴力を統べる者-

(??.)

 窓も何もない吹き抜けになっている廃墟のビルの四階。

 ブロンド髪の女性ーーマリアは冷静さを保ったまま、仲間の男性ーーアイスが苦しみながら倒れ絶命した異常事態に対して、廃ビルに集まっている他の仲間を見回して口を開いた。


「どうなっている? 誰がアイスを殺ったのか答えなさい。リリィ? カナリアはアイスと仲が良かったから違う。メロディ、それともドットが? それとも、まさか静夜?」


 マリアは仲間たちの顔色を窺いながら問いかける。

 泡を噴き悶え苦しんだ様相で生き絶えているアイスーー角瀬偉才(かくせいざい)を囲むように佇んでアイスを見下ろしている反・異能力者保護団体(リベリオンズ)のメンバー五人と、そして、リベリオンズの協力者である殺し屋の青年ーー大空静夜が一人。計六名がこの場には居た。


 廃ビルを支えている柱のひとつの裏側に集まり外からでは見えない位置に佇む一同。

 階段付近や隠れる場所がない位置には、外からの雷雨が降り注ぎ雨粒がビル内に容赦なく入り込み、雨風でからだが冷えてしまう。

 だからこそ、雨風を凌げる厚いコンクリートの柱に隠れるように、リベリオンズの構成員で比較的強力な異能力を持っている前線を張る仲間たちは集まっていた。


 メロディ、ドット、カナリアとコードネームで呼ばれている男性三人。リリィという少女が一人。リベリオンズの総指揮を務めるリーダーであるマリアという女性。

 唯一リベリオンズには属してはいなものの、多少長い期間マリアやアイスと裏で繋がり、親しい関係を築いてきた大空静夜という一介の殺し屋。

 あわせて計六名が、絶命したアイスに近寄り神妙な面持ちをしていた。


 リリィが怒り半分、困惑半分といった表情でマリアに異議を唱えた。


「違いますわ! マリア(リーダー)は現場を見ていなかっただけですわ! アイスが亡くなる場面に立ち会えば犯人などこの中には居ないと誰でもわかりますの!」

「そうです。アイスさんはいつものように注射を打ったあと、いきなり苦しみ始めて……助けようにも何が原因かはわからず、助けられなかったんです」


 マリアに対するリリィの言葉に同意した。

 整った顔立ちをしているカナリアは、悔しそうに自身の手のひらを強く握りしめる。


「どうして? 異能力の発動条件が半数致死量のメタンフェタミンを摂取するのが前提条件だったときならまだわかる。でも今は一般的な乱用者が使う程度の量。それで死ぬのはなにかおかしい」


 マリアは持論を述べる。

 覚せい剤(メタンフェタミン)の半数致死量は0.5gであり、異能力が成長するまでは、アイスが異能力を発動するには死に直結する危険な橋を渡らなければならなかった。


 しかし、今は違う。


 たった0.1gの摂取量で異能力が発現するように、アイスの異能力は成長していた。


「いや」静夜は屈むとアイスの様子を凝視した。「おそらく中毒死だ。急性中毒か、つもり積もった慢性中毒かはわからないが、どちらにせよ毒に(あた)ったのは間違いない。見てみろ。皮膚の一部が変色してる」


 太った男性ーードットも屈んで大空静夜に共にアイスの皮膚を確かめた。


「たしかに、皮膚がところどころ褐色や黄疸になっているっすね? 覚醒剤中毒者はこうやって死ぬものなんすか?」

「静夜はアイスと同じ、白を助け出すという同じ目的を抱く同志だ。アイスからなにか事情を聞いてはいなかったか?」


 マリアに言われると、大空静夜はまぶたを閉じて頷く。


「ああ。誰にも言うなと言われていたが……こうなっては話すしかないだろう。最近、覚醒剤を打つたびに体調が悪化していたらしい」

「だから(せわ)しなかったのですわね。昨晩も、妙に焦っていておかしいと思っていましたわ」


 アイスの態度がおかしいと察していたリリィは、腑に落ちたという表情を浮かべる。

 大空静夜は亡骸となったアイスの見開いた目を自身の手でやさしく閉じた。


「ああ……角瀬。白は必ず俺が救い出す。だから、おまえは安心して眠れ。あとは、俺に任せておけばいい」大空静夜は立ち上がると、マリアに顔を向けた。「どうする? 角瀬の異能力が使えない今、アジトから姿を消した愛のある我が家の面々を探すのが非常に困難になった」


 大空静夜は表情を変えずマリアに問いかける。

 静夜は普段の表情のまま変わらない。

 その本心は、精神干渉系の異能力でも使わなければ、誰にもわからない。

 大空白(おおぞらしろ)ーー自身の妹が愛のある我が家に拐われたとリベリオンズの面々から聞いたときも、慌てる様子も見せなかった。


「とりあえず、B班に連絡して捜索してもらうしかない。あの子たちは異能力者ではあるけれど、表立って活動したり戦禍に身を投じられるほどの異能力は持っていない。だが、愛のある我が家の居場所を探る事くらいはできる筈だ」


 マリアはスマートフォンを取り出すと、それを耳に当てた。


「糞糞糞! アイスがいなくなった途端こっちが追いかけられる側になった気分だ糞糞糞あーマジ糞過ぎる」

「メロディ、下品な言葉を何でも連呼しないでくださらない?」

「うっせー高飛車女がマジShine(シャイン)、女は糞しかいねーどーせイケメンなら誰でもいいんだらビッチが! あー糞だこの世は本当に糞過ぎる!」

「ネットでは見かけるけれど、面と向かって異性をバカにするひとなんて、メロディ以外会ったことがありませんわよ? まだネットで女性を叩いている方のほうが、あなたよりは知性があるのではなくて?」

「んだと!?」

「二人ともうるさい。少し黙りなさい」


 マリアに注意され、口論を始めたメロディとリリィは素直に黙った。

 普段のメロディならマリアに対しても容赦なく罵声を浴びせていただろう。

 リリィも『悪いのはメロディだ』とハッキリ明言するだろう。

 しかし、今回は違った。

 マリアの表情に焦りが浮かんでいるのを、二人とも気づいたからだ。


「……どうして繋がらない? 本部に集まり待機しろと命じたはず。なのに、B班のリーダーを任せたシルファが電話に出ない」


 空が光ると、轟音を立てながら雷が落ちる光が外から廃ビルを照らした。

 そのとき、ようやくシルファに電話が繋がったマリアは、ひと息吐いて安堵の表情を浮かべる。

 しかしーー。


「シルファ? 緊急事態が発生した。いまから行動を開始してほしーー」

『あんたがこいつらのリーダー、ミリアムってヤツかい?』

「……おまえは、誰だ?」


 電話に出たのは、女性であるはずのシルファとはまったく異なる声質の男だった。

 ドスが効いた、中年男性の渋い声。


『ははっ、はははっ! いやぁあんたがミリアムって嬢ちゃんらしいな?』

「私はおまえが何者なのだと訊いている。言っていることが理解できないのーー」

『ーーぃやぁぁァァァッ!』


 マリアの言葉を遮るように、スマートフォンからは聞き慣れた女性の悲鳴が響いた。


「え? いまのって……シルファさんですの?」


 マリアの仲間にまで音が届くほどの、大きく、そして痛々しい、叫び声。


 マリアは耳を澄ます。通話相手の中年男性の背後からは、男の雄叫びや喚き声、なにかを懇願するような少女の言葉、その直後にまたしても悲鳴などが聴こえてくる。

 それだけで、シルファたちリベリオンズの仲間達が散々たる状況に陥っていることがマリアには嫌でも伝わってきた。


 なにかを硬い木片が叩いたような音や、強く拍手をしたような反響する音、かと思えば、ドスッといった鈍い音などのあと、悲鳴や慟哭、謝罪、叫声がつづいていることがわかると、マリアは眼光を鋭くする。


「今すぐやめろ! さもなければ、おまえたちを皆殺しにする!」

『ははっ……なるほどなるほど。愛のある我が家を殺すついでにってことかい? あんまり笑わせてくれるなよお嬢ちゃん』


 リベリオンズの面々たちは、皆一様に心配な表情でマリアを見守っている。


「やはり、あいつらの仲間か。冗談じゃない。今すぐやめなければ、確実に殺す。ひとりでも殺せば、おまえたちの命はない」

『あんまり舐めた口聞いてんじゃねぇぞクソガキ。テメーら、裏社会(こっち)に入り込むなら裏社会(こっち)常識(ルール)と、喧嘩を売ったらいけねー相手くらい覚えろ。なあおい?』

「黙れ。どこにいる? その減らず口、目の前で宣えるものならやってみろ」


「ーー死刑執行は、始まりました」


 全員の視線が、声の聴こえてきた階段の方へと向く。

 そこには、両手をわざとらしくひろげながら嘲笑している愛のある我が家のリーダー、嵐山沙鳥がいた。

 リベリオンズと抗争真っ只中の敵対組織の長が、廃ビルの階段から、たったひとりで上ってきたのだ。


「嵐山……沙鳥!?」


 リリィは驚愕した表情を浮かべる。

 マリアは怒りを隠さず嵐山沙鳥を眼光鋭く睨み付けた。


「よくひとりで来れたものだ。私たちの居場所を突き止めたことだけは褒めてやる。しかし、力なき同胞を傷つけた罪は重い」


 マリアは周囲に、六色に輝く球体を出現させた。

 野球ボールほどの大きさの燦々とした球体。それらがマリアから少し離れた腰回りをゆっくり回転している。


 嵐山沙鳥は嗤いながら返事した。


「あなた方と同じように、私も暴力を振るっただけですよ?」

「暴力……だと?」

「ええ、あなた方は『異能力が使えないのはおかしい、才能ある人間に才能を使うなと抑圧するのと同じ事だ』という屁理屈で活動していますよね?」


 メロディは嵐山沙鳥の存在を認識できた直後、嵐山沙鳥に向かって我先にと駆け出した。


「糞糞うるせービッチが! 知ってるか、非処女に生きる価値はないんだぜ? 結婚もしねー野郎に股開いた中古女は事故車! 非処女と結婚するやつは食い荒らされた残飯処理の負け犬! 色んな野郎のしゃぶってがばがばになったくせービッチ代表が! ぶっ殺してやる!」


 メロディは罵声を浴びせながら走ると同時に、違和感を覚えるほど全身の筋肉が膨張して膨れ上がった。

 筋力増強の身体干渉系に類される異能力を使ったのだ。


「好きでもない相手に好き勝手犯されつづけた私の気持ちなんて、あなたには一生わかりませんよ」


 嵐山沙鳥は尚も平然とした態度を崩さない。


「待て! メロディ! 迂闊だぞーーっ!?」


 瞬間、外からメロディに向かってなにかが衝突した。

 マリアたちのいる柱に隠れた場所から階段に行くまでの距離が空いており、そこへの道のりの真横は広く外が開けている。

 その開けた外から、目にも見えない速度で衝撃が飛来しメロディを貫いたのだ。


 メロディは血肉を辺りに飛び散らせながら宙を舞う。コンクリートに落下したそれの顔は、もはや誰だかわからないほど欠けていた。

 顔の半分は完全に無くなり、中から脳髄が溢れ落ちる。


「メロディ!」

「スナイパー。これは、狙撃という名の二つ目の暴力です。あなた方の主張は、このように“好きに暴力を振るいたい”のと同義でしょう?」

「違ーーッ!」


「違いませんよ?」

 マリアの発言の上から被せるように、沙鳥は強く言い切った。

マリア(ミリアム)さんの異能力も、リリィ(高橋梨里)さんの異能力も、メロディ(広瀬音無)さんの異能力も、すべて他者を害す暴力でしょう?」


 嵐山沙鳥の居る階段の近場に近寄るまでには距離があり、その間は外部からの狙撃の範囲に身を曝すことになる。

 昨晩、愛のある我が家に襲撃を仕掛けた際に、マリアは遠距離用の球体を使ってしまった為、今は接近戦に適した異能力(球体)しか残っていない。

 多種多様な能力を使えるメリットの反面、一度使った能力は一週間は経たないと再び扱うことはできない、といったデメリットがマリアにはあるのだ。


「リリィ、カナリア! いまの私が近寄れば無駄死にする。狙撃の精度を見るかぎり、私や静夜、ドットには何もできない。頼む」

「わかっていますわ!」


 言われるまえに、既にリリィは嵐山沙鳥に五指を向けようとしていた。


「暴力、その三です」


 沙鳥は笑う。

 ただただ嗤う。


「えーーかはッ!」


 リリィが閃光を放つより早く、背後から襲い来る刺客の刺突が穿たれた。

 リリィの首から血が噴き、真っ赤なシャワーが辺りに降り注ぐ。


「リリィ!? なぜだ? なぜ、おまえが裏切る……!?」


 背後からリリィの首の横へナイフを突き刺したのは、表情からでは内面がわからない殺し屋。

 リベリオンズの協力者だった、角瀬偉才と同じ『白を助け出す』という目的を持つはずの同志ーー大空静夜であった。


 静夜は呻くリリィからナイフを引き抜いた直後に次の行動を開始していた。

 マリアにはなにひとつ反応せず、素早くカナリアへと接近する。

 よくよく見ると、いつやられたのかーーカナリアに近寄る静夜を横目に、ドットは胸から鮮血を溢し倒れているのがマリアの視界に映る。

 

「やめろ!」


 マリアは青色に輝く球体を手刀で叩き割り、カナリアに寄る静夜の前に割り込むように動く。その手には、球体を割った直後に現れた青色に光るロングソードが握られている。


 咄嗟のことに身動きができないカナリアに走り寄っていた筈の静夜は、急に立ち止まるとその場で屈んだ。

 それを不自然に思いつつ、マリアは容赦なく大空静夜を叩き斬るためロングソードを振り上げた。


「ーーっ!?」


 突如、マリアに向かって眩い光が放射される。

 眼孔が焼けるような強い痛みに襲われ、マリアは反射的に身を退いてしまう。


 タクティカルライトーー目で直視すると、視力を失う恐れがあるほど強力につくられている懐中電灯。

 静夜は最初からマリアが来ると予想し、あえて無意味に見える動作を行い、わざと隙をつくったのだ。

 命の危機を感じて視界を取り戻せない間に身構えるマリアではなく、大空静夜はカナリアに向かってナイフを投擲した。


「えっ!?」


 ナイフの一閃に対処するために準備を整えていたカナリアは、自らの得物を放棄する暴挙に出た大空静夜に一瞬唖然とする。


 回転しながら向かい来る片刃のナイフは、普通なら脅威足り得ない。

 しかし、刃物に対する無意識の恐怖から、カナリアはついナイフへと意識を集中してしまう。


 静夜はベルトから小型のアイスピックを取り出すと共に、カナリアの首へと真っ直ぐ穿つ。

 ちょうどナイフが当たるタイミングと重なり、同時に迫り来る刃と刺突に混乱し対応できないカナリアに、アイスピックが突き刺さった。


「静夜さん……が……アイスさん……を……?」


 カナリアは瞳から涙を流し、その生を終えた。


「おい……静夜。……答えろ静夜! なぜだ! なぜ私たちを裏切った!?」


 廃ビルの四階には、今しがたまで息をしていた仲間たちの死骸が散らばっていた。

 生があったマリアの周りは、今や死屍累々となっていた。

 スナイパーに粉砕されたメロディ、中毒死したアイスを除けば、大空静夜の隙を狙った裏切りの結果が、マリアの視界に映るこの惨状の原因だった。


「どうでしょう? 暴力その三は殺し屋です。暴力その四は毒殺ですけど、どうやらわからなかったみたいですね? ねえ、ミリアム・ルチア・水夏・セイヴィアさん?」


 沙鳥はただただ嘲笑う。


「毒……殺……?」


 マリアは呆然としながらも、大空静夜の顔を窺う。

 そこには、いつもと何ら変わらない、平然としている表情の青年がいるだけ。


 大空静夜は(おもむろ)にアイスの被服からなにかを取り出すと、マリアに教えるように、指で摘まんでソレを見せた。

 それは、いつもアイスが異能力を使うときに用いる、覚せい(メタンフェタミン)を入れていた、マリアも見慣れている容器(アトマイザー)


角瀬(こいつ)は覚醒剤をアトマイザーの中に入れ水に溶かして保管しておき、そこから注射器で吸い上げて使うようにしていた。俺のことを信頼していたから、毒物を混入するのは容易だった」

「なにを言って……?」


 大空静夜は衣服の内ポケットから、白い粉末の入ったアトマイザーを取り出した。


「フェンタニルーー通称、死のオピオイド。モルヒネの1万倍の効果を有する麻薬を混ぜておいた。クスリ好きなあいつにとって、最高の死を迎えられただろう」


 フェンタニルーーその致死量、およそ2mgの致死性が高い危険な薬。

 蔓延している国の警察が職務質問などをしたとき、下手にフェンタニルを弄ると、空中に舞った目に見えない粉末を、知らず知らずの内に吸い込んだだけで、昏睡してしまうほど、危険な麻薬。    


「これも“暴力”には変わりません。どうでしょうか? あなたのお仲間さんは、これから大海組の方々に拐われて、コンクリの一部になるために頑張って液体になったり、山に埋められたり、廃棄物処理場で潰されたり、ミンチにされて魚の餌にされたりするでしょうね」


 嵐山沙鳥は狂喜を顔一面に浮かべ、わざとらしく腹を抱えて笑ってみせる。


『おーい、その声、嵐山の嬢ちゃんだろ? 聞こえてっかー? これから捕まえた奴ら全員まとめて処分するけどよ。かわいい子だけ生かして愛のある我が家(そっち)のシノギに使うか? おーい!』

「……ぁ、ぇ……ぁぇ?」


 カナリアを助けるために動いた際に投げ出したスマートフォンから、微かに総白会直参大海組組長の声が辺りに響き、マリアの耳にも届く。

 いつの間にかスピーカーモードになっていた。


「大海さん、それは不要です。すべて棄ててくださるようお願いします」


 一日経たずして部下をすべて失ったマリアーーミリアム・ルチア・水夏・セイヴィアは、信じられない事態に茫然自失する。

 嵐山沙鳥は、昨晩の宣言どおり、たった一日でリベリオンズを壊滅させた。


 嵐山沙鳥は、マリアの崩れた表情を満足そうに眺める。


 暴力を統べる者は、手に持つ力の一部を行使し見せつけた。

 リベリオンズなど、片手を振るうだけで壊滅させられるのだと嵐山沙鳥は証明したのだ。


 嵐山沙鳥は、わざとマリアが自意識を取り戻すまで観察して待っていた。

 現実から逃避し楽になるなど許さないーーそう言わんばかりに、笑顔でマリアの次手を待っている。


「……静夜……おまえ……おまえは白がどうでもいいのか? こいつらは、白に傷を負わせて拐ったやつらだぞ?」


 マリアは信じられないといった表情で、大空静夜に顔を向けた。

 それに対して、大空静夜はあっけらかんと述べる。


「何にせよ、愛のある我が家(こいつら)のおかげで白は、特殊指定異能力犯死刑執行代理人としての生活から抜け出せたことに変わりはない」

「……は?」


 マリアは、大空静夜の発言がまるで理解できなかった。


「白はーー俺の妹は、俺や角瀬が助ける必要はなくなった。こいつらの仲間には異能力者ではなく、異能力を持たない人間でもない、“異能の力を持つ者”が二人もいる。おまえや俺たちは教育部併設異能力者研究所をどうやって攻略すればいいのか策を練っていたが、嵐山の仲間に策なんて不要だ」大空静夜は真顔でつづけた。「能力の優劣じゃない。能力の相性なら、微風瑠奈と高橋梨理なら後者に分があるほどだ。だが」


 ーー|教育部併設異能力者研究所あそこを攻めるには、異能力者という点は弱点にしかならない。

 そう言う大空静夜に対して、マリアは頭を振る。


「待て……違う。私が訊いているのはそんなことじゃない……。だが、だがそれだけ聞くと、まるで、まるでこいつらが白を助けたみたいじゃないか!」

「ああ、そのとおりだ」

「は……?」


 マリアは口を半開きにして、しばらくなにかを考えると、嵐山沙鳥に顔を向けた。

 やがて、強く歯噛みすると、厭らしい笑みを顔に張り付けたままの嵐山沙鳥を強く睨み付けた。


「私たちのほうが裏切っているとは、そういう意味だったのか……。だが、私たちはルーナという奴にそう伝えられていただけだ。騙されていただけだ! なぜ、なぜ私たちの間違いを正そうとしなかった!?」


 マリアの手に持つ青い剣が、砂ぼこりのように消えていく。

 すべてが消えてしまうのを待たずに、マリアは手を真横に伸ばすと、舞うように体を捻り回転した。


 すると、マリアの周囲を回っている、黄、緑、紫、黒色に輝く球体が、次々に腕に触れていく。手に当たると共に輝く粒子を周囲に飛散させて、その球体は消失する。

 回り終えるときには、両手にそれぞれ、黄色の短剣と黒い匕首が握られており、腰回りには緑と紫の光のリングが発現していた。

 直後、緑色と紫色の光の輪が一瞬で広がりビルの外まで飛翔し消えた。


「訂正する暇など、あなた方はくれませんでした。そもそも、不意討ちからの襲撃で舞香さんに怪我を負わせた時点で、少なくとも、あなた方には報いを受けてもらうことは確定しました」嵐山沙鳥は、まあ、と言って補足した。「お仲間まで巻き込まれたのは、ひとえにあなたの責任です」

「……もういい。これ以上話していてもらちが明かない」


 大空静夜はマリアが球体を割った時点で、傍から離れ待避している。

 嵐山沙鳥に近寄れば、狙撃の的になってしまう。

 マリアは自身の異能力により、落ち着いてきた頭で思考する。


 精神を鎮静させる緑の球体の力で思考を整え、溢れんばかりの怒りをマリアはどうにか押さえ込む。


 身体能力を底上げする紫の球体の力、重さを感じないで振るうことが可能な黄色い短剣。何の変鉄もない黒い匕首ーーこれらをつかえば、撃ち抜かれるまえに仇を屠ることくらいはできる。

 マリアは冷静さを取り戻しつつ、そう考えた。


 大空静夜の理解不能な行為にも憎しみを抱いているマリアだが、大空静夜は大空白が愛のある我が家が救出したことを事前に知っていた。

 ならば黙っているよう唆したのは嵐山沙鳥に違いないと、マリアは怒りを向ける対象を嵐山沙鳥ただひとりに絞る。


「仲間の命の償いだけはしてもらう!」 


 このまま膠着状態を保っていても、やがて相手の仲間がきて殺されるだけだ。

 そう考えたマリアは、黒い匕首を嵐山沙鳥に力いっぱい投げると同時に、地を踏み嵐山沙鳥に向かって駆け出す。


「あなたの責任ですから」投げるとわかりきっていた嵐山沙鳥は、涼しい顔で手を前に翳しながら一歩横に移動する。「あの世で仲間に謝罪をしてみてはいかがでしょうか?」


 大空静夜がカナリアにナイフを投擲したときのような慌てる様子は、嵐山沙鳥には一切なかった。

 嵐山沙鳥の腕に匕首の柄と刃の中心がぶつかる。身体能力の脆弱さゆえ避けられなかったが、少し顔を歪ませただけで、流れる自身の血に見向きもしない。

 向かい来るマリアに対してまっすぐ視線を向けている。


 マリアの策は、匕首を狙撃の囮として使い、俊敏さを上昇させた状態で駆け抜けて、重さのない短剣を用いて一瞬で刺し殺すーーといったものだった。

 狙撃手の腕からして、囮にかからない可能性も想定のうちだったマリアは、さして驚きを見せない。

 地を蹴り風を切りただただ前へと進む。


「ーーがぁッ!?」


 だが、マリアの片足に狙撃の弾丸はあっさり命中した。

 

「あっがぁあぁああぁあああッッッ!!」

「こちらの用意した狙撃手の腕は一級品です。逃れられるとでも思いましたか?」


 嵐山沙鳥は歪な表情で嗤う。

 マリアの右膝から下は、肉塊を撒き散らしどこかへパーツが飛んでいた。

 マリアはそのまま前のめりに倒れ、勢いよく地面と唇づけを交わした。

 大空静夜はそれを見ると共に、回収したナイフを構えマリアに近寄る。


「お粗末な最期ですね? 安心してください。楽には殺しませんから」

「きっさまぁぁッ!」


 マリアは短剣を持つ右手を振ろうとするが、そのまえに手が弾け飛ぶ。スナイパーから放たれた弾丸が片手に当たったのだ。

 嵐山沙鳥の頬や衣服に血液が跳ねて付着する。


「ぁぃぁぃぃっーーッッーーッ!?」


 言葉にならない声を出すマリアを見つめながら、嵐山沙鳥は近寄り屈んだ。


「死ぬだけで済むと思っているわけないですよね? 私の唯一無二の存在をあなた方は奪おうとしたんですよ?」嵐山沙鳥はマリアの髪を掴み上げ自身の顔を近づける。「楽に死ねるわけないだろ? あとで脳みそがあるのか確かめてやるよ。目を抉るまえに鏡見せてやるから自分で確かめてみろ。異能力犯罪の社会で生きてきたのに、よくもまあ、死ねないように細工する異能力者が思い浮かばないな? あなたは心臓を貫かれるまで死さえも許されない」

「っ!? ぁっ!? ぅ!?」


 マリアは違和感を覚えた。

 痛みで気絶と覚醒を繰り返すだけで、いつまで経っても、目の前には嵐山沙鳥の姿が映る。

 一向に死ぬ気配がないのだ。


「これからおまえの誇りを、性を、信念を、心を、すべてゴミのように扱い壊していく。舞香さんの前で衣服一枚纏わず犬のような格好をして、泣いて本心から謝る日まで、四六時間中ずっと生き地獄の拷問生活だ。覚悟し……は?」


 嵐山沙鳥が大空静夜の接近に気がつくと共に、大空静夜はマリアの心臓にナイフを突き立てた。


「言うな。わかってる。だが、さすがに見ていられない」


 マリアは、疾うに涙で顔を濡らしていた。

 そして、アイスを殺害するため、愛のある我が家が大空白を救出したという情報をリベリオンズに口出ししなかった罪悪感から、大空静夜はせめて楽に死なせてやろうと考えたのだ。


「胸だけは刺すなとあれだけ忠告しておきましたよね? それに貴方……伝えていなかったのですか?」


 大空静夜と実際に顔を合わせ、重要な情報をリベリオンズの面々に伝えていなかったことを嵐山沙鳥は異能力により知った。


「まあ構いません。確認もせず襲撃してきたこの方々が最大の原因です」

「……すまない。ああ、そうだ。微風に伝えてくれ。ルーナーー砂月楓菜(さつきかえな)を名乗る奴が微風に会いたいらしい」


 大空静夜は謝罪を口にしつつ、リベリオンズに協力している体だったルーナという人物から言われたことを、一応嵐山沙鳥に伝えた。

 嵐山沙鳥は大空静夜の内面を読み、妹に対する感情が歪だと感じながらも、特別抗議することはなかった。

 リベリオンズの存在が邪魔だと感じていたのは嵐山沙鳥も同じだったからだ。


「ルーナ? 瑠奈(るな)ではなく?」

「ああ。ルーナで間違いない。読心すればわかるだろう」


 惨状と化した廃ビルの中から、死体だけを残して二人は立ち去るのであった。






(??.)

 こうして、30近い色彩豊かな花は枯れ果てた。


 崩れた花弁からなにかが這い出る。


 そこから飛び出すそれは、風に運ばれる蒲公英の種子の様。


 皆、好き好きに新たな地を目覚し旅立ちを始めたーー。

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